
三輪山
2026年06月24日
曹洞宗・三輪山・慶田寺(桜井市芝)に参拝
曹洞宗・三輪山・慶田寺(桜井市芝)に参拝
今回、6月23日に、奈良県へと参りまして、岩瀧大明神お社建立の参拝御挨拶廻りをさせて頂きました。
慶田寺さんへと一年ぶりに、ご挨拶お伺いさせて頂きました。
ご挨拶後、今回は、織田信長の弟、有楽斎(長益)の御墓所、四男・長政からの芝村藩・織田家の歴代御墓所にて、墓前諷経、回向。
有楽斎(長益)の御墓所
川口宗勝の母は、織田信長の伯母であることから、宗勝は織田家の親戚であるゆえに、信長から直臣・弓大将として重用されました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E5%8F%A3%E5%AE%97%E5%8B%9D
もちろん、有楽斎とも当然に交流があったことでしょう。
あとから知りましたが、たまたまにもこの日(6/23)は信長の誕生日。
直前までお伺いできるかどうかでしたが、何とかお伺いができたのであります。
30年来、慶田寺さんとのご縁は本当に不思議なものであります。
ちなみに、芝村藩は、別名、「戒重」藩で、藩の「陣屋」は戒重城跡に置かれていました。
慶田寺の山門は、芝村陣屋南門を移築したものになります。
「戒重城」は、南北朝時代、大神神社の神主「大神勝房」の子とも伝わる「三輪(戒重)西阿」が築いた城で、強力な武士団を率いて、現在の桜井市一帯において勢力を持って支配し、西阿と、その子、戒重良円は、南朝方となって活躍するも、三輪西阿と戒重良円の父子は、楠木正行公に従って、「四條縄手の合戦」にて最期は討ち死にしているのであります。
(一説では、西阿は四條縄手の合戦前に亡くなっていたとも。四條畷神社では、三輪西阿の父子と戒重良円の父子として祀られています。)
慶田寺さん横の神社にも参拝させて頂きました。
真東が箸墓古墳、ホケノ山古墳、檜原神社、三輪山、巻向山になり、今は春日社ながら、その昔は太陽の道、レイラインに関わる神社であったのではないかと思われるのであります。
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三輪山「辺津磐座」・「山ノ神遺跡」・「きよめの瀧」・「辰五郎大明神」に参拝
三輪山「辺津磐座」・「山ノ神遺跡」・「きよめの瀧」・「辰五郎大明神」に参拝
今回、6月23日に、奈良県へと参りまして、岩瀧大明神お社建立の参拝御挨拶廻りをさせて頂きました。
次に、狭井神社から前回参拝できなかった「辺津(へつ)磐座」へ。
きよめの瀧、稲荷社・辰五郎大明神を参拝。
きよめの瀧は、三輪山の「三光の瀧」の下沢の滝になると思われます。
滝場で勤行。
経路を見て、「山ノ神遺跡(やまのかみいせき)」の磐座へ。磐座は撮影禁止。
参拝、勤行。
次に更に奥に進んだところに「辺津磐座」。磐座は撮影禁止。立派な磐座でした。参拝、勤行。
辺津磐座は、三輪山の中津磐座、奥津磐座への、麓の拝み磐座であると言えます。
ここが本来の三輪山登拝への入り口であった可能性が高く、「神坐日向神社」は、元々ここのあたりにあったのではないだろうかとも、ふと感じるところでありました。
「神坐日向神社」は、こちらに遷座なされて、三輪山、高宮神社を遥拝できるように祀られるあり方が当然に正しくて良いのではないだろうかと思われます。
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「大神神社」・「磐座神社」・「狭井神社」・「市杵島姫神社」に参拝
「大神神社」・「磐座神社」・「狭井神社」・「市杵島姫神社」に参拝
今回、6月23日に、奈良県へと参りまして、岩瀧大明神お社建立の参拝御挨拶廻りをさせて頂きました。
「神坐日向神社」から「大神(おおみわ)神社」へ。
夏至の日から始まった、「夏越の祓(はらへ)」、「茅(かや)の輪くぐり」があり、初めて∞の字にくぐらせて頂きました。
夏越の祓、茅の輪くぐりは、半年間の禊祓と後半年の厄災除け祈願となりますが、由来は「蘇民将来(そみんしょうらい)」説で、ある意味での「善行の勧め」にもなる話であります。
参拝、勤行。
御朱印を頂きました。
残念ながら、神樹はもう無くなっていました、、
神樹配布所は、能の演目「三輪」、玄賓(げんぴん)僧都の由来になる大杉の切り株のそばになります。
次に磐座神社、狭井神社、市杵島姫神社にそれぞれ参拝。
狭井神社では、御朱印と御神水を頂きました。
「市杵島姫神社」
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2026年06月09日
「ダンノダイラの天壇・磐座」(桜井市出雲)に参拝
「ダンノダイラの天壇・磐座」(桜井市出雲)に参拝
今回、6月8日に、奈良県へと参りまして、岩瀧大明神お社建立の参拝御挨拶廻りをさせて頂きました。
次に、「十二柱神社」(桜井市出雲)から、「ダンノダイラの磐座」へ。
当初、「秉田(ひきた)神社」(桜井市白河)からのアプローチを考えていましたが、情報収集した結果、十二柱神社の駐車場に車を停めさせて頂いて、そこから歩いて登拝することにしました。
段々畑は、田植えが終わったばかりでした。
山への入り口は、イノシシ除けのゲートがあり、開けっ放しにせずに開け閉めしての入山となります。
しばらくは、昔に舗装された道を進んでいきますが、勾配が急で、雨上がりの翌日でもあり、滑りやすく、まさに岩瀧山、三輪山の登拝と同様に急登で大変な行程となりました。
半分ほどを登ると舗装がなくなり、完全な山道となります。
途中にも磐座と思われる岩がいくつもありました。
道中は、金剛鈴(ダライ・ラマ14世猊下お加持の金剛鈴)を鳴らしながらの光明真言で登拝しました。
ところどころにある道順を頼りに、少し開けてきたところで、遂にダンノダイラに到着。
標識と現地案内が迎えてくれます。
また動画もアップしますが、なぜ「ここ」が祭祀場であるのかが、よく分かりました。
とにかく読経の響きが半端ないのであります。
今までの山中勤行の中で、一番の読経の響きで、正直、かなり驚きました。扇形で共鳴増幅する真ん中の位置に丁度あるようです。
なんと、土器の破片がありました。
古代祭祀で使われていたものでしょう。昔の発掘調査において、土器、土師器の破片が見つかっているようですが、実際にまだありました。
しばらく、金剛鈴を鳴らしながら光明真言でダンノダイラをくまなく歩かせて頂きました。
次に、ダンノダイラの磐座(西側)へ。(磐座群は東側にあるのですが、奥不動寺・白山参拝の意識があったため、ここで東側へは向かずに西側へと向かってしまうのでした・・しかし、西側の磐座も組まれて祀られたもので、岩瀧山磐座、鬼面岩磐座、岩瀧山南磐座と似ており、改めて天日方奇日方命を中心とした出雲族による創祀であることが窺えました。)
手前の磐座にて勤行、拝詞敬白後に、奥の磐座へとお参り。
やはり、人工的、人為的に組まれており、最上部は少し平らになっていて、そこで祭祀が行われていたと考えられ、岩瀧山の磐座、特には鬼面岩の磐座、岩瀧山南側の磐座との近似性が感じられました。
上部の平らなところ。
この際に、ネットで事前に見ていたように、磐座群に巻かれていた注連縄が手前の磐座にしかなく、少し変だなと思ったものの、そのまま奥不動寺、白山へと向かってしまったのであります・・
東側の磐座群へのお参りは、また別の機縁にしたいと存じます。
この西側の磐座の尾根のところまでは上りました。このまま東側へと下れば、東側の磐座群のところへと至れたのでしょう・・
もちろん、最初の案内のあるところを右へと進むと、東側の磐座群へとお参りができるようです。
奥不動寺へと向かう道
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2026年05月22日
井照寺跡の推定地について
井照寺跡の推定地は、彼岸に三輪山山頂のやや北側から登った太陽が、二上山へと沈む直線上にあったことが考えられます。
三輪山、檜原神社、箸墓古墳、二上山。
太陽の道。
間違いなく、井照寺は、大和の「日想観」のお寺であったわけです。
もちろん、河内の「日想観」のお寺である往生院とも何らかの会通があったものと考えられます。
井照寺の解明についても、今後、調査研究して参りたいと思います。
次回、まずは必ず跡を特定させたいと思います。
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今回、5月18日の参拝挨拶廻りの行程
次に、去年の前回では参拝できなかった「檜原神社」(ひばらじんじゃ)へと向けて、山の辺の道を進みました。
途中に天日方奇日方命、美良姫命、姫蹈鞴五十鈴姫命、五十鈴依姫命らが住んでいた「出雲屋敷」の跡のそばにある狭井川を通り抜け、玄賓庵さんを越えていくと、新しいお社があり、参拝。
貴船神社と磐座。
そして、檜原神社に到着。
参拝、勤行後、御朱印と御神符を頂きました。
元は日原とも。お彼岸に、三輪山から登る日を拝み、二上山に沈む夕陽を拝むという太陽信仰の神社であったと推定されます。
第二次物部東征で、垂仁天皇とともに大和入りした豊来入姫命が、母、豊玉姫命(卑弥呼・天照大神)を祀ったのが創祀と考えられます。やがて、豊玉姫命(卑弥呼・天照大神)は、各地(元伊勢)を転々とした後に伊勢神宮に祀られることになります。
現在は、豊来入姫命が祀られており、真西にある「ホケ(豊家)ノ山古墳は、豊来入姫命のお墓であるとされています。
次に、玄賓庵(げんぴあん)さんで聞いた、玄賓庵さんで現在祀られている阿弥陀如来立像を本尊としていた井照寺(いしょうじ)の跡を探すために井寺池の周辺を探索。
たしかに、井寺池のあたりは、西の山々を拝することができ、綺麗な夕陽を拝めたのは確実で、彼岸には日想観が営まれていてもおかしくないところでありました。
しかし、井照寺跡は特定できずで、かなり歩き疲れ、暑さにより汗が塩化するほどに、、
熱中症になりかけながら、更に歩いて、御朱印を頂くために大神神社へと戻りました。
大神神社の御朱印を頂いて、御朱印袋も購入。
鳥居前の食事処でようやく食事をして一息ついて、お土産も買って、JR三輪駅からJR奈良駅までの電車に乗りました。
続く・・
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2026年05月19日
「神坐日向神社=高宮神社」・「天日方奇日方命=日向御子神」
「神坐日向神社=高宮神社」・「天日方奇日方命=日向御子神」
「神坐日向神社(みわにますひむかいじんじゃ)」は、元々、三輪山の山頂付近にあったと伝わっており、それが、当然に、三輪山の山頂にある「高宮神社(こうのみやじんじゃ)」祭神・日向御子神」(ひむかいみこかみ)のことであり、結局のところは、「天日方奇日方命=日向御子神」ということで、間違いがないのであります。
つまりは、記紀による祭神の強制的な改竄により、麓の遥拝社が、大神神社の外れへと移されてしまい、しかも、三輪山を拝するどころか、まさかの東西のいずれの日にも向かない、北向きとされてしまっており、現在では、経路順の案内版もなく、ひっそりと拝殿からは避けるように鎮座なさられてしまわれています・・
行き方も迷ってしまい、GPSを頼りにしてようやく辿り着けたのであります・・
これでは参拝される方も皆無で仕方がないのでしょうが、サイノカミ三大神(久那斗大神・幸ノ姫大神・猿田彦大神)と歴代の出雲王国の主王・大国主命(大物主命)と副王・事代主命(少彦名命)とともに、大神神社の主たる祭神であったことは確実であり、この現況は、極めて忌々しき事態であると考えるのであります。
いずれにしても、この度の「岩瀧大明神」において、天日方奇日方命をお祀りする意義を、尚一層に強く強く感じることとなったのであります。
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第一次「岩瀧大明神」建立・神社参拝挨拶廻り(1~7)まとめ
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今回、5月18日の参拝挨拶廻りの行程
次に、大神神社の拝殿から「神坐日向神社」(みわにますひむかいじんじゃ)に向かいます。
天日方奇日方命が祀られている大事なところになります。
途中に「成願稲荷神社」があり、参拝してから向かうも、なかなか辿り着けず...順路がない、、
迷っていると、お地蔵さんと、庚申塔、三宝荒神が祀られたところがあったので、参拝。
そして、結局、GPSを頼りにようやくに到着。
まず驚いたのが、日向とありながら、お社が日(東or西)には向いていないことです。
それより何よりも、三輪山にも向いていないのであります。とにかく、北面、北向きのお社はあまりありません。
本来は、天日方奇日方命が葬られて祀られている三輪山の山頂の磐座、「高宮神社」(こうのみやじんじゃ)への麓の遥拝所であったはずで、三輪山の方を向いて参拝できることになっていたのでしょうが、ここに記紀による祭神の改竄にて、後代に天日方奇日方命が磐座に祀られていることが分からないように仕向けられた悲しい現実を表すもので、何とも言えない気持ちになりました。しかも、よりによって北向きとは・・あまりの仕打ち・・
もちろん、人気はなく、誰も参拝される様子もありません。
正直、落胆を覚えて、申し訳ない気持ちになり、御霊の安らかなることをお祈りしました。
参拝、開経偈・般若心経・消災呪・回向・遥拝詞・神拝詞。
続く・・
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「率川神社」岩瀧大明神・建立参拝挨拶廻り・7
今回、5月18日の参拝挨拶廻りの行程
次に、JR奈良駅から、疲れでフラフラするも、何とか歩いて、ならまちにある「率川神社」(いさがわじんじゃ)へ。
参拝、勤行。
姫蹈鞴五十鈴姫命を中央に、左右に、狭井大神(八重波津身命)、玉櫛姫命が祀られています。
遥拝所、蛙石、摂社にも参拝。
御朱印と御神符を頂きました。
これで全行程が終わり、各社に挨拶文を入れた初穂料も納めることができました。
率川神社から近鉄奈良駅まで歩き、電車に乗り、帰路につきました。
帰山後、御神符、御砂等を、岩瀧大明神のお社建立までの一時、仮に本堂の神祇壇にお祀りさせて頂くことにしました。
第二次として、三輪山の背後にある白山とダンノダイラ磐座の登拝、十二柱神社、秉田(ひきた)神社に参拝予定です。
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「檜原神社」岩瀧大明神・建立参拝挨拶廻り・6
今回、5月18日の参拝挨拶廻りの行程
次に、去年の前回では参拝できなかった「檜原神社」(ひばらじんじゃ)へと向けて、山の辺の道を進みました。
途中に天日方奇日方命、美良姫命、姫蹈鞴五十鈴姫命、五十鈴依姫命らが住んでいた「出雲屋敷」の跡のそばにある狭井川を通り抜け、玄賓庵さんを越えていくと、新しいお社があり、参拝。
貴船神社と磐座。
そして、檜原神社に到着。
参拝、勤行後、御朱印と御神符を頂きました。
元は日原とも。お彼岸に、三輪山から登る日を拝み、二上山に沈む夕陽を拝むという太陽信仰の神社であったと推定されます。
第二次物部東征で、垂仁天皇とともに大和入りした豊来入姫命が、母、豊玉姫命(卑弥呼・天照大神)を祀ったのが創祀と考えられます。やがて、豊玉姫命(卑弥呼・天照大神)は、各地(元伊勢)を転々とした後に伊勢神宮に祀られることになります。
現在は、豊来入姫命が祀られており、真西にある「ホケ(豊家)ノ山古墳は、豊来入姫命のお墓であるとされています。
次に、玄賓庵(げんぴあん)さんで聞いた、玄賓庵さんで現在祀られている阿弥陀如来立像を本尊としていた井照寺(いしょうじ)の跡を探すために井寺池の周辺を探索。
たしかに、井寺池のあたりは、西の山々を拝することができ、綺麗な夕陽を拝めたのは確実で、彼岸には日想観が営まれていてもおかしくないところでありました。
しかし、井照寺跡は特定できずで、かなり歩き疲れ、暑さにより汗が塩化するほどに、、
熱中症になりかけながら、更に歩いて、御朱印を頂くために大神神社へと戻りました。
大神神社の御朱印を頂いて、御朱印袋も購入。
鳥居前の食事処でようやく食事をして一息ついて、お土産も買って、JR三輪駅からJR奈良駅までの電車に乗りました。
続く・・
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「磐座神社・狭井神社・三輪山登拝」岩瀧大明神・建立参拝挨拶廻り・5
今回、5月18日の参拝挨拶廻りの行程
次に磐座神社に参拝。
三輪山山頂磐座には、歴代の大国主命、事代主命が祀られている中で、天日方奇日方命により、父・八重波津身命も当然、祀られており、その拝み墓の磐座がこちらであると考えられます。
そして、磐座神社から狭井神社へ。
姫蹈鞴五十鈴姫命、その母、勢夜陀多良姫命(玉櫛姫命・父は三嶋溝杭命)と、その父、八重波津身命も祀られています。
参拝、勤行後、今回の一番の目的、三輪山の登拝へ。
荷物、草履はコインロッカーに預けて、足袋を新しいものに履き替えてから、受付を済ませ、参拝料300円を納めて、鈴の付いた三輪山参拝証のタスキを首に掛けて、出発。案内図も頂けます。
撮影禁止、大声禁止など誓約事項があります。
大声禁止のため、小声ながら道中は「般若心経」をずっと読経、行き60巻、帰り40巻の予定で出発。
僧衣、足袋での登拝は、やはりゆっくりの歩みとなり、往復2時間以上も掛かりましたが、予定していた100巻心経は何とか達成しました。
道中、皆さんすれ違う際に結構、挨拶のお声がけを頂くのですが、軽く会釈だけでした。すみません。
また、この時期のため、蟻が結構這っており、踏まないように気をつけて登っていたのも時間が掛かった要因となりました。
不動尊の祀られている禊の滝行場があり、こちらでは般若心経、不動尊御真言、光明真言を読誦。
中津磐座、高宮神社、奥津磐座でそれぞれ勤行。
高宮神社、奥津磐座では、般若心経の行道も。
詳細は話せませんが、やはり、実際に登らないと体感できないものであります。
すれ違った方に、お一人だけ白装束に裸足の方がありました。
拙生は足袋で参りましたが、やはり、足がすぐに痛くなり、捻挫、打ち身と、その後の参拝にかなりの支障が、、慣れていないと、まず怪我をしてしまいますので、素足、足袋での登拝はお勧めしません。
もう50歳、さすがに20、30代の頃のようにはいかないものです。
とにかく、間違いなく日本の国の礎を築かれた祖神、先祖方が祀られている神聖な磐座になります。
一生に一度だけでも登拝することをお勧め致します。
まだ、足の動くうちに、是非に。
また、狭井神社には薬井戸があり、御神水が頂けます。
閼伽水として光明真言をお唱えして頂きました。
御朱印、御神符、ペットボトルに入った御神水も頂きました。
三輪山登拝の足袋は、御神体の御土砂が付いたこのままに保存致します。
続く・・
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「久延彦神社」岩瀧大明神・建立参拝挨拶廻り・4
今回、5月18日の参拝挨拶廻りの行程
次に、大直禰子神社からすぐのところにある「久延彦神社」(くえひこじんじゃ)に参拝。
久延彦大神は、事代主命(少彦名命)か、あるいは猿田彦大神のことになるのではないかと考えられます。もちろん、有力なのは、事代主命になるでしょうか。
拝殿、遥拝所を撮るのを忘れていました。
こちらで、御朱印帳と御神札立を購入しました。
御朱印も一つ空けて書いて頂いて、最後に大神神社で空けたトップに御朱印を頂いたのであります。
ちなみに参拝、勤行での拝詞は、「古神道祝詞集」を用いています。
続く・・
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