供養

2019年02月04日

3/18~24・春季彼岸・ご先祖さま施餓鬼ご供養のご案内

春季彼岸・ご先祖さま施餓鬼ご供養のご案内 

お彼岸では、ご先祖さまのご供養と共に、今ある自分の心を見つめ直すことにより、少しでも仏の心へと近づけるように努めて参りたい期間となります。

例年通り、ご本堂にて施餓鬼法要をお勤め申し上げます。

お塔婆を事前にご用意いたしますので、お早めにお申込みの程を宜しくお願い申し上げます。※期間中に来れなくてもご供養お勤めいたします。

(今回の法話も皆さまからご質問を頂く形式の予定です)

一、日時 3月18日~24日・午前8時~午後4時
(※最終日は、午後3時まで)

一、お布施 7千円(施餓鬼塔婆・経木塔婆ご先祖さま各霊位)
一、任 意 水子供養・無縁供養 お布施・各追加1千円
(どうしても供養に恵まれない方々への供養にもなります)

一、彼岸中日「日想観法要」21日・午後5時半~日没(雨天中止)
(参加自由。但し、閉門後のため、お墓参りはできません)

3/21・彼岸中日「日想観・極楽誓願」法要について
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/72883056.html

・・その他の行事・・

2/15 釈尊涅槃会法要 午前9時~ ご本堂
   
4/8 釈尊降誕会 午前9時~ ご本堂

往生院六萬寺サイト
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2018年06月12日

お盆・施餓鬼法要のご案内

大切なご先祖さまのご供養

お盆・施餓鬼法要のご案内 

お盆供養は、苦しみある衆生(餓鬼や地獄の者たちなど)を救うために行った供養による「功徳」を、ご先祖さまの仏道を進める糧として頂くために及ぼすと共に、その供養による「功徳」と「仏縁」により、私たちの「現世の安穏」と「後生の安楽」のためにも繋げて参りたいものとなります。

また、ご先祖さまを想うと共に、今ある自分を見つめ直すための機会にもしたいものでございます。

お塔婆をご用意いたしますので、ご供養なさられる方は、お早めにご返信をお願い申し上げます。

8月11日~15日(5日間)午前8時~午後4時(※最終日は午後3時まで)

御本堂にて

塔婆ご用意の都合上、必ず事前に寺務所までお申し込みください。

毎年お勤めのお方へは往復ハガキにてご案内いたしますので、ご返信ください。

本年度の「法話」は、皆さまからのご質問にお答えをさせて頂く形式といたしますので、お気軽にご質問くださいませ。

往生院六萬寺
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2017年07月24日

秋彼岸墓前回向のご案内

秋彼岸墓前回向のご案内

秋・彼岸・墓前回向

日程 9月20日~26日  7日間
時間 午前8時~午後4時 ※受付は午後3時半まで
回向料 2千円
当日受付・事前申込不要

お墓前でのご先祖様御供養になります。当日に寺務所で受け付けをして頂きまして、その際にお渡しした順番カードを所定の場所へと持って行き、置いて頂いた後、お墓掃除をなさってお待ち頂ければと存じます。

期間中来れない方でも、頼んで頂けましたら、期間中にこちらにてお勤めさせて頂きます。

配布資料『無常を考える』平成29年9月・彼岸・配布資料
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/72423186.html

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平成29年・お盆・ご先祖様ご供養・施餓鬼法要のご案内

日程 8月11日~15日  5日間

時間 午前8時~午後4時 ※最終日は午後3時まで

場所 ご本堂にて

法話内容(予定)「葬儀・供養の意義について」

配布資料『葬儀と供養の意義について』
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/71902360.html

回向料 7千円 

任意 水子・無縁各供養 各1千円 

※ 事前申込必要。塔婆準備のためご供養をお勤めになられます方は、事前にお申し込み下さいませ。

※ 期間中、諸事情にて来られなくても、塔婆供養をお寺が責任をもってお勤めさせて頂きます。 

寺務所まで。電話でも受け付けています。

毎年される方には往復はがきにてご案内申し上げますので、必要事項を記入の上、お早めにご返信ください。

締切、8月8日まで。

※ 混雑緩和のため、混雑が予想されます13日・14日のお参り・お勤めは極力お避け賜れましたら有り難くに存じます。

・・

8/24 地蔵盆のご案内

※ 雨天の場合、ご本堂にての開催となります。お気をつけてお越し下さいませ。

8月24日 地蔵盆法要 18時~ 水子地蔵尊前にて

回向料 2千円

経木塔婆を用意致しますので、御供養なさられる方は、できるだけ事前にご連絡下さい。

法要後、皆様でお分け致す御供養品は各自任意にてお持ち寄り下さいませ。

提灯について・・

提灯は一張・三千円にて承っております。子供さんの健やかな成長、無病息災も願って、どうぞお気軽に寺務所までお申し込み下さいませ。お名前を書き入れさせて頂きまして、毎年地蔵盆にてお飾りさせて頂きます。

水子ご供養について
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/7832557.html

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『葬儀と供養の意義について』
平成29年8月・お盆施餓鬼法要配布資料

岩瀧山・往生院六萬寺 副住職 川口英俊

「縁なき衆生は度(ど)し難(がた)し」と仏教において、よく引用されて使われる言葉がございます。その意味は、「仏様、また、仏様の教えとのご縁が無ければ、どのような者であろうとも、仏様、仏様の教えにおいて、救うこと、あるいは救われることは難しい」といった内容となり、この場合の「縁」とは、悟り・涅槃へと至るための因縁(原因と条件)のことで、「悟り・涅槃へと至るための因縁が無くては、その結果としての悟り・涅槃を得ることはありえない」ということになります。

私たちのこの世界においては、全て「因果の法」に則って、モノ・コトが成り立っています。何も因縁(原因と条件)が無いのに、突然に、何かが生じる、あるいは、何かが滅するということは、絶対にあり得ないことでございます。

それは、つまり、今、このように存在できている皆、一人一人にも、そのように存在できているための因縁があって、今の状態という結果があることになります。そして、また、それら今の結果も、次の結果への因縁となったりもしながら、更に色々な因縁が複雑に絡んでいく中において、次の結果、また次の結果へと繋がっていくのであります。

お釈迦様は、お悟りを開かれて、この複雑な因縁と結果の流れを見極められて、悪い流れを絶ち、善い流れへと変えることで、善い結果へと向かっていくためにとして、「善巧方便」(ぜんぎょうほうべん)・「対機説法」(人それぞれの迷い苦しみ、あるいは、人それぞれの理解・実践できる能力に応じて)にて仏教を説示なされました。その善き流れに乗るための教えとの「縁」を持つことができなければ、いつまでも悪い輪廻(りんね)という流れにおいて迷い苦しみ続けてしまうことになってしまいかねないのでございます。

ですから、仏教においては、まず仏様、そして、その教えとの「縁」、つまり、「仏縁」を持つことを何よりも重視して、大切としなければならないことになるのであります。

その「仏縁」を正式に結ぶために行われるのが、特に、受戒、得度により正式な「仏弟子」となることでございます。そして、できるだけ生前の早い段階においてなされておかれることをお勧め申し上げたい次第でございます。

また、もしも、生前においては、何らかの理由にて、その「仏縁」がほとんど無かったとしても、その最後の機会として、葬儀を執行することにより、正式な仏縁を結ぶことによって、後生の大事、安楽へと向けて、その仏縁を繋げて頂きたいものとなります。

正式な仏縁は、お釈迦様以来の正式な仏法の流れを拠り所として、仏様、仏法、そして正式な仏法の流れを受け継いできている僧侶たちの三宝への深い帰依信心と共に、守るべき戒律を守り、智慧と福徳という二つの資糧の修行をしっかりと進めていくことによって、悟り・涅槃へと向かうための善い流れに確実に乗りたいものとなります。

私事となりますが、私の場合、これまでにも有り難く尊いご仏縁が色々とございました中において、特には、自分の「生前葬儀」であると覚悟して平成28年の秋に参加させて頂きましたダライ・ラマ14世法王猊下様ご導師によりますチベット密教・無上瑜伽タントラ(四つあるタントラの分類の最上位のタントラ)の一つである「チッタマニターラー尊灌頂」が、私にとっての最重要なご仏縁になったものであるとして、その後の仏教修習も、ダライ・ラマ法王様を根本上師に、チベット密教の教えに基づいた実践を主としながら、灌頂の成就法にも日々努めさせて頂いております。

実は、密教灌頂も、葬儀と同様に、受戒と引導が扱われるものとなります(但し、浄土真宗では受戒・引導を扱いません)。例えば、三宝への帰依は当然として、悪業の懺悔と浄化や、悟りを目指す決意としての菩提心の生起、守るべき菩薩戒・密教(三昧耶)戒などの受戒、そして、曼荼羅の仏世界・仏境地への導引、これからの修行内容についての詳細な指示などがございます。それらも、悟り・涅槃へと向かうための善き流れ、更に密教の場合では、悟り・涅槃へと向けての速い流れに乗るための内容となっており、それらの確かなる実践を、とにかく今生においてもしっかりとできる限りに取り組むことで、来世、来来世へもその善き流れを途切れさせることなく加速させて繋げて参りたいものとなります。

とにかく、まずは、仏様、仏様の教えとの「仏縁」を正式に強く結ばなければ、何も始まらないのであります。もしも、亡くなった故人の生前の行いがどれほど悪くても、あるいは、仏縁、仏心のかけら一つも無い人生であったとしても、何とか最後において葬儀を執行してあげられることができれば、善き流れの最終列車へと、無理矢理にでも乗せてあげることができると、一応は言えるのでございます。

もちろん、生前において、正式な受戒や得度、または、密教灌頂を済ませていれば、それはそれで、改めて葬儀の執行は必要のないことになりますが、しかし、受戒・引導は、一度だけではなく、何度も受けることによって、よりその仏縁を強固とすることができるものとなります。実際に灌頂も何度でも受けることができ、その度ごとに仏縁が強く増すものであるとされています。

また、何よりも、葬儀は、亡くなった故人のためだけに執行するものではなく、施主・遺族・参列者たち、または、葬儀を執行する僧侶たちにとっても「功徳となる利他行」であり、それぞれ自分自身の悟り・涅槃へと向かうための仏縁、善い流れにも繋がるものになるとして、「自利行」にもなり得るのでございます。つまり、葬儀は、亡くなった故人のみならず、施主・遺族・参列者たち、僧侶たちの「自利利他」を成すための絶好の機会でもあるのです。

それが、最近では、形骸化、簡素化、省略化が著しく進んでしまったことにより、葬儀が正式に執行されなくなっている事態は、亡き故人の為とならないどころか、残された私たちにとっての仏縁を頂くための有り難く尊い機会をも失わせてしまっていると言えるのでございます。

できれば、今一度、葬儀の意義、仏縁を結ぶあり方について、それぞれがしっかりと考えることにより、どのように故人の葬儀を行うべきか、また、自分の葬儀もどのようにしてほしいのか、更には、どのような僧侶(導師の資質を確かに有する者)に執行を託すべきであるのか、などについて見直す一つのきっかけとして頂けましたら有り難くに存じます。

とにかく、葬儀の執行は、亡き故人はもちろん、自分の後生の大事にも係わってくることになります。軽々しく適当にしてしまっては、それこそ無駄、徒労となりかねません。また、その執行を司る僧侶の資質についての見極め、判断も、慎重に行うべきことになります。しっかりと導師たる役目を果たせる者にこそ、葬儀の執行を依頼したいものでございます。

皆様とお寺、僧侶との信頼関係が希薄化するにつれて、檀家制度が崩壊してしまっている昨今、お寺、僧侶も皆様から取捨選択される時代となっています。私自身も、浅学非才の未熟者ではございますが、葬儀を司るに値する資質があるのかどうか、常に自らに問いつつ、これからも仏教修習にできる限りの精進に努めて、ご期待にお応えできますように調えて参りたいと僭越ながらにも存じております。

次に、「供養」についてとなりますが、例えば、このお盆、あるいは彼岸における「施餓鬼」という供養は、地獄や餓鬼に落ちている者たち、あるいは、もしかすると地獄や餓鬼に落ちてしまっているかもしれないご先祖様を救う目的において営まれると考えるのが妥当となりますものの、「亡くなられた故人は、生前の仏縁や功徳、あるいは葬儀の執行による引導(浄土真宗の場合では即得往生)、追善供養などによって、極楽、浄土にて仏様のところで修行に励んでいるものであると思うのですが・・」と中には疑問に思われる方もいらっしゃることでしょう。

もちろん、それはそう考えて頂いても妥当であるかとは存じます。ただ、それでも、施餓鬼供養のみならず、様々な供養を行う意義とは、やはり上記の葬儀の際にも述べさせて頂きました悟り・涅槃へと向かうための「自利利他」の行いということに尽きるのではないだろうかと考えております。

供養においては、極楽・浄土など仏様の下で精進なさられておられる方々へは、成仏へと向けての応援、励ましとなるための功徳となり、また、迷い苦しみにある者たちを救うためとなる功徳は、迷い・苦しみにある者たちを救うための功徳になると共に、自ら自身における悟り・涅槃へと向かうための功徳にもなるということでございます。

そして、葬儀と同様に、供養においても重要となるのは、もちろん「仏縁」であり、それを供養の対象と共に、自らも頂ける大切な機会としなければならないのであります。

とにかく、葬儀、供養も「自利利他行」として調えることにより、皆が、悟り・涅槃へと向けた善き流れに乗れるようにとして努めることが必要となる次第でございます。

何より、この生の後にも続いていく心相続においては、「仏縁」を決して途切れさせないようにしないといけません。「仏縁」さえ完全に切れなければ、紆余曲折はあろうとも、いずれ悟り・涅槃へと導いて頂けることができるということでございます。

さて、施餓鬼供養の目的の一つとして、悪い輪廻にある者たちを救うという内容を同様に持つインド中後期密教経典の中に、「一切悪趣清浄タントラ」という経典がございますが、このお経が説かれた由来の教説の中において、帝釈天(天界の神様)が、天界で共に親しくあった天子無垢宝光という者が死んだ後のことを心配されて、世尊仏陀(ヴィルシャナ)に尋ねられるくだりが出て参ります。

その際、世尊は、天子無垢宝光のことについてお答えになられますが、そのお答えを要約すると、天子無垢宝光は、死後、地獄に落ちてしまっており、その後も六道輪廻の中を苦しみ彷徨い続けるとおっしゃられます。そして、帝釈天たちは恐れおののき、天子無垢宝光、また、帝釈天たちはもとより、悪い輪廻に落ちている者たちが、悪い輪廻から解脱して、悟りへ至るための方法をお示し下さいと懇願されて、世尊が、その具体的な方法を説示されておられるのが、このお経の全体的な内容となっています。

その説示されました方法の一つを、帝釈天たちが、天子無垢宝光のために実践することにより、天子無垢宝光は、何とか地獄、悪趣輪廻から逃れて、善き流れに乗ることができるようになるのですが、実は、天子無垢宝光が、帝釈天たちによって、そのように供養を行ってもらえたのは、天子無垢宝光には、その過去世における強い仏縁があったことによっての功徳を積んでいたが所以であると、補足して説明されます。

つまり、確かなる仏縁や功徳が、過去世、現世のどこかにおいてあったのであれば、その後の輪廻転生の中において、多少の紆余曲折があっても、必ずやその仏縁、功徳による果報により、仏の道を外れずに、善き流れを進められる場合があると考えることができます。(例えば、顕教の修行では、成仏するのに三阿僧祇劫(さんあそうぎごう)というとてつもない膨大な時間が掛かってしまうことになりますが、有り難く尊い仏縁となる密教の無上瑜伽タントラの灌頂を受けて、戒律・律義を守り、生起次第と究竟(くきょう)次第の二次第の修行を確実に進めれば、早くて今生の内に即身成仏できることもあれば、例え、二次第の修行が何らかの理由にてあまりできなくても、戒律・律義さえしっかりと守っていれば、7回、もしくは、16回転生する中において、必ず成仏できるとされています。つまり、無上瑜伽タントラの灌頂・修行とは、それだけ早く成仏できる強い仏縁となるものであると言えるでしょう。だからと言って、今生において油断して戒律を守らずに怠惰となってしまえば、当然に成仏が遠のいてしまうことになるのは言うまでもありません。)

とにかく、自他共に、悟り・涅槃へと向けた善き流れに乗るための仏縁を、どう強く結び、修行、功徳に励んでいくべきであるのか、それをしっかりと考えて、様々な供養においても、できる限りに、その意義を理解した上において努めて参りたいものでございます。

川口英俊 合掌 平成29年7月28日


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『般若心経における「空」について』 平成28年8月・お盆施餓鬼法要配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/93cd51b49c2264eb00fcc00a904a3392

「Amazonお坊さん便」の抱える問題について/平成28年3月・春彼岸施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/d339cd6c14be7db57860f241caf4984d

「仏教と戦争 ~ 戦後70年と仏教 ~」平成27年8月・お盆施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/c479dc1d59328df2708ba23499b4d92b

「仏教の基本的な理解のために」平成27年3月・春彼岸施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/55ced9a1512c6ef6e095caa4fbe9eb8c

「死後について」平成26年9月・秋彼岸墓前回向・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/46df9bb57071ef4f2b56161423dba66f

「お葬式について」平成26年8月・お盆施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/0816eb5e788bf5ecfc8eed8e901b1a76

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『葬儀と供養の意義について』 平成29年8月・お盆施餓鬼法要配布資料

『葬儀と供養の意義について』
平成29年8月・お盆施餓鬼法要配布資料

岩瀧山・往生院六萬寺 副住職 川口英俊

「縁なき衆生は度(ど)し難(がた)し」と仏教において、よく引用されて使われる言葉がございます。その意味は、「仏様、また、仏様の教えとのご縁が無ければ、どのような者であろうとも、仏様、仏様の教えにおいて、救うこと、あるいは救われることは難しい」といった内容となり、この場合の「縁」とは、悟り・涅槃へと至るための因縁(原因と条件)のことで、「悟り・涅槃へと至るための因縁が無くては、その結果としての悟り・涅槃を得ることはありえない」ということになります。

私たちのこの世界においては、全て「因果の法」に則って、モノ・コトが成り立っています。何も因縁(原因と条件)が無いのに、突然に、何かが生じる、あるいは、何かが滅するということは、絶対にあり得ないことでございます。

それは、つまり、今、このように存在できている皆、一人一人にも、そのように存在できているための因縁があって、今の状態という結果があることになります。そして、また、それら今の結果も、次の結果への因縁となったりもしながら、更に色々な因縁が複雑に絡んでいく中において、次の結果、また次の結果へと繋がっていくのであります。

お釈迦様は、お悟りを開かれて、この複雑な因縁と結果の流れを見極められて、悪い流れを絶ち、善い流れへと変えることで、善い結果へと向かっていくためにとして、「善巧方便」(ぜんぎょうほうべん)・「対機説法」(人それぞれの迷い苦しみ、あるいは、人それぞれの理解・実践できる能力に応じて)にて仏教を説示なされました。その善き流れに乗るための教えとの「縁」を持つことができなければ、いつまでも悪い輪廻(りんね)という流れにおいて迷い苦しみ続けてしまうことになってしまいかねないのでございます。

ですから、仏教においては、まず仏様、そして、その教えとの「縁」、つまり、「仏縁」を持つことを何よりも重視して、大切としなければならないことになるのであります。

その「仏縁」を正式に結ぶために行われるのが、特に、受戒、得度により正式な「仏弟子」となることでございます。そして、できるだけ生前の早い段階においてなされておかれることをお勧め申し上げたい次第でございます。

また、もしも、生前においては、何らかの理由にて、その「仏縁」がほとんど無かったとしても、その最後の機会として、葬儀を執行することにより、正式な仏縁を結ぶことによって、後生の大事、安楽へと向けて、その仏縁を繋げて頂きたいものとなります。

正式な仏縁は、お釈迦様以来の正式な仏法の流れを拠り所として、仏様、仏法、そして正式な仏法の流れを受け継いできている僧侶たちの三宝への深い帰依信心と共に、守るべき戒律を守り、智慧と福徳という二つの資糧の修行をしっかりと進めていくことによって、悟り・涅槃へと向かうための善い流れに確実に乗りたいものとなります。

私事となりますが、私の場合、これまでにも有り難く尊いご仏縁が色々とございました中において、特には、自分の「生前葬儀」であると覚悟して平成28年の秋に参加させて頂きましたダライ・ラマ14世法王猊下様ご導師によりますチベット密教・無上瑜伽タントラ(四つあるタントラの分類の最上位のタントラ)の一つである「チッタマニターラー尊灌頂」が、私にとっての最重要なご仏縁になったものであるとして、その後の仏教修習も、ダライ・ラマ法王様を根本上師に、チベット密教の教えに基づいた実践を主としながら、灌頂の成就法にも日々努めさせて頂いております。

実は、密教灌頂も、葬儀と同様に、受戒と引導が扱われるものとなります(但し、浄土真宗では受戒・引導を扱いません)。例えば、三宝への帰依は当然として、悪業の懺悔と浄化や、悟りを目指す決意としての菩提心の生起、守るべき菩薩戒・密教(三昧耶)戒などの受戒、そして、曼荼羅の仏世界・仏境地への導引、これからの修行内容についての詳細な指示などがございます。それらも、悟り・涅槃へと向かうための善き流れ、更に密教の場合では、悟り・涅槃へと向けての速い流れに乗るための内容となっており、それらの確かなる実践を、とにかく今生においてもしっかりとできる限りに取り組むことで、来世、来来世へもその善き流れを途切れさせることなく加速させて繋げて参りたいものとなります。

とにかく、まずは、仏様、仏様の教えとの「仏縁」を正式に強く結ばなければ、何も始まらないのであります。もしも、亡くなった故人の生前の行いがどれほど悪くても、あるいは、仏縁、仏心のかけら一つも無い人生であったとしても、何とか最後において葬儀を執行してあげられることができれば、善き流れの最終列車へと、無理矢理にでも乗せてあげることができると、一応は言えるのでございます。

もちろん、生前において、正式な受戒や得度、または、密教灌頂を済ませていれば、それはそれで、改めて葬儀の執行は必要のないことになりますが、しかし、受戒・引導は、一度だけではなく、何度も受けることによって、よりその仏縁を強固とすることができるものとなります。実際に灌頂も何度でも受けることができ、その度ごとに仏縁が強く増すものであるとされています。

また、何よりも、葬儀は、亡くなった故人のためだけに執行するものではなく、施主・遺族・参列者たち、または、葬儀を執行する僧侶たちにとっても「功徳となる利他行」であり、それぞれ自分自身の悟り・涅槃へと向かうための仏縁、善い流れにも繋がるものになるとして、「自利行」にもなり得るのでございます。つまり、葬儀は、亡くなった故人のみならず、施主・遺族・参列者たち、僧侶たちの「自利利他」を成すための絶好の機会でもあるのです。

それが、最近では、形骸化、簡素化、省略化が著しく進んでしまったことにより、葬儀が正式に執行されなくなっている事態は、亡き故人の為とならないどころか、残された私たちにとっての仏縁を頂くための有り難く尊い機会をも失わせてしまっていると言えるのでございます。

できれば、今一度、葬儀の意義、仏縁を結ぶあり方について、それぞれがしっかりと考えることにより、どのように故人の葬儀を行うべきか、また、自分の葬儀もどのようにしてほしいのか、更には、どのような僧侶(導師の資質を確かに有する者)に執行を託すべきであるのか、などについて見直す一つのきっかけとして頂けましたら有り難くに存じます。

とにかく、葬儀の執行は、亡き故人はもちろん、自分の後生の大事にも係わってくることになります。軽々しく適当にしてしまっては、それこそ無駄、徒労となりかねません。また、その執行を司る僧侶の資質についての見極め、判断も、慎重に行うべきことになります。しっかりと導師たる役目を果たせる者にこそ、葬儀の執行を依頼したいものでございます。

皆様とお寺、僧侶との信頼関係が希薄化するにつれて、檀家制度が崩壊してしまっている昨今、お寺、僧侶も皆様から取捨選択される時代となっています。私自身も、浅学非才の未熟者ではございますが、葬儀を司るに値する資質があるのかどうか、常に自らに問いつつ、これからも仏教修習にできる限りの精進に努めて、ご期待にお応えできますように調えて参りたいと僭越ながらにも存じております。

次に、「供養」についてとなりますが、例えば、このお盆や彼岸における「施餓鬼」という供養は、地獄や餓鬼に落ちている者たち、または、もしかすると地獄や餓鬼に落ちてしまっているかもしれないご先祖様を救う目的において営まれると考えるのが妥当となりますものの、「亡くなられた故人は、生前の仏縁や功徳、あるいは葬儀の執行による引導(浄土真宗の場合では即得往生)、追善供養などによって、極楽、浄土にて仏様のところで修行に励んでいるものであると思うのですが・・」と中には疑問に思われる方もいらっしゃることでしょう。

もちろん、それはそう考えて頂いても妥当であるかとは存じます。ただ、それでも、施餓鬼供養のみならず、様々な供養を行う意義とは、やはり上記の葬儀の際にも述べさせて頂きました悟り・涅槃へと向かうための「自利利他」の行いということに尽きるのではないだろうかと考えております。

供養においては、極楽・浄土など仏様の下で精進なさられておられる方々へは、成仏へと向けての応援、励ましとなるための功徳となり、また、迷い苦しみにある者たちを救うためとなる功徳は、迷い・苦しみにある者たちを救うための功徳になると共に、自ら自身における悟り・涅槃へと向かうための功徳にもなるということでございます。

そして、葬儀と同様に、供養においても重要となるのは、もちろん「仏縁」であり、それを供養の対象と共に、自らも頂ける大切な機会としなければならないのであります。

とにかく、葬儀、供養も「自利利他行」として調えることにより、皆が、悟り・涅槃へと向けた善き流れに乗れるようにとして努めることが必要となる次第でございます。

何より、この生の後にも続いていく心相続においては、「仏縁」を決して途切れさせないようにしないといけません。「仏縁」さえ完全に切れなければ、紆余曲折はあろうとも、いずれ悟り・涅槃へと導いて頂けることができるということでございます。

さて、施餓鬼供養の目的の一つとして、悪い輪廻にある者たちを救うという内容を同様に持つインド中後期密教経典の中に、「一切悪趣清浄タントラ」という経典がございますが、このお経が説かれた由来の教説の中において、帝釈天(天界の神様)が、天界で共に親しくあった天子無垢宝光という者が死んだ後のことを心配されて、世尊仏陀(ヴィルシャナ)に尋ねられるくだりが出て参ります。

その際、世尊は、天子無垢宝光のことについてお答えになられますが、そのお答えを要約すると、天子無垢宝光は、死後、地獄に落ちてしまっており、その後も六道輪廻の中を苦しみ彷徨い続けるとおっしゃられます。そして、帝釈天たちは恐れおののき、天子無垢宝光、また、帝釈天たちはもとより、悪い輪廻に落ちている者たちが、悪い輪廻から解脱して、悟りへ至るための方法をお示し下さいと懇願されて、世尊が、その具体的な方法を説示されておられるのが、このお経の全体的な内容となっています。

その説示されました方法の一つを、帝釈天たちが、天子無垢宝光のために実践することにより、天子無垢宝光は、何とか地獄、悪趣輪廻から逃れて、善き流れに乗ることができるようになるのですが、実は、天子無垢宝光が、帝釈天たちによって、そのように供養を行ってもらえたのは、天子無垢宝光には、その過去世における強い仏縁があったことによっての功徳を積んでいたが所以であると、補足して説明されます。

つまり、確かなる仏縁や功徳が、過去世、現世のどこかにおいてあったのであれば、その後の輪廻転生の中において、多少の紆余曲折があっても、必ずやその仏縁、功徳による果報により、仏の道を外れずに、善き流れを進められる場合があると考えることができます。(例えば、顕教の修行では、成仏するのに三阿僧祇劫(さんあそうぎごう)というとてつもない膨大な時間が掛かってしまうことになりますが、有り難く尊い仏縁となる密教の無上瑜伽タントラの灌頂を受けて、戒律・律義を守り、生起次第と究竟(くきょう)次第の二次第の修行を確実に進めれば、早くて今生の内に即身成仏できることもあれば、例え、二次第の修行が何らかの理由にてあまりできなくても、戒律・律義さえしっかりと守っていれば、7回、もしくは、16回転生する中において、必ず成仏できるとされています。つまり、無上瑜伽タントラの灌頂・修行とは、それだけ早く成仏できる強い仏縁となるものであると言えるでしょう。だからと言って、今生において油断して戒律を守らずに怠惰となってしまえば、当然に成仏が遠のいてしまうことになるのは言うまでもありません。)

とにかく、自他共に、悟り・涅槃へと向けた善き流れに乗るための仏縁を、どう強く結び、修行、功徳に励んでいくべきであるのか、それをしっかりと考えて、様々な供養においても、できる限りに、その意義を理解した上において努めて参りたいものでございます。

川口英俊 合掌 平成29年7月28日


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『般若心経における「空」について』 平成28年8月・お盆施餓鬼法要配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/93cd51b49c2264eb00fcc00a904a3392

「Amazonお坊さん便」の抱える問題について/平成28年3月・春彼岸施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/d339cd6c14be7db57860f241caf4984d

「仏教と戦争 ~ 戦後70年と仏教 ~」平成27年8月・お盆施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/c479dc1d59328df2708ba23499b4d92b

「仏教の基本的な理解のために」平成27年3月・春彼岸施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/55ced9a1512c6ef6e095caa4fbe9eb8c

「死後について」平成26年9月・秋彼岸墓前回向・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/46df9bb57071ef4f2b56161423dba66f

「お葬式について」平成26年8月・お盆施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/0816eb5e788bf5ecfc8eed8e901b1a76

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往生院六萬寺サイト
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2015年06月25日

お盆・施餓鬼法要のご案内

お盆・施餓鬼法要のご案内

平素より当寺にてご先祖様ご供養を賜りまして、厚く御礼申し上げます。

ほどなくお盆をお迎え致します。今夏もお施餓鬼法要をご本堂にてお勤めさせて頂きますので、ご先祖様並びに有縁先亡者各霊位、三界萬霊位のご供養をお勤め賜りますよう、ここに謹んでご案内を申し上げます。合掌

※寺務所でも申し込み受け付け致しております。

※ 施餓鬼塔婆の用意の都合上、案内同封の返信葉書にご記入の上、お早めにご返信の程を宜しくお願い申し上げます。
(特に施主名はお書き忘れのないように願います。)

日 程  平成27年8月12日(水)から8月16日(日)の5日間

日 時  午前8時から午後4時 (※ 最終日は、午後3時までの受付)

お布施 7千円(塔婆・法要)※ 当日のお支払いで構いません。

別途、任意にて無縁供養・水子供養をなされる方は、各・千円のお布施となります。

ご供養をご希望の方は、返信ハガキのチェック欄に必ずチェックをお入れ下さいませ。

お盆用の墓前仏花(蓮・槇入り)は十分な数をご用意させて頂いております。


お盆・施餓鬼法要の概略・流れ

1 事前にお申し込み必要。締切までに。葉書での返信、または寺務所にて申し込み。
2 施餓鬼塔婆のご用意。
3 供養当日に寺務所にて順番の受け付け、供養料のお支払い。
4 お墓の参り後にご本堂前へ。本堂前のテントで、名前が呼ばれるのを待ちます。
5 堂内よりお名前が呼ばれましたら、本堂内へと入る。
6 法要・焼香・法話(約15分~20分)。ご供養をお勤め頂きます。
7 ご供養後、水向け地蔵さんのところへ塔婆を持って行き、水を掛けてご供養。塔婆は、 
 一ヶ月間、お祀りした後にお焚き上げご供養。

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2014年08月18日

8/24・地蔵盆法要のご案内

地蔵盆法要のご案内

※ 雨天の場合、ご本堂にての開催となります。お気をつけてお越し下さいませ。

8月24日 地蔵盆法要 18時~ 水子地蔵尊前にて

ご供養料 二千円 経木塔婆を用意致しますので、御供養なさられる方は、できるだけ事前にご連絡下さい。

法要後、皆様でお分け致す御供養品は各自任意にてお持ち寄り下さいませ。

提灯について

提灯は一張・二千円にて承っております。子供さんの健やかな成長、無病息災も願って、どうぞお気軽に寺務所までお申し込み下さいませ。お名前を書き入れさせて頂きまして、毎年地蔵盆にて飾らせて頂きます。

過去の動画

平成24年度・地蔵盆法要 録画1
http://www.ustream.tv/recorded/24925048

平成24年度・地蔵盆法要 録画2
http://www.ustream.tv/recorded/24925507

水子ご供養について
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/7832557.html

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2014年07月11日

お盆施餓鬼法要のご案内

お盆施餓鬼法要

日程 八月十二日(火)~十六日(土)五日間

時間 午前八時~午後四時 ※最終日は午後三時まで

お布施 七千円(施餓鬼塔婆、ご先祖様並びに各霊位供養)

無縁仏様・水子様御供養 各千円~お志

・ご本堂内にての施餓鬼お勤めの期間は例年と同様に、五日間(十二日・十三日・十四日・十五日・十六日)とさせて頂きます。

・お盆期間中、駐車場の相当な混雑が予想されています。少しでも混雑を軽減・緩和するために、特に十三日・十四日のお参り・お勤めにつきましては、極力避けることが可能な方におかれましては、お避け頂けることができましたらと考えております。ご協力下さいますよう、宜しくお願い申し上げます。

・ご供養をお勤めになられます方は、事前にお申し込み下さい。(八月八日まで)

・毎年お勤めされます方には案内を往復ハガキで郵送させて頂きますので、返信欄に必要事項を記入の上、お早めにご返信下さいませ。

以上、ご理解を頂きまして、ご先祖様並びに有縁先亡者各霊位のご供養を賜りますよう、ご案内申し上げます。

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2001年01月13日

往生院六萬寺 水子ご供養について

水子ご供養について

当寺では、水子地蔵尊をお祀りし、水子さんのご供養をお勤めさせて頂いております。



水子ご供養のご希望の方は、事前に寺務所までお問い合わせ下さいませ。お塔婆をご用意させて頂きまして、水子地蔵尊前にてお勤めを申し上げます。

また、水子地蔵を建立なされてのご供養もお受けできますので、お気軽にご相談下さいませ。


毎年8月24日の地蔵盆では合同ご供養をお勤め致しております。







平成24年度・地蔵盆法要 録画1
http://www.ustream.tv/recorded/24925048

平成24年度・地蔵盆法要 録画2
http://www.ustream.tv/recorded/24925507

提灯は一張・三千円にて承っております。子供さんの健やかな成長、無病息災も願って、どうぞお気軽に寺務所までお申し込み下さいませ。お名前を書き入れさせて頂きまして、毎年地蔵盆にて飾らせて頂きます。



また、毎月24日には定例にての水子ご供養もお勤めをさせて頂いております。

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2001年01月11日

往生院六萬寺 動物供養について

動物供養(お納骨)について

当寺にご縁のある方のペット、愛犬・愛猫・愛鳥などのお骨(火葬済みのみ)を草木禽獣沙巌供養塔の霊安室へと、ご供養をお勤めして、お納めすることができます。合祀となります。

但し、霊安室の容量次第では、既にお受けできない場合も出て参りますので、この点、ご了承下さいませ。


草木禽獣沙巌供養塔


ご希望の場合は、事前に寺務所までご相談下さいませ。

当寺にご縁の無い方でもご相談に応じさせて頂けることもあります。事前にお問い合わせ下さい。

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2001年01月09日

往生院六萬寺 お寺の方針について

お寺の方針について

当寺は、平安時代より、浄土信仰の寺院・念仏道場として栄えた時期もございましたが、何度も荒廃を繰り返す中、戦後における復興において、臨済宗の単立寺院となりました。

現在、臨済宗を基本的に奉じてはいるものの、お釈迦様(釈尊)、諸尊如来様方の教え(善巧方便)の全般を学び修することによっての確かなる衆生済度の実践へと向けて、特定の宗旨宗派にあまりとらわれることなく、仏法・仏典の全般を扱うことを旨として、初期(テーラワーダ)仏教から大乗仏教、 並びに、チベット仏教、チベット密教に至るまで、お釈迦様(釈尊)、諸尊如来様方
の教えの全てを総合的に、包括的に学び修することを目指しています。

(法人登記目的の項より抜粋・・「相應部増支部等の経典及び諸大乗経を所依として正法を宣布し儀式行事を行い、信者を教化育成し、その他、正法興隆、衆生済度の聖業に精進するこの寺院の目的を達成するための財務その他の業務を行うことを目的とする。」)

また、当寺は、先代の頃より、ゆるやかな信徒制度を採用しており、これまで寄付、護持会費等をお願いしたことは一切なく、これからもお願いすることもありません。
(但し、任意による寄付のお申し出につきましては、有り難くに頂戴をさせて頂きます。仏法興隆、衆生済度の聖業のために使わせて頂きます。)
 
更には、先代の葬式仏教を排するとの遺訓により、お葬式・葬儀につきましては、積極的にお受け致しておりません。このことにつきまして、詳しくは、下記のページをご参照下さいませ。

お葬式・葬儀のお申し込みについて
http://blog.goo.ne.jp/oujyouin/e/5a01f41bfd8a0d3c600d2cca5856a7f9

各ご供養のお申し込みにつきましては、下記のページをご参照下さいませ。

各ご供養の申し込みについて
http://blog.goo.ne.jp/oujyouin/e/9a45cb2737b41e9782cc49a9e7592093

これからも皆様との有り難く、尊いご縁をつむがせて頂きながら、ご仏縁、ご法縁を大切に、確かなる
正法興隆、衆生済度の実践へと向けて、しっかりと菩提心を滋養致して、智慧(空性の了解)と福徳(慈悲・利他・方便行の実践)の二資糧を積むことに研鑽して参りたいと存じております。

どうかこれからも、ご理解とご協力の程を何卒にも宜しくお願い申し上げます。


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