功徳

2018年06月12日

お盆・施餓鬼法要のご案内

大切なご先祖さまのご供養

お盆・施餓鬼法要のご案内 

お盆供養は、苦しみある衆生(餓鬼や地獄の者たちなど)を救うために行った供養による「功徳」を、ご先祖さまの仏道を進める糧として頂くために及ぼすと共に、その供養による「功徳」と「仏縁」により、私たちの「現世の安穏」と「後生の安楽」のためにも繋げて参りたいものとなります。

また、ご先祖さまを想うと共に、今ある自分を見つめ直すための機会にもしたいものでございます。

お塔婆をご用意いたしますので、ご供養なさられる方は、お早めにご返信をお願い申し上げます。

8月11日~15日(5日間)午前8時~午後4時(※最終日は午後3時まで)

御本堂にて

塔婆ご用意の都合上、必ず事前に寺務所までお申し込みください。

毎年お勤めのお方へは往復ハガキにてご案内いたしますので、ご返信ください。

本年度の「法話」は、皆さまからのご質問にお答えをさせて頂く形式といたしますので、お気軽にご質問くださいませ。

往生院六萬寺
http://oujyouin.com/

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2016年03月02日

「Amazonお坊さん便」の抱える問題について考える

『「Amazonお坊さん便」の抱える問題について考える』
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/d339cd6c14be7db57860f241caf4984d
(平成28年3月・彼岸施餓鬼法要配布資料)


はじめに・・


昨今、世間で物議をかもしております「Amazonお坊さん便」(株式会社「みんれび」さんによる法事法要手配チケット)の抱えている問題から、現代日本仏教の課題について、少し考えて参りたいと存じます。(まだ、ご存知でない方は、ネットで「Amazon  お坊さん便」で検索下さいませ。Amazonさんは、ネット通販大手の会社。)


hasunoha・問い「Amazonのお坊さん便について」・・


拙生が、回答僧侶として参加させて頂いております「ネットでお坊さんがこたえるQ&Aサービス・hasunoha」(http://hasunoha.jp/)におきまして、問い「Amazonのお坊さん便について」(http://hasunoha.jp/questions/2684)というご質問が、2015年12月29日にございまして、その回答にて、簡単に拙生の意見を述べさせて頂いております。

その内容をまず以下に挙げさせて頂きます。


問い「Amazonのお坊さん便について」

【ご質問内容】

最近Amazonでお坊さんを手配するお坊さん便が始まったそうですが、お坊さんに知り合いがいない人やお寺が身近にない人達にとってはお坊さん便は便利なサービスかも知れません。 

ですが、「仏教をビジネスと考えてるからけしからん!」といったお坊さん便に対する反対意見もあることは確かです。

ちなみに私はお寺に縁のない若い世代の人達の為にもお坊さん便はあってもいいのではないかと思います。

そこでハスノハのお坊様方に質問なのですが、Amazonのお坊さん便に関して賛成ですか?それとも反対ですか? 

詳しい意見の方よろしくお願いいたします。


【私の回答】


色々と物議を醸しているAmazonの「お坊さん便」、拙生は、賛成、反対のどちらでもないのですが、仏教・仏法の本来的な目的・実践は、「衆生済度の聖業」(一切の衆生、輪廻に迷い苦しむものたちを救うための聖なる行い)であり、色々な方便は、方便としても、仏教・仏法の本来的な目的・実践に適うものとなっているのかどうかが、最終的に重要になるのではないかと存じております。

Amazonの「お坊さん便」においても、その問われるべき問題は、そこに単なる気休めではない、真なる救いや安心がありうるのかどうか、ということになるのではないかと存じます。

仏教とビジネス、仏教と営利、仏教と経営・・色々と相いれないと思われることももちろんあるでしょうが、その時代や環境の変化に応じて、寛容・柔軟になるべきことと、絶対に妥協・譲歩してはいけないことと、そのバランスを取りながらにも、「衆生済度の聖業」という本来的な目的・実践をしっかりと推し進めていく役割を担っていかなければならないのが、僧侶、寺院のあり方として最も大切になるのではないかと考えております。

確かなる「衆生済度の聖業」の実践へと向けて、犀の角の如くに中道を歩むことができていけますように、この浅学菲才の未熟者におきましては、しっかりと省察しつつ、これからも仏法の修習に努めて参りたいと存じております。

川口英俊 合掌


・・以上のようにお答えさせて頂いておりますが、現在進行形の議論の状況も鑑みながら、この度は、更にもう少し考えてみたいと存じます。


議論の行方・・


これまでにも僧侶派遣業を行う業者は、色々とございましたが、今回、大手ネット通販のAmazonさんが、僧侶派遣の仲介を行うことになったため、その市場規模・影響力の大きさから、昨年の12/8の販売と同時に、マスコミでも大きく取り上げられ、更に、「全日本仏教会」さん(公益財団法人)が、反対の表明と中止の要請を行ったことにより、世間と仏教界を巻き込んだ賛否両論が飛び交う議論へと展開しました。

全日本仏教会さんの反対の要旨としては、「宗教行為のビジネス化」ということについての危惧と共に、宗教行為に対して納められる「布施」(功徳のための喜捨行為)、六波羅蜜の修行の徳目の一つに係るものを「商品」として扱うことへの反対といったものとなっております。

一方で、これまでの「布施」についての不明瞭なことの多さ(金額の多寡、その内容の問題や法事・供養の形骸化、僧侶・寺院のモラル低下等)による、「仏教・寺院・僧侶への不信感の増大」、あるいは、核家族化・少子高齢化、家継承者の断絶などによる「仏教・寺院離れ」もあり、僧侶派遣仲介業者の提示する布施の金額の明瞭さや、身近に手軽に、法事・供養で僧侶を呼ぶことができる、僧侶・寺院と必要以外の付き合いをしなくて済むなど、利用される側の好意的な声もあって、「みんれび」さん・「Amazon」さんとしても、市場のニーズ、サービスへの需要がある限り、それに応えていくという姿勢のまま、双方の対立の溝は、ほとんど埋まっていないというのが現状でございます。


真なる布施による功徳のあり方とは・・


昔に、「イオン(株)」さんが、葬儀や戒名に係る布施価格を公に提示した問題もございましたが、市場のニーズやサービスへの需要がある限り、例え宗教行為であっても商業利用してサービスを提供しようとする業者は、今後も無くならないのではないかと存じます。

しかし、元々の本来の「布施」の意味と、その扱いのあり方については、しっかりとここで議論し直す必要があるのではないかと考えています。

そもそも、「布施」というものは、全日本仏教会さんも述べられていますように、「宗教行為に対して納められる「布施」(功徳のための喜捨行為)は、六波羅蜜の修行徳目の一つ」でございます。

法事・供養をお勤めされて、主に布施される施主の方を「功徳主」とも申しますように、本来の布施は、「功徳」のための喜捨行為というものとなります。それは、仏教の目的とする悟り・涅槃という最高の境地へと向けて、迷い苦しみの原因となっている、無明(根本的な無知)や煩悩、執着などを少なくする、無くしていくための「善い行い」「徳の行い」を積むために行う行為となるべきであり、その積みたる功徳を、葬儀や法事においてご供養する方のみならず、己自身も含めて、「全ての迷い苦しみにある者たち(一切衆生)が、やがて、皆、悟り・涅槃へと至れるように」、として行われなければならないものとなります。

仏教の目指すべきは、己自身も含めての、全てのものたちの救済であり、そのために扱われるのが「仏法」となります。その「仏法」を扱うことにより、納められた布施、財施というものも、やはり、「仏法」の趣旨に適うもので使われなければなりません。

それは、その布施・財施を得たる者も、仏法の護持や、仏法の発展・興隆、あるいは、衆生済度の聖業(一切の衆生、輪廻に迷い苦しむものたちを救うための聖なる行い)へと、その布施・財施を役立てることが、求められるものということにもなります。

つまり、布施を頂いた寺院・僧侶も、その布施を、仏法の護持や仏法の発展・興隆、あるいは、衆生済度の聖業へと役立てることで、迷い苦しむ衆生たちの癒しや救いとなることによっての「功徳」を、布施された方への「功徳」にもなるように、本来、回向していかなければならないということであります。

問題は、布施を渡す方も、その布施を受け取る側も、双方に上記のことを理解した上での「布施」行為であるという意識を、もっと高く持たなければいけないということでございます。

簡単には、私たち僧侶や寺院の布施をお預かりする側においては、「仏法により預かり頂いた布施は、仏法の趣旨に適うことで使わなければならない」ということとなり、お布施をお預けする側も、「この僧侶・寺院ならば、しっかりと、真に功徳となる行いに、そのお布施を使って頂ける」ということにて、お渡しするという意識が必要になるのではないだろうかと考えます。

この機会に、本来の布施というものは、個人や己自身、あるいは、ご先祖様や亡くなられた特定の故人へと向けた供養ということだけでの布施、という意味合いではなく、「迷い苦しむ衆生たち全てへの癒しや救いとなるべき功徳へと向けての布施」ということを、しっかりと考えていかなければならないのではないだろうかと存じます。

更には、仏法による布施をめぐる、渡す側、受け取る側、仲介・サービスにより対価を得る側も、それぞれの皆が、仏法の尊さ、有り難さを尊重して、真摯に向き合い、仏法に対しての「敬虔なる思い」、「畏敬なる思い」も持って、真なる「功徳」の行いに励めるようにしていくことも、大切になると考えております。

例えば、仏法を扱うことにおける仲介・サービスにより対価を得る側、今回では、「Amazon」さんや「みんれび」さんのような業者も、少しそのあたりのこともお考え頂いて、何か、仏法の護持や、仏法の発展・興隆、あるいは、衆生済度の聖業へと繋がることに、その利益の全部とまではいかなくても、一部だけでも使って頂くことにより、真なる「功徳」を積んで頂けましたら、少しなりにも仏教界からの理解も得られるのではないだろうかと、個人的に思うところでございます。


最後に・・


以上は、「ただの理想論だ」、「綺麗事に過ぎない」、「やれるものならやってみろ」、「あほか」という批判も当然にあるかとは存じますし、自分自身、このように偉そうに述べてみたものの、まだまだ、そのようにできていないことも、もちろん多々ございます。この浅学菲才の未熟なる身を恥じ、大いに自省すると共に、真なる「功徳」の行いへと向けて、仏法の修習に精進努力し、確かなる智慧と福徳の資糧を積んでいかなければならないと存じております。

川口英俊 合掌 平成28年3月1日


余談・・

余談ながら、正直、「Amazonお坊さん便」をめぐる問題については、恐らく、「Amazon」さんや「みんれび」さんも、サービスを取り下げたり、辞めたりはされないでしょうから、「全日本仏教会」さんも、Amazonさんやみんれびさんに対して、もう少し現実的に諭していく必要もあるのではないだろうかと、僭越ながらにも思うところがございます。

例えば・・

「仏法を扱うことにより、あずかり頂く布施から、仲介手数料・サービス料等などの利益を、もしも得られているのであれば、その利益の幾分かは、必ず、仏法の趣旨に適うことの功徳(仏法の護持や、仏法の発展・興隆、あるいは、衆生済度の聖業へと繋がること)の行いのためにお使い下さいますように、どうか宜しくお願い申し上げます。」

とか、あるいは、Amazonさんやみんれびさんの担当者の皆さまへと、慈悲の思いをしっかりと向けて、心からご心配を申し上げて・・

「仏法という尊い、有り難いものを扱っていることを再認識して頂くと共に、その仏法を扱うことにより、あずかり頂く布施から、仲介手数料・サービス料等などの利益を、もしも得られているとして、その利益によるものを、貪りなどの煩悩による享楽、強欲なことなどに使ってしまうとなれば、場合によっては、普段のことよりも、より悪業のカルマを積むこととなってしまい、大変なる悪趣の輪廻(迷い苦しみ)へと赴くことを危惧しなければなりません。どうか、その利益の一部だけでも構いませんので、仏法の趣旨に適うことの功徳(仏法の護持や、仏法の発展・興隆、あるいは、衆生済度の聖業へと繋がること)の行いのためにお使い下さいますように、何卒にも宜しくお願い申し上げます。」

ぐらいにて、できる限り善き行いに努めて頂けるように促させて頂いていくのが、良いのではないだろうかと思うところでございます。もちろん、自省の意も大いに込めて・・


岩瀧山往生院六萬寺

・・

「仏教と戦争 ~ 戦後70年と仏教 ~」平成27年8月・お盆施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/c479dc1d59328df2708ba23499b4d92b
 
「仏教の基本的な理解のために」平成27年3月・春彼岸施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/55ced9a1512c6ef6e095caa4fbe9eb8c

「死後について」平成26年9月・秋彼岸墓前回向 配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/46df9bb57071ef4f2b56161423dba66f

「お葬式について」平成26年8月・お盆施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/0816eb5e788bf5ecfc8eed8e901b1a76

 


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2014年06月13日

「お葬式・葬儀に対する拙個人的見解の補足について」

往生院六萬寺 お葬式・葬儀のお申し込みについて
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/7820109.html

下記ページのアドレスを以上のページヘと追記させて頂きました。

「お葬式・葬儀に対する拙個人的見解の補足について」(副住職・川口英俊・2014.6.13)
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/644562be202e5ab9e6208d8f6b7d6b96

お葬式・葬儀に対する拙個人的見解の補足について

現在、拙寺ホームページ(岩瀧山 往生院六萬寺 http://oujyouin.com/ )をリニューアルさせて頂いております中で、「お葬式・葬儀のお申し込みについて」をお読み頂きました方から、お葬式・葬儀に関する導師のご依頼に関することについてのお問い合わせを数件ほど頂いておりまして、少し拙生と致しまして、改めての見解・スタンスをお示しさせて頂いておかなければならない必要性を感じております。

現在のところ、拙寺のお葬式・葬儀のスタンスに関しましては、下記のページのようにお示しをさせて頂いております。

往生院六萬寺 お葬式・葬儀のお申し込みについて
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/7820109.html

また、次に、以前に拙生個人としてのお葬式・葬儀のスタンスにつきましては、下記のページのように簡単にお示しをさせて頂いております。

「お通夜式、お葬儀式の導師についての自省と自戒のために」(川口英俊拝)
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/ef5f6cca53cff32fb5fd1def4d9492e6

そこで、今回は、もう少し拙生個人としての見解とスタンスを更に改めましてお示しをさせて頂きたくに存じておりまして、下記のように少し補足的にまとめさせて頂きました。どうかご理解の程を賜れますように宜しくお願い申し上げます。

・お葬式・葬儀は、仏縁(仏様とのご縁)・法縁(仏法とのご縁)を結ぶための一つの大切で重要な機会であると捉えております。

・宗旨宗派によってお葬式・葬儀の法式・作法・儀礼などが異なっているのは、それぞれにおける仏縁・法縁を結ぶための方法・手段の相違であって、諷誦されるお経などの相違も、それぞれが依拠する仏典の相違によるものと考えており、(やがて悟りへと至るための)仏縁・法縁を結ぶためという基本的な目的については、あまり大差なく変わらないものであるかと存じております。

・生死や肉体の有無に拘らず、確かなる仏縁・法縁を結ぶことを基として、各々の心の連続体、心相続に、菩提心と慈悲心を滋養させていくことにより、悪行を成さずに、善行に精進して、功徳を積むことが求められるものであるかと考えております。お葬式・葬儀もあくまでそのための仏縁、法縁の一つの機会として捉えさせて頂いております。

・むしろ、できれば今の生きているうち、今生にも、できる限りにおいて仏縁、法縁を結ぶ機会を何度も何度もあずかり頂いて、菩提心と慈悲心を繰り返し、繰り返し修習させ続けていくことが望ましいものであると考えております。

・尚、更に望ましいのは、確かなる仏縁、法縁を結ぶことを通じて、智慧(空性の了解)と福徳(善徳・慈悲・利他行)の二資糧を円満に積むことに精進努力して励みて、特に悟りの妨げとなっている煩悩障と所知障を断滅させていけるように調えていくことが必要であると存じております。

・お葬式・葬儀における導師の役割には、確かなる仏縁・法縁を結ばせることができるだけの力量、器量、資格、責任が問われることになるため、慎重にその役割が担えるに足りるのかどうか、適切であるのかどうかが判断されなければならないものであると存じております。また、仏典はもとより、諸師方、お施主様、 ご遺族の皆様方、あるいは必要となれば第三者からも常に評価検証されていくべきものであると考えています。

・よくあるご批判として、「まともに戒律も守れていない者(特に妻帯や様々な俗人的な行いの数々など)が、戒師や導師を務めるのはいかがなものか」とのご指摘は至極その通りであり、常に猛省致すところ大でございます。

・お葬式・葬儀に限らずに、常日頃における仏事、法事などを扱わせて頂くことについても、真にその扱わせて頂くべき力量、器量、資格があるのかどうかが厳しく問われるべきことであると存じております。

・以上ようなことを鑑みさせて頂いて、まだまだのこの浅学菲才の未熟者と致しましては、常に反省と自戒を致すことが多々であり、しっかりと菩提心、慈悲心の滋養へと向けた修習と研鑽を致しつつ、智慧と福徳の二資糧を積むことに精進努力して取り組んでいかなければならないと考えております。そのため、なかなか積極的にお葬式・葬儀をお受けできる立場には至ってはおりませんことにつきまして、どうかご理解とご容赦を賜われましたら有り難くに存じております。何卒にも宜しくお願い申し上げます。

川口英俊 合掌(平成26年6月13日・記)


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