大神神社

2026年06月27日

「岩瀧大明神」お社建立・「地鎮祭」準備・2


「岩瀧大明神」お社建立・「地鎮祭」準備・2

 

 

台風が去って雨が止んだので、青竹立てと注連縄張りもしておきました。紙垂は明日に挟み込みます。

 

 

 

中央の神代は、大神神社の神樹の榊と大神神社の御幣、本堂の神鏡を立てます。

 

 

経筒へは鎮め物を納めました。

 

和紙に書いて納めたもののコピー

 

 

最近は塔婆書きばかりにて、和紙や奉書に書くのがかなり下手になりました・・

 

300年後とかに地鎮物を見た方に、こいつ字下手だなと思われてしまうかも。。

 

 

経筒の鎮め物には、各聖地の小石、土砂を「みわ山」の袋にまとめて入れて納め、カーラチャクラ砂曼荼羅の御砂は別瓶にして納めました。

 

 

 

法王猊下お加持の砂曼荼羅の御砂は、清水さんからダライ・ラマ法王猊下の日本でのカーラチャクラタントラ灌頂の実現へと向けて賜ったものの、時勢下と法王猊下のご高齢もあり、もはや可能性はほぼゼロになってしまいました。

 

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しかし、何らかカーラチャクラタントラの加持力を活かせるように致さねばと考えており、今回、少し使わせて頂くことにしました。

 

あと、まだ余裕があるところに、大き目の聖地小石いくつかと守護札を納めて蓋をしました。般若札は毎年に胴部に納めることにします。

 

 

経筒の蓋は密封せず、僅かでも気の出入りがあることが大事になります。

 

建立式は8/8ながら、実は、地鎮祭の方が重要で、特に鎮め物は、工事が終われば、二度と納められないものになります。(往生院稲荷大明神社は納められるようにしてありますが、今回はそのようにはしていません。)

 

まだ、熊野大社、出雲大社、神魂神社以外の多くの出雲の神社に御挨拶参拝廻りができていませんが、来月には、2日間で廻らせて頂く予定にしています。

 

とにかく一つ一つです。

 

 

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台風が心配ですが、不動尊縁日の28日には、岩瀧お参りでの岩瀧不動明王供養の後に、「岩瀧大明神」お社の基礎工事を控えての「地鎮祭」を行います。

 

 

地を改めて清めて、神代を清浄に調えることになります。

 

御神水、閼伽水での洒水と、大神神社・三輪山の御砂と、岩瀧で採取の御砂にて清めて、御幣とお塔婆を真ん中に立て、四隅には四天王のお塔婆を立てて、勤行・拝詞敬白となります。

 

 

併せて、基礎工事で台座の下へと鎮めて頂くものを経筒へと納めます。

 

舎利石、鎮め石は、岩瀧山山頂磐座小石、三間石山磐座小石、岩瀧滝行場の小石を始めとして、去年の出雲巡礼から、この度の神社各御挨拶廻り先の聖地の御砂、小石粒を納めます。

 

舎利石の代わりとして、ダライ・ラマ法王猊下大阿のブッダガヤで行われたカーラチャクラ・タントラ大灌頂の砂曼荼羅の御砂も少し分けて納めさせて頂きます。

 

 

カーラチャクラタントラの由来も鑑みてこのお加持力も賜れば、国体護持のためとなること間違いないでしょう。

 

但し、出雲はまだまだ参拝できていないところが多数にて、来月中に一泊で二十社程を一気に巡礼御挨拶廻りをさせて頂く予定です。

 

今回で納められなかったものは、各賜った御神符と共にお社の胴部へと納めます。

 

特に、大神山神社(鳥取県・大山)への参拝が間に合わなかったのですが、来月、必ず参拝できればと存じます。

 

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2026年06月24日

曹洞宗・三輪山・慶田寺(桜井市芝)に参拝

曹洞宗・三輪山・慶田寺(桜井市芝)に参拝

 

 

今回、6月23日に、奈良県へと参りまして、岩瀧大明神お社建立の参拝御挨拶廻りをさせて頂きました。

 

慶田寺さんへと一年ぶりに、ご挨拶お伺いさせて頂きました。

 

 

 

ご挨拶後、今回は、織田信長の弟、有楽斎(長益)の御墓所、四男・長政からの芝村藩・織田家の歴代御墓所にて、墓前諷経、回向。

 

 

有楽斎(長益)の御墓所
 

 

 

 

 

川口宗勝の母は、織田信長の伯母であることから、宗勝は織田家の親戚であるゆえに、信長から直臣・弓大将として重用されました。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E5%8F%A3%E5%AE%97%E5%8B%9D

 

もちろん、有楽斎とも当然に交流があったことでしょう。

 

あとから知りましたが、たまたまにもこの日(6/23)は信長の誕生日。

 

直前までお伺いできるかどうかでしたが、何とかお伺いができたのであります。

 

30年来、慶田寺さんとのご縁は本当に不思議なものであります。

 

ちなみに、芝村藩は、別名、「戒重」藩で、藩の「陣屋」は戒重城跡に置かれていました。

 

慶田寺の山門は、芝村陣屋南門を移築したものになります。

 

「戒重城」は、南北朝時代、大神神社の神主「大神勝房」の子とも伝わる「三輪(戒重)西阿」が築いた城で、強力な武士団を率いて、現在の桜井市一帯において勢力を持って支配し、西阿と、その子、戒重良円は、南朝方となって活躍するも、三輪西阿と戒重良円の父子は、楠木正行公に従って、「四條縄手の合戦」にて最期は討ち死にしているのであります。

 

(一説では、西阿は四條縄手の合戦前に亡くなっていたとも。四條畷神社では、三輪西阿の父子と戒重良円の父子として祀られています。)

 

慶田寺さん横の神社にも参拝させて頂きました。

 

 

 

 

 

 

真東が箸墓古墳、ホケノ山古墳、檜原神社、三輪山、巻向山になり、今は春日社ながら、その昔は太陽の道、レイラインに関わる神社であったのではないかと思われるのであります。

 

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三輪山「辺津磐座」・「山ノ神遺跡」・「きよめの瀧」・「辰五郎大明神」に参拝

三輪山「辺津磐座」・「山ノ神遺跡」・「きよめの瀧」・「辰五郎大明神」に参拝

 

 

今回、6月23日に、奈良県へと参りまして、岩瀧大明神お社建立の参拝御挨拶廻りをさせて頂きました。

 

次に、狭井神社から前回参拝できなかった「辺津(へつ)磐座」へ。

 

きよめの瀧、稲荷社・辰五郎大明神を参拝。

 

 

 

 

 

きよめの瀧は、三輪山の「三光の瀧」の下沢の滝になると思われます。

 

滝場で勤行。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

経路を見て、「山ノ神遺跡(やまのかみいせき)」の磐座へ。磐座は撮影禁止。

 

 

 

参拝、勤行。

 

 

 

次に更に奥に進んだところに「辺津磐座」。磐座は撮影禁止。立派な磐座でした。参拝、勤行。

 

辺津磐座は、三輪山の中津磐座、奥津磐座への、麓の拝み磐座であると言えます。

 

ここが本来の三輪山登拝への入り口であった可能性が高く、「神坐日向神社」は、元々ここのあたりにあったのではないだろうかとも、ふと感じるところでありました。

 

「神坐日向神社」は、こちらに遷座なされて、三輪山、高宮神社を遥拝できるように祀られるあり方が当然に正しくて良いのではないだろうかと思われます。

 

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「大神神社」・「磐座神社」・「狭井神社」・「市杵島姫神社」に参拝


「大神神社」・「磐座神社」・「狭井神社」・「市杵島姫神社」に参拝

 

 

今回、6月23日に、奈良県へと参りまして、岩瀧大明神お社建立の参拝御挨拶廻りをさせて頂きました。

 

「神坐日向神社」から「大神(おおみわ)神社」へ。

 

 

 

 

夏至の日から始まった、「夏越の祓(はらへ)」、「茅(かや)の輪くぐり」があり、初めて∞の字にくぐらせて頂きました。

 

夏越の祓、茅の輪くぐりは、半年間の禊祓と後半年の厄災除け祈願となりますが、由来は「蘇民将来(そみんしょうらい)」説で、ある意味での「善行の勧め」にもなる話であります。

 

 

参拝、勤行。

 

御朱印を頂きました。

 

 

残念ながら、神樹はもう無くなっていました、、

 

神樹配布所は、能の演目「三輪」、玄賓(げんぴん)僧都の由来になる大杉の切り株のそばになります。

 

 

次に磐座神社、狭井神社、市杵島姫神社にそれぞれ参拝。

 

 

 

狭井神社では、御朱印と御神水を頂きました。

 

 

 

 

 


「市杵島姫神社」

 

 

 

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「大神(おおみわ)神社」の境外摂社「神坐日向神社」(桜井市三輪)へ参拝

「大神(おおみわ)神社」の境外摂社「神坐日向神社」(桜井市三輪)へ参拝

 

 

今回、6月23日に、奈良県へと参りまして、岩瀧大明神お社建立の参拝御挨拶廻りをさせて頂きました。

 

次に、「ダンノダイラ」から「高山神社」まで、来た道を歩いて戻り、高山神社から車で移動。

 

下り、対向車が来ないことを願って。

 

無事に麓から「大神(おおみわ)神社」(三輪明神)へ。

 

まずは、「天日方奇日方命」が祀られてある「神坐(みわにます)日向神社」に参拝、勤行。

 

 

 

 

 

元々は三輪山山頂の「高宮(こうのみや)神社」の下之社、遥拝所であったと思われ、当然に「天日方奇日方命」が大神神社の当初祭神の有力な一柱であったと推定しています。

 

にもかかわらず、今の境外の隅へと追いやられ、「日向」とありながら太陽にも向かず、しかもあり得ない「北向き」に鎮座されており、大変に憂慮致しております。

 

もちろん、参拝者の姿はなし、、あまりにも寂しい限りです。

 

ただ、前回気付かなかったのですが、お社の下に石が納められていました。

 

 

 

恐らくは三輪山山頂の磐座群から運ばれて祀られたもの(拝み石になるもの)になるのではないかと思われます。

 

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2026年05月19日

「神坐日向神社=高宮神社」・「天日方奇日方命=日向御子神」

「神坐日向神社=高宮神社」・「天日方奇日方命=日向御子神」

 

 

 

 

「神坐日向神社(みわにますひむかいじんじゃ)」は、元々、三輪山の山頂付近にあったと伝わっており、それが、当然に、三輪山の山頂にある「高宮神社(こうのみやじんじゃ)」祭神・日向御子神」(ひむかいみこかみ)のことであり、結局のところは、「天日方奇日方命=日向御子神」ということで、間違いがないのであります。

 

つまりは、記紀による祭神の強制的な改竄により、麓の遥拝社が、大神神社の外れへと移されてしまい、しかも、三輪山を拝するどころか、まさかの東西のいずれの日にも向かない、北向きとされてしまっており、現在では、経路順の案内版もなく、ひっそりと拝殿からは避けるように鎮座なさられてしまわれています・・

 

行き方も迷ってしまい、GPSを頼りにしてようやく辿り着けたのであります・・

 

これでは参拝される方も皆無で仕方がないのでしょうが、サイノカミ三大神(久那斗大神・幸ノ姫大神・猿田彦大神)と歴代の出雲王国の主王・大国主命(大物主命)と副王・事代主命(少彦名命)とともに、大神神社の主たる祭神であったことは確実であり、この現況は、極めて忌々しき事態であると考えるのであります。

 

いずれにしても、この度の「岩瀧大明神」において、天日方奇日方命をお祀りする意義を、尚一層に強く強く感じることとなったのであります。

 

 

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第一次「岩瀧大明神」建立・神社参拝挨拶廻り(1~7)まとめ

 

 

 

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今回、5月18日の参拝挨拶廻りの行程

 

次に、大神神社の拝殿から「神坐日向神社」(みわにますひむかいじんじゃ)に向かいます。

 

天日方奇日方命が祀られている大事なところになります。

 

途中に「成願稲荷神社」があり、参拝してから向かうも、なかなか辿り着けず...順路がない、、

 

 

 

迷っていると、お地蔵さんと、庚申塔、三宝荒神が祀られたところがあったので、参拝。

 

 

そして、結局、GPSを頼りにようやくに到着。

 

 

 

 

まず驚いたのが、日向とありながら、お社が日(東or西)には向いていないことです。

 

それより何よりも、三輪山にも向いていないのであります。とにかく、北面、北向きのお社はあまりありません。

 

本来は、天日方奇日方命が葬られて祀られている三輪山の山頂の磐座、「高宮神社」(こうのみやじんじゃ)への麓の遥拝所であったはずで、三輪山の方を向いて参拝できることになっていたのでしょうが、ここに記紀による祭神の改竄にて、後代に天日方奇日方命が磐座に祀られていることが分からないように仕向けられた悲しい現実を表すもので、何とも言えない気持ちになりました。しかも、よりによって北向きとは・・あまりの仕打ち・・

 

もちろん、人気はなく、誰も参拝される様子もありません。

 

正直、落胆を覚えて、申し訳ない気持ちになり、御霊の安らかなることをお祈りしました。

 

 

 

 

 

参拝、開経偈・般若心経・消災呪・回向・遥拝詞・神拝詞。

 

続く・・

 

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第一次「岩瀧大明神」建立・神社参拝挨拶廻り(1~7)まとめ

第一次「岩瀧大明神」建立・神社参拝挨拶廻り(1~7)まとめ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「岩瀧大明神」のお社建立・開眼式へと向けて各神社に参拝挨拶回り予定

 

「岩瀧大明神(いわたきだいみょうじん)お社の建立について 久那斗大神 幸ノ姫大神 猿田彦大神 大国主命 事代主命 玉櫛姫命 天日方奇日方命 美良姫命 令和8年8月8日建立予定」第107回 新シリーズ歴史再考
https://youtu.be/TEBC80cTBmw?si=YFB1gRc2j0t_9p2k

 

「岩瀧大明神」のお社建立、開眼式へと向けて、参拝・登拝の神社一覧をまとめました。
 

5月~7月に巡礼予定
 

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岩瀧大明神(岩瀧山・磐座ご鎮座)
 

ご祭神

 

久那斗大神・幸ノ姫大神・猿田彦大神

 

大国主命・事代主命・玉櫛姫命・天日方奇日方命・美良姫命
 

岩瀧山の山頂は、春分の日・秋分の日(彼岸中日)に太陽が昇ってくるところであり、四天王寺の極楽門、大阪湾へと沈む夕陽の真東に位置しています。
 

紀元前一六五年頃(約二千二百年ほど前)に出雲王国(島根県東部・鳥取県西部)であった二王(主王・八千矛命、副王・八重波津身命)の枯死事件の出来事による出雲族の大移動にて、大阪の河内地方へと移住してきた際に、出雲族の祖神・先祖を祀る磐座が「生駒山地」において創祀されます。
 

その最も重要なところが、岩瀧山と、その背後にある三間石山(夫婦岩・生駒郡平群町)の磐座であり、古代神道祭祀の聖地であったと考えられます。
 

この度、ここに岩瀧山の磐座を遥拝するためのお社をお祀りさせて頂きましたので、ご参拝、ご神縁を頂けましたら幸いに存じます。
 

ご神徳 国家安泰・鎮護国家・五穀豊穣・良縁成就・家庭円満・子孫繁栄
 

令和八年八月八日 建立
 

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岩瀧大明神 お社の建立に向けて 

挨拶回り・参拝 御神符・御砂を賜る神社

5月~7月に巡礼

久那斗大神

熊野大社・出雲大社・美保神社・神魂神社・真名井神社・揖夜神社・六所神社・八重垣神社・須我神社・須佐神社・御陵神社・石宮神社・都辨志呂神社(島根県)、大神山神社(鳥取県)、大神神社・狭井神社・秉田神社・十二柱神社・三輪山登拝・ダンノダイラ磐座登拝・白山登拝(奈良県)

幸ノ姫大神

佐比賣山神社・熊野大社・出雲大社・神魂神社(島根県)、大神神社・狭井神社・秉田神社・十二柱神社・三輪山登拝・ダンノダイラ磐座登拝・白山登拝(奈良県)

猿田彦大神

熊野大社・出雲大社・神魂神社・佐太神社(島根県)、椿大神社・猿田彦神社(三重県)、白髭神社(滋賀県)、大神神社・狭井神社・秉田神社・十二柱神社・三輪山登拝・ダンノダイラ磐座登拝・白山登拝(奈良県)

大国主命

熊野大社・出雲大社・御陵神社・智伊神社・八千矛山大国主神社(島根県)、大神神社・狭井神社・秉田神社・十二柱神社・三輪山登拝・ダンノダイラ磐座登拝・白山登拝(奈良県) 

事代主命

大神神社・狭井神社・秉田神社・十二柱神社・三輪山登拝・ダンノダイラ磐座登拝・白山登拝・大直禰子神社・磐座神社・鴨都波神社・高鴨神社・葛木御歳神社・葛木一言主神社(奈良県)

玉櫛姫命

大神神社・狭井神社・大直禰子神社・率川神社(奈良県)、溝杭神社・津原神社(大阪府)

天日方奇日方命

大神神社・狭井神社・秉田神社・十二柱神社・三輪山登拝・ダンノダイラ磐座登拝・白山登拝・神坐日向神社・鴨都波神社・大和神社(奈良県)、津原神社(大阪府)

美良姫命

大神神社・狭井神社・秉田神社・十二柱神社・三輪山登拝・ダンノダイラ磐座登拝・白山登拝・大直禰子神社(奈良県)

補足・・

梶無神社(摂社・桜井神社)・堂之宮権現宮(十二社権現)・枚岡神社(末社・一言主神社)(大阪府)

岩瀧山・三間石山 登拝

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「岩瀧大明神」お社の建立について

http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/97053975.html



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「率川神社」岩瀧大明神・建立参拝挨拶廻り・7


 

 

今回、5月18日の参拝挨拶廻りの行程

 

次に、JR奈良駅から、疲れでフラフラするも、何とか歩いて、ならまちにある「率川神社」(いさがわじんじゃ)へ。

 

 

 

 

 

 

 


参拝、勤行。


姫蹈鞴五十鈴姫命を中央に、左右に、狭井大神(八重波津身命)、玉櫛姫命が祀られています。


遥拝所、蛙石、摂社にも参拝。

 

 

 

 

 

 


御朱印と御神符を頂きました。

 

 


これで全行程が終わり、各社に挨拶文を入れた初穂料も納めることができました。

 


率川神社から近鉄奈良駅まで歩き、電車に乗り、帰路につきました。 

 

帰山後、御神符、御砂等を、岩瀧大明神のお社建立までの一時、仮に本堂の神祇壇にお祀りさせて頂くことにしました。

 

 

第二次として、三輪山の背後にある白山とダンノダイラ磐座の登拝、十二柱神社、秉田(ひきた)神社に参拝予定です。

 

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「磐座神社・狭井神社・三輪山登拝」岩瀧大明神・建立参拝挨拶廻り・5


 

 

今回、5月18日の参拝挨拶廻りの行程

 

次に磐座神社に参拝。

 

 

 

三輪山山頂磐座には、歴代の大国主命、事代主命が祀られている中で、天日方奇日方命により、父・八重波津身命も当然、祀られており、その拝み墓の磐座がこちらであると考えられます。

 

そして、磐座神社から狭井神社へ。

 

 

 

姫蹈鞴五十鈴姫命、その母、勢夜陀多良姫命(玉櫛姫命・父は三嶋溝杭命)と、その父、八重波津身命も祀られています。

 

参拝、勤行後、今回の一番の目的、三輪山の登拝へ。

 

 

 

荷物、草履はコインロッカーに預けて、足袋を新しいものに履き替えてから、受付を済ませ、参拝料300円を納めて、鈴の付いた三輪山参拝証のタスキを首に掛けて、出発。案内図も頂けます。

 

 

撮影禁止、大声禁止など誓約事項があります。

 

大声禁止のため、小声ながら道中は「般若心経」をずっと読経、行き60巻、帰り40巻の予定で出発。

 

僧衣、足袋での登拝は、やはりゆっくりの歩みとなり、往復2時間以上も掛かりましたが、予定していた100巻心経は何とか達成しました。

 

道中、皆さんすれ違う際に結構、挨拶のお声がけを頂くのですが、軽く会釈だけでした。すみません。

 

また、この時期のため、蟻が結構這っており、踏まないように気をつけて登っていたのも時間が掛かった要因となりました。

 

不動尊の祀られている禊の滝行場があり、こちらでは般若心経、不動尊御真言、光明真言を読誦。

 

中津磐座、高宮神社、奥津磐座でそれぞれ勤行。

 

高宮神社、奥津磐座では、般若心経の行道も。

 

詳細は話せませんが、やはり、実際に登らないと体感できないものであります。

 

すれ違った方に、お一人だけ白装束に裸足の方がありました。

 

拙生は足袋で参りましたが、やはり、足がすぐに痛くなり、捻挫、打ち身と、その後の参拝にかなりの支障が、、慣れていないと、まず怪我をしてしまいますので、素足、足袋での登拝はお勧めしません。

 

もう50歳、さすがに20、30代の頃のようにはいかないものです。

 

とにかく、間違いなく日本の国の礎を築かれた祖神、先祖方が祀られている神聖な磐座になります。

 

一生に一度だけでも登拝することをお勧め致します。

 

まだ、足の動くうちに、是非に。

 

また、狭井神社には薬井戸があり、御神水が頂けます。

 

 

 

閼伽水として光明真言をお唱えして頂きました。

 

御朱印、御神符、ペットボトルに入った御神水も頂きました。

 

 

 

三輪山登拝の足袋は、御神体の御土砂が付いたこのままに保存致します。

 

 

 

 

 

続く・・

 

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「久延彦神社」岩瀧大明神・建立参拝挨拶廻り・4


 

 

今回、5月18日の参拝挨拶廻りの行程

 

次に、大直禰子神社からすぐのところにある「久延彦神社」(くえひこじんじゃ)に参拝。

 

 

 

 

久延彦大神は、事代主命(少彦名命)か、あるいは猿田彦大神のことになるのではないかと考えられます。もちろん、有力なのは、事代主命になるでしょうか。

 

拝殿、遥拝所を撮るのを忘れていました。

 

こちらで、御朱印帳と御神札立を購入しました。

 

 

 

 

御朱印も一つ空けて書いて頂いて、最後に大神神社で空けたトップに御朱印を頂いたのであります。

 

 

ちなみに参拝、勤行での拝詞は、「古神道祝詞集」を用いています。

 

 

 

続く・・

 

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