引導
2024年03月26日
お通夜・お葬儀について(新版)(往生院六萬寺)
お通夜・お葬儀について(新版)(往生院六萬寺)
往生院六萬寺にお葬儀をご依頼される場合は、下記をご参考になさって下さいませ。
【基本儀軌・作法】
授戒・引導法式
【通夜・授戒】
三帰戒・五戒・三聚浄戒・十重禁戒・戒名(法号)授与
【葬儀・引導】
秉炬佛事 下炬(法炬)
引導法語 引導(法炬)
【お布施】
25万円(枕経・通夜法要・葬儀法要・安骨(還骨)法要・初七日忌法要まで)
(約30年以上前から、お布施の額は一定25万円にて変わりございません)
(約30年以上前から、お布施の額は一定25万円にて変わりございません)
(※任意 お車料・お膳料 2~3万円 ※ 市外の場合、お車代2万円)
※枕経・通夜式・葬儀式への往復をタクシーで伺うこともあります。その場合は、タクシー代相当のお車料を頂戴することがございます。
※戒名料(法名料)は基本的にはお布施に含まれますが、任意ご厚志として別にてお包み頂く分は大変に有り難くに存じます。もちろん任意であり、強制ではありませんので、無くても構いません。(ちなみに8割以上の方はございません)
各式次第 詳しくはこちら
通夜式
https://ameblo.jp/sunya-h/image-12845969228-15417946631.html
葬儀式
https://ameblo.jp/sunya-h/image-12845969228-15417946628.html
一日葬
https://ameblo.jp/sunya-h/image-12845969228-15417946633.html
お葬式の流れについて
式次第とその解説
枕経
故人様が臨終に際して、仏の教え(お経)を聞くことにより、死に際しての心の安定を図って頂いて、安心して仏の世界へと入って頂けるように調えるために行われる。
・開経偈・観音経(妙法蓮華経・観世音菩薩普門品第二十五・世尊偈)・大悲咒(千手千眼観自在菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼)・舎利礼文・四弘誓願(悟りへと向けた決意の誓願)
・普回向「願わくは此の功徳を以て、普く一切に及ぼし、我等と衆生と、皆共に仏道を成ぜんことを」
・お打ち合わせ
俗名・行年(歳・数え年)・没年月日・生前戒名の確認・生前のご来歴等のご確認。お葬式に関する諸資料のお渡し、お葬式の流れ、留意事項のご説明等。
お通夜式の次第
・前法話(十分・お通夜とお葬儀の役割とその意義について)
・開経偈(枕経にお伺いができていない場合には、続いて・舎利礼文・普回向)
・剃髪・授戒願文・奉請・懺悔・三帰戒・五戒・三聚浄戒(さんじゅじょうかい)
・十重禁戒・禁網経偈
(剃髪から禁網経偈・・授戒準備。仏の世界へと正式に入るための準備)
・禁網経偈・・「衆生、仏戒を受くれば、即ち諸仏の位に入る。位大覚(くらいだいがく)に同じゅうし巳(おわ)る。真に是れ諸仏の子(みこ)なり。」
・戒名授与・大悲咒・亡者授戒回向(仏の正式な弟子となるためのお名前授与)
「夫(そ)れ新帰元( 戒名 )、法号を授与す。伏して願わくは、今より以後、仏を称して師となし、深く禅定に入って十方の仏に見(まみ)えんことを」
・大悲咒・入龕(にゅうがん)回向 (龕とは、遺体を納める棺のこと)
(棺に入る際における供養・・実際は既に入棺されている)
・観音経(ご焼香)・十仏名・往生咒・四弘誓願(仏の世界へと安心して向かって頂くための供養)
・後法話 十分~十五分
(必要に応じて自作のフリップやカードを用いて、仏教について、供養について、丁寧に分かりやすく、お話しをさせて頂きます。)
お葬式の次第
・前法話(五分・葬儀の意義内容、下炬・引導について)
・開経偈(法要の始まりに際して読まれるお経)
・奉請・散華
・龕前念誦・十仏名・大悲咒・龕前念誦回向(棺を閉じる際に行う供養)
・龕前念誦・十仏名・大悲咒・龕前念誦回向(棺を閉じる際に行う供養)
・大悲咒・鎖龕回向(棺を閉じるために行う供養)
・起龕念誦・十仏名・大悲咒・起龕念誦回向(出棺へ向けて行う供養)
・往生咒(仏の世界へと向けたお見送りのための陀羅尼)
・山頭念誦(いよいよ引導により仏の世界を目指すことを祈願する)
・秉炬佛事(ひんこぶつじ) 下炬(法炬)
・引導法語 引導(法炬)
・引導法語 引導(法炬)
仏の世界へと導くための引導を行う。下炬(あこ)・秉炬とは、たいまつで火葬のために火をつけること。実際には、その場で火をつけることはしないが、現在ではたいまつに模したものにより、疑似的に行う。下炬法炬(たいまつ)を放擲の後、払子を振り、引導法語を唱える。引導法語は、仏道の精進・成就へ向けた誘(いざな)いのための重要な意味内容(主には仏教の説く真理、また、智慧と功徳について)が表されます。臨済宗の場合、引導法語の最後は、渾身の「一喝」(宗旨により異なる・曹洞宗では露・咦など)により締めくくられることになります。引導法語を唱え終わると、引導法炬(たいまつ)を放擲します。この放擲は、黄檗度母故事に由来します。
・観音経世尊偈(ご焼香)
・四弘誓願(仏の世界へと送り出すための供養・皆様によるご焼香)
・導師退出~お別れ~出棺(引磬先導・往生呪)~お見送り
・斎場荼毘(大悲咒・荼毘回向 火葬・荼毘(だび)に付すための供養)
・収骨後、安骨法要・初七日法要のお勤めと最後に法話
以上の式事を恙無く、ご遺族、会葬者の皆様と共に真摯、厳粛に執り行うことにより、故人様の仏の世界へとお送り頂くためのお手伝いをお勤めさせて頂きたいと存じております。また、各お経、各回向、各供養の更に詳しい内容をお知りになられたい方は、別途、ご説明もさせて頂きますので、お気軽にご質問下さいませ。
お葬式に関することについての確認・補足事項
この度のお葬式に関しましては、下記の内容も併せてご確認の程をどうか宜しくお願い申し上げます。
お通夜式の流れ概略
・前法話
・開経偈(枕経にお伺いできていない場合には続いて・舎利礼文・普回向)
・剃髪・授戒願文・奉請・懺悔
・三帰戒・五戒・三聚浄戒・十重禁戒・禁網経偈
・戒名授与・大悲咒・授戒回向・大悲咒・入龕回向
・観音経世尊偈(ご焼香)・十仏名・往生咒・四弘誓願
・後法話
お葬儀式の流れ概略
・法話
・開経偈
・奉請・散華
・奉請・散華
・龕前念誦・十仏名・大悲咒・龕前念誦回向
・大悲咒・鎖龕回向
・起龕念誦・十仏名・大悲咒・起龕念誦回向
・往生咒
・山頭念誦
・秉炬佛事 下炬(法炬)
・引導法語 引導(法炬)
・観音経世尊偈(ご焼香)・四弘誓願
・退出~出棺~御送り~斎場(大悲咒・荼毘回向)
・収骨後、安骨法要・初七日法要・法話
※現・副住職が導師の場合
全て、椅子・曲彔無しの立式でお勤めさせて頂くと共に、威儀(法要の際の僧侶の衣や袈裟)に関しまして、袈裟につきましては、故人様へのご敬意から色袈裟を拝着させて頂きますが、袈裟の下に着る私自身の衣は、緋・紫・黄色・青などの色衣(しきえ)ではなくて、墨染衣(黒衣)を着衣させて頂いております。拙寺は、単立寺院であり、僧階なども特に規定もないため、緋・紫・黄色などの色衣を自由にいつでも拝着できるのはできますが、一生、修行の身として、慢心を起こさないための私の現在のポリシーとして、まだ今のところ平素の法要でも葬儀の導師であっても、墨染衣(黒衣)で通させて頂いております。この点、どうかご了承の程を宜しくお願い申し上げます。
家 お通夜式 式次第
令和 年 月 日 時 分 開式
:00
司会開式の案内
・入場・焼香・三拝(三宝礼)
・前法話 十分 通夜葬儀の概要・授戒・血脈の役割・戒名の説明
・開経偈
・(枕経にお伺いできていない場合は、続いて舎利礼文・普回向が入る)
・剃髪
・授戒願文
・奉請
・懺悔
・三帰戒・五戒・三聚浄戒・十重禁戒・禁網経偈
・戒名授与
・大悲咒
・授戒回向
:25
・大悲咒・入龕回向
※この入龕回向後、焼香の案内へと向けた司会への合図
次のお経である「観音経が始まり次第に司会は焼香の案内を開始
・観音経世尊偈・十仏名・往生咒
※焼香が終わり次第、スタッフは終わりを知らせて下さい。
:40
・四弘誓願
・後法話 十分ほど
:50
・退出
家 お葬儀式 式次第
令和 年 月 日 時 分 開式
:00
司会開式の案内
司会開式の案内
・入場・焼香三拝(三宝礼)
・法話(五分ほど・葬儀の意義内容について)
・開経偈
・奉請・散華
・奉請・散華
・龕前念誦・十仏名・大悲咒・龕前念誦回向
・大悲咒・鎖龕回向
・起龕念誦・十仏名・大悲咒・起龕回向
・往生咒
・山頭念誦
:20
・秉炬佛事 下炬(法炬)
・引導法語 引導(法炬)
※引導を終えてから、司会は電報紹介。
※電報紹介後、次のお経である「観音経世尊偈」が始まり次第に司会は焼香の案内を開始する。
・観音経世尊偈・四弘誓願
※焼香が終わり次第、スタッフは終わりを知らせて下さい。
:40
・退出~お花向け・血脈と引導法語のお手向け~出棺・御送り
・斎場到着・荼毘諷経(大悲咒・荼毘回向)
・・
その他参照・・
お葬儀の準備について
正しいお通夜とお葬式へ向けて
往生院六萬寺
oujyouin_blog at 13:58|Permalink
2024年03月07日
「往生・引導・灌頂について」令和6年3月・春彼岸施餓鬼法要 配布資料
岩瀧山 往生院六萬寺 令和6年3月・春彼岸施餓鬼法要 配布資料
「往生・引導・灌頂について」
最近、個人的に、西本願寺・本願寺派の「新しい領解文(りょうげもん)」問題について考察することが多くあったことから、従来より進めていた浄土真宗の教義についての考究がよりいっそうに進むとともに、日本における初期の浄土教、平安時代の往生院における日想観(じっそうかん)を中心とした浄土思想、他、法然聖人が開宗なさられた浄土宗なども含めて、展開されていく浄土門の教えにも、それぞれで違った多様な思想や背景があることを知ることができました。
特に、親鸞聖人の思想となる浄土真宗は、他の浄土門の教えともやや異なり、特殊な教理体系にあることが理解できるようになりました。
ただ、今回は、浄土真宗の教義、思想についてではなく、基本的な浄土門における往生へのあり方と、他、聖道門や密教における、往生と同様の目的となる「引導」や「灌頂」のあり方についても検討することで、私たちが悟り・涅槃・成仏へと至るためのその過程について、その中でも、特に現代社会において、その過程の重要な役割を担うことになる「葬儀」の内容からも、少し考察して参りたいと思います。
基本的に、浄土門の教えとは、極楽往生を目指すものであり、往生により、阿弥陀仏との見仏、阿弥陀仏からの授記(じゅき)を頂くことで、浄土での修習によって、やがては悟りに至れる(成仏できる)ように調えるためのものと考えています。
浄土往生 → 見仏・授記 → 菩提道次第修習 → 福智二資糧完成 → 悟り
このようにして、涅槃・成仏へと至るための過程の一つを「往生」と考えるわけであります。
特に、現代においては、葬儀が、悟りへと向けて、浄土へと導き、往生させしめて、如来との見仏、如来からの授記を頂くことを目指し、その者の修道次第、進捗をより良くに調えるためとして行われるものとなります。
より詳しくまとめると、
葬儀・引導(往生) → 浄土往生 → 見仏・授記 → 修道・菩提道次第 → 智慧・福徳二資糧完成 → 悟り・涅槃・成仏 となり、
まず、聖道門にしても、浄土門にしても、浄土への引導、往生においては、当然にある一定、同じような条件が必要であると考えられ、無条件にて、何らの因縁もなしに成り立つものではあり得ないものとなります。
また、「引導 → 浄土 → 見仏・授記」を、現世、今生生身にて行うことができる場合もあります。それが密教における「灌頂(かんじょう)」となります。
「灌頂」は、灌頂の導師である大阿闍利(あじゃり)が、本尊となる如来と一体化する(如来の代理となる)ことで、灌頂曼荼羅(まんだら)道場を浄土と化して、見仏・授記を実現させることになるのであります。
このため、密教においては、今世今生で修道を進める進捗、スピードを、浄土にて赴いて行うのと同じように速めることができるとするわけです。
もちろん、その分、そのための条件は、より厳しいものとなりますが、基本的には、引導・往生と同様になるものがベースとしてあると考えることができます。
現代における各葬儀の次第内容を鑑みると、主には、「帰依(きえ)・懺悔(さんげ)(滅罪)・受戒・善根功徳(追善)」、これらが少なくとも、引導、往生、灌頂においての必要条件であると考えることができます。
ただ、ここで気になるのは、悟りへと向けて、最も大切な要素となる般若の智、つまり、空性を悟る智慧については、引導、往生、灌頂の条件とならないのか、ということであります。
拙見解となりますが、引導と往生においては、もちろん、無常や縁起、空については、多少なりとも理解を促すことがあるものの、その智慧の境地については、特に条件として求められているものではないと思われるのであります。
それは、諸仏の教えとしての七仏通誡偈においても、「諸悪莫作(しょあくまくさ) 衆善奉行(しゅぜんぶぎょう) 自浄其意(じじょうごい)」と、「悪い行いをなさずに、善い行いに努め励んで、自らでその心(業)を浄らかにすること」が基本として述べられてあるように、とにかく、善行、功徳に努めることの重要性が述べられてあることからも窺えるわけであります。
ですから、まずは帰依して、正式な仏の弟子となって、戒を守り、善行、功徳に励み、その上で、確かなる見仏と授記によって、智慧の修習へと取り組み、悟りへと向かうように調えるという流れが見えてくると考えるのであります。
六波羅蜜(ろくはらみつ)の実践も、布施・持戒・忍辱・精進と、まず、善行、功徳に励むことが先となり、その次に、禅定・智慧と繋げることが重要になると考えることができます。
もちろん、全てをバランス良くに、並行して進めることが大切にはなりますが、これはただ単に布施から六つを羅列して述べられてあるわけではなく、やはり、実践の順番として述べられてあると考えることになるのであります。
当然に、現世、今生においても、禅定、智慧の修習について取り組むことはできますが、釈尊ご入滅以降、この娑婆世界では、密教は別として、直接に私たち凡夫であっても相まみえること(見仏)ができて、ご指導(授記)を頂ける(応身の)如来が不在となってしまっているため、少なくとも、弥勒(みろく)仏の下生までは、他の浄土へと赴くことでの確かとなる修習を促される意味で、釈尊は色々な浄土、如来をご紹介なさられたわけであります。(また、善行、功徳の実践を優先させるのは、特に、娑婆世界は、私たちが功徳を積むのに最適な条件の整っている恵まれた世界であるということにも関係していると思われます。)
少し話を戻して、智慧の修習に関して、往生や引導と異なり、密教ではやや違った扱いとなります。
釈尊は、如来の中でも、特に希有特別な如来であり、密教をお説きになられる功徳を有されておいででありました。そのため、今世今生でも見仏と授記を可能とされる密教の教え、灌頂についてもご教示なさられることがおできになられたわけであります。
その灌頂では、引導・往生とは異なって、ある一定の智慧の境地、空性の理解を必要とする条件をお示しになられています。
ですから、灌頂においては、空性の解説がその前行法話の大半を占めることになり、その理解を受者は条件として必要とするのであります。
また、灌頂の導師となり、空性の解説を行う大阿闍利の条件も、相当な智慧の境地を有してある者でなければならないとするわけであります。(例えば、チベット密教においては、本尊瑜伽(ほんぞんゆが)は当然として、無上瑜伽タントラにおける生起次第(しょうきしだい)の修行は完全にマスターして終えてあるほどの境地が必要とされています。)
ここで話を「浄土門」に戻して、阿弥陀如来の浄土である極楽へと往生を目指すのであれば、上記の基本的な条件「帰依(きえ)・懺悔(さんげ)(滅罪)・受戒・善根功徳(追善)」と共に、「称名(しょうみょう)念仏」を必要とすることとなります。
阿弥陀仏の本願 → 名号・称名・念仏 ← 衆生・凡夫
阿弥陀仏の皆を平等に救うとお垂れになられた慈悲の現れとして、その救いの利益・功徳を有する「名号」は、衆生、凡夫を浄土へと掬い取らせる(摂取)、往生させる「はたらき」であり、その「はたらき」を衆生、凡夫が、称名・念仏により頂き賜うことを、その往生としての条件にお加えになられているのであります。
では、聖道門のことを自力行、浄土門を他力行と分類する場合、その両者の違いはどのようなものになるのかと言えば、聖道門の自力行に比べると、往生、引導の作用が、浄土門においては、阿弥陀仏の名号における利益・功徳の力が大きく作用することになるため、称名念仏以外の条件が、聖道門と比べると、それなりに少なくて済むものになると考えることができるわけであります。
そのため、聖道門の勧める自力的な難行苦行を行うことはなく、簡単に、誰もが行い、実践しやすいものとして、阿弥陀仏の本願のお力へとおまかせしていくあり方としての「称名念仏」が勧められるわけですが、「帰依(きえ)・懺悔(さんげ)(滅罪)・受戒・善根功徳(追善)」が必要ではないのかとなれば、そうではなく、あくまでも聖道門よりかは、それらの条件の力がそれなりに少なくて済むということで、この点には注意が必要であると考えています。
ただ、現代では、聖道門の自力行も、従来のように直接に悟り・涅槃・成仏へと向けたものとしてではなく、引導、往生のために調えるということが、特に凡夫、在家者においての主な実践になっていると言えるでしょう。いや、僧侶においても、残念ながらそれが言いえるところになってしまっているのが現実であります。
まあ、要は、自力行にせよ、他力行にせよ、それが、自分自身の悟り・涅槃・成仏へ向けてのものとしてであれば、難行道、易行道としての区別のあるものとなるでしょうが、往生、引導としては、その区別はなく、往生、引導へと向けた条件としては、当然にそれぞれにおいて必要となるものがあると考えるのが妥当となるわけであります。
とにかく、浄土門においては、極楽浄土に赴いて、阿弥陀如来の報身、応身、変化身、また、そのそれぞれの対応する浄土地のいずれへと往生するにしても、悟りへと向けては、見仏と授記により、修道を確かに進めるためとして、その大切な一つの過程として「往生」を捉えることが肝要になると思うのであります。
つまり、娑婆や輪廻世界では、「難行道」として修行が難しいとするものも、浄土では、仏の直接のご指導の下において、よりそれぞれに応じた修行によって進みやすくできるということで、「易行道」になるとの意味合いで、難行、易行を区別、分類するわけであります。
いずれにしても、それぞれにおける仏縁、功徳など、師僧、導師も含めて色々な縁や力の助けも得ていくことで、往生、引導、灌頂が成り立ち、悟りへの道を歩むことができるようになるのであります。
確かなる悟り・涅槃・成仏へと向けて、それぞれが自分自身における一大事の事業として(自灯明)、仏法の教えを拠りどころとして(法灯明)、往生、引導、灌頂についても留意しておくことが大切であると考えます。
合掌
「往生・引導・灌頂について」
最近、個人的に、西本願寺・本願寺派の「新しい領解文(りょうげもん)」問題について考察することが多くあったことから、従来より進めていた浄土真宗の教義についての考究がよりいっそうに進むとともに、日本における初期の浄土教、平安時代の往生院における日想観(じっそうかん)を中心とした浄土思想、他、法然聖人が開宗なさられた浄土宗なども含めて、展開されていく浄土門の教えにも、それぞれで違った多様な思想や背景があることを知ることができました。
特に、親鸞聖人の思想となる浄土真宗は、他の浄土門の教えともやや異なり、特殊な教理体系にあることが理解できるようになりました。
ただ、今回は、浄土真宗の教義、思想についてではなく、基本的な浄土門における往生へのあり方と、他、聖道門や密教における、往生と同様の目的となる「引導」や「灌頂」のあり方についても検討することで、私たちが悟り・涅槃・成仏へと至るためのその過程について、その中でも、特に現代社会において、その過程の重要な役割を担うことになる「葬儀」の内容からも、少し考察して参りたいと思います。
基本的に、浄土門の教えとは、極楽往生を目指すものであり、往生により、阿弥陀仏との見仏、阿弥陀仏からの授記(じゅき)を頂くことで、浄土での修習によって、やがては悟りに至れる(成仏できる)ように調えるためのものと考えています。
浄土往生 → 見仏・授記 → 菩提道次第修習 → 福智二資糧完成 → 悟り
このようにして、涅槃・成仏へと至るための過程の一つを「往生」と考えるわけであります。
特に、現代においては、葬儀が、悟りへと向けて、浄土へと導き、往生させしめて、如来との見仏、如来からの授記を頂くことを目指し、その者の修道次第、進捗をより良くに調えるためとして行われるものとなります。
より詳しくまとめると、
葬儀・引導(往生) → 浄土往生 → 見仏・授記 → 修道・菩提道次第 → 智慧・福徳二資糧完成 → 悟り・涅槃・成仏 となり、
まず、聖道門にしても、浄土門にしても、浄土への引導、往生においては、当然にある一定、同じような条件が必要であると考えられ、無条件にて、何らの因縁もなしに成り立つものではあり得ないものとなります。
また、「引導 → 浄土 → 見仏・授記」を、現世、今生生身にて行うことができる場合もあります。それが密教における「灌頂(かんじょう)」となります。
「灌頂」は、灌頂の導師である大阿闍利(あじゃり)が、本尊となる如来と一体化する(如来の代理となる)ことで、灌頂曼荼羅(まんだら)道場を浄土と化して、見仏・授記を実現させることになるのであります。
このため、密教においては、今世今生で修道を進める進捗、スピードを、浄土にて赴いて行うのと同じように速めることができるとするわけです。
もちろん、その分、そのための条件は、より厳しいものとなりますが、基本的には、引導・往生と同様になるものがベースとしてあると考えることができます。
現代における各葬儀の次第内容を鑑みると、主には、「帰依(きえ)・懺悔(さんげ)(滅罪)・受戒・善根功徳(追善)」、これらが少なくとも、引導、往生、灌頂においての必要条件であると考えることができます。
ただ、ここで気になるのは、悟りへと向けて、最も大切な要素となる般若の智、つまり、空性を悟る智慧については、引導、往生、灌頂の条件とならないのか、ということであります。
拙見解となりますが、引導と往生においては、もちろん、無常や縁起、空については、多少なりとも理解を促すことがあるものの、その智慧の境地については、特に条件として求められているものではないと思われるのであります。
それは、諸仏の教えとしての七仏通誡偈においても、「諸悪莫作(しょあくまくさ) 衆善奉行(しゅぜんぶぎょう) 自浄其意(じじょうごい)」と、「悪い行いをなさずに、善い行いに努め励んで、自らでその心(業)を浄らかにすること」が基本として述べられてあるように、とにかく、善行、功徳に努めることの重要性が述べられてあることからも窺えるわけであります。
ですから、まずは帰依して、正式な仏の弟子となって、戒を守り、善行、功徳に励み、その上で、確かなる見仏と授記によって、智慧の修習へと取り組み、悟りへと向かうように調えるという流れが見えてくると考えるのであります。
六波羅蜜(ろくはらみつ)の実践も、布施・持戒・忍辱・精進と、まず、善行、功徳に励むことが先となり、その次に、禅定・智慧と繋げることが重要になると考えることができます。
もちろん、全てをバランス良くに、並行して進めることが大切にはなりますが、これはただ単に布施から六つを羅列して述べられてあるわけではなく、やはり、実践の順番として述べられてあると考えることになるのであります。
当然に、現世、今生においても、禅定、智慧の修習について取り組むことはできますが、釈尊ご入滅以降、この娑婆世界では、密教は別として、直接に私たち凡夫であっても相まみえること(見仏)ができて、ご指導(授記)を頂ける(応身の)如来が不在となってしまっているため、少なくとも、弥勒(みろく)仏の下生までは、他の浄土へと赴くことでの確かとなる修習を促される意味で、釈尊は色々な浄土、如来をご紹介なさられたわけであります。(また、善行、功徳の実践を優先させるのは、特に、娑婆世界は、私たちが功徳を積むのに最適な条件の整っている恵まれた世界であるということにも関係していると思われます。)
少し話を戻して、智慧の修習に関して、往生や引導と異なり、密教ではやや違った扱いとなります。
釈尊は、如来の中でも、特に希有特別な如来であり、密教をお説きになられる功徳を有されておいででありました。そのため、今世今生でも見仏と授記を可能とされる密教の教え、灌頂についてもご教示なさられることがおできになられたわけであります。
その灌頂では、引導・往生とは異なって、ある一定の智慧の境地、空性の理解を必要とする条件をお示しになられています。
ですから、灌頂においては、空性の解説がその前行法話の大半を占めることになり、その理解を受者は条件として必要とするのであります。
また、灌頂の導師となり、空性の解説を行う大阿闍利の条件も、相当な智慧の境地を有してある者でなければならないとするわけであります。(例えば、チベット密教においては、本尊瑜伽(ほんぞんゆが)は当然として、無上瑜伽タントラにおける生起次第(しょうきしだい)の修行は完全にマスターして終えてあるほどの境地が必要とされています。)
ここで話を「浄土門」に戻して、阿弥陀如来の浄土である極楽へと往生を目指すのであれば、上記の基本的な条件「帰依(きえ)・懺悔(さんげ)(滅罪)・受戒・善根功徳(追善)」と共に、「称名(しょうみょう)念仏」を必要とすることとなります。
阿弥陀仏の本願 → 名号・称名・念仏 ← 衆生・凡夫
阿弥陀仏の皆を平等に救うとお垂れになられた慈悲の現れとして、その救いの利益・功徳を有する「名号」は、衆生、凡夫を浄土へと掬い取らせる(摂取)、往生させる「はたらき」であり、その「はたらき」を衆生、凡夫が、称名・念仏により頂き賜うことを、その往生としての条件にお加えになられているのであります。
では、聖道門のことを自力行、浄土門を他力行と分類する場合、その両者の違いはどのようなものになるのかと言えば、聖道門の自力行に比べると、往生、引導の作用が、浄土門においては、阿弥陀仏の名号における利益・功徳の力が大きく作用することになるため、称名念仏以外の条件が、聖道門と比べると、それなりに少なくて済むものになると考えることができるわけであります。
そのため、聖道門の勧める自力的な難行苦行を行うことはなく、簡単に、誰もが行い、実践しやすいものとして、阿弥陀仏の本願のお力へとおまかせしていくあり方としての「称名念仏」が勧められるわけですが、「帰依(きえ)・懺悔(さんげ)(滅罪)・受戒・善根功徳(追善)」が必要ではないのかとなれば、そうではなく、あくまでも聖道門よりかは、それらの条件の力がそれなりに少なくて済むということで、この点には注意が必要であると考えています。
ただ、現代では、聖道門の自力行も、従来のように直接に悟り・涅槃・成仏へと向けたものとしてではなく、引導、往生のために調えるということが、特に凡夫、在家者においての主な実践になっていると言えるでしょう。いや、僧侶においても、残念ながらそれが言いえるところになってしまっているのが現実であります。
まあ、要は、自力行にせよ、他力行にせよ、それが、自分自身の悟り・涅槃・成仏へ向けてのものとしてであれば、難行道、易行道としての区別のあるものとなるでしょうが、往生、引導としては、その区別はなく、往生、引導へと向けた条件としては、当然にそれぞれにおいて必要となるものがあると考えるのが妥当となるわけであります。
とにかく、浄土門においては、極楽浄土に赴いて、阿弥陀如来の報身、応身、変化身、また、そのそれぞれの対応する浄土地のいずれへと往生するにしても、悟りへと向けては、見仏と授記により、修道を確かに進めるためとして、その大切な一つの過程として「往生」を捉えることが肝要になると思うのであります。
つまり、娑婆や輪廻世界では、「難行道」として修行が難しいとするものも、浄土では、仏の直接のご指導の下において、よりそれぞれに応じた修行によって進みやすくできるということで、「易行道」になるとの意味合いで、難行、易行を区別、分類するわけであります。
いずれにしても、それぞれにおける仏縁、功徳など、師僧、導師も含めて色々な縁や力の助けも得ていくことで、往生、引導、灌頂が成り立ち、悟りへの道を歩むことができるようになるのであります。
確かなる悟り・涅槃・成仏へと向けて、それぞれが自分自身における一大事の事業として(自灯明)、仏法の教えを拠りどころとして(法灯明)、往生、引導、灌頂についても留意しておくことが大切であると考えます。
合掌
oujyouin_blog at 08:07|Permalink
2022年05月02日
お通夜・お葬儀について(往生院六萬寺)
お通夜・お葬儀について(往生院六萬寺)
往生院六萬寺にお葬儀をご依頼される場合は、下記をご参考になさって下さいませ。
【基本儀軌・作法】
授戒・引導法式
【通夜・授戒】
三帰戒・五戒・三聚浄戒・十重禁戒
【葬儀・引導】
秉炬(ひんこ)/下炬(あこ)・引導法語
【お布施】
25万円(枕経・通夜法要・葬儀法要・安骨(還骨)法要・初七日忌法要まで)
(※任意 お車料・お膳料 2~3万円)
(約30年以上前から、お布施の額は一定25万円にて変わりございません)
※枕経・通夜式・葬儀式への往復をタクシーで伺うこともあります。その場合は、タクシー代相当のお車料を頂戴することがございます。
※戒名料(法名料)は基本的にはお布施に含まれますが、任意ご厚志として別にてお包み頂く分は大変に有り難くに存じます。もちろん任意であり、強制ではありませんので、無くても構いません。(ちなみに8割以上の方はございません)


お葬式の流れについて
式次第とその解説
枕経
故人様が臨終に際して、仏の教え(お経)を聞くことにより、死に際しての心の安定を図って頂いて、安心して仏の世界へと入って頂けるように調えるために行われる。
・開経偈・観音経(妙法蓮華経・観世音菩薩普門品第二十五・世尊偈)・大悲咒(千手千眼観自在菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼)・舎利礼文・四弘誓願(悟りへと向けた決意の誓願)
・普回向「願わくは此の功徳を以て、普く一切に及ぼし、我等と衆生と、皆共に仏道を成ぜんことを」
・お打ち合わせ
俗名・行年(歳・数え年)・没年月日・生前戒名の確認・生前のご来歴等のご確認。お葬式に関する諸資料のお渡し、お葬式の流れ、留意事項のご説明等。
お通夜式の次第
・前法話(十分・お通夜とお葬儀の役割とその意義について)
・開経偈(枕経にお伺いができていない場合には、続いて・舎利礼文・普回向)
・剃髪・授戒願文・奉請・懺悔・三帰戒・五戒・三聚浄戒(さんじゅじょうかい)
・十重禁戒・禁網経偈
(剃髪から禁網経偈・・授戒準備。仏の世界へと正式に入るための準備)
・禁網経偈・・「衆生、仏戒を受くれば、即ち諸仏の位に入る。位大覚(くらいだいがく)に同じゅうし巳(おわ)る。真に是れ諸仏の子(みこ)なり。」
・戒名授与・大悲咒・亡者授戒回向(仏の正式な弟子となるためのお名前授与)
「夫(そ)れ新帰元( 戒名 )、法号を授与す。伏して願わくは、今より以後、仏を称して師となし、深く禅定に入って十方の仏に見(まみ)えんことを」
・大悲咒・入龕(にゅうがん)回向 (龕とは、遺体を納める棺のこと)
(棺に入る際における供養・・実際は既に入棺されている)
・観音経(ご焼香)・十仏名・往生咒・四弘誓願(仏の世界へと安心して向かって頂くための供養)
・後法話 十分~十五分
(必要に応じて自作のフリップやカードを用いて、仏教について、供養について、丁寧に分かりやすく、お話しをさせて頂きます。)
お葬式の次第
・前法話(五分・葬儀の意義内容、下炬・引導について)
・開経偈(法要の始まりに際して読まれるお経)
・龕前念誦・十仏名・大悲咒・龕前念誦回向(棺を閉じる際に行う供養)
・大悲咒・鎖龕回向(棺を閉じるために行う供養)
・起龕念誦・十仏名・大悲咒・起龕回向(出棺へ向けて行う供養)
・往生咒(仏の世界へと向けたお見送りのための陀羅尼)
・山頭念誦(いよいよ引導により仏の世界を目指すことを祈願する)
・下炬・引導(秉炬佛事 ひんこぶつじ)
仏の世界へと導くための引導を行う。下炬(あこ)・秉炬とは、たいまつで火葬のために火をつけること。実際には、その場で火をつけることはしないが、現在ではたいまつに模したものにより、疑似的に行う。下炬の後、払子を振り、引導法語を唱える。引導法語は、仏道の精進・成就へ向けた誘(いざな)いのための重要な意味内容(主には仏教の説く真理、また、智慧と功徳について)が表されます。臨済宗の場合、引導法語の最後は、渾身の「一喝」(宗旨により異なる・曹洞宗では露・咦など)により締めくくられることになります。
・観音経(ご焼香)
・四弘誓願(仏の世界へと送り出すための供養・皆様によるご焼香)
・導師退出~お別れ~出棺(引磬先導・往生呪)~お見送り
・斎場荼毘(大悲咒・荼毘回向 火葬・荼毘(だび)に付すための供養)
・収骨後、安骨法要・初七日法要のお勤めと最後に法話
以上の式事を恙無く、ご遺族、会葬者の皆様と共に真摯、厳粛に執り行うことにより、故人様の仏の世界へとお送り頂くためのお手伝いをお勤めさせて頂きたいと存じております。また、各お経、各回向、各供養の更に詳しい内容をお知りになられたい方は、別途、ご説明もさせて頂きますので、お気軽にご質問下さいませ。

お葬式に関することについての確認・補足事項
この度のお葬式に関しましては、下記の内容も併せてご確認の程をどうか宜しくお願い申し上げます。
お通夜式の流れ概略
・前法話
・開経偈(枕経にお伺いできていない場合には続いて・舎利礼文・普回向)
・剃髪・授戒願文・奉請・懺悔
・三帰戒・五戒・三聚浄戒・十重禁戒・禁網経偈
・戒名授与・大悲咒・授戒回向・大悲咒・入龕回向
・観音経(ご焼香)・十仏名・往生咒・四弘誓願
・後法話
お葬儀式の流れ概略
・法話
・開経偈
・龕前念誦・十仏名・大悲咒・龕前念誦回向
・大悲咒・鎖龕回向
・起龕念誦・十仏名・大悲咒・起龕回向
・往生咒
・山頭念誦
・下炬・引導(秉炬佛事)
・観音経(ご焼香)・四弘誓願
・退出~出棺~御送り~斎場(大悲咒・荼毘回向)
・収骨後、安骨法要・初七日法要・法話
※現・副住職が導師の場合
全て、椅子・曲彔無しの立式でお勤めさせて頂くと共に、威儀(法要の際の僧侶の衣や袈裟)に関しまして、袈裟につきましては、故人様へのご敬意から色袈裟を拝着させて頂きますが、袈裟の下に着る私自身の衣は、緋・紫・黄色・青などの色衣(しきえ)ではなくて、墨染衣(黒衣)を着衣させて頂いております。拙寺は、単立寺院であり、僧階なども特に規定もないため、緋・紫・黄色などの色衣を自由にいつでも拝着できるのはできますが、一生、修行の身として、慢心を起こさないための私の現在のポリシーとして、まだ今のところ平素の法要でも葬儀の導師であっても、墨染衣(黒衣)で通させて頂いております。この点、どうかご了承の程を宜しくお願い申し上げます。


司会用
家 お通夜式 式次第
令和 年 月 日 時 分 開式
※カミソリの準備
:0
導師入場・焼香・三拝(三宝礼)
※司会開式の案内
・前法話 十分 通夜葬儀の概要・授戒・血脈の役割・戒名の説明
・開経偈
・(枕経にお伺いできていない場合は、続いて舎利礼文・普回向が入る)
・剃髪
・授戒願文
・奉請
・懺悔
・三帰戒・五戒・三聚浄戒・十重禁戒・禁網経偈
・戒名授与
・大悲咒
・授戒回向
:25
・大悲咒・入龕回向
※この入龕回向後、焼香の案内へと向けた司会への合図
次のお経である「観音経が始まり次第に司会は焼香の案内を開始
・観音経世尊偈・十仏名・往生咒
※焼香が終わり次第、スタッフは終わりを知らせて下さい。
:45
・四弘誓願
・後法話 十分ほど
:60
・退出
司会用
家 お葬儀式 式次第
令和 年 月 日 時 分 開式
※ 法炬・松明一本準備
:00
導師入場・焼香三拝(三宝礼)
※司会開式の案内
・法話(五分ほど・葬儀の意義内容について)
・開経偈
・龕前念誦・十仏名・大悲咒・龕前念誦回向
・大悲咒・鎖龕回向
・起龕念誦・十仏名・大悲咒・起龕回向
・往生咒
・山頭念誦
:20
・下炬・引導(秉炬佛事・引導法語)
※引導を終えてから、司会は電報紹介。
※電報紹介後、次のお経である「観音経世尊偈」が始まり次第に司会は焼香の案内を開始する。
・観音経世尊偈・四弘誓願
※焼香が終わり次第、スタッフは終わりを知らせて下さい。
:40
・退出~お花向け・血脈と引導法語のお手向け~出棺・御送り
・斎場到着・荼毘諷経(大悲咒・荼毘回向)
・・
その他参照・・
お葬儀の準備について
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/88124857.html
正しいお通夜とお葬式へ向けて
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/87851117.html
往生院六萬寺
http://oujyouin.com/
往生院六萬寺にお葬儀をご依頼される場合は、下記をご参考になさって下さいませ。
【基本儀軌・作法】
授戒・引導法式
【通夜・授戒】
三帰戒・五戒・三聚浄戒・十重禁戒
【葬儀・引導】
秉炬(ひんこ)/下炬(あこ)・引導法語
【お布施】
25万円(枕経・通夜法要・葬儀法要・安骨(還骨)法要・初七日忌法要まで)
(※任意 お車料・お膳料 2~3万円)
(約30年以上前から、お布施の額は一定25万円にて変わりございません)
※枕経・通夜式・葬儀式への往復をタクシーで伺うこともあります。その場合は、タクシー代相当のお車料を頂戴することがございます。
※戒名料(法名料)は基本的にはお布施に含まれますが、任意ご厚志として別にてお包み頂く分は大変に有り難くに存じます。もちろん任意であり、強制ではありませんので、無くても構いません。(ちなみに8割以上の方はございません)


お葬式の流れについて
式次第とその解説
枕経
故人様が臨終に際して、仏の教え(お経)を聞くことにより、死に際しての心の安定を図って頂いて、安心して仏の世界へと入って頂けるように調えるために行われる。
・開経偈・観音経(妙法蓮華経・観世音菩薩普門品第二十五・世尊偈)・大悲咒(千手千眼観自在菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼)・舎利礼文・四弘誓願(悟りへと向けた決意の誓願)
・普回向「願わくは此の功徳を以て、普く一切に及ぼし、我等と衆生と、皆共に仏道を成ぜんことを」
・お打ち合わせ
俗名・行年(歳・数え年)・没年月日・生前戒名の確認・生前のご来歴等のご確認。お葬式に関する諸資料のお渡し、お葬式の流れ、留意事項のご説明等。
お通夜式の次第
・前法話(十分・お通夜とお葬儀の役割とその意義について)
・開経偈(枕経にお伺いができていない場合には、続いて・舎利礼文・普回向)
・剃髪・授戒願文・奉請・懺悔・三帰戒・五戒・三聚浄戒(さんじゅじょうかい)
・十重禁戒・禁網経偈
(剃髪から禁網経偈・・授戒準備。仏の世界へと正式に入るための準備)
・禁網経偈・・「衆生、仏戒を受くれば、即ち諸仏の位に入る。位大覚(くらいだいがく)に同じゅうし巳(おわ)る。真に是れ諸仏の子(みこ)なり。」
・戒名授与・大悲咒・亡者授戒回向(仏の正式な弟子となるためのお名前授与)
「夫(そ)れ新帰元( 戒名 )、法号を授与す。伏して願わくは、今より以後、仏を称して師となし、深く禅定に入って十方の仏に見(まみ)えんことを」
・大悲咒・入龕(にゅうがん)回向 (龕とは、遺体を納める棺のこと)
(棺に入る際における供養・・実際は既に入棺されている)
・観音経(ご焼香)・十仏名・往生咒・四弘誓願(仏の世界へと安心して向かって頂くための供養)
・後法話 十分~十五分
(必要に応じて自作のフリップやカードを用いて、仏教について、供養について、丁寧に分かりやすく、お話しをさせて頂きます。)
お葬式の次第
・前法話(五分・葬儀の意義内容、下炬・引導について)
・開経偈(法要の始まりに際して読まれるお経)
・龕前念誦・十仏名・大悲咒・龕前念誦回向(棺を閉じる際に行う供養)
・大悲咒・鎖龕回向(棺を閉じるために行う供養)
・起龕念誦・十仏名・大悲咒・起龕回向(出棺へ向けて行う供養)
・往生咒(仏の世界へと向けたお見送りのための陀羅尼)
・山頭念誦(いよいよ引導により仏の世界を目指すことを祈願する)
・下炬・引導(秉炬佛事 ひんこぶつじ)
仏の世界へと導くための引導を行う。下炬(あこ)・秉炬とは、たいまつで火葬のために火をつけること。実際には、その場で火をつけることはしないが、現在ではたいまつに模したものにより、疑似的に行う。下炬の後、払子を振り、引導法語を唱える。引導法語は、仏道の精進・成就へ向けた誘(いざな)いのための重要な意味内容(主には仏教の説く真理、また、智慧と功徳について)が表されます。臨済宗の場合、引導法語の最後は、渾身の「一喝」(宗旨により異なる・曹洞宗では露・咦など)により締めくくられることになります。
・観音経(ご焼香)
・四弘誓願(仏の世界へと送り出すための供養・皆様によるご焼香)
・導師退出~お別れ~出棺(引磬先導・往生呪)~お見送り
・斎場荼毘(大悲咒・荼毘回向 火葬・荼毘(だび)に付すための供養)
・収骨後、安骨法要・初七日法要のお勤めと最後に法話
以上の式事を恙無く、ご遺族、会葬者の皆様と共に真摯、厳粛に執り行うことにより、故人様の仏の世界へとお送り頂くためのお手伝いをお勤めさせて頂きたいと存じております。また、各お経、各回向、各供養の更に詳しい内容をお知りになられたい方は、別途、ご説明もさせて頂きますので、お気軽にご質問下さいませ。

お葬式に関することについての確認・補足事項
この度のお葬式に関しましては、下記の内容も併せてご確認の程をどうか宜しくお願い申し上げます。
お通夜式の流れ概略
・前法話
・開経偈(枕経にお伺いできていない場合には続いて・舎利礼文・普回向)
・剃髪・授戒願文・奉請・懺悔
・三帰戒・五戒・三聚浄戒・十重禁戒・禁網経偈
・戒名授与・大悲咒・授戒回向・大悲咒・入龕回向
・観音経(ご焼香)・十仏名・往生咒・四弘誓願
・後法話
お葬儀式の流れ概略
・法話
・開経偈
・龕前念誦・十仏名・大悲咒・龕前念誦回向
・大悲咒・鎖龕回向
・起龕念誦・十仏名・大悲咒・起龕回向
・往生咒
・山頭念誦
・下炬・引導(秉炬佛事)
・観音経(ご焼香)・四弘誓願
・退出~出棺~御送り~斎場(大悲咒・荼毘回向)
・収骨後、安骨法要・初七日法要・法話
※現・副住職が導師の場合
全て、椅子・曲彔無しの立式でお勤めさせて頂くと共に、威儀(法要の際の僧侶の衣や袈裟)に関しまして、袈裟につきましては、故人様へのご敬意から色袈裟を拝着させて頂きますが、袈裟の下に着る私自身の衣は、緋・紫・黄色・青などの色衣(しきえ)ではなくて、墨染衣(黒衣)を着衣させて頂いております。拙寺は、単立寺院であり、僧階なども特に規定もないため、緋・紫・黄色などの色衣を自由にいつでも拝着できるのはできますが、一生、修行の身として、慢心を起こさないための私の現在のポリシーとして、まだ今のところ平素の法要でも葬儀の導師であっても、墨染衣(黒衣)で通させて頂いております。この点、どうかご了承の程を宜しくお願い申し上げます。


司会用
家 お通夜式 式次第
令和 年 月 日 時 分 開式
※カミソリの準備
:0
導師入場・焼香・三拝(三宝礼)
※司会開式の案内
・前法話 十分 通夜葬儀の概要・授戒・血脈の役割・戒名の説明
・開経偈
・(枕経にお伺いできていない場合は、続いて舎利礼文・普回向が入る)
・剃髪
・授戒願文
・奉請
・懺悔
・三帰戒・五戒・三聚浄戒・十重禁戒・禁網経偈
・戒名授与
・大悲咒
・授戒回向
:25
・大悲咒・入龕回向
※この入龕回向後、焼香の案内へと向けた司会への合図
次のお経である「観音経が始まり次第に司会は焼香の案内を開始
・観音経世尊偈・十仏名・往生咒
※焼香が終わり次第、スタッフは終わりを知らせて下さい。
:45
・四弘誓願
・後法話 十分ほど
:60
・退出
司会用
家 お葬儀式 式次第
令和 年 月 日 時 分 開式
※ 法炬・松明一本準備
:00
導師入場・焼香三拝(三宝礼)
※司会開式の案内
・法話(五分ほど・葬儀の意義内容について)
・開経偈
・龕前念誦・十仏名・大悲咒・龕前念誦回向
・大悲咒・鎖龕回向
・起龕念誦・十仏名・大悲咒・起龕回向
・往生咒
・山頭念誦
:20
・下炬・引導(秉炬佛事・引導法語)
※引導を終えてから、司会は電報紹介。
※電報紹介後、次のお経である「観音経世尊偈」が始まり次第に司会は焼香の案内を開始する。
・観音経世尊偈・四弘誓願
※焼香が終わり次第、スタッフは終わりを知らせて下さい。
:40
・退出~お花向け・血脈と引導法語のお手向け~出棺・御送り
・斎場到着・荼毘諷経(大悲咒・荼毘回向)
・・
その他参照・・
お葬儀の準備について
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/88124857.html
正しいお通夜とお葬式へ向けて
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/87851117.html
往生院六萬寺
http://oujyouin.com/
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2022年02月25日
『 正しいお通夜とお葬式へ向けて 』令和4年3月 春彼岸施餓鬼法要 配布資料
令和4年3月 春彼岸施餓鬼法要 配布資料
『 正しいお通夜とお葬式へ向けて 』
このところ小さなお葬式、小さな家族葬、格安葬、一日葬、直葬と、葬儀のあり方の変化が目まぐるしい中でございます。
本来の葬儀とは、どのようなものであるべきか。以前にもまとめて配布した資料がございますが、今一度、考える時期にあるのではないかと思い、改めてまとめてみることにしました。
葬儀の一番の目的は、亡者を浄土へと送ることにあります。(但し、浄土真宗の現在の教義においての葬儀の目的は、阿弥陀仏への仏恩報謝となっています)
では、なぜ、浄土へと送らなければならないのか、ということでありますが、まず、仏教においては、正しい悟りへの道、仏道を歩んでいくにあたっては、直接に、既に悟りを開いた仏・如来からのご指導を頂く必要がございます。
現在、この娑婆世界では、釈尊の最勝応身(凡夫でも相見えられることのできる仏のお姿の一つ)が入滅されて以来、仏・如来は不在となってしまっています。
仏の教えは、元来、対機説法、善巧方便として、一人ひとりに合ったカタチで説かれるのが基本となります。それが可能なのは、一切智者である仏・如来でなければできないことであります。(仏典・経典は、釈尊入滅後に弟子たちによってまとめられてあるもので、あくまでも八万四千ある釈尊の教えの代表的な要約に過ぎないものとなっています)
現在の娑婆世界においては、仏典や経典、その解説の論書、またそれらを説明する僧侶により、ある程度、仏教を学び修していくことはできても、やはり、どうしても限界があるものとなります。
そのため、足りない点や正確性を補うために、実際に仏・如来が在世されていて教えを直接に頂けるところへと赴くことが望まれるのであります。
それが、「見仏(仏と直接に相見えること)と授記(個々人へと説かれる悟りへと至るための教え)」となります。
釈尊はご自身の最勝応身の入滅にて、その見仏と授記が、娑婆世界ではしばらくの間できなくなること(弥勒仏下生まで)を憂慮なさられて、他の浄土世界を色々とご紹介されて、そちらへと赴くことを促されたのであります。代表的には、阿弥陀経にて説かれてある阿弥陀仏・極楽世界です。(但し、娑婆世界であっても見仏と授記を頂く方法としては、密教における灌頂があります)
以上のことから、死後において、次の生まれ先を、この娑婆世界ではなく、直接に仏・如来から教えを頂ける浄土世界へと送るために執り行われるのが、葬儀ということになるのであります。
まず、その条件を調えるために行われるのが、通夜式での「授戒」となります。
過去世・生前からの悪業を悔い改め、しっかりと仏の道を歩んでいくためのルールを守る誓いを立てさせて、正式な仏の弟子とならしめるのが通夜式の役割となります。
そして、葬儀式においては、引導として、浄土へと送り出していくことになるのであります。
葬儀式で最も大切となるのが、引導文・引導法語となります。
これは浄土へと向けた一種のパスポート(渡航証)的な役割を果たすもので、悟りへと向けた大切な心構え、決意的なことが示さるところとなります。血脈(仏教の正しい教えを受け継いできた証)と共に、浄土への入国許可証と言えます。
このように考えますと、通夜式は、娑婆世界からの出国手続き、葬儀式は、浄土世界への入国手続きと言えるのではないだろうかと存じます。
この両方の手続きを正式に調えるために行われるのが、通夜式・葬儀式となるわけであり、浄土世界への出国へと向けた航海の無事、安全を祈り、送り出すことと共に、その手続きに不備がないか、間違いがないかを、しっかりと見届けるのも、ご遺族、会葬者の役割になります。
その手続きのためには、やはり省略ができないお経、回向があります。ですから、通夜式1時間(儀式40分・法話20分)、葬儀式1時間(儀式40分間・法話10分・告別10分)は、最低でも必要となります。また、法話では、通夜と葬儀の簡単な役割について、戒名の由来、引導の内容等の説明をしっかりと頂くことも大切なことになります。法話がないというのは論外であり、僧侶はしっかりと法話によって、導師として、葬儀についての説明責任を果たすことが求められるものでもあります。
以上のことから、仏式でお葬式をするということであれば、いくら小さく、短く、安くと言っても、限界があり、一日葬であれば、最低でも1時間半、直葬であれば、1時間(かなり巻き気味になる)は儀式の時間を取って行うことが望ましいものとなります。
祭壇や備品、お供え物等においては、多少なりとも負担を抑えるのは当然に構いませんが、時間と導師だけは、小さく、短く、安く、また、誰でもいい、適当で、というわけにはいかないことは、十分に認識しておくべきであると存じます。
やはり、僧侶、導師によっては、修行不足、作法の修練不足などにより、適当、いい加減、儀軌を間違ってしまっている者も中にはおります。上記で述べたように、手続きに不備がないか、間違いがないかを、しっかりと見届けるのが、ご遺族、会葬者の役割でもあります。確かな導師、僧侶に儀式の執行をお願いできるように、その資質を見極める、内容に間違いがないかをチェックするのも大切なことになります。
以前の配布資料の参照・・
『葬儀と供養の意義について』平成29年8月・お盆施餓鬼法要配布資料
ネット検索で全文ご覧いただけます→「葬儀と供養の意義について お盆」検索
各宗派における葬儀の要諦について(抜粋・加筆修正)
天台宗・・阿弥陀如来の極楽浄土へと向けた引導式。儀礼・・法華懺法(ほっけせんぽう)(法華経を読誦し、無明・煩悩・悪業を滅するための法)と例時作法(阿弥陀経を読誦し、極楽浄土への往生のための法)と光明供(光明真言を読誦し、浄土への引導・成仏へ向けた法)。密教印契、密教法具も用いられる。
真言宗・・弥勒菩薩の兜率天(とそつてん)、あるいは大日如来の密厳浄土への引導式。儀礼・・灌頂形式。理趣経・真言・陀羅尼等が読誦され、密教印契、密教法具が用いられる。三密加持(御仏の身・口・意の三業の清浄)、本尊との一体化、浄土への引導へ向けた灌頂儀式。
浄土宗・・阿弥陀如来の極楽浄土へと向けた往生式。儀礼・・序分(諸仏をお迎えする儀式)・正宗分(引導式)・流通分(諸仏・故人を見送る儀式)の三部構成。主には阿弥陀経・無量寿経・念仏が読誦される。
浄土真宗・・阿弥陀如来への仏徳讃嘆・仏恩報謝(ぶっとんほうしゃ)の儀式。授戒・引導を扱わない。故人は臨終後即座に極楽浄土へと往生したもの(即得往生)とみなされるため、故人へと向けた供養・回向は扱わず、あくまでも阿弥陀如来を対象とした儀礼となる。正信偈・念仏・和讃が読誦される。授戒式は無く、仏弟子としての帰依者に与えられる名前は、戒名ではなく「法名」と称されている。
曹洞宗・臨済宗・・もともと禅宗における修行途中に亡くなった僧侶への葬儀法が、在家葬送のためにも援用され、「没後作僧」(もつごさそう)として各宗派の葬儀法へも影響を与えていくことになった。没後作僧とは、死後に授戒し、正式な仏弟子(僧侶)とならせて、仏の助けを得て、浄土引導、成仏させるという考え方。臨済宗は、阿弥陀如来の極楽浄土へと向けた引導式。曹洞宗は、具体的な引導先は明らかとなっていないが、一切如来から教えを頂ける浄土への引導になると推測される。大悲心陀羅尼・観音経・舎利礼文などが読誦される(曹洞宗の場合・修証義や法華経の寿量品なども)。
日蓮宗・・久遠実成釈迦如来の霊山(りょうぜん)浄土への往詣(おうけい)のための儀式。法華経・題目などが読誦される。日蓮宗では、法華経に帰依信心すること(法華経の受持)、そのことが持戒そのもの(妙戒)であると考えられているため、授戒式は無く、仏弟子としての帰依者に与えられる名前は、戒名とは言わずに「法号」と称されている。
往生院六萬寺 お葬式(通夜・葬儀)について
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/85018907.html
『 正しいお通夜とお葬式へ向けて 』
このところ小さなお葬式、小さな家族葬、格安葬、一日葬、直葬と、葬儀のあり方の変化が目まぐるしい中でございます。
本来の葬儀とは、どのようなものであるべきか。以前にもまとめて配布した資料がございますが、今一度、考える時期にあるのではないかと思い、改めてまとめてみることにしました。
葬儀の一番の目的は、亡者を浄土へと送ることにあります。(但し、浄土真宗の現在の教義においての葬儀の目的は、阿弥陀仏への仏恩報謝となっています)
では、なぜ、浄土へと送らなければならないのか、ということでありますが、まず、仏教においては、正しい悟りへの道、仏道を歩んでいくにあたっては、直接に、既に悟りを開いた仏・如来からのご指導を頂く必要がございます。
現在、この娑婆世界では、釈尊の最勝応身(凡夫でも相見えられることのできる仏のお姿の一つ)が入滅されて以来、仏・如来は不在となってしまっています。
仏の教えは、元来、対機説法、善巧方便として、一人ひとりに合ったカタチで説かれるのが基本となります。それが可能なのは、一切智者である仏・如来でなければできないことであります。(仏典・経典は、釈尊入滅後に弟子たちによってまとめられてあるもので、あくまでも八万四千ある釈尊の教えの代表的な要約に過ぎないものとなっています)
現在の娑婆世界においては、仏典や経典、その解説の論書、またそれらを説明する僧侶により、ある程度、仏教を学び修していくことはできても、やはり、どうしても限界があるものとなります。
そのため、足りない点や正確性を補うために、実際に仏・如来が在世されていて教えを直接に頂けるところへと赴くことが望まれるのであります。
それが、「見仏(仏と直接に相見えること)と授記(個々人へと説かれる悟りへと至るための教え)」となります。
釈尊はご自身の最勝応身の入滅にて、その見仏と授記が、娑婆世界ではしばらくの間できなくなること(弥勒仏下生まで)を憂慮なさられて、他の浄土世界を色々とご紹介されて、そちらへと赴くことを促されたのであります。代表的には、阿弥陀経にて説かれてある阿弥陀仏・極楽世界です。(但し、娑婆世界であっても見仏と授記を頂く方法としては、密教における灌頂があります)
以上のことから、死後において、次の生まれ先を、この娑婆世界ではなく、直接に仏・如来から教えを頂ける浄土世界へと送るために執り行われるのが、葬儀ということになるのであります。
まず、その条件を調えるために行われるのが、通夜式での「授戒」となります。
過去世・生前からの悪業を悔い改め、しっかりと仏の道を歩んでいくためのルールを守る誓いを立てさせて、正式な仏の弟子とならしめるのが通夜式の役割となります。
そして、葬儀式においては、引導として、浄土へと送り出していくことになるのであります。
葬儀式で最も大切となるのが、引導文・引導法語となります。
これは浄土へと向けた一種のパスポート(渡航証)的な役割を果たすもので、悟りへと向けた大切な心構え、決意的なことが示さるところとなります。血脈(仏教の正しい教えを受け継いできた証)と共に、浄土への入国許可証と言えます。
このように考えますと、通夜式は、娑婆世界からの出国手続き、葬儀式は、浄土世界への入国手続きと言えるのではないだろうかと存じます。
この両方の手続きを正式に調えるために行われるのが、通夜式・葬儀式となるわけであり、浄土世界への出国へと向けた航海の無事、安全を祈り、送り出すことと共に、その手続きに不備がないか、間違いがないかを、しっかりと見届けるのも、ご遺族、会葬者の役割になります。
その手続きのためには、やはり省略ができないお経、回向があります。ですから、通夜式1時間(儀式40分・法話20分)、葬儀式1時間(儀式40分間・法話10分・告別10分)は、最低でも必要となります。また、法話では、通夜と葬儀の簡単な役割について、戒名の由来、引導の内容等の説明をしっかりと頂くことも大切なことになります。法話がないというのは論外であり、僧侶はしっかりと法話によって、導師として、葬儀についての説明責任を果たすことが求められるものでもあります。
以上のことから、仏式でお葬式をするということであれば、いくら小さく、短く、安くと言っても、限界があり、一日葬であれば、最低でも1時間半、直葬であれば、1時間(かなり巻き気味になる)は儀式の時間を取って行うことが望ましいものとなります。
祭壇や備品、お供え物等においては、多少なりとも負担を抑えるのは当然に構いませんが、時間と導師だけは、小さく、短く、安く、また、誰でもいい、適当で、というわけにはいかないことは、十分に認識しておくべきであると存じます。
やはり、僧侶、導師によっては、修行不足、作法の修練不足などにより、適当、いい加減、儀軌を間違ってしまっている者も中にはおります。上記で述べたように、手続きに不備がないか、間違いがないかを、しっかりと見届けるのが、ご遺族、会葬者の役割でもあります。確かな導師、僧侶に儀式の執行をお願いできるように、その資質を見極める、内容に間違いがないかをチェックするのも大切なことになります。
以前の配布資料の参照・・
『葬儀と供養の意義について』平成29年8月・お盆施餓鬼法要配布資料
ネット検索で全文ご覧いただけます→「葬儀と供養の意義について お盆」検索
各宗派における葬儀の要諦について(抜粋・加筆修正)
天台宗・・阿弥陀如来の極楽浄土へと向けた引導式。儀礼・・法華懺法(ほっけせんぽう)(法華経を読誦し、無明・煩悩・悪業を滅するための法)と例時作法(阿弥陀経を読誦し、極楽浄土への往生のための法)と光明供(光明真言を読誦し、浄土への引導・成仏へ向けた法)。密教印契、密教法具も用いられる。
真言宗・・弥勒菩薩の兜率天(とそつてん)、あるいは大日如来の密厳浄土への引導式。儀礼・・灌頂形式。理趣経・真言・陀羅尼等が読誦され、密教印契、密教法具が用いられる。三密加持(御仏の身・口・意の三業の清浄)、本尊との一体化、浄土への引導へ向けた灌頂儀式。
浄土宗・・阿弥陀如来の極楽浄土へと向けた往生式。儀礼・・序分(諸仏をお迎えする儀式)・正宗分(引導式)・流通分(諸仏・故人を見送る儀式)の三部構成。主には阿弥陀経・無量寿経・念仏が読誦される。
浄土真宗・・阿弥陀如来への仏徳讃嘆・仏恩報謝(ぶっとんほうしゃ)の儀式。授戒・引導を扱わない。故人は臨終後即座に極楽浄土へと往生したもの(即得往生)とみなされるため、故人へと向けた供養・回向は扱わず、あくまでも阿弥陀如来を対象とした儀礼となる。正信偈・念仏・和讃が読誦される。授戒式は無く、仏弟子としての帰依者に与えられる名前は、戒名ではなく「法名」と称されている。
曹洞宗・臨済宗・・もともと禅宗における修行途中に亡くなった僧侶への葬儀法が、在家葬送のためにも援用され、「没後作僧」(もつごさそう)として各宗派の葬儀法へも影響を与えていくことになった。没後作僧とは、死後に授戒し、正式な仏弟子(僧侶)とならせて、仏の助けを得て、浄土引導、成仏させるという考え方。臨済宗は、阿弥陀如来の極楽浄土へと向けた引導式。曹洞宗は、具体的な引導先は明らかとなっていないが、一切如来から教えを頂ける浄土への引導になると推測される。大悲心陀羅尼・観音経・舎利礼文などが読誦される(曹洞宗の場合・修証義や法華経の寿量品なども)。
日蓮宗・・久遠実成釈迦如来の霊山(りょうぜん)浄土への往詣(おうけい)のための儀式。法華経・題目などが読誦される。日蓮宗では、法華経に帰依信心すること(法華経の受持)、そのことが持戒そのもの(妙戒)であると考えられているため、授戒式は無く、仏弟子としての帰依者に与えられる名前は、戒名とは言わずに「法号」と称されている。
往生院六萬寺 お葬式(通夜・葬儀)について
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