日想観

2026年05月24日

摂津の金龍寺(安満寺)との縁 安満了願と楠木正成公・正行公と往生院

ちなみに、あまり知られていませんが、摂津の日想観のお寺が、「金龍寺」(こんりゅうじ)になります。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E9%BE%8D%E5%AF%BA_(%E9%AB%98%E6%A7%BB%E5%B8%82)

 

 

 

 

元安満寺に、964年、中興開山の千観によって、日想観が営まれるお寺になり、実は、日想観の由来は往生院(1040年)よりも歴史が古いのであります。

 

廃仏毀釈で荒廃、廃寺になるも、昭和後期まで本堂は現存していましたが、焼失してしまいました。

 

残念ながら今のところ復興される様子は全くありません。

 

難波の日想観「四天王寺」

摂津の日想観「金龍寺」

河内の日想観「往生院」

大和の日想観「井照寺」

 

この摂津の金龍寺の前身、安満寺は、安倍(阿部)氏の菩提寺として奈良時代(790年)に創建されています。

 

安満氏は、南北朝時代の安満了願の出自になり、安満了願は、楠木正成の兄弟(安満氏へ養子)か、あるいは親戚一族とされており、正成、正行に仕えた猛将ながら僧侶でもありました。多くの寺院を開基しています。

 

遡ると安倍氏は東出雲王家の流れの大彦命(長髄彦命)の子孫であり、ならば、安満氏は楠木氏同様、出雲散家であったわけです。

 

もちろん、古来から摂津の有力豪族であった三嶋氏(三嶋溝杭命一族)とも親戚関係であったと考えられます。

 

また、現在、四條畷神社にある正成の供養五輪塔は、どこの山に祀られていたのかの詳しい由来まで書かれていませんでしたが、拙推定では、金龍寺跡の付近にあったのではないかと考えています。

 

金龍寺は、南北朝時代には南朝方、楠木家の要所になっていたと思われます。

 

更に、この金龍寺は、桜の名所で知られており、美しい八重の希少な桜、「金龍桜」があったようで、最近まで本堂跡にもあったようですが、今は完全に枯死してしまったようです。

 

もう少し早くに知っていたなら、保存活動ができたのではないかと悔やまれます。

 

出雲散家、楠木家の一族、楠木家の要所、日想観のお寺、桜の名所(往生院の地は古く桜井郷と呼称)と、あまりにも往生院との共通項の多い金龍寺。

 

誠に他人事ではありません。

 

また、しっかりと調査研究をして参りたいと思います。

 

・・

 

 

井照寺跡の推定地は、彼岸に三輪山山頂のやや北側から登った太陽が、二上山へと沈む直線上にあったことが考えられます。 

 

三輪山、檜原神社、箸墓古墳、二上山。

 

 

 

太陽の道。

 

間違いなく、井照寺は、大和の「日想観」のお寺であったわけです。

 

もちろん、河内の「日想観」のお寺である往生院とも何らかの会通があったものと考えられます。

 

井照寺の解明についても、今後、調査研究して参りたいと思います。

 

次回、まずは必ず跡を特定させたいと思います。

 

・・

 

 

今回、5月18日の参拝挨拶廻りの行程

 

次に、去年の前回では参拝できなかった「檜原神社」(ひばらじんじゃ)へと向けて、山の辺の道を進みました。

 

 

 

 

 

 

途中に天日方奇日方命、美良姫命、姫蹈鞴五十鈴姫命、五十鈴依姫命らが住んでいた「出雲屋敷」の跡のそばにある狭井川を通り抜け、玄賓庵さんを越えていくと、新しいお社があり、参拝。

 

 

 

 

貴船神社と磐座。

 

そして、檜原神社に到着。

 

 

 

 

 

 

 

 

参拝、勤行後、御朱印と御神符を頂きました。

 

 

 

元は日原とも。お彼岸に、三輪山から登る日を拝み、二上山に沈む夕陽を拝むという太陽信仰の神社であったと推定されます。

 

 

 

 

第二次物部東征で、垂仁天皇とともに大和入りした豊来入姫命が、母、豊玉姫命(卑弥呼・天照大神)を祀ったのが創祀と考えられます。やがて、豊玉姫命(卑弥呼・天照大神)は、各地(元伊勢)を転々とした後に伊勢神宮に祀られることになります。

 

現在は、豊来入姫命が祀られており、真西にある「ホケ(豊家)ノ山古墳は、豊来入姫命のお墓であるとされています。

 

次に、玄賓庵(げんぴあん)さんで聞いた、玄賓庵さんで現在祀られている阿弥陀如来立像を本尊としていた井照寺(いしょうじ)の跡を探すために井寺池の周辺を探索。

 

 

 

 

たしかに、井寺池のあたりは、西の山々を拝することができ、綺麗な夕陽を拝めたのは確実で、彼岸には日想観が営まれていてもおかしくないところでありました。

 

 

 

しかし、井照寺跡は特定できずで、かなり歩き疲れ、暑さにより汗が塩化するほどに、、

 

熱中症になりかけながら、更に歩いて、御朱印を頂くために大神神社へと戻りました。

 

大神神社の御朱印を頂いて、御朱印袋も購入。

 

鳥居前の食事処でようやく食事をして一息ついて、お土産も買って、JR三輪駅からJR奈良駅までの電車に乗りました。

 

 

 

 

続く・・

 

・・

 

 

 

 

 



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2026年05月22日

井照寺跡の推定地について


 

 

井照寺跡の推定地は、彼岸に三輪山山頂のやや北側から登った太陽が、二上山へと沈む直線上にあったことが考えられます。 

 

三輪山、檜原神社、箸墓古墳、二上山。

 

 

 

太陽の道。

 

間違いなく、井照寺は、大和の「日想観」のお寺であったわけです。

 

もちろん、河内の「日想観」のお寺である往生院とも何らかの会通があったものと考えられます。

 

井照寺の解明についても、今後、調査研究して参りたいと思います。

 

次回、まずは必ず跡を特定させたいと思います。

 

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今回、5月18日の参拝挨拶廻りの行程

 

次に、去年の前回では参拝できなかった「檜原神社」(ひばらじんじゃ)へと向けて、山の辺の道を進みました。

 

 

 

 

 

 

途中に天日方奇日方命、美良姫命、姫蹈鞴五十鈴姫命、五十鈴依姫命らが住んでいた「出雲屋敷」の跡のそばにある狭井川を通り抜け、玄賓庵さんを越えていくと、新しいお社があり、参拝。

 

 

 

 

貴船神社と磐座。

 

そして、檜原神社に到着。

 

 

 

 

 

 

 

 

参拝、勤行後、御朱印と御神符を頂きました。

 

 

 

元は日原とも。お彼岸に、三輪山から登る日を拝み、二上山に沈む夕陽を拝むという太陽信仰の神社であったと推定されます。

 

 

 

 

第二次物部東征で、垂仁天皇とともに大和入りした豊来入姫命が、母、豊玉姫命(卑弥呼・天照大神)を祀ったのが創祀と考えられます。やがて、豊玉姫命(卑弥呼・天照大神)は、各地(元伊勢)を転々とした後に伊勢神宮に祀られることになります。

 

現在は、豊来入姫命が祀られており、真西にある「ホケ(豊家)ノ山古墳は、豊来入姫命のお墓であるとされています。

 

次に、玄賓庵(げんぴあん)さんで聞いた、玄賓庵さんで現在祀られている阿弥陀如来立像を本尊としていた井照寺(いしょうじ)の跡を探すために井寺池の周辺を探索。

 

 

 

 

たしかに、井寺池のあたりは、西の山々を拝することができ、綺麗な夕陽を拝めたのは確実で、彼岸には日想観が営まれていてもおかしくないところでありました。

 

 

 

しかし、井照寺跡は特定できずで、かなり歩き疲れ、暑さにより汗が塩化するほどに、、

 

熱中症になりかけながら、更に歩いて、御朱印を頂くために大神神社へと戻りました。

 

大神神社の御朱印を頂いて、御朱印袋も購入。

 

鳥居前の食事処でようやく食事をして一息ついて、お土産も買って、JR三輪駅からJR奈良駅までの電車に乗りました。

 

 

 

 

続く・・

 

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2026年04月04日

河内・浄土院・本尊・当麻曼荼羅について(奈良国立博物館・所蔵)

奈良国立博物館に所蔵されている河内・浄土院にあった当麻曼荼羅は、南北朝時代に修複されており、鎌倉時代の作となります。


浄土信仰の聖地として日想観が営まれていた河内・往生院の歴史との関わりも窺えます。


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当麻曼荼羅
https://www.narahaku.go.jp/collection/1008-0.html


新設される東大阪市立郷土博物館に、この綺麗で立派な当麻曼荼羅のレプリカを作って展示されてみてはどうかと提案しています。

 


河内ふるさと文化誌「若楠」(わかくす)寄稿・往生院六萬寺の歴史・再調査シリーズ・第1回~第5回(2023年・秋号~2025年秋号)・アーカイブ
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/96951792.html

 

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「往生院六萬寺の歴史・再調査シリーズ」、前回までのアーカイブを画像ファイルとしてまとめました。

河内ふるさと文化誌「若楠」(わかくす)寄稿・往生院六萬寺の歴史・再調査シリーズ・第1回~第5回(2023年・秋号~2025年秋号)・アーカイブ
 

第一回「伝・親鸞聖人自作坐像について」

 

 

 

 

 

第二回「玉日姫(たまひひめ)坐像について」

 

 

 

 

 

 

第三回「法然上人・三日月の御影について」

 

 

 

 

 

 

 

第四回「河内・浄土院と往生院について」

 

 

 

 

 

 

 

第五回「南朝と往生院について・前編」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「若楠」2026年春季・89号は、まもなくの発行となります。

最新の内容を読まれたい方は、年間購読(年2回発行・郵送込・2千円)のお申込みのほどを宜しくお願い申し上げます。

ゆうちょ振替 00970-5-121295 加入者名 わかくす文芸研究会

ご住所、お名前は正確にお書き願います。

 


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2026年03月23日

岩瀧山磐座・日想観法要・彼岸配布資料・法話内容「仏教・神道・キリスト教の救済論についての比較検討」

施餓鬼法要にご参列できなかった方のために法話内容を動画で撮り、YouTubeで公開させて頂きました。

彼岸中日の日の出、日の入の様子、配布資料についても言及しております。ご参考下さいませ。

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岩瀧山磐座・日想観法要・彼岸配布資料・法話内容「仏教・神道・キリスト教の救済論についての比較検討」2026年3月23日
https://youtu.be/M1TAxI_Xbwk?si=4zblKkViF8UHL43K

「岩瀧山」の磐座と河内「六萬寺」について(令和8年3月春彼岸施餓鬼法要 配布資料)

仏教のお話・法話のアーカイブはこちら↓


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2026年02月14日

「岩瀧山」の磐座と河内「六萬寺」について(令和8年3月春彼岸施餓鬼法要 配布資料)

令和8年3月春彼岸施餓鬼法要 配布資料
 

【往生院六萬寺の歴史】「岩瀧山」の磐座と河内「六萬寺」について
 
近年、往生院六萬寺の歴史について再調査研究していく中で、色々な新しい発見がありました。その一つに、お寺の山号である「岩瀧山」(いわたきさん)の山頂には、複数群の「磐座」(いわくら)があり、その東の背後にある三間石山(夫婦岩)とともに、古代祭祀の遺跡であることが分かってきました。

その創祀は、今から2185年ほど前、紀元前160年頃に、出雲王国・出雲族の移動に伴うものであったことが考えられます。

紀元前165年頃 出雲王国・二王枯死事件(2190年前)
紀元前160年頃 生駒山地(三間石山・岩瀧山等)磐座の創祀(2185年前)
紀元前155年頃 金剛山・二上山・葛城山磐座の創祀(2180年前)
紀元前150年頃 三輪山・ダンノダイラ磐座の創祀(2175年前)

紀元前165年頃に、出雲王国の主王(大国主)と副王(事代主)が同時に幽閉されて亡くなるという大事件があり、それを受けて、当時の主王と副王の子どもたちが、出雲族を率いて出雲の国(現在の島根県)を離れて、新天地を目指し、「出雲→丹波→摂津→河内→大和」へと移動していく中、河内に留まった際に、生駒山地に祖神、先祖を祀る磐座を、複数ヵ所にて造営したものの一つが、岩瀧山磐座と考えられます。

特に、この岩瀧山・三間石山の磐座は、春分・秋分の日(彼岸中日)に太陽が大阪湾へと沈む、その真東に位置しており、極めて重要な磐座であったと考えられます。古代の出雲族にとっては、彼岸の中日が現在のお正月に当たるため、彼岸中日は、特に重要な日として、先祖への感謝と供養の大祭が行われていました。この風習が、彼岸における先祖供養として現在でも続いているのであります。

 



また、平安時代、安助(あんじょ)上人により、河内・往生院が創建(1040年頃)されますが、その理由も、彼岸中日に夕陽が沈む真東に当たるからでありました。
安助上人は、「當天王寺之東門、定知極樂東門之中心也、加以西天迎晴夕日可觀」(拾遺往生伝)として、「日想観」(じっそうかん)による極楽誓願を行うのに最も適したところであるとして、この地を選ばれたのであります。

生駒山の磐座としては、夏至の日に太陽が沈む真東の饒速日山(にぎはやひやま)・磐座、冬至の日に太陽が沈む真東の天川神社跡・磐座とともに、岩瀧山は、彼岸中日に太陽が沈む真東の磐座として、古代出雲族にとっての一番大事なところであったことが窺えます。

当地は、まさに先祖の供養を行う上での「稀有なる聖地」であると言えます。

また、この磐座遺跡とともに、今まで謎だらけであった河内・六萬寺の歴史についても、ようやくに解明が進んでいくことになりました。

745年、聖武天皇の勅願により、行基上人の開基にて河内「六萬寺」は創建されます。この創建の理由も、供養を行う上での「稀有なる聖地」であったためということが分かってきました。

天平の疫病大流行(735-737年)によって亡くなった者たちへの供養とともに、この疫病の原因は、「西ノ山古墳」(八尾市楽音寺)の被葬者による「祟り」であるとして、聖武天皇の勅命により、左大臣の橘諸兄(たちばなのもろえ)、弓削道鏡禅師、行基上人の三名が中心となっての大規模な供養(と結界)が営まれ、その重要な一つのお寺として、六萬寺が創建されたと考えられるのであります。

 



中心となって主宰したのが、弓削道鏡禅師と考えられ、各三種の神器を社名に冠する神社と、各神社の神宮寺を結ぶことで、西ノ山古墳の被葬者へ向けての強力な供養と結界を営んだと考えられるのであります。六萬寺も含めて、いくつかの寺院、神社が、この頃に創建されたのではないかと考えられます。

 



では、天平の疫病の祟りの原因とされ、このように大規模な供養と結界が行われることになった「西ノ山古墳」の被葬者とはいったい誰であるか・・

あくまでも現時点までの調査研究における推定ですが、西ノ山古墳は、「天皇の陵墓」であり、それも歴代の天皇には名前の無い天皇であるのではないだろうかと考えています。

応神天皇の次の天皇として即位された宇治天皇は、クーデターにより殺され、更に、次に天皇に即位した宇治天皇の異母兄弟である隼別天皇も同じくクーデターにより殺されていることは、日本書紀や古事記において、それとなく暗喩されていると思われるエピソードはあるものの、秘密にされて、隠された歴史になっていると考えられるのであります。

いずれにしても、仁徳天皇の八田皇后(宇治天皇の妹)が、兄である宇治天皇と隼別天皇を、仁徳天皇没後に、それぞれの母の実家の地であるところ、宇治天皇をヒシアゲ古墳(和邇氏の勢力地)に、隼別天皇を西ノ山古墳(桜井田部連氏の勢力地・河内郡桜井郷)に、手厚く改葬されてあることが、出雲伝承(出雲口伝)からも推定されるものとなります。

特に、天平の疫病は、隼別天皇による祟りであるとして、当時の朝廷の認識(二人の天皇が殺されていることをまだ知る者があった)、あるいは神祇官による占いの結果や、神託・託宣があった可能性もあり、この憂いから、聖武天皇の勅命により営まれたのが、この供養と結界なのではないかと考えることができます。

この供養と結界の重要な一角を担う寺院として、行基上人により、この聖地に「六萬寺」が創建されたと考えられるのであります。

引き続き、六萬寺の歴史の解明とともに、西ノ山古墳・隼別天皇陵説についての研究も更に進めていければと考えています。

YouTubeで、「ミニ法話シリーズ」とともに、「歴史再考シリーズ」として動画で解説をしています。    

 


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2026年02月05日

3/17-3/23・春彼岸「おせがき」供養・3/20・彼岸中日「日想観」法要のご案内

3/17-3/23・春彼岸「おせがき」供養・3/20・彼岸中日「日想観」法要のご案内

春の彼岸「おせがき」供養のご案内

本年も春彼岸、施餓鬼法要のご案内をいたします。


彼岸中日、大阪湾に沈む夕陽の真東に往生院があり、平安時代から西に沈む夕陽を拝して念仏し、極楽往生を願う「日想観」が営まれていました。

また、背後の岩瀧山の山頂には弥生時代の磐座遺跡があり、彼岸中日に先祖を供養する大祭が行われていた痕跡があります。

お彼岸は古来より先祖を供養する習わしがあったことが分かります。

お塔婆をご用意してお待ち申し上げます。

※もし期間中にご来山できなくても、お寺の方にて責任をもって塔婆供養をお勤め致しますので、ご遠慮なくお申し込み下さいませ。


また、これまで往生院にご縁の無い方や、ご先祖様の供養をしてもらえるお寺を探しておられる一般の方でも、お勤めのお申込み、供養して頂けます。

その場合は、必ず、供養されたい方の戒名(法名)とお勤めのお施主の方のお名前を事前にメールやFAXでお知らせ下さい。お塔婆をご用意いたします。


実際に事前にご用意する塔婆に関しましては下記をご参照下さいませ。

施餓鬼供養・塔婆について(春彼岸・夏お盆の年2回法会開催)
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/85052585.html


一、日時 3月17日~23日・午前8時~午後4時
(※最終日は、午後3時まで)

一、お布施 7千円(施餓鬼塔婆・経木塔婆ご先祖さま各霊位)

一、任 意 水子供養・無縁供養 お布施・各追加1千円
(どうしても供養に恵まれない方々への供養にもなります)

※もし期間中にご来山できなくてもお寺の方にて責任をもって塔婆供養をお勤めいたしますので、お申し込みの際にその旨お書き添え下さい。その場合のお支払いはお振込みか、後日ご来山の際でも構いません。


彼岸中日「日想観・極楽誓願」法要について
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/72883056.html

・3月20日(祝)
・午後5時半から日没・表階段上台地にて
どなたでも自由に参加できます(雨天中止)
※駐車場は、下の第二、第三駐車場をご利用いただけます。


往生院六萬寺サイト
http://oujyouin.com/

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2025年08月06日

「河内往生院の考古学」シンポジウム資料


資料を整理していましたら、平成11年のシンポジウム「河内 #往生院#考古学」資料が出てきました。

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#往生院金堂跡 は、大阪府指定史跡ながら、いまだに本格的な発掘調査がまだである。#古墳時代 から #室町時代
までのものが重層的に埋まっていることは、明らかなのであるのだが・・

#往生院金堂跡 研究には、文化財行政のパイオニア的存在 #水野正好 先生や、瓦仙人の #藤澤一夫 先生をはじめ、#考古学 界のそうそうたるメンバーが関わって頂いていたにもかかわらず、調査研究は止まってしまったままなのである。#往生院六萬寺 #往生院 #上原真人 先生 #小林義孝 先生 #駒井信雄
先生

何としても前進させたいという思いもあり、自主的に調査研究を進めていく中で、#出雲王国 の研究にまで範囲は広がってきたものの、とにかく原点はこの #往生院金堂跡 である。きっと意義ある発見が幾つもあることでしょう。#往生院六萬寺 #往生院 #水野正好 先生 #藤澤一夫 先生 #福永信雄
先生

#水野正好 先生がご存命であれば、#日想観 研究と共に、#岩瀧山 #磐座 #霊畤 遺跡にも、きっと、きっと御関心を高く頂けたこと間違いないでしょう。誠に残念極まりないことですが、拙生一人でも何とかしてできる限りに調査研究していかねばと存じます。

ありし日の水野正好先生 http://do-natteruno.com/con_c/c125/c12

最新の調査研究につきましては、下記チャンネルにて公開しています
https://www.youtube.com/@sankyusan



5.html


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2025年07月13日

8/11-8/15・お盆「おせがき」/9.20-26 秋彼岸「墓前回向廻り」/ 9.23 彼岸中日「日想観・極楽誓願法要」

8/11-8/15・お盆「おせがき」供養のご案内

上映中の映画「国宝」、往生院六萬寺がロケ地の一つとなっています。

劇中、歌舞伎の大名跡・初代・花井白虎のお墓(大垣家墓所)へと、吉沢亮さん(喜久雄)、渡辺謙さん(半二郎)、寺島しのぶさん(幸子)が、お参りするシーンが撮影されました。  

ご先祖、先人と真摯に対峙して、それぞれ自分自身のあり方、人生を顧みていくのも大切な供養の一つになると言えます。

お盆や彼岸のお墓参り、そして、お勤めへのご参加を、ご先祖と対峙する大切な機会とされて下さい。

本年も卒塔婆をご用意してお待ち申し上げます。お早めにお申し込み下さいませ。合掌


※もし期間中にご来山できなくてもお寺の方にて責任をもって塔婆供養をお勤めいたしますので、お申し込みの際にその旨をお書き添え下さい。

初めてご供養ご検討の方は下記をご参照下さいませ。

施餓鬼供養・塔婆について(春彼岸・夏お盆の年2回法会開催)

一、日 時 8月11日~15日(5日間) 午前8時~午後4時(※最終日は午後3時まで)

一、お布施 1件・7千円(施餓鬼塔婆・経木塔婆各ご先祖さまご霊位ご供養)

一、任 意 無縁法界萬霊位供養・水子各霊位供養 お布施・別途各1千円

※ メールでもお申し込み受け付けています。

oujyouin【アットマーク】gmail.com

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8/24 地蔵盆法要のご案内

午後6時~ 水子地蔵尊前にて(雨天の場合は本堂内)

お布施 2千円~ お供物(参列者の皆さんに配れるもの)

事前申し込みが必要です。全国どなたでも参加できます。

それぞれ、皆に終わった後にお配りできるお供えのお菓子、カップ麺、ジュースなどのお供物をお届け頂きます。もちろん供物は無くても構いません。

お布施はだいたい2千円~ぐらいの方が多いです。

家族の息災、生まれたお子様の息災を願っての提灯の新調は、3千円になります。事前にお申し出下さい。

18時開始。それまでに水子地蔵尊前までお集まり下さい。

水子地蔵尊前にて、提灯を吊り、ござを引いて、事前に皆様から預かりました供物(すぐに持って帰って頂けるように袋詰めしてあります)を並べ、事前に書いた供養の経木塔婆(経木は2尺)を用意して、始まりとなります。

下記をご参考ください
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/85168589.html

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9.20-26 秋彼岸「墓前回向廻り」/ 9.23 彼岸中日「日想観・極楽誓願法要」

往生院六萬寺・秋彼岸・墓前回向廻り

9.20-26 1週間

午前8時から午後4時

回向料 2千円

当日寺務所申し込み

※期間中に来れない方はこちらで回向に廻らせて頂きます。事前にメールなどにてご連絡をくださいませ。

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彼岸中日・往生院「日想観・極楽誓願法要」

9/23・彼岸中日・夕刻(雨天中止)

午後5時30分から日没まで

往生院表階段上台地にて

http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/72883056.html

往生院六萬寺サイト
http://oujyouin.com/



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2025年07月11日

「往生院-四天王寺-夢洲(万博会場)」は、東西の「日想観ライン」


実は、「往生院-四天王寺-夢洲(万博会場)
」は、東西の「日想観ライン」になります。

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万博開催期間中の9/23、秋彼岸中日(秋分の日)は、今年も往生院では、午後5時半から日没まで、「日想観極楽誓願法要」を表階段台地上にてお勤めを致します。

万博会場 にて、往生院からの夕陽をスクリーンに中継して頂いて、四天王寺さんや一心寺さんの主催にて、声明法要をお勤め頂き、これまでの全ての「いのち」への供養を考える、というあり方を示して頂いたら、大変有り難いものになるでしょう。

協会の方にダメ元で提案してみたいと思います。

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http://oujyouin.com/
 


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2025年02月15日

3/17-3/23・春彼岸「おせがき」供養・3/20・彼岸中日「日想観」法要のご案内

3/17-3/23・春彼岸「おせがき」供養・3/20・彼岸中日「日想観」法要のご案内

春の彼岸「おせがき」供養のご案内

本年も春彼岸、施餓鬼法要のご案内をいたします。昨今、ご先祖さまの供養から遠ざかる世情が窺え、もの寂しさを感じることがございますが、ご先祖さまあっての私たちであることには何も変わりがございません。また、私たち自身の後生の一大事を考える時、仏さまとの有り難いご縁となる供養を大切にしたいものです。お塔婆をご用意してお待ち申し上げます。

※もし期間中にご来山できなくても、お寺の方にて責任をもって塔婆供養をお勤め致しますので、ご遠慮なくお申し込み下さいませ。


また、これまで往生院にご縁の無い方や、ご先祖様の供養をしてもらえるお寺を探しておられる一般の方でも、お勤めのお申込み、供養して頂けます。

その場合は、必ず、供養されたい方の戒名(法名)とお勤めのお施主の方のお名前を事前にメールやFAXでお知らせ下さい。お塔婆をご用意いたします。


実際に事前にご用意する塔婆に関しましては下記をご参照下さいませ。

施餓鬼供養・塔婆について(春彼岸・夏お盆の年2回法会開催)
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/85052585.html


一、日時 3月17日~23日・午前8時~午後4時
(※最終日は、午後3時まで)

一、お布施 7千円(施餓鬼塔婆・経木塔婆ご先祖さま各霊位)

一、任 意 水子供養・無縁供養 お布施・各追加1千円
(どうしても供養に恵まれない方々への供養にもなります)

※もし期間中にご来山できなくてもお寺の方にて責任をもって塔婆供養をお勤めいたしますので、お申し込みの際にその旨お書き添え下さい。その場合のお支払いはお振込みか、後日ご来山の際でも構いません。


彼岸中日「日想観・極楽誓願」法要について
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/72883056.html

・3月20日(祝)
・午後5時半から日没・表階段上台地にて
どなたでも参加できます(雨天中止)


往生院六萬寺サイト
http://oujyouin.com/

oujyouin_blog at 05:53|Permalink