智慧

2016年11月04日

「現役僧侶による悩み相談サイト 現在も1万件以上回答待ち」(NEWSポストセブン)

週刊誌「週刊ポスト」に副住職が参加させて頂いている、ネットお坊さんQ&Aサービス「hasunoha」の紹介記事が載りまして、副住職回答の問答も紹介されていました。

誠にお恥ずかしい限りでございます・・

内容の全文につきましては、週刊ポストの11/11号でお読み頂けます。



「現役僧侶による悩み相談サイト 現在も1万件以上回答待ち」(NEWSポストセブン)
https://news.nifty.com/article/item/neta/12180-461715/

 新聞、雑誌、ネット掲示板……様々なメディアに「お悩み相談」は溢れているが、中でもいま多くの話題を集めている相談サイトが「hasunoha(ハスノハ)」だ。その人気の秘密は現役の僧侶たちが「有り難い」教えを説いてくれることだった──。

 20数年勤めた会社が倒産。再就職するもリストラ続きで、ついには自殺まで頭をよぎるという51歳(男性)からの相談に答えたのは、臨済宗岩瀧山往生院六萬寺の川口英俊副住職だった。

 川口副住職は、〈これまでのご苦労、ご辛苦を癒される機会が与えられたと考えることもできる〉と、優しく語りかける。

 また、この機会にボランティアや社会奉仕に携わり違う視点を持つこともいいと続ける。

〈善い結果を生み出すための善い原因(ご縁)を少しずつでも積み重ねていくことが大切になる(中略)。善いご縁へ向けて、どのように動かれるかどうか次第で、これからが大きく変わっていく〉

 これはお悩み相談サイト「hasunoha」の一部抜擢である。現役の僧侶が「生きる智慧」をアドバイスすることで人気だ。回答するのは宗派問わず200人で、これまでに2万3000件以上の悩みに答えてきた。

 1日の相談は40件までに制限されているため、現在も1万件以上の回答待ちがあるという。1月30万ビューの閲覧があるというからすごい。

 寄せられる悩みは、冒頭のような「仕事」に関するものだけでなく、「家族・夫婦関係」「友人関係」「死について」「嫉妬」など多岐にわたる。

 サイトを立ち上げた経緯について、堀下剛司代表が語る。

「開設は2012年11月。東日本大震災での人々の行動に感銘を受けたことが、大きな動機でした。非常時でも互いに支え合い、我先にと争わずに並んで順番を待つ日本人の美徳や精神性の根底のひとつに、仏教の教えがあるのではないかと思ったんです。

 仏教で説かれる『慈悲の心』『感謝の心』などは現代社会にも通じる智慧であり、医師やカウンセラーではフォローしきれない。僧侶こそ、日本人の求める答えを持っていると考えたんです」

 悩める人の心情に寄り添うお坊さんの味わい深いアドバイスが評判を呼び、相談者は増えていった。相談者からは「心が軽くなりました」「涙が止まりません」とお礼も多いという。サイト内では僧侶のプロフィールや回答歴なども閲覧できるほか、ユニークな回答にはフェイスブックの「いいね!」ならぬ「有り難し」が集まっていくのだとか。

 相愛大学教授で僧侶の釈徹宗氏は、「hasunoha」が支持される理由をこう分析する。

「お坊さんという存在は『仏道』という一般社会とは別の価値体系の中を歩んでいます。一般社会では“ダメ人間”“モラルハザード”とひとくくりにされてしまいかねない悩みでも、仏教ではそれとは違う価値観を提示してくれるのではないか、そんな“救い”への期待があるのだと思います。そのニーズが、ネット社会の利便性とマッチした好例でしょう」

 仏の教えが、ネットを介して人を救う時代が来たようだ。

※週刊ポスト2016年11月11日号

ネットでお坊さんがこたえるQ&Aサービス・hasunoha
http://hasunoha.jp/

oujyouin_blog at 16:43|Permalink

2015年03月07日

「 仏教の基本的な理解のために 」 平成27年3月・春彼岸施餓鬼法要・配布資料

平成27年3月・春彼岸施餓鬼法要・配布資料

『 仏教の基本的な理解のために 』
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/55ced9a1512c6ef6e095caa4fbe9eb8c

岩瀧山往生院六萬寺 副住職 川口英俊

はじめに・・

平成24年11月からスタートした「お坊さんがこたえるQ&Aサービスhasunoha(ハスノハ)」 http://hasunoha.jp/ に参加致しまして、2年が過ぎました。サービス開始当初から回答させて頂きまして、平成27年3月2日にて、ようやく500回答に達成することができまし た。多くの皆様から日々、多種多様なご質問を頂きまして、浅学菲才の未熟者ではございますが、他の登録僧侶の皆様と共に何とかここまで継続してお答えする ことができて参りました。この間、お答えさせて頂きました内容を振り返りまして、仏教の基本的な理解のために、今一度、確認しておくべきことにつきまし て、この度は改めて述べさせて頂いておこうかと存じております。どうぞ少しなりともご参考にして頂けましたら幸いでございます。

【 hasunoha拙回答の基本的な前提となる考え方について 】
http://www.hide.vc/h1.html

大前提 「 空と縁起の理法に反する考え方の否定 」
小前提
 1、実体的・絶対的な存在の否定、常見と断見の否定。
 2、輪廻思想・業論を否定しかねない考え方の否定。
 3、善因善(楽)果・悪因悪(苦)果の因果関係を破壊しかねない考え方の否定。
 4、仏教の修道論(智慧開発・善徳行・利他行・菩薩行)を無用化させかねない考え方の否定。
 5、無際限・無限定に如来の慈悲を根拠として引用しての楽観的な救済論の否定。
 6、仏教を不要化させかねない楽観的な現実全面肯定の理論の否定。
 7、神秘主義的な考え方の否定。

この以上の項目の内容に関しまして、今回は、補足を少し述べさせて頂くことにより、仏教の教えの理解へと向けた基本的なことについて考えて参りたいと存じます。

まず、仏教の修習において大切となるのが「智慧と福徳(方便行・善徳行・慈悲利他行)」の二つとなります。

智慧は、賢さを表す言葉ですが、その賢さとは、真理を悟るための力となるため、しっかりと学び修していくことが望まれます。その内容とは、端的には「空」 を悟ることになります。「空」を悟ることによって、全ての遍くに貫いている真理のありようを理解し、特には、誤った見解、邪見、とらわれなどを無くすこと が求められることになります。

「空」とは、あらゆる全てのモノ・コトには、「実体・自性・自相が無い」という事態を示しますが、簡単には、そのモノ・コトが、それ自体の側において、永 久永遠に変わらずに存在し続けているような様態としては成立していないということを表します。もう少し詳しく述べるならば、他に(例えば、要因や条件、要 素・部分等に)依存せずに独立自存として成立しているものがあり得ないということになります。

もっと更に分かりやすく述べるならば、もしも、他に依存せずに独立自存として存在するものがあるならば、一応、この宇宙の始まりと言われているビッグバン 以前からも、それはそれとして変わらずに存在していなければならないことになります。もしも、仮にあなたのその現在の心身が実体として有ると言うならば、 その現在の心身そのままのものが、ビックバン以前からも実体として存在して有るということにならなければいけません。しかし、もちろんそんなことはあり得 ないのですが、そのようにして、「実体・自性・自相が無い」という事態の理解を、あらゆる全てのモノ・コトへと及ぼしていくことで、これで間違いないとい う心底からの「空」の了解が必要となります。

ただ、ここで気を付けないといけないのは、「実体・自性・自相が無い」と述べても、何も無いという「虚無・絶無」ではありません。確かに現にモノ・コトは モノ・コトとして存在しています。但し、その存在のありようは、「縁」(よ)って「起」こっているという「縁起」(※三層の縁起のあり様につきましては、 以前の資料をご参照下さいませ)を理解することが同時に大切なことになります。

そのようにして、「空と縁起」を正しく理解するのが、「中道」の智慧となります。これが、大前提と小前提1の理解において必要なことになります。

次に、小前提2における輪廻思想・業論について、「輪廻」とは、迷い苦しみ(惑・業・苦)の連環のことであり、「業」は、身・口・意(身体・言葉・心)に よる言動の積み重ねのことで、これから先の結果へと繋がる要因・条件にもなっていくものであります。無明(根本的な無知)・煩悩に支配されたままであれ ば、迷い苦しみから逃れることができないということと、無明・煩悩に支配された状態における悪い言動の数々は、悪い結果をもたらす要因・条件になってしま い、もちろん、その逆に、無明・煩悩から離れた、もしくは離れるために行われる善き言動は、善い結果をもたらす要因・条件になることになります。輪廻・業 論の否定は、無明・煩悩、あるいはそれらによる悪業、または、悟り・涅槃、あるいはそれらへと向けた善業や仏道までも否定してしまうことに繋がりかねない ため注意が必要となります。

また、上記の小前提2におけることと同様に、小前提3の「善因善果・悪因悪果の因果関係」の否定も、悪業・善業の否定、無明・煩悩や悟り・涅槃の否定、仏 道の否定となってしまうため、やはり注意が必要となります。この「因果の理」は、全ての仏教思想に通底している基本的な理となります。モノ・コトは、必ず 因果の理、あるいは条件という意味の「縁」も加えて、「因縁果の理」によって成り立っていることを、まずはしっかりと理解しておかなくてはいけません。

次の小前提4としての「仏教の修道論(智慧開発・善徳行・利他行・菩薩行)」も、まさに善因善果・悪因悪果の因果関係を基本としているため、もしも、それ らを否定してしまっては、別に何もせずとも、あるいは、善業、悪業のどちらにも拘らず、何か善い結果、例えば、悟り・涅槃へと到れること、如来となれるこ とを認めてしまうことにも繋がりかねないため、否定すべきものではないと考えます。

更に、小前提5におけるように、「無際限・無限定に如来の慈悲を根拠としての救済」を説いてしまうことは、その救済の範囲をあまりにも拡大させすぎて、 「善因善果・悪因悪果の因果関係」・「仏教の修道論」を破壊してしまう恐れがあります。例えば、「いずれ如来の慈悲の中において、みんな必ずや救われる、 悟れることになるから大丈夫、安心だ」となってしまえば、それでは、どんな悪業や善業、修行にも拘らずに、いずれ誰もが救われることになり、何をしてもし なくても関係ないこと、平気なことになってしまいます。それが、小前提6の楽観的な考え方として、仏教そのものが、結局は、不要・無用となりかねなくなり ます。特に、「全ては既に悟っている、悟りの中にある、全ては皆成仏している」といったような全面肯定の考え方は危険極まりなく、それも、いずれは、「何 もしなくても大丈夫だ」となって、仏教の不要化・無用化に繋がりかねませんので、非常に気をつける必要があります。

最後の小前提7の神秘主義的な考え方も、上述のことに加えて、「何か訳は分からない、証明はできないけれども、それで悟れるらしい、救われるらしい」とい うような無責任なことを認めてしまっていけば、因果の理を否定することになり、確かなる仏道の修習が成り立たなくなってしまう恐れが出て参ります。

仏教における、その教え、考え方が正しいかどうかは、常に各々で合理的に十分に色々と検証していくことが大切であり、チベット仏教における教えの中に、 「師の教えを、ただ尊敬だけをもって受け入れるべきではなく、金細工師が、その扱っている金が本物か偽物か、その金を焼いて、切って、磨くことをもって慎 重に吟味するように、そのようにして師の教えも受け入れていくべきである」とありますように、例え師の教えであろうとも、批判的、合理的に検証を繰り返し て、しっかりと納得した上にて、その教えを修習することが大切なことになります。とにかく、心の底から納得できるまでは、合理的に批判的に検証を繰り返し ていくことが必要であり、あまりにも現実的で無いような荒唐無稽なことを狂信したり、妄信、盲信してしまっては、善い結果(悟り・涅槃)へと到れるどころ か、まるで逆の悪い結果に陥りかねない危険性もありますので、十分な注意が必要となります。

とにかく、仏教の基本的な教えについて、過去この世に顕れられた七名の如来が、共通しておっしゃられていることを端的に表すお経がございます。それが「七仏通誡偈」(しちぶつつうかいげ)でございます。

「諸悪莫作 衆善奉行 自浄其意 是諸仏教」
(しょあくまくさ しゅうぜんぶぎょう じじょうごい ぜしょぶっきょう)

「諸々の悪い行いをなさずに、善い行いに努め励みて、自らその心を浄らかにすること、これが諸々の御仏の教えである」

仏教の基本は、とにかく、悪い行いを慎み、悪業を積まずに、善い行いに努めて、善業を積むことに励み、心を無明や煩悩に汚されないように浄らかにして、やがて悟り・涅槃へと到れるように、確かなる仏道の歩みを進めていくことが大切となります。

確かなる仏道の歩みを進めていく上で、特に前述の「智慧と福徳」の二つのことにしっかりと修習していくことが望まれます。是非共にこれからも頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌

・・

hasunoha拙回答・500回答到達にて検証・充電期間中。再開はお彼岸後以降の予定。どうかご容赦下さいませ。

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/
スマートフォン・携帯ブラウザも対応

hasunoha・拙回答まとめ集
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/

hasunoha・拙生紹介ページ
http://hasunoha.jp/users/16

hasunoha・拙寺紹介ページ
http://hasunoha.jp/temples/6

運営者によるhasunoha(ハスノハ) blog
http://taka.hasunoha-blog.info

東日本大震災を機縁として立ち上がりました「hasunoha」に参画できましたこと、誠に感謝致しております。微力ながらにも一つ一つ少しずつでもお役に立てれる善行・功徳となりましたら、亡くなられました皆様への追善供養として回向申し上げたくに存じております。合掌

oujyouin_blog at 10:40|Permalink

2014年06月13日

「お葬式・葬儀に対する拙個人的見解の補足について」

往生院六萬寺 お葬式・葬儀のお申し込みについて
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/7820109.html

下記ページのアドレスを以上のページヘと追記させて頂きました。

「お葬式・葬儀に対する拙個人的見解の補足について」(副住職・川口英俊・2014.6.13)
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/644562be202e5ab9e6208d8f6b7d6b96

お葬式・葬儀に対する拙個人的見解の補足について

現在、拙寺ホームページ(岩瀧山 往生院六萬寺 http://oujyouin.com/ )をリニューアルさせて頂いております中で、「お葬式・葬儀のお申し込みについて」をお読み頂きました方から、お葬式・葬儀に関する導師のご依頼に関することについてのお問い合わせを数件ほど頂いておりまして、少し拙生と致しまして、改めての見解・スタンスをお示しさせて頂いておかなければならない必要性を感じております。

現在のところ、拙寺のお葬式・葬儀のスタンスに関しましては、下記のページのようにお示しをさせて頂いております。

往生院六萬寺 お葬式・葬儀のお申し込みについて
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/7820109.html

また、次に、以前に拙生個人としてのお葬式・葬儀のスタンスにつきましては、下記のページのように簡単にお示しをさせて頂いております。

「お通夜式、お葬儀式の導師についての自省と自戒のために」(川口英俊拝)
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/ef5f6cca53cff32fb5fd1def4d9492e6

そこで、今回は、もう少し拙生個人としての見解とスタンスを更に改めましてお示しをさせて頂きたくに存じておりまして、下記のように少し補足的にまとめさせて頂きました。どうかご理解の程を賜れますように宜しくお願い申し上げます。

・お葬式・葬儀は、仏縁(仏様とのご縁)・法縁(仏法とのご縁)を結ぶための一つの大切で重要な機会であると捉えております。

・宗旨宗派によってお葬式・葬儀の法式・作法・儀礼などが異なっているのは、それぞれにおける仏縁・法縁を結ぶための方法・手段の相違であって、諷誦されるお経などの相違も、それぞれが依拠する仏典の相違によるものと考えており、(やがて悟りへと至るための)仏縁・法縁を結ぶためという基本的な目的については、あまり大差なく変わらないものであるかと存じております。

・生死や肉体の有無に拘らず、確かなる仏縁・法縁を結ぶことを基として、各々の心の連続体、心相続に、菩提心と慈悲心を滋養させていくことにより、悪行を成さずに、善行に精進して、功徳を積むことが求められるものであるかと考えております。お葬式・葬儀もあくまでそのための仏縁、法縁の一つの機会として捉えさせて頂いております。

・むしろ、できれば今の生きているうち、今生にも、できる限りにおいて仏縁、法縁を結ぶ機会を何度も何度もあずかり頂いて、菩提心と慈悲心を繰り返し、繰り返し修習させ続けていくことが望ましいものであると考えております。

・尚、更に望ましいのは、確かなる仏縁、法縁を結ぶことを通じて、智慧(空性の了解)と福徳(善徳・慈悲・利他行)の二資糧を円満に積むことに精進努力して励みて、特に悟りの妨げとなっている煩悩障と所知障を断滅させていけるように調えていくことが必要であると存じております。

・お葬式・葬儀における導師の役割には、確かなる仏縁・法縁を結ばせることができるだけの力量、器量、資格、責任が問われることになるため、慎重にその役割が担えるに足りるのかどうか、適切であるのかどうかが判断されなければならないものであると存じております。また、仏典はもとより、諸師方、お施主様、 ご遺族の皆様方、あるいは必要となれば第三者からも常に評価検証されていくべきものであると考えています。

・よくあるご批判として、「まともに戒律も守れていない者(特に妻帯や様々な俗人的な行いの数々など)が、戒師や導師を務めるのはいかがなものか」とのご指摘は至極その通りであり、常に猛省致すところ大でございます。

・お葬式・葬儀に限らずに、常日頃における仏事、法事などを扱わせて頂くことについても、真にその扱わせて頂くべき力量、器量、資格があるのかどうかが厳しく問われるべきことであると存じております。

・以上ようなことを鑑みさせて頂いて、まだまだのこの浅学菲才の未熟者と致しましては、常に反省と自戒を致すことが多々であり、しっかりと菩提心、慈悲心の滋養へと向けた修習と研鑽を致しつつ、智慧と福徳の二資糧を積むことに精進努力して取り組んでいかなければならないと考えております。そのため、なかなか積極的にお葬式・葬儀をお受けできる立場には至ってはおりませんことにつきまして、どうかご理解とご容赦を賜われましたら有り難くに存じております。何卒にも宜しくお願い申し上げます。

川口英俊 合掌(平成26年6月13日・記)


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2001年01月09日

往生院六萬寺 お寺の方針について

お寺の方針について

当寺は、平安時代より、浄土信仰の寺院・念仏道場として栄えた時期もございましたが、何度も荒廃を繰り返す中、戦後における復興において、臨済宗の単立寺院となりました。

現在、臨済宗を基本的に奉じてはいるものの、お釈迦様(釈尊)、諸尊如来様方の教え(善巧方便)の全般を学び修することによっての確かなる衆生済度の実践へと向けて、特定の宗旨宗派にあまりとらわれることなく、仏法・仏典の全般を扱うことを旨として、初期(テーラワーダ)仏教から大乗仏教、 並びに、チベット仏教、チベット密教に至るまで、お釈迦様(釈尊)、諸尊如来様方
の教えの全てを総合的に、包括的に学び修することを目指しています。

(法人登記目的の項より抜粋・・「相應部増支部等の経典及び諸大乗経を所依として正法を宣布し儀式行事を行い、信者を教化育成し、その他、正法興隆、衆生済度の聖業に精進するこの寺院の目的を達成するための財務その他の業務を行うことを目的とする。」)

また、当寺は、先代の頃より、ゆるやかな信徒制度を採用しており、これまで寄付、護持会費等をお願いしたことは一切なく、これからもお願いすることもありません。
(但し、任意による寄付のお申し出につきましては、有り難くに頂戴をさせて頂きます。仏法興隆、衆生済度の聖業のために使わせて頂きます。)
 
更には、先代の葬式仏教を排するとの遺訓により、お葬式・葬儀につきましては、積極的にお受け致しておりません。このことにつきまして、詳しくは、下記のページをご参照下さいませ。

お葬式・葬儀のお申し込みについて
http://blog.goo.ne.jp/oujyouin/e/5a01f41bfd8a0d3c600d2cca5856a7f9

各ご供養のお申し込みにつきましては、下記のページをご参照下さいませ。

各ご供養の申し込みについて
http://blog.goo.ne.jp/oujyouin/e/9a45cb2737b41e9782cc49a9e7592093

これからも皆様との有り難く、尊いご縁をつむがせて頂きながら、ご仏縁、ご法縁を大切に、確かなる
正法興隆、衆生済度の実践へと向けて、しっかりと菩提心を滋養致して、智慧(空性の了解)と福徳(慈悲・利他・方便行の実践)の二資糧を積むことに研鑽して参りたいと存じております。

どうかこれからも、ご理解とご協力の程を何卒にも宜しくお願い申し上げます。


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