法話
2025年08月16日
「法話 墓じまいについて 令和7年お盆施餓鬼法要における法話内容 映画国宝ロケに関連して 岩瀧山往生院六萬寺」第76回 仏教ミニ法話 2025年8月16日
最近、「墓じまい」のお話が多くあるだけに、やはり皆さんご関心が高く、いつもよりご熱心にお聴き下さいました。ご参考下さいませ。
「法話 墓じまいについて 令和7年お盆施餓鬼法要における法話内容 映画国宝ロケに関連して 岩瀧山往生院六萬寺」第76回 仏教ミニ法話 2025年8月16日
https://youtu.be/Mxijd8La2Is?feature=shared
「墓じまい考」令和7年8月お盆施餓鬼法要・配布資料
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映画「国宝」 これまでのロケ地・往生院六萬寺における関連記事まとめ一覧
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/95514786.html
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往生院六萬寺
http://oujyouin.com/
2025年08月04日
このお盆施餓鬼法要の法話用フリップ
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/95587921.html
お盆の配布資料になります。法話にて補足予定です。
2024年03月25日
令和6年春彼岸法要・法話内容・録画限定公開
2023年08月17日
令和5年お盆お施餓鬼 法話「焼香について」 往生院六萬寺
令和5年お盆お施餓鬼 法話「焼香について」 往生院六萬寺
https://youtu.be/nWMlKZDMDUs 配布資料「 焼香の意義について 」岩瀧山 往生院六萬寺 http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/91078088.html 往生院六萬寺 http://oujyouin.com/
2023年07月26日
「 焼香の意義について 」岩瀧山 往生院六萬寺 令和5年8月・お盆施餓鬼法要 配布資料
「 焼香の意義について 」岩瀧山 往生院六萬寺
令和5年8月・お盆施餓鬼法要 配布資料
岩瀧山 往生院六萬寺 令和5年8月・お盆施餓鬼法要 配布資料
「 焼香の意義について 」
現代における仏教の供養、祭祀儀礼において、実際に自らの行為として行うものとなると、その一番の代表として、「焼香」を挙げることができます。
昔は、共に読経をしたり、お遍路のような講巡り、写経の納経等、後生や故人・先祖への追善のためとして、実際に、様々な仏事、供養、功徳に取り組むことが多くあったものの、今では、そのほとんどが成されることが少なくなりつつあり、焼香(線香)のお供えが、主となって残っているのが現実的なあり方となっています。
特に、葬儀においては、喪家、会葬者共に実際に、自らの行為として具体的に行う主な供養も、焼香となっている次第であります。また、寺院の御本尊へのお参りやお墓へのお参り、お仏壇での供養においても、焼香(線香)、または灯明のお供えがその主なものとなっています。
では、実際に「焼香」の供養とは何か、と聞かれても、あまり理解している方も少ないのではないかと思い、今回、私見も交えながら、いくつかその由来について考えてみたいと思います。
一、場と自分の清め
おおよそ、世間一般、仏教一般としての「焼香」の用例としては、まず「清め」ということのためとなります。どうして焼香で清めとするのかということは、仏教の始まりとなるお釈迦様の時代に、その由来が遡ることになります。
お釈迦様の時代のインドは、当然に日本よりか南に位置しているところ(緯度的に主に活動された王舎城付近は台湾のあたりとなりますでしょうか)にありますから、気候は高温多湿であり、そのような中での生活では、様々な「臭い」もある程度、きつくあったことが想像できます。
そのような中、説法会においては、大勢の人が集まって、お釈迦様の説法を聴くことになります。当然に、人もひしめき合い、色々な「臭い」が更にきつくなるわけです。わざわざ精舎からお出まし頂いて、尊い法をお説き下さるお釈迦様には大変に失礼なことになると考えるわけです。
そこで、その場のきつい「臭い」を和らげて、心地よい香りにて、お迎えし、説法を有り難く頂戴するということで、良い香りを焚き、その場を「清める」ものとして、ある意味で、尊い、高貴な方を迎える作法、習慣として「焼香」が始まったと言えるのであります。
そして、良い香りは、人の心を落ち着かせるという、ある種のアロマテラピー的な効果もあります。普段の煩雑な生活の中で、乱れてある心を落ち着かせて、有り難く尊い教えを頂く前に、煩悩を鎮める「心の清め」としても大切なことになったと考えることができます。
以上のように、神聖となる場の清めと、清らかで尊い教えを頂くための自分の清めとして、「焼香」が習慣化していく中で、定着した供養になったのだと思われるのであります。
また、やがては、香を焚き始めるだけで、お釈迦様がそれを神通力にてお知りになられて、お迎えも来ない早々の内にお出かけになられるようになります。そのことから、焼香すると、お釈迦様にご来迎頂けるということで、如来をお迎えする、現代では、如来の教えである仏法をお迎えするというために、法要の際、読経の前にて、まず焼香を行うということになったのだと考えられます。
ですから、通夜や葬儀、法事においては、まず導師は、三拝しての焼香から作法に入ることになるのでもあります。
二、香食(こうじき)
次に、香食のために行う場合を挙げることができます。
香食とは、そのままで、「香を食べる」ということですが、誰が食べるためかと言うと、亡くなられた方の、次の世界へと生まれるまでの間の存在となります。
人は、亡くなって、肉体の機能を失うと、次の輪廻、次の生まれへと向かう意識が肉体から離れることになります(しばらくは肉体に留まることもあります)。
それは、微細な輪廻を繋ぐ意識となりますが、その意識は普段の意識、肉体に左右されるような意識とは異なっており、死と次の生を繋ぐ意識と考えると良いかとは思います。少し、私たちの概念としてある魂、霊魂とは違うのですが、まあ、似たようなものではあります。
そして、その微細な輪廻を繋ぐ意識も、実は身体を持ちます。意成身、意生身と言われるものです。その身体も7日ごとに死を迎えるとされる不安定なものですが、肉体のように目に見えるものではなく、ある種、影のようなもので、普通、私たちが捉えられるようなものではありません。それは私たちが霊、幽霊と言っているものとは、やや異なるのではありますが、おおよそ似ているとは思います。
その意成身、意生身の状態において食べれるものが、霞(かすみ)、烟(けむり)、香となるのであります。その中で、やはり美味しいものが、良い香木を燃やしての香りである「焼香」となるのであります。
意成身、意生身は、非常に不安定な存在です。その意識も大抵の場合は混乱、混濁して不安定なものとなります。この意識下において、しっかりとその先への悟り、成仏へと向かう仏道が照らされてある功徳、智慧が、今世、過去世で集積されてあるならば、自ずと次の仏道、極楽などの浄土へと安定して向かうものとなりますが、そうでなければ、やはり、不安定な状態としての中有(ちゅうう)、中陰(ちゅういん)となるのであります。
この中有・中陰の状態は、どんなに長くても49日間が最長となります。早ければ、死後すぐにでも次の往生へと向かう場合も、もちろんあります。この中有・中陰においての意成身、意生身の意識・心を安定させて、次の往生へと向けて、落ち着いて向かって頂くために、その餞として召し上がってもらうために行うのが、特に逮夜・通夜での焼香となるのであります。
もちろん、実際に歩いたり、走ったりして、次の世界、浄土へと行くわけではありませんが、お腹が減っては、集中もできず、やる気も、元気も無くなるのは、私たち生身の人間も、意成身、意生身も同じことであります。元気に次へと向かって行って頂くために、そして、清めの時と同じように、アロマテラピー的に心を落ち着けて、これから通夜、葬儀と仏の教えを聴いて、仏弟子となりて、仏道をしっかり歩めていけるように調えて頂くためにも、香を薫じるということになるのであります。通夜・葬儀における「焼香」の意義は、場の清め、自分の清めと共に、香食の意味合いも大切になるということであります。
近年、一般の方は、葬儀会館の備え付けの抹香で焼香することがほとんどとなっていますが、会館によっては、大量に消費するため、安価であったり、化学配合の多い抹香を使用している場合もあることは否めません。
故人への香食、餞別のためとして、個々人で、良い香りのする香木を持参して、焼香するのも良いのではないかと存じます。ある方は、故人が大変に愛でていた木の皮を、焼香にてお供えしたということも。きっと、さぞかし故人は喜ばれたのではないかと存じます。
このように焼香には、香食としてのお供えのあり方があるということも知って頂ければと思います。
三、雲程(うんてい)
さて、次に、焼香における大切な意味合いとして、「雲程」という考え方もあります。
雲程とは、空の一番高いところにある、青く清らかな雲、青雲を「悟り」と例えて、そこへと至る雲の道のりという言葉となります。
雲は、霞、烟と同じようなものとなります。つまり、亡くなった方を悟り、浄土へと送り、導く雲のお供えということであります。立ち上る焼香の烟が、瞬く間に悟り、浄土へと至る雲となるようにとして、清らかな真心の気持ちにてお供えするわけです。
葬儀の際における秉炬(ひんこ)佛事の前に、「山頭念誦(さんとうねんじゅ)」を読みますが、その最後の一節には、「茶、三奠(てん)を傾(かたむ)け、香、一炉に熱※(た)いて、雲程に送り奉りて、聖衆(せいしゅ)を和南(わなん)す」とあります。(※ 熱は、草かんむりがつく)
お茶を三点献じて、香を焚く、というのは、亡くなった方へ惜別の真心を表す場合と、お迎えの聖衆、つまり、来迎の如来、菩薩方へと献じるという場合の二通りが考えられますが、そのあとに「雲程に送り奉りて」とあるように、雲程へと送られる故人を送るのは、導師、喪家、会葬者となるため、亡くなった方へと向けて、お茶と香をお供えするというのが正解となるのではないかと考えます。
ちなみに、お茶を三杯献じるというのは、相手に真心の誠意を示すという意味があり、その昔に、近江・長浜で鷹狩をしていた豊臣秀吉が、休憩の際に寄った寺にて、お茶を所望した際、後の石田三成となる小姓が、一杯目に大きな茶碗にぬるま湯の茶を、二杯目には、ややそれよりも小さな茶碗に少し熱い湯の茶を、そして三杯目には、更に小さな茶碗に熱い湯の茶を出し、そのことに感心した秀吉が、その小姓を召し抱えたというエピソードがあります。石田三成はおそらく、この三杯のことを仏教の故事で学んでいたのであろうと思われるのであります。
そして、香の烟に乗って、雲程(悟り・浄土)へと至れるようにとして、「香、一炉に熱いて」は、私たちが真心、誠意にて故人を送り出すための焼香と考えることができるわけであります。
ここで、最後の「和南(わなん)す」とは、如来・菩薩方を、恭(うやうや)しく称名(念仏)して、敬礼(きょうらい)する、という意味となります。つまり、故人の悟り・浄土への導きを深くお願い申し上げるということであります。
この場面を考えると、つまり、ご来迎で、故人をお迎えに来て下さった如来、菩薩方のお姿が想像できるわけです。ご来迎で乗って来られるのは、もちろん、「雲」となります。つまり、「香、一炉に熱いて、雲程に送り奉りて」とは、故人を浄土へと送り出す「雲」を、まさに私たちの焼香の烟にてお作り申し上げて、故人を送り出すということを示すわけでもあります。
以上のように、「焼香」にはおおよそ三つの大きな意義があると考えることができるのであります。今後の焼香の際の参考になさって頂ければと存じます。合掌
2023年06月15日
8/11-8/15・お盆「おせがき」供養のご案内
初めてご供養ご検討の方は下記をご参照下さいませ。
一、お布施 1件・7千円(施餓鬼塔婆・経木塔婆各ご先祖さまご霊位ご供養)
一、任 意 無縁法界萬霊位供養・水子各霊位供養 お布施・別途各1千円
oujyouin【アットマーク】gmail.com
本年度の法話は「焼香について」を予定しています。
2023年03月24日
令和5年春彼岸・施餓鬼法要・法話「一切唯心造」について
録画配信 法要に参加できなかった方向け ご参考にして下さいませ
期間限定・限定公開となります
https://youtu.be/izRcKSosAkc
2022年03月27日
4/8まで「ロシアのウクライナ侵略とアリの巣コロリ」往生院六萬寺 令和四年春彼岸施餓鬼法要 法話内容録画限定公開
https://youtu.be/8Tz8upw5DMQ
コロナ禍等の事情にて来山できなかった方々へと向けての限定公開
往生院六萬寺
http://oujyouin.com/
2021年02月17日
施餓鬼供養の流れについて(往生院六萬寺)
当寺院にてお施餓鬼の法要にて、ご先祖様のご供養をお勤め頂く際の流れについてご説明して参ります。
まず事前のお申込みが必要です。事前に施餓鬼塔婆をご用意するため。施餓鬼塔婆については下記を参照下さい。
施餓鬼供養・塔婆について(春彼岸・夏お盆の年2回法会開催)
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/85052585.html
次に、期間中(春彼岸一週間・3/17-3/23 夏お盆5日間・8/11-8/15)にご来山頂きまして、寺務所にて受付して順番を取って頂きます。
ご墓所がある場合は、先にご墓所のお参りに行って頂きます。ご墓所の無い方は、ご本堂前のテントの中でお名前が呼ばれるまでお待ち頂きます。
一座、2~4件さまにお入り頂けます。最大で15~20名ほどになります。1件さま、できれば5名まで、できればにて。コロナ対策にてご容赦願います。
お焼香の前にそれぞれお座り頂き、お並び頂きます。また、椅子席も十分にご用意しています。
皆さまがお座り頂いたのを確認して、施餓鬼棚の前にお座り頂いた各家の塔婆を用意しおえて、線香で塔婆を薫じてから、おりんを三つ鳴らして、始まりを知らせます。
順番にお焼香をして頂きますようにお声掛けご案内します。
お経が始まりますので、順番にお焼香ください。
お経は、開甘露門になります。
内容は、下記のページにて詳しく解説させて頂いております。
開甘露門(施餓鬼のお経について)
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/85151234.html
お経が終わりましたら、当山の施餓鬼回向を読み上げます。
施餓鬼回向
「仏身は法界に充満して、普く一切の群生の前に現ず、縁に随い感に赴いて周からずということなし、而も常に此の菩提の座に処したもう。仰ぎ冀わくは洪慈、俯して、照鑑を垂れたまえ。山門今月今日、〇〇氏(〇〇氏・〇〇氏、)施主となりて、謹んで現前の清衆を集め、聖号を称揚し、秘呪を課持し、同音に開甘露門を諷誦す。集むる所の善利は、十方常住の三宝、果海無量の聖賢を讃え、護法の列位、諸天の仙衆、地界水界、大小の明霊、総じては一切の明霊、三界の萬霊、十方の至聖のために祝献す。この善利によって普く用いて回厳し奉る。集むるところの功徳は、〇〇家 〇〇〇〇〇〇之霊位、〇〇〇〇〇〇之霊位、〇〇〇〇〇〇之霊位(・・と全ての霊位を順番に読み上げていく)〇〇家先祖代々の各霊位のためにし奉り、報知を荘厳す。同じく法味を受けもって、仏祖の化門を護り、各々威光を増して災障を除かんことを。専ら祈るらくは、各人多生の父母、歴劫の冤親、一切の幽霊、河沙の餓鬼に資薦し、咸く迷衢を出でて、同じく覚路に登らんことを。十方三世一切の諸仏諸尊菩薩 摩訶薩 摩訶般若波羅蜜。」
回向が終わったら、最後に供養された閼伽水を塔婆に洒水して掛けます。
洒水された塔婆を、配布のしおり(施本)と共に各施主様にお渡しします。
それから、法話となります。
法話は約10分程度になります。お楽にして頂いて、足も崩して頂いて、気軽な感じでお聴き頂きます。
もちろん、各回で法話の内容は異なります。
世情や皆さまの関心に合わせて、毎回工夫して、また、ホワイトボードや事前に書いたフリップなども用いて、分かりやすく丁寧にを心掛けてお話をさせて頂きます。
法話が終わると、退堂して頂きまして、手向け地蔵さま・水かけ地蔵さまのところへと行って頂きまして、そこに塔婆を掛けるところがありますから、そこに塔婆を掛けて頂きまして、水をかけて供養して頂きまして、これで終わりとなります。
塔婆は、一カ月間、水かけ地蔵さまのところにお祀りして供養した後に浄焚いたします。
以上が、当山の施餓鬼供養の流れとなります。ご参考までに。全国どなたでも供養をして頂けます。下記ページを参照して下さいませ。
施餓鬼供養・塔婆について(春彼岸・夏お盆の年2回法会開催)
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/85052585.html
施餓鬼供養の本質について
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/85135519.html
3/17-3/23・春彼岸「おせがき」供養・3/20・彼岸中日「日想観」法要のご案内
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/85003156.html
2019年02月04日
3/18~24・春季彼岸・ご先祖さま施餓鬼ご供養のご案内
お彼岸では、ご先祖さまのご供養と共に、今ある自分の心を見つめ直すことにより、少しでも仏の心へと近づけるように努めて参りたい期間となります。
例年通り、ご本堂にて施餓鬼法要をお勤め申し上げます。
お塔婆を事前にご用意いたしますので、お早めにお申込みの程を宜しくお願い申し上げます。※期間中に来れなくてもご供養お勤めいたします。
(今回の法話も皆さまからご質問を頂く形式の予定です)
一、日時 3月18日~24日・午前8時~午後4時
(※最終日は、午後3時まで)
一、お布施 7千円(施餓鬼塔婆・経木塔婆ご先祖さま各霊位)
一、任 意 水子供養・無縁供養 お布施・各追加1千円
(どうしても供養に恵まれない方々への供養にもなります)
一、彼岸中日「日想観法要」21日・午後5時半~日没(雨天中止)
(参加自由。但し、閉門後のため、お墓参りはできません)
3/21・彼岸中日「日想観・極楽誓願」法要について
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/72883056.html
・・その他の行事・・
2/15 釈尊涅槃会法要 午前9時~ ご本堂
4/8 釈尊降誕会 午前9時~ ご本堂
往生院六萬寺サイト
http://oujyouin.com/
















