2009年05月

2009年05月24日

メディア・パンデミック

 たぶん出るんだろうなと思っていた言葉だけど、もう10日以上も前の時点で、さすがにというか、このかたが使っていました(今度は元祖いまじんさんに教えていただきました。ありがとうございます)。

メディア・パンデミック」(高城剛ブログ 2009年5月11日)

ourplanet_iwamoto at 14:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2009年05月23日

祝・京都大学認定! 私の説は正しかった(笑)。が、

 3日前の記事(この際だから逆にどんどん感染を広めたほうがいい)で「感染どんどん広めたほうがみんな免疫もつくんじゃないの?」ってデタラメ半分に書いたら、山本英司さんから「京都大学も『どんどん感染を広めたほうがいい』と言ってますね(笑)」とのご案内が。ほんとだ!

保健管理センター:新型インフルエンザに関する緊急情報(第2報)

>このインフルエンザに効くワクチンは当分ありません。
>発症してしまった人はちょっと辛いのですが、
>これで免疫を獲得して今後同じタイプのインフルエンザには
>かかりにくくなることが期待できますし、公衆衛生的観点からは
>集団免疫の成立にも貢献することになります。
>賢く行動してやり過ごしましょう。


 ぬははははははは! やはり私の説は正しかった(笑)。

 ……って言ってる端からシャレにならなくなってるのは、昨日は拙宅から中央特快で1駅10分の三鷹で感染者が。俺、今週の初めに武蔵境(三鷹の1駅西隣)の内科に行って来たんだぞ。おいおい(汗)。

ourplanet_iwamoto at 00:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑記 

2009年05月21日

朝日新聞と味の素

 mixiであるかたが朝日新聞朝刊「天声人語」の昨日(5月20日)記事について「こういうのって提灯記事って言うんでしたっけ」と紹介していた。確かに私が見た同日付朝刊(東京本社版)の5頁目には、味の素による全面カラー広告が掲載されている。

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 味にうるさい陶芸家の北大路魯山人は、うしお汁などの魚料理は昆布だしに限ると説いた。かつお節では魚の味が重なり、くどくなるという。昭和初期、割烹(かっぽう)も家庭もまだ昆布を使いこなせずにいた東京の、料理講習会での言だ。
▼京都生まれの食通は、湯の底をさっとくぐらせる引き出し昆布の技も紹介した。それで十分なのだと。昆布とかつお節が織りなす、こまやかだが強い日本の味。本日はある「大革新」から100周年にあたる
▼20世紀初め、同じ京都出身の東京帝大教授池田菊苗(きくなえ)は、昆布だしの「うま味(み)」の正体をグルタミン酸と突き止める。海藻から薬を作っていた鈴木三郎助が商品化を引き受け、1909(明治42)年5月20日に売り出した。「味の素」である
▼東京朝日新聞に出した初の広告は「食料界の大革新」と気張った。これで財をなした会社は、世界的な食品メーカーに成長した。グルタミン酸は調味料や加工食品の多くに含まれ、味の素といえば今や商品より会社名の印象が強い
▼食べ物のおいしさは、欠かせぬアミノ酸を受け取った体からの「感謝のサイン」らしい。甘、酸、塩、苦と並ぶ五つ目の味「umami」は日本で見つかったため、「judo」「manga」のような国際語になった
▼ちなみに、魯山人は味の素を好まなかった。量産が始まった頃、「料理人の傍らに置けば、不精からどうしても過度に使い、その味に災いされる」と嘆いた。不精を「簡便」に替えて読み直す。今日の食生活への浸透を見通した、ほめ言葉に聞こえてくる。
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 この「天声人語」の記事って、もろに広告業界で言うところの「ノンペイド記事」の体裁なんですよね。

「ペイドパブ」というのは、いわゆる広告でありながら記事を模した体裁に仕立てる、いわゆる「タイアップ広告」。

 これに対して「ノンペイド」というのは、純粋な広告をクライアントから出してもらう引き換えに、編集部サイドがそのクライアントについてのヨイショ的な記事を誌面に載せるケースを言います。

 まあ「味の素の100周年」というのはそれなりにニュース価値のある話題だと思うので、「味の素から広告をもらうために朝日がそういう記事を書いた」とは、表向きからだけでは断言できないところです(おそらく同じ日の読売や日経とかにも同じ広告が横並びに載せられていることでしょうし)。

 ただ、天声人語あたりで朝日がそういう「提灯記事と取られかねない」記事を堂々と載せたというのは、ちょっと興味深いですね。朝日新聞って、そういうふうに見られるのを嫌うプライドの高さがあるので。

 あるいは魯山人のエピソードを持ち出して、何やら回りくどい言い回しの記事にしたあたりに「別にこれって味の素の提灯記事じゃねーぞ」って言いたい朝日側の思いもあるのかな? などといろいろ連想を膨らませてしまった次第。

(mixiの日記と同時掲載)

ourplanet_iwamoto at 00:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ジャーナリズム論 

2009年05月20日

この際だから逆にどんどん感染を広めたほうがいい

 あっという間に世界で第何位だかの感染大国になっちゃったんだそうで、本当におめでとうございます!(拍手)

 そういえば月曜日のメディフェスの会合には、いつも顔を出している下村健一さんが「インフルエンザ情勢が刻々動いているため」とのことで急遽欠席になってしまった。何たってマスコミのみなさんは目下「さあ〜いよいよお待ちかね! ここからがお祭りの始まりです!!」状態なのでありましょうな。

 といっても下村さんの場合は例によって、このメディアを含めた「豚インフルエンザ問題」をめぐる狂騒の実態を、突き放した視点から冷静に検証報道しようという姿勢で取り組んでいるようだ。かつての「鳥インフルエンザ問題」の際にも例の浅田農産騒動に対して、マスメディアの世界では稀有ともいえる独自のスタンスから取り組んだ人であるだけに(ここ参照)、これからはたしてどんなレポートを送り出してくれるか期待したいところだ。

 で、そうしたことも踏まえつつ、私とかが言いたくなっちゃうのは、やっぱり表題のようなことなんですよね。いやほんと、感染どんどん広めたほうがみんな免疫もつくんじゃないの? って自分でもなんつー出鱈目だと思うことも敢えていいたくなるくらいに(^ ^;

 だって、ひとたび国内にこういうのが入ってきたら、即座にはどうやったって拡大は防げないってのは、少し冷静に考えりゃ本来誰しもわかることなんです。それと。ここまでの段階でも既に「このインフルエンザに感染した途端に命取り!」ではないこともみんな何となく分かっている。

 だったらむしろ、他のインフルエンザと同様「あ〜何か流行ってるらしいですね〜。ウチもかかっちゃったんですけど、こういう時にはどうすればいいんでしょ?」ぐらいに呑気な対応でも何とかなるもんなんだなって情報を「感染」させるほうがいいんじゃないかと思うんですけど。政府も「冷静な対応を」みたいなことを言ってるみたいだし。

 んで、にも関わらず「なぜマスコミは煽り立てるような報道をするのか?」ってな話になってくわけだけど、でも上記の通りマスコミの世界にだって事象をきちんと伝えていこうとしている人たちはいるわけです。また、私だって「豚インフルエンザ問題」についてマスコミが報じることに公益的な意味が全くないなんて思わない。

 などと書くと「ようするに『視聴率至上主義』だとか『販売部数至上主義』とかいうことをお前は言いたいわけだな?」と決め付けにくる人もいるんだろうけど、でも実はそういう下らん次元よりもっと下らない次元の話なんですよ。つまりは「サラリーマン原理主義」とかいう傍目にはヘタレな(でも当人たちにとっては大問題な)次元の話であってね。

 例えば今をときめく有名人の記者会見の取材となると、その場に集まった報道陣の間で「カメラの位置取り」をめぐって物凄い争いが繰り広げられるわけですよ。テレビで見ている視聴者からすれば「どこも同じ映像を流してるなあ」と呆れるぐらいのものでしかないのに、現場の取材陣は「他局よりも自分たちのほうがいかによいポジションを確保できたか」に血眼になる。なぜなら局のプロデューサーやデスクは映像を見ながら『おい、ライバル局に負けてるじゃねーか!』とかって言ってくる。下らないけれど、現場の人たち(特に若手社員やプロダクションの社員)にはこれが凄いプレッシャーになる。

 でね。さかんに言われる「視聴率」にしても、これが例えば関東一都六県(在京キー局のカバーエリア)で調査世帯が600世帯とかしかない、実に大雑把なものでしかないってことは、放送業界の人ならみんな知ってるんです。ところがテレビ局の内部では、視聴率が9.9%の番組と10.00%の番組の間には「大台を超えたか否か」のやたら明確な(かつ不条理な)価値基準が働く。

 以前に某キー局の人に取材した際に聞いた話だが、十数年前まで、視聴率調査が2社(ビデオリサーチとニールセン)に委ねられていたころには、一方の視聴率データが「10%」なのに他方が「4%」だったりした場合、役員会に呼び出されて「これはどういうことなんだ!?」と説明を求められたんだとか。そのたびに「いや、視聴率調査っていうのはそういう誤差やばらつきが出るもので……」と釈明していたとか。

 そう、実は「視聴率」にしたって物理的なり科学的な根拠なんてやつは、実はないんだよ。ただし、そういう暗黙のあやふやな価値基準をベースに、世の中は動いている。

 だから今回の「豚インフルエンザ」騒動にしても、それが視聴率や部数にどれだけ結びつくかもわからないのにメディアは騒ぐ。まるで騒ぐこと自体が自らのマスメディアとしてのレゾンデートルを保証するのだと言わんばかりに。

 ようするに自分たちの世界で「それがお約束だ」とみんなで暗黙のうちに思い込んでいるルールに則って行動して形を残さない限り、彼らにとっては「仕事をしたこと」にならないのだ。内心ではバカなことをやっているとは思いながらも、いっせいによーいドンでやめたら一体何が起こるかと考えたらとてもおっかなくて口にすら出せないし、だからこそ時たまミスったり「王様は裸だ」みたいなことを言うやつが出てくると、一斉に叩きに掛かるか、あるいはとことん黙殺を決め込むのである。

 繰り返すけど豚インフルエンザについてマスメディアが取り上げることの意味は否定しないし、メディアなりにできることも大いにあると思う。ただ、その「メディアなりに何ができるのか」を考える想像力が、上に書いたようなシステムの中でストップしてしまっている。膨大な量の報道に接しながらも「もったいない」という妙な感想を私が抱いてしまうのも、たぶんそのためだ。

(「岩本太郎ブログ」と同時掲載)

ourplanet_iwamoto at 13:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 事件・事故報道 | ジャーナリズム論

2009年05月18日

めざせ復活!『東京ビデオフェスティバル(TVF)』

 今日も「TOKYOメディフェス2009」の会合でアワプラへ。やはり月曜の朝10時からという設定は少々しんどいものがあり(汗)、10時10分に神保町駅に着くや「にゃんとも」姉御から「いまどこよ?」との呼び出しが携帯に。あるいはモーニングコールのつもりだったか。

 んなわけで眠かったんだけど(- -)今回は先週末の拡大企画会議の報告のほか、現在までの予算案を叩き台にした諸々の検討(しかし白石さんはこういう話になると本当に見事な啖呵でもってどしどし話を進めていくので毎度ながら感心する)のほか、肝心の「会場」の場所確保などの懸案が。

「メディフェス」の会場は開催まで残り4ヶ月となった今なお発表されていない。が、話は着々と進みつつあり(といっても私は何もやってなくて白石さんや「にゃんとも」姉御任せなのだが)、目下ほぼ最終段階の詰めに入っている。

 で、おそらく本決まりになって発表されたら「え、マジにここでやるの?」という街で開催されることになる見込みだ。これは大手マスメディアに対しても結構なアピール材料になるんじゃないかな。ともあれ、まずは乞うご期待。

 そんな会合が昼に終わってからも、引き続きアワプラに。午後から今度は牛頭(ごず)進さんが訪ねてくるというので、白石さんと一緒にお会いすることになったのだ。

 牛頭さんは今春まで日本ビクターが主催する「東京ビデオフェスティバル(TVF)」の事務局長を務めていた。ところが、ビクターの経営難やら身売り話、さらには御他聞に漏れずの世界同時不況による打撃にもとどめを刺される形で、1978年以来の歴史と蓄積を持つTVFも、とうとう今春の第31回をもって幕引きとなってしまったのだ。

 といっても、それはようするに主催元だったビクターが「もうウチではやりません」と宣言して降りたに過ぎないわけでもある。TVFに過去約30年に渡って残された映像のストックは基本的に著作権も全て制作者にあり、ビクターもTVFについての権利を主張しないという。

 一方で長年に渡って審査委員を務めてきた方々、さらには毎回この場を楽しみに作品を応募してきた常連の制作者たちも多く、彼らの間にはある種の同志的な(というか家族的な)つながりすら生まれている。というのも、基本的に「コンテスト」ではなくて「フェスティバル」だったので、互いに「競い合う」というよりも「みんなでこの場に思い思いの作品を出しながら楽しんでいこう!」といったモチベーションに溢れていたのだ。

 そのあたりは、結局やめたといっても当のビクター内部にも、このTVFに対する濃厚な思い入れを持つ社員の人たちがいたからこそ今日まで続いてきたと言える。例えばTVF事務局を務めてきた佐藤実さんは1979年の第1回TVFに、当時通っていた高校の仲間たちと一緒に『走れ!江ノ電』という作品を制作のうえ出品し、見事「ビデオ大賞」に輝いたという人なのだ。その後、社会に出るに際してもビクターを就職先に選び、今日まで裏側の事務方としてTVFを地道に支えてきた。

(なお、TVFの過去の「ビデオ大賞」作品はここで実際に観ることができますのでぜひ御覧をば。『漢字テストのふしぎ』なんて、ある意味プロの人が見ても「完璧だ!」というくらいの凄い作品だよ?)。

 実際、以前からこのTVFの贈賞式をはじめとするイベントに出席するたび、この場に参加しにくる層の厚さに私も毎度驚かされたものだ。

 何しろプロ・アマ問わない無条件参加の映像祭である。その贈賞式ともなると、会場には海外で幾多の紛争地を取材してきた海千山千の外国人ジャーナリストたちと、日本国内各地の中学校や高校で映像制作をしている生徒たち(先生に引率されならが制服姿で大挙して来場)とが懇親会場でごたまぜになって、互いの作品について語り合ったりしているのだ。こんな国際的かつ無差別級バトルロイヤル的な映像祭って他にあるか?

 ともあれ、牛頭さんはそんなTVFの復活に向けて目下駆け回っている。ご自身は既に数年前に定年でビクターを退社し「俺ってアルバイトなんだぜー!」と笑いながらTVFや関連のイベントに携わってきたわけだけど、今回のことで却って一念復帰、あちこちをやったら精力的に駆け回っているようだ。そんなこんなでおそらく近々、TVF絡みで何がしかの表立った動きが出てくるはずなので、ここを御覧のみなさんはぜひ注視してくださいませ! ではでは♪

(「岩本太郎ブログ」と同時掲載)

ourplanet_iwamoto at 23:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)