日本メディア人

2015年04月23日

ドローンはどこから飛んできた?

 どろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん(´д`)

ドローン、21日昼以降に首相官邸侵入か
(News i - TBSの動画ニュースサイト 2015年04月23日18:01)

「『ドローン』が国会記者会館などがある東側から侵入した可能性が高い」のだそうだ。
 何が言いたいんだ?(∀)
 まあ、確かにあそこの屋上から見下ろす首相官邸はまるっきりノーガードだけどね。

 これは去年もここ(「記者クラブ会見には『焼身自殺』はNGでも『泥酔状態』なら参加できるらしい」)に書いたので繰り返しになるのを予めお断わりしとくと、以前に読んだ上杉隆さんの本の中で、日本の某マスメディアの記者が「記者クラブ」主催の会見にフリーランスを入れない理由について尋ねてきた海外マスメディアの記者に対して「その場で焼身自殺を図る者がでたらどうする?」と答えたそうな。

 つまり「クラブ所属の記者」は焼身自殺しないけど「フリーランスの記者」は焼身自殺するとその人は考えていたのだろう。

 同様に彼は今回も「国会記者会所属の記者はドローンは飛ばさないけど、フリーランス記者は飛ばす」と考えているのかもしれない。

 でも、私が国会記者会の記者だったらドローン飛ばすけどな(笑)。もちろんセシウムなんかくっつけないけどね。一応これでも金曜官邸前とか取材しているし、現実に国会記者会の記者ではないし。

 むしろ「ジャーナリズムの使命」云々と騙りつつ政権転覆を狙う国賊記者会にそういうことをさせないためにも、そのうちにまたフリーランスが国会記者会館の屋上に上がらなければならなくなるのかもしれない(´▽`)。

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2015年03月23日

池田信夫さんと上杉隆さんの両方に

@ikedanob @OfficeUesugi 『週刊金曜日』で連載コラム「草の根www.」(1200字程度)の署名筆者をしております。ここで件の裁判について書くつもりですが、ニ審に向けた御二方それぞれの思いをコメントを22日中に戴ければ誌面で紹介します。宜しくご協力のほどを♪

 という書き込みを先ほどfacebookとtwitterでやっておいた。はたして反応があるのかないのかはわからないが、どちらにせよ、私は好きなように書く。

【後記】よく見たら上記に誤記2つ発見。しかも期限を「23日中」と書くべきところを「22日」にしていた(- -;)。わかるとは思うんだけど、それでどちらからも返事が来ないのかな(22日19時現在)。


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2015年02月05日

2015年2月1日

 の朝は前夜からの徹夜明けで迎え、就寝前に……後藤健二さんについての悲報を知った。

 何だろう? こういう仕事をしているからなんだろうか? 胸が潰れるような思いと共に、淡々と受け止めている、そんな二つの思いというか二人の自分がいることを実感しつつ「明日からはどうなっていくんだろう」と思いながら寝床に就いた。

 昼過ぎに起きて都内・練馬区江古田の「ギャラリー古藤」へ。この日が「表現の不自由展」最終日で、14時から「まとめディスカッション」を「幽霊実行委員」の私としても見届けにいかないわけにいかんだろうと思ったのだ。

 案の定、会場ははるかに定員オーバーする超満員。翌日に聞いたところでは、1月18日からの3週間で、一度に40人も入れば満杯になってしまうようなギャラリー古藤に期間中、なんと2700人(主催者発表)もの来場者があったという。私はこの日を含めて3回の日曜日(18日・25日・1日)に顔を出しただけだが、トーク&上映がある日(うち25日は森達也さんの『放送禁止歌』上映後に森さん相手のトークの司会を私が務めた)はいずれも超満員札止めの連続。私も見に行きたかったろくでなし子さんのトーク(27日)や、幻の放送禁止番組『ひとりっ子』上映&岩崎貞明さん(『放送レポート』編集長)トーク、21・25日とアンコール上映も含めて二度開催した『ジョン・ラーベ〜南京のシンドラー』上映&永田浩三さん(武蔵大学教授)トークなどは「もう立ち見でも入れません!」というぐらいの大盛況だったらしい。まあ、ウェブや新聞などでもかなり紹介されたし、読まなくてもどういう形で報じられたかはわかるだろうが『週刊新潮』まで取材に来た(笑)。そんなわけで連日、ボランティアで会場前での「警備」に当たってくれた方も大勢(私の知り合いも含めて)いらしたので、本当にありがたい限りである。

 だが、その最終日にして2月の始まりの朝は、上記の悲痛なニュースから始まってしまった。「まとめディスカッション」の冒頭は、共同代表の岡本有佳さん(編集者)と永田浩三さん(武蔵大学教授/元NHKプロデューサー)による、後藤さんの件についての悔しさと悲しみを滲ませた挨拶から始まった。

 その模様は「表現の不自由展」全体の記録としてまとめられるようだし、ここには書かない。ただ、最後になって客席からある男性が「まとめディスカッション」の進行をめぐって主催者側をなじる発言をいきなり延々と展開し(まあ、こうした集いにはよくある「困ったチャン」的な人ではある。ご自身も「60年代を生きた人間」とか言ってたし、終了後に私も話を聞きに行ったらそれなりに面白いオッチャンだったんだが)、それに耐えかねて、あの温厚な永田さんが憤然と立ち上がって言い返す場面もあった。その後で「先ほどは言葉を荒げてしまって申し訳ありませんでした」としきりに恐縮していた永田さんだが、この日は朝から、十数年来の親交があった後藤さんの件でメディア各社の取材が殺到するのに対応しながら、凄くナーバスな心境になっていたであろうとお察しする。

 私は後藤さんとは直接の面識がなかった(と思う)が、私と知り合いのジャーナリスト、特に映像系や戦場・紛争地取材を手掛けられている方々の中には後藤さんと一緒に仕事したり現場で交友のあったという人が何人もいる(だから、もしかしたら私も集会とかの場で直接お会いしていたかもしれないが、思い出せない)。

 また、私自身も当時はあくまでバックパッカーとしてだったけど、パキスタンからイラン、トルコといったイスラム世界を旅して歩きながら地元の人たちの家にご厄介になったり、アフガン難民の一族の長老とたまたまバスで隣り合わせになった際にあれこれ話した記憶もある。また、3年前にイラクで取材中に銃撃を受けて亡くなった山本美香さんには、生前に一度だけだが雑誌の座談会の席で直接お会いして言葉を交わす機会があった。

 ……って、それだけだけど、でも「袖触れ合うも他生の縁」ではないが、今でもそうした地域での、今回のような事件の報を聞くと、やはり愕然とし、悲痛にくれてしまう。ごめんなさい。理屈では説明できない。でも、それが私の思いなのだ、ここ二十数年来の。

「まとめディスカッション」は15時過ぎには終わったが、その後も実行委員や知り合いの方々と挨拶がてらあれこれ話した後、近くの江古田駅から永田町の官邸前に向かう。

 

 永田町に行ったのは、この日の16時から後藤さんの件を受けて官邸前でサイレントアクションが行なわれると聞いていたからだ。もっとも、私が現場に着いた17時過ぎには既に終了していて周辺にはほとんど人がいなかった。
(※なのでサイレントアクション中の詳しい模様についてはムキンポさんの「哀しみと抗議の官邸前サイレント・アクション」、レイバーネットの「『敵を作らない外交こそが日本人を守る』〜哀しみと抗議のサイレントアクション」などで紹介されていますのでご覧ください)

 てな具合で我ながら何とも間が抜けているんだけど、それでもまだ官邸前に残りながら熱く議論をしていた3人の方々や「ジャーナリスト(?)の知り合いと待ち合わせでやってきたんですが会えなくて」というイギリス人女性にお会いしてあれこれお話を伺った映像が以下↓

■2015年2月1日17時過ぎの官邸前(38分02秒/撮影:岩本太郎)


 しかし、この日の官邸前はこの時期としてはいつもに増して寒風がびゅうびゅうと吹いていて寒かったし、正直私の心も寒かった(- -)。ただ、歩きながら14年前の「9.11」と、翌日に西新宿の高層ビル街をぶらぶらと歩いていた時の思いが、なぜか脳裏には甦っていた。

「表現の不自由展」が終わると共に後藤さんの悲報が伝えられながら始まった2015年2月、そしてもしかしたら後になって「あの日が始まりだった」と言われるかもしれない2月1日。私自身は別に何をやったというわけでもないが、でもこの日に自分が見ていた光景、何人かの人たちと語り合ったことについては、たぶんこの先も忘れることはないだろう。

 後藤さんの件については私なりに思うところを、稿を改めて書こうと思う。

ourplanet_iwamoto at 01:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年11月28日

追悼・大津幸四郎さん

 昨日の深夜0時過ぎ、肺ガンで亡くなられたそうだ。享年80歳。

 今朝に本田孝義さんからのメールで亡くなられたと知り、何とも言えない気持ちになった。かつて小川紳介監督『日本解放戦線・三里塚の夏』『圧殺の森 高崎経済大学闘争の記録』や土本典昭監督“水俣シリーズ”といったドキュメンタリー映画の名作に撮影者として関わり、しかもつい先日、かつて取材した三里塚の人々を四十数年ぶりに訪ねて描いた『三里塚に生きる』を代島治彦さんとの共同監督で制作し、渋谷ユーロスペースでの上映が22日から始まったばかりだった。

 2か月弱前、10月1日の午後3時過ぎに、御自宅に近い都内・赤羽駅前の喫茶店で、私が仕事をしている業界誌『出版人・広告人』11月号に掲載用の大津さんへのインタビューに同席させていただいた。既に80の大台を向かえ、肺が悪いとのことで禁煙コーナーでの取材だったが、近所の御自宅からお一人でいらしたのに加え、取材中も終始にこやかで、しかもご覧の装いからもわかる通り気持ちもお若い方だった。

 仕事先の代表が私を「官邸前の反原発運動やヘイトデモの取材にも関わっている」と紹介してくれたところ、いろいろとアドバイスをいただいた。そのうえで「来週からは台湾での映画祭に行くんですよ」と楽しそうに話していたことから、急いで原稿をまとめねばとしゃかりきになりつつ、翌週にご自宅まで電話したところ「台湾行きはキャンセルになったんです。体調を崩して入院しましたので……」と、娘さんより聞かされた。

 結局、その取材がまさに「ラスト・インタビュー」になってしまった。こういうのは(みんなは「最後に御本人へのインタビューができてよかったね」とか言われそうだけど)本当に辛い。まさに最初で最後、一期一会になってしまった記事を読み返しながら、無念の思いに沈む。

 今はそれ以上の言葉が出てこない。『三里塚に生きる』についてのきちんとした感想も含めてまた改めて書くことにします。まずは謹んで、哀悼の意を表します。

(なお、葬儀は親族のみの密葬で行われ、後日、送る会が開催される予定とのことです)

ourplanet_iwamoto at 23:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年10月13日

現自宅に引っ越して4年目にして初めてやってきたNHK営業マンとの一問一答

 以下のヘタレウヨ話を書いてからようやく仕事に戻ろうとしたら、ドアをノックして「すみませーん、○○(よく聞き取れなかった)ですが」との声。

 んで開けてみたらNHKの営業マンだった(-_-;
 見たところまだ20代の真面目そうな青年。胸に下げたネームプレートを示し、手帳に挟んだ「NHK放送受信料についてのご案内」を示しつつ「こちら引っ越されてきて何年になられますか? まだ受信料契約をいただいていないのですが」と言いつつ手帳を開いて契約用紙に記入を求めてきたので、以下、次のようなやりとりになる。

もう引っ越してきて4年になりますが、NHKの方がここに来られたのはこれが初めてですよ
ああ、本当にすみません。何度かお訪ねしたもののいらっしゃらないことが多かったものですから
だからと言って三連休の真ん中の日の夜ですよ? 普通の人はくつろいでいるし、私は仕事中です。あまりそういう時間に来ていただくなかったと正直思うのですが
すみません
また、私には原稿の受信料制度についての疑問がある。そもそも現行のNHK受信料は税金でも有料放送の対価でもなく『特殊な負担金』という説明をNHKは国会でされていますが、このあり方自体を根本的に見直す必要があるのではないですか? BS視聴料を地上波の制作費に充てたり、ラジオの聴取料は既にとうの昔に廃止されている。こうした整合性のとれない現行制度に基づく受信料を『払ってください』と言われてすぐに「はいわかりました」と言われて契約する気に私はなれない
……
ちなみに私はフリーライターで、以前に放送専門誌にNHKの受信料問題についての疑問を提示する記事も書いています。『岩本太郎』『NHK』で検索すれば出てくるかと思いますし、名刺をお渡ししますので(と、馬鹿だもんで私はこういう時にも自ら自宅の住所や電話番号やメルアドやブログURLまで入った名刺を渡してしまう)、そういった記事もお読みになったうえでご連絡いただいたほうがまだいいかと思います
……
さらに言えば、もう私が言うまでもないことかもしれませんが、昨今のNHK会長や経営委員の方々の発言に対して私は反対の意見を持ちますし、NHKのガバナンスがこのままでいいのかという疑問は拭いきれない。だからそういうところと素直に受信料契約したくないとの思いも率直に言ってあります
わかりました。おっしゃっていただいたことは上にも申し伝えます
ちなみにあなたはさっきノックされた際に『NHKの者ですが』とおっしゃられましたか?
いえ、そこは……」(もごもご口を濁したところを見ると言わなかったらしい)
私「どことは言いませんが(言わなかったけど読売新聞だ)、最近は新聞社さんの勧誘でも『資源回収のボランティアのご案内です』というんでドアを上げて応じたら結局は新聞の勧誘だったということがありましたよ。NHKさんもそれと似たようなことをされるのだとしたら、今ここで私が素直に『いいですよ』と言って契約する気になると思われますか?
すみません
さらに言えば私は先にあなたに名刺を差し上げたのに、あなたは私にネームプレート(文字が小さくて近眼の私には何が書かれているか見えなかった)を示すだけで、名刺はもちろん、契約案内のリーフレットすらもよこさない。他人のところを訪ねる際にはまず自分から名乗って名刺も渡してというのが本来のやり方でしょう? 違いますか?
大変失礼しました。私はこういう者です(と名刺とリーフレットを差し出す)。いただいたご意見は上にもあげたうえ、お書きになられたという記事も読ませていただいたうえで、改めて連絡させていただくということでよろしいでしょうか?
そのほうがいいと思います

 というわけで青年営業マン氏は帰っていった。いただいた名刺を見るとNHKの法人委託スタッフとして新宿の民間会社に勤めているらしい。はたして「上」と言ったところでどこまでの「上」に伝わるのかわからないし、伝わったとしてまた面倒なやりとりに巻き込まれるのかなと思うけど、まあ、場合によってはそちらも記事ネタに使わせていただくことにしようか――ということで仕事に戻る。私にしたって原稿の遅れで編集者の方々にご迷惑をおかけしている身なのでエラそうなことを書ける分際ではないし、たぶんこんなことを書いてるのを読まれてまた起こられるかと思います。すみません……。


ourplanet_iwamoto at 01:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)