2007年06月

2007年06月13日

紀伊半島の山旅 10

5月31日 入之波(しおのは)温泉へ 晴れ 歩行5時間
 朝方、音がするので笛を吹く。まだ薄暗いが、ついでに起きる。竿をもって下流にいく。大きな淵や大きな岩があり、魚が十分に育つ渓相だ。テント場まで釣りあがろう。

 川におりる。右側の石裏で水がゆっくり巻いている。毛バリを水面にのせる。グッと引きこまれる。しまった、合わせ遅れだ。すぐ毛バリに出るとは。

 左の石脇を流す。出ない。さらに流す。さきほどより下まで流す。すばやく出る。合わせ遅れだ。以外と素早い。アマゴを掛けそこなった水面の上を、小さな虫が集まって飛んでいる。

 澄んだ水が緩やかに流れる淵の水面に、毛バリをのせて流れにまかせる。一瞬、毛バリが消える。すかさず合わせる。20cmを超すアマゴが掛かる。

 大岩の間から落ちた水が右の壁と左の岩の間を流れ、手前の岩にぶつかり、左に曲がる。水深のある平瀬のような流れに、身をかがめ岩の陰から水面にそっと毛バリを置く。衝撃があり、24cmはあろう下あごの出た雄のアマゴが掛かる。

 そろそろ飽きてきた。テント場から上流は、水量が減り小型がわずかに毛バリに出る程度だ。昨夕釣った場所に行く。焚き火の跡に、英語の新聞と携帯食料の外箱が燃え残っている。そうだ、魚を焼こう。石を積む。風の吹く方向は、両方とも石積みを開けておく。乾いた杉の枝先、小枝、杉の皮、枝、倒木の順に井げたを組む。ウエストバッグからライターを取り出し、燃え残りの新聞と厚紙に火を付ける。杉の枝先に火が移り、どんどん燃えだす。おき火ができるまでアマゴの串を作ろう。アマゴを袋から出す。9匹いる。20cm前後の良型ぞろいだ。竹がないので、ウツギの枝を削る。アマゴを串に差し、石のまわりに焦げないように立てる。

 煙でいぶされ、遠火で焼かれたアマゴの頭に脂がゆきわたり、目は白く固く、魚体に皺(しわ)ができる。食べごろだ。

 塩はいらない。串を抜き、頭のほうから尾に向かって食べていく。アマゴの骨は柔らかい。口の中で、煙でいぶした皮と脂がのった甘味のある白身が渾然一体になる。7匹食べると満腹だ。残り2匹は家の土産にしよう。家でもう一度頭と尾を焼き、熱燗に入れ、火をつけ蓋をすると、琥珀色のアマゴの酒ができあがる。喉が乾いたので、近くの岩の下から大量に湧きだす水を、携帯食料のアルミ袋ですくって飲む。とろりとして冷たい。

 テントにもどる。川がプールのようになった場所で、水風呂を楽しむ。1週間ぶりだ。あまりの冷たさに初めは身震いする。体がさらっとなり気持ちがよい。タオルでごしごしこする。着ている物を洗濯し、岩に広げて干す。

 日が陰り雲が谷間をおおう。生乾きを着てテントを撤収する。10時半、朝5時からけっこう遊んだ。さあ出発だ。

 下るにつれ、川は落差が少なくなり、広い淵やゆるやかな瀬に変わる。吉野杉と新緑の草木が対岸の斜面をおおう。筏場で小屋を作る人に会う。筏場の由来を聞く。今は水量が少ないが、切り出した杉を筏に組み、せき止めた水といっしょに、大雨のときに一気に流すそうだ。下流にダムができ、筏流しはもう行われなくなったという。

 入之波(しおのは)温泉まで、長い長い道のりだ。ダム湖の脇のアスファルト道を休み休み歩く。ようやく橋が見える。アーチ型の橋がダム湖の上にかかっている。あれを渡れば入之波だ。
                                         (1997年5月)


   紀伊半島の山旅



outdoor_activities|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2007年06月12日

紀伊半島の山旅 9

5月30日 日出ヶ岳(1694m) 快晴 歩行7時間
 昨夜は、上多古川と吉野川本流の出会いで見つけた木の香りのする新築のバス停で泊まる。10時過ぎ、柏木のはずれのバス停から大台ヶ原行きのバスに乗る。

 大台ヶ原駐車場から日出ヶ岳に向かう。長靴で歩いているので、行楽者が好奇の目を向ける。山頂の表示板に、日本一の豪雨地帯と書かれている。雨を覚悟していたが、すばらしく晴れわたり、周囲がよく見える。

 大台ヶ原からいよいよ下山だ。吉野川の支流である本沢川沿いの道を筏場(いかだば)に向かう。入り口に看板が二つある。クマとカモシカの生息が絵入りで紹介されている。もう一つは登山禁止と書かれている。理由は通行困難とある。下山禁止ではないので、進むことにする。

 谷沿いの急な斜面に、石が谷底のほうから丁寧に積まれ、平坦な歩きやすい道ができている。伯母子峠の道、柏木道、筏場への道、いずれも落差の少ない距離の長い道だ。歴史を感じさせる。ところどころ石が崩壊し、谷に落ちないよう注意して歩く。それにしても、石積みの技術はすごい。鉄の橋が落ちたり、石を入れた補修用の針金かごが崩れ落ちているが、苔むした石積みの道はほとんどがが健在である。

 いくつもの倒木にはばまれ、釜ノ公谷に掛かる吊り橋にようやくたどり着く。18時だが、テントを張る場所がない。道をもどり、植林の中の急な斜面を川に下る。上流はすぐ水がなくなり、左から支流が出会う。川原は平地がない。植林の中は薄暗く気がすすまない。もうすぐ日が暮れるので、泊まる場所が心配だ。

 ふと見ると、数匹のアマゴが淵の中を泳いでいる。淵の開きでは、アマゴが水面で虫を食べている。すぐさまザックを置き、竿を取り出す。斜め上流から毛バリを水面にのせる。流れが弱く、毛バリの近くまで来て逃げてしまう。こちらの姿が見え、毛バリもニセモノと見やぶられたようだ。淵への落ち込みが大きな石にせばめられ、ゆっくり流れる水面に毛バリを送り込む。とたんに、石の陰からアマゴが飛びつく。ググーッと竿が引き込まれる。すかさず竿を上げる。20cmを超すアマゴだ。

 下流で2尾追加する。薄暗くなり、急いで川から上の道にもどる。つり橋を過ぎ少し下ると、道のすぐ横に川原がある。ここしかない。急いでテントを張る。18時半を過ぎている。あたりを釣るが、小さい。暗くなったのでやめる。レジ袋から魚を取り出し、コッヘルに移す。動物が来ては困るので、袋は川の中に埋めておこう。

 テントの中でアマゴを食べながら飲んでいると、すぐさま動物がやって来た。さきほど、袋を埋めたあたりだ。クマだと困るので、笛を吹く。今回のために母が買ってきてくれたホイッスルが役に立つ。どうやら行ったようだ。


   紀伊半島の山旅



outdoor_activities|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2007年06月11日

紀伊半島の山旅 8

 柏木への道を下る。伯母子覗きで恐る恐る下をのぞいてみる。断崖絶壁だ。小学校の遠足の記念として、木に取り付けられた板に子供の名前が書かれている。

 落差の少ない平坦な道はいつまでも続き、17時ごろようやく柏木と上谷(うえたに)の分岐に着く。日が暮れる前に下山したいので、柏木まで遠回りになるが近いほうの上谷に下る。

 霧雨の中、川の音が聞こえてくる。落差のある沢だ。橋の上からのぞくと魚が見える。川に降り、毛バリのついた糸を竿に付ける。川幅は約5mある。下流に小さな落ち込みがあり、その横の水面に毛バリを置く。すかさず魚が出る。合わせ遅れる。身を低くし、流れが曲がり、流速の落ちた水面に毛バリをのせる。バシャッと毛バリをくわえる。20cmのアマゴが掛かる。

 1匹追加し、橋の上流に向かう。大岩の間を、淵からあふれ出た水が右のほうから左に流れ落ちる。水がもう少しで落ちようとする淵尻のあたりに、黒っぽい魚が水中でゆらゆらしている。手前にある大岩の陰あたりで、流れがゆるやかになっている。水面に毛バリをのせる。瞬間、グググッと竿先がしなう。すかさず合わせる。イワナだ。20cmくらいある。東京や神奈川にいるイワナと特に変わりはない。ここは、川原樋川よりは20Kmほど北になる。イワナが生息する世界の南限に近い。ついに紀伊半島のイワナを釣る。

 大きな淵がある。毛バリを流すが魚は出てこない。毛バリを左側から右に引き、水面に弧を描く。そのまま続けて右に引くと、大型のアマゴが追いかけてくる。ガシッと毛バリをくわえる。かかった。しかし、ハリの掛かりが浅く、身をくねらせ逃げてしまう。25cmはあった。

 100mくらいの間を30分で、イワナ1匹とアマゴ5匹を釣る。今夜は久しぶりに魚が食べられる。

 暗くなった車道を川に沿って下る。上多古(かみたこ)の集落で、呪文のような声が響く。そうか、ここは行者の集落なんだと納得する。少し行くと、橋の入り口に通夜の案内がでている。坊さんの声だったのだ。大峰の山旅は、釈迦に始まりお経で終わる。


   紀伊半島の山旅



outdoor_activities|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2007年06月09日

紀伊半島の山旅 7

5月29日 山上ヶ岳(1719m) 晴れ一時雨 歩行12時間
 朝がた外に出ると、風は強いが晴れている。しかし、南西の弥山の空は雲でおおわれ、このまま行くか、釣りをするか迷う。7時半を過ぎ、進むことにする。行者ヶ岳は登らず、先を急ぐ。鎖や梯子が設置された七曜ヶ岳(しちようがたけ)を通過する。

 おにぎりを四つ並べたような山が見える。手前から特大・大・中・小となっている。雨雲が後ろから追いかけてくる。一番大きなおにぎりの大普賢岳(だいふげんだけ)の山頂に着く。軽装の若い男女が座っている。和佐又から来たようだ。眺めはよいが、雨雲はすぐそこまで迫っている。急ごう。山頂のすぐ下に和佐又への分岐路が見つかる。

 大普賢岳から大台ヶ原に行くには、尾根をそのまま進むか、いったん和佐又に下り、登りなおし伯母峰峠に向かう経路がある。しかし、大台ヶ原一帯はキャンプ禁止であることが停滞日にわかった。分岐を通過し、山上ヶ岳に続く道を進む。

 二つ目のおにぎりの小普賢岳を通過する。残雪の下りで、ついに雨になる。しとしとと降る雨の中を、雨具をつけずにひたすら歩く。着替えはあるし、まあいいか。大きな岩の下で一息入れる。雨はあまり落ちてこない。シカの糞があり、動物の臭いがする。あたりが明るく、鳥が鳴いているので晴れるかもしれない。出発しよう。

 すぐに、キャンプにもってこいの平坦な場所に着く。スズランのような葉の植物が群生している。アイヌネギだ。子供のとき釧路で、山から採ってきてよく食べた。奥尻島の放浪では、あてにしていたイワナやヤマメが釣れず、昼食のかわりに生で食べたものだ。本州ではギョウジャニンニクというが、まさに行者の道に生えている。アイヌのネギ、行者のニンニク、わかりやすい名前だ。

 山上ヶ岳(大峰山)と柏木の分岐に着く。女人結界門があり、女性は入ってはならないと書いてある。
       この霊山大峯山の掟は
       宗教的伝統に従って女性が
       この門より向こうへ登る事を
       禁止します。  大峯山寺

 ザックを置き、大峰最後の地である山上ヶ岳に向かう。荷物がないので、走ったり速足で歩く。水場があり、小屋が新しい。行者が滞在する場所のようだ。斜面に石が積まれ、野営場所がいくつも作られている。

 霧の合間に大峰山の建物が見える。近いと思うが、なかなか着かない。山の斜面につけられた道に、発砲スチロールでできたラーメンどんぶりの容器が落ちている。拾おうとするが、なんとなくやめる。白い袋がまた落ちている。もうすぐ大峰の山寺だが、右斜面に木造の厠がそのまま落ちている。缶などのゴミが山ほど斜面に捨てられている。山上ヶ岳の山上は、ゴミの山の惨状だ。

 これが奥駆けの結末か。気をとりなおし、建物の横から山頂に向かう。大石が祀られている。少しもどり、広い草地に立つと、霧の漂う山々に明るい日が差し、みるみる霧が晴れていく。傾いた行者ケ岳、歩いて来た尾根、濃青色の山並みがしだいに淡く眺望の彼方まで続いている。穏やかで静かだ。


   紀伊半島の山旅



outdoor_activities|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2007年06月08日

紀伊半島の山旅 6

5月27日 風雨 停滞
 昨夕の食事のあと、嵐になる。水の残りは1リットルだ。雨と風のため進むことができない。携帯食料を半分食べ、水を一口だけ飲む。テントの入口の下から、動物の臭いがする。シカがまたやって来る。笛を吹き追い払う。シカにはすまない。テントの中で、地図を見て過ごす。夕方、パックの米をそのまま食べる。ウイスキーの水割りをほんの少し飲む。

5月28日 八剣山(1914m) 快晴 歩行8時間
 テントの外に出てみる。もう雨も風も終わった。静寂のなか、朝日がのぼる。さあ、再開だ。魔法びんに湯を詰め、雑炊を作る。テントを撤収し、残りの水で歯をみがく。テント場を片づけ、出発する。

 道の横のゆるやかな斜面に、灰色のシカが、黒い大きな目を開けたまま倒れている。生き返って今にも歩きだしそうだ。嵐の中で力つきたのだろう。テント場でねぐらを追われたシカなのだろうか。台風直後に、九州の韓国岳(からくにだけ)から霧島山へ縦走したとき、霧島山の途中で子ジカが死んでいたことを思いだす。

 3人が休憩している。ようやく人に会えたので話しかける。よく見ると、同行したことがある山岳部の女性たちだ。きのうは、弥山(みせん)のキャンプ場でビール買い、宴会をしていたという。この先の水場について聞く。弥山の小屋で水がもらえ、行者ヶ岳の小屋は雨で水が出始めたことがわかる。

 残雪の林を抜け、八剣山の山頂に立つ。すぐ向かいに弥山の小屋が見える。小屋でビールを買おう。

 行者ヶ岳に向かい弥山を下る。3人の話では、明日はまた天気がくずれるそうだ。日差しが強く、Tシャツで登ってくる人が多い。軽装備なので、林道のトンネルの所から来たようだ。

 きのう、水をほとんど飲まなかったためか、力がでない。木陰で何度も休む。行者小屋はまだか。クマの冬ごもりに適した木の穴がたくさんある。松の下のほうがかじられ、皮がむけている。クマの仕業のようでもあり、シカが食べたようでもある。クマの爪跡を見つける。今日は小屋泊まりなので安心だ。

 小屋に着く。誰もいない。荷をおろし、水を汲みに行く。ちょろちょろ流れている。ペットボトルに入れにくいので、ウェストバッグから二つ折りの伸縮自在ストローを取り出し、岩の隙間にセットする。ストローの先から水が流れ出る。ビール缶の側面を切った長方形のアルミ板が石の陰に置いてある。半分に折り、岩の割れ目に入れると、ストローよりも勢いよく流れ落ちる。アルミの薄板は、柔らかいので岩の形になじみやすい。

 関西弁のグループがやって来る。小屋の外で円座になり話をしている。小屋の外に出ると、丸い大きな夕日が目にはいる。

 夜、外で宴会をしているグループの女性が、ヘールボップ彗星が見えると言っている。あした雨なら、荷物を置いて釣りに行こう。


   紀伊半島の山旅



outdoor_activities|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2007年06月07日

紀伊半島の山旅 5

5月26日 釈迦ヶ岳(1799m) 快晴 夕方くずれる 歩行7.5時間
 早朝、テントから出ると、バス停上の石垣から奥さんが顔を出し、寒くなかったかと聞かれる。暑いくらいでしたと答える。6時半過ぎに石垣の家のご主人が、弁当を片手に下りてくる。天気予報では午後から崩れるという。地図で水場と危険地帯をご主人に確認する。釈迦ヶ岳を通過したところが危ないという。雨が降ると、狭まった箇所と岩場の下りが悪いらしい。

 ライトバンが止まる。前日と同じように杣人(そまびと)は4人だ。運転手は若者で、お年寄りの方は、前日の人と似ている。話をすると朴訥だが温かさが伝わってくる。曲がりくねった狭い林道を車はぎりぎりで走る。左側の座席から下をのぞくと、あまりにも谷が深く、思わず顔を引っ込める。一度、車が岩の面をこする。ダムの湖面と急斜面に生える木々のコントラストに見とれる。紅葉はきれいだろう。日本の山をずいぶん歩いているが、このように素晴らしいところは少ないというと、そんなもんかとそっけない。あれが釈迦、あそこに見えるのが七面山(しちめんざん)と教えてくれる。七面山という名前は、どの方向から見ても形が同じことによるそうだ。

 一帯は、車の人たちが植林したという。急斜面も含めヒノキやスギがまっすぐ育っている。間伐をする仕事場は登山口の手前だが、お年寄りとご主人が、登山口まで送るようにと運転する若者に言ってくださる。ご主人は、同じような天気の日に釈迦ヶ岳に行き、あっというまに空が雲におおわれたという。少しでも早く釈迦ヶ岳を通過できるようにと配慮してのことだ。単独行といえど、多くの人たちのおかげで、こうして山を歩くことができる。別れぎわ、親切な十津川村の人たちに、こころからお礼をいう。

 稜線に出ると、草原にオバイケソウが生え、朽ちた大木が横たわる。わずかの踏み跡をたどり、斜め右に見える釈迦ケ岳を目指す。2人の登山者が追い抜いていく。途中の水場で荷をおろす。携帯食料を食べ、からになったアルミの袋を裏返してコップを作る。ちょろちょろと流れる水をコップに満たす。水が喉に冷たい。危険箇所の通過に備え、荷を軽くするためペットボトルに水を汲まずに進む。

 ようやく山頂に立つ。見上げるほど大きな、青銅でできたお釈迦様が立っている。晴れわたり、前鬼(ぜんき)の尾根やこれから向かう孔雀岳(くじゃくだけ)が見える。体が冷える前に難所を通過しよう。ザックをおろし、準備運動をする。お釈迦様に行く先の無事をお願いする。

 さあ出発だ。急な斜面を下る。足元が切れ落ちた狭い尾根を通過し、鎖のついた岩場を後ろ向きに降りる。大きな岩が幾つも行く手をさえぎるが、道はその下を巻く。危険な場所はどこだろう。そうこうするうち、孔雀岳と書かれた標識の所に着く。あっけない。危険と感じるのは慣れの問題のようだ。ただ、危険そのものは変わらないので、油断をしないようにしよう。

 孔雀岳の直下に、烏の水という水場が地図にのっている。なるほどカラスが飛んでいる。標識の下の斜面を探す。しかし水場は見つからない。水場はこの先、八剣山を過ぎた弥山(みせん)までない。水がないと、野営と明日からの行動に支障をきたす。魔法びんの湯は400ミリリットルある。地図と現在位置を見くらべる。標識の上には行者の御札が置かれている。下は断崖だ。そうか、ここは孔雀覗の場所だ。クジャクのぞきで、カラスに惑わされてしまう。標識はこの先の孔雀岳から誰かが持ってきたのだろう。

 残雪を踏み進み、ようやく水場に着く。2リットルのペットボトルに水を満たすあいだ、携帯食料を食べ湯を飲む。地図を広げ、野営地を考える。行者のための宿坊跡が2箇所ある。この間が馬の鞍のような鞍部になっている。この鞍部の上がよさそうだ。

 最初の宿坊跡は小屋が半分残っているが、汚いので通過する。風が強い。尾根を少し下った所が平坦だ。向かいが高くなっていて、風はあまり当たらない。上がってみると、動物の臭いがする。この先よさそうな場所はないようだ。

 倒木が腐って散乱するオバイケソウの草地に、テントを張ることにする。近くでシカが鳴く。風が強くなってくる。2本の立木の根元に?形の木ネジを回しこみ、ひもを張ってテントを補強する。倒木を集め、立ち木を利用して船の先端の形に積み上げる。風を分断してテントを守るためだ。地面に赤いダニを見つける。ここはシカの休息場所のようだ。寝袋と靴下をテントにかけて干し、中に入る。テントの外でシカが鳴く。顔を出して探すがいない。雨が降りだす。紅の空に灰色の雲が流れる。

 ザー、バタバタバタ。風雨が、あいだをおいてやってくる。遠くでゴーッという音がする。それがしだいに近づく。ゴォーゴォー。ジェット機が幾つも飛んでいるようだ。テントが風をはらむ。思わず床を押さえる。どうかテントが飛ばされませんように。ロープがあれば、立木と体をつなぎたいところだ。すぐ横でシカがキーンと鳴く。荒れ狂う風と雨の中、もう3時間も歌を歌い続けている。まどろむと、亡くなった山の友人たちが現れては消える。ゴォーゴォー、ザザザザザー。


   紀伊半島の山旅



outdoor_activities|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2007年06月06日

紀伊半島の山旅 4

 川岸にザックを置き、竿を取りだす。竿先に糸をつけ、毛バリを結ぶ。プールのような長さ10数mの淵があり、かっこうの場所をなしている。淵のなかほど左側で、流れが遅くなっている。水面に毛バリのせて流す。フーと息を吐きながら待つ。魚は出ない。毛バリを左から右に引き、魚の気をひく。だが出ない。つぎは水にまかせて流す。バシャッと魚がはねる。あわせ遅れだ。数分待ち、ふたたび毛バリを流す。水中で銀色の魚体が光る。しかし、それまでだ。今度は流れの右側の水面に毛バリをのせる。1、2、… 魚が水面に顔を出し、反転して毛バリをくわえる。瞬間、合わせが効き魚が宙に舞う。18cmほどの赤い斑点のある肥えたアマゴだ。水温が低いのか魚の出がわるい。水深は1mくらいだし、汗ばむほどの明るい日差しだ。一投目の毛バリに、アマゴが飛びついてもよさそうなものだ。

 青く澄んだ淵がある。毛バリを流すが、魚が出ない。左にある大石の陰から毛バリを右に引く。ボコッと音がして、アマゴが毛バリをくわえる。すかさず右手が反応する。竿がギュンと鳴り、22cmほどのアマゴが掛かる。それにしても、この場所なら一回目で出てもよさそうなものだ。

 上流に、餌釣りをする親子を見つける。場が荒れていたのだ。石が少し濡れていたが、先行者がいるとはうかつだった。あきらめて竿をしまう。川の横の踏み跡をもどると、車が2台止まっている。ザックを置いた場所まで釣りあがる。もう1匹追加し、3匹になる。新聞紙に包み、レジ袋に入れてザックにしまう。

 昼過ぎの日差しは強く、くねくねとした林道歩きはいつまでも続く。流れ落ちる水で長靴を冷やしたり、材木に腰かけて靴下を乾かしたりしながら、15時にようやく三田谷に着く。

 十津川本流は思っていたほど水に勢いがない。トンネルを抜けると、5万分の1の地図どおり学校がある。道路に面した雑貨店があり、自動販売機が置かれている。100パーセント果汁のオレンジジュースを買い、一気に飲みほす。椅子にすわり、2本目を飲む。

 店の主人が話しかけてくる。若いころ、銀座の高級クラブでボーイをしていたという。上西旅籠についてたずねると、水は竹の樋(とい)を使って、沢から引いたのではないかという。主人は学生のころ、高野山の寮に入っていた。金がなくなったので、高野山から尾根道を通り伯母子峠を下り、胸まで雪につかって十津川の家にたどり着いた。両親はたいそう怒ったという。下流に風谷ダムができたので、淵が土砂で埋まった。昭和のころの黒だかりの釣り人はもう見られない、とさびしそうに話す。

 主人に今日の宿を聞かれ、行けるところまで歩き野宿すると答える。もうバスもないし、車が来たら乗せてもらうといい、といわれる。釣り人の車と、木材運搬トラックが通り過ぎる。乗せてもらうことに、なんとなく気が進まない。主人と話をしていると、山仕事の人たちが乗った箱型の車がやって来る。主人が車を止め、乗せてやってほしいと頼んでくれる。親切な主人にお礼をいい、車に乗せていただく。

 細井谷で伐採作業をしていた人たちかもしれない。イタドリを持っていたので食べ方を聞く。この辺ではゴンパチというが、漢字はわからないという。うでて皮をむき、水に一晩さらして調理するそうだ。

 風谷大橋を渡り、川津まで乗せていただく。最終バスが15分ほどで来る。ついている。旭橋で下車する。水を確保し野営に備える。17時半を過ぎる。テントを張る場所を探し歩いていると、釈迦ケ岳方面の中谷(なかたに)行きの最終バスが50分にでることがわかる。またまた、ついている。

 中谷終点のバス停に着き、うす暗くなる前になんとかテントを組み立てる。人がきて、焚き火に注意するようにいわれる。焚き火はしないと伝える。行き先を聞かれ、釈迦ヶ岳から大台ヶ原まで歩くというと、翌朝6時半にここで待つようにいわれる。山仕事で釈迦ケ岳の方に行くので、車に乗せてくれるという。細井谷から釈迦ケ岳の登山口まで、まる1日かけて歩く予定だったので大助かりだ。親切な十津川の人たちのおかげで、幸運が重なる。暮れゆくテントの中で、ビールと日本酒を飲みつつ、たっぷりと脂が浮いたアマゴの鍋に箸がすすむ。


   紀伊半島の山旅



outdoor_activities|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2007年06月05日

紀伊半島の山旅 3

5月25日 伯母子岳(1344m) 快晴 歩行8時間
 昨夜は寒かった。テントから出てみると霜が降りている。標高は約1300mだ。風もあったので、下界より寒いのは当然だ。13×0.6=7.8 度低いことになる。今日もよい天気になりそうだ。

 魔法びんに湯を入れる。荷を軽くするため、重いパック米を雑炊にして食べる。すぐにテントを撤収する。道は平坦でなくなるため、自転車用のゴムひもでサブザックをザックにくくりつける。伯母子岳を目指して、さあ出発だ。

 カヤ場を下り、山を左に巻く。伯母子岳と思っていたが違う。尾根の右側(南面)は十津川で、深い緑色の植林だ。左側は、葉が落ちた薄灰色の木々からなる自然林で、キリクチがいるという川原樋川が流れる。しかし、谷が深いので川は見えない。支流になる窪みが尾根からいくつも派生し、渓魚にとってよい環境のようだ。

 山をもう一つ左に巻き、さらに進むとようやく伯母子岳が見えてきた。道が分岐している。左が川原樋川の大股に通じる。山頂へに向かう尾根道を登る。ほどなく山頂に立つ。開けていて四方八方が見渡せる。尾根を逆にたどると、はるかに護摩壇山が見える。

 山頂から伯母子峠に下る。できてまもない小屋がある。伯母子峠は大股と十津川村の三田谷を結ぶ要所である。小屋に入ってみる。三田谷側へ少し下ると水があることがわかる。小屋を起点に三とおりの行動がとれる。このまま尾根を縦走し、風谷(ふうや)ダムに下り、支流で釣りをすべきか。左側の大股に下り、釣りをしたあと、登り返して小屋で泊まるか。右側の十津川に下り、途中で釣りをするか。

 尾根道は、藪こぎが予想される。木が道をおおっていて、伯母子岳からは踏み跡が見えなかった。釈迦ケ岳への最短経路だが危ないと判断する。川原樋川のキリクチか十津川のアマゴ釣りか。体調がいまいちで、川との往復も大変なので、十津川に下ることにする。

 道は広く、でこぼこが少なく歩きやすい。10分ほどで水場を通過する。しばらく行くと、崖くずれで道がなくなっている。だが、人が通ったような跡がある。枝で杖をつくる。滑り落ちないように杖をつき、足がかりをつけながら慎重に崖を横ぎる。崖は20mもあったであろうか。他の人のために杖を残す。

 歩きはじめると、またしても崖くずれで道が寸断されている。杖を取りにもどる。幅は5mくらいだが、一枚岩に土がかろうじてついている。松の根が横にのび、その下から崩れている。3分の1ほど行き、杖を捨てる。両方の手の平を上に向け、松の根を逆手でつかみ、蟹の横ばいをする。ザックをつけた背中は谷側に反っている。半分を過ぎ、先に出ている左足の下が崩れだす。松の根は枯れ、土がこぼれてくる。じっとしていると滑り落ちるので、思い切って走る。ひやっとしたが、渡り終えてほっとする。

 ミツバツツジの咲く昔からの峠道は気持ちがよい。高度計と地図を見ながら、細井谷への分岐に注意する。この辺だと思うが、分岐が見つからない。石積みの跡があり、立木に旅籠・上谷(うえたに)跡と表示がある。「上」の字の下には「飢」とも書いてある。水場はないし、こんな所に旅籠をよく建てたものだ。

 旅籠跡地の奥に分岐が見つかる。暗い植林帯を進む。小動物が小道を横ぎる。また土砂がくずれている。今度は、工事現場で使っている黄色と黒の虎縄が張ってある。体をかがめ、虎縄をつかみながら通過する。チェーンソーが鳴り響く。頭上の斜面で作業をしているようだ。歩き飽きたころ、ようやく細井谷にでる。高度差800mを下ったことになる。


   紀伊半島の山旅



outdoor_activities|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2007年06月04日

紀伊半島の山旅 2

5月24日 護摩壇山(1372m) 快晴 風強し 歩行4時間
 夜行バスは、予定より30分早く王子駅に着く。時刻表を見ると、7時4分に橋本行きの電車がある。急いで切符を買い、乗りこむ。寝不足もあり肌寒いので、新しい雨具を着る。Tシャツの上に薄手のフリース(毛布のような化繊着)を着ているが、厚手にすべきだった。まあしかし、そのうち寒さにも慣れるだろう。

 極楽橋まで走り、高野山行きのロープウェイに乗る。斜面にヤマブキが咲いている。高野山からバスに乗りかえる。高野龍神スカイラインを通り、11時に護摩壇山に着く。15時に到着する予定が4時間も短縮になる。ここで野宿しようと思っていたが、伯母子岳に向かって歩くことができる。その前に、護摩壇山に登ってこよう。護摩をたく井げたを積み重ねたような観光店があり、その横から歩く。トリが鳴いている。30分で山頂に立つ。360度の展望だ。青い山なみが広がる。伯母子岳への尾根道を確かめる。伯母子岳南面の十津川源流域は秘境といわれていたが、伐採が進み茶色の地肌が見え痛々しい。

 お握りを二つ食べ、新築のトイレで歯をみがく。さあ出発だ。15キロのザックを背中に、3キロあるサブザックを胸のほうにかつぐ。5万分の1の地図を見ながらスカイラインをもどり、伯母子岳への分岐路に入る。じゃり道を、ジープがやって来る。車が通ることがわかり、なんとなく安心する。平坦な道を、クマよけのため歌いながら歩く。右に護摩壇山が見える。

 日ざしが強く、荷が肩に食いこむ。分岐に来る。右手の道路は十津川へ下ってしまう。左手の尾根道を進む。道幅は広く、整備され歩きやすい。風が強い。夕方なので日が陰ってくる。今日中に伯母子岳を越えることは不可能だ。野営地は道のどこかにしよう。小さな上り下りを繰りかえし進む。前方の道を犬のような茶色の動物が横切る。オオカミだろうか。太い尾の先が白かったのでキツネということにしておこう。人に会わない。峠のようにへこんだ鞍部(あんぶ)は、クマが乗っ越すという。テントは尾根の背の部分に張ることにしよう。

 3時過ぎに適地が見つかる。平坦な道に落ち葉がたまり、片側が小高いため風が当たりにくい。日がさしてきて、伯母子岳方面の眺めがよい。

 テントの中で、家で焼いてきた小アジの開きを肴に、ウィスキーのお湯割りを飲む。テントが風にばたつく。前開きのフリースを着込み、寝袋に入る。

 枕元で動物の吐息がする。金縛りにあったように、体が動かない。声がでない。テントを隔てた暗闇の中に何かがいる。ようやく声がでる。「ウォッ ウォッ」とか「コラー」といっていると、いつしかいなくなる。


   紀伊半島の山旅



outdoor_activities|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2007年06月02日

紀伊半島の山旅 1

 4月末から5月の連休にかけ、紀伊半島の山域を初めて歩くことにした。和歌山県の護摩壇山(ごまだんざん)から伯母子岳(おばこだけ)を経由し、大峰山脈を釈迦ケ岳−八剣山−山上ヶ岳と縦走し、最後に大台ヶ原の日出ヶ岳(ひでがたけ)を登る予定だ。紀伊半島の核心部を和歌山・奈良・三重県と、西から東にかけ、3分の2を歩く。大峰山脈では、奥駈けといわれる行者の修行路を歩き、女人禁制の山上ヶ岳(大峰山)にむかう。大台ヶ原は車で行けるため、観光地と聞いている。雨が多い山域なので、ゴアッテックスの雨具をあらたに買う。

  紀伊半島の山旅_地図

 伯母子岳北面の川にはキリクチという世界最南端のイワナが生息している。支流の切口谷のイワナは森林開発で滅んだそうだが、源流域では保護されているらしい。ついでながら、世界最西端のイワナは山口県の錦川(にしきがわ)となっている。台湾には石斑魚というイワナに似た渓魚がいる可能性が、日本におけるテンカラ(毛バリ釣り)の教祖、故・山本素石(そせき)氏の『西日本の山釣り』に載っている。台湾の石斑魚(海にいるハタの仲間とは別)は未発見のため、幻のイワナである。そのようなわけで、伯母子岳周辺の川で釣りをしてみたい。素石氏の『秘渓の釣り』という15年以上前の本を取り出し、地図と見比べキリクチに思いをはせる。

 登山と山釣りという二兎を追う計画だが、縦走に重点をおき、登山または下山の途中で釣りを行うことにする。4月24日の夜行バスで奈良県に向かい、5月3日の夜行バスで帰宅する予定だ。ほんとうは、大台ヶ原から伯母子岳に向かいたいが、1日1便のバスに間に合わないのでしかたがない。

 山中8泊9日に備え、23日の午後から仕事を休み、持ち物を点検しザックに詰める。その夜、横浜発22時10分のバスに乗り、奈良県の王子に向かう。



outdoor_activities|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!