阪大ワンゲル部60周年ブログ

こちらは大阪大学ワンダーフォーゲル部創立60周年記念企画の広報ブログとなっております。皆様どうぞごゆるりとご清覧なさってください。 下は、キルギス秘境トレッキングの目的地、アラコル湖の写真です。 標高3,500mにて輝くエメラルドグリーンは、まさに神秘そのものです。

OUWVな皆さま、こんばんは。
そうでない皆さまも、こんばんは。
60周年記念行事実行委員長 兼 中央アジア遠征隊60期Leaderの宋宏樹です。

ご存知の方も多いかと思われますが、先日9/19(火)をもって60周年記念行事の最初にして最大の企画、中央アジアシルクロード遠征が無事、終了いたしました。
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まず始めに。
「えっ、シルクロード遠征終わったの!?まだブログじゃキルギスに行ったところじゃん!」というお方。
更新が遅れに遅れており、誠に申し訳ない次第であります。m(_ _)mm(_ _)mm(_ _)m
かくかくしかじかの理由があるのですが、追憶という形にはなりますが必ず更新はしてまいります。

「そんなの待ちきれない!」というお方。
分量は多くないですが、私、宋が旅の期間中に随時更新していたFacebookページがありますので、そちらをぜひご覧ください。
Facebookユーザーの方のみ
https://www.facebook.com/groups/1921524408092501/
(良ければグループ参加・友達申請もぜひ)

※更新※
Facebookアカウントをお持ちの方しか入れないようです。申し訳ありません。
アカウント自体は簡単に作れますので、よろしければぜひ。


後輩たちの感想や質問コーナーのような形でも中アの模様をまた投稿していこうと思っていますので、どうぞお楽しみに!

↓旅の終着点、「青の都」サマルカンド、レギスタン広場にて。
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さて、本題です。
このたびの中央アジア遠征は、本当にたくさんの方々に支えられた合宿でした。
学内の現役の仲間たちや企画を手伝ってくださっていた先輩方はもちろん、
過去の遠征経験などから企画に対する適切なアドバイスをくださった大先輩たち、
イベントに参加してくださったり、SNSを通じて現役に激励をくださった方々、
そして、旅の道すがら、お互い名前も言葉も知らない中で、温かく助けてくれた多くの現地の方々。

実行委員長として、あるいは遠征隊Leaderとして奔走してきた1年半でしたが、
振り返って感じるのは、多くの素敵な人々が背中を支えてくれている安心感と、そのことへの感謝です。
『ああ、ワンゲルって素晴らしいな。大好きやな』
ここまでやってきて良かったなぁと、しみじみ感じます。

...ちょっと恥ずかしいですね。笑
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さて、一つ大きな企画が終わったとはいえ、
まだまだこれから先は長い60周年記念行事です。

そしていよいよ明後日、最初のOB参加型企画「丹沢」が開催されます。
関東に勤めておられる方をはじめ、その他遠方各地からOBさんが集まってくださります。
現役もあわせて総勢60人超え。(途中合流の方も含めたらもっとかな!?)

参加されるOBのみなさん、お会いするのを楽しみにしています!
今回は参加されないOBのみなさん、今回は投稿で雰囲気を味わっていただいて、ご都合つけばぜひ次は足を運んでみてくださいね!!
(※次回OB参加型企画は来春3/3(土)に関西にて予定しております!)



...以上、宋より今回の投稿でした!
それでは今夜より、夜行バスで東京に前入りしてきます!笑


表題の通りである。
この話の舞台は、中国・ウルムチとカザフスタン・アルマトイを結ぶ国際夜行列車の出入国審査だ。


週2本しかないこの列車は、上海→ウルムチの夜行列車に比べて距離は半分以下しかないものの、かかる時間に大差はない。理由はなぜか。出入国審査に時間がかかるからだ。

都市間交通を担当してきた筆者にとって、今回の国境越え、特に中国の出国審査は本合宿最大の難関であった。

中国政府による情報統制関連の報道で言われているように、中国は情報の流出に対して警戒感を高めている。その一環としてかどうかは定かではないが、この出国審査では公安による荷物検査に加えて、なんと携帯・PCの写真やデータ、印刷物のチェックまで行われるのだ。さらには荷物検査も、カバンを全てひっくり返され細かいところまで見られるということである。

この列車を利用したどの旅行者のブログにも同じようなことが書かれていたので、99%確実であろう。
事前にデータのバックアップを取る、写真のフォルダを隠す、装備の新聞にたまたまあった「日米安保、尖閣諸島保有を明言」とかいうどう考えても公安のお世話になる記事を破って捨てる、などのごまかし対策をとり、列車に乗った。
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アルマトイ行列車の乗客のみが待合室でくつろぐ、静かなウルムチ南駅を日付変更も近い23時14分に出発した夜行列車は、朝7時頃にカザフスタン国境から約3km手前の阿拉山口駅に到着した。
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停車して20分ほど経つと、最初にパスポートを回収する女性が現れた後、いよいよ迷彩服を着た中国人民解放軍の男性兵士と、上官と思われる制服姿の女性がやって来た。静かなバトルの始まりである。

荷物を開けろと男性兵士。この列車は2×2のコンパートメント式寝台であったため、4つのフルザックを男性兵士が順番に確認していく。と同時に、情報端末を見せろと上官が要求し、抵抗することなくタブレットを渡す。 ここまで聞くと、かなり厳しい検査だと思われるかもしれないが、実際はかなりザルである(とは言うものの、コンパートメントによって検査の度合いは異なるため、一概には言えない。まぁ統一基準がないことが一番の問題だと思うが)。

まず、ザックの荷物を全部出さなくてもいいと言われた。恐らく男性兵士の方は、武器がないかどうかを確認したいのであろう、ザックの外側から手で触り、それらしい物がなければOKなようであった。

次に、筆者のタブレットは見られたが、スマートフォンの方は確認されていない。理由は簡単、ズボンのポケットに入れっぱなしであったからである。私の情報端末はタブレットとだけと思われたのかもしれない。

4人とも、幸いにもこの段階では物を取られたり、データを消されるようなことはなかった。 しかし、残念ながらここは中国。これだけで終わらないのが、この国のすばらしさ。

政府による検閲は1回では終わらなかった。 軍の次は税関のお出ましである。


中国では、政府の方針に反する書物や、機密情報を載せた印刷物の持ち出しが禁止されている。それを防ぐお仕事は税関が担当するため、先ほどの兵士たちとは別の組織が検査に立ち入るという訳なのだ。 前述したように、そういう検査をされるということ自体は知っていたのだが、それが2回に分かれているということは不覚にも全く把握していなかった。

1回目と同じような厳しいチェックを要求してくる中国の税関(のおっちゃん)。せっかく直したパッキングを崩して荷物を出すように言う検査官に苛立ちを顕わにする我々。ついには関西弁で「何もはいっとらんやんけ!!」とキレ始める。何を言っているかわからないながらも、何を言わんとしているか察したおっちゃんであるが、「これも仕事だから」と言わんばかりの様子でチェックし続ける。

が、途中からめんどくさくなってきたのであろうか、ザックを触って書物がないか軽く確認して終わらせようとしていた。

検査は10人全部で2時間ぐらいかかった。最後に出国スタンプの押されたパスポートを返却されて出国審査は終了である。

列車が動き出すまで、無事何も取られなかった我々は、ホームに立っていた先程の中国政府の役人に向かって手を振っていた。彼らは役人らしく、手を振ることなく呆れ顔でこちらを見ていた。そろそろこの国ともお別れである。


列車は動き出すとまもなく、だだっ広い草原の果てまで延びる鉄柵を通過した。カザフスタン入国の瞬間である。ただ、鉄柵以外に何もなさ過ぎて、初めての陸路での国境越えは思ったよりあっさりしたものだった。
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国境を越えて進むことしばらく、カザフスタンの検問所らしき場所に到着した。そして入ってくるのは、いかにも中央アジア系の顔をした兵士。事前情報では、カザフスタンの入国は簡単、ザルだと聞いていたので何事かと思った。
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まず中国同様、パスポートが回収される。その間中、私のコンパートメントの前にいたカザフスタン兵士は、Google翻訳でいろいろ質問してくる。と同時に、知っている日本語を喋る。コンニチハ、サムライ、ハラキリ、ゲイシャ、ラストサムライ…、ラストサムライ?。映画のラストサムライで日本を学ぶのは若干違うような気がするが、渡辺謙がかっこいいのでセーフか。そんなことを思いながら笑っていたら、別のカザフ兵士がやってきた。「荷物を見せろ。」まさかのノーマークであった。 ザルとは何だったのか。拒否して連行されるのも勘弁なので、しぶしぶザックから荷物を出す。その間も例のカザフ兵士はニヤニヤしていた。 よく笑うあんちゃんである。ここでカザフ人のおおよそのイメージができた。

入国スタンプが無事押されたパスポートが渡されると、カザフ兵士のあんちゃんは「サヨナラ!」と言って笑いながら帰っていった。


二カ国目カザフスタンに無事入国した我々10人であるが、列車の終着駅アルマトイまでは、まだあと半日以上かかった。そして朝車掌に叩き起こされると、キリル文字が支配する街にいつの間にか入っていたことに気がついたのであった…。

合宿も早6日目、ウルムチでの砂漠トレッキングも最終日を迎えた。


活動をしたのは、ウルムチより東に120kmほど戻った鄯善県。
おそらくここに来る日本人はほとんどいないであろう。
比較的詳細にこの地域を紹介している「地○の歩き方」にもこの町は載っていない。

鄯善県の驚くべきところは、街と砂漠との近さにある。
街の中心部から砂漠が見えるのだ。それも壁のように、東西の果てまで。

鄯善県の郊外は他のオアシス都市同様ブドウ畑が広がっているが、ブドウ畑のすぐ横に砂漠がある。畑と砂漠の間に緩衝地帯はない。突然砂漠が始まっている。


砂漠トレッキングの1日目と2日目は、鄯善県郊外のブドウ畑が広がる農道を、地元住民だけが使うバスと、‘’安全第一‘’を車体横に謳いながらもどう考えても安全ではないトラックの荷台に乗って進み、そびえ立つ砂漠に飛び込んだ。

活動を開始するのは夕方の4時であるが、4時といってもそれは北京での話。広大な中国の西端に位置するウルムチ地方は、実際には北京よりも2時間遅い。つまり砂漠を歩き始めるのは実質14時。フルザックで砂地の土地を歩くにはあまりにも暑すぎるのだ。そして勿論、砂漠の中で激しい日差しを遮るものは何もない。

正直砂漠に来たことを後悔したくなるほどのしんどさであった。しかし、砂の壁を越えた瞬間、想像はしていたが、息をのむような光景が目に飛び込んできた。

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スターウォーズでいうところのタトゥイーン、マッドマックスでいうところのウェストランドままの世界が広がる。


日が落ちるにつれ砂の丘に陰がつき、陰影がはっきりとしてくる。
そして夜には完全に暗黒の世界。我々以外に物音1つなく、ヘッドランプを消せば、頭上に無数の星が煌めく。

こんな感じの景色が見られるんだろうなという想像はできていた。だが、想像以上の空気を肌で感じた。


ウルムチの夜が遅ければ、朝も遅い。真夏でも日の出は7時半。朝のトレッキングは暑くなく非常に快適だった。砂漠を歩くのは朝に限る。今回得た教訓の1つである。


明日の夕方ウルムチに戻り、いよいよカザフスタン・アルマトイへ向かう国際寝台列車に乗車する。ついに今合宿の目玉の1つ、陸路での国境越えが始まる。

アジアの洗礼を浴びたウルムチではあるが、ここでの活動はまだ第1章に過ぎない。
これから3つ国を歩き渡るのだ。我々の行く先には、無数のまだ見ぬ景色と、予想だにしない数々の困難が待ち受けているであろう。しかしそれもまた一興、ありとあらゆるアクシデントを、引かない程度に楽しみながら、2カ国目のキルギスに入っていきたい。


※ネット環境の関係で、中国国内ではP.L.の大前のみがブログを更新していますが、キルギス以降は他メンバーもどんどん記事を書いていくのでお楽しみに。

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