(12月14日付追記あり)

こんにちは。個人的に少し前から気になっていることの一つに、自社または自社が属する業界に有利なルールメイキングへの働きかけにどこまで法律家(法務部門と弁護士)が関われるのだろう?ということがあります。かかるルールメイキングには、既存の規制を緩和するものもあれば、強化する場合もあるかと思います。言い方を変えれば、いわゆる「ロビイング」活動(ここでは少し広い意味にとらえ、政府の政策形成過程に関与することとします)への参加の可能性です。
1.きっかけは医薬品ネット販売訴訟代理人のコメント

きっかけは、Business Law Journal誌12月号20頁~に掲載された、原告側代理人として医薬品ネット販売訴訟を闘われた阿部泰隆教授と関葉子弁護士のインタビュー記事「企業が行政と訴訟をすること」(末尾に「企業側担当者の視点」として原告ケンコーコムの土田綾子法務室長のコメントあり)の以下の箇所です。
-行政との紛争予防のために、企業はどのようなことができるでしょうか。
関:本件のようなタイプの紛争についていうならば、行政側に業界としての立場や意見を理解してもらうためにも、きちんとした業界団体を組織しておくこと、理論的な部分もしっかり詰めておくことが大切です。医薬品ネット販売業界も「日本オンラインドラッグ協会」を設立するなど理解を求める努力をしていたと思いますが、歴史が浅いこともあって、まだ不十分な面があったと思われます。
 また、ケンコーコムから相談を受けたのはネット販売を規制する省令案が公表された数か月後のことでした。もし、早くから相談していれば、個々まで大きな話にならないうちに、なんらかの解決策に達していた可能性も十分にあったのではないかと思います。
上記では引用していませんが阿部教授は、早期の働きかけをしたところで、利益相反する団体が猛烈な反対をするから行政がまともな動きをするはずがないし、行政は訴訟で負けても痛くもかゆくもないという強烈な反論がありました。それでも、医薬品ネット販売業界が薬剤師などの利害の反する団体に対抗しうる戦略をとるにはどうすれば良かったのだろう?そこで法務部門や弁護士などの法律家はどのような役割を果たすことができるのだろう?と考えました。

2.そういえば、政府の審議会での実際、という話もあった

ここで、昨年の今ころご紹介した「会議の政治学」という本を思い出しました。そこでは

「政策を形成する審議会の事務局の役割は、独立性の高い専門家による審議(タテマエ)を役所の見解(ホンネ)に導くこと。審議会ではそうした予定調和の世界が期待されている」

と述べられていました。結局のところ審議会は、「国民や専門家の多様な見解を聞いた」というデュープロセスのためにあるのであり、結論は事務局である官僚がすでに出したものに決まっている「出来レース」の場合がほとんどであることがわかります。そうだとすると新興企業や新興業界がそこに食い込んで流れを変えていくのは並大抵の困難さではないですね(特に利害が相反する既存業界がある場合には)。前掲のBLJの記事でも医薬品ネット販売業界も業界団体を立ち上げたものの医薬品販売制度の検討会に入れてもらえなかったとのコメントがありました(ケンコーコム土田氏・同誌25頁)。

3.「パブリック・アフェアーズ戦略」とは?

そんな中、こちらの書籍に出会いました。
本書において「パブリック・アフェアーズ」とは、「自社に好都合なルールを獲得すべく、公正、透明な方法で交渉し、合意を形成すること」と定義され、「このための一連の戦略が、パブリック・アフェアーズ戦略である」とされます(20頁)。また、ロビイングは密室型の1対1の交渉が主であるのに対し、パブリック・アフェアーズは公正で透明な多様なコミュニケーション手段を使って交渉・説得する点に違いがあるとのことです(同頁)。

本書では欧州委員会が一部のデジカメに高率の関税をかけようとしたところを、日本の業界が自ら活動するのではなく地場の業界団体を全面に立たせ、自己は裏方にまわることで関税賦課を免れることができたという事例(16頁)や、大蔵省と交渉し、日本で初めてがん保険の認可を得て発売に踏み切ったアフラックの事例(46頁)など、パブリック・アフェアーズ戦略成功例が紹介されており、参考になります。

あと、気になったのは海外のパブリック・アフェアーズ活動のプレーヤーとしてPR会社やロビイング事務所に加えて、「ワシントンやブリュッセルの行政問題を扱う渉外弁護士事務所」があげられているところです(114頁)。本書では弁護士の役割についてこれ以上詳しく触れられていなかったのですが、これらの弁護士がどのような活動をしているのか、詳しく知りたいところです。

4.法律家が関われる仕事なのか?

こういったロビイングであったり、パブリックアフェアーズ業務は、政策立案に関わるもので、それは本来の法律家の役割ではないですし、当然のことながらほかの専門的知見を要するものです。

他方で、伝統的な企業法務分野の一つとして確立している金融規制業務を取り扱う銀行・証券・保険の法務・コンプライアンス部門はもちろんのこと、監督官庁があり、許認可が必要な業界(電力、通信、建設、医薬品などでしょうか)では、「公共政策担当業務」として法務部門が関与することもあるようです。

また、弁護士の活動を見てみると、上記のとおりDCやブリュッセルの弁護士などは国の制度は違えどまさに弁護士業務としてこの仕事をしているわけですし、少し逸れますが日本でも新卒弁護士の進路として政策担当秘書の可能性が実例とともに語られたたのも記憶に新しいところですから、やはり何らかの貢献できる役割はあるように思われます。

完全な思いつきベースですが、以下のような業務ないし戦略は、まさに法律家がその一端を担えるのではないでしょうか。
  • 関係官庁・政治家との交渉:従来は渉外担当者が担ってきたと思うが、金融自由化後透明性が高まってきた金融規制法務のように、交渉の専門家としての法律家の役割が高まってくるのではないか。
  • PR活動への関与:不祥事発生時の広報法務の実績から、こういった活動も期待できないか?危機管理業務とはたしかに性質が異なるが…。
  • 「運動」を起こす:前掲「パブリック・アフェアーズ戦略」によれば、同戦略の一環として社会に当該政策の公共性・公益性を訴えかけることが重要な要素とのこと。何か社会問題が発生したときに運動を起こすのは弁護士の得意技でもある!?ただ、この文脈では伝統的な「運動」ではダメでしょう。実効的に世論に働きかけ、最後は政治家を動かすものでないといけないはず。
  • 具体的な法案の作成:これまでの日本では巨大なシンクタンク機能を有する霞ヶ関が担ってきたが、今後はどうか。また、生の主張を具体的な制度論に落とし込むことについても役立てるのではないか。もちろん、政策形成である以上、ほかのアドバイザーとの協働が必要となる。
  • 最終手段として行政訴訟・憲法訴訟を起こす:ケンコーコムが新法の合憲性を争う訴訟を提起している。日本の企業は「行政とはケンカできない」と言われてきたが、新興業界が規制の不当性を主張する事例はこれから少なからず出てくるものと思われるし、また、既存の業界の意識も変わってくるかもしれない。
  • そして、憲法感覚・人権感覚:規制の合理性を分析するために、上記の活動全てに共通して必要な感覚ではないだろうか?。(なお、私は昔、ある大物法務担当者に「センセーさあ~、憲法論を語れない企業法務の弁護士なんてダメだよ!」と言われたことがありますが、今にして思えば深いですね。)
また、すでに「公共政策担当業務」が確立している業界での現場の話なども聞いてみたいものです。やはりこういった特定の業界固有の話はなかなか公には出てこないものですし、業界と担当官庁によりかなり内容が異なってくるでしょうが、それでも他の業界でも通用しうる何らかの示唆が得られるかもしれません。

5.最後に

今回は「試論」以前のとっぴな思いつきエントリとなってしまいましたが、個人的には不合理・不必要な規制を減らして(またはこのような規制導入を阻止して)ニュービジネスを推進し、パイを拡大していく方向のルールメイキング活動であれば、法律家(と司法)が役立てることがあるのではないかと思います。(あと、医薬品ネット販売の事例を見てもわかるように民主主義の宿命として、支持者・支持団体の意向を尊重せざるを得ない政治家に規制緩和の方向を期待するだけではかなり限界があるということもあります。)日本でもルールメイキングへの法律家の役割の議論が高まることを期待したいものです。

(12月14日付追記)
 今回のエントリは思っていたよりもご反応をいただきましたので、それらを踏まえ、以下追加コメントです。
  • オープンな議論の可能性:公共政策や渉外の問題は、やはり①各業界固有のものであり、他の業界にも通用する普遍的な議論がしにくいのではないか、②当局や業界団体とのやりとりなど、オープンにできない問題が多いのではないか、という特性があり、なかなか情報の共有化が難しいのかもしれないな、と思った。もっとも、医薬品ネット販売の問題などすでに紛争になっている事案や、すでに「このように法制度または政策を変えていこう」という世間的アピールを開始している企業または業界があるのであれば、そこでの教訓は学べるのではないか。
  • ルールメイキングとはなにも立法に限られない:昨日のエントリでは法令を作っていく、または変えていく(変えさせない)ことを基本的に念頭に置いていたが、このパブリック・アフェアーズないしルールメイキングという活動はそれに限られない。すなわち、当該事業が法令上問題がないことを示すために、既存の法解釈を変えていく、またはこれまで議論のなかった曖昧な点を解釈で明らかにしていくことも当然含まれてくる。具体的なアクションとしては、まずは関係する行政当局にかかる立場の理解を求めていくのだろうし、最後のステップとしては裁判だろう。この法解釈という場面であれば、まさに法律家がルールメイキング活動に主導的な役割を有することができるはずだ。それに、既存の事例も結構あるのではないか。
  • 新興企業・ニュービジネスでの悩み:上記ケンコーコム代理人の先生の話によれば、早期のアクション(業界団体を組織した政府や世間への働きかけ)が重要であるとのことで、それはよく理解できる。ただ、このような活動が必要な企業や業界は、新興のものであるケースが多く、まだ社会的認知度やプレゼンスが低いために当局や世間での理解を求めにくかったり、マンパワーでの限界があるため、そのような活動を起こすことが難しい、という悩みもあるのではないかと想像する。(だから、上記のように当時のケンコーコムは立法の検討会に入れなかったということももしかしたらあったのかもしれない。)これについては、やはり「パブリック・アフェアーズ」活動そのものの認知度を高めていく議論が必要だろう。
  • 「大義」をどこまで伝えられるか: そして一番大事なことは、当局や世間に向かって何を伝えていくか。理解を求めるには、立法事実(または立法事実の不存在)や法解釈などの技術的な側面は当然の前提として、そのビジネスにどのような大義があるのか、ということを説得的に説明することが重要ではないか。「大義」とは当該事業そのものの公益性(当該事業の存在はどれだけ社会に役立つのか)であったり、懸念される問題点に実践的に取り組みだったりするだろう。このビジネスの「大義」を考えるには、三宅伸吾氏の「Googleの脳みそ」や、今年のNBL新春座談会の議論がひとつの手がかりになるのではないかと思う。