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パブリックアフェアーズ関連のエントリーが続きますが、
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でのご感想を受け、

(以下「本書」)を読んだのでご紹介とそれに関連する雑感です。基本的には通商、外交の問題ではあるものの、ルールメイキングが関わる以上、法務の観点からもとても興味深く読めました。

大事なところはすでに上記お二方のエントリで語り尽くされている気もしますが、ほかに気づいた点などを何点か。

【本エントリの目次】
1.ビジネスのために理念と公益にこだわる
2.「社会実験」としてのルールなんて、冗談じゃない?
3.ルールづくりで先駆ける-ニュービジネスと法的論点整理の必要性
4.考えるべきは既存のルールだけではない
5.ルール戦略を支える社内の法律家たち
6.他国ルールに刺されないためには?
7.「交渉術」も契約交渉とは違う

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1.ビジネスのために理念と公益にこだわる

国際的な舞台でのルールメイキングの現場ではとにかく当該ルールの理念と公益にこだわる。一見、各国は自国の利益のために主張しているように見えても、そろばん勘定だけでは決して支持は得られない。
電気製品部品への有害物質の使用を禁じたEU指令について、中小企業の義務を一部免除する修正案が出たものの圧倒的に可決。
「どの国でも中小企業は票田である。しかし、その中小企業の声を一顧だにしない議会を目の当たりにして、私は大変驚いた。それだけ環境保護に向けたヨーロッパの決意が固いのだ。だからこそ、彼らはルール作りで世界をリードできるのである。」(222頁)
「ステークホルダー経営」について、動物愛護における資生堂の例。
「…資生堂は、果敢にも動物実験に反対するNGOを自社に招いて意見交換をし、その結果を公開したのだ。化粧品の安全性を万全に期すべきだという社内の伝統的価値観と動物愛護という新しい社会的価値観、この相反する2つの価値観の衝突を引き受けたものである。…今まで相手にしていなかった、もしくは見えていなかった新しい『不満分子』との対話を通じ、時には連携して経営を変革していくのである。」(150頁)
単なる国益、社益のためのポジショントークにすぎないのか、それとも、それを超えた「大義」なのか。中長期的に当該企業が株主その他のステークホルダーに支持を得て永続的な企業でいるためには、ときとして理念、公益のために収益性の観点を一歩引いて自らを規制に律する必要もあるようだ(ただ、それに先駆けて対応することがビジネスチャンスでもあるわけだが)。

2.「社会実験」としてのルールなんて、冗談じゃない?

他方で、崇高な理念は結構なのだが、ヨーロッパではその理念のためにときに「社会実験」として過剰な規制ができる。うまく行かなければまた変えればいいだろうということだが、こういったスタンスは日本的感覚からするとなかなか理解しがたいというか、このようにはできないところである。

「ルールづくりの主導権を握るうえで大切なことは、モデルを提示することであり、その前提は、予期せぬ副作用を覚悟の上で社会実験としてルールを率先実施する力である。では『社会実験』とは何だろう。大ざっぱに言えば、『制度をとにかく一度やってみる』ということである…」(110頁)
藤井(引用者注:著者)「しかし、法は法です。実際に遵守できないことがわかりながら規制をするのは適切なことと思えません。」
(引用者注:欧州の)議員「法は目標なのです。法の目指す方向に社会が動いていけばそれでよいのです。すぐにではないかもしれませんが、遠からずこの規制値は実現されます。」(105頁)
「日本ではルールは施行されたその日から完全に遵守されなければならない。ささいな違反も許されない以上、当然そうなる。つまり、施行と同時に実施可能なことしかルールにはならない。必然的に内容は現実的で角がとれたものになる。しかし、ヨーロッパは頑張ってできなければ、それはそれで仕方ないという発想をする。その代わり高い目標を掲げて世界を引きつける。ルール競争における勝負は大方そこでついてしまうのである。」(118頁)

グローバルでは遅れた考え方なのかもしれないが、日本の世間一般のコンプライアンス感覚やエンフォースメント(広義での)の状況に鑑みると、ちょっとこの点はそんな安易にルールを作ってもらったら困るなあと思ってしまう。実際、会社法のガバナンス改正や(ソフトローではあるが)日本版スチュワードシップコードも「角がとれたもの」となった。また、明治以来の某大法典編纂作業は、ある理念のもとに推進している学者先生に対して実務家サイドからは冷ややかな視線が注がれていることは否定できないところではある(もっともそれはここでいう日本人の国民性だけの問題なのか、それとも掲げている理念が関係者に理解されていないからなのか明らかでないが)。

もう少しバランスのとれた落としどころがとれないものだろうか。そう簡単には変われないので、経過規定や努力規定の活用などが思い浮かぶが…。
 
3.ルールづくりで先駆ける-ニュービジネスと法的論点整理の必要性

まったく新しいビジネスに着手するとき、他社に先駆けるための要素は技術力や販売力だけではない。それは、当該ビジネスに関連するルール整備が図られているかどうかだ。本書では電気自動車、お掃除ロボットなどの事例を上げ、その重要性を説く。
(※ロボットベンチャー経営者の著者に向けたコメント)「補助金や低利融資はもちろんありがたい。しかし、政府に本当に期待しているのはルールの整備だ。ロボットはいずれ工場から街に出る。そのとき、もしロボットが人とぶつかったら法的にはどのような整理になるのか。ロボットは軽車両として扱われるのか?新しいルールがなければ、ロボットの市場は開花しない。あなたは若い行政官だから、将来を見渡したルールをつくることを考えてほしい。」
「…ルールでリスクを管理するという発想がなければ、真に新しい製品を世に出すには今後どんどん難しくなることだけは間違いない。(中略)もしみずからが最初に自動車を商品化したとすればどうだろう。自動車が街を走るためのルール、右を走るのか左を走るのかに始まって、事故に備えた保険まで様々なルールを同時に作り上げていかなければならないのだ。街に出るロボットを商品化するというのは、まさにこういうことである。」(47頁~)
こういった法的なリスクの洗い出しは、日本最高のシンクタンクともいえる官庁に最終的な論点整理を依頼するとしても、一次的には自社リーガルをまじえて想像力を働かせながら行うべきものだろう。ニュービジネスの中身によっては、本書でも多く論じられている安全性や環境の基準など公法上の整理だけでなく、上記の事故時の責任など私法上の責任の将来予測も必要となってくるだろう。

そして、この最初のルールづくりでイニシアティブがとれれば、そもそも当該ニュービジネスに沿った又は近いものであるから後続のコンペティターから優位な地位を維持することができる。前回紹介したMAKE THE RULEでも製品規格でイニシアティブを取る事例はいくつか紹介されていた。
 
4.考えるべきは既存のルールだけではない

戦略的にルールを活用するうえで、本書では下図のように有益な整理がなされている(154頁~)。

写真

「使えるルール」ばかり目が行きがちだが、ほかの4つ(作るべきルール、変えるべきルール、阻止すべきルール、予想されるルール)も同じくらいの重要度をもって考えていくべきだろう。

特に、この「予想されるルール」については(個人的には)驚くべき例が紹介されていた。

「ある日本の部品メーカーを訪れて、幹部とEU規制について議論したときのことである。環境規制について話をしたのだが、『こんなふうにやっているのですよ。当然のことですが』と壁のほうを指さされた。指の先には、今後10年間にわたるEU規制に関する『将来予測』とそれに合わせた研究開発課題がリスト化されていた。◯◯年にはこの物質が禁止されるといった予測を立て、それに基づいて代替物質の開発に取り組んでいたのである。『予想されるルール』に投影される『産業外部にあるイノベーションの機会』をつかみ、市場の一歩先を歩み続けているのである。」(172頁)

「予想されるルール」が何か業界や世の中の動きを見て見極め、それを攻めの経営に使っている企業もあるのだ。中長期の経営計画にこのような将来のルールについても考慮されている業界、企業はどの程度あるのだろうか。
 
5.ルール戦略を支える社内の法律家たち

これらのルールメイキングへの働きかけは、決して渉外担当などビジネスサイドのみで行われるのではない。一部の企業では、法務部門も重要な役割を担っている。
絶えず新しいサービスを生み出すグーグルの法務担当副社長ケント・ウォーカー氏の次のコメントは、ビジネスモデルとルールの関係をうまく言い表している。
「グーグルの法律家は、自分たちの仕事は(単に法律を解釈することではなく)新しいビジネスモデルに転換することを助けることだと考えている」(61頁)
日本GEの法務担当者は、次のように述べている。
「労働の分野でも、GEの人事部門が注力するのは社員の成長戦略ですので、法令等遵守の労務対応を超えて、そもそも法律自体が変えられないか、不利に働く法律ができる前に軌道修正できないかと考えるところまでは、現場の人間では中々手がまわりません。そこを私達がフォローしています」(153頁)
さすがはGoogleとGE、といったところである。なお後者のGE法務担当者発言の出典は、
BLJ2009年9月号特集「解決困難な問題に対処する新しい法務のあり方 ルールは創れる!動かせる!」
中の日本GEジェネラルカウンセル、リーガルカウンセル、パブリクポリシーカウンセルのインタビュー「積極的に発言するためには戦略が重要」という記事。これは、どうやって社内外の関係者に働きかけをすべきかなど実務的な視点も多く語られ、大変参考になる。(BLJさんでもう5年も前にこんな面白い特集をやっていたとは、全く知りませんでした…。 )

ただ、こういったルールメイキングに関与している法務部門はまだ少ないのではないか。本書では日本企業では政治は「お上」がやるもので会社が口出しすべきものではないという「政経分離の呪縛」にかかっていると指摘するが(123頁)、これからの課題としては、より一歩進んで、「法・政経分離の呪縛」からの脱却、つまり法務部門が今までの「リーガルポイント」のみの関与から、ビジネスに踏み込む、そしてビジネスに関連する政治問題にもどんどん口を出していく時代が来るのではないか思う。

6.他国ルールに刺されないためには?

本書であげられた印象的なケースとして、自動車部品を作っていた下請けメーカーが、EU規制で新たに禁止された化学物質を部品に使っていたために、元請けとの取引が停止となった事例が紹介されている(87頁)。このように、一部の地域のルールがグローバル化して、民主主義のプロセスを全く経ていない他国民に適用されることが少なからずある。このように政策決定に民意が全く反映されないことを「民主主義の赤字」という(211頁)。

これはどうやったら解決していけるだろう?本書では自国政府に外国政府に働きかけるよう求めるべきであるとするが(200、212頁)、その前に動きを事前にどれだけ把握できるかの方が問題のように思う。特に外国規制情報へのアクセスを持たない中小企業にとっては深刻な問題であるが(安全性基準などは競争法などと比べると関係者でないと情報が入ってきにくいのではないか)、この点どうしていったらいいのだろうか。 
 
7.「交渉術」も契約交渉とは違う

国際交渉の舞台での交渉術も紹介されている(177頁以下)。ルールメイキングというテーマの性質上、一般的な契約交渉には当てはまらないものもあるが、有益だと思う。以下、印象的なポイントのみ。
  • ルールづくりの場では仲間はずれにされるリスク、無視されるリスクに注意
  • 複数のロジックを持つ(例えば、地元議員と環境当局とではロジックを使い分ける)
  • 条件闘争に備える(規制目的に反対することは守旧派の烙印を押されかねないので慎重に。むしろ条件闘争に移行する)
  • 前線に裁量を与える(そうしないと、国際的ルールづくりの肌感覚がよくわからないまま日本的感覚で振る舞ってしまう)
  • 根回しはここでも大切
  • 「ローマではローマ人のように」振る舞う
日本での審議会での政策意思決定のやり方とは似てるところはあるものの(仲間はずれリスクと根回しなど)ずいぶんと違う。担当者に裁量がないという問題は契約交渉でもよくあることだろう。契約交渉なら最初は当事者の言い分言いっぱなしでも次回まとめればいいかもしれないが、こういった外交交渉の場合にはそういった固いポジションが「守旧派急先鋒」の印象を当たることもあるようなので(184頁)悩ましいところだろう。