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早いもので今年ももう12月、法務系Advent Calendarの季節がやってまいりました。今年も一昨年、昨年に引き続いて契約実務に関するテーマにしました。
一昨年の法務系AC: 契約書「ひな型」再考~どこまで用意するべきか?
昨年の法務系AC: 試論・契約書「ユーザーズガイド」はワークするのか?

今年は、

「目の前にある個別具体的な事情(※)をどうやって契約書に反映させていくのか?」


について考えてみたいと思います。

「個別具体的な事情を反映させて契約書を作るなんて当たり前すぎて議論する必要すらないのでは?」

たしかに当たり前です。しかし、これは契約実務の中でも最も重要かつ最も難しい問題の一つで、実務家として永遠の課題と言っても過言ではないテーマだと思います。われながらずいぶん大きく出たな、という感じですが…。

(※)ここでいう個別具体的な事情、とは、当事者の名称、対象物又は役務の内容、取引金額などの外から自明の事項を指すのではなく、事案を聞いただけでは一見明らかにならない、当該取引事案に固有の事情と当該事情に潜むリスクを一応指しておきます。

【目次】
1.問題意識-なぜ難しいのか?
2.前提-まず基本を押さえる
3.ひな型・サンプルの「呪縛」からいかにして逃れるか?-AnalogyとDistinction
4.Distinctionを探すための案件個別事情の(オープンな)類型化の試み
5. 発見した固有事情を具体的な条項に落としこむ-ここまでくればしめたもの?
6. 最後に-できればケーススタディが望ましい
1.問題意識-なぜ難しいのか?

そもそも個別具体的な事情を踏まえたリスク管理をするために契約実務があるはず。でも実際には、起草者が
  • その事情の存在に全く気づかなかったり(事業担当者からの聞き漏れ)
  • その事情は認識しているけど、その重要性(リスク)に全く気づかなかったり
  • 既存の契約書サンプルやひな型に縛られてしまったり
して、なかなかうまくいかないことが多いのではないかと思います。

ではどうすればいいのか?これに対して返って来る答えとしては、
  • 「そこは結局センスの問題だよね。」
  • 「もっと想像力を働かせてみて!」
  • 「まだまだ実務経験が足りないなあ。」
あたりが「あるある」かなと思います。正直、全部当たっているとは思いますが、こんな回答をもらっても一体どうしていいのかわかりません。でも、これらの回答を裏を返して考えれば、個別具体的な事情の反映がなぜ難しいのかがわかります。難しい理由、それは、
  • 当該取引の事案分析力を要する(特に当該事案の事実関係を契約作成という観点からどう評価するか)
  • 事業担当者からの情報収集は工夫を要する
  • (紛争と異なり)問題は「過去」の事実関係に限定されず、「将来」起きる可能性のある事実の予測を要する
  • 所与の事実関係(客観)に限定されず、関係当事者の複雑な意向(主観)を踏まえなければならない
  • 当該取引実務における経験則を駆使しなければならない
といったあたりの能力が求められるからでしょう。

「想像力が大事だね」と一言言われればすぐできるようになる人ならいいのですが、私は「ビュッと来たら、バシッと打てばいいんだよ!」とか言われても理解できるような人間ではありません。そこで、このように難しいとされる個別事情を考えるにあたって、単に漠然と考えるのではなくて、もうちょっと普遍的な考え方のすじみちみたいなものが、自分なりに構築できないものだろうか、というのが今回の問題意識であります。

2.前提-まず基本を押さえる
 
個別事情の反映の前提として、以下の点は基本として頭に叩きこまなければなりません。

(1) 当該契約類型の一般的内容とその(経済的)機能を押さえる

市販の契約実務書で学べるのは正直言ってここまでです。もっというと各規定の(経済的)機能まで突っ込んで解説されている本は多くないのではないでしょうか。何種類も載っている書式集も有益ですが、記載例が少なくてもこういった説明の理解が充実している方がより有益だと思います。

(2) (1)を踏まえて当該契約類型上頻繁に見られる修正パターンとその(経済的)機能を押さえる

契約は相手がある話である以上、自社にとって完全に有利な契約が締結できるとは限りません。そこで、交渉上、「相手からこう求められて譲歩するときは普通はこう返す」、という、譲歩のために通常用いられる修正パターンがありますが、この修正パターンの引き出しを複数持っている必要があります。なお、修正パターンといっても相手方との関係等を踏まえてファーストドラフトからこの内容にすることもありえるので、やはり各規定について1パターンではなく複数のパターンを持っていた方が、事案を踏まえて濃淡付けるために役立ちます。
 
この(1)と(2)まで押さえられていれば、まずは通り一遍の(見栄えのいい)内容にするところまではできます。

3.ひな型・サンプルの「呪縛」からいかにして逃れるか?-AnalogyとDistinction

上記2.で述べたようにある契約類型の基本を押さえることも大切ですが、個別事情を適切に契約書に落とし込むには、
「その基本から自由でいること」
も重要です。

それは、どうしても既存のひな型やサンプルに発想が縛られがちだからです。ちなみに、和解の覚書や全く新しいタイプのビジネスに関する契約書などが典型ですが、サンプルやひな型が存在しようもない類型の契約では、どう個別事情をうまく反映させてまとめるか一から一生懸命考えるしかありません。やはり、ひな型やサンプルの存在が、起草者の目を曇らせている面があるのではないかと思います(なお、和解覚書はよりリスクが先鋭化しているから具体的に何をすればいいのか見えやすいということはあるかもしれません。)。このあたりは心理学的な根拠がありそうな気がします。

また、ひな型やサンプルに引きずられてしまうのは、各規定の意味(経済的な機能)の理解が不十分だからその要否や修正の必要性が理解できない、ということも大きいので、まずは各契約類型の基本をマスターすることはなお重要です。

この「呪縛」から逃れるためのマジックワードがあります。それは、

「契約実務でも『アナロジー(Analogy・似ているところ)』と『ディティンクション(Distinction・違うところ)』を意識すること」

です。一見、あまり大したことを言っていないようにも思えますが、法律家にとってこれを意識することは重要です。

訴訟を想起してみます。自己に有利な裁判例があればその裁判例の事案と本件の事案が類似しているから、その裁判例のルールが適用されるのだ、と主張します。これに対して、相手方が引用してきた自己に不利な裁判例があれば、その裁判例と本件の事案は異なるから、その裁判例のルールは当てはまらない、と主張します。これは、紛争解決に関与している方であれば必要に応じて行いますよね。米国ロースクールの授業でも徹底的にケース間の同質性と相違点を分析します。

これと一緒で、ある事案でこれから作る契約書のたたき台としようとしている書式やサンプルを、その事案とどこが似ていて(つまり、そのまま使える)、どこが違うのか(つまり、そのままでは使えないから修正する)という観点で批判的に検討するのです。

とりわけ、どこが違うのか、は意識が薄れがちなのでそこを意識することにします。注意しなければならないのは、ひな型であれば比較的事案ごとの特殊性の影響を受けませんが、別案件のサンプルでは当該案件の特殊性が含まれていて、そういった特殊事情は契約書の文言だけでは書き尽くされている保証は全くなく、理解できない可能性があります。なので、可能なかぎり、当該サンプルの起案者からなぜこれはこういう規定になったのか、という点を確認しておくことが望ましいといえます。

なお、違いを意識することよりは重要度は落ちると思いますが、ひな型やサンプルに縛られて不適切な内容になるのは、そもそもベースとするひな型やサンプルの選定に際して、本件とのアナロジーを意識していない(つまりあまり参考にならないひな型やサンプルを使ってしまっている)からだということもあると思います。できれば、同じ契約類型でもアナロジー分析のもとに、用いるサンプルをケースバイケースで変えて(契約書全体に限らず、一部の規定だけでも)、それをもってスタート地点とするのが望ましいのではないかと思います。そう考えると、ある会社の重要な契約類型で、単一のひな型を使うことに決め打ちしてしまうのが果たしていいのか、という問題も出てきます。ただ、複数の先例(サンプル)を駆使して契約書を作成することは、単一のひな型をベースとするよりも実務経験を要する手法であり、必ずしもそのようなことが対応可能なスタッフばかりとは限らない組織では実現が難しいかもしれません。

4.Distinctionを探すための案件個別事情の(オープンな)類型化の試み

上記3.でDistinction(違い)を意識することが重要だと申し上げましたが、その違いである案件固有の事情を探すにあたっては、これらの事情をある程度抽象化・類型化しておくことができれば、発見が比較的容易になるのではないかと思います。

これは完全にジャストアイデアに過ぎず、体系化できているわけではなく、まだまだ整理の余地が充分あると思いますが、ひとまず、ありうる固有事情を抽象化したものを並べてみました。

(1) 「ヒト」の側面
  • 当事者関係者の意向(自社であれば上層部、担当者・担当部署、隣接関係部門)
  • 当事者属性・特徴(法人or個人、同業or他業界、業績の状況、ノウハウ・知見の有無、継続的取引先or新規取引先)
  • 当事者間の取引上の力関係(どちらがよりやりたいと思っているか)
  • 当事者の信用力・履行能力(債権保全の必要性)
  • 契約外ステークホルダー(重要取引先、転売先など)からの影響
(2) 「モノ」の側面
  • 取引対象であるモノ(物・役務の双方を含む)の特定
  • モノの特徴・特性
  • 当該モノの取引で当事者が達成したいゴールは何か(表面的なものに限られない)
  • 対象役務の履行可能性(履行を確約?orベストエフォートベース?or免責事項列挙?)
  • 当該取引に関する適法性、有効性に関する疑義
  • マーケット分析(需要予測)
  • 1回だけの取引か今後も継続が見込まれる取引か
(3) 「カネ」の側面
  • 当該ビジネスにおけるマネタイズの方法(その後の関連取引の発生によるリクープなど)
  • 金の流れ
  • インセンティブ構造
  • 継続的取引における対価の変動要素(フォーミュラの形成or随時合意)
(4) 「時間」の側面
  • これまでの交渉経緯
  • 現在の社会情勢等による制約条件
  • 近い将来での経済環境、社会情勢などの事情変更の可能性(為替、物価、税制、東京オリンピック前後など) 
上記項目の「使い方」(?)ですが、網羅的なチェックリストを目指しているわけでは決してなく、この項目をさっと眺めることで、本件で配慮しなければならない固有事情(リスク)を想起して、また、適宜事業担当者にヒアリングするきっかけとすることを期待したものです。そして、何か今後も使えそうな項目が実務経験を経て新たに思いついたら、これを構成面を含めて加筆修正を繰り返していくと、より良い契約レビューとその前提となる事業担当者へのヒアリングのツールができるかもしれません。

5. 発見した固有事情を具体的な条項に落としこむ-ここまでくればしめたもの?

上記の重要な固有事情発見作業で、当該取引に潜む固有のリスクが発見できたら次は契約書の具体的な条項に落としこむ作業です。ただ、一番難しいのはやはりその手前、ある固有事情とその重要性に気づいて、そのリスク分析をすることで、そこまで行ければしめたものではないかと思います。米国流の、例えばM&A契約などでは作法が明確なので、対価の合意、クロージングの前提条件、表明保証、誓約条項(クロージングの前か後か)、補償条項(特別補償を含む)などの主要条項のどこかに入れれば良いということになります。もちろん、事案によっては契約書への落とし込みが非常に難しい場合はありえますが(例えば全面的に取引ストラクチャーを構成しなおす場合など)、今回のエントリーでは固有事情の発見に重点を置きましたので、条項への落とし込み方法はまた機会があれば考えてみたいと思います。

6. 最後に-できればケーススタディが望ましい

今回のエントリーですが、一番抱かれそうな感想ではないかと予想されるのは「具体例がない」ということかと思います(ひょっとすると「長えよ!」かもしれませんが…いや、全然ひょっとしないな)。やはり、個別案件の固有事情をテーマとしていることもあり、具体例を引用することが非常に困難だったことからによるものです。

とはいえ、こういった個別事情をどう発見し、どう対処するかという問題も、できれば「ケーススタディ」のかたちで学べるに越したことはないと思います。ケーススタディ、といっても基本的にはOJTというかたちで仕事の中で学ぶしかありませんが、今回のテーマが契約実務でもっとも難しいものの一つであることから、同じ組織内の担当者以外のメンバーの知見も共有できるとより効果的ではないかと思います。そこで、メンバー全体のプラクティス向上という観点からは、ある実際の案件を題材に、いかにして当該事案固有の問題を発見して、具体的な規定に落とし込んだかを部内で議論するようなちょっとした勉強会があると、よりメンバーの力がつくのではないかと思います(実際に担当した方は突っ込まれるかもしれないのでそんなこと共有したくないかもしれませんが…)。司法研修所の白表紙起案の講評を契約実務でやるようなイメージでしょうか。

【ご参考:今回のテーマに関連したおすすめ書籍】

今回のテーマの関係では133頁以下が参考になります(本書は今月発売のBLJ誌特集「法務ブックガイド2015」でもご紹介させていただく予定です)。


昨年のBLJブックガイドでご紹介したものです。具体的事例をもとにどう契約書に反映するかを法務部の上司と部下の対話形式でまとめてあります。部下のドラフトを上司が修正するプロセスも参考になります。