2018年03月11日

7年目の春に。

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★昨日(2018年3月10日)、わたしは「ポスト「3.11」に向き合う〜7年目の春に〜」と題したペンクラブ「子どもの本委員会」のシンポジウムで、青山学院女子短期大学の教室にいた。この試みを企画、実行した、日本ペンクラブの仲間たち(いつもながら作家や翻訳家、編集者が、準備し、受付や会場整理なんかをする)そして土曜の午後に会場へ来てくださったみなさん。ありがとう。
★1部はドリアン助川の「被曝のその後、奥の細道」という講演。2012年、東日本大震災から1年後の東北を、折りたたみ式自転車に乗り、線量計を持って芭蕉の旅の跡をなぞる。スライドに映しだされる「奥の細道」の名所旧跡。馴染み深いそれぞれの地の放射線量が、ドリアンによって容赦なく、しかし万感の想いをこめて朗読されてゆく。
★100名ほどの参加者の胸には、おそらくあの日からの7年間が去来したのではないかと思う。このブログにも、当時感じたことをそのままつづっているが、思えばあの大震災とそれに続く原発事故がなければ、今のわたしはここにはいない、とつくづく思った。あれから、さまざまな縁があって古事記の講座、源氏物語講座などの「古典への旅」、「縄文キャンプ」や、出張寺子屋、ペンクラブへの入会。2014年にはこのシンポジウム第1回の企画実行にかかわらせていただいた。
★2部は、西山利佳の司会で、作家三人のシンポジウムである。1部を受けて、それぞれの「3.11」とのかかわりを含めた作品への質疑が中心となった。「フラダン」の古内一絵は、それこそ震災における「出自」と密接にからむ登場人物が「動き出す」創作の瞬間を、「バンドガール」の濱野京子は、芝田から「首都が北海道に移転する」設定について問われたとき、深い「絶望」を吐息のように語った。わたしは、「ぼくの同志はカグヤ姫」で、宇宙の星としての視点、みたいなものを描きたかったといった。……作家同士で、たがいの作品について質問しあうというこころみ……濱野さんからの「3.11の前と後では、作風(?)がちがう。なにが変わったのか」とか、古内さんの「謎を残すのは続編のことを考えてのことか」などのするどい質問は、作家ならではだと思う。その夜、懇親会で「カグヤ姫」についてのふたつのコメントを森絵都さんからいただいた。率直な感想なのだが、まるでシンポジウムのつづきのようだった。宝物である。

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2018年02月04日

『ぼくの同志はカグヤ姫』(ポプラ社)発売です!(2018年2月)

カグヤ表紙b★芝田勝茂の最新刊です。2月から発売予定。ポプラ社からの創作単行本は初めてです。このタイトルに「どこかで見た記憶が……」と感じる方もおられるでしょう。はい。本書は、2016年10月の1か月間、毎日新聞(大阪本社版)に「同志カグヤ」として連載した小説を、改題、加筆したものです。……1か月の新聞連載は、とても楽しかった。最終日が10月31日だったので、この小説のラストシーンも「ハロウィン」に設定してあります。
★(ストーリー)ある日、地球に、宇宙人が襲来します。ところが、この宇宙人、なにやら変な要求をつきつけてきました。宇宙人の侵略といえば、人類の攻撃がまったく通用しない武器で、ビルや軍隊をこっぱみじん、みたいな定番がありますが、この宇宙人の、地球人類への要求は、いっぷうかわっています。「いますぐ戦争やテロをやめよ。兵器産業、公害企業を廃止せよ」なんてことをいいだすのです。やがて、そのニュースは、報道されなくなってしまいます。
★このへんてこな事件を、最初から最後まで見届け、受けとめるのが、少年タケ。そして、タケを助けてくれるのが、ふしぎな少女、天竹かおり。ネタもバレバレですが、彼女こそは、千年前に地球にやってきた「カグヤ姫」だったのです。二人はいったいどんな出会いをし、どうやって宇宙人の侵略から地球を守るのでしょう。やがて見えてくる「竹取物語の真実」と宇宙、カグヤ姫のひみつ、さらにさし迫る地球の危機……とまあ、そんなような物語。
★書いているとき、「カグヤ姫」が、地球人類について語ることばが、とても楽しみでした。進化したはずの地球人類を「野蛮」と断定するカグヤ姫のことば。はたして読者のみなさんに通じるでしょうか。
★イラストの倉馬奈未+ハイロンさん、編集の小櫻浩子さんは、「空母せたたま小学校」シリーズ以来の「同志」のような方々。
このゴージャスな表紙に、ずっきゅーん、でした。地球人にとっては、けっこう苦いところもありますが、タケと、その同志の「たたかい」、ぜひ、お楽しみください。そして、「カグヤ姫のひみつ」って何なのか、ちょっと考えてくださると、うれしいです。

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2018年01月15日

地元の小学校で「古事記」の話をしてきたよ!

二子小チラシ
★1月13日(土)午後2時、「空母せたたま小学校」シリーズの舞台(のモデル)、地元F小学校の図書室で「日本の神さまたちの物語」というタイトルで、お話しをしてきました。この企画の発端は、わたしがやっていたサマーキャンプに、三十年前に参加していたHさんが、昨年夏の「縄文サマーキャンプ」に、親子で参加されたことでした。キャンプで「二子玉川の小学校で、子どもたちに話をしたいなあ」といったら、「ぜひ、やりましょう!」となり、実現にいたったのでした。なんかミラクルでしょ(笑)
★上掲のチラシ(Hさん制作)を生徒たちに配って、はたして何人来てくれるのか、と思ったら、なんと申込がこども53人、大人27人、計80人!学年は低学年(1,2年)が27人、3,4年が20人、5,6年は5人ということです。当初のイメージを大きく上回る数字、さらに低学年の多さ。ちょっと「古事記」の話はむずかしいだろうなあ、とあれこれ心配して、親子でやるゲームなんかも用意して……まあ、こちらはキャンプやってますから、お手の物ですが。いよいよ当日になりました。
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★まず、古事記の冒頭の「最初に生まれた神さま」=アメノミナカヌシの神の話からはじまります。「みんな、目をとじてみて。真っ暗でしょ。天も地も、まだ別れていないこの世界です。さあ、最初に生まれる神さまが見えるかな?何が見える?」という語りから入ると、けっこう手があがり、いろいろ答えてくれます。そこから最初の「まん中の神さま」の話。
★「学校でいちばんえらいのは?」「校長先生!」「じゃあ、この学校の真ん中ってなんだろう?」
おお、みんな考えてくれてる。「きみたちのクラスの『まん中』にも、思い浮かぶ子がいるんじゃないかな……あるいは、きみたちの家庭だったら『まん中』のひとはだれ?……もしかしたら、きみかもしれないね」まあ、おなじみのおやぶん節での話がはじまります。
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★古事記で最初に語られる「アメノミナカヌシの神」は、固定観念(一般的なヒエラルキー)の上位の神ではなく、まったく異なる概念からの「中心」を意味する神さまだよ(だからこの神さまは「書紀」では省かれている)、ということをわかってもらいたかったわけです。おまえ、小学生相手に何を語ってるんだ、というツッコミはわかってる。でも2名の「むずかしかった」のほかはほとんどが「神さまのことがたくさんわかっておもしろかった!」でしたよ(アンケートより)。
★もちろん、「空母せたたま小学校」の舞台は二子玉川だよ、とか芝田の「サラシナ」の冒頭は、多摩川の「兵庫島」だよ、とか、「アイドルをめざせ!」では「せたたま幼稚園」で小学生バンド「ナフタリン」がライブをやるとか、今回あらためて、地元の影響がいかに大きいかをじぶんで再確認してしまいました。宣伝したかっただけだろうって?いや、まあ、それは(汗)。
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★人数が多くて、学年差も大きいので、もうすこしこじんまりとやれたら、話はもっともっとすごい展開になったかもしれませんが、最初の経験ですからね、不足の点はお許しください。終了後図書ボランティアのみなさんとお話しして、つぎはぜひ、ここで「日本ペンクラブ・子どもの本委員会」のメンバーとともに、「10歳の質問箱」第2巻発売記念の「大人と子どもの質問大会!」をやってみたいという希望をだしました。さて、これは実現できるでしょうか!?
★でもやっぱり、こどもたちの前で話すと、いろんなことがわかって、おもしろい。まったく予想もつかないことばかりなのは、キャンプといっしょですね!学校の関係者各位、参加されたみなさん、ありがとうございました。これにこりずに、また呼んでくださいね!(写真は最小のサイズに加工しましたから個々の認証はできないと思いますがふつごうがあればメール(katumoshibata@gmail.com)ください。削除します。
★ちなみに「どうしたらこんなすてきな物語が書けますか?」という、それこそ天に舞い上がってしまいそうな質問がありましたよ。また会いましょう。

oyabun1 at 11:38|Permalinkこのエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック