2017年11月15日

11/12、同志社大学で講演してきました。

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★2017年11月12日(日)、京都は同志社大学今出川キャンパス、良心館というところで、「児童文学者が問う いま生きることの意味。」というタイトルの講演会をしてきました。主宰は学友会倶楽部。コーディネートしてくださったのは、大学時代、いっしょに活動していた友人で、現在は鹿砦社(かつて谷川雁の本を出版していたと記憶している)の代表をしておられる松岡利康さん。講演の話があったのは夏の前ですが、なんせ40年以上もご無沙汰の方々の前で話すということは、とても気が重い反面、ある意味「人生のエポック」みたいな気がして、ちょっとわくわくしていました。つまり、わたしのこれまでのことをすべて、話してみる中で、いったいそれがどういう意味があったのか、ということを、自分でも確認してみたかったのだと思います。
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★ま、それにしても、こんな無名の、売れない児童文学作家の講演だといって、はたしてどなたが来てくださるのだろうか、とはちょっと心配でしたが、「週刊金曜日」の裏表紙に大きな広告が載ったりしたせいか、会場はそれなりにいっぱいで、ほっとしました。
★40年ぶりに会う方々がおられました。媒酌人の平林先生(91歳)が来てくださったり、児童文学関係ではひこ・田中さんや、広島のSさん、そして「星の砦」以来のパリラも!……もちろん、当時の「同志」たちは、髪が白くなっていても、ちゃんと誰なのかわかりました。なんかね、握手するでしょ、そのてのひらのぬくもりとか、感触だけで、長い長い年月、かれが何を感じてきたのかが、ちゃんとわかるんです。あ、この手を感じるために今日があったのか、なんて。うん、もちろん、勝手な思いこみなんだけどね。
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★そしてはじまりましたが、これまでの講演では語ったことのない「1970年代」の学生時代の雰囲気をどう伝えればいいのか、いろいろ戸惑いながらの講演となりました。いただいたりネットにあった感想をちょっとだけご紹介しておきます(跋)。
●「とり急ぎ報告。ホームカミングデー・芝田勝茂氏講演会、大盛況で終了しました。教室はほぼ満杯で、話の内容もとても良かった。前半のL共闘時代の話も知らない内容ばかりで、激動の当時の空気が伝わり興味深かったですが、後半の作家になられてからの、特に異世界ファンタジーの世界観をどう構築するかなどの話は同じ国文学専攻として、とても面白かった。……皆さん、ありがとう。(それから、この書き込みをご覧になられていたら)芝田さん、松岡さん、お疲れ様でした。」
●おやぶん。今日は話したくないような話したいようなそんなお話を聞きに行くことができてほんとにラッキーでした。……どうしても聞きに行きたくなったので、急遽予定変更しました。まあ、行ったら怖い人ばっかりいたらどうしようかと思ったり、そんな人たちを見てみたいという怖いもの見たさwもありつつ、こそっと行ってこそっと帰ろうかなーと思ったのですがw、最終的にとても満足した気分になったのでご挨拶しました。……こんな企画をしてくださった同志社の方に感謝したいです。
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●〈われわれの「いちご白書をもう一度」〉を歌いたい ── 11・12同志社大学学友会倶楽部主催・芝田勝茂さん(児童文学作家)講演会……ということで、今年は私の発案で、学生時代直属の先輩だった芝田勝茂さんをお呼びすることになりました。お呼びするに際し、実に37年ぶりに再会しいろいろ話しました。懐かしさと共に、お互いに生き延びてきたことを喜び合いました。……ところが、11・12が近づいてくるにしたがい、「はたしてどれだけの方が参加してくれるだろうか」との強迫観念にさいなまれました。……同日、複数のイベントが重なり、参加者が分散することも懸念されました。……当日朝まで眠れない日が続きました──。しかし、それは杞憂でした! 当日、会場には続々と参加者が押し寄せてくれました。涙が出そうでした。実行委員も含め100人ほどの参加者でした。……私が最初の挨拶と司会・進行を努めさせていただきました。芝田さんのお話は、学生時代の体験から始まりましたので、肯けることばかりでした。……この日、芝田さんの単行本未収録の短編小説3篇を小冊子にし、レジメと共に参加者全員にお配りし喜んでいただきました。また、……『遙かなる一九七〇年代‐京都』の完成を目指しました。元々、長年かけて準備してきていたものですが、11・12に向けて完成させようと、……署名したものを直接芝田さんにお渡しすることができました(奥付の発行日は11月12日)。……(『夕陽の部隊』は『遙かなる一九七〇年代‐京都』に再録されています)。荒井由美の時代の名曲「いちご白書をもう一度」(1975年)からも42年経ちました。世に出たのは、芝田さんや私が失意のなか京都を離れる頃です。月日の経つのは速いものです。……本講演の実行委員のみなさん方、会場に足を運んでいただいた皆様方に、心よりお礼申し上げます。
●すばらしい講演会でした。……芝田さんのお話をしみじみと受けとめました。われわれの魂の底流に流れる何ものかを感じました。100人を超える参加者で大盛況でした。松岡さんのご努力に感謝いたします。
★講演の性質上、みなさん、ご自分の45年を振り返っておられたのだと思います。そのあとの懇親会では、かつて学友会の幹部だった皆さん、それぞれにすごい方々ばかりと、短い間、お話しすることができました。
★資料を文字で読んで受けるものと、聞くのと、その中に入っていて感じるその集まりに自分が持っている感じと、あたりまえですが、違いますね。……それから、おやぶんが、前よりとても元気そうなのでよかったです。
★翌日は、奈良まで足をのばしました。心の舵を、つぎの小説に向けて。

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2017年09月24日

用賀こども食堂訪問記(9月20日)。

★前日、ペンクラブ「こどもの本」委員会の分科会があった。委員長のドリアン助川さんは、こどもの貧困についての分科会を立ち上げ、「こども食堂」になにかペンとしてかかわることができるだろうか、ということで話しあった。で、とりあえずは「こども食堂」の実際を見てこなくては、と、それぞれが近くのこども食堂に行ってみることから始めよう、ということに。……翌日調べると、我が家にいちばん近いのが「用賀こども食堂」で、開催日はまさにその日!これを逃せば次回は10月。これは行ってみるしかないと、午後3時半、徒歩20分で、めざす地区会館に到着。
★二階の大きな部屋、準備に余念のないスタッフに「ペンクラブからきました、児童文学作家の……」というと、代表の瀬尾明子さんがいらっしゃった。ていねいに質問に答えてくださる。
「始めたきっかけ?昔とちがって、地域で大人とこどもが語り合うような場がなくなったことかな。ここは「貧困」対応だけの「こども食堂」ではないです。わたしは、なんか楽しそうかな、と思って始めました。そして、ほんとに、やってて楽しいです。目標は、子ども食堂をなくすことです!」
何人くらいが利用しているんですか?
「いつも、150人から200人がきます。今日なんか、お米は8升炊くんですよ。」すごい。そんな規模なんだ。8升といえば12キロか。わたしたちがキャンプで用意するお米は、30人の二食分、つまり60人分で5キロ。かなりきっちり計算されておられる。維持費は、スポンサーのお金が中心。
「最初、商店街で始めたら、60人ほどが集まり、苦情をいわれ、別の場所に移ったら、そこでも「やめてくれ」といわれ、区役所に相談したら「ここではどうか」と、今の場所(用賀地区会館の一室)になった」
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★「でも、ここでこどもを集めるなんて、うるさくて、汚いことはやめろ。問題が起きたらどうするんだという人がいました。その人に、「とにかく子どもたちの様子を見てごらん」と、ここにつれてきた。「にぎやかで楽しそうでしょ。あなたの心と、この子たちとどっちが汚い?」といったら、その人は、強力な支援者のひとりになりました。反対してくれてた人が、いちばんの味方になったの。そういうことってあるのよ。」(芝田)問題が起きたら、という不安みたいなものは、こういう活動をするものは、いつも頭をよぎることですが。(瀬尾さん)「わたしは、楽しいからやってます。それだけですよ。みんなにもいってる。楽しいからいらっしゃい、って。こんな楽しい事、やらなきゃ損でしょ。」
★初めて手伝いにきた、という女子高校生。渋谷の進学私立だ。黄色いシャツをきているのは、常連のスタッフ。忙しいところを一人一人ひっぱって、話を聞く。おじゃまだろうに、みんな、にこにこして答えてくれる。
電車でやってくる男性。「水曜が半休だから来ている。九州に住んでいたが、そこでもボランティアをやっており、こちらでもできないかと探したら、ここがあった。楽しいです。」
市立K学園家庭科の男性教師。「ボランティア部の顧問になり、生徒をつれて来ることになりました。この子、部長さんです」と、スパゲティーにサラダをからめながら話してくれる。「うちはいじめにはしっかり取り組んでいます」ときっぱり。
三軒茶屋のスナック勤めの女性。「じぶんの別の場所がほしくて」ここはそんな場所ですか?「そうです!」この方にかぎらず、スタッフは、みんな話していて明るく、魅力的な人が多い。
なんと三歳とか五歳の幼児もお手伝いをしている。小学生の男の子もいて、200人のめんどうをみている。和気あいあいだ。この雰囲気、リーダーの瀬尾さんの個性によるところが大きいだろうなあ。アメリカで、いくつものキャンプに参加したが、キャンプディレクターの個性は、キャンプの性格だけでなくスタッフの雰囲気に大きく影響していた。頭の固いディレクターのキャンプは、味気ない。もっともこどもたちは勝手に楽しむが。
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★瀬尾さんが、はしゃいだ声をあげた。見ると、40代の男性が二人、大量の「唐揚げ」を持参してきたのだ。かの人気ゲーム「○○スト」の会社の社長さんだという。「○○ストは4年連続で業界1位の売り上げ。あちこちの子ども食堂を支援しています。お金はあるから(おい)。ここは多くの子ども食堂とはちがいますね。失礼ながら、あなたと同じ団塊の世代の方々が、上から目線でやっているようなのもあれば」失礼だぞ〜〜(笑)。この方たちだけでなく、りっぱな巨峰と、デラウエアが大量に届いていた。「山梨の友人が3千坪の土地と家を持っていて、「キャンプみたいなことをやるんだったら、いつでも貸してあげる」といってるの」みんな彼女を助けたくなるんだろうな。5時をすぎて、お客さんたちが続々と食堂へやってくる。1階が受付で、呼ばれた番号のひとが2階へあがる。
★食べているみなさんにインタビュー。
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「保育園できいたんです」「幼稚園で」「公園で知り合いのママに教えられてきました」「今日、初めてです。通りかかったら、看板のチラシに書いてあったので入ってみました」etc 
夫婦と子ども二人、4人家族が二組むかいあっている。日頃から近所づきあいをしている仲だそうだ。若いパパは二人とも今日が初めてだという。「いいですよね、こういうの」と、外で食べる楽しさ、安さ、家族だけでなく、ほかの人といっしょに食べることの自由さとか開放感にひたっている。近所の方だけでなく、沿線各駅、八王子から来ている人もいる。1回につき40人ていどが机にすわって、空席になったところからつめる。無線マイクで1階に「○○人オーケーです」と連絡すると、待っているひとたちの中から、呼ばれた人数が階段をあがってくる。スタッフ、優秀。
★本日はカレー、サラダとスパゲティー、梨のゼリー。「芝田さんもぜひ食べていって!」と瀬尾さんがおっしゃるので、いただく。おいしかった。ご飯は、サフランライス、かな。
あとで娘に話したら、「用賀(貧困とは関係のないと思われる地域)でこども食堂はないでしょう」という反応だったが、中身を話すと、「いいなあ、いきたいなあ。わたし、この子(2番目)が1歳くらいのとき、もう、ご飯つくるのがいやになって、わたしたちに食事を提供してくれるところがあったらなあ、と痛切に思ったことがある。そこ、行きたい!」といっていた。
そんなお母さんとこどもの三人づれに、「どうでした?」ときいたら、「三百円で、三人で食べることができて、大満足です!」と、にこにこ顔でおっしゃっていた。そうだろうなあ、育児に疲れているとき、こんなところでみんなそろって食べられたら、きっと、前向きの元気をもらえるだろう。
★たしかにここは「貧困」のため、という、こども食堂本来のスタイルからすれば、すこし(いや、大きく?)性格が異なるかもしれない。だが、瀬尾さんは未来のコミュニティを夢みている、そんな気がした。かつてあったものを、ではなく、今、できる関係をつくりあげたいと、思っておられるのではないだろうか。うーん。なんか自分のキャンプにかこつけすぎかな。
はじめてスタッフ参加した高校生に「どうだった?」とたずねる。
「すごかったです!」「何が?」「瀬尾さんです!」
★あ。そういえば本来の目的があった。
(芝田)「ええと、ぼくらにできることとしては、何があるんでしょうか。ここは区の建物だから、本を寄贈というわけにもいかないし、なかなか学習支援というようなこともできないですよね」といったら、瀬尾さんは、顔を輝かせて、「学習支援だったら、会ってほしい人がいます!この近くに、『シングルマザーの家』があるんです。シングルマザーだけで一軒家をシェアして住んでおられるところがあって、きっと需要があるはずです。紹介します!」ということになったのだが、この日はすれ違いで、肝心の話はできなかった。(だめじゃん自分〜〜すみません)みなさん、次回に期待してください!
★印象に残った瀬尾さんのことば。
「ここに来ている子たちの中には、ほんとうの『貧困』の子もいて、わたしだけは把握しています。いま、大人たちは、こどもに話しかけるだけで<不審者>扱いされるのが、現状です。そういうものを、こわすきっかけになればいいと思っているんです」と語った。「でも、楽しいからやってるの。あははっ!」今日の感想をこまごま書いている高校生の肩をたたいて「まじめなこと書いちゃだめっ!」と笑う瀬尾さん。なんか、帰り道、わたしは足が軽かったよ。とてもさわやかな気分になった。そのことだけは、忘れずにドリアンに報告しよう。2017年9月22日記

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2017年08月23日

「いのちは贈りもの」ホロコーストを生きのびて(フランシーヌ・クリストフ/河野万里子訳・岩崎書店2017年7月31日発行)

いのちは贈りもの
(引用)死んだ人たちが、そこらじゅうにころがっていた。/死体焼却場の煙突からは、いつも煙があがっていた。/ベルゲン=ベルゼンに着いたとき、はじめは独特の変なにおいにびっくりしたものだが、もう気にならなくなっていた。/それは人間の肉が焼けるにおい、人間の肉が腐ったにおいだったのだ。(p158)
★ホロコースト、すなわちナチスドイツによるユダヤ人の大量虐殺について、初めて知ったのは中学2年生の頃だったと思う。人類史上、それもつい最近の第二次世界大戦において、そんなことが実際に行われていたという事実はショックだった。広島、長崎の原爆被害を知ったのもほぼ同じ時期だったと思うが、それまでにもたくさん聞いたり、読んだりしていたはずなのに、その年代で初めて強く意識したのは、「死」について、あるいは世界について考え始める時期だったせいかもしれない。
★その情報は、アウシュヴィッツの記録写真からだったと思う。ガス室に送られる裸の人々の群れ。でも、「アンネの日記」など、ユダヤ人迫害の状況を知ることはできても、ガス室に送られた人々が何を考え、どんなふうに生きていたかは、生きのびた一握りの人々の手記とか、そのできごとをあつかった映画などでかろうじて想像するだけだった。みんな、殺されてしまった。人間として、声をあげる前に。
★本書は、9歳で強制収容所に送られた、フランスのユダヤ人少女、フランシーヌ・クリストフが、美しく強く、そして賢い「ママ」と二人ですごした、収容所での記録だ。彼女の父が、「フランス人の戦争捕虜」となったため、ママと彼女は、他のユダヤ人のように「どことも知れないところへ行くと定められた人たちの『出発階段』」へあっさり送られるのではなく、「待機」と「出発」の管理をさせられ、送り出す側となる。そこには、ユダヤ人同士、フランス人とユダヤ人、そしてドイツ兵とのさまざまな人間模様がある。拷問、暴力、垢、しらみ、膿、とびひ、かさぶた、チフス、赤痢、痛み、病人、排泄物、泥、汚物、腐敗、寒さ、飢え、そして死体・死体・死体……。9歳の少女の目は、澄んでいる。何もかも、そのままに見つめている。地獄絵図なのに、見つめる彼女の、ある「透明さ」が全編をつらぬいている。
★もともと、平和なフランスの、パリやニースですごしていた、ある意味恵まれた階層だった著者とその家族は、とつぜん、「生きのびる」ために、やらねばならないことは何かを日々考える、そんなところに突き落とされる。だれだって、生きるためには、何でもする。だが、そのときに、醜さと、美しさのふたつの現れ方をする、それも人間のもっている側面だ。ひとは、自分が生きのびるために、どんな醜いこともする、というものではないのだ。そこには、ちゃんと、「自分以外の人」のために、何かをする気高い人が存在する、ということを、彼女は教えてくれる。もちろん、そうではない人々だって、たくさんいる。それがふつうだろう。その場所は過酷だ。とても過酷だ。
★たとえば「排泄」に関することは「食べる」ことと同様、人間が生きぬくために必要なことだ。だが、同じ鍋を使って、そのふたつのことをやってのけねばならない。そんな中で、少女も、その母も、人間としての「尊厳」を失わないで、生きている。生き抜こうとしている。その姿が胸をうつ。わたしたちは、こんなに強く、そして賢く、また、尊厳を失わないでいることができるだろうか。髪を剃られ、やせ細り、下痢をし、点呼と作業を押しつける兵士や監視者に始終殴られ、同族の人々が毎日殺されたり、死んだり、「遠くへ」連れて行かれる列車に詰めこまれる日々の中で。
★訳者の河野万里子さんは、あとがきの中でこう書いている。
「世界のあちこちで排外的な動きが強まり、テロも絶えない現在、差別や対立や戦争、人としてのありかた、そして平和の尊さについて、本書を通し、読者のみなさんがあらためて考えてくださればと願っています」……戦争など、おろかなことだ。だが、それをあらためて語らなければならない状況に、わたしたちは置かれている。たくさんの方に読んでもらいたい。そして、考えなければならない。いったい、だれが、こんな「戦争」を起こすのか。そして、だれが、どうやって、それをとめることができるのかを。

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