2012年02月08日
メルトダウン〜ドキュメント福島第一原発事故〜 大鹿靖明(講談社)
★よみがえる悪夢★電源車の第一陣である東北電力の2台が、福島第一原発から約5キロ離れた緊急時の対応拠点「福島オフサイトセンター」に到着したのは午後9時をすぎていた。(略)東電本店2階の対策本部では、このときに初めて「やった!」とホッとする歓声があがった。それは官邸も同様だった。(略)ところが、接続プラグが合わなかった。しかも電圧も合わなかった。(略)それには200メートルのケーブルが必要だった。(略)見つからない。(略)いざそれを倉庫から取り出そうとすると今度は鍵がないという。(第1部「悪夢の一週間」第2章 全電源喪失 より)
★あのとき、ニュースとネット情報だけを頼りに、息を呑んで福島第一原発を凝視していたひとりとして、「その現場」がどのようだったのかを知りたいと思い、1月27日に発売されたばかりの本書を買った。現場、東電本社、そして官邸。そこで、それぞれがどのように動き、どのように有能であり、無能であり、何を抱えて行動していたか、という第一部。緊迫した場面が、時系列とともに描かれる。のべ125人にのぼる人々へのインタビューを中心に再構成された「事実」は、公正な筆致で、わたしたちにふたたび「あの日」とは何であったのかを考えさせる。爆発が起きたときに両手で頭をかかえ、「うわーっ」とうめく原子力安全委員会の委員長。「スピーディ」による放射性物質の飛散状況推測データがあったにもかかわらず、「管を始め、官邸の高官たちにはそうした情報は一切もたらされなかった」という事実。海水の注水を停止しろという命令を無視して注水を続行する吉田所長。(のちにこの一件では奇怪な「管おろし」ニュースが新聞に載るのだが)……当時の記憶が当事者のことばで語られ、そこから浮かび上がってくるのは、「電力会社には原発の危機対応能力がまったくなかった」だけではなく、この国の組織そのものが、未曾有の危機に対処する能力に欠けているという、きわめて明快な事実である。正直にいえば、原発推進もへったくれもない。もう、それ以前の問題として、わたしたちの国を動かしているシステムとその従事者たちには、無理なのだ。管理能力とか、状況把握の基本的な力が欠如しているとしかいえない。どの口から、「原発を今後も最高の安全管理で」などといえるのか。
★さらに、あれだけの事故を引き起こしておきながら、事故後においても、なんら反省の色もなく、おのれの立場(利益か)に固執することしかできないひとびとの群れ。これがまた、どこまで多くの人間を動員するのか、あきれるばかりである。描かれていることは、このかんのマスコミなどから流れてくる事象から判断して、さもありなん、と思うことばかりだった。国民は、ここに書かれていることが真実であると知っている。
★これからも、かの「ザ・ロンゲスト・デイ」(ノルマンディー上陸作戦を描いたドキュメント)のように、あの日のことは何度も語られるだろうが、その嚆矢としての労作である。そして……残念なことに、いまだに「過去のこと」ではないのだ。福島原発は、まだまだ、何ひとつ「過去のこと」にしてくれはしない。4号炉の燃料の現状も、放射能汚染も、地震も、目の前にある危機である。
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2012年01月21日
科学という道具。
★我が家の包丁が切れない、ということを、娘も息子も、たまに帰ってきて言うので、ちょっと奮発して新しい包丁を買った。いや、研げばいいのだろうが、まあ、気分も変えてみたわけである。あたらしい包丁は柄まで金属である。そして実によく切れる。で、何が起きたか、というと、……妻が指を切った。★「日ごろ切れない包丁を使ってるものだから、ついつい……」と彼女は言う。そう。なまくら包丁は指など切れないのである。そのつもりで扱ってたら、こんどのはスパッと。(さいわい切り傷ですみました)今までどんな包丁だったのだとあきれる人もいるだろうが、よく切れる包丁は、まさに「凶器」である、とあらためて思った。しかし、包丁は単なる道具である。凶器などであるはずがないのだ。
★そこで連想したのが「科学」についての考えだった。ある高名な思想家が、「わたしは科学の未来を信じている」と語っていた。まるで幸福な時代のひとびとの科学への、楽天的な、信頼感。今ももちろん、そう思っているひとびとは多いと思う。わたしは科学そのものにけちをつけるつもりは毛頭ないし、その切り開いてきた世界の大きさや、それによってたくさんの恩恵を受けてきたことを否定するつもりなどない。
★そうではなくて、「科学」というのは、じつは人間の「道具」にすぎない、ということに気づかなければならない、ということを言っている。言ってきたつもりだ。
「科学」が道具だとわかれば、それを絶対化したり信仰することがおかしいと気づくだろう。その道具を使わないひとも、使うひとも同じ人間であることがわかるだろう。
★たぶん、道具にすぎない「科学」を、ひとはあまりにも崇拝しすぎてきた。科学にたずさわるものもまた然りである。よく切れる包丁のように、わたしたちは「科学」によってじぶんの指を切ってしまうことがある。「科学」を扱うときは、よほど注意しなければならない。そして、どんなに切れる包丁であっても、使うのは「人間」なのだということを、忘れてはいけない。人間は、しょっちゅう過ちをする。過ちだらけである。「科学」を信奉するものは、じぶんがそれを使っているだけのことなのに、いつのまにかじぶんが偉くなったような錯覚をしている。たとえ人間よりも優れたことがどれほどできようと、科学は道具にすぎないのだ。使うのは……あやまちをするのがその特性であるところの人間さまなのだ。未来はたしかに科学とともにある。だが、同じように未来はあやまちだらけの人間とともにあるのだ。
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2012年01月18日
再会〜『<物語>のゆらぎ』見切れない時代の児童文学(奥山恵)〜くろしお出版
★「忘れもしない四月の二日(註・2006年)。研究部が企画した公開研究会<作家と語る・児童文学と「民主主義」>で、私は、芝田勝茂さんと語り合った。そして、三時間あまりの対話のすえ、苦々しい疲労感を深く抱えることになった。」(175ページ)奥山恵がこう書いているように、その日はわたしにとっても忘れられない1日だった。奥山の「疲労感」の理由は彼女の最初の評論集である本書に述べられている。彼女がある意味強いられて民主主義という切り口でわたしとの対話をしなければならなかった苦しさ……だがじつは、その対談は、当のわたしにとっても、深い傷を残して終わっていた。なぜ、わたしの作品について、あんな言われ方をされねばならないのだろう、なぜ、あんな読み方をするひとびとの前で語らねばならないのか……。「じぶんの忍耐にはささやかな誇りを感じた。だが二度とやろうとは思わない」と、その対談集のあとがきに書いたおぼえがある。
★それまで奥山恵はわたしの本のすばらしい読み手である、とわたしはずっと思っていた。彼女の評論に触発され、彼女によってじぶんの意識しなかった側面を思い知らされたこともある。評者と実作者との、緊張に満ちたやりとりができると思ったからこそ引き受けた対談だった。彼女と語り合うのはきっと、ずいぶん大きなひろがりをもたらすだろうと思っていたわたしの想像力の欠如だった。それでも、重い沈黙が支配したあの時間を、おたがいに妥協しなかったという意味で、たしかに双方にとって苦々しい記憶ではあったが、わたしの中に「でもやはり奥山恵だった」という想いだけはあった。以後わたしは児童文学者協会を退会し、奥山恵とも長い間会ってはいなかった。もしかしたら二度と会うことはないかもしれないと思ったこともある。
★先日送られた本書を、おそるおそる開いた。「民主主義」をめぐる彼女の想いのなかで、その対談の部分をふくめ、彼女の心の<揺らぎ>が、いかにも奥山恵らしい率直さで
つづられていた。あの対談のあと「……私は少しずつ芝田さんの作品を思い出していた。(略)思えば芝田さんは、私が「民主主義」を擁護するように語ることに何度も疑問を投げかけていた。そのとき芝田さんは、すでに「民主主義」の先を見ていたように思う。ごく単純化して言えば、動植物や神々の存在、もっと広い「不思議」をも視野に入れた社会……」そんなことばを、わたしは胸ふるえる想いで受けとめた。奥山さんに会いたい、と思った。そして、今日……。
★年賀状で彼女が定時制高校の教員をやめ、いまは柏で、柏地域でははじめての児童書専門店を開いていることは知っていた。いぜんから、そうおっしゃっていた。だが、素人が本屋を自力で立ち上げ、経営していくことがかんたんであるはずがない。どれだけたいへんなことかというくらい、あほな物書き以外ならだれにでもわかる。……わたしはきっかけがほしかったのだと思う。お店は、柏郵便局のそばだというので、道行くひとに尋ねながら歩くと、ふいに見つけた。というより、「あらわれた」みたいだった。
「ハックルベリーブックス」。http://www.huckleberrybooks.jp/
水曜は定休日だというのに、そして、午前中は彼女は白百合女子大の講師をしているというのに、……こうしてたずねていけば、ふいに扉をあけてもちゃあんと会える。そういうものなのだ。古事記でいえば、これこそがわたしの心の清い証である(おい)。そして、わたしたちはいろんなことを話した。ほんのわずかな言葉でも、奥山さんの視点がわかる。わたしが仕事をしながらファンタジーを書いているように、彼女もこの世の中へ、身ひとつで漕ぎ出しながら評論を書いている。彼女の表現への信頼は、そんなことでじゅうぶん足りることではなかったか。ばかだなあ、おれ。もしもこんど彼女と対談するなら(だれも企画してくれないだろうが)、きっと思い切りわたしは率直に、素直になって語れると思う。すくなくともわたしだってそれくらいは成長したのだよ、奥山さん。
※写真は「ハックルベリーブックス」と奥山さん。
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