2005年04月16日

提言〜わたしが書くことを続けられた理由〜その1

何度かに分けて書いていかねばならないかもしれないが、とりあえずやってみよう。
児童文学に携わっている方、それから、これから関わりたいと思っている方にぜひ聞いていただきたいことがある。
わたしが、児童文学の作家であることを続けてこれた……1981年にデビューしてから、今年でなんと24年目になるのだが……ことには、理由がある。わざわざそう書くのは、もしも、同じような立場のひとがいたとしたら、はたしてどうだったか、ということを想像してほしいからだ。
この24年の間に、わたしは単行本を十数冊出版した。その多くが中・長編で、だいたい平均するとひとつの作品に2年ほどの月日がかかっている。まあ、このこと自体にもわたしなりの問題はあるだろうが、長編作家というのは、しかもシリーズものではなくて、ほぼ作品ごとにテーマも異なり、もちろんのこと登場人物も設定も異なるというようなやっかいな(笑)作風を持ってしまうと、だいたいペースとしてはこんなものである。まあ考えてみてください、わたしの代表作といわれる『夜の子どもたち』とか『ふるさとは、夏』とか、『きみに会いたい』とか『星の砦』、『サラシナ』そしてそして、あげていけば全部あげたいけどさ(笑)……異世界ファンタジー『ドーム郡シリーズ』を含めて、それぞれ、そのときのわたしの「書かなくては」という切迫感の象徴のように思えるこれらの作品群が、……いかんいかん。提言をするつもりなのにこれでは思い出話になってしまうぞ。……まあとにかく、これらの本は出版時、ハードカバーで発行され、話題になり、といっても児童文学関係の雑誌や新聞の書評欄にとりあげられ、ということにすぎないが。そして翌年の年度総括批評や各賞候補にあげられて(もらえないが)多少の重版をかさね、やがて忘れられる、という経過をたどることはほぼ同じである。たぶん、こういった長編のほとんどは、まれに大ヒットする作品をのぞいて、同じような経緯をたどっている。かなりの時間と、作家・編集者の努力を費やしたものもずいぶん多いのに、それらが均等に日の目を見ているかといえば、けっしてそうではないもの、の方が多い、というのが実感である。こういった状況は、いったい何を意味しているかわかりますか。……わたしは、たまたま某協会の新人賞選考委員をしたために、「おお!」と思った新人作家が、それからどうなったか、ということをいくつか見てしまった。つまり、みんな、どうなったか、ということです。
さて、ここからわたしはいったい何をいおうとしているのでしょう(笑)。もちろん愚痴をいいたいわけではありません。この国の児童文学の状況を、なんとか変えていきたい、と思っているのです。今までは自分のものを書くことに夢中で……今でもそうだけど……そこまで発言することはしなかった。だけど、わたしだからいえることもあると思った、のです。この項つづく。(某誌からの原稿依頼について考えていたら、こういうことを思いつきました。Mさん。これはあなたへのお返事、その序章です。)
★芝田勝茂へのメール oyabun@b02.itscom.net
★ホームページ『時間の木』http://home.u01.itscom.net/shibata/index.html

oyabun1 at 07:21│Comments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

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