「学校へ行かなくていい」という言葉が、当事者にとっての親にどう響くのか、いままで考えてきたつもりでよく考えられていなかったのかもしれません。




ちゃろさんのブログ






私の呟きに反応してブログを書いていただいたようなので再びリンク貼らせてもらいました。


私が支援に関わらせていただいた方も、それ以前の心の変化までは知りえません。



「学校に行かなくてもいいのでは?」と声をかけるときは、無理をしなくていいんじゃないですかという意味で口にすることが多かったと思います。


子どもの状況を確認して「学校は難しいだろう」というケースは多くはありませんでした。子どものために無理をしないでいいのでは?と口にすることはあまりなかったのです。


つまり、私が「行かなくてもいいんじゃないですか」と言うときは親のことを考えて話していたということです。




子どもの特性(発達などの)などから、「学校は厳しいのではないかしら?」と事前にお話ししていたケースでも、支援後意外にも社会適応して通常学級から社会に出ているケースが多いので、専門家である私が心配するよりも子どもの適応力のほうがすごいということになります。



子どものために「学校にいかなくていい」ではなく、親のためにも「学校だけが全てではない」とお伝えすることが多かったと思います。



それが本当にその家庭にとって良かったかのどうかは知ることはできません。




ちゃろさんが感じたような危機感、コミュニケーション障害のような症状が出るのは比較的短期間で起こることは多くないとは思います。年齢にもよりますが、3年を超えてくるケースなどで症状が重くなる印象です。基本的には退行などによる一過性コミュニケーション能力低下などは、学校に戻ると改善します。


学校生活のどの部分が作用して症状がなくなるのか、明確には説明できませんがこの作用を家庭内でも作ることはできるのかもしれません。ただ私にはその手段がないので学校を利用させてもらう選択をしていますせ。



子どもにとって学校が負担が大きすぎると親が判断した場合は当然回避する選択で良いと思います。「学校が全てではない」のですから。



しかし、学校がまるで子どもを傷つける場所だと受け取られるような発言はいきすぎかもしれません。



復学した子どもたちが卒業式に「卒業いやだな。休んだりしなければよかった」という言葉を聞くにつけ学校がその子にとっては価値があったんだなと結果論ではありますが感じます。


それは学校というシステムというより、友達との絆や思い出(嫌がっていた体育祭のことなども含めて)が彼らにとって大切なものになったということかもしれません。




逆に、私たち親にとって学校ってどんなところだったでしょうか?

いい学生生活の思い出がある親としては、同じように思い出を作ってほしいと感じやすいでしょうね。学校別に楽しくなかったという親にすれば、しんどい思いまでしていく必要あるのか?と感じやすいでしょう。





楽しければ行くべき場所で楽しくなければいく必要がない場所というのも違うような気がします。






うーん。みなさんはどう感じられますでしょうか?





問題提起しておわりにさせていただきますm(__)m







あまり知られていないので、下記のリンクしばらく貼っておくようにします。

不登校が長くなりひきこもったときの行政の窓口
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