2009年01月30日

もしも・・・僕が立つことができるなら

今回はブログのトラックバック(記事を参照している記事のこと)です。

私はまったく存じ上げない佐藤先生という方の講演を聞かれたという記事を参照しています。佐藤先生の奥様の順子さんのご本の中の詩です。

全身の筋肉が萎縮し筋力が衰えていく難病、筋ジストロフィーで20歳までの命と宣告された息子さんに連れ添って行かれる中での気持ちなどを綴られた本とのことでした。

「病の進行は思ったよりも早く、最後に残るはずの手首の筋力もとうとう失われ、最後の瞬間がせまったと静かに悟られたときはまだ高校二年生でした。そして心臓をしぼられるような苦しみの合間に、集まった家族、お世話になった友達、先生、手を貸してくれたたくさんの人達一人一人に自分を助けてくれてうれしかった気持ちとありがとうの感謝の言葉を伝えられ、旅立たれたそうです」
メリーベルさんのブログ「明日も笑顔でいられるように」より

その息子さんが中学一年生のときに書かれた詩だそうです。


もしも・・・もしも・・・
今 僕が立つことできるなら
いつもおんぶの母さんと
肩でせいくらべ してみたい
もう 僕が少し高いだろう
ぼくのほうが大きいだろう

もしも・・・もしも・・・
今 ぼくが歩くことできるなら
ザックザックと 砂浜を
風に吹かれて 歩きたい
ほら 僕の足跡つづくだろう
どこまでも つづくだろう

もしも・・・もしも・・・
今 ぼくが走ることできるなら
汗にまみれて 友達と
力いっぱい走りたい
きっと白いテープ 切るだろう
一等賞に なるだろう

もしも 今 ぼくが立つことできるなら
もしも 今 ぼくが歩くことできるなら
もしも 今 ぼくが走ることできるなら

(引用図書:「ひまわりが咲いたよ」佐藤順子著)





この詩から感じられることは人それぞれでしょう。


今日は私はあるクライアントさんの学校へ、登校後何度目かのご挨拶に行ってきました。

学校の校長先生、担任の先生から学校に無事復学して「信じられないこと。楽しそうに学校で過ごしている」ことを本当に喜んでいただいて、当初はどこまでみんなと一緒のことができるのかと心配していただいていたこともお話いただきました。

また、担任の先生の上手な声かけのおかげで、クラスのみんなからも「いてくれてよかった」とまで言ってもらえるようになったことも教えていただきました。


私は今まで復学支援を専門とする立場でありながら、中立の立場であることを心がけてきました。私が代表を勤めさせていただいている
不登校自立支援センターでも、復学のご相談があった際「復学以外の考え方」ももう一度説明してもらうように指示しています。

多くの機関でゆっくり家にいさせてあげる対応を指導されます。この考え方とは180度違う趣旨でセンターが設立されているのも事実です。

それでも、民間でありながら中立な立場で「どの考え方がご家族にとって一番良い選択なのか」を考えるお手伝いをさせていただくスタンスを取ってきました。

「不登校を乗り越える」という表現や「復学」という考え方「待つのではなく積極的なアプローチ」実際には復学という考え方を選択されなかった方たちや、さまざまな親御さんや子どもたちのことを考えて、声高に復学の必要性を広めようとはしてきませんでした。復学という考えが誰かを逆に苦しめることにならないように気をつけてきました。

カウンセリングにおいても「大丈夫学校へ行けるようになりますよ」とは言わないようにしてきました。

カウンセリング中に「先生。うちにおいで、学校に行けるようにしてあげる、と言ってください。そうすればどんなことでも親としてできることすべてをやってみせます」と親御さんに言われたときも「言えません」と答えてきました。「安易に復学ができる、とは言えないし、復学だけが正しいと考え方を押し付けるようなことは主義としてできないのです」と答えてきました。


とても私の手に負えないと思ったケースをたくさん受け入れてきました。他機関の専門の先生方、学校の先生方、子どもの周りにいるクラスの生徒さん、クラスメイトの親御さんたち数え切れない方たちに助けていただきながら、ここまできました。本当に元気になれた子どもたちを見ても、いくらたくさんの方に喜んでいただいていても私は主義を変えてきませんでした。


私の考えは間違っていたのでしょうか。


「立ちあがりたい」と感じている子どもたちがいることを知っていて、「立ち上がれるように」支える手を私が持っていることを強く訴えることをしてこなかったことは正しいことだったでしょうか。


ずいぶん昔に復学のために支えに入っていた子どもがいました。中学三年生だったその子は無事に高校進学を決めることができました。その子は合格した高校を気に入っていましたし、とても喜んでもいました。その子がポツンとこう言いました。



「先生がもっと早くに来てくれてたらもっと違うこと(違う高校にも行ける様)になってたかな」



その子のケースは実は半年も前に相談を受けていたのです。でも私は背中を押してあげることを善しとせず、いえ、お母さんは一人でも頑張りたいとおっしゃっていましたが、ご主人の意思が不明確だったため、「時間をかけてでも話をしてください。それぞれの考えを押し付けることはよくないので、本当にお二人が協力して頑張れる方法を探してください。正解はひとつではないはず。」  

そう言って私は「支える手を」伸ばそうとはしなかったのです。半年早く支えることができていたら彼女の将来はまた少し違っていたでしょう。



「センターでのインテーク(初回のカウンセリングのこと)は原則ご両親そろって大阪事務所で平日の10時〜17時まで受けること」としています。

けれど、実際のクライアントさんは、支援が始まると24時間OPENの専用携帯電話の番号を渡されて、土曜日でも日曜日でも朝五時でも、夜中の三時でも相談ができるのです。支援が始まってからは、どんなに遠方であっても私が全国とんで来ることを知ります。

最初から平日以外でもカウンセリングをしてあげられたのでは?

ご両親がそろって来られなくても依頼を受けてあげられたのでは?

大阪以外でもカウンセリングをしてあげられたのでは?

悩んでいる親御さんに「大丈夫ですよ。学校へ戻してあげますよ」と言ってあげられたのでは?

そうです。初回であってもいくらでもしてあげられることがあるのにしてこなかったのです。それが正しいと信じて。


詩にある、

「もしも・・・もしも・・・ぼくが立つことができるなら」

「汗にまみれて友達と力いっばい走りたい」


この言葉が私を突き刺すのです。

今日うかがった学校の先生方の信じられないと喜んでいただいている姿と、元気にみんなと汗をかいて力いっぱい走れるようになった子どもことを思い出します。

自分を過大評価しないように戒めて、傲慢にならないように気をつけて、誰も傷つけないように配慮してきたフリをして、私は「支える手」を持ちながらその手を伸ばそうとしてこなかった、これは罪ではないのでしょうか。

もしも 今 ぼくが立つことできるなら
もしも 今 ぼくが歩くことできるなら
もしも 今 ぼくが走ることできるなら




言葉が突き刺さるのです。








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oyatokodomo at 04:04│Comments(9)TrackBack(0)感じる言葉 

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この記事へのコメント

1. Posted by メリーベル   2009年01月30日 16:27
藤本先生の悲鳴が聞こえるような気がしました。

私も罪な事をしてしまいました。苦悩に陥った子どもは手段を持たない弱者なのだということ、周りの大人如何でどちらの方向へも転がることができてしまうのだ・・・病いという決して抗えない苦悩を追った子の詩を読めば読むほど、不登校の子どものことに思いをはせてしまいます。先生をこんな時間に悩ませてしまって申し訳ないです。

先生の「復学という考えが誰かを逆に苦しめることにならないように」「自分を過大評価しないように戒めて、傲慢にならないように気をつけて、誰も傷つけないように配慮してきた」というお気持ちは痛いほどわかります。それはいろんな立場の方への思いやりにあふれるお気持ちだと思います。

今もお子さんの力になりたいという強い信念の元、親御さんの理解と信頼を得るために先生がどれだけの言葉をつくしてお話されているかは想像に難くありません。私の先生(エンカレッジ代表)がそうであるように・・・。

先生が今以上に何かをなさねばいけないのではと悩まれる事については、何を言う事もできず、何のお手伝いできない無力な自分がただただ申し訳ないです。
2. Posted by ノエル   2009年01月30日 20:48
藤本先生へ
上手く伝えられるか、わかりませんが・・・

>中立な立場で「どの考え方がご家族にとって一番良い選択なのか」を考えるお手伝いをさせていただくスタンスを取ってきました。

私は、先生のこの姿勢が、素晴らしいのだと思っています。
最終的な決断をするのは、本人とその親御さん。
たくさんの選択肢を示してあげることで、迷われるかもしれませんが、その中から復学という道を選ぶことは、それなりの覚悟も必要なのではないでしょうか。

藤本先生は、クライアントのみなさんが、お体を心配されるほど、寝る間も惜しんで、ご尽力されています。
それなのに、「もっと、○○してあげられたのでは?」とのお言葉が、私の胸に突き刺さります。
先生、そんなにご自分を責めないでください。

以前、私のブログで、「タイミング」について書いたことがあります。
(去年の7月8日の日記です。もしお時間があれば・・・)
その時に、藤本先生のお力で、中学生の息子さんを復学させていただいた方から、メールをもらいました。
「もっと早くに先生にお会いしたかった。」と言われたところ、「今が、○○さんにとって、いいタイミングだったんですよ。私に出会うまでのことは、決して無駄ではなかったのですよ。」と仰った藤本先生のお言葉が心に残っておられるそうです。

お子さんたちへの先生の熱い想いは、メリーベルさんもおっしゃってるように、とても尊くて、ありがたいものだと思います。
もし私にできることがあるとすれば、こんなに素晴らしい先生がおられるという事実を、伝えていくことだと思っています。
3. Posted by ちゃろ   2009年01月30日 21:48
先生の心の中にお持ちの気持ちが今回あふれたのでしょうか
心のどこかで、ひっかかりがあると日々その思いが成長しあふれる時期がきます。
それを発展させるか又しばらくしまっておくか、もう終わったことにするかで人としての奥ゆきが違ってくるのではないかと思っています
今私は先生に支えてもらっています。この支え手をもって使えるところまでされるだけでもかなりのご苦労があったことと思います。ご自分の努力もぜひ認めてあげてください。

中立の立場をとっておられたお話、私も最初にしていただきました。でも逆にそのことによって冷静に考えをまとめることができ、「ご主人と話し合って下さい」と言われ、初めて真剣に話し合いました。
もし先生がはじめから「学校へもどれますよ」と断言されていれば私自身は努力をしようとすることはなかったかもしれません。
親の心の準備ができていないと、きっと支援をお願いしても不満がでてきてうまくいかず、結局子供にしわよせがいく可能性もあると思います。
親の子供への対応を変えることが、一番難しいのかもしれません。そのための苦しみであり、時間であったのかと思います

今この時点で私は先生方のような復学支援を専門にされている方がいることをたくさんの方に知ってほしいと思いブログを始めました。
不登校児の親になると、最初の混乱がすぎると、冷静に考える時期が訪れるように思います。その時にどんな考え方に出会うかによって道がわかれるのだと思います。その時の選択肢の一つになれればと思います。
4. Posted by ふーみん   2009年01月31日 12:33
先生、あまりご自分を責めないで下さい。

先生の『私は「支える手」を持ちながらその手を伸ばそうとしてこなかった、これは罪ではないのでしょうか』→この言葉が突き刺さります。

誰でも手を伸ばしてもらったら、手をだして助けてもらうことは簡単です。
しかし、さしのばす「手」までは自分で立ち上がらないとダメだと思うのです。そしてその手をつかむかは、つかむ側が決めることです。
がむしゃらになって、そこまでは自力でたどり着かないと!だから先生は間違っていないと思います。

私が先生にお会いすることが出来たのは、いろんな手段を考え拉致があかず、ネットで検索をして調べたり、自分の気持ちを吐き出す場、ブログを作成してノエルさんをはじめ皆さんに巡り会ったことがきっかけです。
あの時にブログを作っておらず、子供と一緒に自分の殻に閉じこもっていたら支援を受けることはなかったのかもしれません。やはり、そこまでは自力で先生の「手」に近づいているんです。
先生は最初に、いろんな手段の話をして下さいましたし、デメリットとメリットの話もして下さいました。それで最終的に支援を受けるか、他の道をとるかは親が決める事だと思います。

先生は寝る時間もないくらいに忙しいし(私は先生は実は三つ子でしょと話したことがありましたよね)、大阪だけでなく全国を飛び回ってらっしゃって、お体のことを心配してしまいます。

私はブログを通して、自分がしてきたことが不登校で悩まれてる方の参考になればと思い続けています。そして藤本先生と息子の担当してくださった先生に対して感謝の気持ちを忘れず、そして苦しかった日々のことを忘れずに二度と繰り返すことのないよう自分を振返る為にも、続けたいと思います。

5. Posted by 藤本   2009年02月05日 02:15
>メリーベルさん

ご自身のブログで紹介される意図とは違う感じ方をしてしまって申し訳ないと思っています。

自分の力で立てたらなら・・・と中学一年生の子どもが自分の状況を悲しく感じている詩が、どうしても学校へ行けなくなった子どもたちの言葉に聞こえてしまって、とても動揺してしまいました。

もっと自分が頑張らないといけないのじゃないかととても焦りを感じてしまったのは、傲慢なことだとも思っています。

それでも、慎重を期すあまり後手にまわっているのではないかという不安はぬぐい去れません。

力になれないどころか、メリーベルさんはじめブログで頑張っておられるお母さんがたを知って、伝える大切さを教わったぐらいです。そういう意味では、私よりも発信するということではブログをされている皆さんに感服するばかりです。

6. Posted by 藤本   2009年02月05日 02:25
>ノエルさん

そうですね。いろんな機関に行かれて私のところへ来られた方には、「無駄な時間じゃなかったはずですよ」とお話しています。

学校へ戻してあげることができた子どもたちや、親御さんの顔を見るのが本当に幸せで、頑張ってきてよかったと感じる瞬間です。

そうですね。そうですね。
7. Posted by 藤本   2009年02月05日 02:36
>ちゃろさん

今、傲慢にも「支える手」を私が持っていると言っていますが、本当に繊細な計算をしてなんとか成果を挙げてる状態です。

小さな判断ひとつ間違うだけで、大きな崩れを招いてしまうかもしれないと常に神経を張っているような感じです。

そんな私にたいしたことはできないはずだ、と目を背けてきたことに気づかされた気持ちなのです。

私があったこともないところでもっとたくさんの子どもたちが苦しんでいることに気づこうともしないで、できることを精一杯頑張ってると現状に甘えてきたのかもしれないと感じているのです。

私が気づきもしなかった、「学校へ戻してあげることができるんだよ」ということを多くの人に伝える必要がある、と考えられたのはちゃろさんです。

灯台下暗しではありませんが、社会に伝える義務を怠っていたとあらためて感じているのです。
8. Posted by 藤本   2009年02月05日 02:44
>ふーみんさん

あなたに聞かされてブログの存在をはじめて知りました。ブログで発信することで、多くの人に伝えるパワーに感動しました。

それが自分こそもっと努力をすべきだとは今まで感じていませんでした。すごいなあ、と感心するばかりで自分のこととは捕らえていませんでした。

私のところまで来られる方たちはとても勉強熱心で自分で道を切り開く方たちでした。

それこそ親のあるべき姿で、私たちはそのお手伝いをするに過ぎないとも考えていました。

子どもたちのことを考えているつもりで、本当は傍観者になっていたのではないかと感じたのです。

自分を甘やかしていたことにも気づかされました。決して皆さんがおっしゃるような、自分を責めている高潔な人間ではありません。できることとできないことの堺目をつけるつもりで、楽をしようとしていたことに気づいてしまっただけなのです。

なにかまだできることがあると強く感じています。
9. Posted by みみ   2012年02月12日 08:11
5 こんにちは先生
我が子は
先生に出会い
復学し1ヶ月になります!
この出会いがなければ…
昨年11月2日大阪に向かいました
必死でした
今思うと何かが
導いてくれたように感じています
人間が
人として生まれ
何を感じ
どう生き
やがて還っていく…
凝縮された局面に出会う事が
あります

どんな言葉を発すべきか…
ただただ仕事をこなすしか
ない事もあります…
天命とか使命とか…運命とか
何か良く
わからない不思議を感じて……………
子育てでも
仕事でも
家庭生活でも
巡り会えた境遇に今自分が
居られる事が
感謝です
……………
藤本先生の難病の方の詩
に揺れる感受性がうれしく幸せに
思ってしまいます………
今この生を
受けて…
私にできる事は
なんでしょうか…
親として
この子にしてやれる事は…
笑える人に!
先生ありがとう
頑張ります

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