有島生馬画伯の絵 日本とベルギーの友情秘話

  • author: oydtss
  • 二〇一一年皐月四日

産経新聞
有島生馬画伯の絵 日本とベルギーの友情秘話

 今般の東日本大震災に対して、世界各国から続々と援助の手が差し伸べられている。日本国民の一人として感謝に堪えない。顧みれば、大正12年の関東大震災の際にも、同様の支援を受けたことがある。とりわけベルギーの厚情は忘れることができない。今や知る人も少ないので紹介しておきたい。

 東京都墨田区に「東京都復興記念館」が建っているが、この記念館の2階に関東大震災の惨状を伝える有島生馬(ありしま・いくま)(1882~1974年)の油絵が展示されている。キャンバスには、廃虚をさまよう人々や亀裂の入った地面に横たわる遺体とともに、現場に駆けつけた山本権兵衛首相の姿が描かれ、傍らに白いスーツの外国人男性と、赤いワンピースの少女が立っているのが目を引く。男性は日本駐在ベルギー大使のバッソンピエール、少女は有島の姪(めい)である。

 実は、震災の一報を受けたベルギー本国では、ただちに「日本人救済ベルギー国内委員会」が結成され、その推進役となったのが同大使だった。有島は外国による日本支援の象徴として、感謝を込め彼をキャンバスに描いたのである。

 では、なぜベルギーがそこまで日本を援助したのか。それはかつての第一次世界大戦のときにさかのぼる。1914年、ドイツはフランスを一気に攻め落とすべく防備の手薄なベルギーとフランスの国境からの侵入をもくろみ、ベルギー領内に軍を進めた。永世中立国ベルギーは、ドイツ軍の無法に対して敢然と立ち向かうものの、みるみる蹂躙(じゅうりん)されていった。

 こうした連日の報道に接した日本人は、勇敢に奮戦するベルギー国民を激励しようと熱烈な支援活動を展開。全国から義援金が集められ、薬品や日用品とともにベルギーへ送り続けた。

 このように、ベルギーが対日支援を惜しまなかったのは、わが国が示した見事なまでの惻隠(そくいん)の情が背景にあってのことである。目下の外国からの援助のなかにも似たような消息はうかがわれる。語り継ぐべきはそうした史実ではないか。

 (中村学園大学教授 占部賢志)






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