カテゴリ: 雑感

今年5月、日本の至宝で五輪金メダリストである村田諒太と、元暫定WBA&WBO世界ミドル級王者であるアッサン・エンダムによるWBA世界ミドル級王座決定戦が行われている。
常に村田が距離を詰め強打を叩き込み、エンダムが手数を出す展開。第5R、村田の強打がヒットしエンダムがダウン。しかし、無類のタフネスを見せたエンダムは、ダウン後も有効打となるヒットは少なかったものの手数を出す展開が続き試合終了。
判定も、ジャッジ一者が117-110で村田を支持も、ジャッジ二者が116-111,115-112でエンダムを支持しエンダムが王者に。
当然、公平性を求める日本のボクシングファンならずとも疑問に思う採点結果。
瞬く間にWBA会長であるヒルベルト・メンドサJr.氏にもこの不可解な採点結果が伝わり、即座に会長自らTwitter上で村田×エンダムの映像を観戦している所をツイート。試合を見終えると、私の採点では117-110で村田だ。と、会長自らTwitter上で違例のツイート。その後、エンダムに付けたジャッジ二者に対し処分を下す結果となっている。







ジャッジの採点基準として四つ。



1)有効打

2)攻勢

3)防御

4)試合支配率



試合では、10ポイントマストシステムが採用され、必ず10-9、そして、ダウンがあった場合には10-8と言ったように、優勢な選手に10点、劣勢に選手に9点、若しくは8点と言った採点を付けるようシステムとして義務付けられている。


因みに、WBCでは世界戦の12ラウンド中、第4R、第8Rに公開採点があり、ポイント次第ではジャッジの見方を思考しつつの戦い方の修正も出来る上に、ポイントが劣勢であれば挽回をはかる為に選手の攻勢が活性化され、試合としての面白みも浮かび上がる仕組みや狙いとなっている。







村田×エンダム戦。村田は、第5Rにダウンを奪取(有効打)。常に距離を詰め有効打を叩き込もうとする姿勢(攻勢)。エンダムのパンチをグローブで弾くパリング、状態を揺らしながら攻撃を貰わない内容(防御)。そして、攻防に有効打で相手をコントロールし自身のペースに持ち込めていた部分(試合支配率)。

一方、エンダムは手数が多かったものの、ヒット数も少なく有効打に満たないパンチばかり。悪く言えば、相手選手のパンチが届かない位置でシャドーボクシングをしている様な雰囲気でもあったかと思う。








今年10月、中国・大同で三つのWBA傘下王座決定戦が行われている。



http://video.sina.com.cn/l/h5/1720543.html(川崎真琴×ヤン・シンシンは、177:00分頃から)




興行は、中国の世界ランカー=カン・ウーと、久保隼にWBA世界Sバンタム級王座を奪われ再起戦となるネオマル・セルメニョ。
元WBC世界ミニマム級王者で中国初のプロボクシング世界王者熊朝忠と、無敗のWBO世界ミニマム級1位ペッチマニー・ゴーキャットジムの、共にWBA傘下王座決定戦。
そして、日本の川崎真琴が、アジア圏内の地域王座獲得歴のある中国のヤン・シンシンとのWBA地域王座決定戦が行われている。

会場は、四方に映像が流れるビジョン。日本の格闘技興行や、ダブル、トリプルのボクシング世界戦が行われる時の様な、会場内に大掛かりな入場口が設置されており、現在の中国のお国の勢いや中国選手の期待の程が伺える大興行な雰囲気であった。

がしかし、出場した中国選手。カン・ウーには、峠を越えた印象のネオマル・セルメニョ。35歳となり来日していた頃の勢いも落ちていた熊朝忠。大会場、大興行に見合った内容にはほど遠い様に思えたのは私だけだったのだろうか。





ホームタウンデシジョンと言う言葉があるように、かつて日本でも、日本人選手がダウンを奪われそうになった所でゴングがなるも、実際には3分(1R)を経過しておらず、日本人選手がダウンを奪われそうになったのを救う為にゴングが鳴った。としか解釈しようがない滅茶苦茶な世界戦があったのも事実。
近年、ホームタウン(日本)でも不公平差を振り払い、公平差を求める日本のボクシングファンも増えてきた様にも思う。

日本人選手の世界戦。最悪極まりない内容ながら、判定で勝利。今までなら、内容はともかく日本人選手が世界戦で勝利した事を喜ぶのみが多数を締めていたかと思う。
だが、最近では試合後のSNS上で、あのジャッジはおかしい。あの選手(日本人選手)は負けていた。と言った内容で、ホームタウン(自国選手)の不公平差を追求する傾向が出来ている。

逆に、村田×エンダム戦のように、日本人選手が内容的に良かったが判定負け。
サッカーのtotoくじや、合法なムエタイの様であれば別だが、非合法なマフィアの賭け事が大拡げで行われている国や、情熱的で愛国心の強い国であれば、大暴動に成りかねない結果。
もし日本がそんな国であれば、大暴動になる前に、始めから村田が敗戦する様な採点にはならなかったのかも知れないが.....。






私自身、ライブ映像で観戦の川崎真琴×ヤン・シンシンのWBA地域王座決定戦。それと、熊朝忠×ペッチマニー・ゴーキャットジムのWBA傘下王座決定戦。
正直、昭和な日本のボクシング会場を観ている印象でもあった。

手数が少ない中国選手だが、有効打がヒットすると会場が大盛り上がりの歓声。ただ、その中国選手への歓声の割合を聴いても数える程度。
ペッチマニーも川崎真琴も、上記で挙げた採点基準4つを当て嵌めれば、なぜ敗戦してしまったのか。疑問しか残らないのである。







本当は、第3国(中立国)で試合を行うのが最良なのかも知れないが、第3国なら公平性を保つ事が出来るのか。と、問われても疑問である。

2013年、現WBA世界Lフライ級王者田口良一が保持していた日本Lフライ級王座にプロ4戦目で挑戦し王座獲得。続く、5戦目には立て続けにOPBF王座も獲得。
翌2014年、一度は王座を明け渡したものの、WBC世界Lフライ級王座通算7度防衛中の王者アドリアン・エルナンデスに挑戦。日本のファンの期待に応える6RTKO勝利で、プロ6戦目にして瞬く間に世界王者へと上り詰めた“モンスター”井上尚弥。

公称身長163cmの井上尚弥だが、プロ入り後のフィジカルトレーニングで筋肉量も増加。減量苦から、Lフライ級(48.97kg)リミットを作る事が困難となり、初防衛後にはあっさり返上に至っている。

2014年末、Lフライ級返上から1年も経たずで一気に階級を2階級アップ。そして、2階級目のターゲットとなった王者がWBO世界Sフライ級王者オマール・ナルバエス。
アマ時代には世界選手権2大会メダリストの実績からプロ転向。プロ転向後も、WBO世界フライ級王座16度防衛。そして、WBO世界Sフライ級も獲得し2階級制覇達成。一時、3階級制覇を目論みノニト・ドネアのWBC&WBO世界バンタム級王座に挑戦するも、途中で試合を諦め、逃げ腰のKO負けだけは逃れたいと言う試合内容で大差判定負けを喫したが、Sフライ級王座も既に11度の防衛をしていた名王者でもある。

2階級制覇が共に二桁防衛。それに加えアマ実績もある名王者。ナルバエスの巧さに翻弄される懸念も大いに考えられた上に、一気に2階級アップした井上尚弥のSフライ級(52.16kg)での適性度。その辺が焦点となったが、蓋を開ければそんな懸念など吹き飛ばす破壊力が名王者の巧さを超越し、誰もが予想し得なかった2RKO勝利で世界2階級制覇達成。

この勝利で一気に井上尚弥の名が世界に轟く要因となった事は言うまでもないかと思う。
現在迄にWBO世界Sフライ級王座5度防衛。元世界王者河野公平戦以外は常に世界1位や上位ランカーを撃破。セールスポイント(強打)が示す様に、軽量級ながら戦績も13勝(11KO)無敗。
海外メディアや海外の記者が日本に凄い選手が居るぞ。と、紹介されると、プロ転向後、海外での試合を経験していないにも関わらず、階級の壁を取り払った仮想でのボクサーランキングであるパウンドフォーパウンドでも、世界王座二桁防衛の内山高志、山中慎介らに続き選出。

9月9日、漸くアメリカの地で“モンスター”井上尚弥が異名を背負いベールを脱ぐ事となっている。







今回、井上尚弥6度目の防衛戦の相手となるのが、アメリカ出身のWBO世界Sフライ級7位アントニオ・ニエベス。
昨年、WBOバンタム級地域王座を獲得すると世界ランク入り。前戦となる今年3月、現WBO世界バンタム級2位にランクされるニコライ・ポタポフに僅差スプリット判定で敗戦したのが唯一の敗戦となり、戦績も17勝(9KO)1敗2分。
上記でも紹介した通り、これまで井上尚弥が世界戦で対戦してきた相手を考えれば、ニエベスの試合映像を含め問題があるように思えない相手。

近年でも、村田諒太デビュー戦の相手にOPBF王者であった柴田明雄が対戦した際、村田が圧勝となる2RTKO勝利であったが、SNS上では、柴田明雄が噛ませ犬ではないかと疑問を持つ者が居たくらいだった。しかし、柴田も巧さがあるボクサーであり、現役OPBF王者。決して弱い選手ではなく、五輪ゴールドメダリストの凄さがプロデビュー戦ながら出た試合なのかと思う。

村田諒太×柴田明雄の試合同様に、今回、井上尚弥がアメリカの地でに求められているのは、スター選手揃いの興行でも、ニエベスが噛ませ犬と思わせるくらいの圧勝劇(KO)。それが必須となってきそうである。







先日、MMA王者コナー・マクレガー戦で復帰も、ほぼ引退のメイウェザー。世界6階級制覇を達成したパッキャオも、全盛期とも言える活躍が期待出来ないのが昨今のアメリカのリング。
同じアジアのマニー・パッキャオも、スーパースター揃いの中量級だからこそ輝ける地位まで上り詰めたが、果たして、軽量級の井上尚弥がスーパースターに飢えているアメリカボクシングファンの度肝を抜く事が出来るのか。

現在、アメリカの地で活躍するKOアーティストとして挙げられるのが、無敗で世界4階級を制覇したローマン・ゴンサレス。
世界王座17連続KO防衛、WBA&WBC&IBF世界ミドル級主要3団体を統一のゲンナディ・ゴロフキン。
ニカラグア出身のローマン・ゴンサレス。カザフスタン出身のゲンナディ・ゴロフキン。彼らも、異国の地から強打を武器に知名度を上げ、パウンドフォーパウンドの上位に挙げられるほどの活躍を見せている。

現在、同階級に居る井上尚弥のライバルと目されるローマン・ゴンサレスも、ミニマム級からSフライ級まで、強打を武器に4階級制覇。パウンドフォーパウンド1位にも選出された選手である。
Sフライ級で既に、驚異的な強打も陰をひそめてきた印象のローマン・ゴンサレスとは違い、まだまだ階級を上げる事が可能な余力を残した井上尚弥には、
活躍次第では複数階級制覇とともに、あらゆるスター選手との対戦がファンのビジョンとして出てくる事は、スター選手へ上り詰める要素を兼ね備えていると言えよう。







今回のアメリカ初進出試合。井上尚弥の最大の難敵となってきそうなのが減量。
Lフライ級から減量苦で2階級アップしSフライ級に上げたのは前述の通り。WBO世界Sフライ級王座13度以上の防衛と掲げているが、既に、Sフライ級でも減量苦ではないかと囁かれている。
更に、プロ転向後、初の海外での試合。日本に居る時とは勝手(減量の食事面など)が違う事はボクシング経験者でなくとも容易に想像出来るかと思う。

プロ転向後は初海外。海外での不安要素ばかりを感じてしまっていたが、新磯高校時代には1年生の時から3年生の時まで、アジアユース、世界ユース、金メダルを獲得したインドネシア大統領杯と、毎年の様に海外で戦っていたこともあり、海外で試合をする事の免疫は出来ているのかも知れない。




“スター選手”とは、ファンの期待通りの結果を出す選手。“スーパースター選手”とは、ファンの期待以上の結果を出す選手である。

軽量級ながらKOで決着出来る強打を持ち合わせている井上尚弥。
9月9日、アメリカ・カリフォルニア州カーソンの地でWBO世界Sフライ級王座6度目の防衛戦のゴングが鳴る。














2017年7月、中国・上海で行われたWBO世界フライ級タイトルマッチ。青天の霹靂とも言うべき衝撃的なアップセットでタイトルが移動している。

北京、ロンドンと2大会連続で五輪金メダルを獲得した地元中国の英雄 鄒市明。
一昨年、今や日本でもお馴染みとなった(当時)IBF世界フライ級王者アムナット・ルエンロエンに挑戦。プロ7戦目での挑戦もあり、アムナットの戦術に嵌まった鄒市明はプロ初黒星とともにタイトル獲得を逃している。
しかし、昨年11月、タイのクワンピチット・ワンソンチャイジムとのWBO世界フライ級王座決定戦を圧倒の大差判定勝利。プロ10戦目にして、中国が待ち侘びた瞬間を演出した鄒市明。

今年7月、そんな鄒市明の待望の初防衛戦。対戦者の名に挙がったのが日本の木村翔。木村翔とは?
後楽園ホールでの観戦を楽しむコアなファンならば何となく名前は......と言う位の認識であったはず、関東圏外のボクシングファンになると、“木村翔”とはどう言った選手なのか。が多数を締めていたかと思う。

一昨年、B級トーナメントを優勝。昨年には、タイでのノンタイトル戦をKO勝利すると6連続KO勝利。勢いそのままに、昨年11月には、大阪でWBO AsiaPacificフライ級王座決定戦を戦い、地元大阪の無敗の新鋭坂本真宏をマジョリティ判定で下し王座獲得。
今年5月、香港でのノンタイトル戦をKO勝利。戦績も、デビュー戦のKO負け以降は2連続引き分けを挟み負けなし。14勝(7KO)1敗2分。更に、WBO AsiaPacific王座を獲得した事によりWBOで世界ランク入りを果たしていた木村翔。
東京・高田馬場にある青木ジム所属である事を考えると、ここ3戦は3連続アウェーでの戦いな雰囲気であったかと思う。

そして、さあ、後楽園ホールでのWBO AsiaPacific王座初防衛戦。と思ったその矢先、初防衛戦の日程も決定していた段階でのWBO世界フライ級王座挑戦のオファー。
WBO AsiaPacific王座防衛戦を振り払い、世界挑戦へ的を絞った青木ジム陣営(木村翔)。日本のボクシングファンも、お世辞にも世界王座獲得を願う言葉をかけられない位の王者へ挑戦することは理解出来ていたはず。しかし、その大方の予想を覆す11RTKO勝利で、あの鄒市明からWBO世界フライ級王座を獲得している。







ところで、木村翔はいつの間にWBOで世界ランク入りしていたのだろうか。

昨年11月、坂本真宏とのWBO AsiaPacificフライ級王座決定戦をマジョリティ判定で王座獲得。その後、WBOで世界ランク入りを果たしている。

昨年9月、近藤明広がWBO AsiaPacific Sライト級王座決定戦を制し王座獲得したことを皮切りに、渡邊卓也、松永宏信、川口勝太、向井寛史、伊藤雅雪、堀川謙一と、立て続けに日本で行われたWBO AsiaPacific王座の各王座決定戦。獲得した日本人選手全員、その後にWBOで世界ランク入りを果たしている。

そもそも世界挑戦資格とは。世界主要4団体(WBA、WBC、IBF、WBO)全て世界15位から挑戦出来る事となっており、各世界主要4団体の傘下王座、或いは地域王座獲得でランク入りするケースもあり、ランキング1位になると指名試合があり、WBAでは9ヶ月、WBCでは1年と言った間隔で、期限以内に各団体王者は1位選手と戦わなければならない義務も課せられている。

日本では、古くからWBA&WBC以外は世界王座ではないと言う位置付けにあったが、2013年に、漸くIBF&WBO世界王座を認証。

2010年に日本で行われた、WBC世界バンタム級王者長谷川穂積11度目の防衛戦。相手は、WBO世界バンタム級王者フェルナンド・モンティエルであったが、当時、JBCはWBO王座を世界王座として認めていなかった為、長谷川穂積勝利でも王座統一とはならず、モンティエル勝利で2団体王座統一となる試合形式で行われている。






各団体世界戦を行うにも王座認証料と言うものが発生する。
王者、挑戦者ともに認証料を団体に支払う事により世界王座戦として認証される事となっている。

2014年に行われたWBA世界Sウェルター級タイトルマッチ。当初、王者エリスランディ・ララにサウル・アルバレスが挑戦する形で進められていたが、挑戦者サウル・アルバレスが認証料不払いでタイトルマッチからノンタイトル戦12回戦に変更になった例もある。

そして、この認証料絡みで言えば、近年WBAの世界王座が正規王座、暫定王座、スーパー王座と、一つの階級に3人もの世界王者が当たり前の様に君臨していた時代もある。これは、WBAがこの認証料目当て(金儲け)に無闇に王座を乱立させていた事が原因であるとも言われている。

本来、暫定王座は、王者が怪我等の理由で長期間試合が行えない事による救済措置。しかし、暫定王者が怪我で試合が行えず、暫定王座の暫定王座決定戦が行われると言う、もはや理解不能で意味不明な王座も発生。その頃と比較すると、WBAも随分と落ち着いた印象となっている。








昨年4月、JPBA(日本プロボクシング協会)は、これまで日本では、日本王座、OPBF(東洋太平洋)王座獲得歴のある選手にのみ世界挑戦を認証していた。
分かりやすく言えば、ノンタイトル戦で世界ランカーと対戦し勝利した事で世界ランク入りした選手でも、日本王座&OPBF王座を獲得経験がなければ世界挑戦は出来ないと言ったもの。
そこに今回、アマ時代に五輪&世界選手権でメダル獲得経験がある者は、日本王座&OPBF王座を獲得してからでなくとも世界挑戦が出来ると言うものが加わっている。
ロンドン五輪でメダルを獲得の、村田諒太、清水聡と言った選手の活躍が、世界挑戦資格に組み込まれた要因であるとも言えよう。








では何故、日本王座&OPBF王座などの地域王座獲得からではないと世界挑戦が不可能になったのか。

1990年前後、日本のバブル期と重なった事もあり、惜しみなく出せる日本マネーで日本人選手の世界挑戦が乱発。
日本人世界王者不在の冬の時代ながら、ジム側も慎重さに欠け、世界挑戦レベルに満たないであろう日本人選手の世界挑戦が幾つも行われ、悉く敗戦していった。
現在の様に二桁防衛する世界王者や、一つの団体でミニマム級からスーパーフライ級まで日本人選手が世界王者に君臨するなど、ほど遠い世界。
それを改め、慎重さを増した事による現在の世界挑戦資格なのかと思う。








かつて、私のTwitterでも、日本王座を獲得し世界ランカー相手にも防衛した(当時)日本王者の世界挑戦が決定した際、上記に当て嵌めれば、世界挑戦に値する選手である為、世界標準の選手である。と、表現した所、『世界標準の選手ではない』と言うコメントが来た事がある。

『世界標準の選手ではない』とコメントして頂いた方の意見は聞けず終いだったが、恐らく、その日本王者の試合を観て、その方が思う主観での世界挑戦レベルに達していない選手であったのかと思う。
しかし、その日本王者。後に二桁防衛する世界王者からダウンを奪うなど善戦。
結果的にも、世界挑戦に値する世界標準の選手であった事は言うまでもなかったのかと思う。




協会が日本ボクシング界の為に世界挑戦乱発を正した規約。
私自身は緩和されても良いのではないかと思っていたが、近年の日本人世界王者輩出に繋がっているのであれば、文句の言いようがない。

49勝(26KO)無敗。2015年9月、元世界王者アンドレ・ベルトとの一戦を最後に、無敗で世界5階級制覇を成し遂げ2度目の引退表明をしたフロイド・メイウェザー・ジュニア(以後メイ)。

元プロボクサーでもある父を持ち、元世界2階級制覇王者ロジャー・メイウェザーは叔父にあたるメイ。

1998年、ヘナロ・エルナンデス戦で初戴冠となるWBC世界Sフェザー級王座獲得。1階級づつ徐々に階級を上げ、2007年には、オスカー・デラホーヤからWBC世界Sウェルター級王座獲得。無敗で世界5階級制覇達成と言う快挙を成し遂げている。

デラホーヤ戦後、リッキー・ハットンとのWBC世界ウェルター級王座戦に勝利するも、2007年に一度引退を表明。
しかし、2009年、ファン・マヌエル・マルケス戦で1年9ヶ月振りに復帰。2度目の引退表明をするまでのアンドレ・ベルト戦まで、10戦を消化し10勝(1KO)0敗としている。

無類のスピードに、L字ガードと言われる構えでディフェンスするディフェンステクニック。
カウンターやスピードを駆使した手数で翻弄するものの、倒しに行ける場面でも倒しに行かない消極性は、10勝(1KO)と言うKO率にも現れ、万が一にも倒されない用心深さは、無敗で世界5階級制覇を達成したにも関わらず、メイが万人に好かれない不人気要素の一つなのかも知れない。

そんなメイが8月26日、MMAトップファイターでもあるコナー・マクレガー戦で、実に約2年振りの復帰を果たす事となっている。
2015年、マニー・パッキャオとの“世紀の一戦”で300億円以上のファイトマネーを手にしたとも言われているメイだが、MONEY(金の亡者)の異名を持つだけに、今回の復帰にも莫大なマネーが動いたのは言うまでもないかと思われるが、Sウェルター級12回戦でのボクシングルールと言う部分も、今年40歳を迎えたメイに取っては好都合であり、金の亡者が復帰へと突き動かすには充分過ぎる好材料だったのかも知れない。







1968年のメキシコ五輪で金メダル獲得しプロ転向のジョージ・フォアマン。
1973年、年間表彰の常連で、素晴らしい試合を幾度となく提供してきた伝説の世界ヘビー級王者の一人ジョー・フレージャーが保持するWBA&WBC世界ヘビー級王座へ挑戦。フォアマンの一つ前となる、1964年の東京五輪金メダリストからプロ転向の伝説フレージャーを2RTKOで下し無敗で世界初戴冠を果たしている。
元王者モハメド・アリとの3度目の防衛戦。強打が売りのフォアマンが終始押し込む展開も、第8Rの小さなチャンスを一気にものにしたアリが、KO勝利で再戴冠。
プロ41戦目であったフォアマンは、この一戦で初黒星とともに王座陥落。“キンサシャの奇跡”と称された一戦で、アリ、フォアマン両者ともに、現在のメイ×パッキャオに匹敵する、当時としては破格のファイトマネーを手にしている。
その後、何戦か再起戦を行うも1977年に28歳の若さで引退を表明。

1987年、妻との離婚に、教会を建て神父となっていたフォアマン。身辺の資金難に見舞われ突如として現役復帰。
世界王者時代のアフロヘアに引き締まった身体とはほど遠い、スキンヘッドに丸々と出たお腹。誰もが復帰を疑う体系ながら、1991年、復帰後24連勝(23KO)で迎えたイベンダー・ホリフィールド戦。3団体統一王者に挑むも敗戦。
1993年、トミー・モリソンとのWBO世界ヘビー級王座決定戦でも、ホリフィールド戦に続く判定負けを喫する結果となったフォアマン。
しかし、翌1994年、復帰後世界戦2連敗のフォアマンを良いカモと見たのか、WBA&IBF王者であったマイケル・モーラーが対戦をオファー。思いがけないチャンスを掴むと、フォアマンは予想を覆す10RKO勝利で再戴冠。
1974年、モハメド・アリにKO負けして以降、実に20年振り。45歳9ヶ月での世界王座再奪取となっている。

その後、マイナータイトル戦出場の為、日本の東京ベイNKホールで試合を行っているが、1997年、後のWBO世界ヘビー級王者シャノン・ブリッグス戦を最後に試合を行っていない。
メディアには正式な引退表明をしていないようだが、今年で68歳。さすがに、2度目の現役復帰はないかと思う。








復帰はない引退のみでフィーチャーするならば、1880年代に初代世界ライト級王者となり5度の防衛に成功しているジャック・マカリーフェ(アイルランド)。彼は、41勝(9KO)9分3無効試合の戦績を残し引退となっている。
私の認識では、世界王座を獲得し無敗で引退した最古の選手であるはず。

恐らく、無敗で引退した世界王者として最も有名な選手かと思われるロッキー・マルシアノ(米国)。
イタリア移民の父を持ち、イタリアの種馬と言われたロッキー・バルボアが主人公の映画『ロッキー』とも被る部分があるものの、題材にした映画かは実際には不明。彼も49勝(43KO)無敗の戦績で引退を表明している。
1951年、晩年ではあったが世界ヘビー級王座25度防衛のジョー・ルイスとのノンタイトル戦で勝利し名前を売ると、翌1952年、当時世界王者に君臨していたジョー・ウォルコットに挑み戴冠。
後の世界Lヘビー級王者アーチ・ムーア戦で6度目の防衛に成功すると、戦う相手がいないと言う理由から引退を表明している。

アジア圏内に目を向けると、最初に無敗のまま引退した選手になると、1980年代に第3代IBF世界Sバンタム級王者となり4度の防衛後に引退した金知元(韓国)が居る。
16勝(7KO)2分の戦績で引退した金知元。当時、設立間もないIBF世界王座を、ボビー・ベルナ(比国)と徐聖仁(韓国)が初代王座決定戦で争い、ベルナが初代王者となり、再戦で徐聖仁が2代目王者になると、そこに金知元が挑戦し獲得。第3代IBF世界Sバンタム級王者となっている。
戴冠後、他団体(WBA&WBC)との統一戦を模索(交渉)する中、同国人李承勲がWBA王座挑戦が決定。よりによって同国人の李と対戦するWBA王者に腹を立てた金知元は、余力を残した状態ながら4度防衛した王座を返上し引退。
それが、世界王者のまま無敗で引退の経緯の様である。

ジャックマカリーフェに関しては不明だが、ロッキー・マルシアノや金知元らに関しては、世界王者のまま無敗で引退する事を意識しての引退ではない事が言えるのかも知れない。







2005年、カリスマ辰吉丈一郎を二度に渡り葬ったV14王者ウィラポン・ナコンルアンプロモーションを下し、WBC世界バンタム級王座を獲得した長谷川穂積。
世界王座獲得後は飛躍的にKO率が上がっていた長谷川は、当時、日本がWBOを認証していなかった事もあり、事実上の統一戦であったWBO王者フェルナンド・モンティエルとの11度目の防衛戦でKO負けを喫するまで、5連続KO防衛を記録するなど、実に同王座10度の防衛に成功。

KO率が上がったのにも理由があり、バンタム級王座獲得当初からバンタム級で身体を作る(減量)のが困難であったとも言われている。
5連続KO防衛時、常に世界1位など上位ランク選手を選択し防衛してきた長谷川穂積だが、5連続KO防衛の内訳も2R、2R、1R、1R、4R(=KOラウンド数)。
常に序盤KOで葬り、長谷川は神の領域だ。などとも評する者も居たが、実際の所は減量苦にあり12R戦えるのか不安との戦いで、言い方を変えれば早期決着しか勝ち続ける手段がなかったとも言えるのかも知れない。

その後、2010年に2階級上げファン・カルロス・プルゴスとのWBC世界フェザー級王座決定戦を判定勝利で世界2階級制覇達成。
2014年、3階級制覇を目論み挑んだIBF世界Sバンタム級王座戦。キコ・マルティネスの強打とタフに及ばず7RTKO負け。
負けたら即引退。キコ・マルティネス戦後は綱渡りの再起戦ではあったが、メキシコの世界ランカーを2連続撃破しクリア。
2016年、長谷川同様に既に2階級制覇を達成しているWBC世界Sバンタム級王者ウーゴ・ルイスへ挑戦。
第9R、渾身の打ち合いを繰り広げルイスを後退りさせると、顎を破壊されたルイス陣営が棄権を申し入れ、9R終了TKO勝利で世界3階級制覇達成。

ファンが期待した世界3階級制覇。ラストファイトとなるルイス戦での第9R、全てを出し切るかの様な渾身の打ち合いを制しての世界3階級制覇。
常にファンの期待に答え続けた長谷川穂積が、自身も納得したであろう3階級目の世界王座。
この退きは、誰も文句が言えない引退表明であるかと思う。







1998年、ドローからの再戦で崔龍洙からWBA世界Sフェザー級王座を獲得した畑山隆則。
WBA世界Sフライ級王者鬼塚勝也のマネージャーに付いていたタレント片岡鶴太郎氏をマネージャーにした他、当時、国内トップファイターであったコウジ有沢、坂本博之らと躊躇せず対戦を実現する思い切りの良さで人気を博した畑山。

WBA世界Sフェザー級王座V2戦で王座陥落するとあっさり引退を表明。
私の記憶が確かなら、引退後間もなく出演したトークバラエティ番組で畑山は、お酒と煙草を吸っており、司会者に大丈夫なのかと問われた時に『引退したので大丈夫です』。と、答えている記憶がある。
しかし、Sフェザー級王座陥落から1年。突如として現役に復帰。しかも、復帰して即1階級上のWBA世界ライト級王座挑戦で復帰と言うから驚きである。
当時、王者であったヒルベルト・セラノを8RKOで下し、難なくと言った印象で世界2階級制覇達成を成し遂げている。

引退表明、復帰、即世界戦、複数階級制覇達成。この流れは、海外のスター選手なら目の当たりにする光景だが、当時、あまり衝撃的に思われていなかったが、日本人がこの流れで複数階級制覇達成は稀であり、もっと賞賛されるべきであったかと思う。








前述した例以外にも、世界5階級制覇王者シュガー・レイ・レナードも、引退表明後3年のブランクを経て世界戦で復帰し、世界王座獲得とともに複数階級制覇達成と言う快挙。

日本人でも、元WBA世界ミニマム級王者星野敬太郎が、ルーキー時代に1度、日本王者時代に1度、そして、世界王座を獲得してから2度の引退表明をしてから復帰を果たしている。









ボクサーの引退と復帰は様々。
ロッキー・マルシアノや長谷川穂積の様に、引退がイコールで戦う理由が無くなった時であって、もう一生リングに上がる事がないこと。

頭の切り替えと身体の切り替えが早いのか、その対角線上に居るのが、フロイド・メイウェザー・ジュニア、ジョージ・フォアマン、畑山隆則、シュガー・レイ・レナード、星野敬太郎と言った選手。
一度頭をOFFにしても、もう一度復帰へのモチベーションを高められる頭と身体。

通常、考えられるのは、復帰を決意しても自身が良かった時の頭(脳)と身体の動きが一致しない時の苦悩に見回れるはず。
キレが戻るまで時間を擁する事を考えると、年を重ねた事による身体能力低下の懸念もあり、本当に良かった時(世界王者時代)の動きに戻るのか。で、復帰するかの境界線が出来てしまうのは、元世界王者に限らず一度引退した選手が復帰する時も同様かと思う。




本来、引退と言う言葉は簡単には口にすることが出来ないのかと思う。復帰に関しても同様。
引退&復帰に関して、上記で簡単に2種類に分別してみたが、最終的には自身が納得するまでやり尽くせたのか。で、一つに纏まるのかと思う。






2007年、全日本ウェルター級新人王獲得後は長らく日本ランカーとして活躍。2010年、次戦で日本ミドル級王座を獲得する事となる淵上誠に判定負け。
がしかし、その試合後、身体に異常をきたし病院でMRI検査をすると脳内出血が発覚。日本では、ほぼ脳内出血が発覚した時点で、完治に伴う治療をしたとしても事実上のライセンス剥奪は確定的であるが為。
2010年、突如として日本でボクシングを行う事が絶望的となった元日本ランカー岳たかはしこと高橋岳。

その後、脳内出血もほぼ完治と言って良い状態まで回復した高橋岳は、ライセンス再発行が不可能な日本に見切りをつけ、海外へ目を向けると渡米。
事細かなメディカルチェックを受けた後、2014年に約4年5ヶ月振りに米国でプロボクサーとして復帰を果たしている。



岳たかはしブログ〔http://gaku0422.blog96.fc2.com/〕(勝手に貼り付け失礼)




高橋岳が練習拠点にしていると思われるワイルドカードジムは、名トレーナー=フレディ・ローチが開くパブリックジム。
そして、ワイルドカードジムがあるカリフォルニア州と言えば、メディカルチェックを含め色々とチェックが厳しく、米国を拠点に戦おうとしていたボクサーが、検査に引っ掛かり日本のジムに方向転換をし、日本でマネジメント契約をしたなんて話しを聞くくらい、米国国内でも厳正なチェックを行う事で有名な州でもある。

実際、試合毎にチェックがあり、試合数日前にも関わらずチェックに引っ掛かれば試合には出場出来ない事は、稀な話しではないようである。
事前の採血や身体の検査は勿論、試合中の打撃戦を観たドクターのドクターチェックがかかりMRI検査を促されるが、検査費用も州コミッショナー持ちと言うから、身体に関しての労り方は徹底しているとしか言いようがない。
日本も本当はこの位までしなければいけないのかも知れない。と、考えさせられる部分でもある。

と、ここで思うのが、日本ではライセンス再発行不可能な脳内出血となった高橋岳だが、前述したような厳正なメディカルチェックを行うカリフォルニア州のチェックをクリア。
今年3月の試合を含め、これまで米国で6試合を消化しているのである。









そんな高橋岳。日本の大手ボクシングジムの米国でのツテとは違い、単身で渡米。一体、どの様に練習環境を確保し、どの様に試合まで漕ぎ着けているのだろうか。


ここからは私自身の認識だが、米国ではパブリックジムでの練習が殆ど。
ワイルドカードジムの様に、スーパースター選手が公開練習でジム内がメディアでごった返す時以外は、通常通り使用料金を支払い練習。
トレーナーも、契約して観て貰う選手も入れば、個人で練習メニューをこなす選手もいる。高橋岳のブログを見ても、トレーナーと契約した。と言う記述もある。
スパーリングに関しても、試合が近ければジム内でスパーリングパートナーを探すなどするのだが、勿論、相手もプロだからスパーリングパートナー料金を支払う様である。
そして、試合だが、マネジメント業をしている人間に頼み試合を組んで貰うのが米国での試合をする上での流れなのかと思う。









それでは、米国とはシステムが異なる日本でプロボクサーとなるにはどう言った流れを踏むのだろうか。 

日本では、ジム所属が原則としてあり、そこからプロテスト前にメディカルチェック。プロテストに合格するとジム所属選手として日本国内外で試合をする事が可能となる。
米国との大きな違いは、月謝と言われる月額の料金を支払っていれば、トレーナーが1から指導をしてくれてプロテスト等の日程もほぼ全てジム側がやってくれる。
プロとなっても、ジム内にトレーナーが常備となり指導。
試合が近づけば、ジム内でスパーリングパートナーを見つけスパーリング。
試合も、ジム側が対戦相手を見つけてくれる上に、試合でもセコンドとして配備となる。



無名選手ならば、米国では本人が練習から試合までをセルフで行うイメージだが、日本ではジム所属となると、練習から試合までの流れが全てジム内で整っており、ジム側がマネジメントまで行ってくれるシステムとなっている。







先日SNS上で、日本では例え世界王者を育てたトレーナーであっても、他に職を持つ兼業トレーナーが殆どである。と言うニュアンスの記事を目にしたが、勿論、日本と米国とのシステムの違いが原因である事は、前述通りかと思う。

米国では、多くのMMAファイターやスーパースターボクサーを手掛けるフレディ・ローチ。
多くの日本人ボクサーの夢を打ち砕く名メキシカン世界王者を輩出したナチョ・ベリスタイン。
伝説の世界ヘビー級王者マイク・タイソンを育てたカス・ダマト
を始め、エディ・ファッチ、ルー・デュバ、エマヌエル・スチュワート等々。海外のボクシング中継を観ると、選手以上に聞く名トレーナーの名前が数多く存在。

恐らく米国でも、トレーナー業が本業として成り立っているのもピンきりなのではないかと思う。
1試合、数億から数十億円と稼ぎ出すスーパースター選手のファイトマネー10%をトレーナーが貰うのと、米国での1試合のファイトマネーがはっきり分からないが、数万から数十万を稼ぎ出す選手の10%を貰うのとでは、格差は一目瞭然。

因みに、日本のプロボクサーが1試合で貰うファイトマネー。
4回戦(C級)が6万円、6回戦(B級)が10万円、8回戦以上(A級)15万円。日本タイトルマッチが、数十万から数百万円。世界タイトルマッチが、数百万から数千万円。
日本タイトルマッチや世界タイトルマッチ等のファイトマネーに関しては、選手によってまちまちなのかと思う。
そして、ここから33%のマネジメント料金が引かれるので、平均的に年間3試合から4試合程度をこなす日本のプロボクサー。日本王者でも厳しいかもしれないが、スポンサードがつけば選手のみで。と言うのも可能となってくるかも知れない。

米国でも同様に、試合を組んで貰うマネジメント料金に、トレーナーと契約していればトレーナーにも料金を支払うので、無名選手、そして王者を育てていない無名トレーナーになると、報酬だけで生活出来るか出来ないかは想像の域だが、単純に考えても理解出来るかと思う。








日本ボクシング界の利便と不便を米国のシステムと比較してみたが、日本ボクシング界のプロボクサーとして戦うシステムは利便性に優れているシステムではある事は感じるものの、米国カリフォルニア州の様な、選手のメディカルチェックを行うシステムや安全面に於いて、これだけの情報社会の中、取り入れる事が出来る可能性があるにも関わらず取り入れていないのは、何か理由があるのだろうか。


それから仮に数年後、日本のジムが誰でも練習や使用が出来るパブリックジム化となり、米国のシステムそのままに、選手が全て自分で練習場所確保から試合を組んで貰う所までしても、戸惑いと不便さが際立つだけか思う。

トレーナーに関しても、米国とは違い日本で巨額のマネーが動くとも思えずだが、それでも、選手と契約してトレーナー報酬を得るシステムにしたら、選手とは違い報酬格差は多少なりとも出てくるのではないかと思う。

日本と米国のシステム、どちらが良いのか。と、問われたら、報酬面で夢を見る事が出来ないものの、利便性を考えたら、日本のシステムの良さを取るべきでは。と思う。



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