2010年01月28日14:39隅田川七福神と向島散策、気がついたこといろいろ
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ひとつ前の日記(落語ウォーキング向島)の続きのようなものです。

 隅田川七福神の由来
文人や画壇など有名人がたくさん集まったサロンだったその昔の向島百花園ですが、百花園を開いた佐原鞠嶋が大事にしていた福禄寿の像があり、それを元に何か正月を楽しむ趣向はないものかと彼らは考えました。向島に七福神が揃えられると隅田川七福神へ至るわけですが、そう上手く揃っていたのでしょうか。

☆福禄寿 向島百花園 主の佐原鞠嶋が持っていた
☆毘沙門天 多聞寺 毘沙門天がご本尊
☆弁財天 長命寺 元々祀っていた
━─━─━─━─ここまでは難なく見つかった━─━─━─━─

☆恵比寿・大黒 三囲稲荷 小祠があることを発見!
☆布袋 弘福寺 黄檗禅に関わりのある布袋和尚の木造があることを発見!

━─━─━─━─どうにか見つかった━─━─━─━─

☆寿老人 白鬚神社 白い鬚の老人が神様にちがいない!

━─━─━─━─かなり無理がありますよ━─━─━─━─

白鬚神社の白い鬚の老人は猿田彦命じゃん!
白鬚神社以外は元からあったということですね〜

 思い入れあります木母寺
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江戸東京散歩 妙見堂〜木母寺 本日のノルマ
墓参の後に向島を散策した日記 2005年03月19日
このときに白鬚神社で鈴根付を買ったんですね。4台前くらいの携帯電話だわ(笑)
ふふふ、2005年3月というと落語にハマってませんね。この年の秋くらいから予定がガッツリ組み込まれてくるのですよ。
まだまだ余裕のあった時期だわ〜

剣客商売 第1シリーズ 第1巻 父と子と/井関道場四天王
木母寺といえば秋山小兵衛、橋場といえば秋山大治郎ですよ。DVDも見よう、日記に用語辞典を書こうと思った過去を思い出しました。ええ、やっていませんとも!ちょっと初心に戻ろうかな。

☆ ぽすれん 鬼平犯科帳 第1シリーズ 第6巻 狐火/笹やのお熊
小説だと11話と13話。
木母寺に行きたくてたまらない私がいました(笑)

☆ 鬼平ウォーキング 「密偵」を歩く 橋場〜玉姫稲荷
橋場一丁目の妙亀塚公園に行っている。木母寺の梅若丸の母を妙亀尼と言った。板橋に移転した総泉寺の中の妙亀庵に妙亀塚と妙亀明神があったという。木母寺近辺に庵を建てたのではなく、対岸のこの地に建てたのですね。なぜ〜?結局、浅茅ヶ原の鏡ヶ池に飛び込み死んでしまった。その池の傍らに作ったのが妙亀塚だ。2007年3月に訪ねたときは公園が工事中で中に入れなかったが、今はどうなっているのだろうか。

 木母寺の本尊と白鬚神社を建てた人は同じだよ
比叡山延暦寺のえらいお坊さん、元三大師(慈恵大師)がこの地にやってきて白鬚神社を作ったというのはわかる。みんなえらいお坊さんに弱いからね。疫病とか飢饉とか拝むものが欲しいよね。じゃあなぜ、木母寺の本尊も元三大師なのかしらん?梅若塚があって寺が建てられた。梅若が延暦寺へ修行へ行く途中に攫われた故か。梅若供養のために元三大師が江戸に来て、来たついでに白鬚神社も作ったのかしら。なあんて考えてみた。時代は合ってる?

 永井荷風「濹東綺譚」の舞台
(※blogに表示すると<サンズイに墨>が文字化けするようです)
今回の散策で触れることもなく、「玉の井」の文字を見かけたのは「隅田川七福神」の街案内地図に「玉の井」とだけ書かれていました。触れられたくないからでしょうか。その街に住んでいる人の前で説明もしにくいですしね。
「東向島駅」の旧名でもあるのですが、そのことをwikipediaの「東向島駅」でも書かれていませんでした。その変わり「玉の井」は個別に載っていました。
wikipedia「玉の井」
「断腸亭日乗」を去年買ったまま積読なんだよなあ。読まなきゃ!

 落語で聴きたい「橋場の雪」
柳家三三さんしかかけていないのかしら〜
「橋場の雪」=「夢の瀬川」で「夢の酒」はこの落語からの抜きということを知る。ということは「夢の酒」のフルバージョンということでしょうか。
聴いたことがないのでわからないのですが・・・
あっ!2/21の夢空間主催の独演会でネタ出しだ。しまった!
是非聴いて歩いてみたいなあ。

これで余談はおしまい。

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