2023年05月26日

TAR ター 【B+】

tar題名:TAR/ター
評価:B+
原題:Tar
国:米国
制作年:2022年
監督:トッド・フィールド
制作:Focus Features,Standard Film Company,EMJAG Productions他
場所:ベルリン,ニューヨーク
時代:現代
新作
 最初にスタッフのリストが提示され,本編の最初はリディア・ター(ケイト・ブランシェット)へのインタビューで,ここでこれまでの経歴が披露される。有力オーケストラで指揮者として豊富な経験があり,数々の音楽賞を得て,現在は,ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団における女性初の首席指揮者である。作曲家でもあり,まもなく著者が刊行される。マーラーの交響曲全曲の録音が進行中で,現在は,残る第5番のリハーサル中である。私生活は,パートナーのシャロン(ニーナ・ホス)と子供が一人いるが,同性愛者であることは周知されている。しかし,リディアは,不眠に悩まされている。また,住んでいるアパートの隣人からの干渉もある。やがて,若手音楽家の自殺,副指揮者の解雇などリディアのハラスメントが告発され,疎まれるようになる。

 2時間40分という長さなので,寝てしまわないかと心配だったが,前半はともかく後半は,集中力が持続した。しかし,作品の側の説明不足もあるが,自殺した女性に対するハラスメント,アシスタントのフランチェスカ(ノエミ・メルラン)の離脱の事情,オルガの正体,そして最後の場面など良く理解できないままに終わった。ケイト・ブランシェットはこの映画のためにドイツ語を学び,ピアノの再訓練をうけたとのこと。伝記ではなく,かといって,教訓などは引き出しにくく,落ち着かない気分のまま,ここでは終わらないだろうなと思った箇所で終わった。

p-5762508 at 19:15 

2023年04月13日

パリタクシー 【B】

BelleCourse題名:パリタクシー
評価:
原題:Une Belle Course
国:フランス,ベルギー
制作年:2022年
監督:クリスチャン・カリオン
制作:Pathe他
場所:パリ
時代:2020年代
新作

 パリのタクシー運転手シャルル(ダニー・ブーン)は,わずかな違反をすれば免停になる上,金銭的な問題を抱えていて憂鬱だった。郊外まで行って客を拾い,施設まで送り届けるよう指令を受けた。小さなトランクを持って乗ってきた老女(リーヌ・ルノー)はマドレーヌと名乗り92歳と告げる。マドレーヌは,あちこち寄り道をさせ,車内では,前半生の1950年代について話した。シャルルは,その不幸な出来事に,そして,淡々と語る声に,さらに最後となるであろう外出を楽しもうとする姿に次第に同情し,徐々に打ち解けていく。

 ハートフルであることは確かであるが,期待していたような内容ではなかった。フランスの1950年代の司法を告発しているように見える。そして,こうした結末なら,彼女が後半生に何をしてきたのか知りたいと思ってしまう。今のパリの市街を解説なしで見せてくれるところはよいのだが。


p-5762508 at 09:59映画 

2023年04月10日

IR/エア 【B】

air
題名:AIR/エア
評価:
原題:AIR
国:米国
制作年:2023年
監督:ベン・アフレック
制作:Amazon
場所:オレゴン州ビーバートン
時代:1984年
新作

 ナイキの本社は,秀麗なフッド山の見えるオレゴン州の小都市にあった。1984年に,ナイキは,バスケットシューズの業界では,コンバース、アディダスに水をあけられ,危機的な状況だった。CEOのフィル(ベン・アフレック)は,費用を出し渋っていることもあって,有力な選手との契約が難しい状況にだった。バスケットの世界で名を知られているソニー(マット・デイモン)は,ビデオを観ていて,まだ,プロバスケット界にデビュー前のマイケル・ジョーダンが他の選手とは異なる次元の傑出した選手であることに気づき,契約を結ぼうとするが,数々の障害があった。それを克服し,新しいシューズを産み出した。

 サクセス・ストーリーであるが,マイケル・ジョーダン自身が主役というわけではなく,ナイキの側の話である。マイケル・ジョーダン役はいるものの極めて影が薄い。また,エアの開発過程も出てはくるが,シューズ開発よりも,契約の話が中心となっている。マイケル・ジョーダンの母親がタフネゴシエーターであること,弁護士が極めて下品な台詞を長々としゃべることなどが印象に残った。ベン・アフレックとマット・デイモンは,25年以上のコンビで,今も仲が良さそう。ただ,この役のために中年太りしたのだろうか。マット・デイモンはいつもと印象が違う。ソニーがマイケル・ジョーダンに賭けようとしたのは,そのプレーにだけ感心したのではなく,チームの他の選手たちが,ただ立って待っているだけのマイケル・ジョーダンの得点力を完全に信頼していて,最後のパスを彼に出しているのが判ったからだった。カリスマだった。



p-5762508 at 23:08 

2023年03月17日

コンペティション 【A−】

CompetenciaOficial題名:コンペティション
評価:A−
原題:Competencia Oficial
国:スペイン,アルゼンチン
制作年:2021年
監督:ガストン・ドゥプラット,マリアノ・コーン
制作:Orange他
場所:マドリッド
時代:現代
新作
 スペインの80歳になる億万長者の実業家が,社会的名声を求めて,私費を投じて名の残る事業を企てる。自分の名の付いた橋の建設とともに思いついたのが,偉大な映画を残すことだった。早速,ノーベル賞作家の小説の映画化権を高額で買い取り,最高の人材を雇って制作を開始する。監督として受賞歴があって,天才監督と言われているローラ・クエバス(ペネロペ・クルス)が起用された。そして,ハリウッドスターのフェリックス・リベロ(アントニオ・バンデラス)と老齢の舞台俳優のイバン・トーレス(オスカル・マルティネス)が出演することになり,本読みが始まった。最初は,エキセントリックで,次々に奇抜なアイデアを繰り出すローラに二人の俳優は翻弄されるが,やがて,それぞれのエゴ,自己顕示欲が露わになる。

 ペネロペ・クルス主演というだけで観たのだが,期待以上だった。中心は女一人,男二人なのだけれど,恋愛感情は全くなく,サスペンスでもなく,支配欲や名誉など心理的な側面がクローズアップされる。そのため,皮肉とユーモアに満ちた,質の高いコメディとなっている。ペネロペ・クルスの服装は常に奇妙で,アイデアは豊富,俳優二人は彼女になかなか付いていけない。とはいえ,それぞれ経験豊富であるので,やがて,他の二人を騙すようにもなっていく。撮影現場ではなく本読みの段階であるが,その会場と趣向は常に変わり,そこで繰り広げられる騒動に観客も巻き込まれてしまう。しかし,わかりやすく,伏線も用意されている。ペネロペ・クルスは,世の中の出来事と違い,映画には必ず終わりがあると言うが,どこで終わっても,また終わらなくてもよい映画だった。

p-5762508 at 22:23映画 

2023年03月03日

丘の上の本屋さん 【B】

Ildirittollafelicità題名:丘の上の本屋さん
評価:
原題:Il diritto alla felicita
国:イタリア
制作年:2021年
監督:クラウディオ・ロッシ・マッシミ
制作:Imago Film
場所:イタリア
時代:現代
新作

 イタリアに多くみられる丘の上に作られた町の広場に面して古本屋がある。この広場からは丘陵地帯と眼下に広がる森や林,農地を眺めることができる。高齢の書店主はリベロ(レモ・ジローネ)と呼ばれている。隣のバールのウェイターのリベロ(コッラード・フォルトゥーナ)が,助けてくれる。『わが闘争』の初版本が欲しいというファシストの男,自分が昔出した本を探す大学教授,雇い主の女性がフォトコミックを求めているので見付けて欲しいというメイドなどがやってくる。ある時,リベロは店の外から本を眺めている移民の少年に気付いた。その子エシエン(ディディー・ローレンツ・チュンブ)は,まだ本を読んだことがないらしいので,まずコミックを貸し,返しに来ると次第に難しい本を貸すようになった。

 原題は『幸福への権利』であり,移民の少年と古書店主との間の本を仲立ちとした交流により読書を振興しようとする映画である。時代は,アマゾンが存在しているので,現代と思われるが,古書店にはパソコンもないし,スマートフォンを使っている登場人物もいない。店は,書架が立ち並んでいるわけではなく,店の狭い入口から両方の壁にある書棚に千冊ほどの本が並んでいるだけである。哲学書や発禁本のコーナーがある。イタリアの普通の古書店や,その客のことがわかってよかった。エシエンに渡す本は,国際色豊かで徐々に高度になっていくのだが,最後の本については,映画の主張が強く出過ぎて鼻白んだ。

p-5762508 at 22:16映画 

2023年03月02日

ベネデッタ 【B+】

Benedetta題名:ベネデッタ
評価:B+
原題:Benedetta
国:フランス,オランダ
原作:Judith C. Brown『ルネサンス修道女物語』
制作年:2021年
監督:ポール・ヴァーホーヴェン
制作:SBS Productions,Pathe,France 2 Cinema
場所:イタリア,トスカーナ地方
時代:17世紀
新作
 17世紀のイタリアのフィレンツェに近い村の裕福な家に生まれた8歳のベネデッタは,信心深く,不思議な現象を引き起こすこともある。持参金付きでペシアのテアティン修道院修に入り修道女となる。それから18年が経って,修道女として過ごすベネデッタ(ヴィルジニー・エフィラ)の前に,貧しく教育はなく,DV被害者のバルトロメア(ダフネ・パタキア)が逃げ込んできたので救った。ベネデッタは,キリストを幻視するようになり,信仰には痛みを引き受けることが必要だと言われる。やがてベネデッタの身体に十字架にかかったキリストと同様の傷が現れる。修道院長(シャーロット・ランプリング)は,疑いを持って居るが,教区長とともに,修道院と町の名を高めるために,聖痕とみなすようになっていく。

 ベネデッタは聖女なのか魔女なのか,それとも嘘つきなのか,精神を病んでいるのかよくわからないままに進行していく。ハラスメント,同性愛,ペスト,カトリックの信仰や教会など何層にもわたる背景が示されるが,それぞれを正面から取り上げているわけではない。またカトリックの世俗的な側面を揶揄してもいない。最後に謎解きをしないのがよい。17世紀のイタリアの修道院の生活が大部分であり,残酷である反面,快適そうでもあった。

p-5762508 at 20:52映画 

2023年02月24日

アラビアンナイト 三千年の願い 【A−】

TTYL題名:アラビアンナイト 三千年の願い
評価:A−
原題:Three Thousand Years of Longing
国:オーストラリア,米国
原作:A.S.バイアット"The Djinn in the Nightingale's Eye"
制作年:2022年
監督:ジョージ・ミラー
制作:Kennedy Miller MitchellKennedy Miller Productions
場所:トルコ,ロンドン
時代:三千年
新作
 物語の構造や機能を研究対象とするナラトロジー(物語論)の研究者である初老のアリシア・ビニー博士(ティルダ・スウィントン)は,トルコのイスタンブールで開かれている国際学会に出席するためトルコに来ていた。市内に買い物に出かけ,ある店で古いガラスの壺を見付けて買い,ホテルで蓋をあけると魔神(ジン)(イドリス・エルバ)が出てきた。ジンは,主人に三つの願いを言わせて,かなえると自分は自由になると言う。しかしながら,人生に満足していて,しかも「三つの願い」の持つ問題や罠を十分に理解していて,願いを言い出さない。そこで,ジンは,これまで三千年の間,何度も封じ込められ,愛したシバの女王から,後宮にいたが高度な科学的知識,哲学を身につけるに至った若い女性のことまでをアリシアに語りはじめる。

 アラビアンナイト風に奇怪でグロテスク,また驚異的な物語をCGを駆使しながらみせるファンタジーの短篇集であり,とても楽しめることのできる映画だった。観た映画館では座席は少ないもののほぼ満員で驚いた。そう頭を使わなくてただ観ていればよいのだけれど,突然,深い人生や人間に対する認識を披瀝しているようにみえる場面もある。三人の男が海で溺れていた,それぞれに一つだけ願いがかなえようと言ってやると,一人目と二人目は,家族のもとに返してほしいと望んで家に帰った。三番目の男は,その二人を海に戻して欲しいと願った。ジンが気に入っていたゼフィールの願いは「知識を得ること」だった。ただ,あまりよい結末が思い浮かばなかったのかとは思う。

p-5762508 at 22:22映画 

2023年01月07日

離ればなれになっても 【B】

Gliannipiubelli題名:離ればなれになっても
評価:
原題:Gli anni piu belli
国:イタリア
制作年:2020年
監督:ガブリエレ・ムッチーノ
制作:Lotus Production,Rai Cinema,3 Marys Entertainment
場所:ローマ,ナポリ
時代:1980年代〜2010年代
新作

 1982年のローマで,ティンエイジャーのパオロ(キム・ロッシ・スチュアート),ジュリオ(ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ),リカルド(クラウディオ・サンタマリア)は,青春を謳歌していた。16歳の少女ジェンマ(ミカエラ・ラマッツォッティ)はパオロを好きになる。が,やがて母親が死に,伯母の住むナポリに引き取られて,パオロと離ればなれになる。その後,三人の男は社会に出るが,まだ安定した暮らしにはほど遠かった。高校の教師を目指していたパオロは,臨時教員という不安定な職しかなかった。映画ジャーナリストを目指すリカルドもなかなか世に出られなかった。弁護士のジュリオは,弱者の支援活動をしていたが,不正な活動をしている裕福な男に気に入られて,その娘と結婚する。やがて,パオロはジェンマと再会するが,別人のようになっていた。

 原題を直訳すると「最も美しい年月」となるが,邦題は観たままであって何の工夫もない。結末からみればパオロとジェンマの純愛物語,ジェンマが16歳のころとは一変しているのでその印象は薄い。簡単に言えば,40年の間に,それぞれにとって,いろいろあったということになる。別離や再会,結婚と離婚,浮き沈みといったある意味で平凡な繰り返しをうまく組み合わせている。イタリアでは大ヒットとのことだが,きっと登場人物の誰かと自分を重ねることができたのだろう。

p-5762508 at 21:38映画 

2022年11月27日

グリーン・ナイト 【A−】

greenknirht題名:グリーン・ナイト
評価:A−
原題:The Green Knight
原作:
国:米国,カナダ,アイルランド
制作年:"Sir Gawain and the Green Knight"
監督:デヴィッド・ロウリー
制作:Sailor Bear, Bron sudios, A24他
場所:英国
時代:アーサー王の時代
新作

 クリスマスのアーサー王の宮廷に騎士たちが集まっているところに「緑の騎士」が馬に乗って入ってくる。そして,戦いを挑むが,そこにいた王の甥にあたるガウェイン (デヴ・パテル) が王から剣を渡され応じることになる。緑の騎士は,もし自分が負けて首を打ち落とされたら,ガウェインは一年後に緑の礼拝堂に行って,同じ目に遭わなければならないと語る。闘うことなくひざまずく緑の騎士の首をガウェインは打ち落とすが,騎士は首を抱えて去る。ガウェインの評判は高まるが,次第に忘れられていく。次のクリスマスが近づくとガウェインはだらしない毎日をやめ,緑の礼拝堂に向かって旅に出る。旅の途中で酷い目にあったり,城で歓待されたりする。

 ただ,観ているだけでよい,満足できる映画だった。ストーリーはあるが,剣と魔法の時代であり,理由なく不思議な出来事がおき,わかりやすさなどは放棄して進行する。全体的に悠長で,長回しが多い反面,付いていけないほど場面転換が激しい部分もある。したがって結末もよくわからない。首を打ち落とされても元通りの人物が二人もいるのだからガウェインも気にしなくてもよいはずなどと思ってはいけないが,特によいのは,こうした因果関係,教訓や象徴とは一切無縁であることだ。アイルランドの荒涼とした美しい景色だけが現実である。主人公ガウェインは勇猛な若者ではなく,くたびれはじめた中年男。アリシア・ヴィカンダーは,二役で登場しているらしい。

p-5762508 at 07:46 

2022年11月22日

ザ・メニュー 【C】

themenue題名:ザ・メニュー
評価:
原題:The Menu
国:米国
制作年:2022年
監督:マーク・マイロッド
制作:Alienworx Productions
場所:米国太平洋岸近くの島
時代:現代
新作

 米国の太平洋岸の島に著名なシェフであるスローヴィク(レイフ・ファインズ)のレストラン「ホーソン」がある。予約したのか,招待されたのか俳優や料理評論家など12人の客が島を訪れ,食材などを見学する。レストラン客のテーブルの反対側にオープンキッチンがあり,十数名のコックが働いている。シェフが合図をすると即座に各テーブルに料理が運ばれる。ところが,予定にない客,異分子としてマーゴ(アニャ・テイラー=ジョイ)がいる。やがて,スローヴィクは客に対し不穏な趣向を見せ始める。

 国内外での評価は高いが,真面目に作った作品とは思えなかった。多少のほのめかしはあるのだが,不可解なまま終わってしまう。客の素性もよく知らされないので,スローヴィクの意図は不明,料理も名前と材料は明らかにされても,料理自体は詳しく説明しないし見せないのでグルメのための映画ではない。もっとも馬鹿げているのは,最後にマーゴに提供される代物である。凝ったフランス料理よりファストフードというのは,あまりに通俗的であろう。いずれにせよ。辺鄙な場所にレストランを構える有名シェフにとっては迷惑な映画である。


p-5762508 at 20:06映画 

2022年10月14日

七人樂隊 【B】

Septet題名:七人樂隊
評価:
国:香港
制作年:2022年
監督:ジョニー・トー他
場所:香港
時代:1950年代〜未来
新作

 香港の七人の映画監督が1950年代から未来までの香港を背景にして撮ったオムニバス映画。「稽古」,「校長先生」,「別れの夜」,「回帰」,「ボロ儲け」,「道に迷う」,「深い会話」の七篇からなるからなる。

 それぞれ時代も題材も異なるが,印象に残ったのは,「校長先生」,「回帰」,「道に迷う」だった。「校長先生」(アン・ホイ監督)は,1961年の小学校の校長と生徒が2001年の同窓会で再会するのだが,実は,皆が思い出すのは生徒たちを暖かく静かに見守っていた女性教師のことだった。黒沢明『まあだだよ』を思い出すが,しつこく長い『まあだだよ』より,この「校長先生」のほうがずっと上質だった。「回帰」(ユエン・ウーピン監督)は,長くひとり暮らしを続けてきた老人のところに,カナダで暮らす10代の孫娘が受験のために泊まりにやってくる。ありふれた老人と孫娘の交流だが,香港を感じさせる。「道に迷う」(リンゴ・ラム監督)は,久しぶりに英国から香港に戻ってきた男が,香港島の中環で待ち合わせている妻と息子に会おうとするが,町全体が様変わりしていて,迷うというだけである。似たような名前のビルが建ち並び,わかりにくい歩道橋があるという点では,東京の渋谷や品川,横浜なども同様で,現代の繁華街はどこも同じと思わせる。全体の背景の一つに香港の人々の海外脱出の長い歴史がある。

p-5762508 at 00:10映画 

2022年10月06日

ダウントン・アビー 新たなる時代へ 【B+】

downtonabbynew題名:ダウントン・アビー 新たなる時代へ
評価:B+
原題:Downton Abbey a New Era
国:英国,米国
制作年:2022年
監督:サイモン・カーティス
制作:Carnival Film & Television
場所:英国,フランス
時代:1928年
新作

 1928年にダウントンアビーを映画の撮影に一か月ほど貸して欲しいという申し入れがあった。反対意見も多かったが,メアリー(ミシェル・ドッカリー)は,承諾した。撮影に使わせると屋根の水漏れの修理費用が手に入るからだった。一方,ロバート(ヒュー・ボネヴィル)は,母バイオレット(マギー・スミス)が南フランスのヴィラを相続したので,コーラ(エリザベス・マクガヴァン)らと共にその事情をきくためにフランスに出かけることになった。使用人も残る組と南仏組とに分かれる。やがて,主演俳優や監督などクルーがやってきて撮影が始まった。主演女優の身勝手にメイドは悩まされる。この時期,映画は無声からトーキーへと移りつつあった。このまま無声映画として完成しても客を呼べないと予想され,急遽,トーキー映画にするため声を入れることになった。しかし,簡単にはいかない。ロバートは,南仏で,自分の出自について,納得しがたい説明を受けることになった。

 結婚式に始まり葬儀で終わる。エリザベス女王の死去と葬儀の前に撮影されたこの映画でも,親族は棺を載せた車に付き添って延々と歩いて行く。前回は国王夫妻の訪問だったが,今回は映画の撮影によってトラブルが起きる。関わる人数を少し減らすためか,南仏行きのエピソードが挟まるが,この部分は水と油というか,あまりしっくりとしていないし,散漫になったおり,無くても良いトピックだった。それより,メアリーが主演女優をどのように説得し,訓練したかをみせたほうがよかったのではないか。



p-5762508 at 23:17映画 

2022年09月17日

靴ひものロンド 【B−】

Lacci題名:靴ひものロンド
評価:B−
原題:Lacci
国:イタリア,フランス
原作:ドメニコ・スタルノーネ『靴ひも』(新潮社)
制作年:2020年
監督:ダニエーレ・ルケッティ
制作:IBC Movie
場所:ナポリ,ローマ
時代:1980年代,現代
新作

 1890年代はじめのナポリでアルド(ルイジ・ロ・カーショ)は,ラジオで朗読を担当し人気があった。妻のローマ育ちのヴァンダ(アルバ・ロルヴァケ )と二人の子供と平凡に平和に暮らしていた。ある日,アルドはヴァンダにローマに愛人リディア(リンダ・カリーディ)がいると告白する。怒ったヴァンダは,アルドを家から追い出し,自殺を図る。自殺は未遂で終わったが,ヴァンダのアルドとリディアに対する怒りは解けず精神的に不安定な状態が続く。アルドはローマに住み,仕事を続け仕送りをし,妻と子供に定期的に会いにくる。

 原作は,新潮社のクレストブックスとして翻訳されているドメニコ・スタルノーネ『靴ひも』(関口英子訳,2019. 202p.)である。おそらく,どこにでもありそうなことであるが,無神経で思慮が浅い夫と感情過多でやはり前後を考えない妻というのも平凡であって,生々しいと言えなくはないが,むしろそのために両者に共感することはできない。子供のことが気に掛かる展開だが,しかし,という結末。コメディではないし,感動的な場面も全くない。40年ほど経って二人とも老齢になっているが,演じているのは別の俳優である。このため,また,フラッシュバックを多用することにより,観客を混乱させようとしている。


p-5762508 at 00:06映画 

2022年08月27日

みんなのヴァカンス 【B】

alabordage題名:みんなのヴァカンス
評価:
原題:A l'abordage
国:フランス
制作年:2020年
監督:ギヨーム・ブラック
制作:Geko Films,ARTE
場所:南仏ディー,パリ
時代:現代
新作

 パリでの野外コンサートのあとの公園でフェリックス(エリック・ナンチュアン)は初めて会ったアルマ(アスマ・メッサウデーヌ)と一夜を共にする。フェリックスはアルマにもう一度会いたいと電話しても,アルマにはヴァカンスで南フランスのディーに行くと言われてしまう。そこで,友人のシェリフ(サリフ・シセ)を誘い,相乗りアプリで無理矢理にエドゥアール(エドゥアール・スルピス)の車に乗り込んで,パリから600キロのディーに行く。フェリックスは自分中心の男で,同じ町にヴァカンスに行けばアルマも喜んでくれると思い込んでいる。ディーに到着して電話をかけるとアルマは,サプライズは嫌いだと言い,なかなか会ってくれない。一方,フェリックスとテントで暮らしている生真面目一方のシェリフは,することもなく,たまたま,ヴァカンスで来ていた若い母親エレーナ(アナ・ブラゴイェヴィッチ)の連れている赤ん坊と仲良くなり,一日中,子守のようにして,夫に見捨てられているエレーナと過ごすようになって,それで満足している。

 原題は「船に乗る」だが,邦題のほうが表面的は適切。最初にきちんとした脚本があるようには見えず,撮影しているうちに話が進んでいった感じがする。そのため主人公も最初は,フェリックスだったが,ラストを務めるのは,あまり目立たなかったシェリフとなる。フェリックスは,最初から自分勝手で鈍感であり,シェリフは,フェリックスをなだめ励ますうちに,おそろしく善良な本性が明らかになっている。カラオケの場面がこの作品のクライマックスか。高評価の割にはとりとめのない話であるが,監督の「気まずさ」の表現の上手さはよくわかった。

p-5762508 at 11:42映画 

2022年08月18日

長崎の郵便配達 【A−】

nagasaki題名:長崎の郵便配達
評価:A−
国:日本
制作年:2021年
監督:川瀬美香
制作:長崎の郵便配達製作パートナーズ
場所:長崎,ニューヨーク,フランス
時代:1940年代から現在まで
新作

 第二次世界大戦中に英国空軍でパイロトとして活躍し,戦後は侍従武官となったピーター・タウンゼンド大佐は,マーガレット王女との恋愛で有名だったが,既婚者だった。英国を離れたタウンゼントは,各国を旅行し,ノンフィクションを執筆した。そして,日本では長崎に長期滞在,被爆者の谷口稜曄氏に長時間インタビューをし,1984年にThe Postman of Nagasakiを書いた。タウンゼントはフランス人女性と再婚したが,娘の女優イザベル・タウンゼントは,父の残した取材記録の中から谷口氏取材時の録音テープを見付け,長崎に向かう。既に谷口氏は死去していたが,1945年の長崎で16歳の時,郵便配達をしていて被爆した谷口氏の跡をたどる。

 核廃絶という明確なメッセージを伝えるノンフィクションである。一人の被爆者を多角的に捉えていて,押しつけがましいところは全くない。話を進めるのは取材テープに記録された父タウンゼントの声を聞くイザベラ・タウンゼントである。長い石段と長崎湾と市内を見晴らす高台が何度も出てくる。しかし,最も強い印象を残すのは,谷口一家の海水浴のエピソードである。谷口氏の強さが現れている。ここで終わるのかと思った。

p-5762508 at 19:45映画 

2022年07月06日

わたしは最悪。 【B+】

Verdensverstemenneske題名:わたしは最悪。
評価:B+
原題:Verdens verste menneske
国:ノルウェー/フランス/スウェーデン/デンマーク
制作年:2021年
監督:ヨアキム・トリアー
制作:Oslo Pictures他
場所:オスロ
時代:現代
新作

 ノルウェー語の原題をGoogleで翻訳すると「世界で最悪の人」となるので,邦題はほぼ原題通り。ノルウェーのオスロに住むユリヤ(レナーテ・レインスヴェ)は,医者になるつもりで医学部で勉強していたが,人体に関心がないと気づいて,心を扱う心理学の授業を受けたがぴったりせず,次には写真家となり,今は書店で働いている26歳。グラフィックノベルの作家アクセル(アンデルシュ・ダニエルセン・リー)と意気投合し,アクセルのアパートで同棲し始め,お互いの家族を訪ねあうなどして,満足して暮らしていた。アクセルは,年上で40歳を超えているためか,子供が欲しいと言い始めたが,ユリヤはその気になれない。ある夜,他人の野外パーティに紛れ込み,大量に酒を飲み,そこで若い男と知り合って,惹かれ合うようになる。

 全体が11章構成で,序章と終章があるが,章ごとにまとまっているわけでもないし,長さもまちまちである。ただ,真ん中あたりの「浮気」と名付けられた章が,度をこしているというか,あまり見られないような特別な過激さがある。20歳代半ばになっても何をしたいか決めることをためらい,落ち着くことのできない女性の男性関係を中心としているが,ディスカッション場面も多く,現代のノルウェー,オスロの生活がよくわかる。レナーテ・レインスヴェは,似た女優が何人か思い浮かぶ既視感のある顔立ち。出演場面の三分の二で笑っていて,好感が持てる。突然,時間が止まったオスロの町と人々,ドラッグを飲んで起きる妄想を視覚化したグロテスクさなど実験的で凝った映像がある。ラジオのスタジオでアクセルがフェミニストから罵倒されるのも面白かった。ノルウェーの書店では,店内にない本を取り寄せるのに二週間もかかるらしい。

p-5762508 at 20:55映画 

2022年07月02日

リコリス・ピザ 【B−】

Licorice題名:リコリス・ピザ
評価:B−
原題:Licorice Pizza
国:米国
制作年:2021年
監督:ポール・トーマス・アンダーソン
制作:MGM,Focus Features,Bron Creative,Ghoulardi Film Company
場所:ロサンジェルス
時代:1973年
新作

 1973年頃のロスアンジェルス。連絡手段は,電話だけである。ユダヤ教徒の家族の中で孤立している20歳代後半アラナ・ケイン(アラナ・ハイム) は,高校で生徒の写真の助手をしていた。撮影のための列に並んでいた15歳のゲイリー・バレンタイン(クーパー・ホフマン)は,彼女に一目惚れとなった。ゲイリーは,元子役として実績があり,彼がテレビ出演のためニューヨークに行くときにも母親に変わって,付き添い人となる。やがてゲイリーは,ウォーターベッドの通信販売を始め,アラナは手伝うことになる。

 最初から最後まで,話の展開に興味を持てなかった。主役のどちらにも全く感情移入できないので辛かった。ポスターを見ればお釈迦様アラナの掌の上のゲイリーということになる。1970年代の文化を再現しており,それには監督のポール・トーマス・アンダーソンの個人的な思い入れがあるのだろうと思ったが,1970年生まれと知ると,どうやらそれも違うようだ。ハリウッド人種のパロディと言われても,馴染みがない。青春映画は,パターンが限られ,新しい趣向は無理なようだ。ウィキペディアに「リコリス菓子」という項目があり,北アメリカや欧州では昔から親しまれているが,日本人の味覚には合わないと書かれていた。

p-5762508 at 18:26映画 

2022年06月23日

トップガン マーヴェリック 【B+】

topgun2題名:トップガン マーヴェリック
評価:B+
原題:Top Gun Maverick
国:米国
制作年:2022年
監督:ジョセフ・コシンスキー
制作:Paramount Pictures,Skydance Media,Jerry Bruckheimer Films
場所:カリフォルニア
時代:現代
新作

 米国海軍のピート・ミッチェル大佐(トム・クルーズ)は,50歳を過ぎても現役の戦闘機パイロットを続けており,自ら将官への道を絶っていた。ある国が核施設を完成させようとしており,完成前に破壊するという作戦計画が実施されようとしている。数々の困難があり,これを戦闘機によって行うことになり,海軍の若い,優秀な戦闘機パイロットが集められる。ピートは,実戦経験のない彼らの教官となる。パイロットの中には,30年前の同僚の息子がいて,ピートを恨んでいる。三週間の訓練期間を経て,作戦は実施に移される。

 冒頭もう有人の戦闘機の時代ではないという台詞がある。けれども,展開されるのは,30年前と同じような戦闘場面である。狭く曲がりくねった峡谷を高速で飛んでいくシーンは,クリント・イーストウッド『ファイヤーフォックス』や『スターウォーズ』にもあったような気がするが,戦闘機が活躍する見映えのある映像は,限られるのだろう。非友好国の飛行場に予告なしにミサイルを撃ち込み,施設を爆撃するのは,昨今では,どうなのだろうと思われる。しかし,全体としては,様々なエピソードが詰め込まれており,2時間余に全く飽きることはない。トム・クルーズは,傲慢な若い連中に高圧的な態度をみせることは一切無い一方,なかなか上達しないパイロットたちに対し,自分で完璧にコースを飛んでみせて,暗に,この通りにすれば,優れた技量を持った君たちにはできると示したりするところが,観客に共感と満足を与えている。


p-5762508 at 01:19映画 

2022年06月13日

オフィサー・アンド・スパイ 【B+】

Jaccuse題名:オフィサー・アンド・スパイ
評価:B+
原題:J'accuse
国:フランス,イタリア
原作:Robert Harris. "An Officer and a Spy",2013
制作年:2021年
監督:ロマン・ポランスキー
制作:Legende Films,R.P. Productions他
場所:フランス
時代:19世紀末
新作
 1895年頃のフランスでは,反ユダヤ主義の風潮が強まっていた。パリのドイツ駐在武官邸から流出した手紙からフランス軍の中にドイツのスパイがいることが明らかになった。軍の情報部門は手紙の筆跡をもとにユダヤ人であるドレフュス大尉(ルイ・ガレル)を告発した。裁判の結果,ドレフュスは,軍籍を剥奪され,終身刑の宣告を受け仏領ギニアの悪魔島の監獄に送られた。ドレフュスの教官だったこともあるピカール中佐(ジャン・デュジャルダン)は,新たにその情報部門の担当となるが,ドレフュスが冤罪であるとは思っていなかった。だらけた組織を立て直そうとするうちに,ドレフュス事件関係書類に疑問を持ち始める。

 ドレフュス事件は,エミール・ゾラの告発が知られているが,ここでは,別の地味な人物が主人公である。ロマン・ポランスキーは,クリント・イーストウッドやウディ・アレンらと同じく,90歳近くになっても,新作を作り続ける。スタイルは,同じであるが,必ずしも同じテーマを追いかけるわけではない。ポランスキー監督が,ドレフュス事件を取り上げる動機は,自分がドレフュス大尉のように冤罪で苦しめられているからと考えることもできなくはないが,事件以前に,ドレフュスが教官のピカールに成績のことで不満を述べたりする場面,最後の二人の再会場面を見る限り,ドレフュスと自分とを重ねてはいない。やはり,硬直し,過ちを正すことなどあり得ない軍や官僚組織に対する批判が強い。19世紀末のパリの街路,建物,衣装などが丁寧に再現されている。冒頭の軍籍剥奪式の異様さにも驚く。

p-5762508 at 22:51 

2022年05月31日

帰らない日曜日 【A−】

mothering sunday題名:帰らない日曜日
評価:A−
原題:Mothering Sunday
国:英国
原作:『マザリング・サンデー』(Swift,Graham. 真野泰訳. 新潮社,2018)
制作年:2021年
監督:エヴァ・ユッソン
制作:British Film Institute,Film4,Lipsync Productions,Number 9 Films
場所:英国
時代:1924年
新作
 第一次世界大戦が終わって5年以上過ぎた英国でニーヴン家は長年,交わってきたホブディ家とシュリンガム家の人々と昼食を友にすることになっていた。とはいえ,三家とも子供たちを第一次大戦で亡くし,残ったポール・シュリンガム(ジョシュ・オコナー)とエマ・ホブディは間もなく結婚する予定である。エマは,ニーヴン家の息子と結婚するはずだった。この3月の「マザリングデイ」は,英国ではメイドが母親のもとに里帰りをする日だった。ニーヴン家の当主(コリン・ファース)は,メイドのジェーン(オデッサ・ヤング)は孤児院育ちで帰る家がないことを知っているので,好きなところに出かけなさいと言う。自転車で出かけたジェーンの行先は,ポールの家だった。ここも夫妻が出かけ,メイドも里帰りで誰もいない。長い時間を二人で過ごした後,ポールは,集まりに遅刻することは承知の上で車で出かけた。

 原作の『マザリング・サンデー』が翻訳刊行された後,直ぐに読んだが,今では,主人公が後に作家になっていることのほかはあまり内容に明瞭な記憶はなかった。しかし,読後には極めて高く評価していた。その映画化作品『帰らない日曜日』は,IMDbでは,5.8と低い点数だったので,観るのに少し躊躇があった。しかし,『帰らない日曜日』は,演出はもちろん,キャスティング,撮影,音楽,そして邦題も素晴らしく,よくできた作品だった。話の進行が緩やかな上,背景が少しずつわかっていく形であり,時々,時間を混ぜ合わせるので,米国人が中心のIMDbのレビューワーは退屈したか付いていけなかったのだろう。また,主人公たちが裸でいるのを不道徳と思ったのかもしれない。ただ,オデッサ・ヤングがポールの出かけた後,無防備な姿でのろのろと図書室などで過ごしている間,誰かが戻ってくるのではないかと観客に緊張を強いる場面もある。主人公と三家族が感じる喪失の物語であるが,老いたジェーンを登場させるのはジェーンが結婚しなかったことを示すためだったのだろうが不要と思われた。二人の息子を大戦で亡くしたニヴン夫人が孤児のジュリアに「あなたは生まれた時には失うものは何もなかった。得ていくだけだ」とさとす。ある意味残酷な言葉だが,ジュリアが作家になろうとする後押しとなったのだろう。それから,コリン・ファースがポールの家に行くときにジェーンを連れて行くのは何故だろう。家の中を見るときに目撃者が必要だったからだろうが,ジェーンとポールの仲を知っていたのかもしれない。

p-5762508 at 19:46映画 
Archives
  • ライブドアブログ