七色島の牢獄

七色島の牢獄 4

凄まじいアップ&ダウン。
こんなの、知らない。
僕の考えは甘かった――――いや、甘い甘くない以前に、なんとなく机上の空論のみで上陸できると思っていた。困難があるなんて思いもしなかった。
海は、化け物だ。

「みっちゃん!大丈夫?!」
「ぐっ…ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!ボクは、なんとか、大丈夫、だっ」

七色島から一番近い島、母島からはレーダーに映らないほどの小さなモーターボートで僕と三屋美津子と駿河さんの三人のみで移動している。
途中まで穏やかだった海流は七色島に近づくと一変した。
今までの海とは比べ物にならない大時化(おおしけ)だ。

飛沫が、痛い。

今までの船旅は船の大きさもそうだが、普段より移動手段として誰もが使用しているものだ。安全というのは当たり前だ。
それが当たり前だと思っていた。
しかし、ここは違う。
僕らが今進んでいる道は所謂、獣道。
普通は通らない道。
地元の人間が近寄らない理由がよくわかった。
好奇心で近寄れるものではない。
この落差。
リアルな自然の本来の姿。
広大な海の上でこうも力の差を見せつけられると不安を通り越して――――恐怖だ。

「流れに逆らってはなりませんぞ!波の動きと一体化するのです!さあっ!上がりますぞ!それっ!」

駿河さんはモータボートの最後尾に構え、荒れ狂う波を従えるかの様に巧みに舵を操っている。
こんな時、三屋家執事、駿河さんは頼もしい。

「ふははっ!なかなかの気性。それでこそ未踏の島。さあ、挑みますぞ!ふははははははははははははは!愉快、愉快!」

頼もしいを通り越して――――恐怖だ。

***********

「はあ、はあ、はあっ」
「ああああああしんどおおおおおお・・・・」
「いやはや、お二方、お疲れ様で御座いました。なかなかの船旅でしたなぁ」
「駿河っ!何がなかなかの船旅だっ!我々の乗ってきた舟がっ…舟がぁ……ぐおおおおん!」
「はあ…はあっ……流されちゃいましたね」
「うむ、その様で御座いますな」
「駿河わどうしてそんなに落ち着いていられるのだああああああっ!」

凄まじい海流を何とか越え、僕らは無事?七色島に上陸できた。
しかし上陸の際、舟は流されてしまった。
舟を固定するだけの余裕が全くなかった。
縄梯子を島の岸壁にかけ、僕らが上陸するのが精一杯だったのだ。

「どおおおおおおするつもりだあああああ!舟が、舟が、ボクの夏休みがああああ」
「ははは、これで一生夏休みですな。ただ、此の島の中で……ですが」
「じょおおだんいってる場合かあああああああああ!!!」
「とりあえず、ちょっと休めるところを探そうよ。これからのことも考えなきゃないし」
「そうで御座いますな。ではお二人は少しここで休んでいて下さい。このわたくしめが休養できるような場所を探して参ります」

そう言うと駿河さんは背に背負っているリュックからカマを一本取り出し、雑草を薙ぎ払いながら島の森へと消えていった。
もういちいち駿河さんの万能さ加減に驚くのも疲れてきた。
一方、三屋美津子は僕の隣で脱力しきっている。

「だああああつりょおおおくうううううう・・・・・・こんなうら若き乙女が、こんな野蛮な島で帰る術もないのおお、可哀そうじゃない?ねぇ?可哀そうじゃない?あはっ(ハート)」
「どうした、みっちゃん。狂ったか」
「こんな荒唐無稽な話ってあるかしら?正体不明の島に超絶美人のボクが?いるの?え?マジで?ボクはどこにいるの?え?」
「正気を取り戻せ、みっちゃん」
「帰る?え?帰る舟?あはっ、ないのよ(ハート)流されちゃったあ……」
「みっちゃん?」
「流されちゃったの。そう。ないの。うふっ、うふふふふふふふふふふふふふふふふあああああああああああああああっ!!!!どちくしょうがあああああああっ!」
「……ああ、よかった正気になった」

三屋美津子の魂の叫びが七色島の森に鳴り響く。
森は深い。
緑は濃く、植物の一つ一つが珍しく、そして大きい。
カラフルな虫が濃い緑にワンポイントを添えている。
さきほどまでの嵐の様な海の上とは対照的にこの島の上は風もなく、ただ湿度が高い。
額を伝う汗が気持ち悪い。
僕はじっとしていられなくなって、その辺を歩いてみることにした。
実際、今は帰りの舟もなく絶望的な状態だが、こんな機会滅多にあるもんじゃない。

「めずらしい植物ばかりだなぁ。昨日までいた母島ではそんなに植物を見る時間も余裕もなかったけど。こうして落ち着いて見ると、すごいなぁ・・・」
「しょうやはよくこんな状態でそんなに落ち着いて葉っぱだのを見てられるなぁ。バカは気楽でいいなぁ」
「口が減らないなぁ、みっちゃんは。ほら、みっちゃんも見てみなよ。少しは気を紛らわせるよ。これなんか人の口みたいだ。面白いなぁ」
「ボクはそんなに単純な思考回路をしていないのだ。勝手に葉っぱでもみて感嘆するがいい」
「ふん、じゃあ、そうさせてもらうよ」

と、言って僕はさらに奥の植物に目をやった瞬間――――

「グルルルルル・・・・・・」

――――――森の影の奥に光るグリーン。
――――――獣の目だ。

「み、みっ、みっちゃん・・・」
「なあんだあ?しょうや、尻の形でもした植物でも見つけたかあ?」
「・・・けっ、けもの」

僕が腰を抜かして尻もちをしたのと同時に、獣は茂みの奥から飛び出してきた。

「うあああああっ」

本能的に僕は両目を閉じ、両手を顔の前にかざした。
食べられてしまう。もうだめだ。そう思った。

―――しかし。

「お前は、一人か?親はどうした?」
「ゴロロロロロ・・・・ゴロロロ・・・」
「ん?そうか、もう既に。それは辛いことを聞いてしまったな。すまない」

話声?みっちゃん?
誰と?
僕が恐る恐る目を開くと、そこには獣を手なずけている三屋美津子の姿があった。

「しょうや。何を怖がっている。怖いのはコイツのほうだぞ。なにせ、いきなりボクらみたいな生き物を見たんだ」
「みっ、みっちゃん、それ・・・」
「コイツか?見てわからんか?ライオンの子供じゃないか」
「ライオンの子供?」

恐怖のあまり気が動転していた。
確かに三屋美津子の傍に寄りそう獣は柴犬ほどの大きさの子供のライオンだ。

「なにが獣だ。獣とはもっと恐ろしく血気盛んな肉食動物のことをいうのだ。見てみろ、コイツの顔を。なんとも愛らしいではないか。なあ?おい。ボクはキミを褒めているのだぞ。ちょっとは嬉しそうにしてみろ」
「ガオンっ!」
「ってか、みっちゃん。さっきからなんか、おかしくない?」
「なにがだ」
「その、あの、しゃべってね?」
「ああ、まあ、しゃべってるな」
「え?なんで?」
「なんで?ああ、そうか。普通はしゃべれんのか。そうだな、ボクはなんとなくしゃべれるんだ」
「はあ?」
「そういう体質なのだろう。外国にもいるらしいぞ。そういうの」

三屋美津子はそう言いながらライオンの子供の頭をなでている。
すっかりライオンの子供は気持よさそうな顔をして尻尾を巻いている。

「しかし、いたなぁ。動物」
「あっ!そうだ!みっちゃんの意外な特技ですっかりトンでしまったよ。いたねっ!動物」
「こんな可愛い動物を虐めるなんて、許せん人間もいるもんだ。駿河が戻ってきたら早速いじめっ子退治といくぞ」
「まだそうときまったわけじゃないけど」


その後、手に持ち切れないほどの食すことのできる植物と貝を持った駿河さんが「ははは、さあ今夜は天ぷらと貝のムニエルですぞ」と笑いながら帰ってきたのは、三屋美津子に手懐けられたライオンの子供が眠ってしまってから一時間ほどたった後だった。

動物と話せる三屋美津子。万能執事の駿河さん。
普通の小学生である僕は、この未開の島でなんだか笑うしかなかった。

七色島の牢獄 3.5


「いえ、それがまた奇妙な話でございまして……」


「またか!駿河!もったいぶるぅぅぅ……なっ!」
「失礼。ただ、不思議なのが、その焼き印の男、七色島に船を出し、船を大破させてから一度、母島に戻ってきたそうなのです―――――」


『―――拙者は漁を生業としているナリ。
拙者はこのとおりの老人故、戦地に赴くことなく、戦時中もずっと漁を続けることが出来たナリ。
若い人間には申し訳ないと思っていたナリが、せめて新鮮な魚を一匹でも多く獲ることで自分の気持ちを紛らわせていたナリな。
そんな漁の途中、七色島の付近でその男の乗っていた船が大破しているのを見つけたナリ。

拙者は悲しかったナリ。
ほんの数日とは言え、一緒に命をかけて漁を共にした男があんなことになってしまうナリとは……
せめて戦地でお国の為に死ねたなら男も満足だったろうに……
……と、拙者がセンチメンタルになっている時だったナリ。
男が、あの大破した船に乗っていた男が、なんと!ひょっこり帰ってきたナリよ!船もないのにナリよ!?

どうやって帰ってきたのかはわからないナリがなんだか種なんかを買い込んで、今度はあっという間にいなくなってしまったナリ。どこに撒くつもりナリか拙者にはわからなかったナリ。

ああ、そういえば、この島に船再び来た時もすごい量の食糧を買い込んでいたナリよ。
あの量は一人では食べきれないナリ。
いくら食いしん坊の拙者でも無理ナリね。
それで、その男、島を去る時に拙者にこう言ったナリ。


「これで今生の別れとなりましょう。これは自分の愛読書です。もしよかったら自分だと思って、もらっちゃくれませんでしょうか」


そう言って、拙者に一冊の本を手渡したなり。
舶来モノの本みたいで拙者にはよく理解できなかったナリが。
名前も教えてくれない男だったナリが、あれで義理がたいところがあったのナリよ。
そう、でお主が持っている写真はその本の中に挟んであったものナリ。』


「―――ということで御座いまして、旦那様がお持ちのこの写真は、この謎多き男が最後に母島に訪れた際にナリナリのお方に渡した本――――それは聖書でしたが―――そこに挟んであったということです」
「駿河さん、結局その男は七色島に入れたんでしょうか?」
「いえ。その辺りは確証が御座いませんのでなんとも……。ただ事実としては、この男は船が大破した後、まだ生きており、母島に戻りまた姿を消した……ということのみで御座います」
「謎だらけだ!頭がパンクする!なんだその犯罪者!謎すぎる!」
「ちょっとその男の行動を整理してみようよ。なんか七色島の謎のヒントがある気がするよ。
その犯罪者は……

 ・噴火が起こった後、母島に流れ着く

 ・戦争が終ると何らかの理由で母島から姿を消す

 ・約1年後に再び母島を大きい船で訪れ、大量に食料を買い、七色島に向かう

 ・男は満潮時に船で七色島に着岸できることを知っていた 

 ・だが、その船は七色島付近で大破してしまう

 ・しかし男は三度母島を訪れ、今度は種を買ってまた姿を消した

 ・この写真はその時偶然に母島の漁師の手に渡ったもの

……ってところかなぁ?」
「そうですな。その男、おそらく噴火のいざこざで行方不明とされた罪人の一人であることは間違いないでしょう」
「駿河さん、そもそも母島って七色島から泳いで行ける距離なの?」
「距離的には不可能ではないでしょう……が、塩谷おぼっちゃんもご存じの通り、七色島の付近は……」
「潮の流れが激しい……泳ぐのは無理、か」
「その通りで御座います。その海流の荒さが地元の人間でさえ近づかない理由の一つでもあります。しかしその男は一度ならず、三度も、船を使わずに母島と七色島を渡っておるのです。そこがまず一つ目の謎。そして二つ目の謎は、なぜ男は一度母島から姿を消し、再び母島に現れたのか?しかも大きな船で」
「なにかを積んでいたとか?」
「ワタクシは、その積み荷こそが、この写真に写っているライオンではないかと睨んでおります」
「なるほど!動物を積んでいたと考えると、男が大量に買い込んだといってた食糧というのも納得できますね!そしてこの写真の理由も。あ……でも、何のために動物なんか積んでいたんだろう?」
「それは今の情報から考えるのは難しいですな」
「諸君!しょくんん!」
「どうしたのさ、みっちゃん」
「ボクはわかってしまったよ!」
「何がです?お嬢様」
「ふふふ……凡人たる諸君には難しい謎だろうが、ボクは三屋家の一人娘。この三屋美津子にとけない謎はないっ!」
「何がわかったのさ、みっちゃん」
「その男!
ズバリ!・・・・・・動物虐待者なのだ!」

「「ええ!?」」

「その男、ナリナリの漁を手伝っている時に『まだ死ねない』みたいなことを言っておったのだろう。それはズバリ動物を虐待することなのである!」
「なんでそうなるのさ」
「しょうやはバカだからわからないのもしょーがない。いいか?男は七色島の牢獄から抜け出してきたのだ。七色島にいる時に男はこう思っていた。

『ここなら誰にも怒られずに好きな動物いぢめをすることができる』

・・・・・・とな」
「それが『まだ死ねない』って理由?ん〜イマイチ説得力がないなぁ」
「バカは逆さまにしてもカバである。しょうやは煮ても焼いてもどうしようもないなぁ」
「なにさ、みっちゃん。だってその男に動物虐待趣味があるなんて、今の情報じゃわからないじゃないのさ」
「いいか、しょうや。男は最後に島を去る時になにかの種を買い込んでいる」
「それがなにさ」
「食料はいずれ尽きる。魚を獲るにもあの地形や海流だと難しいだろう。だから男は考えた。種を植えて食料を育てれば生き長らえることができる」
「なるほど、さすがお嬢様。種を買ったのは生き長らえる食料を育てるためですか。そういうことであればわざわざ種を買った理由もわかる。しかし何故最初に船で訪れたときに食料と一緒に種を買わなかったのでしょう?」
「知らん!忘れたのだろう!誰にでも忘れ物はある!」
「みっちゃんはいつも忘れてばかりだけどね」
「ええい!しょうやは黙れっ!」
「しかしお嬢様・・・・・・聖書を愛読している男が動物を虐待するでしょうか?博愛の精神の持ち主と思えますが」
「わざわざ動物を船に積んで無人島にくるのに他に理由があるか!駿河!ヤツは今も動物を囲って面白可笑しく農業をやりながらあの島に居るに違いない!」
「んん〜、虐待しているかどうかは定かではありませんが、確かにまだその男が七色島で生き長らえている可能性はありますな。そしてやはり動物達も」
「駿河!しょうや!すぐに七色島に発つぞ!」
「どうしたのさ、あんなに面倒臭がってたのに」
「動物達が犯罪者にいぢめられておるのだ!これが放っておけるか!」
「お嬢様、素晴らしい!!やっとやる気になって下さいましたか!」
「ボクは最初からヤル気まんまんだ!」
「……よく言うよ。全く」


――――翌朝。
米国海軍の船に乗せてもらい、一路、小笠原諸島の母島へ向かうこととなった。
駿河さんが手をまわしてくれたらしい。
母島からは小さな船に乗り換える予定だ。
なんでも小さな船ならレーダーに映らないからだそうだ。
占領下の島だから多少の不便は仕方のないことだろう。
船は大きく南に弧を描き、母島の港にさしかかった。
僕らは船のデッキでた。
母島の港が見えてくると、その東南に、特徴的なあの島の島影が見えてきた。

――――それは、

時代に見捨てられた動物たちが未だ生息しているかもしれない―――あの島。


「――――これが、七色島で御座います」


「すっげぇベタベタする!なんだこれ!駿河!駿河!」
「はい、お嬢様」
「すっげぇベタベタする!なんとかするのだ!」
「お嬢様、これが潮風というもので御座います。何度も申し上げております通りです。ベタベタするのは仕方御座いません」
「げぇ〜、マジかよぉ〜、これぇ〜、もぉ帰ろーよー」
「しかし、お嬢様、今、このまま手ぶらで帰りますと、旦那様になんと言い訳したらいいでしょう?」
「ぐぬぅぅぅ〜…親父すっげぇ怖ぇしなぁ〜...すっげぇやだ」
「みっちゃん、昨日『動物たちを虐待者から助ける』って言ったばかりでしょう?もう帰るとか言わないの!」
「そうだった!動物達よ!待っていろ!すぐにこの三屋家の家臣駿河が悪辣犯罪者からお前らを守ってやるからなぁ!ずばあっ!」


三屋美津子は七色島の方角へ『ずばあっ!』と言い放ち、高らかに指をさした。
夏の早朝の潮風は三屋美津子の髪を大きく揺らしていた。
島の外見は他者を拒むような岸壁。
恐怖さえ覚える鬱蒼とした木々。
いよいよ僕らは―――

――――七色島へ向かうのだ。


七色島の牢獄 3.0


サンフランシスコ講和条約によって現在、アメリカ海軍の占領下にある小笠原諸島へ入るのは不可能だ。

――――普通なら。

しかし、三屋家は普通じゃない。
八丈島からは三屋家の手配した船に乗り小笠原諸島へ入るのだが、先ほどから駿河さんがどこかに電話をかけている。英語だ。何者だ、この人。

「お嬢様、許可が下りましたので、これから小笠原諸島へ入りますが、よろしいですかな?」
「おええええおえおえおえおええおえれおおおお」
「……しばらく休みますかな」

三屋美津子は酷い船酔いのようで。
なにしろ本土からここ八丈島まで丸1日以上の船旅だった。無理も無いだろう。

「なぜ船なんだあああ!!!おえええ」
「お嬢様が『飛行機などという鉄の塊が空に浮くわけがない!ボクは飛行機には乗れない!!』などと前時代的なことをおっしゃいますから……」

僕はほとんど眠っていたのでさほど長くは感じなかったが、三屋美津子にとっては地獄のように長い船旅だったろう。

「それにこのすっげぇベタベタ!なにコレェ、ちょっと駿河!」
「なんで御座いましょう」
「なんとかなさい!このベタベタ!」
「これは潮風というものの特徴で御座います、お嬢様。ワタクシにはどうしようも御座いません」
「ベタベタだし、気持ち悪いし、もう最悪だあ!おええええええ」

――――七色島。
着岸不能の高い岸壁。噴火で半分体を失った山。
どういうわけか彩雲という七色の雲が出る大気光象が常に起こっているといわれる島。
なにか七色島の気候と関係があるのだろうか。
そして、写真で見たあの動物。
彼らは今も、あの島にいるのだろうか。
僕は八丈島に吹く潮風を受けながら、未だ見ぬ七色島への想いを馳せていた。

「……塩谷おぼっちゃん」
「はい、駿河さん」
「……くっ……あの、感慨に耽ってらっしゃるところ、申し訳御座いませんが、あの…塩谷おぼっちゃん、その…ふっ…ふふふふふ」
「? どうしました、駿河さん?」
「おえれろろおお……ふっはははははははは!!!…だめだ、可笑しすぎてまた気持ちわるく……るろろろおおおおおおおお」
「なんだよ、みっちゃんまで!なにがそんなに可笑しいのさ!」
「塩谷おぼっちゃん……その、御鏡を……」
「え?なに?鏡?なんか顔についてるの?ど―――――

 ――――だああああああ!!!!なんじゃこりゃああああああ!!!!!」

「ふふふふふふふっ!」
「だぁぁぁぁぁぁはっはっはっはっ!!!しょうや、貴様が船でずっと寝ているが悪いのだぁ!!」

鏡をみると僕の顔に酷いいたずら書きが施してあった。
眉が倍以上になり、鼻から口にかけて犬のようになっている。
そしておでこに大きく「オキアミ」と書いてある。
「オキアミ」………どういう意味だ。

「みっちゃああああああああああん!!!!このやろぉぉぉぉぉぉ!!!」
「八丈島の皆様!!オキアミが到着致しました!!さあっ、思う存分鯛や大王イカをお釣りなさいな!!」
「いつからこの顔だあああ!!!みっちゃああああああああ!!!!」

地の文担当である僕が常軌を逸してしまったため、この後の騒動の記述は省かせて頂くとして。

この後、八丈島に一泊することになった。
酷い船酔いの三屋美津子を休ませるという意味もあるのだが、ここ八丈島でなるべく七色島についての情報収集をする必要があった。
それは、現在アメリカの占領下にある小笠原諸島には欧米系の島民しか帰島を許されていないため、現地での情報収集は困難と思われたからだ。
それに、今まで誰も見つけられなかった動物たち――まだいるかどうかも定かではないが――そんな動物たちを何の情報もなしに僕らが見つけられるわけはないだろう。だから情報は少しでも多い方がいいと考えたためだ。

占領下だろうがお構いなしのスーパー金持ち三屋家の船酔いお嬢様を宿に預け、僕は郷土資料館で情報収集。駿河さんは現地への聞きこみを行うことにした。
しかし金と時間のかかる自由研究だ。


―――そしてその夜。

「しかしこのベタベタはなんとかならんのか、駿河!」
「さすればこの部屋の窓をお閉めになればすむ話しかと」
「このクソあちい真夏に窓なんて閉め切れるかあ!もおいい!それで!収穫の程は!?」
「ちょっと、だいたい今回のはみっちゃんの自由研究でしょ。なんでみっちゃんはそんなにふんぞり返ってなにもしないのさ」
「愚か者め。この島の強い日差しでボクの白くきめ細かい肌が焼けてしまうだろう」
「そんな虫さされの多い肌のどこがきめ細かいのさ」
「恨むべきは虫をも狂わせてしまうこの美貌か……」
「さておきお嬢様、早速ですが」
「ボクの話をぶった切りおって」
「これは失礼。まず七色島に動物がいるかどうか?ということですが、やはり我々よりも先にその噂をしった者達がおりましてな。他でもない占領中の米国海軍です。米軍の学者達が、すでに調査に入ったらしいのです。しかし……」
「何も見つけることは出来なかった?」
「ええ、その通りです塩谷おぼっちゃん。軍隊の機動力を活かして空から海から調べたらしいのですが、空からは七色島の山から常時あがっている煙で島の内部はよく見えなかった、と。ヘリコプターで数名島の中に入ったらしいですが、結果は芳しくなかったということで御座いました」
「ふんっ!やはり情けないな米軍はっ!」
「やっぱり確証はなし……か、米軍の学者達が見つけられなかったモノをこんな素人の僕らが見つけられるとは考えられないけど……。まあ、そのためにこうやって情報収集したんだし。後は現地に行って確かめるしかないね」
「だぁーーーーーーーめんどい!ボクはこの島の聞き込みだけで終ると思ってたのにぃ」
「……はあ、全くお嬢様というお人は………まあ、話を進めさせて頂きます。
明日向かう予定にしております七色島ですが、地元の方のお話では、やはり船での着岸は周りの岸壁が高く難しいのではないか?ということでした。
そもそも地元の方々は、あの島の辺りには用事がないので近寄ることはないらしいですが。
それで、海がダメなら先に調査に入った海軍のように空から……とも思いました。
が、残念ながらフライトの許可が下りませんでした。
あまりに目立ち過ぎるということですな。
元々占領下の小笠原諸島に入るのも困難な状況故、仕方のないことでは御座います」
「大変だ!このままでは手ぶらで帰ることになる!父上になにをされるかわからん!」
「もう、みっちゃんは面倒がったり、お父さんを怖がったり、忙しないなあ」
「……まあ、空が無理でも上陸の方法はないわけではないようなのです。その方法は後にお話することにして、少し七色島についての情報を先にお話し致します」
「もったいぶるなぁ、駿河は」
「先にこちらをお話したほうがよろしいかと」
「お願いします。駿河さん」
「御意。現地の人の話ですと、その七色島、昔『金脈がある』という噂があったようです」
「金脈だと?でも、島に上がれないのにどうしてそんな噂が立つのだ」
「みっちゃん、それは僕から説明するよ。金脈があるという話は僕が読んだ本にも載っていたから。
昔、七色島は今みたいな岸壁もなくてね、島に上がれないってワケでもなかったようなんだ。
それに、呼び名も違っていた。
当時、七色島は『牢獄島』と呼ばれていたんだ―――」


―――――牢獄島。


現在『七色島』と呼ばれている小笠原諸島最南端の小さな小島は、かつて『牢獄島』と呼ばれていた。
元々名前の無かったその小島に牢獄島という名前がつけられた由来は、島の中央に位置する山に金脈があるという噂があり、それを聞きつけた当時の政府が掘削に乗り出したことから始まった。
当時の七色島は現在の様な高い岸壁はなく、島の中央に山が一つあるだけの何もない島で、船で容易に着岸が可能だった。
政府はその名も無い小島に掘削の為に労働者を派遣することを考えた。
しかし時代は戦争の最中。金を掘ろうにも人手のほとんどは兵隊にとられてしまっている。
だが戦争には莫大な費用がかかる。その為、金脈の掘削を諦めきれない政府は一挙両得の方法を思いつく。
それは牢獄島に刑務所を設置するという方法だ。
兵隊として使えない労働者を送り、金脈が出ると噂される山に穴を掘らせたのだ。
その穴に檻を作り、牢としたことから、『牢獄島』と呼ばれるようになった―――


「おいい!ライオンがいるのではないのか!犯罪者のすくつかよ!あぶねぇじゃん!」
「お嬢様、すくつではありません。巣窟(そうくつ)と読むのです」
「知っている!すくつはネット用語だ!」
「ネット?網?はて?それはなんですかな?現在は昭和40年という設定で云々……」
「まあ、みっちゃん、話は最後まで聞いて、それでね――――」


―――――しかし、金は出なかった。
服役中の犯罪者は自らが入っている牢を掘り進み続けたが、一向に金脈にはあたらない。
そのうち、戦況は悪化の一途を辿り、やむなく牢獄島の犯罪者も戦地へ駆り出されることとなった。
が、犯罪者達が檻から出るその時―――

―――――奇しくもそのタイミングで島の噴火が始まった。


「小笠原諸島西方沖はしばしば深発地震が発生する地域ですからなぁ……自然は気紛れとは言え、なにか意図的なものを感じますな」
「そうですね駿河さん。散々、山を掘った報いというか」
「山は生きている!生きている山を傷つけた罰だ!」
「お嬢様の言うとおりかも知れませんな」
「そうですね。では続けます――――」


―――――噴火の騒動で、服役者の数名は行方不明となった。

戦時中ということもあり、行方不明者は死亡とみなされ、無事抜け出せた服役者のみが戦地へ送られることとなった。
そしてその噴火の勢いは凄まじく、三日三晩続いた。
噴火が落ちつき、噴煙が晴れると島の様子は一変した。
中央の山は半身を失い、島の周囲には外に流れた溶岩が固まり岸壁が出来た。
そして、島の上空には彩雲と呼ばれる七色の雲が現れるようになった。
そのうち、その島はその彩雲から現在の呼称である『七色島』と呼ばれるように――――


「――――――なったんだって。だから今、犯罪者は七色島にはいないよ。安心してみっちゃん」
「しかし行方不明になった犯罪者がいるのだろう?危ないではないか」
「お嬢様、心配御無用。不貞な輩にはこの駿河、手加減致しませぬ」
「そうだよ、駿河さん空手何段でしたっけ?」
「柔道、空手、合気道。剣道、弓道、居合道。あわせて25段!この駿河にお任せあれ」
「それにもう噴火があったのなんて随分前の話だし。仮に犯罪者が残っていたとしても生きてけないよ」
「ライオンはおるのにか?」
「お嬢様、そのライオンに喰われてしまった……という可能性も御座いますな」
「どぅぇぇぇぇ……ライオンこえぇ……」
「一応、麻酔銃の用意も御座います。ご安心あれ」
「流石、三屋家………まぁ、以上が七色島の歴史だよ。でもなんでこんな人間でも入れなくなった島に動物が映っていたんだろう?」
「それ……についてなんで御座いますが、動物とは関係あるかどうかわかりませんが、興味深い話を聞くことが出来ました」
「ホント?駿河さん」
「ええ。この旦那様の写真を持って島の人間に聞きこみをしておりましたら、偶然その写真の元々の持ち主の方がおりまして」
「おお!でかした駿河!」
「お褒めに預かり光栄で御座います。して、その方の話によりますと――――」


『ああ、その写真のことナリか?覚えているナリよ―――』


「ちょっ、ちょっとまって駿河さん」
「如何なされました塩谷おぼっちゃん?」
「駿河!なんだその男の喋り方は!面白すぎるだろ!コロ助か!」
「コロ助?はて?現在の設定は昭和40年故、少しわかりませぬ」
「そうだったナリ!」
「駿河さん、止めてごめんなさい。続けて下さい」
「御意」


『あれは噴火があってしばらく経ったことだったナリ。
拙者は元々その写真の近くの母島に住んでいたナリが、その時に浜辺に打ち揚げられた男がいたナリ。
なんか腕に焼き印があった故、牢獄から抜け出した男だと思ったナリ。
だけど拙者、困っている人間は放っておけない性分故、助けてあげたナリ。
男はしばらく拙者の漁を手伝わせてくれと言ってきたナリ。
拙者はその男に早く本土に戻って、戦地に赴くべきナリ!と諭したナリが、自分はまだ死ぬわけにはいかない、と拙者に訴えてきたナリ。
なにか妙な説得力があって、拙者、それ以上、そのことについては触れてやらなかったナリな。男には一つや二つ、人には言えぬ秘密があるものナリ。

だから匿いついでに漁を手伝わしたナリが、その男、それはそれは目を見張るほどの働きぶりだったナリなぁ。
拙者はこの男になら自分の後を継がせてもいいと思ったほどナリよぉ。
でも、その男、戦争が終った途端に姿を消してしまったナリ。
そういえば、姿を消す直前、なにかを心配している様子だったナリなぁ。

まあ、そんなこんなで1年くらい後だったナリ。
ある日、その男が船で帰ってきたナリ。
一人で来たということだったナリが、にしては大きい船だったナリよ。
何をしに来たかはハッキリしなかったナリな。元々口数の少ない男ではあったナリが。
それで何故かこの母島に何日か滞在していたナリ。
その時にその男

「お月さんが眠るまでいさせてもらいやす」

みたいなことを言っていたナリよ――――』

「……お月さんが眠る……」
「どうされました塩谷おぼっちゃん?」
「いえ。ちょっと七色島のことを歌った歌の一節お思い出したんです」
「なんだしょうや!歌なんてあるのか?歌ってみろ!」
「メロディーはわからないよ。本で読んだだけだから」
「♪おそらのつきがねむるときゃ
 うみへびにょろり つらだして
 せなをつたってなわつきが
 わたれや ほーらん にげろや こーらんしょ
……で御座いますね?」
「駿河!お前歌上手いな!」
「詩吟の心得も御座いまして」
「え?駿河さん、どうしてその歌を?」
「先ほどの語尾にナリナリとつける方から教えて頂きました。元々その方は母島の方。知っていても不思議では御座いませんでしょう」
「気に行ったぞ!その歌!♪わったれや、ほーらん、にっげろや、こーらんしょ」
「お上手ですぞ、お嬢様。それで、その方が言うには、その焼き印がある男、数日経ったある朝、船で行ったそうで御座います。―――――例の七色島へ」
「えっ?船で?でもその時の七色島には―――」
「そうで御座います。地元の方が着岸が難しいといっておられる高い岸壁が御座います」
「一体どうやって?」
「はい。おそらく潮の満ち引きでしょう。月が眠るとは新月のこと」
「そうか!月が眠るというのは月が消える新月のことで、その新月の時の満潮で潮が岸壁の高さまでくるのを待てば……」
「着岸は可能ということになりますな。これがヘリコプター以外での七色島の入り方で御座います。そして暦からいきますと幸運にも明日は新月。図らずも時満ちたり、といったところで御座いましょう」
「おお!これでその島にゆける!父上に叱られないで済む!」


今までなんだか絵空事のように思えていた七色島への上陸が、一気に現実味を帯びてきた。
しかし、戦後15年もの間、動物達がいると噂されながらも、その存在を確認できていないその島には、やはりそれなりの問題があるようだった。


「お嬢様、しかし問題がありまして……」
「なんだ!駿河!もったいぶるな!」
「その焼き印の男の船は大破したそうで御座います」
「なんだとぉ!?大破ぁ!?」
「ええ。ですので、その焼き印の男が無事、七色島に上陸できたかどうかはわかりません」
「そっか。無事に着岸できるって確証はないわけか……駿河さん、じゃあ、その人はその時亡くなったということ?」
「いえ、それがまた奇妙な話でございまして……」

(続く)

七色島の牢獄 2


「絶対!い!や!だ!」

「お嬢様、そんなに嫌がることはないでしょう」
「そうだよ、みっちゃん。なんでそんなにイヤなの?」

「いやなものは、い!や!だ!」

三屋美津子が何をこんなに嫌がっているかというと、それは実の父親への電話だ。
とにかく彼女は父親が嫌いらしい。
嫌いというより苦手といった方がいいのか。
そんな嫌な相手に何故電話をさせようとしているかというと…

「この不思議な写真の正体はきっとこの本の持ち主、みっちゃんのお父さんが一番良く知っているはずだよ。聞きなよ」
「駿河!駿河が聞け!」
「ワタクシで御座いますか?しかしここはやはりお嬢様が聞いた方が…」
「いやだ!!!!」

駿河さんはわかっていて半分からかっている。

今、僕らは、先ほど偶然見つけた写真をあれやこれやと推察してみたけれど一向にそれらしい答えが出なかったので、

「では持ち主に聞いてみよう」

―――という流れになっていたのだ。

三屋美津子をからかうことに飽きたのか、駿河さんはそそくさと、己の主である三屋美津子の父の滞在するホテルへ電話をかけ始めた。

「……ああ、もしもし。ワタクシ三屋家の執事、駿河と申します。1201号室の三屋様お願いできますでしょうか?……はい、お願いいたします」

駿河さんが三屋美津子の父親の滞在先のホテルに電話しただけで、彼女の表情は一気にこわばった。僕は直接彼女の父親に会ったことはない。彼女の父親はその生活をほぼ海外で過ごしているらしい。あまり三屋美津子が父親の事を話したがらないせいもあり、情報がとても少ない。

「……旦那様、お久しゅう御座います。駿河で御座います。お忙しい中申し訳ございません。実は他愛のないことかもしれませんが、お伺いしたいことが御座いまして……」

僕は(当たり前だけど)執事やお手伝いさんなどは使用したことなどないのでよくわからないが、使用人が主にこんなような個人的な要件で連絡をとっていいものなのだろうか?と少し思った。しかし今電話口に出ている駿河さんは媚びへつらう様子も無い。口調こそ丁寧だが、その様子はまるで旧知の仲の友人同士の会話の様だ。一体この二人、どのような間柄なのだろう。

「ええ、その本で御座いますか?確か、ああ、そう『世界の孤島〜無人島で暮らす〜』です。ええ、美津子お嬢様がその本で夏休みの自由研究をなさるということで、ええ、ええ」

自分の名前が出た途端、三屋美津子は頭から水でも浴びせられたかのように両肩を極端にすぼめた。
そんな彼女の様子をちょっと意地悪な笑顔で眺めながら、駿河さんは話を進めていた。

「ほう、なるほど。ではやはりアレはライオンですか。そうですね、ありえない場所にありえない動物がおりますな。なるほど、写真は戦後すぐに撮られたものでしたか。では現在この動物が生きているとは限らないですな……ほう、それは現代の話ですか?最近、最寄りの島に動物の死骸が漂着したと。するとまだ、この島にこの動物が生息している……ということになりますな。なるほど、それでこの写真を手に入れられた、と……そういうことですか……」

「(しょうや!しょうや!)」
三屋美津子が小声で話しかけてきた。
「なに?みっちゃん?」
「(イヤな予感がする)」
「え?なに?良く聞こえないよ」
「イヤな予感がするって言ってんの!」

イヤな予感とはどういうことか良く分からなかったが、その後すぐにわかった。

「なるほど!旦那様、それは名案ですな!ええ、ええ、良い自由研究の題材になりましょう。ええ、勿論、ワタクシも喜んでお供致しますとも」
「やっぱりだぁぁぁぁ!!そうなったぁぁぁぁ!!」
「はは、どうやらお嬢様は旦那様のお考えを既に理解された御様子」
「駿河さん、みっちゃんのお父さんは何て言ってるの?」
「おそらく、お嬢様のイヤな予感的中で御座いましょう。旦那様は『その島に行って動物がいるか確かめてこい』と仰せです」
「やっぱりだぁ〜〜、父上の無茶ぶりだぁぁぁぁ・・・・・・ばたん」

僕は「ばたん」と言って倒れる人間を他に知らない。
三屋美津子は駿河さんの言葉を聞いてそのまま卒倒した。
イヤな予感というのがどういうことかよくわかったし、何故三屋美津子が実の父親をこんなにも嫌っているのがなんとなく理解できた。きっと彼女の父親は思いつきで発言し、しかも一度言いだしたら後には退かないタイプなのだろう。
つまりこの時点で彼女の島流しは決定事項なのだ。

しかし、重要な謎がひとつ残っている。

「しかし旦那様、この写真の場所。それがイマイチわかりません。それがわからないことには…」
「そぉぉぉぉだ!それがわからないとどこにもいけないぞ!」

確か前読んだ中国の怪奇本で『僵尸(キョンシー)』という妖怪がいたが、卒倒していた三屋美津子が突然そのような起き方をしたので驚いた。
僵尸(キョンシー)と言えば、僕が読んだその怪奇本では、半身を失っても尚死なず、生ある者に襲いかかってくるというものだった。
ん?
『半身を失っても尚』……何か思い出せそうな……。

―――――ああ、そうだ。

「駿河さん!多分、僕、その写真の島、知っています!」
「しょーーーーやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!貴様、余計な事を知っているんじゃあない!!」
「お嬢様、そんなハシタナイ声をお出しになるもんじゃありません。塩谷おぼっちゃん、この写真の場所を知っておいでですか。……ああ、旦那様、今、塩谷様のおぼっちゃまがいらしているのです。ええ。美津子お嬢様とは正反対に優秀な坊ちゃんで」
「むっきぃぃぃぃ!!!!」
「その写真のその島の形。どこかで見覚えがあると思っていたら、ようやく思い出しました。そこは小笠原諸島の最南端『七色島』です。その七色島は大きな噴火があったらしく、山の形が半身欠けているのです。他に小笠原諸島の中で噴火によって山の半身を失っている島はありません」

場所が判明したことで三屋美津子は再び卒倒した。
起き上がり小法師の様な人間だ。

「七色島……で御座いますか。確か文献によると上空にいつも『彩雲』と呼ばれる七色の虹の様な雲が出ているという小さな島。もしやとは思っておりましたが、実際に小笠原諸島ということになりますと、結構な長旅になりそうですな」

卒倒している三屋美津子は「長旅」という単語に心から絶望した様子だった。
夏休みの残りのほぼ全てを自由研究に費やさなければならないからだ。
人に薄い本を選ばせて楽をしようとするからいけないんだ。
自業自得だ。

「しょーーーーーやぁぁぁぁぁ!!!貴様、今何を考えていた!?」
「なっ、何を考えようとも僕の勝手だよ」
「『自業自得』と思ったな?」
「なんでそんなに正確に断定してくるんだよ?」
「……お前も道連れだからな」
「ええっ?僕も着いていくの?」
「お前のせいでボクの残りの夏休みは無くなるのだ、当然だ」
「でも、僕、そんな遠くまで行くお金ないよ」
「金?そんな心配は無用だ」

そうだった。
三屋家はスーパー金持ちだった。

それなら遠慮することはない。

「実際に小笠原付近の海流を目にする機会なんてそうそうあることじゃないぞ!みっちゃん!僕も行くよ!いや、お願いします!連れてって!」
「なっ、なんなんだコイツ!普通の小学生なら逆だろ!おい!しょうや!夏休みが無くなるのだぞ!」
「本で読んだ海流を実際にこの目で見れる……なんという幸せだ!」
「……マジでなんなんだコイツ……」
「……というワケで御座います旦那様。ええ、塩谷のおぼっちゃまも御一緒したいそうで。ええ、勿論御両親にはワタクシから話を通しておきます。……はい、畏まりました」

それから駿河さんが三屋美津子の父親と電話を終えると、すぐに僕の家に電話をしてくれ、一切の事情を話してくれた。それが終わった後、僕が電話口にでると父親に
「テメぇ、三屋のお嬢に怪我でもさせたらタダじゃすまさねぇからな。死ぬ気でお嬢守ってきやがれ」
的なことをこの記述の数倍汚い言葉で言われた。

なにはともあれ、無事僕は三屋家の2人と一緒に七色島へ行けることになった。
出発は早速明日の早朝ということになり、今日は一旦家へ帰ることになった。

「では、塩谷おぼっちゃん。明日の6時半にまたこちらへお越し下さい。あ、それとお嬢様」
「……なんだ」

三屋美津子は残りの夏休みがパーになったことですっかり意気消沈している様子だ。

「旦那様からの伝言をお伝えいたします『もし手ぶらで帰ってきたら……ふっふっふ』とのことで御座います」
「皆まで言えよぉぉぉぉ・・・・・・・ばたん」

三屋美津子は三度、卒倒した。

―――その夜。
僕は自宅で三屋家から借りた本を読んでいた。
それは明日から向かう例の七色島についての記述がある本だ。
以前は、研究中の海流に関係ある箇所だけを飛ばし読みしていたので、あらためてじっくりと読んでおきたかった。

熟読してみると奇妙な発見があった。
それは七色島に程近い島、小笠原諸島の母島に伝わる『歌』についての記述だ。
何について歌っているのかはこの本の筆者も判じかねているようで、明確な記述はない。
ただ、その歌の歌詞だけが掲載されていた。


 おそらのつきがねむるときゃ
 うみへびにょろり つらだして
 せなをつたってなわつきが
 わたれや ほーらん にげろや こーらんしょ


これが七色島に生息すると噂される動物達と関係があるとは思えないが、僕はとりあえずこの歌を書きとめておくことにした。

その夜、僕は想像通り、興奮で眠ることは出来なかった。
なにせ、こんな遠出をするのは生まれて初めてだ。
お陰で翌日、三屋家を出て、車で港へ向かい、途中経由する八丈島に着くまでの旅路をほぼ夢の中で過ごすことになってしまった。

七色島の牢獄 1

******************



「――――これが、七色島で御座います」



七色の彩雲が上空にかかる孤島。
この島に、先の大戦後からこの昭和40年の現代までの約15年間、動物達が自分達だけの力で生き延びているというのか。
未開の島――――というわけではなかったろう。
ではなぜ、これから会おうとしている動物達は見捨てられたのか。
いや、見捨てられたわけではない。
見つけられなかったのだ、この動物達を。
僕だって半信半疑だ。
おそらくこの島に既に立ち行ったであろう先人の学者達でさえ見つけられなかった動物達。
それが、本当にこの島に存在しているのか。そんなことは到底、
――――考えがたい。

しかし、この写真。

モノクロの古い写真だ。
被写体である動物達は動きを止めないため、上手く映ってはいない。
しかし、その写真からとれる真実は、この島に動物が―――しかも相当な種類―――が生息しているということだ。

島の外見は他者を拒むような岸壁。
恐怖さえ覚える鬱蒼とした木々。
学者達が見つけられなかったその動物達を―――

―――僕らが見つけることが出来るのだろうか。


「すっげぇベタベタする!なんだこれ!駿河!駿河!」
「はい、お嬢様」
「すっげぇベタベタする!なんとかするのだ!」
「お嬢様、これが潮風というもので御座います。何度も申し上げております通りです。ベタベタするのは仕方御座いません」
「げぇ〜、マジかよぉ〜、これぇ〜、もぉ帰ろーよー」
「しかし、お嬢様、今、このまま手ぶらで帰りますと、旦那様になんと言い訳したらいいでしょう?」
「ぐぬぅぅぅ〜…親父すっげぇ怖ぇしなぁ〜...すっげぇやだ」



――――すっげぇ、不安だ。




******************





昭和40年―――夏。
昨年の東京オリンピックでの活気は一気に影を潜め、日本経済界は不況の真っただ中にあった。
そんな中でも、この家―――僕が今いるこの家―――はそんな不況をモノともしていない様子だった。
いち早く海外に商売の活路を見出してきたこの家にとっては、現在日本が抱えている国際競争力の欠如など関係のない話なのであろう。
いつの時代も先見の明がある人間が勝つ。
そんな家人のお陰で僕は今、悠々と、この通常ではとても手に入らなそうな本を読めているわけだ。

「しょうや!おい!しょうや!」
「……いい加減、僕の名前くらいキチンと発音してくれよ」
「おい!退屈だ!遊べ!」
「もうちょっとで読み終わるから、それからでいいだろ?」
「しょうや!ボクは退屈だ、と言っている。それはこの瞬間、今現在退屈だ、ということだ。5分後には画期的な遊びを発見してボクは退屈でなくなるかもしれない。だけど、今、この瞬間、残念ながらボクは退屈だ。だから相手をしろと言っている」
「なんだ、その楽観的で独善的な言い分は…」
「しょうや!このリッチな書庫で様々な本を読めるのは誰の友達だからだ?」

この楽観的で独善的な人間は僕の友達で三屋美津子という。
自分のことを「ボク」と呼ぶ、おかしな女だ。
そして残念ながらこの家の一人娘だ。

僕らは学校の同級生で、今は夏休みだ。
僕は夏休みの自由研究を、この三屋家を利用して行っている。
ここには市の図書館には置いていない資料が多く、量もその倍以上ある。
僕はこの子のお陰で貴重な本の数々を自由に読み漁ることが出来ているというわけだ。

「はい、それはみっちゃんのお陰ですね」
「そう!ボクのお陰だ!」
「・・・わかったよ。遊ぶよ。でもみっちゃん」
「なんだ!」
「夏休みの自由研究終ったの?」
「終ってなぁいっ!」

三屋美津子がそう自信満面で言うのと同時に僕らがいる書庫のドアが開いた。

「お嬢様、塩谷ぼっちゃんのおっしゃる通りですぞ」
「げっ!駿河!いたのか!」

ドアを開いた主はこの三屋家の執事、駿河さんだ。
駿河さんはいつも黒い執事服に身を包んでいる。
単純に暑そうだ。
そのことを駿河さん本人に聞いたことがあるが、制服とは往々にしてそういうものだと教えられた。
不便な点を差し引きしても尚、職業倫理を保つための利点があるのだという。
駿河さんの話す言葉は一つ一つ意味深長で含蓄がある。とても穏やかな人柄で、僕のような普通の家の人間にも分け隔てなく接してくれる。それでいて控えめ。
執事の鏡のような人物だ。

「僭越ながらお嬢様、その粗雑な言葉遣いをいい加減直してくれませんかな……ところで、塩谷おぼっちゃま。おぼっちゃまの自由研究はなんでしたかな?」
「僕は海流の研究にしました。こちらの書庫にはそれを研究するに充分な資料があります。駿河さん、本当に助かっています」
「ご立派。塩谷おぼっちゃまは本当にご立派でいらっしゃる。……それに比べて、お嬢様といったら……この駿河、父上に会わせる顔が御座いませんぞ」
「ええい!駿河は五月蠅い!わかったよ!やるよ!自由研究くらい!……おい!しょうや!」
「なんスか?」
「自由に研究をする!だからボクに自由な題材をよこせ!」
「それを自由と呼ぶのか、みっちゃん」
「自由とは所詮、限定された世界の中での話に過ぎん!さあ、題材を考えろ!」
「……妙に真実めいたことを」

僕は一旦、自分の研究を止め、駿河さんと二人でこの書庫の書物の中から、彼女でも出来そうな題材の本を探すことを始めた。

「お嬢様、こんなのは如何ですかな?『きこりのおこり』」
「なんだそれ!材木伐採の職業などに興味はない!」
「ひらがなばかりなので、これならお嬢様にでもと……あ、いや、失礼」
「みっちゃん、これなんかどう?『深海生物の不思議』」
「魚か?魚は嫌いだ!目が死んでいる!」
「生き生きした目の魚なんて余計に気持ち悪いよ」
「お嬢様、これならどうですかな?『量子力学はオカルトだ!』」
「りょうし…りきがく?なんだそれは!小学生の範疇じゃない!」
「ごもっとも…」

―――こんなようなやり取りが数時間続いた。
僕も執事の駿河さんも既に疲労困憊。
この家の一人娘、三屋美津子は一向に本を選ぶ気配がない。

「もう、みっちゃん、いい加減にしてよ!」
「そうですぞ、お嬢様。本当に研究する意思はおありになるのですか?」
「おおおおお前らが悪いのだろう!ボクの心の琴線に触れる題材を選べないお前らが悪いのだぁ!なんだ!このお前らが選んだ本は!ボクのこのか細い華奢な美しく白い腕でこんなごっつい本を持てるわけないだろうが!」
「…そうか!(駿河さん、ちょっといいですか?)」
「(なんでしょう、塩谷おぼっちゃま)」
「おい!そこ!なにを耳打ちしている!」
「(きっとみっちゃんは本の厚みで選んでいるんですよ。そもそも本読むのがきらいだから…)」
「(なるほど!それでは、この書庫で一番薄い本を選べば…)」
「おい!だから、さっきからなにを男同士でコソコソと…」
「お嬢様!こちらの本など如何でしょう?『世界の孤島〜無人島で暮らす〜』」

その本は写真集の様な体裁で、字が少なく写真が多い。
そしてなにより、薄い。
三屋美津子はその本を手にとり、ペラペラと数枚めくると、小さい手でそれを胸の前にもっていき両手でつかんだ。

「ふむ……いいのではないかな?ボクが自由に研究するにふさわしそうだ。よし!これにする!駿河!御苦労!」
「塩谷おぼっちゃま!やりました!」
「やったね!駿河さん!これで僕ら開放される!」
「塩谷おぼっちゃま、これが自由ですな!」
「これが自由だね!駿河さん!」

駿河さんと手を取り合って喜んでいると、三屋美津子は急に素っ頓狂な声をあげた。

「なんだ!この本!ぼろいぞ!もうページがとれた!おい駿河!これと同じ新しい本を取り寄せろ!」

三屋美津子が両手で抱えている本から、ひらひらと一枚なにかが落ちた様子だった。
駿河さんは床に落ちたソレを美しい動作で拾い、三屋美津子を諌めた。

「書物は大切に扱うものです。それにそんなページがとれたくらいで新しい本などもってのほかです。それにお嬢様。物を粗末に扱うということは……」
「まぁた駿河の説教が始まったぁ!」

駿河さんが三屋美津子を諌めながら、落ちたソレを右手で上下に揺すっている。
僕は説教に夢中になっている駿河さんの代わりにごく客観的な意見を述べた。

「駿河さん、それ、この本のページじゃなくて、なにかの写真じゃない?その本のサイズとは違うし」
「昭和25年、日本は敗戦を喫し物資は底をつき……え?写真?ああ、確かに。これは何かの写真の様ですな。さて、なんの写真でしょう?なにか島の様子の様ですが」
「ちょっと駿河さん、その写真いいですか?………なんか見覚えあるなぁ、この島の形……それにこの中央の生き物はなんだろう?猫にしては大きいし」
「島の植物から察するに南の島のように思えますが……いや、これは日本ですな」
「そうなの?駿河さん?」
「おそらくこの形は……塩谷おぼっちゃま、この植物の形、これは『タコノキ』ではないですかな?」
「あ、本当だ。だとすると」
「タコノキは小笠原諸島の固有種。その辺りということになりますな」
「だとすると、動物がいるのはおかしいですよね」
「そうですなぁ。哺乳類といったらコウモリだけと聞きますが……これは一体」
「どれ!しょうや!ボクにも見せてみろ!……これは、あれだ!ライオン!」
「そんなわけないよ、みっちゃん。そもそも野生のライオンなんて日本にいないよ」
「しかし、塩谷ぼっちゃん。お嬢様の推測もあながち間違っているとは言えませんぞ。このライオンらしきモノの下に横たわっているモノ。これはシマウマではないですか?」
「本当だ!シマシマだ!」
「駿河さん、確かシマウマはライオンの捕食対象でしたよね?」
「そうですね。しかし奇怪ですな、この写真」
「駿河!しょうや!なにを不思議がることがある!島に動物がいる!当たり前のことだろうに!」
「みっちゃんは少し黙ってて。駿河さん、つまりこれがライオンだとすると、それを形成する生態系が存在することになりますね」
「はい、しかもこの日本で」


三屋家の書庫から偶然手にとった本の中に挟まれた一枚の写真。
その写真が導き出す真実は、今の僕が思うよりも、奇妙で、深刻で、そして―――――

―――――力強いものだった。
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皆様の一言
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