太平洋戦争史ブログ

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北朝鮮との戦争の可能性は? 日本はどうするべきか?【番外編 第9回】

9月15日、北朝鮮が再びミサイルを発射した。

緊迫・北朝鮮~弾道ミサイル発射、北海道上空を通過

9月11日に国連安全保障理事会で、追加制裁決議が可決された直後のことということもあり、このミサイル発射は国内外のメディアでも大きく取り上げられ、連日、政治家や識者たちが様々なコメントをしている。

御厨 貴(みくりや たかし)東大名誉教授(専門は近現代日本政治史)はテレビニュース番組で「日本と北朝鮮の数十年の関係や、朝鮮半島との数千年の関係といった”長期的スパン”でこの問題を捉えるべき」とコメントしていた。

また萩生田 光一(はぎうだ こういち)自民党幹事長代行はテレビの報道番組で「国際社会と協調しながら、断固たる態度で北朝鮮と臨んでいくことが重要である。また専守防衛や非核原則が明記されている、憲法の見直しについても議論するべきである」とコメントしていた。

またこの政治家に番組のキャスターは「あと8か月ほどで、北朝鮮はアメリカ本土に到達する大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発に成功するという観測もあるが、このタイムリミットまでに、日本はどうするべきか?」といった質問をしていた。

更にこの番組に出演していた江田憲司民進党代表代行は「政府は北朝鮮政策に関する情報を、積極的に野党と共有するべきである」と主張していた。
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このブログ(本編)や拙著「いまこそ読み解く太平洋戦争史」でも言及しているように、太平洋戦争時の日本の指導者たちは、「曖昧な戦争計画や作戦」しか立てられなかったが、彼らの発言を聞いて、その特徴は今の日本の指導者も変わっていないと感じた

萩生田氏のコメント内容には、何ら”具体的”な内容が含まれていない。「国際社会と協調した、断固たる態度」とは、具体的に何を指すのか?また具体的な施策を打ち出したとして、それによってどのような効果(結果)が得られるのか?さらにその結果はいつごろまでに得られるのか?そのようなことに関する具体的な言及がまったく見られない。

同様に
御厨氏の発言内容も極めて曖昧である。北朝鮮や朝鮮半島との長期的な関係への考察をもとに、具体的にどのような対北朝鮮政策を作っていくのか?という点に関する言及がまったくない。御厨氏は大学教授であるが、学者は日本のリーダーたちのブレーンという役割も担っているはずである。そのブレーンの発言がこの程度のものとは、情けない限りであると言わざるを得ない。

報道番組のキャスターの「8か月後のタイムリミット」という質問にも、首をかしげざるを得ない。「このキャスターは何を聞きたいのであろうか?」と思ってしまう。仮に北朝鮮が、8か月後にアメリカ本土に到達する大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発に成功したとして、それで事態がどう変わるというのだろうか?

前回、言及したが、核を搭載したICBMの開発に成功したとして、北朝鮮がそれを日本やアメリカに向けて直ちに発射するとでもいうのなら、対応を考えねばならないであろう。しかし、その可能性は極めて低いだろう。前回も述べたように、北朝鮮がそんなことをすれば、アメリカの「核の報復攻撃」で、北朝鮮は消滅するからである。
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冷戦時代、米ソ双方が大量の核兵器を所有しながら、なぜ核戦争に至らなかったのか?それは核ミサイルの発射ボタンを押せば、自国の滅亡につながることを知っていたからである。

これに対して、「北朝鮮(金正恩)は何をするか分からない」という反論もあるだろう。

しかし北朝鮮が今まで行ってきたのはぎりぎりの「瀬戸際外交」であり、自滅覚悟の玉砕外交は一度も行ってきたことはない。ゆえに仮に北朝鮮がICBMを開発したとしても、北朝鮮を取り巻く国際関係の状況に、劇的な変化が起こるとは考えにくいと思われる。

江田氏の発言も「木を見て森を見ない」発言と言わざるを得ない。国民が江田氏に知りたいことがあるとすれば「野党第一党として、北朝鮮問題解決に向けて、具体的にどうしようと」考えているのか?ということだと思われる。このような報道番組で、抽象的な発言に終始する萩生田氏を批判し、「民進党なら具体的に〇〇といった対策を取る」といった発言をすれば、少しは支持率も上がるのではないかと思うのだが・・・(私は民進党支持者ではないが・・・)


前置きが非常に長くなってしまったが、今回のテーマ「北朝鮮との戦争の可能性は? 日本はどうするべきか?」について考えてみたい。

まず北朝鮮との戦争の可能性についてだが、個人的には「極めて低い」と考えている。
理由は前回も述べたように、もし北朝鮮が日本やアメリカに対して、ミサイルや核攻撃を行い、日米韓との全面戦争になれば、北朝鮮の敗北(または滅亡)は避けられないからである。

私が北朝鮮との戦争の可能性が低いと考えるもう一つの理由は、北朝鮮軍兵士の食料事情が”危機的”とも言えるレベルまで悪化していることである
ほとんどのメディアでは報道されていないが、北朝鮮軍の食糧事情は非常に悪く、兵士の大半は、”栄養失調”状態にあるらしい。

<北朝鮮最新報告>今年も兵士は痩せていた ミサイル発射の一方で栄養失調に苦しむ若い軍人たち

1北朝鮮軍兵士(アジアプレスより)

北朝鮮の人口は東京都とほぼ同じ約2000万人、日本の6分の1である。それにも拘わらず、北朝鮮軍の兵力は約100万人もいる。

ただでさえ経済、食糧事情が苦しいのにも拘わらず、社会の生産に全く寄与しない”軍隊”に100万人もの人間を充て、その兵士たちに満足な食事も与えられない北朝鮮。その一方、ミサイルや核開発に莫大な予算や、資源をつぎ込んでいるのである。北朝鮮の軍事政策は、戦艦大和やゼロ戦といった「一点豪華主義」の兵器の製造に、予算や資源を注ぎこむ一方、補給を軽視し、太平洋の島々やビルマ戦線などで多くの兵士たちが飢えと病気でバタバタと倒れていった日本軍のそれと重なって見える

しかしそれでも「もし北朝鮮が日本に向けてミサイルを発射したら?北朝鮮との戦争になったら?」という”もしも”に備えて、具体的な対策は考えるべきであり、それをするのが日本の政治家や識者、リーダーたちがしなければならないことだと思う。

だが前述したように日本の政治家や識者で、それをしている者は”皆無”である(安倍首相ですら、何ら具体的な対北朝鮮政策に関する言及はない)。

そこで僭越ではあるが、私なりに”具体的な”対応策を考えてみたいと思う。

まず第一に考えるべきなのは、現状の法的枠組み(憲法)のもと、日本はどのような軍事オプションを取ることができるのかである。

現行の憲法では、日本は”専守防衛”が規定されている。となれば、日本が北朝鮮のミサイル攻撃に対して取り得る選択肢は、「ミサイルを迎撃」することに絞られるであろう。日本のミサイル迎撃システムは、イージス艦とパトリオットミサイルの”二段構え”となっている。

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もし北朝鮮が日本への攻撃を企図したミサイルを発射した場合、直ちにイージス艦でこれを迎撃する。そして打ちもらしたミサイルは、パトオットで迎撃する。これだけである。あとはミサイル発射情報を一刻も早くキャッチするための日本の情報収集能力を高めることと、ミサイル迎撃を速やかに指示する、日本の指導者の決断力がポイントになるだろう

またもし北朝鮮と戦争になった場合の他の可能性と対策の立案も必要であろう。ミサイル攻撃以外に考えられるのは、日本本土や島しょ地域への、北朝鮮軍の上陸、浸透ではないかと思われる。または原発へのテロ攻撃なども考えられるであろう。

これに対しては、上陸部隊を乗せた艦艇、船舶、潜水艦などの探知と速やかな迎撃、そしてもし北朝鮮軍の上陸を許した場合は、中央即応集団の速やかな投入などの作戦計画立案が必要であろう。また自衛隊(陸海空)と政府、特に自衛隊最高司令官である首相との円滑な連絡体制、情報共有体制、指示命令体制の確立も必要であろう。つまり、北朝鮮との戦争を想定した(ミサイル発射を含む)、総合的な」作戦計画、すなわち「グランドデザイン」の策定が必要であろう。またこのような状況を想定した、具体的なシュミレーションも行うべきである。
5中央即応集団

本ブログ(本編)でも言及しているように、日本は長期的な戦争計画、つまりグランドデザインを持たないまま、アメリカをはじめとする連合国との戦争に踏み切ってしまったのである

このような失敗を二度と繰り返さないためにも、北朝鮮との戦争を想定した総合作戦計画・グランドデザインを策定するべきであると思う。

第二に日本のリーダーたちが検討するべきことは、現行のミサイル迎撃システムで、北朝鮮のミサイルを防げるか?」という点である。

個人的には正直、迎撃システムでミサイルを防ぐ確率は「低い」のでないかと考えている。私はミサイル迎撃システムについては、ほとんど素人である。しかし以前、ある専門家がこのミサイル迎撃システムを「プロ野球のピッチャーが投げる豪速球めがけて、別のプロのピッチャーが球を投げてそれに当てるようなものだ」と言っていた。

私は野球に関してもまったくの素人(野球中継もまったく見ない)であるが、この例えの意味は理解しているつもりである。つまり、「高速で飛ぶミサイルにミサイルを命中させることは相当難しい」ということである。さらに北朝鮮から発射されたミサイルが、日本に到達すまでの所要時間はわずが5~6分程度と言われている。このわずかな時間に、北朝鮮のミサイル発射をキャッチし、その情報を首相に伝え、迎撃命令が出された後、ミサイルを迎撃することなどできるのだろうか?素人目から見ても、相当、実現困難であるように思える。

北朝鮮のミサイル攻撃、日本は迎撃不可能…すでに2百基のミサイルが日本を射程に配備

もしそれが事実ならば、日本はどうすればよいのだろうか?

まずは迎撃システムのミサイル迎撃成功確率を精査するべきだと思う。そしてもし、ミサイル迎撃が困難であるのであれば、取り得る選択肢は二つではないかと思う。一つは日本国民の命を守るため、日本全国に「避難施設(シェルター)」を建設することである。これについてはさらに「避難施設は通常のミサイルに耐えうる仕様にするのか?それとも核ミサイルを想定した仕様にするのか?」という点も決める必要があると思う。
二つ目の選択肢は、「避難施設(シェルター)」では日本国民の生命を守ることは、非常に困難であると判断された場合、「北朝鮮の核・ミサイル施設への先制攻撃」を行うということである。
これを実現可能にするためには、憲法解釈の変更、または改正が必要になってくるであろう。更に先制攻撃を行うための、兵器を選定・用意し、部隊の編成、そして具体的な攻撃計画の立案が必要になってくるであろう。
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最後に、もし「先制攻撃」の成功率を精査して、可能性が低いという結論が出たらどうするか?あまり考えたくないが、通常兵器による先制攻撃で、北朝鮮のミサイル・核施設の破壊及び無力化の成功率が低いという結論が出た場合は、冷戦時の米ソがとった戦略しかないのではないかと思われる。すなわち「核抑止」、つまり日本の「核武装化」である

冷戦時代の米ソと同様、日本も核ミサイルを開発し、所持する。そして北朝鮮に対し「日本に核攻撃を行った場合、我が国は直ちに核兵器で報復する」と北朝鮮に宣言するのである。

誤解のないよう申し上げておくが、私は決して現行憲法の改正や、日本の核武装を積極的に支持している訳ではない。現在、日本が直面している北朝鮮の核とミサイルの脅威に対して、「具体的にどう対処していくか」ということについて、提案しているのである。

前述したように、政治家や識者たちの”抽象的で的外れな”議論では、あまりにも頼りなさすぎるように思える。そうかと言って、一気に憲法改正や核武装という議論も拙速に思われる。

私が強く提案したいのは、北朝鮮がミサイルを日本に向けて発射したり、北朝鮮と戦争になった場合の、段階的かつ具体的な対応策の検討と策定なのである。

まず第一に現行憲法と日本の現有防衛力で取り得る、具体的な対応策や総合的作戦計画(グランドデザイン)の策定とその実現可能性の検討である。

もしこれらの成功率が低い場合は、他の選択肢(先制攻撃や核武装)の検討と、それを行うのに必要な措置(現行憲法の改正や兵器。技術の開発)を取ることである。


本ブログ(本編)最終回でも述べたように、日本人は「客観的に物事を見て、冷静に分析する」能力が他の国民(特にアメリカ人やイギリス人など)と比べて、著しく低いように見られる。

北朝鮮問題を「今そこにある危機」ととらえるのであれば、今こそ私たち日本人は、「客観的にこの問題を見て、冷静に分析し、それに基づいた具体的な戦略」を打ち出すべきであり、そしてそのようなリーダー(政治家)を選ぶか、生み出す努力をするべきではないかと思う。


平和ボケの日本国民よこれを見よ!「宣戦布告」








北朝鮮 国連安保理決議とアメリカの対日石油禁輸【番外編 第8回】

ニュースで報道されているように、国連安全保障理事会は9月11日、北朝鮮の6回目の核実験を受け、北朝鮮への石油輸出に上限を設けるなどした制裁決議を採択した。

国連安保理、北朝鮮への制裁決議を全会一致で採択(BBCニュース)

当初、アメリカは北朝鮮への石油全面禁輸を主張していたが(日本はこれを支持)、ロシアと中国が「石油全面禁輸を行へば、北朝鮮は強硬な手段に出るかもしれない」という主張を受け、結局、北朝鮮への原油供給の年間上限を過去12カ月の総量とし、現状維持としたそうである。

恐らくアメリカがこの提案に同意した第一の理由は、ロシア、中国の安保理決議案への賛成を取り付けたかったからであろう。

「もしかしたらこの時、アメリカ政府首脳や国連代表団の脳裏に、太平洋戦争開戦前にアメリカが行った「対日石油禁輸措置」のことがよぎったのではないか?そのこともアメリカが石油全面禁輸を緩和した背景にあるのではないだろうか?」ふとそんなことを思った。

ご承知のように、アメリカは日本の中国への勢力拡大(侵略)への”制裁措置”として、1941年(昭和16年)8月、対日石油禁輸を行った。この措置によってアメリカの石油は一滴も日本に来なくなった。石油の約9割をアメリカからの輸入に頼っていた日本は、その約4か月後の12月8日、ハワイ真珠湾への奇襲攻撃を行った。

「もし北朝鮮に石油全面禁輸をしたら、北朝鮮は”窮鼠”と化し、かつての日本のように”奇襲攻撃”仕掛けてくるのではないか?」そんな危惧を、アメリカ政府首脳や国連代表団のスタッフを抱いたのかもしれないと、ニュースを見て思った。
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ちなみに歴史的に見てアメリカという国は、どうも”奇襲攻撃”に弱いように見える。

ハワイ真珠湾攻撃(1941年)、ドイツ軍のアルデンヌ攻勢(1944年 いわゆる”バルジの戦い”)、朝鮮戦争での中国義勇軍の反撃(1950年)、テト攻勢(1968年)、そして9.11テロ(2001年)など枚挙にいとまがない。

余談だが、作家の鳥居民氏の未完の大作『昭和20年』で、「もしアメリカの対日石油禁輸がもう1年早く実施されていたら、あるいは太平洋戦争は回避できたのでは?」という趣旨のことが書いてあった。
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鳥居氏の主旨はこうである。

1941年(昭和16年)秋に日本は、アメリカとの開戦を決断した。これは「石油が全面禁輸されたら、日本はじり貧になる」との状況判断が大きな理由であったが、それ以外に日本に開戦に踏み切らせた要因として、独ソ戦の戦況が大きく影響していたと思われる。
当時、ドイツ軍はソ連領土深くまで侵攻しており、モスクワ占領も時間の問題と考えられていた。「首都モスクワが陥落すれば、ソ連はドイツと講和か降伏する。つまりソ連は戦線から脱落する。イギリスはドイツの攻勢の前に息も絶え絶えである。そうなれば日本はアメリカ一国だけを相手にすればよい、つまり今がアメリカと開戦する”絶好のチャンスだ”」そう日本の指導者たちが考えていた節があるのである。

一方、この前の年の1940年(昭和15年)、フランスの降伏を受け、日本は仏領北印(北インドシナ)に進駐(事実上の占領)した。
この時、アメリカは日本への制裁措置として、石油全面禁輸を検討したが、結局断念した。しかしこの当時の世界情勢は、日本にとってそれほど有利と思える状況にはなかったと言える。当時ソ連はドイツとまだ開戦しておらず、その国力も戦力もまだ”無傷”の状態である。またこの時点では日ソ中立条約も締結されていない。つまりこの時点では、日本はアメリカとソ連という二つの潜在的敵国があったのである。
もしこの時点、すなわち昭和15年にアメリカが対日石油禁輸に踏み切っていたらどうなっていたであろうか?
石油を絶たれた日本は、アメリカとの開戦に踏み切ったであろうか?いやもしここでアメリカとの戦争になれば、ソ連が”背後”、すなわち満州に攻め込んでくるのではないか?日中戦争で国力が疲弊した日本には、とても米ソとの”二正面作戦”を行う余裕などなどない。ここは”耐えがたきを耐え”、中国問題でアメリカとの妥協(譲歩)すべきである。こういった意見が日本首脳部の大勢を占め、結果、日本はアメリカとの話し合いによる関係修復を目指していたのではなかったのだろうか?

これが鳥居氏の推論である。

私は鳥居氏のこの仮説は、なかなか説得力があるように思える。

ちなみにだが、ピューリッツァ賞受賞作家で『大日本帝国の興亡』の著者、ジョン・トーランドは、太平洋戦争開戦回避に関するもう一つの"IF"を指摘している。
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真珠湾奇襲攻撃が行われた1941年(昭和16年)12月、東部戦線ではモスクワ前面まで迫っていたドイツ軍に対して、ソ連軍の反撃が開始された。ドイツ軍は初めて”敗北”を喫し、後退を余儀なくされた。
もし真珠湾奇襲攻撃があと1か月遅れていたらどうなっていただろうか?日本はドイツ軍の敗退の知らせを知り、ソ連が”簡単”に倒せる相手ではないことを知る。となればここでアメリカと開戦した場合、やはり背後からソ連軍が日本軍を攻撃してくるのではないか?そのリスクを恐れた日本の首脳部は、1942年(昭和17年)初頭、アメリカとの開戦を断念し、交渉、妥協による和平の道を模索していたのではないか?

これがトーランドの主張である。

個人的には鳥居氏の仮説よりは、やや弱いように思えるが、それでも興味深い仮説と言えるだろう。

更に余談だが、アメリカの石油全面禁輸を恐れた日本は、1941年(昭和16年)にオランダ領インドネシアから石油を輸入すべく、インドネシアのオランダ総督府と交渉するも、決裂している。これはアメリカ政府がオランダ総督府に日本に石油を輸出しないよう、”圧力”をかけたためだと言われている。

この時、オランダ総督との交渉にあたったのが、当時商工大臣を務めていた小林一三、阪急グループ(阪急電鉄、宝塚歌劇団、阪急百貨店など)の創始者である。

小林はその後、岸信介ら「国家による経済統制」を主張する”革新官僚”らと対立し、間もなく大臣を辞職することとなる。


ところで国連安保理決議が採択された同じ9月11日に、アントニオ猪木参議院議員が、北朝鮮訪問を終え帰国している。

猪木氏は帰国後の記者会見で「日本政府が取ってきた圧力外交路線から、対話路線に切り替えるべきである。今回の北朝鮮訪問で、圧力路線から話し合いへと空気が変わってきていることを強く感じた」という趣旨の発言をしている。

猪木氏「北朝鮮の空気が変わってきている」一問一答

私はこの猪木氏の見解は、残念ながら誤った見解であると思う。
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そもそも北朝鮮は90年代の頃から、核開発やミサイル開発というカードを振りかざし、その凍結と引き換えに食糧援助や軽水炉開発援助などを西側諸国に要求してきた。しかし結局北朝鮮は、援助を受け取る一方、核・ミサイル開発凍結の約束を反故にして、密かに開発を続けてきた。その結果、ついに北朝鮮は核開発と大陸間弾道弾(ICBM)開発に成功したのである。
つまり、「対話による解決の試みは、すでに20年以上も行われてきたが、結局、北朝鮮の核・ミサイル開発を止めることはできなかった」のである。

少々大げさかもしれないが、私には、今回北朝鮮を訪問した猪木氏は、チェコスロバキア問題でミュンヘン会談でヒトラーと会見したイギリスのチェンバレン首相と”ダブって”見えるのである。

1938年(昭和13年)、ヒトラーはチェコスロバキアのズデーテン地方のドイツへの割譲を要求し、もしチェコスロバキアがこれに同意しなければ、「戦争も辞さず」と宣言し、ヨーロッパは一触即発の状況にあった。

この危機を回避すべく、イタリアのムッソリーニの提案で、ドイツ、イギリス、フランス、イタリアによる”ミュンヘン会談”が行われた。この会談で、ヒトラーは「ズデーテン地方はドイツ最後の”領土要求”であり、この要求が受け入れられれば、ドイツは決して戦争はしない」と約束した。その結果、ズデーテン地方のドイツへの割譲を認める協定が参加国間で結ばれた。

帰国したチェンバレンは、ヒトラーとの合意文書を掲げ、「戦争は回避され、ヨーロッパに平和がもたらされた」と高らかに宣言した。
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しかしその後もドイツの海外領土拡張は止まらず、結局翌年のドイツ軍のポーランド侵攻によって、第二次世界大戦がはじまったのである。

もちろん”話し合いによる平和”を私は否定しているわけではない。しかしそれは「時と相手による」と言いたいのである。今回の北朝鮮のケースにおいては、明らかに”対話”は最善の策とは言えないだろう。それは前述した、過去20年以上にわたる北朝鮮との交渉の失敗が証明しているといえるだろう。

アイゼンハワー政権で国務長官を務めた、ディーン・アチソンはかつて、「ソ連が唯一理解できる言葉は、”力”である」と言った(多分・・・)。

このアチソンの言葉は、現在の北朝鮮問題の最善の回答ではないかと思う。

つまり北朝鮮と核・ミサイル開発を凍結または停止に関する、何らかの譲歩、または妥協を得るまでは、断固とした態度をアメリカ、日本、ロシア、中国をはじめとする国際社会は取り続けるべきである、ということである。そして北朝鮮には口約束ではなく、はっきりとした形で核・ミサイル開発凍結、停止を示すよう要求し続けることである。

同時に北朝鮮からの”奇襲攻撃”には万全の備えをしておく必要があることも指摘しておきたい。特にアメリカには・・・




映画ダンケルク【番外編 第7回】 

 今回は、第二次世界大戦の(ヨーロッパ戦線)をテーマにした映画(9月9日劇場公開予定)について書きたいと思う。

「ダンケルク」

オフィシャルサイト

    


この映画については、私も劇場で予告編を見た程度なのだが、「かなり見ごたえのありそうな映画だな」と思った

実はダンケルクというのは、第二次世界大戦(ヨーロッパ戦線)では非常に有名な史実であり、私もタイトルを聞いた時は「ああ、あれね」といった程度の認識であった。もちろん、このあたりの歴史に興味のない方、またはあまりよくご存じない方からすれば「何?どういう話?」と思われるだろう。

そこでダンケルクの史実をもとに、この映画のストーリー(予告編を見た私の推測だが・・・)を述べていきたいと思う。

1939年9月1日にポーランドへ侵攻して勝利したナチス・ドイツ軍は、翌1940年5月に今度はフランスへの侵攻を開始する。これに対してイギリス、フランスを中心とする連合軍は独仏国境の守りを固めた。
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ところがドイツ軍の戦車を中心とする、主力部隊は英仏連合軍の守りの薄い”アルデンヌの森”(文字通り森林地帯なので、連合軍は「ドイツの戦車部隊は通れないだろう」とたかをくくっていた)に進撃してきた。

不意を突かれた英仏連合軍は混乱し、退却する。しかしドイツ軍の進撃は素早く、英仏連合軍の主力部隊は、フランス北部の港町、ダンケルクで包囲されてしまう。その数およそ40万人。

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この危機に際し、イギリス首相ウィンストン・チャーチルは、この包囲された兵士たちを救助(イギリスに撤退)するよう命じた。

ただちにイギリス中からありったけの民間船(客船、貨物船など)がかき集められた。しかしそれでも足りないため、イギリス政府は漁船、ヨット、タグボートなどの民間の小型船にも協力を求めた(地図でもお分かりのように、英仏海峡は最短で約40キロと短いため、このような小型船でもフランスに渡ることができた)。この呼びかけに応じて、大小多数の民間船がダンケルクに向かった。

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ウィンストン・チャーチル

予告編を見る限りでは、映画はダンケルクに包囲されたイギリス兵たちのシーンあたりから始まるようである。

前述したように、このダンケルク撤退は第二次世界大戦の有名な史実で、英仏連合軍約40万人のほとんどがイギリスへの撤退に成功する。

しかし、予告編を見ると、実は歴史書に書かれているほど、”生易しい”ものではなかったようである。

予告編では、無数のイギリス兵が砂浜で味方の助けを待っている。彼らの足元には多数のイギリス兵の戦死者が横たわり、波打ち際にも戦死者の遺体がいくつも浮かんでいる。

望郷の思いに駆られたあるイギリス兵は、海の中へと歩いていく。しかし誰も彼を止めようとはしない。

そしてようやく到着した船(病院船)に、主人公(と思われる)の兵士を含むイギリス兵たちが乗り込む。

しかし船が沖合に出て間もなく、ドイツ軍機(スツーカ急降下爆撃機)の攻撃を受け、この船はあえなく沈められてしまう。

※ちなみにどこの国の軍隊でも「病院船への攻撃」は原則、禁じられている。従ってこのドイツ軍機が病院船に攻撃するシーンは史実ではないのではないかと、個人的には思う。「ナチス・ドイツだから、攻撃したのではないのか?」という可能性もあるかもしれない。しかし、これだけ大勢の兵士たちの目前で病院船を沈めれば、たちまちこの話は世間に広まるだろう。そうなったら、連合国にとっては”反ナチス・ドイツ”宣伝の恰好の材料に使うことができる。また連合軍兵士たちもナチス・ドイツに対する”敵愾心”を一層高めることになってしまう。よって、私はこの病院船撃沈のシーンは”フィクション”ではないかと思う(決してナチス・ドイツの肩を持つつもりはないのだが・・・)。

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主人公はかろうじて生き残り、海上を漂流する。そこへ多数の小型船がやって来る。主人公は、そのうちの一隻(小型ボート)に助けられる。

主人公は船を操船する”老紳士”に尋ねる「目的地は?」。老紳士は答える「ダンケルク」。主人公は言う「戻らないぞ」。老紳士は再び答える「我々が助けねば、残された仲間。(この箇所だが、英語のセリフを直訳すると「隠れる場所などない、我々にはやらなければならない仕事がある」と言っている)。

船にすし詰め状態で乗っているイギリス兵たちに、ドイツ軍機が情け容赦なく、機銃掃射を浴びせるシーンはかなり迫力があると思った(予告編ではほんのちょっとしか映っていないが)。自分たちは何もすることができない状態で、頭上から機関銃の弾が”雨あられ”と降り注ぐ場面なんて、考えただけでも”ゾッと”する
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ちなみに「スターリングラード」という映画にこれとよく似たシーンがある。


その一方、危険を承知で”非武装”の小型ボートでダンケルクに向かう老紳士の勇気と毅然とした態度がとても印象的だった。

ダンケルクの史実を知っていても(結末は分かっていても)、個人的には絶対この映画を見に行こうと思う。

ちなみにダンケルク撤退後まもなく、フランスは事実上ドイツに降伏し、ドイツに占領されてしまう

その約4年後の1944年6月、アメリカ、イギリス軍を中心とする連合軍がそのフランスを解放するため、フランス北部のノルマンディーに上陸する。これが有名な「ノルマンディー上陸作戦」である

この上陸作戦には、ダンケルクから脱出した英仏軍兵士が多数参加した。




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