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聯合艦隊司令長官 山本五十六 太平洋戦争70年目の真実【番外編第17回】

今回は「聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実」という映画を紹介したいと思いう。

2012年に公開された映画ですので、比較的、記憶に新しい方もいらっしゃるかと思う。
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原作者は「日本のいちばん長い日」を書いた半藤一利氏である。そして主演の山本五十六を演じるのは、役所広司である。




ではあらすじについて述べたいと思う。

映画は太平洋戦争開戦前から始まる。

その頃の日本はアメリカとの対立を深め、またナチス・ドイツとイタリアとの”三国同盟”締結へと世論は動いており、次第にアメリカとの戦争が避けがたいものとなっていた。当時海軍次官だった山本五十六(役所広司)、海軍大臣米内光政(柄本 明)、そして軍務局長井上成美(柳葉敏郎)は「アメリカとの戦争は何としてでも避けるべきであり、三国同盟も締結するべきではない」と考えていた(山本は海軍軍人であったが、アメリカとの戦争には反対の立場をとっていた)。


しかし山本たちの願いもむなしく、日本はその後まもなく三国同盟を締結、そしてついにアメリカとの戦争を決定する。そのころ、山本は連合艦隊司令長官に任命される。

日米開戦に反対していた山本であったが、ひとたび戦争が避けられないと知ると、今度は連合艦隊司令長官としての職務をまっとうしようと考える。つまり、アメリカにどう戦って勝利を収めるか?ということに全力を尽くすようになる。


山本は「国力ではるかに勝るアメリカと戦っても勝ち目はない。そこで、緒戦でアメリカ軍に決定的なダメージを与え、その後、講和を結ぶべきである」という構想を固めていく。その構想に従い、アメリカ太平洋艦隊の拠点である、ハワイ・真珠湾(パールハーバー)への奇襲攻撃を計画する。

この奇襲攻撃は成功し、アメリカ太平洋艦隊は大きなダメージを受けた。

開戦後の約半年間、日本軍は連戦連勝を収めた。しかしミッドウェー海戦で連合艦隊は大敗北を喫してしまう。


その後日本軍はガダルカナル島をめぐる戦いにも敗れ、次第に戦況は日本軍にとって不利なものとなっていく。

そこで山本は、連合艦隊や指揮下の部隊を大きく後退させて十分な戦力を整えて、アメリカ軍と決戦を行い、これに勝利して、講和を結ぶことを決意する。

しかし主力部隊が後退している間、アメリカ軍の追撃を「誰かが」防がなければならない。そこで山本は苦渋の決断として、南太平洋の島々に「全滅覚悟の上で」”最低限の”飛行機部隊や守備隊を配置するつまり”捨て駒”ということである


山本はこれら”捨て駒”になることを命じた、兵士たちをねぎらい、かつ”最後の別れ”を告げるため、(部下たちの反対を振り切って)これら最前線守備隊を視察するため、飛行機で飛び立つ。

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ところがこの山本の視察情報はアメリカ軍に(日本軍の暗号を解読したことによって)筒抜けであった。

山本の乗った飛行機は、待ち伏せていたアメリカ軍の戦闘機部隊によって撃墜され、山本はその生涯を閉じる。


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これが映画のあらすじである。

次に感想を述べたいと思う。

一言で言うと「太平洋戦争に興味はあるけど、そんなに詳しくしは知らない」という方向きの映画だと思う。

多分、太平洋戦争の歴史に詳しい方から見ると、いろいろと「物足りない」ところがあると思われるし、ミッドウェー海戦の流れなど、かなりはしょっているというか、簡略化されていて、史実と異なる点も多々見受けられる。

またこの映画では「日本海軍は戦争に反対していたが、陸軍がそれを押し切って、無理やりアメリカとの戦争を始めた」といういわゆる”陸軍悪玉論”がはっきりと描かれている。が、これも史実とは異なる(実際は陸海軍どちらにも、大多数の軍人が戦争賛成、少数が反対を唱えていた)。

更に終盤で山本が連合艦隊や指揮下の部隊を大きく後退させて十分な戦力を整えて、アメリカ軍と決戦を挑もうとしたというエピソードについてだが、私が調べた限りそのような事実は見つからなかった。
恐らく創作だと思われる。


ただストーリーは比較的、分かりやすいと思う。

その一方、今まで太平洋戦争を扱った映画やドラマなどでは言及されていなかった”史実”も、この映画ではしっかり描かれている。

例えば戦前、ほとんどの国民と世論(新聞など)はアメリカとの戦争を積極的に支持していた。映画では香川照之演じる、新聞社の編集長(か主幹だったと思われる)が山本に「アメリカと開戦するよう詰め寄るシーンがある。また飲み屋のおやじが「アメリカと戦争すれば、一気に景気が良くなる」といったことを言っている。

また山本の”親友”の元海軍軍人で坂東三津五郎が演じた、堀 悌吉(ほり ていきち)元海軍大将についても、しっかり描かれている。堀は山本と海軍兵学校(海軍の幹部を養成する学校)の同期であった。頭脳明晰で海軍兵学校を首席で卒業している(ちなみに山本の卒業成績は11番であった)。


堀は山本と同じかそれ以上に「平和主義者」であった。彼は「海軍は”抑止力”として平和の維持に貢献するべきである」と常々主張していた(英語ではこの考え方を”Fleet in Being”と呼んでいる)。そして戦前から海軍の軍備拡張に反対していた。

しかし海軍の強硬派ににらまれ、結局、海軍を追われてしまう。

堀が海軍から退いた後も、山本との親交は続いた(最近になって二人がやり取りした手紙が発見されまた)。親友であり、また海軍を退いていたためか、山本は堀には自分の苦しい胸中(開戦反対という自分の考えと連合艦隊司令長官という立場の板挟みになっている状態)を明かしていたようである。※ちなみに堀は戦後まで生き、天寿をまっとうしている。


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正直「山本五十六を美化しているな」というシーンも、結構見受けられるが、そのあたりを差し引いても、良作だと思われる。



日本のいちばん長い日あらすじ【番外編第16回】

  今回は『日本のいちばん長い日』という映画について述べていきたいと思う。
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但し、私が述べたいのは2015年のリメイク版(監督:原田眞人 出演:役所広司、本木雅弘、松坂桃李、堤真一、山崎努ほか)ではなく、1967年に製作された方である(監督:岡本喜八 出演:三船敏郎、加山雄三、黒沢年男、小林桂樹、山村聡、笠智衆ほか)。
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この『日本のいちばん長い日』という映画(もちろん1967年版のことである)だが、歴史作家の半藤一利氏の同名の本が原作である。

この映画は1945年(昭和20年)8月15日に、日本が連合国に無条件降伏、つまり終戦となるまでの24時間(8月14日正午から玉音放送が流れた15日正午まで)の日本政府、陸海軍の中枢の人々を中心に描いたドキュメンタリータッチの映画である(したがって内容もフィクションではなく、史実に基づいたものとなっている)。

『日本のいちばん長い日』(1967年版・予告編)


以下大まかなストーリーを書きたいと思う。

1945年(昭和20年)8月14日正午、御前会議(昭和天皇、首相、陸海軍大臣などが参加する当時の日本での最高指導会議)で、日本の“降伏”が正式に決定される。

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右:阿南陸軍大臣(三船敏郎) 左:米内海軍大臣(山村聡)


これを受け、内閣、外務省、陸海軍などは終戦に向けて必要な手続きを進めていく。また国民に終戦を知らせるため、その旨を伝える昭和天皇の言葉を録音(当時の録音はレコードで行われていました)したものを、15日正午にラジオで放送することが決められる。

ところが陸海軍の軍人には、日本は降伏するべきではなく、最後まで徹底的に戦うべきだと主張する者もまだたくさんいた。明日終戦となることを知った一部の若い陸軍軍人(将校)たちは、終戦を阻止することを決意する。

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畑中少佐(黒沢年男)を中心とする、彼ら陸軍軍人グループは、近衛師団(皇居を守る部隊)を使って皇居を占領し、昭和天皇の言葉を録音したレコード(“玉音盤”と呼ばれていた。皇居の敷地内にある、宮内省という省庁の建物に保管されていた)を奪って、終戦を阻止しようとする。要するに“クーデター”である。


物語はこのクーデター、そして鈴木総理大臣(笠智衆)、阿南陸軍大臣(三船敏郎)、米内海軍大臣(山村聡)といった政治家、軍人たちを描いた映画である。

2時間40分近くという長編であり、しかも「ご聖断」「承詔必謹(しょうしょうひっきん:天皇の命令には絶対に従わなければならないという意味)」「皇軍」「決起」「自決」など、現代の私たちには耳慣れない言葉が飛び交うのだが、非常に中身の濃い、傑作だと思う。

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畑中少佐(黒沢年男)

3時間近い大作だが、話のテンポ(というかストーリーの展開)が速いので、飽きることはないと思う。昭和天皇、総理大臣から一般の兵士、警官、学生、女中、そして明日の終戦を知らずに特攻機に乗って出撃するパイロットたちなど、様々な人たちの多層なドラマが盛り込まれている。それがこの映画に深みを増しているように思える。

だがこの映画の最も優れている点は、終戦とその前夜という日本史の“一大事件”と陸軍軍人によるクーデターというドラマチックな題材を扱っているにも関わらず、終始徹底的に“冷静に”描かれていることだと思う。

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監督の岡本喜八氏はこの映画で、戦争に関する自分の思いや、メッセージといったものをほとんど盛り込んでいない。“淡々”とも言えるくらい、このドラマチックな“1日”を描いている。それだけに見るものにとって、太平洋戦争、または戦争というテーマについて考えさせてくれるのではないかと思う。




真珠湾攻撃がアメリカを軍事超大国にした【番外編第15回】

前回に続いて、今回も真珠湾攻撃について書いていきたいと思う。

日本ではあまり知られていないようであるが、アメリカ(合衆国)の軍隊は歴史的に、平時は文字通り「最小限の戦力」しか保持していなかった。


ひとたびアメリカが他国と戦争状態、または内戦状態になって初めて、国民を動員して軍隊を組織した。

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そして戦争が終われば、兵士の大半は除隊して、民間人にもどる。


そしてアメリカ軍は元の、最小限の規模に縮小される。


これは通称「ミニットマン(民兵)」思想と呼ばれた考えで、アメリカ合衆国建国以来(独立戦争以来)の「伝統」と言えるだろう。


事実、アメリカ史上最大の戦死者を出した南北戦争では、南北両軍でおよそ
100万人近い規模の軍隊が組織された。


特に北軍(陸軍)の兵力は約
60万人を超えており、当時世界最大の陸軍であった。

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ところが南北戦争が終結すると、兵士のほとんどが除隊し、アメリカ軍は再び小規模な組織へと縮小していった。


おそらくアメリカはアジア、ヨーロッパ大陸から離れており、且つ南北アメリカ大陸に脅威となるような国家がないため、常に巨大な常備軍を持つ必要がなかったことが、この民兵思想が長く続いた背景の一つであろう。


また平時に最小限の軍事力しか保持しないことで、アメリカはその民力や財源を自国の産業、工業、農業、経済の発展に集中的に投入することが可能となり、そしてそのことがアメリカの国力の飛躍的な増大(特に
19世紀後半以降)につながったと言えるだろう。


事実、第二次世界大戦前のアメリカ陸軍の規模は、チェコスロバキア陸軍よりも小さかったのである。


そのような状況下、
1941年(昭和16年)128日(アメリカ時間7日)、日本海軍(連合艦隊)による真珠湾奇襲攻撃が行われたのである。



この奇襲攻撃によりアメリカ太平洋艦隊は壊滅した。そしてこの攻撃を「卑劣な不意打ち」ととらえたアメリカ国民は、「リメンバー・パールハーバー」を合言葉に、日本に対し激しい敵意を燃やしたのは、後世よく知られている事実である(そしてアメリカは再び大動員をかけて、大規模な軍隊を組織して第二次世界大戦に勝利したのも、よく知られている事実である)。


しかしこの真珠湾奇襲攻撃は、アメリカ国民に深刻かつ重要なある種の「トラウマ」を残すこととなった。


そしてこのトラウマは現在もなお、アメリカで生き続けているのである。


前述したように、アメリカにとって脅威となるようなヨーロッパやアジアの外敵は、アメリカ本土から遠く離れている。

 

この安心感から建国以来、アメリカ本土が外敵から奇襲攻撃を受けるという脅威というものをアメリカ人は心配することもなく、ある意味「太平の世」を謳歌していたのである。

 

しかし日本軍の真珠湾奇襲攻撃によって、この「太平の夢」は破られたのである。

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さらに第二次世界大戦後まもなく始まった、ソ連を中心とする共産主義陣営との冷戦と、大戦末期に開発された核兵器の脅威が、アメリカ国民を不安におとしいれた。



「もしソ連が核兵器を搭載した、長距離爆撃機を飛ばしてアメリカ本土に奇襲攻撃をしてきたら、アメリカは瞬時に壊滅させられるのでないか?」




ソ連の核攻撃能力と、真珠湾奇襲攻撃のトラウマ、これが戦後のアメリカの政府と軍部首脳を悩まし続けたのである。



また表面上は戦後の繁栄を謳歌していたかに見えた「楽観的な」アメリカ市民ですら、内心はソ連による「核の奇襲攻撃」の不安にさいなまれていたのである。



その結果、通常であれば動員を解いて縮小するはずであった、アメリカ軍は戦後も巨大な軍事力を維持し続けなければならなくなった。


そしてソ連の核の脅威からアメリカを守るべく、新兵器の開発(核兵器もこれに含まれる)に莫大な予算がつぎ込まれていったのである。


1962
年のキューバ危機では、米ソによる核戦争と人類滅亡の瀬戸際まで世界は追い詰められた。



ソ連が同盟国のキューバに配備した中距離核ミサイルが、ワシントン
DC、ニューヨークを含むアメリカ東海岸の大半を射程距離にとらえていることから、アメリカはソ連にミサイル撤去を要求した。しかしソ連はこれを拒否した。



両国間の緊張が高まる中、ケネディ大統領と彼の閣僚たちはキューバへの奇襲攻撃さえも選択肢として、検討を始めることになる。


「しかしキューバを攻撃すれば、ソ連との全面核戦争を誘発するのではないか?」ケネディは苦悩し続けた。

 

「私は真珠湾攻撃前の東条の気持ちがよく分かる」後にケネディが当時を回想した時の言葉である。


1990
年代に入り、米ソ冷戦が終結した。


これによりアメリカは本土攻撃を受ける脅威から解放されたかに見えた。しかしその安心感は長くは続かなかった。


2001
9月、アメリカ同時多発テロが起こった。

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アメリカに敵意を持つイスラムテログループである「アルカイダ」による、アメリカ本土攻撃であった。


私はこの
9.11テロは「第二の真珠湾攻撃」だと考えている。


今やソ連のような巨大国家ではなくても、テログループ、そして北朝鮮のような小国でもアメリカ本土を脅かすことが可能であることが証明された。


建国以来、長年にわたって維持し続けた「民兵思想」をアメリカは
20世紀に「放棄」せざるを得なくなった。


それ以後、アメリカは「軍事超大国」の道を歩み続けている。

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そのきっかけを作ったのが、「真珠湾奇襲攻撃」であったと言えるだろう。


おそらく(というかほぼ間違いなく)真珠湾奇襲攻撃を計画した、山元五十六をはじめとする日本海軍首脳部の誰一人として、このような事態を夢想だにしなかったであろう。


間違いなく、真珠湾奇襲攻撃はアメリカの歴史と外交、軍事政策を劇的に変えた。


言い方を変えれば、真珠湾攻撃はアメリカ軍備縮小への引き返し点「ポイント・オブ・ノーリターン」を越えた、まさにターニングポイントとなったといってよいであろう。


以来、アメリカは外敵からの本土奇襲攻撃という不安にさいなまれ続けている。


将来、この不安が消える日が来るのだろうか?


その問いに答えられるものは、おそらく誰もいないであろう。
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