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いまこそ読みとく 太平洋戦争史 [単行本(ソフトカバー)]


先日(2018年5月6日・日曜)の深夜に、NHK BSプレミアムで「劇団チョコレートケーキ」という劇団の「あの記憶の記録」「熱狂」という2つの芝居(全部で4時間半くらいあったと思う)が放映されていた。
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翌日仕事ということもあり、その晩(深夜)はとりあえず録画して、数日後に「あの記憶の記録」を見た。

冒頭のNHKアナウンサーによる「あらすじ解説」で、物語は1970年のテルアビブ(イスラエル)を舞台にした、第二次世界大戦後にポーランドから移住してきたユダヤ人兄弟の話という紹介であった。

実はその時点で、“軍事史オタク”の私には大体あらすじが読めていた。

第二次世界大戦時、ヨーロッパのユダヤ人はナチス・ドイツによって大量虐殺されたこと、その中でもポーランドのユダヤ人虐殺はすさまじく、ほとんどが生き残らなかったこと、この兄弟は第二次世界大戦時に既に成人していたにもかかわらず、生き残ったこと。

以上を総合して、この兄弟は強制収容所(恐らくアウシュビッツ・ビルケナウ)でゾンダー・コマンドとして、収容所で虐殺された同胞の死体処理に従事していたため、幸運にも生き残り、その後イスラエルに移住したものの、過去の記憶に苦しんでいる、大体こんなストーリーだろうと予想した(付け加えると、彼らの家族は全員死んだのだろうと予想した)。

※「ゾンダー・コマンド」の詳細に関してはウィキペディア等をご参照願いたい。

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事実、この芝居のストーリーはほとんど私が予想した通りであった。

だがそれでもこの芝居、時代背景を大体知っていた私が見ても、ものすごく衝撃的であった。

この兄弟の弟(主人公)の回想場面で、ガス室の死体を語るシーンでは「死体は山のように積みあがっていた。恐らく死体の上をまだ生きていた人間がよじ登ってガス室からの脱出を試み、そこで力尽きたのだろう」「目玉が飛び出した死体、全身が真っ赤になった死体、青くなった死体など様々だった」などと、まるで本当にその場にいたかのように語っている。

さらにガス室で奇跡的に生き残った赤ん坊(死んだ母親からなおも母乳を吸おうとしていた)を、見つけたドイツ人看守がためらいもなく、その赤ん坊の頭を銃で撃ちぬいたと語っている。

また彼ら兄弟は、自らの意思で同胞の死体から金歯を抜き取り、それでわずかな食糧と交換して、飢えをしのいだという話も語られている。
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またガス室で殺された(ドイツ人は「処分」と呼んでいる)ユダヤ人を焼却炉に入れる作業をしていた、ゾンダー・コマンドの一人は、その死体の中に自分の家族を見つけた、という話もあった。

さらに収容所がソ連軍に解放された時、弟は憎悪のあまり逃げ遅れたドイツ人看守を他のユダヤ人たちと一緒に殴り殺したことを告白する。しかもこの看守は最も優しい看守で、ユダヤ人をほとんど殺さず、しかも彼ら兄弟が生き残れるよう、最大の便宜をはかってくれた人物であった。

ちなみに主人公の兄は、ポーランドでの過去の記憶を思い出すことを一切拒否し、「何もなかったんだ、何も・・・」と言う言葉をひたすら繰り返していた(別に気が狂ってしまった訳ではない)。

恐らく兄は、ポーランドでの記憶を思い出すのが辛すぎるので、そう言っているのだろう。
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しかしそれは同時に強制収容所で“灰”になってしまった、彼らの両親、兄弟、親戚たちの記憶と存在すら否定することを意味する(それはそれでまた悲しいことではあるが・・・)。

この芝居で主人公は、ナチスやドイツ人への恨みは一言も言っていない。

彼は間もなくイスラエル軍に入隊する息子(イスラエルは男女とも徴兵制である)に、「戦争になったら、国の為に命をささげようなどと考えず、どんな手を使ってでも生き残れ」と言う。

また「誰でも戦争の加害者にも被害者にもなり得る。現に我々ユダヤ人は、今、パレスチナ人を迫害しているではないか」とも言っている。

2時間以上という非常に長い芝居だったが、私は完全に引き込まれてしまった。
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またユダヤ人虐殺(英語では“ホロコースト”、ヘブライ語では“ショア”と呼ぶ)についての大まかな背景知識がある私が見ても、とても衝撃的な内容であった。

従って、時代背景をあまりご存じない方がこの芝居を見たときの“衝撃”は相当すさまじいと思われる。

さらにこの芝居を演じた役者さんたちも、精神的にかなりきつかった(相当追い詰められた)のではないかと思われるし、それくらいまで精神状態を持っていかないと、あれだけすさまじい演技はできないのではないかと思う。
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しかもこの芝居、原作はなく、脚本はこの劇団の脚本家が書いたのだということを知って、個人的にはかなり驚いた。

これだけユダヤ人虐殺に詳しい描写がなされているからには、きっと原作があるに違いないと思っていたからである。

ちなみにこの「劇団チョコレートケーキ」、名前に似合わず、この手の“硬派”な芝居を得意としているそうである。

またこの「あの記憶の記録」は、第25回読売演劇大賞の優秀演出家賞を受賞している。

捕捉で言うとこの芝居、劇場公開時はチケットが売り切れたそうである。
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私は戦争に就いては「戦争の善悪や“平和が一番”といったことを議論したり主張する前に、“まず戦争、とりわけ人類の戦争の歴史についてできるだけ多くの事実を知るべきである”」と考えている。

私的には「あの記憶の記録」にはあまり新事実は見出せなかったが、それでも主人公をはじめとする役者たちの演技(熱演)を見て「きっとあの虐殺の生存者たちは、彼のように戦後も苦悩していたんだろう」という事実を改めて“真に迫る”形で教えてくれた、名作だと思う。
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私は劇場などほとんど行ったことがないのだが、この「あの記憶の記録」を見て「たまには芝居を見に行くのも、悪くないかなあ」と思った。

最後になりますがもう一つの作品「熱狂」は、ヒトラーが権力を掌握するまでを描いた作品である。こちらの方は、私的にはあまり心に響かなかった。
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