旅日記〜アイルランドの風からのメッセージ

アイルランド音楽演奏家 守安功が、演奏旅行の風景や旅先での出会い、 そして日々感じたことを書いています。

旅の途上

福岡市での日々を終えて、福岡県の南、
大牟田 (おおむた) に移動
 
今日は、ここにある、明治41年に建てられた
建物の中での演奏
 
 
ここは、実は、友人の「食医のたまご」が、
生まれ育った街
 
今回は、大牟田での、彼の主催による、
2回目のコンサート
 
 
7ヵ月前の、前回のコンサートの後、「食医のたまご」は、
アイルランドで、名手たちから教わったダンスのステップを、
地元で教え始め、今回のコンサートでは、
女子高生たちを含む、地元の美女たちが、
ダンスを披露してくださった

(なんだか、とっっっても、楽しかった・・・・ !!)
 
また、「立春」と、「言葉をのみこむ」に登場した、
友人の福岡の美女も、コンサーティーナで、そして、
「食医のたまご」の美人奥様が、アコーディオンで、
参加してくださった (彼女は、今、妊娠6ヵ月)
 
同じ、大牟田でのコンサートでも、その都度、
その時だけの
風が吹き、その時だけの、
かけがえのない時間が流れてゆく
 
 
コンサートの前半の途中、駐車場に停めてあった、
お客様の車に、駐車場内を
移動中のバスが、
ぶつかってしまうという、アクシデントがあった
 
休憩時間が終って、後半の頭に、その被害に
あわれた方が、会場に、戻っていらした
 
ステージから、「どんな感じでしたかぁ??」と伺うと、
その方は、皆さんの前で、満面に笑みを浮かべつつ、
大きな声で、こんなことを、おっしゃった
 
 
「いやはや、ほかの人の車でなくて、ほんとによかったです。
 
車はへこんでしまったけど、今日のコンサートのおかげで、
気持ちは、最高に、もりあがってます !!」
 
 
たまたま、2日後が、その方の誕生日だとわかったので、
ハッピー・バースデーを、演奏させていただいた
 
お客様全員で、その方の名前もおりこみつつ、
大合唱となった
 
 
コンサートの後、その方が、こんなことを、ぼくにささやいた
 
「今回のことはね、きっと、車が、
私の身代わりに、
なってくれたんですよ・・・・」
 
 
自分の車のアクシデントについて、とっさに、
こんな具合の反応できる、この人には、
コンサートの最中も、終ってからも、
ただただ、圧倒された
 
コンサートの後、その方の車を見せていただき、
お見送りした時も、なんだか、そよ風に吹かれているような、
爽快で、幸せな気持ちに包まれた
 
 
今日のコンサートの最後に、「食医のたまご」から、
「昨年の震災で亡くなった方たちのために、1曲、
お願いします」というリクエストが出た
 
何度も何度も、演奏したことのある曲を、
やらせていただいたけど、今までとは、
ぜーーーんぜん、違う演奏になった
 
 
公演のたびに、いろんなイメージや、リクエストをいただき、
そのイメージに合う曲を演奏させていただくけど、
何度も何度も演奏してきた曲の場合でも、
それぞれの曲は、その都度、
新しい表情で、
今まで、気がつかなかった顔を見せてくれる
 
コンサートのたびに、いらして下さった方たちのおかけで、
自分たち自身が、そんなふーに、どんどん、それぞれの曲の、
新たな魅力と、隠されていた表情に、気づかされている
 
 
コンサートの後、「食医のたまご」が、
昨日の、
立春の日に詠んだ、
自作の、こんな歌を教えてくれた
 
 
春立つ日 震災の御霊へ 祈りつつ 
 生かされし命を 燃やすと誓う
 
 
ツアーが始まってから、毎日毎日、
たっっっくさんのことを考えさせられ、
いろーーーーーんな気持ちになって、
そして、実際に、
人生が、
どんどん、うねっている・・・・


人生って、やっぱり、旅なんだ、ということを、
旅の途上、改めて、考えている


立春

今日の7:22PMが、立春の瞬間
 
今日が、本当の意味での、辰年の始まりっ !!
 
 
お昼は、寝泊りしている場所から、歩いてすぐの、
ナポリで修行してきた、ピッツァ職人のお店に行った
 
お店に入って、そこに充満する香りをかいだ途端、
猛烈に、ワインが飲みたくなり、今までに、イタリアで
体験した、いろーーーんな気持ちがよみがえってきた
 
 
香りって、言葉や、形や、音以上に、鮮烈に、
人の記憶を、強烈に刺激する・・・・
 
色の見える音について、いつも、考えているけど、
今日は、
香りがただよってくる音のことを、
初めて、本気で考えた・・・・
 
 
今夜は、福岡市内の、あるホールでの公演
 
昨日の、「言葉をのみこむ」に登場した、
コンサーティーナを弾く、福岡の美女と、
彼女の友人たちが、とっっっても、献身的に、
このコンサートのために、たっくさん動いてくださり、
おかげで、補助椅子も出すほどの盛況ぶりとなった・・・・
 
友人の福岡の美女の、コンサーティーナの演奏以外にも、
アイルランドのダンスや、
歌やギターの友人たちが、
福岡各地から、ゲストとして参加してくださり、
会を盛り上げてくれた
 
 
ぼくたちが、アイルランドで、もっともたくさんの時間を、
ともに過ごした、農夫のコンサーティーナ弾き、
ジェルディー・コマーンさんの持ち曲を、友人の、
福岡の美女が、コンサーティーナで弾いてくれた
 
彼女と一緒にステージで演奏しているうちに、
とっっっても、不思議な気持ちに包まれてきた
 
 
7年前の夏、ジェルディーさんは、
体調の不調から、ずっと、入院していた
 
その年の夏、毎日、ジェルディーさんを、病院に訪ねた
 
ぼくたちが、病室に来ると、いつも、看護婦さんが、
気をきかせて、ジェルディーさんの
コンサーティーナを、すぐに、持ってきてくれた
 
そして、4人部屋の病室を出て、
患者さんたちが集まる娯楽室に移動した
 
そこで、毎日、ジェルディーさんと、
いろーーーんな曲を、たっくさん演奏した
 
日に日に、その場所に集う、入院患者さんたちや、
その家族の人数が増えてゆき、その病院の娯楽室での、
ジェルディーさんとのセッションは、コンサートのような
雰囲気になっていった
 
そのうち、目の前の方たちから、どんな曲が聴きたいか、
リクエストをいただいたり、また、目の前の方たちの、
さまざまな反応から発展して、思いつく曲を、演奏したりする、
独特の雰囲気が、日に日に、熟成されていった
 
いろんな、1つ1つの、昔から伝わる曲について、
それぞれの曲についての思い出話や、どんなダンスのステップで
踊っていたか、ということや、村々ごとに異なる、曲のタイトルや、
また、名人による、ちょっと独特なヴァージョンのことなど、
目の前の方たちから、たっくさんの、ものすごーーーく、
興味深いお話を、聞かせていただいた
 
それら1つ1つのお話は、ぼくが、笛を吹き続けてゆく上で、
またさらに、ヨーロッパの文化や、歴史や、
言葉を考える上でも、
いつも、いっっっちばん、
根っこの部分で、こちらのことを、
支えてくれている
 
 
今日、ホールでの公演のさなか、ジェルディーさんと、
いつも、
一緒に、
演奏していた曲を、福岡の美女と、
ステージで
やっているうちに、なんともいえない、
ものすごーーーく
不思議な気持ちに包まれ、
目の前の、お客様たちが、
7年前の病院で、
毎日、演奏を聴いてくださった方たちに見えてきた
 
 
コンサートの後、福岡の美女が、自分の意思さえ超えて、
まるで、何かが、のりうつったみたいに、自分でも
思いもしない雰囲気で、演奏できたことを告白していた
 
今日の、彼女のコンサーティーナの演奏は、まるで、
ジェルディーさんそのもののように、彼にしかありえない、
間違いや、歌いまわしが、いくつもあり、
一緒に演奏していて、
ここがどこなのか、今がどこなのか、
わからなくなってしまう
瞬間が、何度も、あった・・・・
 
 
日々を生きていると、ほんとぉぉぉに、
いろいろと、不思議なことが起こる・・・・
 
 
ジェルディーさんは、その年の冬、
クリスマスの直前に亡くなった
 
偶然だけど、その日、美術館にいた、うちの奥さんが、
唐突に、腕時計で時間を確かめ、「○時○○分」とつぶやいた
 
数時間後に、ジェルディーさんが亡くなった
という連絡が、
ご家族からあった

ジェルディーさんが亡くなったのは、うちの奥さんが、
「○時○○分」とつぶやいた、まさしく、その瞬間だった・・・・

(時差の関係で、アイルランドでは朝、そして、
まったく同じ時間が、日本では、夕方になるけど・・・・)
 
 
立春の瞬間、こんなにも、不思議な気持ちに包まれて、
福岡で、演奏させていただきながら、辰年の幕開けを
迎えられたことを、とてもとても、幸せだと思った
 
 
 
打ち上げでは、福岡の、とってもステキな美女たちと一緒に、
立春の日の早朝に搾った、純米吟醸生原酒を飲み、
たっくさん、海の幸を食べた
 
まだまだ、旅は続く・・・・


言葉を「のみこむ」

今日の、夕方と夜の公演では、福岡に来るたびに、
とてもとてもお世話になっている、友人の美女に、
ゲストとして、コンサーティーナで参加していただいた
 
彼女は、20代の6年以上を、ハンガリーで過ごし、
その当時、こちらが、ハンガリーを訪れた時にも、
そのたびに、
たっっっくさん、お世話になった
 
ハンガリー語の達人の彼女とは、語学について、
いろーーーんなことをお話するけど、いつ聞いても、
ほんとに、心から納得させられることばかり・・・・
 
 
彼女は、文法事項を、1つ1つ丹念に積み重ねてゆく、
日本式の勉強方法では、なかなか、本当には、
外国語を話せるようにならない、ということを、
いつも、話してくれる
 
 
彼女は言う
 
「最低限の単語以外は覚えるのではなく、
『のみこむ』しかない」
 
「その国の言葉をマスターしたい時は、文法ではなく、
その国の人たちの心の中にあること、何が好きで、
どんなこと考えているかを、頭ではなく、心で
感じ取ってゆく」
 
 
言葉を「のみこむ」などと言うと、そんなことより、
辞書で、1つずつ、きっちり、日本語で、意味を
把握していった方がいい、と考える人が、
たくさんいることと思う
 
でも、最低限の基本単語の、次の段階になると、
どの国の言葉でも、日本語に、置き換えることのできない、
単語や、言い回しや、発想が、いっっっぱい、出てくる
 
その手の、単語や、イディオムや、構文って、
辞書で調べるば調べるほど、
かえって、
意味が、わからなくなってしまったりもする・・・・
 

また、彼女は、その言葉を話す人たちの「心の中」について
語っているけど、確かに、文法的には間違いではなくても、
の言葉を話す人たちの発想から、大きくはずれた言い回しや、
ものごとの切り口にも、
しばしば、出くわすことがある
 
 
何を言いたいかというと、彼女は、昨年、突然、
ふと、思い立って、コンサーティーナの演奏を始めた
 
その演奏が、とっっっても、素晴らしいっ !!!
 
そして、その素晴らしさの秘密とゆーか、秘訣は、
彼女が、外国語をマスターする時の方法論と、
まったく、同じなのだ、ということに思い至った
 
正直な話、彼女は、コンサーティーナを、
たっくさん練習しているわけでは、全然、ない
 
でも、徹底的な練習は、とてもしばしば、
自分自身の癖を助長させることに加担してしまい、
その音楽そのものからは、大きく、離れていってしまう
危険性と、いつも、隣あわせの状態にある

そのことを彼女は、本能的に察知している
 
彼女は、こちらが、アイルランドで一緒に、ずっと、
演奏してきたお百姓さんとの録音を聴いているうちに、
そのままの、リズムと、雰囲気で、コンサーティーナが
弾けるようになってしまった


彼女と一緒に、お客様の前で演奏している時間は、
かけがえのない、幸せな時である

そして、それはまた、ぼく自身が、音楽で、
ひいては、人生で、ほんとぉのほんとぉぉぉに、
大切にしたいものが、一体、何なのか、
ということについて、確認させていただける、
とっっっても、えがたい機会でもある


1年前に、彼女に会った時には、1年後に、
こんな展開になるなどとは、思いもしなかった


生きてるって、ほんとぉぉぉに、たっくさんの、
嬉しい驚きに満ちている・・・・

ドキドキ・・・・


節分

今日は、朝と、夕方、夜の、3回公演
 
朝の公演の後、またしても、夕べと同じ、
中国人のやってるレストランに行った
 
ランチ・タイムだけど、主催者の美女と一緒に、
ディナーみたいに、小籠包はじめ、
いろーーーんなものを、
たっくさん注文して、
楽しく食べた
 
それぞれの国の料理には、それぞれの文化の持つ、
人生のそれぞれの切り口が見え隠れしていて、
それを口にすると、その時にしかない、
互換性のない気持ちに包まれる
 
現世をどこまでも楽しむことと、人生のあらゆる年代の時を、
死に至るまで、徹底的に、謳歌しつくすことにおいて、
中国人ほど追求しつくした人たちって、人類の歴史の中でも、
とても珍しいと思う
 
中国の名人の作る中国料理を、中国人たちに囲まれて
食べていると、生きていることが、本当に、どこまでも、
楽しく、いとおしくなってくる
 
 
朝は、福岡市内の、キリス教の礼拝堂で、
演奏させていただいた
 
3才から6才の子供たちが、
100人以上、演奏を聴いてくれた
 
結論から言えば、みんな、とっっっても、
いい感じで、真剣に聴いてくれた
 
 
ふと、何年か前に辞めた、ある大学での
授業のことを思い出していた
 
あの大学での授業よりも、今日の、幼稚園児たちの方が、
ずっっっと、集中力があるし、音楽や話に対する反応も、
はるかによかったし、何より、心から、音楽を楽しんでくれた
 
すべては、環境と、教育なんだと思う
 
そして、これこそが、先ほどの、
中国人がかもしだす雰囲気と同じく、
この幼稚園が到達した「世界」なんだと思う・・・・
 
 
幸せなお昼ご飯の後、16.1メートルの福岡大仏のある、
弘法大師ゆかりの東長寺に行った
 
ちょうど、節分の豆まきが始まったところだった
 
その後は、すぐ近くの、博多祇園山笠でよく知られた
櫛田神社に行ったら、ここも、ちょうど、
豆まきが始まったところだった
 
「鬼は外、福は内」の声を聞きながら、
江戸時代の、
ある神主さんの詠んだ、
こんな歌のことを思い出していた
 
 
鬼追わず 福を求めず 我はただ
 追われし鬼を 福に導く
 
 
ツアーに出てから、まさしく、この歌のような心持ちで、
日々を生きている、何人もの方たちと、出会い/再会し、
時を過ごしている
 
ただただ、ほんとぉぉぉに、ありがたい・・・・


「天」

今回のツアーの、高知最後の朝
 
福岡への移動のために、駅に向かう前に、
近くのパン屋さんに走る
 
高知では、「県民食」とまで呼ばれている、
帽子の形をした「帽子パン」が、
県内いたるところで、売られている
 
(関東では、その形から、「UFOパン」の名前で、
売られていることもあるけど、とにかく、
高知では、あまりに、当たり前に、
あらゆるところで、手に入る)
 
 
その後、岡山での乗り換えの時には、
岡山を代表する
B級グルメ「えびめし」を買った
 
 
行く先々に、それぞれの場所ならではの、
心あたたまる食べ物が待っている
 
 
目的地の福岡に到着
 
福岡に来るたびに、必ず、訪れる、
中国の方たちのやってる、中国レストランに行く
 
このレストランのメニューには、「民以食為天」と書かれている
 
「民は食をもって天となす」
 
つまり、人にとって、食べることは、
天 (最も大切なもの) である、という意味
 
偶然だけど、今日、食事をご一緒した、
友人ご夫妻の、2才の女の子の名前は、
「天音」 (あまね) と言い、もう一組の、やはり、
食事にいらしてくださった、別の友人夫妻の、
もうすぐ、生まれる男の子には、「天」(てん)
という名前を、つけようと考えていたところとのこと
 
 
そぉ言えば、日本の太鼓の演奏では、
口三味線で、そのリズムを覚えるけど、
基本の、左右のバチによる、五線譜でいう、
四分音符は、「天」と発音する
 
 
夕べの、司祭さんとの話の後から、
ずっっっと、
「ヨハネの福音書」の中の、
「初めに言葉ありき」という
文章のことを、
考えていた
 
この場合の「言葉」という単語は、
聖書の原語のギリシャ語では、
「ロゴス」となっており、
「言葉」にとどまらない、
いろーーーんな意味がある
 
たとえば、精子と卵子が結合して、
生命が誕生する、
その根本のパワーもまた、
「ロゴス」である
 
 
最高に美味しい中華料理を食べながら、
「天」という概念を生み出した東洋の人たちと、
一方、「ロゴス」という、宇宙を支配する理法について
想いをめぐらせた、西方の人たちの違いのことを、
いろいろと考えた
 
そして、21世紀という、なかなか、楽しい、
独特な時代を生きている喜びを、かみしめた・・・・


お水潜(くぐ)り

今日の午後の公演の後、主宰者の美女と、
土佐料理を食べに出かけた
 
たとえば、富山のお寿司には、ほかの場所では得られない、
天国的な喜びと、カタルシスがあるように、高知にも、
高知にしかありえない、さまざまな、特徴的な食材と、
調理方法があり、なにより、その海の幸の豊富さと、
味のバラエティーには、いつもいつも、圧倒されてしまう・・・・
 
(もちろん、地酒の美味しさと、種類の豊富さも、
忘れてはいけない !!)
 
 
夕食の後、主宰者の美女と、夕べのコンサートの主宰者の、
詩人の先生と一緒に、夕べの公演の会場となった
教会の
司祭さまにお会いした
 
詩人の先生からは、聖書に書かれた「奇跡」についてと、
イエスの「復活」についての質問があった
 
ぼくもまた、この得がたい機会に、それらの大問題についての、
司祭さんの属する、英国国教会 (聖公会) の見解と、
司祭さんご自身のお考えについて、徹底的に、
たくさん、伺うことができた
 
このことは、音楽を演奏する上でも、さらには、
日々を、
生きてゆくうえでも、ぼくにとっては、
とてもとても重要なことなので、
いつか、改めて、
「旅日記」でも、たくさん書いてみたいと思う・・・・
 
 
2人の主宰者の方たちが帰られた後、深夜まで、
司祭さんから、ギリシャ語や、ヘブライ語について、
たくさんのお話を伺った
 
それは、ぼくの今までの人生観に、
揺さぶりをかけるに、
充分すぎるものだった
 
 
簡単に言うと、新約聖書は、
当時のギリシャ語で書かれている
 
だから、聖書を、本当に、深く、そして、正しく、理解するためには、
極論すれば、日本語で、読み込めば読み込むほど、
ピントが
ずれてしまったり、また、違った意味に、
なってしまっていたり、
ということも、まま、起こってしまう
 
この教会の司祭さんは、説教の時の、聖書の言葉や、
また、主の祈りについても、常に、原語にまで、立ち返り、
それぞれの日本語訳の単語の、元の言葉が、本来、
持っていた、色合いや、香りや、パワーを、まずは、
丸ごと、受け止めようとする
 
それは、ぼく自身が、音楽に向かう時の、方法論とも、
完全に、一致するものであり、司祭さんの話からは、
たっっっくさんのことを、教えられ、かつ、ものすごーーーく、
インスパイアされた
 
 
こーゆーことって、本来が、日本語以外の言語のものを、
心と体に受け入れようとする時に、必ず、つきまとう、
大問題だと思う
 
それは、仏教の経典であれ、シュタイナーの言葉であれ、
また、外国の小説でも、詩でも、ロックの歌詞であれ、
すべて、同じことである
 
 
そして、その次の段階として、もとが、日本語ではないものを、
自分なりに理解した上で、それを、どのように、日本語に
置き換えるか、という、もう1つの、大問題が待っている
 
そのことについて、個人的な究極の本音を言うと、
日本の、ほとんどのキリスト教関係の方たちの
書く/話す日本語や、また、多くの、翻訳された、
ヨーロッパの哲学や小説などは、ぼくには、とてもとても、
ものすごーーーく、遠いものに感じられてしまう
 
たとえば、「神に栄光」と言っても、正常な神経を持った
日本人なら、本当には、何のイメージも湧いてはこない
 
でも、「神様って、ほんとぉぉぉに、ありがたいニャーーー」と言えば、
日本人なら、誰でも、腹で、その意味を理解することができる
 
 
司祭さんとは、ある東北のお医者さんが
訳された聖書についても、
いろんなことを話しあった
 
ぼく自身、アイルランドの音楽を、日本人として、日本で、
演奏し続けてゆく上で、その方の発想からは、随分前から、
たっっっくさんの、ヒントをいただいている
 
たとえば、その方は、「汝の敵を愛せ」という聖書の言葉を、
「敵(かだギ)だってもどごまでも大事(でァじ)にし続げろ」と訳している
 
また、「聖霊」や「洗礼」という言葉も、その人の訳では、
それぞれ「神さまの息」、「お水潜(くぐ)り」と訳されている
 
 
日本語における、大和言葉と漢語の関係は、
日本語の漢語は、中国語を話す人たちにとっては、
大和言葉に相当することを、忘れがちにさせてしまう

同様に、英語にも、ラテン語やフランス語からの、
膨大な借用語と、英語本来の単語、つまり、
英語における大和言葉が存在するけど、
英語の話者にとっては、漢語のように難解な響きを持つ、
もともとは、ラテン語やフランス語から英語に輸入した単語は、
フランス語やイタリア語やスペイン語では、日本語における
大和言葉のようなものとして、彼らにとっては、
腹におさまる、日常的な言葉なのである


日本語の場合、たとえば、「汝の敵を愛せ」という発想や、
語り口が、
日本語よりは、ずっと、英語の文法に近い、
中国語という外国語を、
漢文として、「読み下してきた」
歴史の
中で、日本語の中に、確実に、
蓄積され続けてきたことが、
日本語の構造を、より多層的で、複雑なものにしている
 
そのような状況の中、もともとが、日本語ではないものを理解し、
日本語で、日本人に伝える作業には、たっっっくさんの、
選択肢が、目の前に控えている
 

結論から言うならば、ぼくはそこで、日本の大多数の、
キリスト教を
伝える立場にある方たちの方法論や、
さまざまな言語の、
多くの翻訳家の方たちの、
やっておられるパターンとは、かなり、
違った方法を採用している
 
そして、その発想は、ぼくの音楽の演奏や、
曲の解釈にも、とても大きく影響している
 
 
今日、司祭さんと、たくさんのことをお話しながら、
改めて、自分の選択した人生と、世間の大多数の
人たちのやり方について、とても多くのことを考えさせられた
 
このことについては、これから、少しずつ、
もっと、具体的に、いろいろと、書いてみたいと思う


Amazing Grace

昨日のお昼は、公演先で、海を見ながら、
海の幸弁当をいただいた
 
カニや、貝や、お魚のおかずが、たっくさん、入った、
高知ならではの組み合わせの、豪華なお弁当・・・・
 
 
そして、今日のお昼は、高知に来ると、
必ず、行くお店で、
カツオの塩タタキ定食を食べた
 
何と言っても、このお店のタタキは、藁焼き !!
 
つまり、わらを燃やして、その炎で、カツオをあぶり、
最後に、天日干しの海のお塩をふりかけ、
生ニンニクと一緒に食べる
 
この豪快さと、何より、目の前で、わらからの炎を
眺めながら、自分の分が出来上がるのを待つ
この楽しさは、何ものにも換えがたい・・・・
 
 
高知には、高知ならではの食べ物と、その調理方法があり、
また、高知ならではの人たちが、高知ならではのスタイルで
生きていて、この地で演奏させていただくと、いつも、
ほかの場所では
起こりえない、いろーーーんな、
嬉しいハプニングがある
 
 
今日の午後の公演で、アメイジング・グレイスを
演奏し始めたところ、突然、
目の前に座っていた美女が、
大きな声で、
一緒に、歌い始めてくださった
 
とっっっても、いい発音で、<Amazing Grace>と歌い出すので、
そのまま、英語で、ずっと、歌えるものだと思い、
立って歌っていただいたところ、その後からは、突然、
ラララ〜と、歌詞がなくなってしまい、ところが、一番最後の、
<Was blind, but now I see.> という、この曲の、
クライマックスとも言える、決めのセリフのところになると、
突然、「わたしは もう まよわない」と、日本語になるのであった
 
そして、2番もまた、そのまま、とっっっても、いい発音で、
<Amazing Grace>と始まり、その後、また、ラララ〜が続き、
最後の部分が、またしても、「わたしは もう まよわない」
と日本語になった
 
今までで、初めての、なかなか、ユニークな、
アメイジング・グレイスの
ヴァージョンだったけど、
2回目の、「わたしは もう まよわない」
という歌詞を聴きながら、
ふと、とてもとても、心動かされている、
自分に気がついた
 

その美女は、今までにも、高知でのこちらの公演を、
何度も何度も、聴いてくださっている
 
でも、ある病気のために、どうしても、公演会場に
来れないことも、今までに、何度かあった
 
ひさしぶりに再会した今日、ある方から、
彼女の就職が決まったことを知らされた
 

「わたしは もう まよわない」という彼女の歌声を聴きながら、
今までの、高知での日々の、さまざまなことが、
走馬灯のように、思い返されていた

 
とても多くの人たちにとって、仕事というのは、
ほぼ毎日、まずは、決まった場所に行くことが、
大前提となっている
 
でも、こちらにとっての仕事とは、お声がかかった場所まで、
楽器を持って、出かけてゆくことであり、
それが、
1回限りのことなのか、また、次に続くことなのかは、
神のみぞ知ることだ
 

ぼく自身は、いつ、どこに行っても、その場所は、
人生で、
これが最後だと思って演奏している
 
それは、その場で、出会う人たちもまた同じことである
 

そんな中、不思議なご縁で、何度も何度も、
繰り返しお会いする人たちがいる
 
でも、その人たちと、もう一度、改めて、
お会いできるかどうかは、ほんとぉのほんとぉぉぉには、
全然、わからないことでもある
 

今日、歌を歌ってくださった美女の、
住所も、
フルネームも、また、立ち入ったことについても、
ぼくは、何も、知らない
 
でも、今日、彼女の歌う、「わたしは もう まよわない」
という日本語の歌詞を聴きながら、1つ、どこか、
生きていることへの「覚悟」が定まった自分がいた・・・・

 
人生、いつ、どこで、どんな気持ちになるのか、
その日の朝には、本当に予想もできない


1つ1つの出会いが、どこまでも、いとおしい
 
そして、こんなふーに、いつも、1つ1つの場所や、
出会いについて、これが最後かもしれない、
と思いつつ、生きてゆける人生を、やっぱり、
なんだか、好きだなぁ、と思った・・・・


祈り

今日の夜は、高知市内の、ある教会でのコンサート
 
この建物は、建てられてから、今年で80年を迎える

戦争中、周りが、どんどん、焼け野原となってしまう中、
この教会の天井には、不発弾が刺さったまま、
奇跡的に爆撃を逃れ、
それを、信徒の方たちが、
協力しあって抜き取ったらしい
 
 
今日のコンサートの最後に、この教会の司祭さんが、
こんな話をしてくださった
 
 
「今日、演奏していただいた曲には、長い歴史の流れの中、
数え切れない人たちの、さまざまな想いが、しみこんでいます。
 
そして、今日、皆さんが集ってくださった、この場所もまた、
たくさんの方たちが、今までに、この場で、祈りを捧げてきた、
そんな想いが、しみこんでいます。
 
今日、音楽を聴きながら、みなさんが、いろんな気持ちになり、
さまざまなことを考えていた、そのこと自体が、実は、
『祈り』そのものでもあったのです。
 
 
コンサートの後は、教会付属の、
隣の建物で、パーティーとなった
 
同じテーブルには、今日、お客様として、いらしてくださった、
アイルランドの男性と、スペインの女性がいた
 
アイルランドからの男性は、アイルランド南部の、今なお、
英語ではなく、アイルランド語を話す地域の人、そして、
スペインからの女性は、大好きな、アンダルシア出身の方だった
 
 
アイルランドの方は、あることを研究していて、
いろんなお話で、とても、盛り上がった
 
たとえば、彼によると、リンゴには、もともとは、
数千種類の品種があるのに、今、お店では、
ほんの数種類しか、見ることができない
 
それは、どうしてかというと、ほとんどの種が、
絶滅してしまったからだ、ということを、彼に教わった

ぼくも、19世紀には存在した、たっっっくさんの
言語が、
絶滅、
もしくは、ほとんど、使われなくなってしまい、
今、地球上の言語は、
その数が、とんでもなく、
減少してしまっていることについて話した
 
アイルランドの、とても伝統的な村に生まれ育った彼とは、
アイルランドから、どんどん消滅してしまった、さまざまな方言や、
ダンスのステップや、歌い方や、演奏方法などについても、
いろーーーんなことを、お話した
 
 
世の中では、音楽のように、本来、自由で、
カタルシスに満ち満ちているべきはずのものまでが、
とんでもない
勢いで、均整化の波に
飲み込まれてしまっている
 
 
そぉ言えば、今日のお昼の公演の会場まで、
主宰者の方の車に乗せていただいた時、
カーステレオから流れてくる日本のポップスが、
アメリカのある歌手の、ぼくも好きで、よく聴いている、
あるアルバムの、アレンジの方法の、
完全なコピーであることに驚いた
 
 
今、この世の中で、たとえば、ほんの数十年前、野菜が、
濃厚に、プンプン、その香りを漂わせていたように
生きてゆくことって、
もしかしたら、とっっっても、困難なことなのかもしれない

でも、ぼくは、一笛吹きとして、周りがどうであれ、
右にならえの、
安直な方法や、また、
時流時節の流行りすたりの中で、
自らの利益のために、
自分を偽ってまで、小器用に、立ち回ることの、
向こう側で、生きてゆきたい
 
そして、最後には、そんな音楽を、目の前で
聴いてくださる方たちにとって、
その音楽と
ふれる時間そのものが、「祈り」と化すような、
そんな世界を、めざしたい
と思う

がぉっ !!


土佐民謡

今日は、何度も訪れている、海辺の建物での公演
 
6階のホールからは、目の前に、海が見える
 
舞台から、お客様の方を見ると、その真後ろに、海が控えている
 
 
いろんな場所に行くたびに、その場所ならではの、
互換性のない、いろーーーんな展開に出会う
 
そして、そんな1つ1つの出来事が、
すべからく、
こちらの音楽を鍛えてくれる
 
今日、こちらが、アイルランドのある曲を演奏していたら、
前に座っていた、ノリのいい女性たちが、それに合わせて、
土佐の民謡を歌い始めた
 
2つの、違うメロディーが、同時に鳴り響く中、
ものすごーーーく、独特な気持ちに包まれ、
こちらの演奏も、いつもと違う、不思議なノリになった
 
こーゆーことって、ヨーロッパの音楽の価値観から行くと、
ご法度かもしれないけど、実は、これこそが、日本人の
本来の音楽性に根ざした、とてもとても画期的、かつ、
革命的な、素晴らしい感性なのである
 
 
20代の時、音楽大学に通いながら、一方、
日本の笛を吹きはじめた時、いくつもの衝撃があった
 
たとえば、祭囃子の中のある曲を吹いている時に、
とび職の人たちの、「木遣り (きやり)」と呼ばれる、
フリーリズムの歌が、かぶさってくることがある

そして、それは、偶発的な現象ではなく、そのように、
同時に鳴り響くことが、「正しい」とされている
 
2つの、調性も、テンポも、雰囲気も、背景も、
まったく異なる曲が、同時に鳴り響くことって、
西洋音楽の感覚では、(現代音楽などを除けば)
なかなか、理解しがたいけれど、
日本人の感性は、
理屈の向こう側の世界で、このような現象
を、
あるがままに、「美しい」と捕らえることができる
 
 
20代の時に、雅楽の笛をやっていた時も、
2つの、
出生と系統の異なる楽曲を、
同時に演奏するという、古典の曲を、
国立劇場で、演奏させていただいたこともあった
 
 
また、たとえば、能や、長唄などでも、
謡いや、歌のメロディーに対して、それとは、
異なる調子と、価値体系の、能管 (日本の横笛) の
メロディーが、ごく自然に、
重なりあうけど、そのような、
もし、楽譜に厳密に書いたり、
分析しようとすれば、
とてつもなく複雑怪奇なことに
なってしまう
現象を、
日本人は、当たり前のこととして、
ごく自然に、
体で受けとめてきた
 
 
今日、ぼくが、目の当たりにしたのは、まさしく、
そのような、日本人の原初的、かつ、伝統的な
音楽観の、
爆発的な発露の結果であったのだ
 
こーゆーことって、音楽を専門家に習ったり、
普段から、たくさんCDを聴きているタイプの
お客様からは、絶対に、起こりえない
 
 
コンサートの後、海を眺めながら、今日、
自分自身が体験した、あの、えもいわれぬ、
アイルランドの音楽と、土佐民謡の、
「同時進行」の響きを追体験していたら、
突然、たとえようのない、「感動」が、
体中に、満ちてきた・・・・


押し寿司

先ほどの、「ぶたまん」に登場した、「餃子事件」の、
美人演奏家から、こんな文章が届いた
 
 
<旅日記読みました〜(*^_^*)

餃子事件から、ずっっっと考えてます…
あの時の、皮のチョイスはあれで良かったのか…と。

もち粉配合のものを、わざわざ選んでしまったのだけど、
ノーマルな皮だったらどうだったんだろう…

あと、水加減、小麦粉の分量は十分だったかなぁ…
など、思い返してます。

お肉ももっといいものだったら…
野菜をもう少し増やせば良かったとか…
ホント、いろいろ、思い返してます(>_<)

そのうちリベンジ。
皮のリサーチしつつ…>
 
 
そぉ言えば、今日の彼女のブログの最後には、
こんなことが書かれていた
 
 
<昨日は某ホテルで本番でした。
その時、主宰の方からお土産に頂いた、
隣県の有名な押し寿司がとても美味しく…
この寒い寒い朝も、挫けることなく、幸せを感じました。

美味しいものは救いですね♪ >
 
 
彼女の住む雪国は、今、車の運転にも、支障をきたすほどの
深刻な状況だけど、そんな中、「挫けることなく、幸せを感じた」
有名な押し寿司には、ぼくも、切実な思い出がある
 
昨年の夏、集中的に、歯医者に通っていた時、
過酷な治療の後、お腹はすいているのに、
あまりにも歯が痛くて、何も、食べる気になれなかったことがあった
 
でも、駅ビルの中で目にした、まさしく、「その」押し寿司だけは、
思わず、買ってしまい、家に帰って、歯の痛みに耐えつつ、
ゆっくり、全部、食べた
 
今でも、その押し寿司を見ると、その時の気持ちがよみがえってくる
 
 
生きてゆくうえで、いくつかの「救い」がある
 
彼女の書いている通り、美味しいものもまた、
かけがえのない、救いの1つである
 
 
今日は、大阪から、高知に移動した
 
(新幹線のホームで、例の会社の「ぶたまん」の
おみやげを持った人を、何人も見かけた・・・・)
 
 
新幹線からは、姫路城が見えた
 
その後、岡山で乗り換えた電車は、
瀬戸内海の真上を、ずっと、走っていた


圧倒的な自然や、人智の限りを尽くした、
壮大な建物もまた、生きている折々の
「救い」となってくれる・・・・


高知に到着して最初の食事は、
何度も訪れている、貝料理の専門店に行った

こんな具合に、訪れる先々で、その場所ならではの
味わいに心奪われながらも、生きている時間は、
そのおしまいの時に向かって、いつも、刻一刻と、
その歩みを止めない・・・・


ぶたまん

大阪での2日間の公演を無事に終え、
翌日の今日のお昼は、ずっと、泊めていただいていた、
関西の美女と一緒に、彼女の家の、すぐ近くの、
インド料理店に行った
 
インドと一言で言っても、それぞれに、全然、
違う言葉を話す、たっくさんの民族の集まりで、
また、さらに、うちの近くには、ネパール出身だけど、
ヒンディー語を話す、インド系の人たちのレストランも、
いくつもある
 
話を聞いてみると、ここのレストランは、
ネパールとの
国境にも近い、北インドの人たちで、
全員、
ヒンディー語を話す
 
(ヒンディー語って、日本では、話題に上ることも、
とても少ないけど、中国語と、英語に続く、
世界で、3番目に多くの人たちに話されている言語
 
その話者は、4億人前後っ !!)
 
 
それぞれの民族には、それぞれの固有のノリがあって、
仲良くするパターンや、相手の喜ぶ話題も、
お互いに、
とても、違っている
 
レストランって、そーゆーことの、
「フィールド・ワーク」の場としても、
最高の修行の場所ともなりうる
 
 
おかげで、関西の初日には、最高に美味しい、
たこ焼き屋さんで、
おまけしていただけたし、
昨日の、「ドーヴァー海峡の向こう側」の後の、
夕食のうどん屋さんでは、麺を1人分、無料で、
追加していただいたし、
今日のインド料理店でも、
最後には、厨房の人まで、わざわざ、
お会計のところに、
挨拶にいらしてくださり、食後に、口に含む、
インド独特の香辛料も、たくさん、山盛りで、
グラスに入れて出してくださった
 
日々、食べる喜びと、生きる喜びを、
体中で、かみしめている


日々の幸せな食事の合間に、土曜日の
レクチャー・コンサートの前には、
駅で買った、某社の、
とっっっても、美味しい、ぶたまんも食べたし、
日曜のコンサートの前には、リハーサルの時間に、
その社のぶたまんを、
人数分、届けてくださった、美女もいた
 
関西に来る喜びの1つは、実は、
その会社のぶたまんを食べることである !!!
 

「ドーヴァー海峡の向こう側」の、共演の
美人チェンバロ奏者も、
日曜のコンサートの
直前に食べた、そのぶたまんの、あまりの美味しさに、
心から感動し、
コンサートから、飛行機で、
東京に帰る時、家族のために、たくさん、
その社のぶたまんを、
買って帰ったらしい
 
 
そぉいえば、今朝、友人の美女から、こんな文章が届いた
 
 
<おはようございます♪

昨晩は〜
がびび〜ん(>_<)でした(涙)

またメールします〜(涙) >
 
 
一体、何が起こったんだろぉぉぉと、結構、マジで、
とっっっっっても、心配していたら、その後、
彼女から、
こんな文章が届いた
 
 
<昨晩、餃子に挑戦したのですが、大失敗〜(>_<)

包むところまでは、とっっってもいい感じにうまくいって、
40個作りました。

で、アインシュタインの言い付け通り焼いてみたのに〜、

もう、いまだかつてない、あり得ない大失敗で、
もはや餃子ではなくなってしまったのです゜。(p>∧<q)。゜゜

3回に分けて焼く計画で良かった…

3回目にして、ようやく形だけは
うまくいったけれど、
こんなもんじゃない!!!

トホホ〜だったんです(涙)

しばらく餃子はやりたくない…

また修業して出直します。>
 
 
文中の「アインシュタイン」というのは、以下の、
先日、彼女から、届いた文章を、参照していただきたい
 

<昨晩はワイン、1本半空けてしまい、
朝はちょっと辛かったけど、既に完全復活です(笑)

ワイン飲みながら、録画した、
NHKの「アインシュタインの眼」を見てました。
 
テーマは餃子!!!
 
この番組、時々凄いなぁ〜と思っていましたが、
餃子は、今までで一番素晴らしかったです!

プロの技に潜む、必然的な作業を、
科学的に証明していったのだけど、
大きく納得でした!
 
早く作ってみたいです(笑)ドキドキ☆>
 
 
その結末が、
 
「昨晩は〜
がびび〜ん(>_<)でした(涙)」
 
「しばらく餃子はやりたくない…」
 
だったとゆーのは、なんだか、とても悲しい

 
実は、彼女は、プロの演奏家
 
(とは言いつつ、彼女のブログのほとんどは、食べ物ネタ・・・・)


でも、そんなふーに、食べ物について、
どこまでも、真剣になれる人の音楽を、
ぼくは、どこかで、とっっっても、信じている

食べ物に対する情熱と、音楽の演奏と、
人生への愛情って、どこかに、ものすごーーーく、
共通項があると、いつも、個人的に、思っている

ふふふふふ・・・・


笑いの本場

昨日の、大阪での、レクチャー・コンサート、
ワークショップに続き、今日は、大阪での、
「ドーヴァー海峡の向こう側」、初の公演
 
 
いろーーーんな、新しい出会いと、
とってもなつかしい再会があった
 
 
大阪って、たとえば、プロレス団体も、全国で、
いっちばん、とても気をつかうとゆーか、苦戦する場所である
 
大阪のお客様って、おもしろいものにはお金を払うけど、
つまらなかったとたん、すぐに、そっぽを向いてしまう
 
要するに、自分に正直な、ディープで、ストロングな人たちである
 
 
ありがたいことに、会場いっぱいの、たくさんの方たちが、
いらしてくださり、みなさんそれぞれに、いろんな具合に
喜んでいただき、何より、演奏の合間の、曲目解説の時には、
何度も何度も、笑いが充満した (お葬式の時に演奏する
曲についての、
解説の時でさえ・・・・)
 
笑えて、泣けて、そして、最後の最後には、心があたたくなって、
元気になれるコンサートって、いいなぁぁと、ずっっっと、思ってきた
 
大阪で、たくさん笑っていただけて、個人的には、
とてもとても、嬉しかったぁぁぁ・・・・

(共演の、美人チェンバロ奏者からも、
「笑いの本場、関西の方が笑ってくださって・・
実は嬉しかったです〜☆」との文章が届いたっ !!)


今回の、土日の公演をさせていただいた、昨日、初めて、
お会いした、この、とってもステキなサロンのオーナーは、
いつも、クラシック音楽や、バロック音楽の、大家の方たちに、
場所を提供しておられる方
 
はっきり言って、ぼくは、そーゆーふーな業界的な評価もないし
(とゆーか、なるべく、そーゆーところから、離れて、生きているし)、
新聞にも、テレビにも、登場しないし、オーナーの美女も、
コンサートにいたるまでは、何が何だか、訳がわからない
混乱状態で、
集客のことや、公演の内容について、
とてもとても、心配してくださった
 
 
でも、2日間を終えて、彼女から (詳細は、すべて省力するけど)、
ある、びっくりするようなオファーがあり、今回の公演について、
彼女の方で、「一肌ぬいで」くださった
 
ただただ、とてもとても、ほんとぉのほんとぉぉぉに、
ありがたく、かつ、ものすごーーーーーく、びっっっくりした
 
 
ぼくは、正直言って、権力や、名声や、評価を求めて、
そのために、
いろいろと、頭を使って動くのは、とっても、
苦手だし、
何より、いつも、自分自身が、今回、
この世にいる、
そのいちばん根本の理由には、
どこまでも、正直、かつ、
忠実でいたい
 
そして、たとえば、今回のように、ご縁あって、出会い、
関わった方たちの前では、
いつも、ベストを尽くしていたい
 
ベストを尽くす、というのは、その人に気にいられるとか、
業界的な評価につなげる、ということではなく、あくまで、
自分自身に、どこまでも、正直に、ということである
 
ベストを尽くして、嫌がられても、嫌われても、
それはそれで本望
 
その分、ずっっっと、ステキな、次の出会いが待っている
 
 
とてもとても、ありがたいことに、大阪は豊中の、この会場で、
来年の、1月26日(土)と27日(日)にまた、公演を、
やらせていただけることが、正式に決まりました
 
笑えて、泣けて、そして、最後の最後には、心があたたくなって、
元気になれるコンサートを目指して、ベストを尽くしますっ !!
 

関西方面の方たちには、今から、是非、手帳に、
日程を書き込んでおいていただければ、嬉しいです
 
がぉっ !!


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