レインさん、おたおめです。
ずっと大好きなのですよ。
【diffused reflection】


もしも、なんてーーありえないことを願うのは、やめよう。
わかってる、この気持ちが一過性のものじゃないとしても、
一生叶うことのない、けっして届くことのないもの、だと。

もうすぐ、年に一度の特別な日がやってくる。
募りに募った気持ちは、ある時堪えきれずに爆発して、そしてーー。
この気持ちに終止符を打つべく、あの人の言葉が容赦なく降ってくる。

見えない重み。圧し潰されるかのよう。胸の奥が、酷く軋んで。
鋭利な刃物で抉られたような、痛みを訴える。
新しい恋をすれば、なんて。簡単にできたら、どんなにか良いだろう。
私は、どこで道を踏み外してしまったのか。
どこまでも得体の知れない、敵ではないにしろ、この先どう転んでも、
味方にはなることのない人に、あろうことか恋をして。それからーー。

***

「なんで、ぼくを呼んだんですか? 生憎、ぼくはカウンセラーじゃない
んですよ。メンタルのケアなら、それこそーー」
布団を頭まで被っている為、彼が今どんな顔をしているかなんて、知る由がない。
彼は、言いかけて言い淀んだ。失言まではいかないでも、その相談する相手が、
問題なのだ。誤摩化すように咳払いをひとつして、それからベッドサイドに、
大きな手が置かれた。指輪だらけの、無骨で綺麗な男の人の手。
私が密かに憧れる、【魔法の手】を彼は持っているの。
女の子を幸せな気持ちにしてくれる、創造力に溢れた、手。
繊細かつ、独創的なアクセサリーの数々。
今の彼が、物作りをしているところを見たわけではないけれど。
私の知っているーー英円は、そんな才能溢れる少年だった、からーー。
「少しだけ傍にいてくれたら、それで……」
とはいえ、一向に布団から出てこない私に、業を煮やしたのか。
次の瞬間、布団はあっけなくめくられて。間近には、円の顔。近い。
思ったよりも、近くて。少なからず動揺が、顔に出ているかもしれない。
「撫子さん」
「……円、近いわ」
「よく見えないんですから、仕方ないでしょう?」
会話するだけなら、こんなに近くなくてもいいと思う。
ベッドのスプリングが、ギシギシと耳障りな音を奏でる。
二人分の負荷がかかったそこは、一般的な会話をするには不向きだと、思う。
傍らには、覗き込むような円の顔。
かくいう私はといえば、ベッドに横になっている。
端から見たら、押し倒されでもしたかのよう。
ただ、そんな状況下でも、円はどこか余裕めいて。
……こういうところ、あの人に似ているわ。
円とあの人は、いわば上司と部下のような、関係。
一緒に居るうちに、少しづつ似てきてもおかしくはないのだけど。
「はぁ……、あなたって、本当に……危機感がないですよね」
呆れ果てた、といった顔で。ますます距離を詰めてくる。
「傍にいて欲しいのは、ぼくじゃないですよね。それとも、ぼくにーー」

ーー乗り換えますか?

耳元で、そっと囁きかけるような声。
キスでもされるんじゃないかというくらい、近くで。
熱い息がかかって、頬がより一層熱っぽさを増していく。
「……っ。ここで、はいって、私が言うわけ……」
即答出来ずに、結果ーー言いかけた言葉を濁す。
私は、どこかで縋るような気持ちを抱いていたのではないか。
とても、恥ずかしい。12歳の私は、円にーー恋をしていた。
もっとも、恋とも呼べるかどうかわからない、そんな淡い気持ち。
……だから。
私との思い出ひとつ持たない、目の前の円にも、ーー重ねてしまったのか。
「はいって、言ったら……慰めてくれるの」
自分でも馬鹿なことを言っている。思って、いる。
愚かで、馬鹿げた言葉ばかりを並び立てて。
ふわりと、鼻先を掠める円愛用の香水。
ぐずぐずに溶けてしまえばいいのに。
理性も、罪悪感も、寂しさも後ろめたさも。
全部消えてなくなってしまえばいいのに。
真っ白なモフモフが、視界いっぱいに覆う。
色素の薄い銀の髪、細目ではあるが、奥で覗かせるのは紫水晶の瞳の輝き。
ああーー腕を伸ばした先には、確かな温もりがある。
拒否されるとばかり思っていた身体が、すっぽりと収まった。

***

数日後のこと。
部屋に来るなり、突然レインはこう言い放った。
「撫子くんって、円くんと付き合ってるんですかー?」
いつものように、メディカルチェックの為に、この部屋を訪れたレイン。
【あんなこと】があっても、何も代わり映えのしない関係。
特徴的な髪型、鮮やかな金と桃のツートンカラー。白衣を無造作に羽織り、
胸元には、聴診器、そしてーー左手にはカエルのパペット。
ただ、今日は一緒ではないようで、部屋にでも置いてきたのだろうか。
両手が空いている。レインが、ひらひらと手を振り、戯けたように振る舞う。
噂を聞きつけてきた、と言わんばかりの面持ちで。
「……付き合ってなんかいないわ」
「へえ、そうですかー。……抱き合っていたのに?」
「っ?! どこでそれを……」
「おやー、図星だったんですかー」
見ていたのか、と問う前に。鎌をかけられたのだと気づく。
いつだって。私は、レインには敵わないのだ。悔しいけれども。
「……私、私は」
「12歳の九楼撫子くんは、円くんに恋をしていましたよね。そう、今だって。
お互い、満更でもなさそうじゃないですかー?」
「やめてよ」
確かに、以前の私ならーーそうだったのだろう。
だけど、ここに来て長い間過ごすうちに、私はーー。
本当に好きな人を見つけてしまった。
「好きなの、あなたが」
「ボク、言いましたよねー? 君のことは、妹に似ているから好きなんだって。
恋じゃないんです。それに、君だってーーきっと『ストックホルム症候群』ですよ。
まあ、キングが相手かそうじゃない、……ただそれだけの違いですー」
「それでもいいの。私が勝手に好きなだけだもの」
「そうですかー。脈拍、乱れていますね。熱も、あるみたいですしー?
君は、正常じゃない。今日は大人しく寝ていた方がいいですよ?」
掛け布団を改めて被せられて。まるで子供をあやすみたいに。
ベッドサイドでは、レインが子守唄を歌っている。
「……久しぶりに聴いたわ」
「滅多に歌いませんからねー。……今日は、特別ですよ」
少しハスキーな、耳に心地の良い声。だんだん瞼が重くなる。
もっと、レインと話をしたい。
だけどレインに言われた通り、昨日あたりから風邪気味なのは、間違いない。
「今日は誕生日、でしょう? おめでとう、レイン」
「ありがとうございますー」
嬉しいですよ、と。上辺だけの言葉。目は笑っていない。
レインにとって、誕生日とは、思い出したくないことを思い出す、
それだけの日らしい。
私は詳しい話をしてもらえる程、親しい間柄ではない。
よって、それ以上はわからないけれど。
でも、お祝いせずにはいられないの。
「……あとで、もう一度様子を見にきますねー。少し寝てください」
頭をひと撫で。本当に、レインにとって私は子供でしかないのだ。
妹のように、といったところで。
本物の妹にも、家族にも、ましてや恋人にもなれないーー私。
結局私は、レインの何者にもなれないのだ。
「ねえ、レイン。プレゼントは何がいい?」
前にも聞いてはぐらかされたそれを、もう一度ぶつけてみる。
きっと答えはくれない。ーーそういう人、だから。
私は、ベッドに寝かせられて。
一日がまた怠惰に過ぎ去っていく。
明日になれば、何でもない日が再び訪れる。
「……本当に何でも、いいんですかー?」
「ええ、私ができることなら」
頷いて、それから。どこかに行ってしまわぬよう、身体を起こして。
白衣の裾をぎゅっと掴めば。
困ったように笑う、レインと目が合う。
赤みがかった、不思議な瞳。
宝石みたいに、綺麗で。猫のように気まぐれで。
「じゃあ、お祝いに。撫子くんのキスをくださいー」
「えっ?!」
思わず聞き違いかと思って、しばし心の中で、反芻して。
びっくりしたと同時に、心臓がばくばくとうるさいくらい高鳴って。
「何でもいいんですよねー? それとも、円くんとはできてボクにはできませんか?」
「私、円とキスしてないわ!」
これ以上、誤解されたくない。私が好きなのは、レインただ一人なのに。
何だか、無性に腹が立ってきて。勢いに任せて、レインを引き寄せる。
「撫子くん……」
「誕生日おめでとう。レイン」
ちゅっと。レインの白い頬に軽く口づける。
それだけで、死にそうなくらい緊張して、あり得ないくらい顔が火照ったのが、
自分でもわかった。
「……撫子くん、あのー」
「何? まだ何か……」
さほど身長も変わらない、それでもレインはやっぱり男の人だ。
袖をまくった腕は案外がっちりとした骨格をしている。
間近で見た顔は、相変わらず睫毛も長くて、綺麗な瞳、きめ細かい肌。
女の私から見ても、端正な顔立ちをしている。……嫉妬を覚えるほどに。

「場所、違っていますよー。……ね、ここです」
「れい、ん……っ」
艶めいた声音。悪戯に惑わす、口調。混乱を招く言動の数々。
何も言い返すこともできず。私の唇は、レインのそれによって塞がれた。
甘い、甘い。毒にも似たーーキスの味。

翻弄されて、乱される。
押しつけられた背には、白くたゆたうシーツ。
流されていく、すべてが。


(誕生日に貰ったものは、)


end.



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前半、ビショ撫ですw

2014.06.01 うれしのなつめ