2012年02月12日

明け。

夜勤、気分が優れなかったので、ちょっと一睡。

起きたら頭痛が加わってた。。

素敵な1日の始まり。

2011年08月09日

報告

今年は9月の連休どこかで帰省します。

報告までに。てきとーにメールするよおお。


2011年05月24日

切ない気持ちになりました



「あなたは1年で何日帰省してますか」









「あなたはあと何日、親と会えますか」






1年間でお盆と正月で3日ずつ帰省してると、年間で6日間

親があと30年生きたとして、このまま行くと180日間



少し前までは1年間365日一緒にいたはずの親なのに

いまや、半年しか会うことがない・・てことになる



1年2年先しか見てなかった自分にとって

30年先までのことなんて想像もしてなかった




親でも友達でも

その付き合える時間っていうのは有限なんだなって実感した

当たり前だけど、無限じゃない



つらいけど、それが生きてるってことなのかな

限られた時間で自分ができることを真剣に考えてみないと








2010年11月04日

祖父への手紙。

10月30日、じいちゃんが亡くなった。

大好きなじいちゃん。


じいちゃん家に泊まった日にはプロレスごっこもしたね。
お泊まりした日の朝はじいちゃんが炒飯を作ってくれた。

兄貴と3人で温泉によく行ったね。
そのときの写真がうまく撮れないで何度も取り直してたっけ。

よく秋保のおはぎを買ってくれて一緒に食べたね。
一度脳出血で倒れても、おはぎだけは買って持って来てくれた。

両親が働きに出てるときに、俺が蜂に刺された時、
誰よりも先にじいちゃんが来て病院に連れて行ってくれたよね。

誕生日プレゼントは毎年買ってくれたね。
欲しい物を買ってもらえるのも嬉しかったけど、
じいちゃんと一緒にいろんなところを歩き回るのはもっと嬉しかったし楽しかったんだよ。


すごくたくさん思い出がある。
たくさんの思い出をありがとう。そして、ごめん。


じいちゃんが二度目に脳出血で倒れた後、俺、全然会いに行けなくて。
一人で歩けなくなって、歩くためにリハビリしたり、
食べ物が食べれなくなって、食べるためのリハビリをしたり、
そういう一番苦しい時に一緒にいてあげられなかった。

本当にごめん。


じいちゃんに会いに行けない分、その時々でできる最高のことをしようとしてた。
東京でやってきたことを、胸を張ってじいちゃんに話せるように、
恥じない生き方をしなきゃって。

どんなにつらいことがあっても、
それ以上にじいちゃんがつらい思いをしてることは知ってたから、
いつまでも自分ばかりつらいなんて考えなかった。



じいちゃんが車椅子生活になった後でも、参加する葬式では誰よりも先に念仏を読んだって聞いた。
自分がどんなにつらいくても、他人を思う心は忘れないじいちゃんの生き方、すごいと思った。

今の俺はまだまだ自分のことしか考えられない情けない人だけど、
じいちゃんのそういう生き方を目標に良い人になれるように頑張って行くから、
じいちゃん、天国から俺を見ててください。



全然まとまらないけど、最後にこれだけ。

じいちゃん、今までありがとう。
これからは付き合い方は変わるけど、またよろしくお願いします。

2010年08月17日

曲の整理した





せつねええええええ!
もう10年以上前に聞いてた曲とかすごい懐かしさを感じる・・