裁判員に選ばれた人が読むブログ

裁判員制度に納得できない方のために、制度の問題点をやさしく解説します

国会議員が主権者に義務を課すのは越権ではないのか? その2

国会議員は法律を制定し、国民に義務を課す権限を与えられています。納税の義務や保険料を払う義務、交通ルールを守る義務など、国民には様々な義務がありますが、これらの義務は、主権者としての国民に課された義務ではありません。

民主主義では国民が一般市民と主権者を兼ねているので混同しがちですが、法的には、主権者としての国民と、一般市民としての国民は区別しなければなりません。

主権者としての国民は、国政の上で最高の権力を有しているので、国会議員より地位は上になります。常識論で考えれば、地位が上にある者に対して、地位が下にある者が義務を課できないはずです。一般に人事部には人事権があるといっても、役員を解任する権限はなく、役員の解任権限は会社の最高意思決定機関である株主総会が握っています。

以上の常識論を前提にすれば、以下の論法が成り立ちます。

ー膰⊆圓箸靴討旅駝韻蓮国会議員より法的な地位が上である。
  ↓
∨‥な地位が下位の者が上位の者に命令したり、義務を課したりすることはできない。
  ↓よって
9餡餤聴は主権者としての国民に義務を課す法律を制定することはできない。
  ↓
ず枷衆法は、主権者としての国民に義務を課す法律である。
  ↓よって
ズ枷衆法は無効である。

国会議員が主権者に義務を課すことは越権ではないのか? その1

裁判員制度の合憲性について検討しています。

裁判員制度を支える基本的な原則が、現行憲法の基本的な原則に真っ向から抵触するのであれば、裁判員制度そのものが違憲無効であるといってよいと思います。

裁判員制度は、国民に新たな義務を課すもので、マスコミによっては、「勤労・教育・納税に次ぐ、第四の義務だ」、などといっています。

しかし、冷静に考えてみると、「いくら国会だからといって、国民に新たな義務を課すことはできないのではないか?」という疑問が湧いてきます。

さらに、冷静に考えてみると、裁判員になる義務というのは、一般市民としての国民に課せられる義務ではなく、主権者としての国民に課せられる義務であることが分かります。

民主主義においては、一般市民と権力者が同じなので(治者と被治者の自同性)、混同しがちですが、主権者というのは国の最高権力者であって、国会議員より地位は上にあるわけです。

そうすると、国会議員より地位が上にある主権者に対して、国会議員(正確には、国会議員から構成される国会)が義務を課すというのはおかしいのではないかという疑問が生じます。

(続く)

裁判員制度の問題点について考える

来年(2009年)にも、裁判員制度が開始されることになりました。私個人としては、「いずれすぐに行き詰るだろう。」と予想しています。それでも、この制度が破綻するまでに、裁判員に選任される人はいるわけですから、裁判員になりたくないのに選ばれてしまった場合のことを考えておく必要があります。

裁判員に選ばれた場合、原則として、拒否できません。裁判員になりたいという方は別として、「原則として、拒否できない」という点に納得ができない方は多いようです。私もその一人です。

ただ、裁判員制度は、いやしくも国会の議決を経て制定されたわけですから、ただ単に、「なりたくない」という理由で拒否できないことは当然です。

合法的に拒否しようと思うのであれば、裁判員法の拒否事由を探すことも1つの方法ですが、最も根本的な方法は、裁判員法が憲法に違反していることを主張し、証明することです。

以下、裁判員法の憲法上の問題点を、できる限り分かりやすく解説したいと思います。

(続く)
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