2023年04月01日

4月「卯月」に、なりました・・・。

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桜が、満開で、今年はいい感じの桜が、色々な場所で見られ、とても気持ちがいいですね。
私は、「花粉症」なので、この時期はつらいです。
つかも、最近では「スギ花粉」より「ヒノキ花粉」が、つらく感じるようになり、一昨日あたりから、くしゃみがひどいです。
5月のゴールデンウイーク明けまでは、一層の注意を・・・。


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2023年03月31日

3月29日の「桜」です・・・。

近所の桜の名所です。
よく通るのですが、中々駐車してまで、写真を撮る機会がなかったのですが、仕事の途中で、撮ってきました。
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この後、PCに写真を保存して、SDカードをカメラに戻したのですが、カメラサイドのエラーが出ました。
さっそく調べたのですが、修理が必要との事、購入してから2か月ほどしか経っていなかったので、保証期間だと思います。
昨日、発送して戻ってくるのを待っています・・・。
早めにエラーが出たことが、ラッキーでした・・・。

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2023年03月19日

庭の椿・・・。(少し前ですが・・・)


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少し前に撮った「椿」です。

和食器に、この柄は、大変よくあります。

一説には、縁起が良くないと言われることもあります。

しかし、現物の花を見ていると、そんなことはないと思いますね・・・。


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2023年03月18日

敏彩窯 藍花 マグカップ(黄)・・・。

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波佐見焼。 敏彩窯(びんさいがま)、小林晴敏氏の作品です。


有田と山ひとつ隣に面する波佐見町は、昔から焼き物の産地として栄えてきました。
業務用・美術品を中心の有田とは違い、家庭で使う一般食器を
製造する窯元が多く集まっています。

波佐見焼の誕生は今からおよそ400年も前にさかのぼります。
慶長3年(1598)、文禄・慶長の役に参加した大村藩主・大村喜前は、
朝鮮の陶工・李祐慶兄弟たちを連れ帰りました。

その翌年彼らが波佐見町村木の畑ノ原、古皿屋、
山似田に階段状連房式登窯を築き、やきものづくりを始めたといわれています。


藍花は、濃い紫に近い藍色の花です。
そして、色合いやデッサンは、大胆な構図であり
器の絵付けを超えるような感覚があります。

絵付けの上手さが光る「敏彩窯」さんの
作品だからこそ、大胆な作品が生れるのでしょうね。

生地は、磁器ではなくて、陶土を使うことにより、
藍色の良さを余すことなく出している作品になっています。
呉須の鮮やかな「青色」が、とても映える一品に仕上がっています。
また、持ち手が大きく作られているので、使い手の気持ちを満たす器になっています。


窯出しごとに『うつわの色合い、形、大きさ』などが微妙に異なります。
画像とまったく同じではございません。ご了承ください。


大きさは、約12.4×8.7×高さ8.7cm  口径約8.7cm 重さは、約230gあります。
 容量は、約310cc入ります。(並々、いっぱいの状態で・・・)



波佐見永尾郷 敏彩窯



魅力は独特の絵柄

味のある個性的な手描きにこだわる



高校卒業後家業である陶磁器窯元に入社。
絵付ろくろなど修行を重ねた後、
社長に就任し、先代とは違う焼き物作りをはじめました。

大きな方向転換の為、最初はかなり苦労しましたが、
特に味のある個性的な手描きにこだわった「うつわ」を目指し、
やっと敏彩らしいといわれる染付ができるようになりました。

2008年(平成20年)には長年の夢であった新しい工房が完成して、
さらに意欲的に物つくりに精進して参ります。



窯主 小林晴敏



■ 敏彩窯 代表 小林晴敏 プロフィール

1958年 長崎県波佐見町三股郷に生まれる

1977年 佐賀県立有田工業高校窯業科卒業

1983年 長崎陶磁展入選

1987年 九州山口陶磁展入賞

1988年 九州山口陶磁展第3位入賞

1989年 3人の器展(東京大阪)

1996年 日本橋高島屋にて小林晴敏個展開催

2008年 新工房完成








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2023年03月17日

敏彩窯 藍花 マグカップ(緑)・・・。

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波佐見焼。 敏彩窯(びんさいがま)、小林晴敏氏の作品です。


有田と山ひとつ隣に面する波佐見町は、昔から焼き物の産地として栄えてきました。
業務用・美術品を中心の有田とは違い、家庭で使う一般食器を
製造する窯元が多く集まっています。

波佐見焼の誕生は今からおよそ400年も前にさかのぼります。
慶長3年(1598)、文禄・慶長の役に参加した大村藩主・大村喜前は、
朝鮮の陶工・李祐慶兄弟たちを連れ帰りました。

その翌年彼らが波佐見町村木の畑ノ原、古皿屋、
山似田に階段状連房式登窯を築き、やきものづくりを始めたといわれています。


藍花は、濃い紫に近い藍色の花です。
そして、色合いやデッサンは、大胆な構図であり
器の絵付けを超えるような感覚があります。

絵付けの上手さが光る「敏彩窯」さんの
作品だからこそ、大胆な作品が生れるのでしょうね。

生地は、磁器ではなくて、陶土を使うことにより、
藍色の良さを余すことなく出している作品になっています。
呉須の鮮やかな「青色」が、とても映える一品に仕上がっています。
また、持ち手が大きく作られているので、使い手の気持ちを満たす器になっています。


窯出しごとに『うつわの色合い、形、大きさ』などが微妙に異なります。
画像とまったく同じではございません。ご了承ください。


大きさは、約12.4×8.7×高さ8.7cm  口径約8.7cm 重さは、約230gあります。
 容量は、約310cc入ります。(並々、いっぱいの状態で・・・)



波佐見永尾郷 敏彩窯



魅力は独特の絵柄

味のある個性的な手描きにこだわる



高校卒業後家業である陶磁器窯元に入社。
絵付ろくろなど修行を重ねた後、
社長に就任し、先代とは違う焼き物作りをはじめました。

大きな方向転換の為、最初はかなり苦労しましたが、
特に味のある個性的な手描きにこだわった「うつわ」を目指し、
やっと敏彩らしいといわれる染付ができるようになりました。

2008年(平成20年)には長年の夢であった新しい工房が完成して、
さらに意欲的に物つくりに精進して参ります。



窯主 小林晴敏



■ 敏彩窯 代表 小林晴敏 プロフィール

1958年 長崎県波佐見町三股郷に生まれる

1977年 佐賀県立有田工業高校窯業科卒業

1983年 長崎陶磁展入選

1987年 九州山口陶磁展入賞

1988年 九州山口陶磁展第3位入賞

1989年 3人の器展(東京大阪)

1996年 日本橋高島屋にて小林晴敏個展開催

2008年 新工房完成




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2022年05月05日

波佐見焼 祥吹花 マグカップ(赤)・・・。

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波佐見焼。菊祥窯の作品です。
東彼杵郡川棚町百津郷にある名窯です。
特に、かわいらしい作品が多いように思えますね。


良質の赤土をふんだんに使い、器の内側は粉引の刷毛目仕上げとなっており、
赤土とのコントラストも鮮やかな一品となっています。

そして、桜の花びらが一面に一珍を用いて描かれております。
とても印象深いものとなっています。
もち手が、大きく造られているので
男性でも無理なくお使いになれます。


窯出しごとに『うつわの色合い、形、大きさ』などが微妙に異なります。
画像とまったく同じではございません。ご了承ください。


大きさは、約10.0×7.5×高さ7.6cm  重さは、約160gあります。
容量は、約200cc入ります。(並々、いっぱいの状態で・・・)


※「一珍」とは、紙袋の先に細い管状の金具をつけたもので
釉薬や化粧土をしぼり出して、器体に文様を描く方法を一珍描きを言います。




波佐見焼は長崎県の波佐見町という
小さな焼きものの街でつくり出されています。


波佐見焼の開窯は、慶長3年(1598年)に大村藩主・大村喜前が
朝鮮出兵の帰国の際に伴ってきた李祐慶兄弟らの陶工が、
慶長4年(1599年)に波佐見町村木の畑ノ原、古皿屋、山似田に
連房式階段状登窯を築き、波佐見焼の歴史が始まりました。


江戸時代には、大衆向けの食器を大量に焼き「くらわんか碗」や、
輸出向け「コンプラ瓶」などの当時の大ヒット商品も登場し、
以来ニッポンの日常食器は、波佐見焼が主流となりました。


現在でも、ニッポンの主食「お米」を食するための「お茶碗」の開発には、
特にその伝統と技術が駆使され様々な市場で、
「波佐見焼のお茶碗」は定番中の定番と認められています。


近年では、使いやすさにカジュアルなデザイン性も加わり、
お洒落な波佐見焼としても全国にその名を広めています。


長年に渡り、有田焼という大きな括りの中で扱われていたので、
未だに波佐見焼商品に「有田焼」のシールが貼られている場合があります。
有田焼より普段使い出来る器が、多いと言うのが特徴のひとつです。
土物も、多いですね・・・。





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2022年05月03日

波佐見焼 祥吹花 マグカップ(青)・・・。

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波佐見焼。菊祥窯の作品です。
東彼杵郡川棚町百津郷にある名窯です。
特に、かわいらしい作品が多いように思えますね。


良質の赤土をふんだんに使い、器の内側は粉引の刷毛目仕上げとなっており、
赤土とのコントラストも鮮やかな一品となっています。

そして、桜の花びらが一面に一珍を用いて描かれております。
とても印象深いものとなっています。
もち手が、大きく造られているので
男性でも無理なくお使いになれます。


窯出しごとに『うつわの色合い、形、大きさ』などが微妙に異なります。
画像とまったく同じではございません。ご了承ください。


大きさは、約10.0×7.5×高さ7.6cm  重さは、約160gあります。
容量は、約200cc入ります。(並々、いっぱいの状態で・・・)


※「一珍」とは、紙袋の先に細い管状の金具をつけたもので
釉薬や化粧土をしぼり出して、器体に文様を描く方法を一珍描きを言います。



波佐見焼は長崎県の波佐見町という
小さな焼きものの街でつくり出されています。


波佐見焼の開窯は、慶長3年(1598年)に大村藩主・大村喜前が
朝鮮出兵の帰国の際に伴ってきた李祐慶兄弟らの陶工が、
慶長4年(1599年)に波佐見町村木の畑ノ原、古皿屋、山似田に
連房式階段状登窯を築き、波佐見焼の歴史が始まりました。


江戸時代には、大衆向けの食器を大量に焼き「くらわんか碗」や、
輸出向け「コンプラ瓶」などの当時の大ヒット商品も登場し、
以来ニッポンの日常食器は、波佐見焼が主流となりました。


現在でも、ニッポンの主食「お米」を食するための「お茶碗」の開発には、
特にその伝統と技術が駆使され様々な市場で、
「波佐見焼のお茶碗」は定番中の定番と認められています。


近年では、使いやすさにカジュアルなデザイン性も加わり、
お洒落な波佐見焼としても全国にその名を広めています。


長年に渡り、有田焼という大きな括りの中で扱われていたので、
未だに波佐見焼商品に「有田焼」のシールが貼られている場合があります。
有田焼より普段使い出来る器が、多いと言うのが特徴のひとつです。
土物も、多いですね・・・。





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2022年05月01日

5月「皐月」に、なりました・・・。

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5月「皐月」になりました。令和4年、三分の一の月日が過ぎ去りました。

令和4年の年を迎えて、周りでも色々なことが起きています。

21世紀という年代になり、世界に住んでいる人が地球に住んでいる人が、いがみ合い争い合うそんなことを、求めているとは思えません・・・。

みんな仲良く、ともに歩める、そんな日々を送れるように、みんな思っているとこだと感じます。

はやく、一日でも早く、安らぎが訪れることを祈ります・・・。


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2022年04月30日

波佐見焼 祥吹花 湯呑(赤)・・・。

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波佐見焼。菊祥窯の作品です。
東彼杵郡川棚町百津郷にある名窯です。
特に、かわいらしい作品が多いように思えますね。


良質の赤土をふんだんに使い、器の内側は粉引の刷毛目仕上げとなっており、
赤土とのコントラストも鮮やかな一品となっています。

そして、桜の花びらが一面に一珍を用いて描かれております。
とても印象深いものとなっています。
また、このお湯呑は、高台部分が四角になっており、
斬新なアイデアが盛り込まれています。


窯出しごとに『うつわの色合い、形、大きさ』などが微妙に異なります。
画像とまったく同じではございません。ご了承ください。


大きさは、約6.9×6.9×高さ7.7cm  重さは、約145gあります。
容量は、約190cc入ります。(並々、いっぱいの状態で・・・)


※「一珍」とは、紙袋の先に細い管状の金具をつけたもので
釉薬や化粧土をしぼり出して、器体に文様を描く方法を一珍描きを言います。



波佐見焼は長崎県の波佐見町という
小さな焼きものの街でつくり出されています。


波佐見焼の開窯は、慶長3年(1598年)に大村藩主・大村喜前が
朝鮮出兵の帰国の際に伴ってきた李祐慶兄弟らの陶工が、
慶長4年(1599年)に波佐見町村木の畑ノ原、古皿屋、山似田に
連房式階段状登窯を築き、波佐見焼の歴史が始まりました。


江戸時代には、大衆向けの食器を大量に焼き「くらわんか碗」や、
輸出向け「コンプラ瓶」などの当時の大ヒット商品も登場し、
以来ニッポンの日常食器は、波佐見焼が主流となりました。


現在でも、ニッポンの主食「お米」を食するための「お茶碗」の開発には、
特にその伝統と技術が駆使され様々な市場で、
「波佐見焼のお茶碗」は定番中の定番と認められています。


近年では、使いやすさにカジュアルなデザイン性も加わり、
お洒落な波佐見焼としても全国にその名を広めています。


長年に渡り、有田焼という大きな括りの中で扱われていたので、
未だに波佐見焼商品に「有田焼」のシールが貼られている場合があります。
有田焼より普段使い出来る器が、多いと言うのが特徴のひとつです。
土物も、多いですね・・・。





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2022年04月29日

波佐見焼 祥吹花 湯呑(青)・・・。

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波佐見焼。菊祥窯の作品です。
東彼杵郡川棚町百津郷にある名窯です。
特に、かわいらしい作品が多いように思えますね。


良質の赤土をふんだんに使い、器の内側は粉引の刷毛目仕上げとなっており、
赤土とのコントラストも鮮やかな一品となっています。

そして、桜の花びらが一面に一珍を用いて描かれております。
とても印象深いものとなっています。
また、このお湯呑は、高台部分が四角になっており、
斬新なアイデアが盛り込まれています。


窯出しごとに『うつわの色合い、形、大きさ』などが微妙に異なります。
画像とまったく同じではございません。ご了承ください。


大きさは、約6.9×6.9×高さ7.7cm  重さは、約145gあります。
容量は、約190cc入ります。(並々、いっぱいの状態で・・・)


※「一珍」とは、紙袋の先に細い管状の金具をつけたもので
釉薬や化粧土をしぼり出して、器体に文様を描く方法を一珍描きを言います。



波佐見焼は長崎県の波佐見町という
小さな焼きものの街でつくり出されています。


波佐見焼の開窯は、慶長3年(1598年)に大村藩主・大村喜前が
朝鮮出兵の帰国の際に伴ってきた李祐慶兄弟らの陶工が、
慶長4年(1599年)に波佐見町村木の畑ノ原、古皿屋、山似田に
連房式階段状登窯を築き、波佐見焼の歴史が始まりました。


江戸時代には、大衆向けの食器を大量に焼き「くらわんか碗」や、
輸出向け「コンプラ瓶」などの当時の大ヒット商品も登場し、
以来ニッポンの日常食器は、波佐見焼が主流となりました。


現在でも、ニッポンの主食「お米」を食するための「お茶碗」の開発には、
特にその伝統と技術が駆使され様々な市場で、
「波佐見焼のお茶碗」は定番中の定番と認められています。


近年では、使いやすさにカジュアルなデザイン性も加わり、
お洒落な波佐見焼としても全国にその名を広めています。


長年に渡り、有田焼という大きな括りの中で扱われていたので、
未だに波佐見焼商品に「有田焼」のシールが貼られている場合があります。
有田焼より普段使い出来る器が、多いと言うのが特徴のひとつです。
土物も、多いですね・・・。





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