UNI

楕円曲線・Galois表現(局所も大域も)・サボテン(まるいやつ)・ラムネが好き。

琵琶湖一周、完遂!こんなに勢いだけで突っ込んだのは久しぶりだった。ちょっと日があいてしまったけど、報告します!

三日かけて、総走行距離数はだいたい210km(O井君は+20kmほど)!これは、東京の僕の自宅から静岡の焼津くらいまでの距離。平均30km/hで走って1日で回る猛者もいるらしいけど、さすがにこれは特殊訓練を積まないと無理っぽい。僕らの平均は(休憩も入れて)結局10〜15km/hだったのかな。


【1日目】

朝6時に起床し、東京発の7時の新幹線に乗り京都へ。

今回のビワイチのスタート地点となる大津駅は京都駅から2駅でおよそ9分の距離。大津駅には9時半過ぎに到着したが、O井君は愛用のロードバイクで山科を越えて既に待っていてくれていた(この時点でO井君はもう10kmほど走っている)。僕は駅前にある観光案内所で予約していたクロスバイクを借りて、いよいよ激甚ビワイチが始動!!一日目の目的地は彦根にあるかんぽの宿。(大津駅から70kmほど)

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まず二人ともおなかが減っていたので、大津駅近くの老舗「三井寺力餅本家」で景気づけとして力餅を腹にぶち込む。近くのファミマでGOTOクーポンが使えることを(O井君が)確認し、お菓子を調達して出発。

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初日はとにかくとんでもない快晴で、サイクリングには絶好の日だった。こんなに雲一つない天気は久しぶりかもしれない。まぶしいのでチュニジアで買ったサングラスを掛けてみたけど、視界不良になってあぶないので一瞬で外した。
まず、道なりに行ってゲーセンに行くことになった。これは、O井君のたっての希望だった。コロナ禍で惜しまれつつ閉店した秋葉原のゲーセンから、トッププレイヤーたちがプレイしたというDDRの伝説の筐体が滋賀に来たということらしい。ぜひプレイしたいとのこと。

田舎道でバッタが自転車に特攻してきてあわや転倒というトラブルがあったが、ゲーセンに無事到着。すでにかなりの距離を自転車で走っていてだいぶ疲労がたまっているに違いないが、O井君は大興奮で2ゲームをこなしていた。

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吉川さんもやりますか!?と言われたけど引っ込み思案なので断った。O井君は汗だくだった。

ゲーセンを出るころにはもうお昼時。夜はかんぽの宿で50周年記念のフルコース(近江牛あり伊勢海老あり)の予定なので、「肉はこれから食べるから昼は寿司にしますか」という話になった。ゲーセンからちょっと行ったところにあるはま寿司で、炙りしめさばや炙りのホタテなどでとにかくカロリーを摂取した。O井君はお気に入りのカニみそ軍艦を何皿もおかわりしていた。

湖沿いからちょっと外れてしまったので、湖に向かう目的でピエリ守山を目指すことにした。ピエリ守山というと、いわゆる「明るい廃墟」で有名なショッピングセンター。復活を遂げたということで、見に行くかという話だった。(O井君の滋賀出身の知り合いは、ピエリに行くことに猛反対したらしい。)
ただ、ピエリ守山への道中は正直いって良いサイクリングではなかった。途中の古い街道は確かに趣もあったが、そこからピエリまでの道はテンプレ田舎というか、いかにもな「田舎の国道沿い」の雰囲気で、道は悪い・車は多い・見飽きた景色という三拍子がそろっていたのでちょっとウンザリ。やはり、サイクリングロードから外れない方が良いんだな、と思った。
テンプレ田舎で体力を無駄に消費した上、固いサドルにお尻が食い込んで痛くなったりして疲れたので、途中の日陰で休憩した。このとき、スタートから4時間くらい経っていたけど30kmしか進んでいないことに気付く。残り40km以上あるのに、日没まで残り3時間半くらいだった。「力餅なんて食ってる場合じゃなかった」と二人で青ざめた。


とりあえずチェックポイントのピエリ守山に着いた。入ってみるとすぐ、O井君が「(廃墟の)面影がありますね・・」とこぼした。確かにだだっ広く閑散としている雰囲気もあって、ちょっと同じことを思ったけど、きっと頑張って復活したんだろうな。二人でレモネードを飲んでクエン酸をチャージし、ピエリを後にした。

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ここからは湖沿いのサイクリングコース。やはりサイクリングコースは整備されていたとても走りやすいし、琵琶湖を観ながらの走行なので気分も良い。テンプレ田舎とは大違いだった。

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途中、迂回路で通る羽目になったビーチには、竜宮城という名前の神社みたいなものがあった。湖なのに竜宮城・・・とは(疲れていたので)特に思わなかった。

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その後、ちょっと湖から離れたところにサイクリングロードは移った。「実りの秋」感がすごい。ほどよいところにファミマがあったので、ファミマでぼちぼち休憩を取りながら進んだ。

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彦根に入ったときはいよいよここまで来たぞという気持ちだった。

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夕日は大変綺麗で、日が沈んでしまうと走行も危なくなるけど写真を撮らずにはいられないほどの美しさだった。

奇跡的に、午後6時の五分前くらいにかんぽの宿に到着した(チェックインが午後6時)。6000円のGOTOクーポンをもらい、大浴場で疲れを癒し、プロテイン(近江牛)を大量に摂取した。

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10時過ぎには気絶するようにして就寝。



【2日目】

この日も6時すぎには起きた。朝ごはんをめいっぱい腹に詰め込んで、8時には出発。この日の目標は、彦根から40〜50km離れたマキノのホテルまで行くこと。


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かんぽの宿を出る前に、ロビーにあるひこにゃんたちと写真を撮ってもらった。僕の着ているジャイアンTシャツは、O井君がくれたもの。(ジャイアンTシャツは、本当は倉敷で着てM枝さんにサプライズするためのものだったらしい。コロナのせいでその予定もおじゃんになってしまった・・・)

この日の天気は曇りだけど雨の予報はなかった。お尻の骨が相変わらず痛かったけど、風呂・近江牛・睡眠による超回復のおかげで疲労感は特にない。せっかく彦根に来ているので彦根城の周りを走ってから行くことにした。

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彦根城のお堀で、白鳥がエサを口に含んで水に溶かすという不毛な反復運動を無限にやっていた。O井君はその様子をしばらく観察していたが、去り際に「これ一日中やってるんですかね・・・」とつぶやいた。

しばらく走って道の駅があったので休憩。地元のお母さんが作ったであろう、爆弾みたいに丸くてでっかいヨモギの草餅を買って(ひとりで)二個食べた。O井君がなんかフワッとしておしゃれなケーキみたいなものを食べていた。ここでGOTOクーポンを1000円分だけ消費。


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琵琶湖周辺にa.e.で存在するとびだしとびた。これは実は滋賀県発ということをかんぽの宿で学んだ。

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途中に寄った豊臣氏ゆかりの長浜城では、O井君が「これバカ殿のOPに出てくる城に酷似してますよ!!」と言って、今年亡くなった志村けんを偲んでいた。

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そのあとはしばらく、文明から離れた湖沿いの道を走った。曇りで少し霞がかった琵琶湖もなかなか神秘的で風情のある景色だった。

お昼頃、ちゃんぽんを食べに高月に向かう。この道中はしばらく何もない畑がしばらく続いて本当に文明が存在するのか不安になったけど、駅のあたりまで来るとだいぶ栄えていて大型店舗もいっぱいあった。O井君の膝がぶっ壊れそうだったので、途中のスギ薬局で膝サポーターを調達することになった。琵琶湖の北は虚無地帯だという情報をO井君がI野先生から事前に得ていたため、僕は飴・ビタミンタブレット・栄養ドリンク・プロテインバーなどの物資をしこたま買い込んだ。スギ薬局では残念ながらGOTOクーポンが使えなかった。

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近江ちゃんぽんを喰らうO井君。GOTOクーポンを使うしこれから山越えも控えているからということで、お互いいっぱい食べることにした。僕はちゃんぽん大盛り+唐揚げ半チャーハンセット、O井君はちゃんぽん+唐揚げ6個を注文した。注文後、GOTOクーポンが使えるのか未確認であることに気付いてO井君がレジまで聞きに行ってくれたけど、残念ながらここでもGOTOクーポンは使えないことが発覚。この時点でGOTOクーポンを使う難しさをだんだんと実感しつつある二人だった。(GOTOクーポンの有効期限はもらった日とその翌日の2日だけなので、この時点でけっこうピンチ)



ちゃんぽんで元気をチャージして再出発。O井君の膝はサポーターのおかげで快調そう!そのあと、山道に突入した。上り坂は本当にキツくて、写真を撮っている余裕はなかった。自転車に乗りながら上るのはただの乳酸地獄だと悟ったので、早々に乗るのを諦め、O井君が見えなくなっても僕は手で自転車を押してマイペースで上った。合宿か何かで来ているっぽい女子中学生のサイクリング集団にもバンバン抜かされた。30過ぎのおじさんがジャイアンの服着てバテている姿を見て、みんな何て思ったかな?たぶん何にも思わなかっただろうな・・・。

しんどい坂道を越えればあとは下り坂で、転倒に気をつけながら気持ちよく走行した。下り坂の途中、先を行くO井君が落ちているイガグリを見付け身振りで警告してくれた。イガグリの横を通るとき、「あ!マキビシ!」と思った。その後、O井君が「マキビシありましたね・・・」と言ったので、僕はなんだか楽しくなった。

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永原駅の前で小休憩。小川が流れていて、僕はスギ薬局で調達した一本満足バーをムシャりながら小魚がたくさん泳いでいるのを眺めた。小魚も一本満足バーを食べるかなと思って、小さくひとかけらちぎって小川に落としたけど、ふわーと流れて何にもならなかった(自明)。O井君は「ジューCコラーゲンを落としたらどうなるんですかね!」と喚いた瞬間「でもそれやったらDQNと同じだからな・・・」と冷静になっていた。「吉川さんジューCコラーゲンいりますか」「今いいです」「いやどうぞどうぞ」(と言って僕の手のひらに大量にざざっと出す)「あ!もうOKです!!OKですね!!!!!!」(でもまんざらでもない)という流れをこの道中何回もやった。

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この辺りは琵琶湖の最北端と言っていい場所で、いわゆる奥琵琶湖というエリアらしい。お店が無いなどたしかに虚無ではあるのだが、すごくのどかだったり自然が美しかったりするなど、サイクリングには最高の場所だった。O井君も「虚無は虚無でも、こういうのなら良いですね!」と太鼓判を押していた。

この日の最後のチェックポイントは海津大崎と呼ばれる場所(写真を撮り忘れた)。ここは、O井君がウメザキと呼んでいたチェックポイントだった。あとになって僕が「今気付いたんですけどあれ梅じゃなくて海ですよ!?」と言ったが、O井君は「あ、そうですねウメザキですねえ」みたいな曖昧な返事をしたので「ま、いっか」と思った。


この日はわりと余裕をもってマキノのホテルに到着した。(4時ぐらい)
かんぽの宿とは違い、ホテルの売店でGOTOクーポンは使えないことが発覚。フロントの人に「この辺りでクーポンを使えるお店はありますか?」と聞いたけど、ホテルの人たちも把握していない様子だった。GOTOクーポンの制度も見切り発車で始まってしまって、現場がなかなか追い付いていないようだ。6000円分のクーポンのうち、まだ5000円が残っていたので、しかたがないので二人で近場のファミマに向かった(ファミマでクーポンが使えることは初日に確認済み)。
ファミマをしばらくうろついたけど、やっぱり2500円分も欲しいものがない。しかしO井君は「僕ここで使い切りますよ」と宣言し、栄養バーやサラミなどのおつまみ系を買い込んでスパッと2500円を使い切っていた。かたや僕は「せっかくのクーポンをコンビニで使うのもな・・・」「別のお店がどこかあるかも」とモタモタして、結局1000円分だけ使ってファミマを後にした。その後、O井君にも付き合ってもらって、近場のお土産屋さんを探したりホームセンターとかに行ってみたりしたけどダメだったので、O井君をホテルに置いて僕はひとりでセブンイレブン(ファミマより遠い)まで行くことにした。しかし、あろうことかセブンイレブンではGOTOクーポンが使えなかったので、僕はけっきょく最初のファミマに戻り、1500円を無理やり消費してホテルに戻ったのだった。(僕はこういう「骨折り損のくたびれ儲け」がすごく多い気がする…。スパッと割り切るのは大事だな。)


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晩御飯も美味しかった!この日も近江牛を堪能した。



3日目の天気予報では雨の予報が出ていた上に、時間が経つにつれ降水確率も上がってきたので、不安な気持ちではあったが、やはり気絶するように就寝した。


【3日目】

起きると、天気予報が良い方に変わっているとO井君が教えてくれた。
3日目も朝ごはんをもりもり食べて、食後にホテルの目の前にあるビーチでK又先生について一通り話したあと、朝8時には出発。お尻の痛みはあまり気にならなくなっていたけど、3日目ということもあって代わりにちょっと疲労は残っていた。
ゴールの大津駅までは70kmほどだったと思う。

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ホテルからちょっと走ると彼岸花畑があった。この時季に来たかいがあったというものだ。しばらく写真を撮ったりして遊んだ後、再出発した。

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シラサギの大発生。O井君の「特殊詐欺か・・・」と言ったのが妙に心に残った。(ここで聞いたんじゃなかったかも)


琵琶湖沿いを走っていて思ったことは、セミナーハウスや研修所が色々とあるので、琵琶湖沿いで整数論サマースクールをやるのもよさそうだな、ということ。京都から近いのでアクセスも良いし、夜はBBQも出来そうだし、周りは静かなので環境的にも申し分ない。コロナの収束後、琵琶湖近くでサマースクールが出来たらいいな。


僕が前でO井君が後ろを走っている時、僕の前方で、子供が母親の静止を振り切って道路に飛び出しそうにしていた。「お、これがガチのとび出しとび太か」と思いつつ僕が通過した後、O井君の目の前をすーん!と躊躇なく飛び出したらしく、O井君が「マジのとび出しとび太いましたよ!!!!!!」と報告してくれた。

しばらくして、チェックポイントである白髭神社に到着。

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すごく良い場所なんだけど、DQN連中が轟音をたてながら水上バイクを乗り回し、湖に浮かぶ鳥居をくぐったりして遊んでいたのがとても残念だった。DQN同士でクラッシュして琵琶湖の藻屑と消えちゃえば良いのにと願ったが、残念ながら消えなかったので神様はいないなと思った。それにしても、よりにもよってなぜ鳥居の周りでふざけるのか、理解できなかった。

白髭神社の駐輪場で、また女子中学生たちと出くわした。実は彼女らとはコンビニなど、いたるところで出くわしている。なんとも思われていないと思うけど、何だか僕らが付けまわしているみたいで気まずい。

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お昼は神社のすぐそばにある白ひげ蕎麦へ。テラス席で、琵琶湖を臨みながら蕎麦と鯖寿司を食べた。O井君が滋賀出身の知り合いから教えてもらったお店で、確かに格別の美味さだった。このためにまた来ても良いと思えたほど。

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ちょうど、電車が通ったのが見えた。

そのあと、O井君が「ウメザキ2がありますよ!ここをチェックポイントにして休憩しましょう」と教えてくれた。雄松崎という場所らしい。これはウメザキさんというよりどっちかというと宇宙さんですね、と言ったけど、O井君の返事は曖昧だった気がする(僕の記憶も曖昧)。崎がついていればすべてウメザキさんというのは無理がある、と思ったが、O井君のことだから全部分かったうえで敢えてウメザキさんに統一している可能性もある。
雄松崎はビーチで、たしかそこでO井君とはしばらく水切りをして遊んだ。しかしこのせいで二人とも肩を痛めて、結局ビワイチが終わってみると一番痛いのは肩という間抜けな結果になるのだった。


雄松崎の後、ちょくちょく休憩しつつ琵琶湖大橋のちかくの道の駅に着いた。このあたりでは道路標識にも「京都」の文字が出てきて、かなりゴールの大津駅に近付いているのを実感出来たので、僕は既に勝った気でいた。ということで、道の駅でお土産(お茶)を爆買い。(ここではクーポンを使うことができた。安心の道の駅)

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次のチェックポイントはこの浮御堂。波がなく水面がすこしゆらぐぐらいで、すごく落ち着く良い場所だった。ここにはDQNも来ない。やはり、白髭神社付近では水上バイクを禁止にするべきだな、と強く思った。

浮御堂を過ぎたら、もうだいぶ街並みも栄えてきていて、いよいよ大津駅に近付いてきているな!という雰囲気を感じた。明智氏ゆかりの地である坂本城址公園でトイレ休憩をはさむなどして、いよいよ大津駅へ。ただ、大津駅は坂の上にあるので、最後の最後に難所が待ち構えていたわけだった。

大津駅観光案内所で、三日間苦楽を共にしたクロスバイクを返却し、お土産をいくらか買ったあと、O井君とスタバでちょっとのんびりした。僕がスタバに入ったのは人生で一度きりで、注文の仕方もわからなかったので、「サイズは・・・」「フラペチーノとは・・・」という基礎からO井君に教えてもらって無事注文することが出来た。(でももう忘れたのでまた行けなくなった)

ということでそのあと無事解散したのだが、O井君は京都の自宅に戻るために、疲れた身体にムチを打って山科を越えなくてはならないとのこと。僕はすっかり終わった気になって京都駅でお土産爆買いのラストスパートを掛けていたところ、O井君がLINEで「死にそうです・・・」と山科越えを実況するのを受けて、なんだか申し訳ない気持ちになった。


その後、O井君は無事に百万遍通りまでたどり着いて二郎系ラーメンを腹にぶち込むところだという知らせを受け、僕も一安心。僕はというとすっかり爆買いを終え、新幹線のホームにいた。白ひげ蕎麦で食べた鯖寿司が美味しかったなと思い出したので、売店で炙り鯖寿司を買い、車内で食べながら東京への帰路についたのだった。

>どんなに小さい結果でも論文として書いてみることが大事だというような内容を、I井さんが言っていたらしい。このことはO井君から聞いた。

O井君から「これ僕全く記憶にないんですけど、これもKJが言ってたんじゃないでしょうか・・」という連絡が来た。いやいやそんなわけないだろ僕は映像として鮮明に記憶しているぞ、と思ってよくよく思い出してみると、どうやらO井君じゃなくて本当にKJだったっぽい。知らない間に自分の記憶のすり替えが行われていてゾッとした。また、KJには悪いことをした。また説教を受けることになるな・・。


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そういえば、去年チュニジアのSidi bou saidの中心地をうろうろしていたとき、土産物屋のお兄さんに呼び止められた。
「お店の中を見ていってよ。博物館みたいになってるし、何も買わなくてもいいから。」
こう言っておいて何か買わせるのは知っているけど、異国の建物自体は気になるし、いざとなれば何か安いものを買って帰ればいいと思ってとりあえず入ってみた。

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ひとしきり堪能して出ようとすると、お兄さんとおばちゃんにつかまった。

ふたりに取り囲まれてあれはどうだこれもいいぞと色々まくし立てられたけど、残念ながら欲しいものが一切ない。いかにも観光地のお土産っぽい小物ばっかりだった。僕もだんだんイライラしてきて「いやいや買わなくていいって言ったでしょ」と半ギレ状態になったし、ただひやかしに来ただけの僕にお兄さんとおばちゃんもキレつつある。
小競り合いの末、むこうもしびれを切らしてちっちゃい香水みたいなのを持ってきた。しかたないのでこれはいくらだと聞いたら、120ディナールだと言うではないか。120ディナールといえば、4000円くらいなものだ。さすがにそれは吹っかけすぎっしょと思ったので、「10ディナールなら払える」としばらく言い続けたら、10ディナールでOKとなり解放された。ゴネまくって申し訳ない気持ちもちょっとあるけど…。

これがその香水。本当は3ディナールくらいかもしれないけど、実際の値段は結局分からない。でも、10ディナールならまあいいだろう。

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もちろん、香水なんて使う場面がないから、1年以上ずっと小物入れにしまいっぱなしだった。そんなとき、ふと思い付いてマスクにちょんちょんと塗ってみることにした。これが非常にいい!とても芳しい香り。このコロナ禍では、外出時のマスクは必須。マスクは息苦しいけど、これなら呼吸するのも苦にならないし、気持ちも和らぐ。しかもけっこう長続きする。

気をつけないといけないのは、「外側からちょこっとだけ塗る」こと。内側に塗ると肌によくないし、多すぎると気持ち悪くなるため。もしくは、希釈してスプレーにしてもいいと思う。

ここにきて役に立つ日が来るとは思わなかった。で、「役に立たないと思っていたものがひょんなことから役に立つこと」を「チュニジアのムスクブラン」と喩えるようになったという。

先日、なんとか論文らしきものをこしらえ、雑誌に投稿した。この歳になっても恥ずかしいことに未だに数学力もTeX力も未熟だが、KJに色々と助けてもらって、なんとか完成させることが出来た。どんなに小さい結果でも論文として書いてみることが大事だというような内容を、I井さんが言っていたらしい。このことはO井君から聞いた。やっぱり、形にしないといかんのだな。

最初の投稿先は高望みしすぎたので、エディターであるC教授から、投稿からたった数時間で非常にやんわりとした門前払いメールが届いた。リジェクト文章はもちろんコピペだろうけど、一切否定的な言葉を使わずに「だめです」ということを伝えていただき、残念というより正直ちょっと感動した。ひとしきり感動した後、こんなことに時間を費やさせて申し訳なかったな、という気持ちもじんわり出てきた。残念な気持ちは一切なかった。ともかく、ダメならダメとさっさと言ってもらえるのはやさしさだし、無用な待ち時間がないようにという配慮はとてもありがたい。

その後、O井君の助けを借りて別の雑誌に投稿した。また、O井君とは激甚琵琶湖サイクルについて計画を練った。山中越えの下見に行ってくれたO井君によれば、山中越えは苛烈を極めるということが分かったので、結局O井君は自前のロードバイクで山科経由で琵琶湖に行き、僕は現地集合してそこでバイクを調達することになった。O井君の身を呈しての下見がなければ、僕は今度こそ疲労骨折していたと思う。

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あいかわらず足りない頭で数学をやっているが、今は
https://arxiv.org/pdf/1910.12986.pdf
に沿って何か出来ないか模索している。

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今、僕のサボテン栽培環境が危機に陥っている。
置き場の状況を簡単に説明すると、置き場所を少しでも確保するためにベランダからいろいろなもの(主に園芸用支柱とメッシュパネル)が飛び出している状態だった。そこにサボテンがいっぱい置かれていた。正直なところ、これはかなりグレーなことをしている。大家さんが「まあ危なくないようにしてるならいいよ」と寛大に受け入れてくださっていることに甘える形で、なんとか続けてこられた。当然、万が一事故があったらタダでは済まないので、かなり頑丈に補強したうえでサボテンを置いていた。

だが、今回、部屋の更新の時期だったので管理会社に連絡を取ったところ、とうとう「竹みたいなのがたくさん出てるけどあれは何を乗せてるんですか。正直驚きました。すぐに移動してください」と言われてしまった。何か言われるんじゃないかという予感があったが・・・。

その後、とりあえず屋内にあるメタルラックを魔改造して屋内ストレージを大幅に拡張した。で、ベランダの色々飛び出しているのをすべて解体し、ベランダの植物をある程度屋内にしまいこんだ。

ただ、問題はこの後だ。今月下旬から、足場を組んでアパート全体を補修工事するらしい。それも一か月間。足場を組むということは、覆いもするんだと思う。そうなると、日光が遮られるので植物たちはピンチに陥る。また、ベランダも修繕するらしく、自分の部屋のベランダ修繕のときには、サボテンたちをまた屋内にしまわないといけない。ある程度ひっこめたとはいえ、まだベランダには大量のサボテンがある。これを屋内にすべてしまうのは原理的に不可能なんじゃないか・・・。

もちろん自己責任だけど、頭を抱えている。

いよいよ10月あたりにO井君とサイクリングで琵琶湖一周するという予定が立った。これは3月に元々は3月に予定されていたものがコロナのせいで無期限延期になっていたものだ。

コロナのせいで(という口実で?)家にばかりいて身体が鈍りに鈍った僕が、果たして琵琶湖一周なんて出来るのか?今度こそ疲労骨折とか筋肉の断裂とかとんでもないことが起きるんじゃないかと心配だ。(ちなみに下半身はなまっているが、上半身はサボテンの水やり関係で程よくトレーニングされている気はする。けっこう重いので・・。)

このように体力面が一番の問題だけど、ま、これはたぶん気合でなんとかなる気がする。そのほかの問題として、集合場所の問題などがある。僕はロードバイクをレンタルすることになるけど、O井君は自前のロードバイクを持っているので、O井君としては京大近くのO井邸集合が希望だと思う。この場合、琵琶湖に行くためにまず峠を越える(いわゆる山中越え)必要があるらしい。が、「京都の山を越える」というのはなかなか厄介だという記憶があって、以前、僕は紅葉の時季にレンタサイクルで京都市街から山科にある毘沙門堂まで駛走したのだが、道中の山道を自転車で登るのには非常に難儀した。琵琶湖への往路での山中越えは気合でなんとかなったとしても、復路でヘトヘトの状態で再び山中越えで戻るというのは気合云々ではどうにもならない可能性がある。この山中越えがどのくらい大変なものかによるけど・・・。そういう話をしていると、O井君は「じゃあ僕、山中越えの下見に行ってきます!!!」とやる気満々で答えてくれた。植物とほのぼの戯れている文化系の僕に対して、ストイックにDDRに勤しむ体育会系はやはり行動力が違うな、と感心した。

ただこの山中越えというのを調べてみると、走り屋の格好のコースになっていただの、死亡事故が多く幽霊が出るだの、交通量が多いとかスピードをけっこう出しているとか、危なっかしい話が出てくる。実際、写真を見てみると車道しかない狭い道っぽいので、まわりをビュンビュン車が通るとなるとなかなか危ないのは想像に難くない。下り坂で「わーい」と調子に乗って加速して対向車とクラッシュしたらもちろん無事では済まない。

ただでさえ車に轢かれやすいO井君だから、その下見で無事に帰ってこれるかどうか大変心配している。プリンストンでの悲劇(ホテルに帰る途中の交差点でO井君が轢き逃げされた話)の再来にならないことを願う。

とはいえ、琵琶湖一周自体はとても楽しみで、旅館やら観光やら、僕とO井君はウキウキで調べているのだった。

先日のセフェム系の抗生剤は、かゆみこそ出なかったものの、2日間にわたってお腹がゆるゆるになってしまったので、使用を中断しました・・・。痛みはなかったのだが・・・この副作用?アレルギー?はなかなか悪質だった。小さい頃にダメだった薬は今でもダメなのだな。





今日、サボテン・多肉植物専門店「鶴仙園」の店長のブログで直近の入荷情報を調べていたところ、8/5の入荷情報で、良さそうな顔をした花サボテンが入荷されているのを発見。
「しまった、一昨日か!」「しかし花サボテンはニッチな世界だからまだ売れずに残っているかも!!」ということで、暑いなか急遽、池袋西武屋上まで行ってきた。が、売り場に飛び込んでキョロキョロ探してみるも、見当たらない。
見逃しているだけかも・・・?と思って、レジのそばにあるチランジア売り場で作業をしていた店長に「これありますか?」と聞きながらスマホのページを見せようとしたが、スマホを見る前に「今売れちゃった!」と一言。店長は僕がそのサボテンを探しに来たことを分かっていたのだ。そして、レジにはたった今そのサボテンを買ったおっちゃんが。同じサボテンを狙っていて、まさかの数分の差で売れてしまっていたのだ!完全に同じ思考回路と同じタイミングで同じサボテンを狙いに鶴仙園に慌てて来たということだったので、なんだか可笑しくなってしまった。
そのおっちゃんは花サボテンなどを長年育てている愛好家さんで、鶴仙園にもサボテンの写真のアルバムを寄贈するなど、常連さんのようだ。アルバムは僕も拝見したことがあり、お会いしてみたいと思っていたところだった。逆に、そのおっちゃんも僕のことを店員さんから(花サボテン好きと)聞いていたらしく、僕のことを知ってくれていた。
その後、おっちゃんとは少しだが話をして意気投合し、お互い頑張りましょうと固い握手をしたのちに別れた。サボテンは一品モノで巡り合わせなので、今回僕がそのサボテンを買えなかったというのは何も問題はない。これも縁というか、行くべきところに行ったのだ、ということだ。それ以上に、花サボ好きの同志というか先輩とお会いできたことがとても嬉しかった。
結局僕は別のサボテンをいくつか買い、ウキウキで大学へと向ったのだった。

僕の趣味は何と言ってもサボテンだ。
最近はありがたいことに知り合いの間にも僕のサボテン熱がじわじわと伝わってきたようで(呆れられている空気も感じるが・・・)、ここら辺でサボテンについて書いてみようと思う。

まず、サボテンについて皆が想像するのは砂漠に生える柱状のサボテンだと思うけど、それはサボテンのほんの一例にすぎない。サボテンはアメリカ大陸の北から南まで広く分布し、自生する環境もまったく異なる(標高など)。細かく分けると何千という種類があるとも言われ、その生態や姿は千差万別だ。ということで、サボテン愛好家の中でも、こだわるポイントというのは人それぞれだ。
豪壮なトゲや渋い姿に魅了される人も多いサボテンだが、特に僕は花の綺麗なサボテンが好きで、そういうのを重点的に集めている。まずは今年咲いた花の写真を僕のインスタから引っ張ってみる。これらはエキノプシスやロビビアと呼ばれる花が美しい種類の交配種だ。(写真の下に名前)





Maria Piazza





オイラン




アヤカ




コロナ




大朱桃丸




広瀬の朝




エレガンスピンク




黄花ソエレンプシス




緋絞丸




ロビビア交配種





サンディ


どうでしょうか!!?!?
そもそもサボテンに花が咲くというのがあまり知られていないのだが、個人的にはむしろサボテンほど美しい花を咲かせる植物もそうそうないと思っている。もっと評価されて欲しい。





〜育て方について〜

「砂漠に生えている植物だから水いらないんでしょ?」と言われてしまうが、そんなことはない。確かに乾燥には強い生き物だけど水がないとじわじわ弱っていくだけである。

育てる環境(日当たり・風通し・土の配合・ハウスの有無)次第で育て方は変わってくるので育て方をマニュアル化することは出来ない。結局は、試行錯誤を重ねて、植物の様子をじっくり観察して、自分の育てる環境にあったやり方を見出していくしかないのだ。

ただ、育て方の大まかな目安を書いておくと、次のような感じだ。

【基本】
サボテンはインテリアではありません!!日光と通風が必要なので、部屋で育てようとしてもうまくいかない。屋外管理が基本!また、霧吹きで表面だけに水をやるのもほとんど無意味!そして、環境をコロコロ変えないというのも大事。(数年前のダ○○○○スのCMはこの基本を全て無視しており、サボテンへの誤った理解を広めていたという意味でBPO案件ものと言わざるを得ません!!)

【春と秋】
とりあえず、東京でハウスなしという状況を想定して書いてみる。成長期と言われる「3月中頃から梅雨まで?」と「9月から11月末まで?」の「日中はそれなりにあったかくて夜は気温が下がる季節」にはかなり大胆にお水をあげても良いと思う。
乾いたな、乾きそうだな、というタイミングで水をザバーっと(鉢底から水が抜けるくらいたくさん!)あげてしまって良い。そして、日当たりが良く風通しの良い場所に置くのだ。

【夏】
難しいのは夏の管理だ。「サボテンって夏に元気なんじゃないの?」と思う人が多いので意外かもしれないが、日本の夏は湿度も高くて夜も蒸し暑いのでサボテンの自生地とは全然違う。なので、やはり日本の夏はサボテンにとっても我慢の時期なのだ(高温を好むサボテンもいるけども)。夏越しをするために、なるべくサボテンの体力を落とさないようにする必要がある。種類によっては直射日光を避けるために少し遮光したり、涼しくなった夕方に軽く水をサーっとあげたりすると良いと思う。

夏場にやってはいけないこと:水をたっぷりやった状態で炎天下に晒してしまうと、蒸れてしまってサボテンが根元から腐ってしまう。また、気まぐれに涼しい室内に入れてしまうのも、サボテンが環境に適応できずに弱ってしまう。

【冬】
冬の管理も気は遣うが、夏ほどではない。寒さに強くない種類もあるけど、基本的に耐寒性はそこそこあって、東京の冬くらいならそれほど心配はいらないと思う。寒い風に当たりすぎるのはちょっと心配で、ハウスがあればいいなと思うことも多いが、普段から寒さに慣らしておけばそれなりに耐えてくれる。冬は根の動きも止まってしまうので、水をやってもほとんど吸ってくれない。したがって、水やりは基本的に止めるけど、たまに、比較的あったかくて晴れた日の昼前くらいに軽くサーっと水を掛けてあげるといいと思う。夜には乾いているくらいが理想。

さっき歯医者に行ってきて一応抗生剤と痛み止めをもらった。
処方されたとき、アレルギーが心配だったので「何系の抗生剤ですか?」と聞いたのだが、よく分からないと言われたので、まあ後で調べればいいかと思って貰っておいた。
僕は、セフェム系の抗生剤にアレルギーが疑われ、ニューキノロン系の抗生剤には確実にアレルギーがある。小さいころ、セフェム系のケフラールを飲んだらかゆみが出たということなので、親から呪文のように「セフェム系ケフラール」「セフェム系ケフラール」と刷り込まれていた。でも、小さいころだったので、今飲めば違うかもしれない・・・。一方、ニューキノロン系の抗生剤は、数年前に摂ったときに余りの苦しさと気持ち悪さのせいで横になったまま動けなくなるという地獄の経験をしたので、これは絶対に摂ってはいけないと決めている。

で、今回もらったフロモックスをググってみると、セフェム系でした!!!

え・・・セフェム系か・・・。アレルギーを気にしてわざわざ何系かと聞いたのに「分からない」って無責任だろ・・・と改めて思ったが、「今は大丈夫かもしれない」「ニューキノロン系よりマシ」ということで、先ほどイチかバチか飲んでみました。これでセフェム系が本当にダメかどうかがわかる。心なしか足がぴりぴりしてきた気がするが、今のところ大丈夫。また報告します。

・今日、1限に試験監督の用務があったので頑張って早起きして大学の試験本部に行ったら、教務課の人がスッと寄ってきて
「担当教員の先生がおっしゃっていたのですが、受験人数があまり多くないので吉川さんがいなくても大丈夫だそうです」
と突然の戦力外通告をしてきた。





・こないだチュニジアでO井君たちと街でブラブラしている時に、僕が
「アフリカというとあまり水が潤沢という印象がないんですけど、お店とかには普通に水が安値で売ってますよね。これってどういうことなんでしょうかね…」
と言うとO井君が
「いや、そういうこと考え始めると怖いんで僕は考えないようしていますね…」
と意味深な感じで言ってきた。
ホテルに戻ってからこの言葉の真意が気になった。結局、色々考えた末に

☆実は下水などをきちんと処理しないままパッキングした「粗悪ミネラルウォーター」が横行している
☆O井君はそれを知っていたが、そのことを考えると怖くて水が飲めなくなるから敢えて考えないようにしていた

という結論に至り、僕はひとり戦慄した。
この恐ろしい推理を誰にも言えずモヤモヤしたまま1日2日が経った時、O井君がふいに
「あれから僕チュニジアの水事情を調べたんですけど、どうやら泉みたいなのがチュニジアに無数にあって、それで水には全然困っていないようですよ」
と報告してくれた。
想像とは180度真逆の報告に僕は戸惑って、実は僕はこう想像していたんだけどとO井君に伝えると、ギャハハと笑いながら
「何も考えてませんでしたねえ・・・どうでもよかったんで適当に答えただけですねたぶん」
みたいなことを言われた。
ここ数日のモヤモヤがバカバカしくなったとともに、チュニジアに対して失礼な誤解をしていた自分を恥じ、O井君にどうでもいい話をしてしまった自分が情けなくなった。何にもプラスにならないエピソードであった。





・先日北海道にて、I藤さんからチクリと
「前回、吉川君が倉敷に来た時、吉川君にお菓子をほとんど食べられた気がするんだけど」
と言われてしまったので、明日から始まる倉敷の「夏の学校」用にお菓子を爆買いしておいた。これで誰も文句はないはずだ。僕の荷物の体積比50パーセント〜60パーセントはお菓子になる予定だ。





・この間、S水君が喜びそうなとっておきのTシャツをゲットした。

日本では買い物の際に値切ることなんてほとんどない。
でも、チュニジアでの買い物では値切るのがほぼ必須だ(たぶんスーパーマーケットでは値切ることはないけど)。その際には色々な駆け引きをすることになる。
失敗も成功も含めて色々あったので、どんな感じだったか書いてみる。


まあ要するに、ドラクエ3のアッサラームにあるお店そのものである。

 おお! わたしの ともだち!
 おまちしておりました。
 うっているものを みますか? 「→はい いいえ」
 おお! おめがたかい!
 128ゴールドですが
 おかいになりますよね? 「はい →いいえ」
 ・・・・

というやつだ。(確かにチュニジアでも「my friend!!」とか言ってきたので完全に同じだった)



露店などでは基本的に値札がないので、店主の言い値が価格となる。・・・がこれが完全にぼったくり価格なのだ。物価の目安は日本の1/3〜1/2というところなのだが、場所やモノによっては日本の相場の数倍の値段を吹っかけてくることもあった。


吹っかけてきた値段に対して、こちらが「もっと値引きして」と言うと、10%か20%くらい値引きした額を提示してくる。だが、これでもまだめちゃくちゃ高い。ここでこちらが渋れば「じゃあいくらが良いの」と聞いてくるので、こちらの希望価格を言う。
この希望価格を言うというのが難しい。なぜなら、希望価格を言えば、こちらの購入価格の最低金額を提示することになってしまい、それ以下の金額で買えなくなってしまうからだ。そして、あまりに低い額を提示すればそもそも購入も現実的ではなくなってしまうのだ。
たぶん、「相手が売りたい値段より多少低い金額」を言うことが絶妙なラインなんだと思うが、それを探るのが一番難しい。

ただまあ、どんな希望価格を伝えたとしても、店主は露骨にため息をついて「ええ・・・そんな安い値段で売れるわけないだろ・・・」という演技をしてくる。でも、ここで「じゃあ〇〇ディナールで良いです(1ディナール=36円くらい)」などと譲歩してはいけない!店主は「これはいい商品だから」「すでに十分良い値段だから」「おまけもつけるよ」などと言ってとにかく言い値で売ろうとしてくる。


ともかく、値下げを渋られてしまった状況でも、とりあえず更にねばろう。そうするとじわじわと値段が安くなる。そのあとに採るアプローチとしては、
1:諦めて出ていく素振りをする。
2:高そうなものをオマケとしてつけてもらえるよう交渉する。
がある。アプローチ1は、ほんとに出ていく羽目になる場合があるのだけ注意。せっかくの交渉が元の木阿弥になってしまうので。本当に欲しいものがある場合、2はけっこう使える。僕は、革のリュックを買うときにかなり値切った後に革サンダルと革財布と革コインケースを付けてもらった。

更なるテクニックとしては
3:これだけしかお金を持ってない、と主張する。
4:「自分は学生なのでお金がない。student discountをしてくれ。」とねだる。
というのもある。4はウソなので倫理的にはやってはいけないけど、相手もハッタリをかましてきているのでお互い様とも言える。3については、正直言って効果絶大である。町の眼鏡屋さんで200ディナール越えのサングラスを買おうとしたときのこと。160まで値切ったところで「まあここが落としどころかな…」ということでお会計をしようとしたが、まさかのクレジットカード使用不可ということが判明。手持ちが100ディナールくらいしかなかったのでまごまごしていると、100ディナールぐらいで売ってくれることになった。本当は80ディナールくらいだったのかもしれないが、この方法はイケるぞと思った瞬間だった。




その他、S水君が見せてくれた高等テクニックもある。フランス語(チュニジアの公用語)で「フランス語を一生懸命勉強したからおまけして!」とお願いするという方法もあるようだ。逆に外人が日本語をしゃべってくれるのを想像すれば、これはめちゃくちゃ有効だろう。でも、語学力のない僕はただゴネまくることしかできなかった。ただはねるしかできないコイキングのようであった。

S水君はこのように頭脳プレーを見せることもあるが、基本的には剛腕である。
たとえば、首都チュニスにあるメディナで、革サンダルを一緒に買おうとしたときのことである。アメリカでの生活が長い彼は「アメリカではbuy one, get one freeというのがある!」「自分と吉川さんの二人分のサンダルを買うから1人分の値段にしてくれ」と、世界の警察ことアメリカの論理で強引にねじ伏せようとしていた。しかし、「ここはアメリカじゃなくてチュニジアだ」と一瞬で論破されていた。「アメリカのルール=世界のルール」というジャイアン的発想が、ここでは通用しないというのは冷静に考えれば当然である。とくにチュニジアのようなイスラム圏においては顕著かもしれない・・・。
(ただ、このときは僕とS水君のチームプレーもむちゃくちゃで、僕が途中で妥協してしまったために中途半端な値段で買う羽目になってしまった気がする。2対1だから、もっと強気に行けたはずだな。これに関してはS水君に申し訳なかった。)

また、別の日にS水君と、Sidi bou Saidの美しい白い壁と青い窓をかたどったマグネットを買おうとしていたときのことである。その日は8時だか9時だか遅い時間帯で店主が疲れていたのか、ガンとして値引きに応じてくれない。もしくは、もともと高いものではなかったので、店主としても値切り攻防を面倒だと思っていたのかもしれない。マグネットは10ディナールと15ディナールのものがあり、2個買えば20ディナールにはしてあげるけど、それ以上の値引きは無理という話だった。S水君が強気の価格交渉を続けていたものの、埒が明かない。しびれを切らしたS水君がヤケクソに「こんなもん5ディナールだろ!!!!!」と吠えたのが実に面白かった。結局その日は何も買わずに店を後にした。
ちなみにその翌日?に同じ店に行き、S水君は前出のフランス語を用いたスマートな値切りテクにより少しお安くゲットしていた。前日の値切り交渉がウソのようであった。そして、僕の分のマグネットも買ってくれた。これはチュニジアの楽しい思い出の品ということで、僕の家の冷蔵庫に大事に貼られていている。

いま、北大の研究集会に来ています。今回はチュニジア出張とは違い、ありがたいことに発表の機会をいただいている。ということは、正真正銘の出張だ!
初日の発表であり、狭義では日本人トップバッター(広義だと日本人2番手)というプレッシャーの中、拙いながらもなんとか講演をしてきた。ひええ初日でいきなりか…と思っていたが、いざ終わってみると一気に気が楽になったので、こうしてブログを書くなどしてみている。




講演では何を話したかと言うと、相も変わらず楕円曲線の保型性についてだ。

ちょっとさかのぼるが、僕の博論の結果は、
「3,5,7で不分岐な総実代数体Fが更に有理数体のアーベル拡大であるとする。このとき、F上で定義された楕円曲線はHilbert保型形式に付随する」
というものだった。(これ自体は、強力な定理をうまく組み合わせると出る…うーん)

ただ、今回の話では、アーベルを外す取り組みについて話すのがメインだ。
アーベルの仮定抜きで問題となるのは、3,5,7等分点が同時に可約となるような楕円曲線に対して、保型性を示すことだ。定義体Fが有理数体上アーベルな拡大の場合は「剰余可約なGalois表現に対するSkinner-Wilesの定理」を使うことでこの困難は切り抜けられる。しかし、アーベル抜きではSkinner-Wilesが使えない!

そこでどうするか。そもそも3,5,7等分点が同時に可約という状況はそう簡単には起きないはずである。うまく定義体Fを選ぶことでこのような状況が起こらないようにしよう…という消極的な方針を採ることにした。
(消極的とは言っても「〇〇という性質を持つ楕円曲線の非存在」を示すという問題になるので、これ自体は一般に困難ではある。)

ともかく、楕円曲線の法p表現(p=3,5,or 7)の既約性が言えてしまえば良いわけだ。これにはどうすればいいのかな?と考えている時に、Serre先生のProprietes des Galoisienne...という論文(いわゆるSerre's open image theoremの論文)の後ろの方にある計算が参考になった。Frobeniusのトレースのmod pをいろいろ計算するというものだ。

そういうわけで、
 法p表現(3,5,and 7)が可約とする
 ⇒Frobeniusのトレースのmod 105=3*5*7に強い制約がつく
 ⇒Frobeniusを上手く選べば、その制約はHasse boundと両立しないので矛盾
という方針が立った。
(主結果としては、Frobeniusがうまく選べるための条件をFに課すことになる。)


…ということを話したのだが、やはりなんだかパズルっぽくなってしまって、どうも数学をやっている感じがしないという後味は残ってしまった。。。
でも僕としては、これはこれで、現在の保型性持ち上げ定理が適用できる限界をハッキリさせることが出来た(?)んじゃないか、と自己正当化をしている。これは言い過ぎか・・・。
ともかく、拙い英語と拙い数学ではあったが、最後まで温かく聴いてくださった参加者の方々には心から感謝している。S水君からも「good talk」と言ってもらえて、これはお世辞でも嬉しく、救われる気持ちになる。また、オーガナイザーの先生方の面目を潰していないか心配だが、お声を掛けていただけて本当にうれしく思っている。
ところどころボヤ騒ぎ程度はあった気もするが、大炎上することなく終わってくれて本当に良かった。後の北海道滞在では、色んな人と交流して、痛風再発に気をつけながら美味しいものを食べるという任務が残っている。












そういえば、Sonyのミラーレス一眼用レンズTamron 28-75mm F/2.8 Di III RXD。品薄でお取り寄せ状態だったが、いよいよ届くようだ!!!

https://www.tamron.jp/product/lenses/a036.html

色々なレビューを見るに、このレンズはすごいぞ。講演を頑張ったご褒美だ!!!北海道から帰ったら試してみよう!!

今まで僕はSonyのレンズは単焦点ぐらいしか持っていなかった。
55mm F/1.8, 90mm F/2.8 macro, 35mm F/2.8, Samyang 14mm F/2.8の4本だ。
今回のタムロンのレンズが初のSony用ズームレンズとなる。
ズームレンズに関しては、Nikon D5100に付けているSigma 28-70mm, F/2.8にお世話になっていて、実際、先日のチュニジア出張の際にも活躍してくれた。こういう標準ズームレンズがSonyのFEマウントに欲しいなあと思っていたのだった。そこでTamronのレンズの存在を知り、2か月待ちを覚悟で注文したのだが、案外納期が早まってくれてわずか半月で届く運びとなった。Joshin webさんありがとう!

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