中国人が語る源氏物語 中国の反応

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源氏物語から日中交流を見る
源氏物語から日中交流を見る

日本新華僑報 2010年10月14日 編集責任者:黄海 翻訳元 翻訳元

 11世紀の日本で描かれた有名な「源氏物語」は、中国文化と日本文化が長きに渡って深く関わってきた事示してくれている。中国と日本は隣国同士であり、長きに渡って摩擦と衝突を繰り返してきたが、文化の面ではお互いに大きな影響を与え合い、その影響の深さと幅広さは世界においても稀である。日中両国のお互いの文化交流の歴史は重要な意味を持ち、現在の日中関係の発展において、お互いの文化を尊敬し合う基礎となったと言える。

 最近になって、再び「源氏物語」が話題となっている。この作品は11世紀に日本で書かれた有名な長編小説であり、紫式部によって日本独特の清らかかつ優雅な情景、そして季節が移ろい時が過ぎゆく悲しみが描かれており、読む人に涙を流させると言えるだろう。そして同時に、この小説は日本文化と中国文化が長きに渡って深く関わってきた事を示しているのだ。

 紫式部は白居易(唐の詩人)の詩を好んでいた。源氏物語は日本の古文で構成されており、自らの身分を嘆き悲しみ、それを恨んではいけないという事を示してくれる。小説内で描かれた「共に逢う時間は短いものだが、何度でも生まれ変わり巡り逢えるのだから悲しまないでおくれ」といった言葉からは、中国の琵琶行や長恨歌の影響を感じることが出来る。その他にも礼記や戦国策、史記や漢文などの中国古典の影響を深く受けている。

 日本は中国の文学や文化を次々と取り入れ、自らの文化と融合させていった。これは決して「源氏物語」に限った話ではなく、漢字や儒学、律令制度など、ほぼ全ての物が中国と関係している。3世紀末、中国の儒教家達が記した「論語」が日本へと伝わった。この後、日本は独自の五経(詩・書・礼・楽・易・春秋)を作り上げていった。日本における大化の改新では、中国の律令制度が見本とされた。また、日本は何度も中国に遣隋使を派遣し、それと共に多くの僧侶を含む学生達を送り込んだ。阿倍仲麻呂と共に留学した人間として有名な人物である吉備真備(きびのまきび)は、長期にわたって中国に滞在し、帰国した後に大学(式部省直轄の官僚育成機関)助に任官され、中国の律令制度や法令、中国文化を日本に広めたのである。奈良時代になると、日本は中国に倣(なら)い教育制度を創設し、国家の中心に大学を設け、地方の国々には国学を設け博士や教授、助教授といった学者達が中国の律令制、経済学、言葉、文学や書道などを教え、日本文化の繁栄を促した。

 こうした長きに渡る文化交流によって、日中両国の知識人達は深い友情を持つに至った。中国の知識人は危険と苦難に満ちた航海を省みず、学問を学ぶ為に海を渡ってくる日本の知識人に対し深い同情と尊敬の念を持ったのだ。唐の詩人である銭起は「送僧帰日本」において、その日本の僧への想いをこのように記した。「上国隋緑住、来途若夢行、浮天滄海遠、去世法舟軽、水月通禅寂、魚龍聴梵声。唯怜一灯影、万里眼中明。(仏教を学ぶ為に唐の都で暮らし、こうして此処まで渡ってきた道程は、まるで夢の中での旅路のようだっただろう。日本から遠く離れた仏に守られし空の下、まるで天を彷徨うかのように海を渡り、唐から離れ日本へ帰る僧侶達の乗った船はとても軽やかだった。海に映る月の姿は悟りの境地に通じるものがあり、海を泳ぐ魚の声はまるでお経のようである。ただ仏の道を学びたい一心で遥か遠くの国より渡ってきた日本の僧の瞳は、輝きに満ちていた)

 明治維新の後、中国は大きな転換期に直面し、文化交流の形は中国から日本へ伝わるのではなく、日本から中国へ伝わる形に変化した。一部ではこの交流の影響で、戊戌変法が起こる重要な要因ともなった。日本留学から戻った多くの若き青年達は、後に中国の政治・軍事・文学など各方面の革新的な指導者を形成する基礎となり、その中には秋瑾(しゅうきん、女性革命家)や魯迅(言わずともわかるよね)、周恩来、蒋百里(保定軍官学校の初代校長、卒業生約6千人中、1600人以上が後に将軍となり、教官の多くは日本陸軍士官学校に留学した人物が多かった)など極めて優秀な人物が多かった。周恩来の名作として名高い「自ら日本へと向かう。そして進んだ学問や科学によって、この世の貧困を救いたい。10年間ひらすら学問を学び、壁を打ち破ろうと努力した。危険を覚悟しながら海を渡るというのも英雄のはずだ。」という詩にも、自らの歩んだ人生にもその影響が見て取れる。

 隣り合う日中両国には、歴史上で幾度となく摩擦と衝突が繰り返され、悲しい事に両国の歴史上には、日本の侵略という暗い1ページも刻まれてしまっている。しかし、日中間を長期的な視点で見れば、両国は深く関わりを持ちながらお互いに文化的影響を与え合い、その関係は世界でも例を見ないほどの関係なのだ。

 残念な事に、日本の政治家達は歴史を無視し、中国を辱めている。因果応報という言葉があるように、悪い事をすれば、自分にも悪い事が降りかかる。日本の人々がこうした事を認識してくれると信じるのだ。最後にもう一度申し上げるが、日中両国のお互いの文化交流の歴史は重要な意味を持ち、現在の日中関係の発展において、お互いに文化を尊敬し合う基礎となったのです。(上海交通大学日本研究 主任、王少普)


ちょっとした反応

>日中両国のお互いの文化交流の歴史は重要な意味を持ち、現在の日中関係の発展において、お互いに文化を尊敬し合う基礎となったのです

まさにその通りだと想う!日本の文化の中には、中国から伝わって受け継がれた物が沢山ある!中国と日本の文化の深い関係は世界でも珍しいよね!

・こうした考え方は必要ですよね。だって今は凄く日中関係が難しい時期ですし。

・うん!両国政府が仲良くなるのは人民の願いだよね!何時になったら平穏に暮らせるんだろう!私は政治の争いとか好きじゃない!

・政治の邪魔がないところで、日本人と交流したい。そうすればもっとお互いに楽しくなるよ!中央政府が政治で日中両国民の間に入ってくるのは不快極まりない!

ちょっとした解説

 この記事が発表されたのは尖閣諸島における尖閣諸島中国漁船衝突事件の1ヶ月後位の時期だったので、高まる両国民の対立感情を和らげようという意向もあったと思われます。今回それに源氏物語が利用されたといった形ではありますが、執筆者の方に悪意はないはずです。こうした文化研究の道に進んだのは、日本文化に対する興味からでしょうし、記事として書く場合に日本を持ち上げつつ、過去の事もチクリとさせとの指示があったのだと思います。ちなみに、訂正として上の
吉備真備の記述ですが、彼は遣隋使として派遣されたのではなく、実際は遣唐使として派遣されました。また、ちょっとした反応は個人ブログから引用したものであり、ネット新聞のコメント欄とは違い、ある程度本音が出ているなぁと思ったので、ちょっと紹介しました。



美しき古典文学 源氏物語を読んだ感想
美しき古典文学 源氏物語を読んだ感想

翻訳元

 こういった日本の長編小説を読むのは初めてだった。今までは、川端康成の「古都」や「舞姫」とか、大江健三郎などが書いた比較的短い小説ばかりを読んでたけれど、「源氏物語」と上で紹介した作品は、そもそも時代が大きく異なっている。そして私はは日本語が全く読めないし、日本文化もあまり知らない。だから小説を読んでも理解出来ない所もあるけれど、とりあえず全部読み終わったから感想を書いていくね。

 まずこの小説は自分にとって、一種の文化を伝える作品だった。小説は平安時代の物語であり、中国で言うならば唐の時代と同じ時期の話。この時代における風習や文化は殆ど知らないから、自分の頭の中で古代日本の暮らしを脳内補完しながら読むのだけれど、何故か見た事があるような情景が頭の中に浮かんでくる。人の暮らしについては、風習以上に知らない。そうであっても、「源氏物語」では作者の紫式部が丁寧に当時の日本の暮らしについて書き記してくれている為、とてもありがたい。特に貴族の生活は細部まで描かれており、文章と共に添えられている絵を眺めていくのも、読み進めていく上で楽しみの一つとだった。

 小説構成としては、大体が光源氏の一生を40帖に渡って描いたもので、残りの10帖ほどが薫の君の物語。この小説にとって、物語は一つの構成要素に過ぎず、主体となるのは当時の社会や生活、そして思想を表現したものであり、こうした物語の進め方は自分にとって驚くべきものだった。光源氏は様々な女性と関係を持ち、当時の女性のあり方などは自分にとっては驚きでもあり、そして信じがたいものだった。

 読んだ中でとても印象に残ったものは、当時の社会における女性のあり方(美徳)。当時の貴族階級の女性はどういったものだったのか?本を通して読み取れる事としては、女性は決して素顔を晒してはいけないという事!また、貴族の女性は小さいころから教育を受けている。そして家に居る時、外に出かける時であっても、必ず簾や布で姿が見えないようにしていた。貴族に仕える侍女の重要な役目の一つは、仕える女性の姿が決して他人に見られないように気を配る事で、もし侍女や貴族の女性が注意を怠り姿を見られてしまったのであれば、「なんて不埒な」と周りから思われてしまう。女性にとって必要なあり方としては他にも数多くあり、本の中で描かれている事を挙げるならば、「女性はおしとやかである事がもっとも重要」だった。おしとやかであれば、男性から見て女性はとても魅力的に映り、当時の社会では「おしとやか」である事が男性から求められ、それこそが女性にとって正しい生き方だった。また、これ以外にも和歌の才能が重要だった。なぜなら、基本的に彼女達は親族以外の男とは直接会って話さないからだ。もし親族以外の男性と会うのであれば、夜中にこっそり出迎えるか、もしくは簾越しで会わなければならなかった。では、さらに会いづらい男性と関係を持つには、どうすればよいのだろうか?答えは、侍女に和歌を通して取り次いで貰う事だ。それ故に、侍女であったとしても出身身分は高貴であり、教養もある人物でなければならなかった。本の中に登場する女性達は数十人にも及ぶが、それぞれの性格は異なっており、全ての女性が活き活きと描かれている。

 読んでいる途中、当時の女性に求められるあり方であったり、女性の権利を考えると、怒りを覚えたりもした。だけど、冷静になって考えてみれば、これは歴史的背景があると見なさなければならないと思う。当時の日本の貴族社会では、これは教養の一つであって、当たり前の子とだったのだから。とは言え、私が平安時代のような生活をしなければならないと言うのであれば、絶対に嫌!

 物語の中では、当時の結婚と夫婦関係についても描かれていた。平安時代では、結婚をした後に男性は女性の家に通わなければならず、一緒に暮らす事が出来なかった。ただし、天皇陛下は例外だった。通い婚というのは私が知る限り、古代中国とは全く異なった結婚様式だと思う。そして当時の婚姻制から、男権社会を見て取る事が出来る。


 また、当時の男性、とりわけ主人公の光源氏が何人かの女性に対してとった態度に、私は烈火の如く怒り狂いそうになった。もし、「これは当時の歴史なのだから、冷静に見なければ」と考えなかったら、最後まで読めなかったと思う。国守の次官を勤める夫がいる空蝉に対して、光源氏は執拗に関係を迫った。幸い、空蝉は光源氏を二度目以降は拒絶したけれど、読んでいてザマーミロ!と思った。本当に最低な男なのだけれど、光源氏はこの上ない程身分が高く、そして美しく、不屈の精神を持っていた為、女性を思いのままに手に入れる事ができた・・・。

中略

 作者の紫式部はなんと女性。本当に何でこんな怒りが沸く物語なのと思うけれど、彼女にとっては光源氏の容姿や才能が、彼の欠点を打ち消してしまうようだった。物語の中でも、登場する女性の多くは、彼に対してある種怒りのような気持ちを抱くものの、それでも彼に逢うと全てを許してしまう。もうため息をつくしかない。

 こうした感じで、読む人は怒りを覚えるかもしれない。それでも、「源氏物語」は依然として世界的な名作であり、全てを通して読んだ感想としては、その名に恥じない小説だった。紫式部は、当時の社会や人々の暮らしをこうして現在の私達に伝えているのだし、物語に登場する和歌からは中国の影響(白居易の詩)を感じ取れたりもする。そして日本文化に詳しくなくとも、読んでいて楽しい。全ての表現が活き活きと描かれ、読む内に平安時代の日本に、まるで自分がいるかのように感じさせてくれる。

 色々と文句も書いたりしたけれど、それでもこの物語は人々を惹きつけてしまう小説だと思う。もう一度読む機会があれば、もっと気持ちを落ち着かせて冷静に読み進めて、この素晴らしい小説を楽しめるはず。物語以外は本当に素晴らしい。



この感想に対するちょっとしたコメント


・中国語に翻訳された文章も本当に素晴らしいのだけれど、それでも、それでもやっぱり原文の美しさや表現力、描写は損なわれてしまっていると思う。だから自分は原文をそのまま読めるようになりたいんだけど、悔しい事にどうしても古文の敬語的な表現がよく分からない。本当に悔しい。和歌は中国人でも比較的分かりやすい5・7形式ではあるし、翻訳文も素晴らしいのだけれど、文字一つ一つの表現とかがちょっと違う気がする。それが残念と言わざるを得ない。

・上でも書いたけど、自分が日本語を理解出来ないのが残念。中国の漢文とか詩は読めるんだけど、それでも和歌の一つ一つの意味を理解するには、言語の壁があるし残念。

・いやー古文ははっきり言って現代の日本語を理解していても難しいよ。だから先に日本語の現代語訳版を読んだ方が良いと思う。

ちょっとした解説

 女性からすれば、光源氏のプレイボーイぶりは怒りを覚えるかもしれません。というのも、小説である為に、どうしても読み手は感情移入をして読んでしまうからだと思います。この感想をお書きになった女性も、描写や表現力は素晴らしいと絶賛しておりますが、自分が光源氏と関係を持った女性だったらと考えてしまったり、寂しい思いをさせられた女性の気持ちを考えてしまうと、どうしても光源氏が許せないと感じてしまったようです。しかし、だからと言って源氏物語は駄目な小説などではなく、その表現力などは素晴らしく、後世に当時の社会や人々を活き活きとた描写で伝えた事は偉大であり、世界的な名作と言われるのも分かるといった感じでした。

 古文であるにも関わらず、こうも人を惹きつけ、そして感情移入をさせてしまうのは、流石紫式部といった所なのかなぁと感じました。





源氏物語で至高の名前は誰だと思う?
翻訳元

・俺は浮舟(うきふね)と花散里(はなちるさと)だな。

・夕顔に決に決まってる

・紫の上だろ。

・紅梅と柏木

・総じて言うならば、物語に登場する全ての女性の名に趣があり、それぞれに素晴らしい意味が込められている。藤壺と桐壺、六条御息所は住まう場所を意味しており、実際の名前ではない。葵の上や夕顔、朝顔は全て花を意味しており、とても風流なものだ。特に夕顔、夕顔という女性は優しく、しかしとても弱弱しい。実際に咲く花も小さく、どこか寂しげなものがある。そしてその名の意味の如く、夕方になると、独特の白く美しい花を咲かせるんだ。空蝉という名は、とても気品に満ちた美しい名だ。蝉自体は美しくないかもしれない、しかし、蝉の抜け殻は透き通り、何とも言えない美しさがある。実際に彼女の容貌はそこまで美しいわけではない。だが、慎ましくその立ち振る舞いは女性らしい可愛げがあったのだ。

 花散里の名も美しい。そこには、散りゆく一輪の花から香る、ほんのりとした花の香り、一種の静かなる風情があり、とても深い意味を持っている。明石中宮の明石は地名であるけれど、個人的にはこの名もとても味があるものだと思う。まるで澄み渡る小川の中で、一つだけ顔を覗かせている石の如く、気品を感じさせてくれる。まさにこの女性の強さと気高さを表した名だと言えるだろう。

 紫の上の場合は、最も直感的に感じる事が出来るだろう。鮮やかな浅紫、サクラの花が咲き誇るが如くの儚く美しい顔立ちだ。そして紫という言葉が、彼女の優しさと品格、気高い風格を表しているかのようだ。その煌びやかな意味の反面、彼女が歩んでいく悲しく、嘆かわしい運命を表してもいる。この紫の上という名前は、たった一文字で彼女の人生を描写してしまっているんだ。雲居の雁(くもいのかり)や朧月夜(おぼろづくよ)も良い名だ。玉鬘(たまかづら)、美しき玉の如く、なめらかで明るい黒髪の美女だ。色々な意見があると思うが、美しさ故に運命に翻弄されながらも、変わらぬその姿は普遍の少女の象徴であると思う。浮舟、荒れゆく大波の中で翻弄される小船のように、その運命は辛く、読む者に同情を芽生えさせてしまう名だ。

・えっと、文字だけで見るなら朧月夜が一番好き。この人の名を目にすると、それだけで美しい情景が目に浮かぶよね。夕顔の場合、その花は優しく可愛らしい、だけど花の寿命が短く儚い、まさに彼女の生活と人生を物語っているよね。だから、この夕顔という名前は芸術的なまでに素晴らしいと思うの。本当に直感的にその美しさと人柄を読む人に感じさせるなんて凄いよね!!

・朧月夜と夕顔が良いなぁ。

・夕霧だろ

・光源氏でしょーが!

・明石!明石!!ああ明石かわいいよおおおお!

・俺は夕顔が一番好きな名前だな。名前から情景が浮かんでくるだろ。夕日に照らされた表情、ちょっと想像すれば、こっちを振り返って可愛く微笑んでくる。いやーもう本当に可愛いすぎだろ。

(恐ろしい事に、どの名前が一番好きかという単体のスレッドにも関わらず、94件の書き込みがあるんです。)

本当に源氏物語を理解している奴ってどれ位いるんだろうか
翻訳元
翻訳元



・最初は少女マンガを読んで、そこから小説を読んだけれど、数多く登場する女性達の心情が理解出来ないし、光源氏は下品だしでよく分からないんだ。中学校で別の女の子に聞いたら、500人の女性が織り成す物語って言うんだ。俺にはなんじゃそりゃって感じだよ。

 実際、古代の人は何人もの妻を娶っていたわけだし、現代の俺達の価値観とは違うというのもわかっている。だけど何か違うんだ。俺が知ってる中国文学とも西洋文学とも全然違うんだよ。

 皆は源氏物語の何処が好きなわけ?

・和歌とストーリー、そして絵。

・和歌だね。

・俺は大学で源氏物語の研究論文を書いたけれど、この小説には色んな要素が詰まってるんだ。古代の和歌や書道、絵に関する技術も読み取る事が出来るし、絵や表現を通して当時の貴族の人々がどのような生活を送っていたのかがわかる。建物や庭の美的感覚、和歌の意味する深い意味を感じ取る事が出来、同時に様々な女性を愛し、そして仏教に傾倒する。美しく煌びやかな美少年が様々な女性と出会っていく。これを読んでいると、人生だとか歴史とかの流れを感じる事が出来るんだ。そして、千年たっても人々は変わらないと教えてくれる。何度でも人々は巡り逢うのさ。

・源氏物語はただ読むだけじゃ駄目だ。想像して、妄想して感じろ。ちょっとした描写からその背景にある情景を思い描け。それが出来るほど、表現が素晴らしいだろ。

・漫画版と小説版にはそれぞれ特色があるよ!漫画はちょっと改変してるところもあるけれど、それでも面白い。光源氏の最後も悪くない!漫画を読めば、次は小説を読みたくなってくる!沢山の人が原作を読みたくなる!

・哀愁、美、幸せ、そして神秘、全ての要素が含まれた超大作なんだよ。そして人を惹きつけてやまない。

・当時の日本の貴族たちが、眩しい程に活き活きと描かれてるんだよ。

・文化的にも計り知れない価値があるけれど、何より読んでいて面白いんだよ。

・つうか、日本人って1000年前からロリコンで変態だったんだな。とても興味深い。


源氏物語 誰が一番美人????

翻訳元

・若紫が一番だよねー。

・もし漫画で言うなら、紫の上だよね。もう感動的なまでに美しくて、気品もあり、もう彼女に勝る女性なんて居ないんじゃないかって思わせる。朧月夜も美しいし、ちょっと強気なところがあるけれど、普段はおっとりして美人な所もいいと思う。

・六条御息所でしょ。

・夕顔だよ

・夕顔だよ。大切な事なので二回書き込みました。

・夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔夕顔

・玉鬘

・明石姫が至高。異論は認めない。

・当然、紫姫(紫の上)!!!紫姫を見よ、比類なき美しさ!この世に並ぶ者なき可憐な花!!!

紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫

異論は認めない!比類なき美しさ!この世に並ぶ者なき可憐な花!!!!


・六条御息所の良さが分からない奴はガキ。

・浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟浮舟

・紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫紫姫

・夕顔を選ばない奴は性格歪んでるだろ。

・夕顔と結婚したい。


解説的な何か

 源氏物語を翻訳した豊子愷は、4年の歳月を捧げた。彼は日本の絵画、和歌にも精通しており、その翻訳は素晴らしいものがあった。だが、実際に出版されたのは1980年になってからだった。源氏物語は中国の作品でもなければ、現代の作品というわけでもない。にも関わらず、これを読む中国の人々は物語に引き込まれ、これが千年以上昔の話だと忘れてしまうと語っている。また、和歌から垣間見える唐の文化の痕跡は読み手に誇りすら感じさせるそうだ。それは優越感などではなく、世界的な名作、そして世界最初と言われる長編小説、しかも女性が描いた作品の中に、自分達の文化が融合させられている事を、純粋に誇らしく思うとの事だった。そして何より、人種や民族といった垣根を越えて、何千年経とうが変わらない人を想う心に感動を覚えると言う。また、1000年前の作品に今もこうして感情移入して読める事に驚くという意見もいくつかあった。

 調べていく上で源氏物語のフォーラムがかなり多く、登場人物ごとのスレッドや考察といったもの、中国の長編小説「紅楼夢」と比較したものも多数に及び、想像以上に読まれているという事がわかった。当然、総人口に比べれば微々たるものではあるが、漫画やアニメを入り口にし、そこから翻訳された小説を読む人も多かった。







 源氏物語がどうなのか、というよりも内容を語る意見が多かったように思う。それと、熱狂的なファンがいて、好きな登場人物などで主張しあっているのも多かった。特に紫の上のスレッドだと400件近い書き込みがあって、しかもそれが複数あるという意味不明ぶり。日本以上に盛り上がっているんじゃないかと錯覚したぐらい。アジアの人間として誇らしいとか言う人まで出てて、面白かった。もっと詳しくやりたかったけれど、源氏物語を全部読んだわけじゃないので、辞めました^^;

 僕の至高は
六条御息所!当時ブスなら・・・現代なら美人なはず!フヒ まぁ、帰蝶の方が好きだけどね///

 
末摘花と六条御息所がゴチャ混ぜになってた。ごめんなさい><知ったか露呈。牛車が~っていう方が六条御息所の方なのか・・・。お恥ずかしい><


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