――対して、スピンオフは比較的、面白い理由(笑)。


・[ハヤテのごとく!]ギャルゲコミカライズ手法とバランス感覚の欠如[明日はきっと。]より
http://d.hatena.ne.jp/kiyolive/20090522

>このように、キャラクターのイベントを随所に挟んでいくことで、“おいしいイベント”を取り入れながら主軸となる物語を進めていく――――ギャルゲのコミカライズと同じことが、「ハヤテのごとく!」でも行われているのは明らかです。


・「ハヤテのごとく!」ヒナギくぎゅうううううううううう[ぷらずまだっしゅ!]より
http://ataraxia.blog20.fc2.com/blog-entry-655.html

>ハヤテはギャルゲコミカライズとは違い「原作」であるために、各キャラのルートに何らかの形で落としどころを見つけて「エンディング」とする必要はあると思ってます。「おいしいイベントだけ回収」では終われないのが難しいところです。



 コミカライズと言いながら、例がアニメなのはご愛嬌と言うことで(笑)。


・『SHUFFLE!』と『Canvas2 〜茜色のパレット〜』

 さて、ギャルゲのコミカライズが大体外す理由はカームさんが言う様に、複数のヒロインのエピソードを一つの物語として統合することが難しい訳ですが、上記した『SHUFFLE!』と『Canvas2 〜茜色のパレット〜』は、共に比較的よく出来たアニメライズでありながら、根本の部分で差異が存在します。
 そう、主人公に目的があるかどうか?です。
 各ヒロインの心の隙間を補完して攻略するのは同じでも、主人公にフィードバックがあり、結果として主人公が変化するタイプ(目的あり)の物語はソコソコまとまります。
 イベント摘まみ食いヒロイン達が多数でも。
 要するに、複数ヒロインを放りっぱでも、主人公の物語が収束すれば、大枠としてエンドマークをうつことが出来る訳。
 それが『普通の物語(ベーシック)』とするならば、主人公に主だった目的がない場合、あっちにフラフラ、こっちにフラフラのただの軟派野郎と言うか、各ヒロインのエピソードが連続するだけの物語になり、主題が不明確な物語が出来ると言う罠(笑)。
 正直、『SHUFFLE!』は、かなり頑張っていて、いや、ホント、頑張っていたんだけどね、それでも物語の基本構造の部分で(物語化と言う意味で)ある意味劣っているのである。『Canvas2 〜茜色のパレット〜』が特に優れている訳でもないのに(苦笑)。(※『Canvas2 〜茜色のパレット〜』の主人公は、訳あって情熱を失い、筆をおいた才能のある元画家である。その情熱を取り戻すまでの物語とも言える。対して、『SHUFFLE!』は、神にも悪魔にもなれるフラグメーカー・恋愛原子核。誰のルートにも入らない場合にすら救済エンドがあるらしい(芙蓉楓ルート)。……らしいと言うのは、実はゲームやってません。ユルセ。それでも『SHUFFLE!』は、主人公が非日常を受け容れなくてはならない分だけ、『物語化』しやすいのだけど)
 これをイメージすると、各ヒロインの物語のラインが並列しているアミダを想像してもらえばいい。
 ――で、最大の差異が、そのアミダのラインに主人公自身のラインがあるかどうか?であると思う。


・『ハヤテのごとく!』の主題は何か?

 もっとも、この主人公ラインは、裏ラインとでも言うべきもので、エピソード自体はヒロイン達のエピソードに依存しつつ、達成すると黒く塗られるフラグラインを兼ねているかもしれない。
 『ハヤテのごとく!』は、ロイヤル・ガーデン編までは、『SHUFFLE!』型で、ハヤテのラインがなく、各ヒロインのラインをハヤテの駒が走るタイプの物語に見えました。
 しかし、ロイヤル・ガーデン編以降、かすかながらもハヤテのライン(現状は破線程度ですが)が見える気がします。
 そしてそれが、ある種の軋轢を生み出す原因にもなっています。


・物語の強制力

>主題がある程度明確になってくる―――主人公の目的が明確化されている方が、その後の展開が多様であっても、そこがぶれなければその多様さを受けいれやすいからです。[ハヤテのごとく!]ギャルゲコミカライズ手法とバランス感覚の欠如[明日はきっと。]より引用。


 実はネガポジなんですが、僕は、反対の考えだったりします(苦笑)。(好みの問題でもある)

 つまり、『主題がはっきりしないから』何をやっていても許されるかなと(笑)。
 だから、初期のハヤテで、tanabeebanatさんが終了条件が時間(日時)だと看破(正しいかどうかは不明ですが、僕は同意しています)した理由の一端が主題の不明確さだと思ってます。
 例を上げると『あずまんが大王』。
 テーマがあると、強制力が働くと思うんです。
 『ネギま!』ならば父親探し。そして、その強制力を緩和する為に、複数の仕掛けをうってあります。
 一番大きいのは、『ナギの居場所が不明』であること。
 仮に、ナギの居場所が判明している場合、ネギはそこに向かわなければならなくなってしまう。
 そんな時に、女の子達とイチャイチャラヴラヴ(もしくは、クラスメイト達のエピソードを連発)していたら問題でしょう。(他にも、教師である為、時間の自由がないし)
 機械の身体をただでくれる星は、かなり後半まで(鉄郎には)不明だったんだよな?つか、路線図はどうした(苦笑)!
 そして現在、ハヤテの場合は、ロイヤル・ガーデンの場所(鍵も(ガーデン・ゲート、王玉他)が『読者』には大体分かってしまっている上に、ソレが核心に近いだろうと予測されてしまってます(紫子関連)。
 そして、この状態でも、ハヤテは受け身であり、物語を動かそうとしないんです!
 ストレスが溜まって仕方ないッスよ(苦笑)。

 僕は、ロイヤル・ガーデンの情報の出過ぎが、現在の軋轢の遠因であると考えてますが、どうでしょうか?



○関連

・『ハヤテのごとく!』がギャルゲー的な10の理由
http://blog.livedoor.jp/pandab3/archives/51006838.html
・イメージとしての『ハヤテのごとく!』の構造論 (※初出は200703)
http://blog.livedoor.jp/pandab3/archives/50563447.html