2016年05月05日

「ゆとりですがなにか」はリアルでシリアスで可笑しい。

ずいぶん昔に見たドラマなのに、
なぜか今でもときどき思い出すシーンがあって、
そのひとつが、「ロケット・ボーイ」のこんなシーン。
第1話だったと思うけど、
平日昼間の神宮球場のスタンド、客もまばら。
と、ビール売りの機械が壊れてビールが噴出、客にかかってしまう。
その客が、偶然居合わせた、
織田裕二、市川染五郎、ユースケサンタマリアの3人。
で、お詫びにビール券をもらうんだけど、
初対面の3人、これでちょっと飲んでこうか、と。
で、別れ際。
織田裕二が、ポロッと
「付き合ってた彼女が出てっちゃったんですよ。」
「どんくらい付き合ったの?」
「・・・8年」
じゃあ、と手を上げて帰ろうとする織田。その背中を見ていた染五郎が、
「なあ!」と呼び止める。振り向く織田に、
「もう少し、飲もうか。」

っていう、なんでもないシーンなんだけど、
これがすごく印象に残ってる。
この「ロケット・ボーイ」(2001年)、
たしか「池袋ウエストゲートパーク」でクドカンが
華々しく連ドラデビューした直後のドラマで、
その後の宮藤の作風からすると、大人しいというか、真面目。
本人も「オレ、なんでこんな青春モノやってんだろう」と
恥ずかしかった、となにかのインタビューで語ってました。
その後、ご存知のように、コメディというかスラップスティックというか、
独自の作風を確立していくわけですが、
今クールの「ゆとりですがなにか」、
別にビール券繋がりじゃないですが、
この「ロケット・ボーイ」を思い出しました。

このドラマ、観ていて感じるのは、
こんなドラマ観たことない、っていうこと。
これは
観たことない=すごい、新しい、ってことではなくて、
ドラマって、ある意味、ある程度決まった型があって、
あえてそれを楽しむものじゃないですか。
たとえば、ラーメンもいろいろ個性的なのがあるけど、
基本は、麺があって、スープがあって、
その上で、スープの出汁がなんだ、チャーシューがどうしたと
差異を見つけては楽しむものなわけで、
いくらジロリアンが
「これはラーメンではない。二郎という食べ物だ」
と言ったとしても、
丼があって、麺があって、スープがあって、具が乗っている以上、
客観的にみれば、それはラーメンなわけですよね。

ドラマというのも、
そんなふうに消費されているフシがあって、
たとえばラブストーリーなら、
まず出会いがあって、最初は反発しあったりして、
少しずつ信頼したりして、愛が芽生えたりして、ハッピーエンドになる。
誰もそれをマンネリとか言わないわけです。
そこはツッこまない。
その出会いの仕方や、すれ違い方のバリエーションをあえて楽しむのが、
ジロリアン、いやドラマ視聴者の正しい楽しみ方なわけです。
(だから、出会いの仕方がマンネリだとか、すれ違いがありがちとは、
すぐに言われるわけで)
で最後は、ある意味、予定調和的なハッピーエンドで、
カタルシスを得る、と。

ところが、この「ゆとり〜」は、
はなからそういう予定調和な展開を無視している。
ほとんどどのシーンをとっても、
かつて(ドラマでは)見たことのない
既視感のないシーンばかり。
というか、あえて、予定調和な世界を壊そうとさえしている。
たとえば、山路(松坂桃季)が担当するクラスで
イジメが発覚・・するかに見えて、
実は意外な展開(あえてネタバレ言いませんが)。
まるで、世の中そんな単純じゃないもんね、とでも言いたげ。
その後の飲み会に乗り込んだ道上(柳楽優弥)が
一人一人の胸中を暴露して、予定調和をぶち壊すのも象徴的。
考えてみれば、宮藤官九郎のこれまでのドラマもたいていは、
刑事物のパロディ(うぬぼれ刑事)だったり、
青春物のパロディ(ごめんね青春!)だったり、
予定調和をパロディ化することで茶化してきたわけで。
でも、今回はぶち壊すだけじゃなく、
そこから始まるというか、そこをスタートラインにしながら、
さらにキリキリと締め上げるように、ドラマを掘り下げてるところが、
すごく見応えあります。

考えてみれば、
世代のギャップを描いたドラマってなかったわけじゃないけど、
たいていは、団塊世代の立場に立って「最近の若いモン」の
至らなさを描くという、わかりやすすぎる構図がほとんどでしたが、
ここでは、主人公たちは自らゆとり世代でありながら、
その「第一世代」であるが故に、上の世代とも馴染めないことに悩み、
下の世代に対しても疑問を持たざるを得ない、というかなり微妙な立ち位置が
用意されているわけで、これまで、こんな微妙な掘り下げは、
社会学者とかの仕事で、テレビドラマがやることじゃなかったわけです。
そこのあえて踏み込んでいった、
ってことだけでも、ずいぶんチャレンジングなドラマだと思います。

結局、予定調和に疑問をもつのが宮藤官九郎の基本姿勢だとすれば、
それをぶち壊すためにパロディ化する。
ドタバタと茶化した笑いに転化するのが、今までの典型的なパターンだったと思うんだけど、
予定調和をぶち壊すということは、結局はリアルを追求する方向に
行かざるを得ないわけで、そこに今回、腹をくくった感じがします。

で、思うんですけど、
こういうドラマ、ってつまり、
今、世の中の大きな比率を占めている「若者」のリアルを追求したドラマが、
やっぱり100%シリアスな方向にはいかない。
「ゆとり〜」は宮藤脚本のいくつかのドラマと比べると、
ずいぶんシリアスの演出にはなっているけど、
それでもやっぱりところどころに「笑いどころ」が用意されていて、
面白可笑しく、見ることができるわけです。
それはやっぱり、完全にシリアスにしちゃうと、
逆にリアルではないからなんだろうなと。
つまり、たとえば山田太一作品のようなシリアスなドラマをテレビで観るとすると、
なんだかそのシリアスさが、リアルな現実とはそぐわない気がしちゃうんじゃないでしょうか、きっと。
だから、この「ゆとり〜」のように、
ところどころ「笑いどころ」「ツッこみドコロ」があることが、
あえてリアルに切り込む武器なんだ、
というのが、このドラマのアプローチで、
前クールの「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」と
ちがうところなんだろうな、と思います。
(ワタシ的にはどちらも好きなドラマですが)

pandawatchingdrama at 16:48|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

2016年04月26日

「グッドパートナー」は、山崎のランチパックだな。

こういうドラマ、よくあるよな〜・・と思いながらも、
いやいや、これ初めてじゃない?・・とも思える
不思議な感覚です、「グッドパートナー」。

よくあるような気がするのは、この“部屋”。
たいていの刑事ドラマって、こんなふうに
「○○課」の部屋がメインのセットで、
和気あいあいなシットコムな感じ。
同じ福田靖脚本の「HERO」も、検察が舞台だけど、
人間関係がクリソツですね。

で、もちろん弁護士ドラマってのも全然珍しくないし、
弁護士事務所が舞台、ってのもいろいろあったけど、
たしかにこういうのは、なかったかも。
扱うのが、殺人事件でも、詐欺でも、離婚でもなく、
企業法務。まあ、地味な世界ですよね。
池井戸潤原作の企業ドラマなんかでは、
会社同士で訴えたり、訴えられたり、とかよくあったと思うけど、
弁護士視点で扱うのは、記憶にない。
そう思い当たると、なぜか、新鮮な感じがします。

で、この新鮮な感じは、なんなんだ?っていうと、
殺人事件や詐欺事件はエンターテインメントとしてはあるんだけど、
実生活ではリアリティないじゃないですか。
離婚とか詐欺とかがリアル〜!っていう人もいるかもしれないけど、
ワタシ的にはそれはない、幸いなことにw

だけど、この企業内でのトラブルって
なんかリアルなんですよね。あ、いや、べつに
大手代理店に訴えられたことがあるわけじゃないですがw
こんなふうに訴訟という形で顕在化する以前の、
嫌なことや、理不尽な扱いや、不満や、居心地の悪さって
誰でもあることじゃないでしょうか。
まあ、企業で働いていたり、あるいは、企業を相手にしたりすると、
やっぱりありますよね。
そこが、なんていうか、手の届くところによくある感じがして・・。
たとえばコンビニのツナマヨのおにぎりや
ソーセージのおにぎりが登場したときのように、
あるいは、山崎のランチパックの新作が出たときのように、
一瞬、オッ・・とか思いながらも、すぐに
「そうそう、これアリだよね」に移行する
無理のないスムーズな感じが、なんかリアル。

というわけで、「グッドパートナー」、アリかも。
ちょっとつくりがチャチいっていうか、オモチャっぽいの気になるけど、
でも、アリかも。


pandawatchingdrama at 19:25|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

2016年04月19日

「世界一難しい恋」はポップでおしゃれだと思う。

ついつい見てしまう、笑ってしまう“楽しい”ドラマ、
というわけでもないし、
しみじみと胸に“刺さる”ドラマでも
“泣ける”ドラマでもない。
でも好きなんですよ、ワタシ的には、こういうドラマが。
「世界一難しい恋」って、
いったいどこがいいの?って言われると、
ひと言でいえば、「おしゃれ」?
たとえば、
サッカーで言えば、
絶妙なタイミングでふわりと浮かせたループシュートが決まったとき、
「おしゃれ!」
って言いますよね。
そういう「おしゃれ」なドラマ
なんです、ワタシ的には。

一流ホテルの経営者、
だけど人望がない「性格に難あり」の鮫島(大野智)が、
ちょっと天然っぽい女の子・美咲(波留)に恋をして・・。
それってありがち、なんか聞いたことある、とか思うでしょ。
そう、そこがおしゃれなんです。
たしかに、身分が違う、世界が違う2人のラブストーリーというのは
「ローマの休日」とか「王様と私」とか古典的名作がいくつも。
そういう“物語っぽい”ところが、
このドラマにはあって、その“手つき”が
なんというか、ポップ。
たとえば絵的なもので言えば、
ジュリアン・オピーや
エイドリアン・トミネや
ジャック・ヴェトリアーノや
白根ゆたんぽ・・とかを、
ポップでおしゃれ、と思うのと同じ意味で、
このドラマもポップでおしゃれ、
なんです、ワタシ的には。

第1話にこんなシーンがありました。
美咲の歓迎会にムリヤリ参加した鮫島が、
やっぱり雰囲気壊して「帰るぞ」とか言って秘書を連れて出ていくんだけど、
夜の東京湾を1人ボートの舳先に突っ立って・・
ただのドタバタのラブコメなら、
こういうシーンは入れてこないですよね。

期待です。

pandawatchingdrama at 12:51|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

2016年04月13日

「ラブソング」はなのにさんか。

F1層とはマーケティング用語で、
20〜35歳の女性層のことで、
もはやギョーカイ用語でもなんでもないらしい。
このF1層をターゲットにしたコンテンツが、
TVならドラマ、たとえば 月9。
だからターゲットから大きく外れたワタシなんぞに
何を言われようと痛くも痒くもないだろうけど、
このところの月9は攻めてますね〜。
グッジョブ!だと思います。

前クール「いつかこの恋を思い出して泣いてしまう」は、
月9、なのに、ビンボー。
月9、なのに、低視聴率。
と、世間的にはNo.1なのにさんだったみたいですが、
ワタシ的には好きでした。
ビンボーだからってイコール社会派だとは思わないし、
ちゃんと月9らしく恋愛モノだったと思うし。

たとえば、8話のあるシーン。
バスの中でいっしょになった
音(有村架純)と曽根(高良健吾)は
「こんばんは・・」とか言って微妙な距離感なんだけど、
「知ってました?キリンって1日20分しか寝ないんですって」
とか、どーでもいいことを何故か話したりする。
こういう感じってあるでしょ。
べつに、ビンボーとか社会派じゃなくたって。

って終わったドラマの話はこのくらいにして、
今回の「ラブソング」。
ヒロインに藤原さくら、ってのが、攻めてます。
まあ福山雅治でF1層はがっちりキープ、というつもりなんだろうけど。
で、主演の二人に加えて、宇崎竜童。
田中哲司(ベース)、渋川清彦(ドラム)の二人も実はバンド経験者だそうで、
おそらく劇中の演奏もホンモノなんでしょう。
このところのドラマや映画は、実話をもとにしたのが増えてるし、
バラエティ番組もいわゆるドキュメントバラエティがブーム。
フィクションの力が、そのままでは通りにくい時代なのかも。
で、こんどはこういう方向のリアルを追求してみる、と。
ちなみにワタシ的には、藤原さくらさんの音楽が好きなもんで、
“こういう方向”はちょっと期待です。

でも肝心のドラマのほうは・・・
まず、ご都合主義がすぎる。
神代(福山)は臨床心理士、なのに、ミュージシャン。
非常勤、なのに、さくら(藤原)と何度も遭遇。
おまけに、たまたま元バンドメンバーの夏希(水野美紀)が言語聴覚士だって?
(ワタシなんか、医者の知り合いは何人かいるけど、
言語聴覚士なんか、知り合いの知り合いにもいません)
などなど、設定に合わせて無理矢理すぎるご都合主義が
ぜんぜんリアルじゃない。
で、もうひとつ。
なんていうか“引き”のシーンがない。
街のシーンとかがない(あっても印象に残ってないのかも)。
だから、登場人物がちゃんと街で生活している、
社会でちゃんとやってる、っていう血肉感がない。
つまりリアルじゃない。
なんかシットコムを見ているみたいな
閉塞感を感じてしまうのはワタシだけ?
月9、なのに、これでいいのか?

まあ、そもそもターゲットじゃないワタシなんぞに
何を言われようと痛くも痒くもないだろうけど。

pandawatchingdrama at 12:20|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)