Blowin' in the Music

@@@音楽性の高い生活@@@

「Changing of The Guards」 Street Legal

d5b8f6bc.jpgふとしたことで、ディランがらみでまた書いてみることにしてみました。

その一発目は、ディランの中でもお気に入りのアルバム『Street Legal』。
このアルバムはツアーにでる時に出したんだっけかな(出先なので、うろ覚え)。
佐野元春が『Back To The Street』ってアルバムでこのアルバムをマネしてますね。
しかも同じ方向むいて。彼は、ディランが相当好きなんでしょうね。

さて、前置きはこの辺で。

Changing of the Guards、この曲ですがいきなりアルバムの一曲目にしてフェードインです。
どっしりしたリズムにいい感じでオルガンとベースが気持ちよく絡んで、ディランのちょっとざらついているけれども、ローリングサンダーの時よりは落ち着いた声で入ってきます。
この時代は、ディランがだんだんとかっちりバンドとした形をとるようになっていて、ほんとに落ち着いていた時期なんじゃないでしょうか。そういった意味でも好きなのかもしれません。
しかし、なんといってもディランの声がすごい風格というか、ディランにしか歌えない歌い方にまた感動を覚えるのです。

マニアックですが、4:00経過したぐらいのところでコーラスと入れ替えで「Forty-eight hours later,〜」と入ってくるディランは何度聴いても秀逸なのせ方だと思います。これは本人はノリで入れたのかわかりませんが、音楽って予定不調和な部分があるほうが聴いている方も感動も大きくなるものだと思います。

あとは、楽器編成がこれはなかなか定番といえば定番ですが、ディランがそういう編成をとったことも個人的にはうれしいですね。加えて、オルガンの絡みがたまらないです。ファンキーなこの絡みは歌伴のオルガンとしていいお手本じゃないでしょうか。

とりとめもない文章になってしまいましたが、ディランへの情熱をこれからも綴っていこうかと思います。

『Across the Borderline』 Willie Nelson

6d08bbcf.jpgディラン関連のCDを探していたら、ウィリー・ネルソン名義のアルバムに出会いました。
このアルバムは、トータルとして素晴らしく、ウィリー・ネルソンその人に興味が持てるアルバムでした。

1曲目がサイモン&ガーファンクルの「American Tune」。これは、サイモンがギターで参加していますが
せっかくなら一緒に歌ってほしかったなって気持ちがありますね。
ほかのゲストについてはあまり知りません。一人知ってるんですが、、あまりよくないエピソードの持ち主なのでふれません

さてさて、ディランとネルソンの曲「Heartland」に行くとしましょう。出だしのギターにまずディラン臭さが感じられます。
しかし、これを弾いているのはネルソンかな。
出だしはネルソンが歌います。ディランは、90年代の声。しかし、この曲に限りませんが、サウンドが素晴らしいです。
また、ギターがスライドするんですが、引きつられる引きつられる。ピッチが一瞬狂ってしまったのかなと思わせるぐらい箇所があります。一度聴いてみてもらいたいものです。

今回、ネルソンのアルバムを聴いたのは初めてだったのですが、プロデューサーがドン・ウォズという人で、その当時は売れっ子だったらしいですね。
大物をゲストに呼ぶのが得意な人なのだろうか・・・
けれども、ミュージシャン同士の交流って聞き手を楽しみにさせてくれますね。

そういえば、80年代にディランが書いた曲に対してジョン・レノンが返答して書いた曲の歌詞の原稿が見つかり、埼玉のジョン・レノンミュージアムに展示されているそうです。
今度見に行こう〜

PANGAEA ALIVE

b0f1ce28.jpgroll overさんの孤軍奮闘ぶりには頭が下がるばかりであるとともに、この場を借りてお礼を言いたいと思います。
一身上の都合で音楽を聴く時間が少なくなってしまったため、ブログを書くことがなかなかできずに苦労をかけてます。

roll overさんがフランク・シナトラを取り上げたのはなかなか渋いと感じますね。
しかし、地声で歌うのが歌手だという見解はいささか賛同しかねます。
歌手は自分の声をどう出せば、一番うまく聞こえるか。自分が出せる声の中でどの声が曲に一番あうか。
そんなことを真剣に考えながら歌ってると私は考えますよ。
それを使い分けられるのが歌手だと思います。
もちろん、地声がよければ、よりいっそう有利ですけどね。

私はディランに傾倒し続けてるんですけれども、やはり歌唱力は曲の世界を作りますね。
日本の例でいえば、長渕剛なんかがそうだと思うんですけど、熱心なファンのマンドリンさんでさえ
「剛は、同じような曲を作ってるよ」と言うほど、彼のサウンドとか曲は似たものがあることは確かかもしれません。
だからといって、長渕剛の価値は落ちることなく一層「剛」らしさを際立たせる要因となっているように感じます。
長渕剛は体を鍛えることで、すばらしい歌唱力を手にいれ、日本でオンリーワンになった気がします。
他にも、美空ひばりも本当にすごいと思いますし、北島三郎もしかりです。

日本も「音楽」では海外に引けを取るかもしれませんが、「唄」では勝負できる気はします。

Joe Zawinul in Blue Note Tokyo

d2696f81.jpg初ブルーノートにマンドリンさんと共に行ってきた。それが、ジョー・ザビヌルである。
最初がザビヌルってのもいい線をついてる、と2人で自負をしていた。
意外や意外。思ったよりもブルーノートは広くゆったりとした感じだった。
それに、高島政宏(兄のほう)も帰り際に発見。そろそろ、本題に。

個人的にザビヌルについては、掴みどころのない人だとずっと思っていた。
キース・ジャレットやマイルスのようにぱっとわかるような特徴をいまだ感じていないからかもしれない。
しかし、彼はウェザー・リポート、マイルスの『ビッチズ・ブリュー』に参加、
はたまたエレクトリック・マイルスのオープニングを飾る「Directons」の作曲者という肩書きは、ほおっておくにはもったいなすぎる存在だった。
そうしたことからずっと気になっていたのだが、今回来日ということを知り、たまらなくなって足を運んだ。

これは、前から思っていたことだがウェザーから自身のリーダー名義にかけて彼がやりたがっているような音楽は根底が変わらずというか、天才にはそうしたことを感じるが、根底がぶれていないと感じた。
加えて、この人本当にいろんな音楽を融合してきたのだなと感じた。
今回はギタリスト以外は、すべて黒人だったしそれぞれ出身地も違うようだった。
思えば、リチャード・ボナもアフリカから出てきてザビヌルとやって有名になったのねぇ〜
もっとレコード会社もザビヌルの多面性がわかるようなCDを企画してほしいものだ。
あと、この人の曲の構成はなかなか理解するのが大変である。そういう思いがあるから、曲のイメージが掴みにくいのかもしれない。

ライブを見終わって、今までと違う聴き方がわかったような気がした。
音楽は聴き方がわかることで、その音楽の良さがわかったりすることを再認識させられた気がした。
まあ、そんなことは考えずにノるって感じの雰囲気もザビヌルの曲にはあるけれども。。
ライブの帰り道で、

Weather Report 『I Sing The Body Electric』

という「Directons」のはいったアルバムを聴いて帰った。
「Directons」。この曲ほど、「必殺のメロディー」という謳い文句にぴったりな曲はないと思う。
なんといっても、これを考えたザビヌルは天才としかいいようがない。

そういや、ザビヌルは73歳らしい。それを思うと感動もひとしお。

リトル・リチャード!!!

2d1e3a46.jpg皆様、ロックンローラーと言って即座に思い浮かぶのは誰でしょうか。

リトル・リチャードは1970年代に活躍してきたアーティストに影響を与えた大きな存在ではないでしょうか。
名前だけで、結局聴かないというアーティストは多いもので、私の中ではリトル・リチャードがその一人でした。
最近ようやく、CDを入手したためにプレイヤーに入れたところ1曲目が「Long Tall Sally」。
「Long Tall Sally」といえば、ビートルズのパスト・マスター1に入ってる曲です。
ポールの爆発具合が相当すごいです。歌い出しなんか、ジョンが歌う「Mr. Moonlight」に匹敵するぐらいの驚きを感じまっせ。
ポールがリトル・リチャードに憧れていたというのも、この曲を聴けば頷けますな。

まま、ポールはおいといてリトル・リチャードです。アルバム通して聴いてみたのですが、「なんじゃ、こりゃ」です。
パワフルな歌声、麻薬をやってると思いかねないハイ・テンション。ロックンロールさせれば天下一品ですね。
こういうのをツワモノというのでしょう。

ディランを聴く準備

0c59f52d.bmproll overさんからの返信があったので、ちょっと書いてみたいと思う。

「ボブ・ディラン」

ディランを聴くというか知るには、なかなか難しい。それは、ボブ・ディランといえばこれ!というものがないからだろう。確かに代表曲はあるが、それがディランが歌ってるかどうかということ自体どうでもいい気がする。たとえば、バーズやジミー・ヘンドリックスがやってるバージョンのほうが良かったりすることにそれは示されていると思う。とりあえず、ディランは「歌手」だということを前提に聴かなければいけない。これを間違えると、ただのヘンな音楽としてしか感じず悲しい結果を呼び起こしそうだ。いや、一般的にそれが原因となりあまりディランは聞かれないのだろう。

現代的な華やかなサウンドに慣れてしまった耳に初期のディランは退屈かもしれない。だからといって、最近のディランは年をとりすぎてかっこよさに欠ける部分はある。最初に聞けばいいと思うのは、その間をとった1970年後半から80年半ばぐらいまでじゃないだろうか。でも、その間でもいろいろあるしディランの中では凡作というようなものもある。1枚でディランを聴いた気になるのが一番危険だろう。

ん〜難しいのう。

その時期からしてみれば
『激しい雨』『ストリート・リガール』『血の轍』

なんかがお勧め。(ちなみに写真のジャケットは『血の轍』。サザンの「希望の轍」って曲にもあるように、轍は「わだち」と読むそうです)

roll overさんのブログに関連して (負けじとディラン編)

342d65c0.jpgroll overさんがビートルズ漬けの生活を送っていることはブログを見て知りましたが、それはとても良いことだと思います。私の場合、何を隠そうディラン中毒です。

そうした私が一般の人に、「音楽は何を聞くの?」と聞かれて、「ボブ・ディラン」と答えたところで相手が知っている曲などなく、会話はことさら寒くなる一方。「小室哲哉」と答えるのがコミュニケーションがすんなりと行くものです。

しかし、ジミヘンはディランにはまっていたし、ピーター・ポール&マリーもスティービー・ワンダーも「風に吹かれて」をカバーしている。そのほかにも、いろいろとディランはカバーされていたり影響を与えているアーティストであるという情報は目にする。レディオ・ヘッドのトム・ヨークもディランを聴いていたらしい。ほかにも、ジョン・レノンとの交流など。挙げればきりがない。

日本では彼、パッとしない。なぜだろうか。文化の違い、英語の歌詞なんてわからない、あまりにも情報がない。などなど。でも、彼も彼で悪いとこがある。声を変にしたり、インタビューに答えるのを嫌がったりと。けれど、そうした部分にポリシーを持ち今までやってきたのだし、それもそれでいちアーティストとしてのスタンスだろう。当の本人は、日本ではそこまで人気がないことは何にも気にしていないだろう。そこもまたカッコいいと思える私は重度の中毒だろうか。しかし、ビートルズと共に音楽史に与えた影響を考えれば’ボブ・ディラン’という単語は避けて通れない。

ここでは毎回大声で叫んでるが(そのつもりだが)今回もいこう。「ディランは偉大だ!」

『Concert At Philharmonic Hall』 Bob Dylan

f550efb8.jpgブログを更新していない間に、ブライアン・ウィルソンやケミカル・ブラザーズのライブに行ってきた。やはり、音楽は見て感じるものでもあることを再認識。そこでいつものようにディランの話…

ディランともなれば今はおじいちゃんであって、若き日のディランを知るにはCDやDVDを鑑賞するしかない。今回は、無垢な輝きを放ち、大物っぷりをすでに感じさせてくれる一枚をとりあげ、感じたことを書いていこう。このときディラン、23歳。

23歳ということに関しては人それぞれ捉え方はあるだろうが、このころからディランは間違いなく大物だったと思う。ディランのライブというのは、毎回ネタが仕込まれている。有名なものであれば、ロイヤル・アルバート・ホールで「Like A Rolling Stone」をやった際に、観客から「裏切り者!」といわれ「うそつきだ」と言い返した事件。これはロック史上結構有名な話になっている。「プロテスタント!」といわれ「この曲は君にささげるよ」などなど。正規盤のCDに入ってるものだけでも、まだまだある。観客とのコミュニケーションをとったりすることもディランの魅力を倍増させる部分であったりする。

話題が尽きないディランだが、このCDではまだ発表していない曲を披露する場面がある。そのとき観客の一人に歌わせているのだ。明らかに演出なのだ。どうやって一般の人が発売もしていない歌詞を知ってるだろうか。つまり、サクラを用意しているわけだ。商売上手!!ディランの場合は他にもいろいろあるが、このCDでは「I Don't Believe You」という曲をやるときが面白い。チューニングを直しながらしゃべっていると歌詞を忘れてしまい、観客に「歌いだしは何だっけ?」とたずねる。これが23歳のときだ。

なんとも大物っぷりを発揮する場面であるとともに観客もそれを笑って拍手で迎える。時代の香りが漂ってくる。この頃は、「風に吹かれて」などが入っていることで有名な『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』が発売された時期で、ニューヨーカーたちはディランを良く聴いていたことが想像される。何をやっても許される人というのは、ディランのほかになかなかいないだろう。

時代のぬくもりを感じる一枚でもあり、こんなに調子にのってるディランもなかなかない。しかし、ディラン歴が浅い人には勧められない一枚だ。

『Push The Button』 The Chemical Brothers

84db3104.jpgきたきた。トムとエドの登場だ。国内盤は一週間以上前に発売してたけど、
コピーコントロール付きで千円以上も高いとなったら、当然買いません。マジ、「F__k off!!」ですよ。
それはいいとして、ジャケからケミカル丸出し。しかし、音楽はいつもよりは少し丸いなぁ。音数がいつもより少ない印象。ライブで大音量で聴けるのが楽しみですわ。
相変わらず、音がかっこいいです。「Believe」の音使いなんてたまりません。ケミカルもだいぶ円熟の域に来たと思いますね。

ディスク・レビューでも何でもありませんが、衝動書きをしてみました。

Beck、New Orderの新譜など音楽の楽しみは尽きません。
ボタンを押して、このブログ投稿完了。

マッドのように熱い文章

79c4418b.jpg日本の音楽シーンにはとっくに諦念を抱いてるけど、
共感できて、ずばりいいたいことを言ってくれている文章を見つけたので、
ぜひ一読してくださいな。

http://www.h7.dion.ne.jp/~nkym/periodicals_yoshii_f/yoshii_036.html

マッドの皆さんは、こうしたプロ意識を持っているとは思います。
ぜひ、日本の「何でも吸収文化」のいいところを利用してジャンルを問わずマッドの横のつながりをつくってきましょ。


気になる一枚:『The Secret Migration』Mercury Rev
シャークさんと新宿のディスク・ユニオン行ったときに、たまたまかかっていて、
一目ぼれのような惚れ方をしてしまいました。最近そういうのが無かったので、気になります。買います。
ケミカルの新譜が届くのも楽しみ。

「I Wanna Be Your Lover」 Bob Dylan

096cba0b.jpg久しぶりに書くのでうまく書けることやら。今年もしつこくディラン、ディラン。今年の抱負は「Like A Rolling Stone」です。(実にくだらんですね)


さて、多数の方がご存知であるはず、ビートルズに「I Wanna Be Your Man」という曲が存在する。この曲、ローリング・ストーンズが当時オリジナルは自分たちには作れないと思って、弱気になっていたのを見たビートルズが見かねて、ほら!と言わんばかりに目の前で作って見せた曲らしい。つまり、ビートルズにしてみればどうでもいい曲だったのだろう。リンゴが歌ってる事実からしても、そうだと思わざる得ない。(ここで、マンドリンさんの反論でも期待して)たぶん、本人たちもその程度の曲だったのだと思う。

おっと、長々と説明しちゃった。つまり、ディランの「I Wanna Be Your Lover」って曲はそれをパロッた曲。後になって発売されたディランの集大成みたいなアルバムに収録されている。

この曲、後にザ・バンドと名乗るバンドとやっているのだが、サビのメロディーはビートルズのそのまま。ディランのも駄曲であることは共通である。パロッた曲をシングルにしようとしている何も考えてなさに、まずは感服。そうは言っても、ザ・バンドの味がこの頃から滲みでている。個人的にこのディランの歌い方はカッコいいと思う。完成したときにディランがスタジオで嬉しそうにシングルで出そうとしていた気持ちも少し分かる気がする。

「Summertime Blues」 エディー・コクラン

5b804f94.jpgサマータイム・ブルースといえば、マッドの皆さんの間ではザ・フーだと思う。その作曲者であるエディー・コクランの音源を聴いたのでちょっと感想を。

このエディー・コクランという人は1960年に21歳で交通事故でなくなった人らしい。ということは、活躍していたのは50年代になるわけだ。プレスリーなんかの時代かな?!こういう時代の曲を聴いて思うのだが、歌がすばらしい。歌手というものが確かに存在しているのがはっきりと感じることができる。エネルギーをとても感じるのだが、古いものが良いと感じるようになったのも、歳のせいだろうか。そういった、戯言はともかくサマータイム・ブルースについて触れてみよう。

このCDを手にしたとき、まずサマータイム・ブルースが入っているということで心踊らせた。何度か、フーとコクランを往復したけれど、あのジョン・ウェットウィッスルのめちゃくちゃ低い声を出すパート。あれは、オリジナルのままだし、コクランのバージョンはロックンロールしている。フーはおそらくコクランが好きだと思うが、今聴いても色褪せない個性がコクランには感じられる。

かわって、フーのバージョン。あのキース・ムーンのドラム。今さらながら彼がいてフーは成立だなと確信。あとやはり、ディストーション・ギターはパワーがすごい。昔、その音を初めて聴いた人はどう思ったのだろう。ともかく、彼らはオリジナルにはない転調を使ってこの曲をアレンジしている。こういった自分の影響を受けた音楽を大切にして受け継いでいく志は、いいものだ。

ディランを掘り下げていったら、見つけた発見。

音楽考察

2b00cfc8.jpgいつもは音楽を聴く立場からばかり書いてますけど、今日は音楽をやる立場からの話でもしようと思います。

私は演奏者としては一介の者ですが、音楽をやるには真剣でなくてはいけません。これはまず大前提です。ファッションや格好つけるためにやってるのではお話になりません。まあ、マッドの人はこんなことはありませんね。
で、今回言ってしまいたいのは「間合い」のことなんですよね。ホントに重要だと思います。これは。リズムとセットで重要ですね。「リズム」は音楽が続いている間感じていなければならないですね。天才ともなれば、頭でずっと音楽がなってるので日常生活でずっと感じてるでしょうね。リズムはバリエーションが豊富であれば表現方法が多彩になるわけです。一方「間合い」はリズムを感じているとき、音をどのタイミングで出すかということだと思います。で、音階がある楽器であればどの音を出すかということが加わり、全体として聴く人の耳に行くわけです。

そこで登場していただくのが、大好きなキース・ジャレット。キースが本の中でマイルスのあの音について聞かれてるんですよ。インタビュアーが「よくマイルスの音は初心者の音に似ているといわれているが、違いは何だろう?」正確な引用ではないんですが、このような趣旨のことを聴かれていました。これに対するキースの答えが「マイルスはその音を誰よりも欲しているからだよ」と答えるんです。最初はよく理解できなかったのですが、最近それをよく理解できるようになりました。
つまり、演奏する人間は絶えず選択に迫られているわけです。どのタイミングでどの音をどのような音色で。。。先ほど触れたようなことを含め、無限の選択肢の中からチョイスした結果がなっている音になります。でも、それを欲しているかいないかでは全然過程違うんですね。初心者は、ぜんぜん選択肢がなく仕方なく出すんですが、マイルスの場合選択の結果その音を出したくて出す。これなんですよ。「うまい」というのは。

そういうことを考えるとただ音数を埋めれば安心というのは、なんとも危険な香りがするのであるのです。好き嫌いはその人の勝手ですが、良いか悪いかとなれば少し話が違ってくる。個人的には、できるけれども必要でないときはやらないというスタンスがカッコいいと思う。

「Like A Rolling Stone」

9d248a3d.jpg
最近そこまで差し迫って書こうと思うこともなく徒然なる日々。そこで、ディランを軽く。

最近のニュースですが、アメリカのローリング・ストーン誌のランキング、過去の名曲500で見事ディランの「Like A Rolling Stone」が1位に輝いたそうです。なんだか雑誌との語呂遊びで選んだ感もしますがね。だって、2位がローリング・ストーンズの「Satisfaction」ですもん。ま、そういう戯言はなしでディランファンとしては嬉しいことです。このランキング興味深いことに1990年以降の曲って9位にやっとニルバーナの「Smells〜」が入ってきます。なんだか、最近の音楽業界を言葉よりも態度で表しているようで痛快な気もせずにはいれません。

ランキングの話はこの辺までにしておいて。ディランの近況も触れたいところですが、なにぶんマッドの中では私しか興味ないと思うのでやめておいて、1位に輝いた「Like A Rolling Stone」について触れたいと思います。この曲ジミヘンやローリング・ストーンズがカバーしてることだけでも話題沸騰。全米チャートで2位を獲得。余談ですが、ディランいままでチャートで1位をとったことがないらしい。なんとも。。いつの間にか、またランキングの話になってしまった。ほんと思いつきで書くとろくなことないな。

この曲、6分超えるんです。長い。当時は3分ぐらいが普通らしく長くても4分。ディラン何ダラダラやってるんだと思った人も当時はいたかもしれない。でも、このサウンドが長いと思わせないだけの説得力を持っているんです。ディランも気にいってるのでしょう、この後の曲でもこのサウンドを意識した曲が何曲かあるんですね。
しかし、なんといってもミック・ジャガーが歌ってもしっくりくるだろうボーカルですよ。この曲を聴くたび、「ディランはロックだ!」と思わざるを得ないんです。この、「ロックだ!」ってセリフはロックなやつだって意味とロックやってるときがかっこいいっていう2つの意味を含みますね。ロックやるには、やってる人がロックでないとお話になりません。サラリーマンがロックはできません。またディランは、歌うときにいろんな声を出していろんな役を演じてるふりをしてますが、ロックをやってるディランが個人的にはかっこいいと思います。

おっし。とりあえず、この辺で終わりにしときましょう。とりあえず曲のタイトルの通りローリング・ストーンみたいなスタンスで人生いきたいと個人的願望をこめて締めくくりとさせてもらいます。

George's Friend, Bob Dylan

57ec05ea.jpeg今日はジョージについて。ディランのデビュー30周年コンサートのDVDを見ていて書きたくなった。このDVDでディランが登場するときに紹介するのが、ジョージ。ジョージがこの世にいない今となっては感慨深いシーンだ。

さて、今ビートルズでジョージが書いた曲を数えてみたら22曲あった。213分の22。(『Let It Be』の「Dig It」というセッションの一部の曲は除く )なかなかの割合ではないかと、思ってしまった。彼の場合、時の経過と共に徐々に曲がよくなっていくのが分かってそこも感慨深い。おっと、ジョージのボーカルを聴いていたら3度目の感慨深い波がやってきてしまった。

個人的に思うこととしてジョージの作る曲は小粒の名曲が多いなと感じる。もちろん、「I Need You」「While My Guitar Gently Weeps」「Here Comes the Sun」なんかになれば名曲だと断言できる。ほかの曲もいいんだなぁ〜。で、なんでビートルズの中でも彼がディランと中が良かったかというとやはり曲の作り方に共通点があったからではないだろうか。ジョンの場合、天才であるために、何でもできディランから吸収できるところは吸収しということをしたと思われる。ポール、リンゴについてはあまりディランとの話をきかないので分からない。

ディランの曲は、シンプルな塊の繰り返しであることが多い。それが気持ちよいわけで、ジョージもそこが似ている。二人がアルバムを作るという話もあったらしいが、それは結局実現せず、「If Not For You」というディランの作った曲をお互いに自分たちのアルバムで取り上げるに終わった。ふたつの違うバージョンを比べてみると、ジョージのほうは、やはりビートルズというサウンドの追求に貪欲だったグループに属していただけあってすごいエコーで音が厚く、ソロになっても期待させてくれる。間奏には、ディランの影響なのかハーモニカが入っている。一方、ディランのほうはサウンドにはそれ程凝っていない。歌い方が聴きどころだ。ざらざらとした擦れ具合がたまらない。それと対照的に、可愛らしい鉄琴が入っているのが乙。二人がアルバムでやる前にセッションしてる音源があるのだが、それを聴いてから正規盤の音源を聴くとお互いに影響を与えあった形跡がみられる。

ジョージ、亡くなったことが悔やまれる。

11.6 ライブ・レビュー

284af309.jpgHERMETO PASCOAL VS CYRO BAPTISTA (from BRAZIL)

今となっては死語化を免れないCATAPILLAさんと上述のライブに行ってきた。

まず、写真のフライヤー。一瞬、一足早いクリスマスかと勘違いしそうである。まあ、地球の裏からの届け物だと思えばそうも思えなくもないが。ライブ自体は日本ではそうそう見れない貴重なものだった。これホント。今回見て思ったことは、二人とも体の中に無数のリズムが流れているということ。実際、Hermetoさんなんてゴリ押しの印象もあったがリズムは多彩だった。リズムの大切さというものを改めて痛感したのであった。え〜、フライヤーの左がHERMETO PASCOAL。右がCYRO BAPTISTA。

「HERMETO PASCOAL VS CYRO BAPTISTA」イベント名。で、こっちは二人が一緒にやるのかと思い期待してたわけで見事に別々のステージ。がっかり。実際、Hermetoさんは基本一人舞台、おねぇちゃんをつれてきて息合ってますよと見せ付けんばかりのステージ。Cyroさんはヘンなパートナーがいて「My Friend〜」といった後に「マツダ」と一言。モンゴル人だと踏んでいたので「おっと、日本人だったのか」とCATAPILLAさんと突っ込みをいれるひとコマがわれわれのクライマックス。

人物紹介をしたいところだが、興味がある方だけOrganic Grooveのサイトでごらんあれ。

何はともあれ、体の中にリズムがたくさん流れているというのは本当に重要だと感じた。Cyroさんなんてパーカッションだけでステージが持つし(実際持っていたかはわからないが、見ていて面白かった)音楽の幅が拡がると思う。人気があることも納得できる。
一方のHermetoさん(実はこの人マイルスとの経験あり!)もリズムの多彩性はCyroさんに負けず劣らず、いろんな楽器を縦横無人に使っていて、ひとつひとつの音に歴史を感じた。いろんな楽器のひとつに、じょうろみたいな物の中に水を入れ吹くようなものがあったが、それから出る音は小さいときにジュースをストローでブクブクやった経験が誰でもあると思うが、それに近い音が出ていた。つまりは、下品極まりないわけだ。それを使ってセロニアス・モンクの名曲「Round About Midnight」を吹くのだ。CATAPILLAさん曰く「カーネルおじさん」だった彼だが音も見た目も仙人の域であることは間違いない。

DVD : 『Last Waltz』 The Band

f3a361d3.jpgThe Bandについてです。
ディランを語る上では絶対外せない彼ら。
『Music From Big Pink』というファーストアルバムのジャケットの絵をディランが書いてるぐらいです。ディランが固定の人とやらないわけは長くなるので今回触れませんが、The Bandとは10年近くやってきましたしThe Bandがかっこいいのもおそらくディランとやっているときだと思います。

今回取り上げたのはそんな彼らの解散ライブです。CDも出てますがなんといっても入門する人にいきなり2枚組はキツイ。これから聴いてみよう思っているひとにはDVDがいいでしょう。まず、出演者を…(病み上がりの)エリック・クラプトン、ジョニー・ミッチェル、ドクター・ジョン、ニール・ダイヤモンド、ニール・ヤング、ヴァン・モリソン、ポール・バターフィールド、ボブ・ディラン、マディー・ウォーターズとこれだけでも十分ですが、最後にリンゴ・スターとロン・ウッドまで出てきます。おっと、出演者紹介でガタガタ抜かしてしまいそうです。そろそろ本題に入りましょう。

The Bandですが、なんとも偉そうな名前です。ザ・バンド。でもこれが、名前に遜色のないバンドなんです。うまい!といわざるを得ません。テクニックではなくツボを押さえた演奏です。各パート個人個人が個性を持ってて、その上でまとまった演奏をしてくれるんですね。リーダーでギターのロビー・ロバートソン、このDVDでクラプトンがでてきますがそのときクラプトンのギターのストラップが途中で外れます。代わりにロビーが弾くんですが十分カバーしています。ファンにとってはなんともうれしいハプニングです。

このDVD、個人的にはディランの「Forever Young」を繰り返し見てしまうんですが、この時代を代表するアーティスト紹介みたいなのでみるのもいいですし、combatさんが触れていたブルース。その王様マディー・ウォーターズを見れる貴重な映像かもしれません。もちろん、The Bandとは一体何者か?を知るために見るのもいいです。ドキュメンタリーとしても面白いと思います。なおDVDにも入っていますが、The Bandの「The Weight」という曲。マッドのみんなが知ってる曲になればいいなと思いますね。

>マンドリンさんへ。本当に実行するんですね。がんばってください。 くれぐれも私を鬼にさせないようにお気をつけて。

『Super Folk Song』

0c17346f.jpgいきなり矢野顕子。roll overさんに呼応しましょうと思いまして。Wes Montgomery、彼の『California Dreaming』というアルバムでやっている曲をやってるんですよ。矢野のおばさまが。「More, More, Amor」という曲なんですがさわりとして矢野おばちゃまのことでも書きましょ。

矢野さんについてですが日常生活でこんな女の人がいたらどうするでしょうか。まずは通訳がいりそうです。あれだけ、ニコニコされたらこちらも笑っていないとやっていけないかもしれません。どんな声で怒るのでしょう?甲高かすぎて、耳がただ痛いだけかもしれません。そんな人だけに実態がわかりません。知っていることをあげれば、YMOでやっていた経験あり。坂本龍一と結婚していたことあり。。。降参。と、ファンからしてみれば殴られそうですが大鉈を振るっていきましょう!

今回取り上げるアルバムは『Super Folk Song』ですが、1992年リリースで人の曲や提供した曲を、ホールで録音したアルバムです。弾き語り形式のアルバムです。彼女の音楽観というものが伝わってきます。「矢野おばちゃま」たらしめるものはやはり声でしょう。ピアニストとしても十分、歌手としても個性的ということでアーティストとしての地位を確立できるのでしょうね。一番好きな曲はなんといっても一曲目のアルバムタイトルの曲「Super Folk Song」。詩が、糸井重里というなんとも個性的なコンビで。ゴスペル調で躍動感あふれるピアノは素晴らしいと思います。また最後に感極まって「ハッピーエンドにしてください〜」って歌うところでは哀愁を感じます。この曲を聴いて「うまい!」と、思わず声に出してしまったのです(roll overさんのマネ)。

肝心の「More, More, Amor」に触れずに終わろうと思いましたが、やはり触れましょう。Wesのほうはボサノバ調で彼の弾くメロディーラインが心に響きますね。ギターでこれだけ歌えるのは見事ですね。おっ、ピアノはあのHerbie Hancockさんです。言われないとわかりません。とにかく、この曲はメロディーがすばらしいことにつきますね。それを引き立てるためのボサノバアレンジ。
ところ変わって、矢野おばちゃま。メロディーを歌ってます。それだけで個人的に違和感たっぷりなんですが、途中のピアノソロが良いのでピアノを主体で聴くのがオレ流です。

結局、矢野顕子の声というものはヘンなものとしてしか私の耳に届かなかったのかもしれません。もう少しアルバムを聴いてみないとわかりません。

「Hurricane」 Sim Redmond Band

bca3da51.jpgごきげんよう。最近、音楽は必死になって聴かないといけません!って態度をとってますが、人間たまにはアホになってブログのタイトルの通り音楽に吹かれるのもいいもんです。今年の夏行ったフェスでそうなってきたんですが、これが気持ちえ〜わ〜。

Sim Redmond Band。その名のとおり、シム・レッドさんがリーダーのバンドなんですが、フェスに行くまで知りませんでした。今でもよくわかりません。実際、CDもショップに置いてるのか怪しいもんです。zodiacさんが紹介しているCDに肩を並べるかもしれません。もしかしたら、それ以上かな。ディスク・ユニオンでは見ましたけどね。

まず、このバンド一度聴いてみないとわかりませんけど、ウニート・カルーヨ。この女性コーラスが病みつきになりますね。見た目、「フルハウス」に出てそうなアメリカンスクールライクな感じの人ですが(眉毛が濃かったな)、声が綺麗です。この曲での絡みがいいです。何度でも言いましょう、気持ちえ〜わ〜。何と言ってもメインボーカルのシムさん、ダラダラ感がたまらない。私生活もダラダラしてそうです。ギターの音もなんかふわふわしてるんですよ。で、タイトルが「Hurricane」だから激しいのでもやるのかと思いきや、さっきいったみたいにアホになれますね。うまくいけばお酒なしで酔える可能性もあります。ふぁ〜・・おっと、このブログもだらだらしてきたっ。

一度聴いてみないとわかりませんね。それにしてもスライ&ロビーみたいなバスドラの4分打ちのこの気持ちよさ。いいです。最後に言いましょう、気持ちえ〜わ〜。

http://www.simredmondband.com/mp3.html

興味があれば、上述のアドレスでダウンロードできます。

ディラン熱

blondeいまだ冷めぬ私PANGAEAは部屋に飾ろうと思い、ついに『Blonde On Blonde』のレコードを買ってしまった。写真のジャケットね!しかも、プレイヤーを持っていないのにだ。それよりレコードの音自体をいまだ体験したことがないと思う。そんな私が今から考えてみることは、生まれてからCDというものがあり、いまやポータブルプレイヤーも増え、持ち運びがどんどんと楽になっている社会の現状についてだ。

「レコードを擦り切れるぐらい聴いた」

この感覚、私と同じくらいまたはそれ以下の世代には分からないと思う。しかも、だんだん磨耗が激しくなってくれば、買い換えなければいけないらしい。そんなことを想像するだけでも、昔の人は一回一回を真剣に聴いただろうと思いを馳せる。そう、実際上に書いたコメントはその人がその1枚にどれだけ惚れ込み、聞き込んだかが現れているのだと思う。以前から分かっていたが、レコードを手にしてみて改めて感じた。

情報が簡単に手に入る時代。変化の激しい時代。それはレコードからCDという物質的な側面だけでなく、その中身である音楽をも軽くしてしまったのかもしれない。マッドの人たちは聴きまくって音とびしてしまうぐらいの一枚があると信じてますが。そういうCDに人生で何枚出会えるだろう。今日昔聴きこんだ一枚を改めて聴いてみたけど、人生それだけでやっていけると思ってしまった。

おっと、哲学を語ってしまったかな。。コピーをいっぱいやっているとこの気持ちついついなおざりにして音楽が嫌いになってしまいがちだけど、好きな音楽をとことん好きになってくださいな。


『Blonde On Blonde』から一曲:「I Want You」

ディランを語る中で絶対に外せない不動の名曲がある。これはその中の一曲。このアルバム自体ディランとしては珍しく統一があるけれど、個人的にはこの曲を聴けば『Blonde On Blonde』を聴いたなと思える。イントロのスネアからエンディングまで、サウンド全体が一体感を保ったまま進行していく至福の3分強。歌い方もすばらしくディランでないとダメだと思わせる。一度レコードで聴いてみたいもんだ。
ディランのアルバムは最初から聴いていくと名曲に辿り着くまで辛抱を要するものもあるが、このアルバムはそういうこともなくすんなりと聴ける一枚。
PANGAEA
Blonde On Blonde
水銀みたいなサウンド、40年前のアルバム。今でも色褪せないさ。
コラムへの返信
  • ライブドアブログ