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パオツアーのオリジナル旅行・クロアチア添乗記5日目

【5日目】~ 世界遺産スプリット・ドブロブニク~


ドブロブニクのガイドと落ち合い、徒歩で旧市街へ向かう。

旧市街入り口の世界遺産地図の隣には、1991年の市民戦争で爆撃を受けた戦災地図が衝撃的だ。戦争の災禍を積極的に公開し、そこからの復興を歴史遺産として世界に誇示する姿勢は、東北大地震で壊滅的な被害を受けつつ、いまだに復興の兆しが見えない三陸沖と比べて何たる早さだろうか。わずか3年で立ち直ったと言う。ガイドはボスニアヘルツェコビナの出身でそこでも連日爆撃を受けて、戦後クロアチアに移住したと語った。


旧市街では、欧州で
3番目に古い薬局をもつフランシスコ修道院の美しい建物と中庭、ここも壊滅的な爆撃から立ち直った孤児院だった大聖堂、ドミニコ会修道院、聖ヴラホを見、ガイドと別れた午後は旧市街の城壁を散策する。日頃からテニス、山歩き、ゴルフで健脚を誇る女性達は、真っ青な青空にそびえたつ城壁を半周し、元気に降りてきた。


午後3時すぎ、小さな港町ツヴァットへ船で行く。アドリア海は静かで蒼く、ひっそりとした漁村にすべるように入港する。海岸のレストラン、土産物屋のはずれに小さな教会。教会の内部へは自由に入れるが、村人の信仰が深く息づく気配を感じ、観光気分で見学するのは申し訳なく早々に立ち去る。
民家の白い塀伝いにピンクや黄色の小花が咲き乱れ、小道を誘われるように歩くといつしか山道になり、そしていつの間にかまた、海岸に下りて静かなバスター
ミナルになっていた。英語表記がなく、ドライバーにドブロブニクの旧市街に行くか聞いてみると「行く」と言う。空とアドリア海を真っ赤に染める夕陽を見つつ、バスが停まったところはスルジ山の麓だった。「此処から歩けば直ぐに旧市街へ出られる、此処が旧市街に一番近いところだ」と言って降ろされた。


明日早朝にはザグレブに向かうため、ドブロブニクのみやげ物と本日の夕食を買いに旧市街へ向かう。みやげ物少しと水やビール、軽食、果物を購入し、ホテルでゆっくりくつろいで明日に備えた。


新鮮な空気と海と太陽に祝福され良く歩いた一日だったが、汗はかかなかった。ドブロブニクの地図はしっかり頭に刻まれた。

パオツアーのオリジナル旅行・クロアチア添乗記 4日目

【4日目】~ 世界遺産スプリット・ドブロブニク~


 世界遺産都市スプリットの美しい海岸に立つ旅行社で落ち合ったガイドは、明るく若くユーモアに溢れる。

 タレントの関根勉似の好青年で、英語は現代的で分かりやすい。

 スプリットは、引退したローマ皇帝が別荘として建てた宮殿がほぼそのまま残り、4世紀のローマ帝国崩壊後、そこに移り住んだ人々は宮殿を壊すことなく、住居や商店として利用しながら現在に至った。

 ガイドと事前の打ち合わせで、「現在の生活に密着した歴史的建造物と市場などを重点に人々の生活を見たい」と伝えると、明るく笑って快諾、市民生活中心の観光になった。

 皇帝が利用した温泉は現在は市民病院であり、名前の知らない魚が並ぶ活気溢れる魚市場、レコード盤にもなる硬いチョコレート店、宮殿の石柱を取り込んだ銀行などを興味深く観光した。青空市場で新鮮な果物やサンドイッチ、ビールを購入し、旅行バックを持たずにきた仲間はここでお気に入りのかばんを信じられない安価でゲットし、みんなに祝福された。

 ガイドと別れた後は、路線バスに乗り次の目的地へ。超満員の路線バスは「アドリア海の真珠」と言われる世界遺産都市のドブロブニクに向かった。


 ドブロブニクに到着した夕方は、旧市街にある安くて新鮮なシーフードレストランへ向かう。海沿いの道を徒歩15分弱、海のそばなのに静かな風、昔はドッグだったオープンレストランのロマンチックな灯りの下、ビールと白ワインで乾杯する。鉢に山盛りの緑のオリーブ、レモンを絞った生牡蠣、ムール貝のワイン蒸し山盛り、サラダ、チーズ、ハム、食べ放題のパン、最後にデザートと、満足しても一人千円未満。東京の生活と比べて余りの安さに驚く。

パオツアーのオリジナル旅行・クロアチア添乗記 3日目(その2)

【3日目】~クロアチアの個性溢れるガイドたち~


世界遺産都市トロギールのバスターミナルで下車。男性ガイドのオメロ氏とここで会うことになっているが、見当たらない。
トロギールの城郭内から電話をすると「ぼくはターミナルでずっと待っている。君が電話しているところまで行くから待っていて、傘を上に振り上げてぐるぐる回しながら行くから、すぐ分かると思うよ」ストライプの派手なシャツを着た初老の男性が細長い手の先にこうもり傘を振り上げてこちらに来る様はチャップリンの喜劇の主人公のよう。


早速、荷物の置き場を相談すると「知り合いのレストランに置いてもらいましょう!そこで夕食取るなら無料です。」との事。喜劇王は丁寧で古風な英語を話す。
私達のメンバーの元英語教師は早速彼の身長を質問、2メートルと答えた。オメロ氏は高見から私達女性を見下ろし、優雅に町の歴史を説明しだした。
途中で元英語教師は単刀直入に「あの扉の上にある木の突起は何?どんな用途があるの?洗濯物を干したのかしら」とたたみこむように質問すると、話の腰を折られた彼は一寸がっかりしたように照れ笑いを浮かべる。笑うと歯が欠けていて愛嬌がある。「クロアチアの旗をここに掛けました。海風を防いだり、日よけになったりします。」ギリシャ時代以来の建物は教会や民家として現存し、人々は建物を直しつつ住んでいる。

ある旧家の前でオメロ氏がその家の歴史を説明していると、元教師は「この家系は今も続いていますか?」と質問、予想外の問いにガイドは一瞬目を泳がせたが、愛嬌よく笑って少し赤くなりながら丁寧に質問に答えた。

マルコポーロ時代の建物の前で、自分の育った家はこの隣の医院で、此処は自分の遊び場だったと得意げに説明した。

市民戦争で犠牲になった若者達の写真や慰霊塔がある教会を案内してもらい外に出る。
夕闇が迫り、オープンカフェでは地元の人が沢山飲み始めていて彼は握手攻めにあった。「仕事にありつけて良かったね。」と祝福されているように私には見えた。ワイン好きのオメロ氏推薦の最古のワイン屋で一番美味しいといわれているワインを購入し、レストランでこれを開けようということになった。
オメロ氏の交渉をレストランは一口返事で承諾。別れの言葉を述べ始めたオメロ氏に、元教師は「私達と一緒にお食事しません?まず奥様に電話をして承諾を得てからですが」と用意周到に勧めると、「離婚しました。」とあっさりとつげたので、私達一行は彼の離婚を大歓迎し、彼は日本のおば様達のパワーに乗せられて嬉しそうに笑った。

彼の好物は魚、良く釣りに行くとの事。彼のために鰯のマリネ、私達はハム、チーズ、肉を注文する。赤ワインには良く合う。彼は「ハムは特別な時に食べる物で普段は魚が多い。」とハムを大事そうに食べながらボソッと言った。

欧州人はハムやチーズが日常品ではないんだという衝撃が走り、ひとしきり日本語でそのことが話題になった。

ワインが美味しい理由を聞くと「葡萄は南側の斜面で間隔をとって植え、6月~8月までたっぷりの太陽を根元の石と共に浴びさせ、太陽熱で壊れた石の温度と石から出た水で水分を補って美味しい葡萄になる。焼きを入れて煙でいぶした樫の木の樽に葡萄を入れて熟成させると香りの良いワインになる。樽は2回使うと捨てる。」
このワインの香りは葡萄と樫の木の樽の匂いだそう。何とも丸みのある味、色、香りの三つ巴の最高のワインをいただいた。この最高級ワインは海外への輸出を禁じられている保護貿易品なので、クロアチアでしか味わえない。

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