2005年12月14日

ダンサー・イン・ザ・ダーク(ネタバレあり!)

さてと、映画からいきますか。
1本目は『ダンサー・イン・ザ・ダーク』 廉価版は品切れみたい(Amazonで2005年12月14日現在)。
公開は2000年で、監督はラース・フォン・トリアー、主演はビョーク。
2000年のカンヌで、パルムドール・主演女優賞受賞か。
とにかくこの映画は文句なしに好きな1本なのだが、世間では賛否両論らしく、Amazon以外でもこれとかこれ、あとこんなのこんなのこんなのなど、ちょっと探しただけでも、みんな見事に意見がバラバラだ。

僕自身の話をすると、初めて観たのは公開されたときだから、もう5年も前のこと。
そのときはあまりの衝撃で号泣して、終了後なかなか席を立てなかった思い出がある。
なにが衝撃的だったのか、うまく言葉に出来ないのだけれど。
DVDが出てから、もう一度見直したのだが、やっぱり泣いてしまった。誤解の無いように言っておくと、これは所謂「泣かせ映画」ではない。これを見て「気分が悪くなった」と言う人も非常に多いことからも分かるように、ある意味で観客を選ぶ作品なのだろう。僕自身も「この場面のこの台詞は気に入らない」という部分がないことはない。まぁ、それはどんな作品にも当てはまることではあるが。
ただ、そういう欠点も含めて大好きな作品なので。

それはともかく、僕が泣いてしまうシーンはいつも決まっていて、それはビョーク演じるセルマが死刑場へ歩いていくシーンだ。
セルマという人は、はっきり言って社会とうまく適合できない人だ。彼女は、なんとか現実と折り合いをつけるために、ミュージカルを演じている自分を想像する。
これは現実逃避以外の何物でもないのだが、僕はそれを否定する気にはなれない。
世の中にはこうでもしなければ、生きられない人が実在するのだ。僕はそんな人を何人も知っている。
その彼女が死刑場へ向かうとき、少しでも恐ろしさをやわらげようと、想像の中でミュージカルを演じる。「1歩、2歩、3歩」と歌いながら。
このシーンでは、彼女は現実から逃げようとしてるんじゃない。逃れられない現実に必死で立ち向かっているんだ。
ラストシーンの直前、セルマは初めて想像の中ではなく、自分の声で歌う。
そのとき、現実の世界と想像の世界が重なり合う。僕はそれを「美しい」と感じる。

現実逃避の手段から、現実に立ち向かうための手段となり、最後に現実そのものになる。その瞬間が素晴らしいのだ。これは、映画にしても、音楽にしても、他のあらゆる表現行為についても言えることだと思う。
「独りよがり」で「自分勝手」かもしれない。だけど、それがどうした。
それだけで片付けられるほど簡単なものじゃないんだ。

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