2006年02月16日

「書く」ということについて

前回の記事に関連した話題をちょっと。

米光一成さんの「ブログ文章術」「ブログの自由と、われわれの不自由」というエントリについて、僕は「基本的には賛成ですよ」という趣旨のことを、前回の記事で書いた。「書きたいように書く」ってほんと難しいよねぇ、って感じで。
さらに、それに付け加える形で以下のように書いた。

>つまり、多くの人は(多分、一握りの“天才”を除いて)、
>思い通りの表現なんて出来ないのだ

>でも、だからこそ、勉強したり、練習したり、修業したり、訓練するのだ
>凡人は、そうやって少しずつ「表現」するのだ。
>少なくとも、「書きたいようには、必ずしも書けるとは限らない
>という自覚を持って書くのだ。
>「なんで書けないんだろう?」と煩悶しながら書くのだ。
>「書きたいように書けるようになりたい!」と心の中で叫びながら書くのだ。

まぁ、この部分が僕が最も言いたかったこと、かつ最も暑苦しいところ(笑)である。
肝心なことは、「書けない(と自覚する)からこそ、“努力”するんだ」ということだ、と思っている。

ところで、上記の「ブログ文章術」の記事に、「ものすごく引っかかったこと。」(happy hunting ground)というエントリがトラックバックされていた。
実際、そちらの記事を読んでみると、なかなか興味深い内容なので、今回はそれについて書いてみたい。(前回は“例外”だと言っていたのに…。「先のことは分かりませんよ」って書いといて良かった(←ばか!))

僕は、「happy hunting ground」というブログの記事を、他にもいくつか読んでみた。茅須まいるさんという書き手は、非常に論理的でなおかつ熱い文章を書く方のようで、僕は「面白いなぁ」と思うのと同時に、「こういう文章、結構好きかも」とも思った、ということを先に書いておく。

で、上記の、「ものすごく引っかかったこと。」という記事の内容だが、(以下斜体文字は同記事からの引用)

>そこまで「文章かけないけどブログやりたい」人を擁護する必要が
>どこにあるんだろう


という疑問の提示からはじまり、「極東ブログ」さんの「普通人間は文章などを書く必要はない。というか必要な文章は書けるものだし、」に賛成であると、

>そう、必要な文章ならかけるんです。書けないなら、
>それはその人にとって必要じゃないんだと思います。
>つーかこのエントリに寄せられたコメント欄の擁護の文章は、
>必要だから書かれた文章じゃないんですか? 
>それは文章術を駆使してないから文章ではないのですか? 
>あるいはブログの中身が書けないこととコメント欄に文章を
>残す残さないは関係ないことだとでも?


と書かれている。そして、最後の方では

>あなたが擁護している人たちには本当に書きたい衝動があるんでしょうか、
>これを書かないと自分の中にたまってどうしようもなくなってしまう、
>それくらいの強い衝動があるんでしょうか、と。
>いくら文章術で外見だけ整えたところで、本当に書きたい衝動を
>持ってない限り無駄だと思いますね。こんな形で文章術を指南するなら、
>相手の書きたい衝動を誘発する方がよほど書けないと
>言い訳している人のためになると思います。


とも書かれている。
詳しくは、実際の記事を参照してほしい。
こうして取り出してみると、かなり攻撃的な書き方のようだが、実際はそうでもない。上にも書いたように、非常に論理的である。
的を射ているなぁ、と思う点も多い。

でも、この人は「必要な文章なら書ける」と言い、「書けないなら、それはその人にとって必要じゃないんだ」とまで言っているのだが、そこに僕は違和感をおぼえたのである。
happy hunting ground」の過去の記事に「評価を恐れているのは誰だ?」というものがあり、そこでは「文章が苦手」と言う人に対して「表現が苦手なのではなく、表現に対して評価されるのが苦手」と喝破していて、それはある種の痛快さがあった。「まさにその通り!」と思う部分が僕にもある。
だけど、「ちょっと待って」、とも思う。それだけで片付けてしまっていいのだろうか?、と。

僕は、前回の記事の中で「文章を書く」ことを、「絵を描く」「楽器を演奏する」「写真を撮る」「ダンスを踊る」といった他の表現活動と並べて論じた。
他のものは、その表現の大変さは容易に想像がつくと思うが、僕は「文章を書く」ことも同様に大変なことだと考えているのだ。
別に「名文」を書く必要はない。でも、それは「難しくて大変」なことなんだ。
それを、「書けないのは、必要じゃないから」あるいは「評価(批判)されるのが苦手(怖い)から」と言われてしまうと、「そういう面もあるけど、それだけじゃないんだよ」と言い返したくなってしまうんだ。

せっかくだから、「絵」を例え話に使ってみようか。
「絵が苦手」って人はいるよね。ライオンを描こうとしてネズミのお化けみたいになっちゃう人(ダウンタウンの浜ちゃんみたいな)。
そういう人が「絵が上手くなりたいなぁ」と思ったとする。ゴッホやルノアールみたいな絵が描けないのは分かっているけど、友達に絵手紙を出してみたいとか、新聞や雑誌にイラストの投稿をしてみたいとか、理由は何でもいい。
でも、どうやったら上達するんだろう? 
やたらめったら描きまくってもダメ。他の人が描いた絵を見ても、「凄いなぁ」と溜め息を吐くのがせいぜい。
それで、絵画教室に通ったり、通信教育を始めたり、たまたま絵心のある知り合いがいて(それがたまたま親切で根気のある人で)その人に習ったり、するわけだ。
そういった助けを受けて、本人が努力すれば(←ここ重要)、そこそこ見れる絵が描けるようになる。(どう頑張っても、無理な人もいるだろうけど。)

「文章」も一緒じゃないかと思う。
上達するのに、周りの助けが必要な人も居るのだ。もしくは空回っている本人の努力を修正してくれる人が、ね。

「書きたいこと」が無いから、「書けない」という人もそりゃ存在するだろう。
でも「書きたいこと」があるのに、「どう書いたらいいのか分からなくて、書けない」という人も、やっぱり存在するのだ。
前者の人が「書ける」ようになるのは、難しそうだ。でも、何かがきっかけになって書きたいことが見つかれば、すぐに「書ける」ようになるかもしれない。(そういう人が形から入ったって、別にいいじゃない、と僕は思う。僕はね。)
後者の人は、切実に助けを必要としている(前者の人に比べれば)。そういう人のために、「ブログ文章術」があるのなら、それも良いことではないか。(いや、まだ分かりませんよ。これから、これから。)

たぶん、一番大事なのは「書けない(かもしれない)」と自覚すること。
その自覚がなければ、努力も進歩も上達も無いもの。

でも、米光さんの言ってることと茅須さんの言ってることって、そんなに矛盾するもんでは無いと思うんだけどなぁ。(余計なお世話ですか、そうですか。)

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この記事へのコメント
トラックバックありがとうございます。
大変興味深く拝読しました。茅須も大方ではこちらの意見に共感を覚えています。

過去エントリに違和感を感じられたそうで、人にはそれぞれの「自分フィルター(いわゆる色眼鏡)」があることを考えれば当然かなと思います。
だからこういった形で違う意見を聞けるのは逆に嬉しかったりします。そういう意味において、本エントリは充分に「書きたいことを書きたいように」書けていると感じました。
無理にご自分を卑下する必要はないのでは?

あ、暇な時でいいんで、「文章が苦手=表現に対して評価されるのが苦手」の例のエントリにご自身の意見など書いてトラバくださいませんか? と軽くお願い(笑)気が向かなきゃ放置してくださってかまいませんので(^^)
……というくらい本エントリは本当に興味深かったのです。シホゴンパパさんの意見にとても興味があります。よろしくお願いします。
Posted by 茅須まいる at 2006年02月17日 04:28
>茅須まいるさん
コメントありがとうございます。

うーん、ちょっと書いてみますか。
「書きたいように書けない」というのは卑下でも謙遜でもありません、ということだけは取り急ぎ言っておきます。
Posted by 23mm at 2006年02月17日 10:23