
愛のDVD
只今
BGMは大黒摩季の「夏が来る」。
紫外線の増した夏かと思う日差しと
送迎の女性ドライバーの低いハスキーな声に刺激されて
一昔前のこの曲が突然口をついた
デイサービスのスタッフでもある彼女は
一滴も飲めないのに見事な酒焼け声。
アタマ同様ノドにも毛の生えてない
ボーイソプラノの矢尾板には
外の日差しほどにまぶしくうらやましい声
さっそく
ウェブでライブ版の「夏が来る」を見つけ
リピートしまくっている
サンバ調のパーカッションとブラス・アンサンブルがいい
ここで松岡直也の曲を懐かしがるあたり
インストと歌ものを
往ったり来たりしたバンド時代の賜物だろうか
信じられないだろうが
バンドなるものをやっていたことがある
今やジュラ紀ほど遠くに感じる高校時代だが
三年の暮れまでやりきったら二浪してしまった
楽器はもちろん
ギターであるわけなくキーボード
客席からはミッキー矢尾板って声援をいただいていた
ミッキーとはいえ葛西方面ではなくガンダーラの方である
で「夏が来る」を連呼していたら
DVDが届いた。
おん歳80のマスターからのプレゼント
デイサービスで知り合った四点杖突き仲間である
パーキンソン病に陥ってイライラし
絶望していた矢尾板に
声をかけてくれたデイ仲間で人生の大先輩
ある雨の日
6人乗り合わせの帰りの車で
つぎつぎとデイのメンバーが降り
最後の二人になったとき
はじめて病状を聞いてきた
さりげなく
ごくごく普通に
二人になるまでそういう話は聞かない
二人になったらそういう話は聞くべき
その心配りがなんともうれしくて
苦労人というか
接客業に従事していたと思しき
自然な間合いの良さに
身にしみるやさしい気配りを感じ
ひそかに「マスター」と敬愛していた
とある金曜日の
デイサービス午前の部。
ゆっくりと流れる
マシーン・エクササイズの待ち時間
何の前振りもなく唐突に「DVD見る?」と
杖に乗せた手に
さらにとがった顎を載せマスターはのたまった
ピンとは来たが
病気の為ほとんどそっち方面には
興味も刺激もない生活が続いていたので
「はぁ、まぁ」と濁したら
逆に年寄りはしつこい
電話一本で送って来るとか
奥さま公認で、オーダーしないと心配されるとか
内容やタイトルには一切触れず
まつわる話のオンパレードだった
結局頂戴することになり
家人の都合のよいときに車で持っていかせるとのこと
来週中には、と降り際に言われたが
正直、大して期待もせず本気にもしなかった
帰りの車で別れて一時間
表で「矢尾板さーん」と呼ぶ声がする
本当に来たのである
奥さまに運転させ
不自由な体を助手席に詰め込んで
全部渡していいの?と振り向き
確認をする奥さまの手には
ズシリと36枚のDVD
練れたお方である。
着替え中だった矢尾板はTシャツにトランクス姿
期待満々、やる気満々と
とられやしないかと入口の扉に半身を隠し
こんな時こそ発揮される口先の如才無さをフル稼働させ
押し戴いたのである
愛のDVD。
袖振る縁程度なのに
心配していただいているというか
気にかけていただいているというか
頭が下がる思いである
「こんなもんでも時間つぶしにはなる」
一日をほとんど座って過ごすマスターならではのお言葉
夏が来る
きっと夏は来る
真っ白な杖を突いたオジ様が
磨きをかけて
コレクションした
妥協しない
色褪せしない
病になんて負けてない
愛のDVDをひっさげて
夏は来る
マスター
形見分けじゃないッスよね
ナンナンなん病。
微妙に趣味が重なる点が気にかかる
矢尾板拓也
パーキンソン病 ヤールⅢ 要介護2
パーキンソン病との葛藤をまとめたホームページ
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