入浴介助を受けうつらうつらしてると

珍しく携帯が鳴った。

母親かと思ったらデイサービスの歌仲間の女性からでした


「先生明日は来てくれるんかい?」

「足は痛いけど行くつもり、何かあった?」

「あの人がさぁ明日が最後なんだよ」

歌好き男性利用者さんで

認知症が進んでしまい

どうやらデイサービスには来れなくなるらしい


矢尾板の弾くピアノのすぐ前が指定席で

ポロポロと曲のイントロを弾き始めると

独特のコブシを効かせつぶやくように歌い始める


「ああこの曲は大丈夫なんだ」と

メンバー全体の指標になる大事なキーマンでした


「先生、最後にさぁあの人の好きな歌を歌わしてあげてよ。お願いできますかぁ」

「うんそのつもりでいだけど急だよね」

その後少しやりとりをして電話は終わった。


上海帰りのリル、有楽町であいましょう、

と柿の木坂も入ってたかな

村の一本杉は俺が弾けなくて

そうそう愛の賛歌は絶対歌わなかったな、

あとくちなしの花と、


記憶たどりながら胸にリストアップし

もうベットに上るぐらいしか残っていない

ドーパミンを駆使して

なんとかピアノの前に座った。


家族も大変だろう、周りも大変だろう。


でも本人の心の闇。

これからどんどん失われていく自分の記憶、

そしてその空白。

そしてその空白に

自分が取り込まれていく不安。無念。焦燥。

…………

察するに余りある。


誰が悪いわけでもない

選ばれたというだけのことだ

ならばせめて歌を歌う時ぐらい

楽しい笑顔を引き出せるように

役に立ちたいものである


自分もパーキンソン病になり

隔絶されてしまった過去や世間に

今更戻る気も未練もないが

何か動かない体でも

役に立つことがあるのかなあと

あくせくするのである


これから明日のためにゆっくりお稽古

歌会仲間の皆のために

そして自分のリハビリのために


あっ!緑の地平線を忘れてた