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2020年09月

竜田橋と天の川

 9月3日の満月の夜に撮影に行った竜田橋です。どうしてもこの吊り橋の上に上がる天の川を撮影したいと思い、チャンスを狙っていたところ、ようやく晴れそうだったため、明るい内に河原に下りようと17時に家を出て、阿南町へと向かいました。橋の手前まで行くと誰もいないと思いきや、薄暗くなり掛けている橋の上に若いカメラマンがいたのには意外でした。対岸の田本駅に来る電車を撮影しようと待っているようでした。ほとんどこの橋を利用する人はいないようで、獣の糞が数箇所にあることから、タヌキやキツネが行き来しているようです。
 藪の中に入って急な崖を降りて、河原の岩の上で暗くなるのを待つことにしました。天竜川は緩やかな流れですが、暗い大河の河原は不気味で、ラジオを鳴らして気を紛らわします。

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星が出るまで暗くなるのを待つ  2020.9.14    18:05

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            明るい星は木星、その左は土星  2020.9.14   19:16  
             EOS R   SIGMA15mmF2.8
100均で買ったLEDヘッドランプは明るいが照射すると青みが若干掛かるようだ。橋の色は薄青緑色の塗装

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川岸ギリギリから撮影  2020.9.14   19:23
EOS 5DⅡ SAMYANG14mmF2.8  

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EOS 5DⅡ EF24mmF1.4    2020.9.14   19:28

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EOS 5DⅡ EF24mmF1.4   2020.9.14   19:55

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よこね田んぼの案山子と天の川   2020.9.14  21:25
泰阜村を回って帰ろうとしたところ、道を間違えて千代の法全寺に出たため、よこね田んぼに寄り、撮影。
EOS 5DⅡ EF24mmF1.4



papawakaipapawakai  at 19:33コメント(0) この記事をクリップ! 

月夜の橋

 9月2日、せっかくのHarvest Moonに家にいてもしょうがないし、台風も近づいているので夜空の撮影は当面無理だろう。行くなら今夜しかないと思い立ち、先日下見しておいた阿南町の竜田橋へと出掛けて来ました。
 この竜田橋は阿南町の川田地区と、天竜川を挟んで竜東側の泰阜村田本地区を結ぶ吊橋で、その起源は明治42年に当時の川田村(現在の阿南町川田地区)の住民有志の起案で架設され、大正11年には馬も渡れるように架け替えられました。当時は天竜川を利用し、米などの物資を積んで遠州まで運ぶために、川田地区に港がありました。現在も船渡という地名が残り、港(湊)屋という屋号があるようです。昭和初年には3次目の橋に架け替えられたのですが、昭和45年の梅雨の大雨によって流失し、昭和46年12月に現在の鉄骨製吊橋が竣工となり、以来49年が経とうとしております。
 Google Mapに載っておらず、ここに行くには軽自動車でないと無理です。橋で行き止まりで、Uターンするのに苦労します。橋を渡った泰阜村側の左に500m行った所に、秘境駅人気度全国6位(2020年ランキング)の田本駅があります。

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   竜田橋  阿南町川田地区から見た竜東側の泰阜村田本地区 2020.8.20
三信鉄道の天竜峡~温田間が昭和10年に開通し、昭和40年代前半まではよく利用されていたという。現在は中電の職員が架線の点検に利用するくらいである。奥の橋は大沢橋。
竜田橋2
阿南町側からの泰阜村田本地区 上の写真の夜 2020.9.2  20:23
竜田橋1
泰阜村側から見た南の空 満月だがほんのり天の川を確認出来た 2020.9.2   20:00
南宮橋1
           南宮大橋 阿南町川田地区より  2020.9.2    20:37
 竜田橋の帰りに撮影。竜田橋から下流約2kmのところにあり、泰阜村温田地区と阿南町の御供地区を結ぶ。最初の橋は明治30年に木製吊橋が架けられ、現在の橋は4代目。昭和21年6月、阿南町の御供地区に現在の県立阿南病院の前身である日本医療団阿南病院が診療を開始すると、川田地区にあった商店が御供地区に越して来て、御供が栄えるようになったという。(創業100有余年の竜田屋さんの話)
南宮橋2
稲刈り間近の田んぼと南宮橋  2020.9.2    20:50  
街路灯の明かりで稲もうまく色が出た


papawakaipapawakai  at 13:39コメント(0) この記事をクリップ!