青い空に白い雲

このブログ、新しい記事ばかりでなく、カテゴリ別に適当に拾って読んで下されば幸いです。日記じゃないので....

2006年02月

女子フィギュア・それぞれのドラマ

f49cb5d1.jpg22日早朝のNHK4:30〜の女子フィギュアは、こんな時間帯なのに11.1%の視聴率となったらしいです。

 私など、いつもの時間に起きて階下のリビングに下りたら、丁度、安藤美姫の演技時間。転倒に心を痛めつつも、いつもの時間通りに着替えに二階に上がってた頃に荒川静香の出番。そして、着替え終わり「さて、行ってくるよ」という頃に村主章枝の登場....と、なんとも平均的日本人には、かなりタイミングの悪い時間帯でしたよねー。

会社に着くと、同僚から「荒川の金」を知らされ、狂喜。(乱舞はしません...職場ですし(゚3゚))

この荒川の金、米国でもかなりエキサイトしたらしく、NBCテレビがゴールデンタイムに彼女が表彰される映像を「君が代」共々、そっくり放映したらしいんです。これはきわめて異例で、アメリカ人が金メダルを獲ったとき以外に、他国の国家を流し切ることは今までにないらしい。自国のコーエンが銀だってぇのに、懐の広い国ですねー。

 ところで、皆、いろいろとあったでしょうが、今、かなり知名度の上がっている銀のサーシャ・コーエン、銅のイリーナ・スルツカヤについて、少々、知ってることを書きます。

 ......それぞれに「ドラマ」ありですよね。

まずは、銅メダルのロシアのイリーナ・スルツカヤ。イリーナの挫折は、まず2002年のソルトレイク五輪に始まります。疑惑的な審査結果により、米国のヒューズが金メダルに。当時は、オリンピックのスポンサーに米国大企業が多々入っており、その圧力の関与が取り沙汰されたものです。ともかく、全世界で色々なうわさが飛び交う中、彼女はひとり涙したんですね。

 そして、また、彼女は、翌年2003年2月、グランプリファイナル観戦中の母親が腎臓病で倒れたため、世界選手権を辞退しました。母親の看病に専念するためです。泣けますねー。ところが、今度は自分が、心臓の血管炎症という原因不明の難病に倒れるのです。 大量の薬物投与の副作用で、歩行すらできなくなるほどの状態に。 リンクに上がってスケートを続けるには、このまま大量の薬の投与を続けなければならぬという医学的見解。

イリーナは、何より大好きなスケートを続けることが、命賭けであるという衝撃的な現実と向かい合うのです。 しかし、彼女、命と引き換えに、スケートを選んだのですよ。

そして復帰した2005年、リストの「死の舞踏」にのせた鬼気迫るその演技は、「フィギュア史上に残る名演」として有名になりました。 こんなドラマを経てのトリノ、だったわけです.....

 母親の腎臓病・自分の心臓病の医療費。家計を背負う身のイリーナ。 しかし、公式戦では滅多に見られなかった転倒.... 「それが人生」と彼女。なるほど、「成功」だけが人生じゃない。そんな大多数の人々の心の支えになるショートコメントでしたね! 

世の中、そういう人の方が多いんだし、感動を覚えますよ。

次に、銀メダルのアメリカのサーシャ・コーエン。 アメリカの彼女の公式サイトはアイドルなみのフォトギャラリー満載。リカちゃん人形みたいな彼女のルックスは本国でもかなりのファンがいるんでしょうねぇ。

 ところが、そこのトップページにこうあるのです。「Silver for Sasha」と...

そう、彼女のアダナは、「万年二位」もしくは「シルヴァー・コレクター」なんです。.......ひでぇ〜!!

2005年オレゴン州ポートランドでの全米選手権 → 銀 続くモスクワでの世界選手権 → 銀 エリック・ボンバール杯 → 銀 そして、今回のトリノ冬季五輪 → 銀 大事な試合では、必ずしくって、銀、どまりとなるサーシャ。すでにガラスの心臓とか呼ばれていたんですね。 新しい採点システムで女子スケーターとしては最高の199ポイントを出して2006年全米選手権を制してトリノ出場を決めたのですから、正真正銘の実力者のはずなんですが、肝心な本番で、いつも、コケる。

今回も、フリーでやはりコケた。そしてギン。

 彼女もそれを分かっているらしい。ある大会で金メダルを獲ったときのコメントで、「家には靴箱に沢山の銀メダルがしまってあるけど、このメダルの色はなんてステキなの!!」だと。

ところで、彼女、母親はウクライナ出身のパレリーナ。ウクライナといえばかつての旧ソビエト連邦。サーシャって名前もそのせいか。ロシアとアメリカが半々。今は両国もメダル数20と20で半々....

ともかく彼女、すっかり、銀にはまったジンクス。それもまた人生か.... 「すっかり自分を見失ってた。残念です」と。 本番で、しくる悔しさ。自分との闘いに、何度も敗れる苦渋。これって、大多数の人にとって、それぞれの苦い思い出にハーモニックする、心の中の和音ですよね。 サーシャは全米に注目されている分だけ余計にその苦しみをじっくり味わっているはずです。

彼女の表彰台でのカワイイ笑顔。これは忘れてはいけない素晴らしい笑顔ですね。

 荒川静香だって、目の前でエレベータの扉が閉まってしまっただけで「今日はいい日じゃない!」と引きずってしまうような女性。1997年で全日本で優勝するも、1998年長野五輪じゃ13位。2002年ソルトレイクではなんと出場すらかなわず。

なんとか2004年の世界選手権で優勝したから、「スケートは20歳まで」の約束通り、華々しく引退しようとしたが、両親も周囲の人も認めず断念。中途半端な精神状態のせいでしばしスランプ。2005年のグランプリファイナルの出場を逃し、しかも得意技のイナバウアーが得点対象から外されるという事態となり、絶望。またも「引退宣言」となる。

そして「もう次の世代の五輪」と、かなり年齢を意識しながら出たトリノだったんです。

ところが、五輪女子フィギュア史上最年長での金メダル、しかもアジア初の快挙が彼女に待っていたわけです。

 「もう引退させて...」の弱音連発の末のゴールド。これもまた紆余曲折のドラマティックな金メダルストーリーですよね。

順風満帆、なんて言葉は人生にはない。それを私たちに教えてくれます。 サクセスストーリーだけが「物語」じゃない、そんなことが分かるそれぞれのドラマでした。

機 銃 掃 射 の あ と (+_+)

53218c93.jpg 写真は、私の実家に入る袋小路の角にある古い家屋です。我が実家と同じ時代の建造物ですが、今は若い人たちで営まれる建築事務所が入っており、この古めかしい建物を実に巧みに利用しています。  入り口には毎日、シャレたコメントつきの黒板が置かれ、中二の我が娘などいつも「掲示板」に簡単な返事を綴っています。  戦争中からあったこの建物、よく見て下さい。壁面に丸くセメントで埋めた痕がいくつか見えますよね。(画面CLで拡大します)これは、アメリカ軍の艦載機が通行人を機銃掃射したときに出来た弾痕です。  この辺りの戦時中の証言を近くの梅津さんという方が最近、小冊子にまとめられました。「太子堂の空襲」というその本には、近在の板垣氏がここで敵艦載機の銃撃を受けた体験が綴られています。  制空権を奪われていたので、昼間から敵の艦載機が上空に飛来、通行人を見つけるや急降下してきて機銃掃射していたらしい。板垣氏もこの建物の前(10mも行くと国道246)を歩いていた時に、搭乗員の顔が見れるほどの低空まで艦載機が降下してきて、銃撃され、丁度この弾痕の箇所に着弾した旨が書かれています。  また、母に聞いたところ、飛行機好きの父が屋根の上で上空を行く敵機を眺めていたら、一機が降下して来て掃射を始めたため、「屋根から転がり落ちるように逃げた」らしい。それがこの時の話だそうです。  そんな歴史的な生々しい痕跡がまだこうして残っているのです。私など、生まれて結婚して別世帯を構えるまでの28年間、この建物の前を毎日通っていたのですが、あまり意識することもありませんでした。  今、練馬の自宅から妻子や犬を連れて世田谷の実家に遊びに来ると、この壁面の弾痕にゾクッとします。飛行機が人を殺すために発した銃弾の痕なんですから。この空間で、そんな瞬間が現実としてあった、その事実。  この建物が見てきたそのリアリティ。まだ、歴史としては語れないわずかな歳月の向こうに、そんな現実があったのです...... コワイっすねぇ〜     http://geocities.yahoo.co.jp/gl/pape1789/view?.date=200507より転載  

さすが!!

848ec9df.jpgさすが〜、基本的には私のシトロエンZXとおんなじ。 でも、なんか、コワイな、コレ....

やっぱ、こっちっぽい........

cd41ab71.jpgそう、こっちこっち。 このプラモデル、これが一番、雰囲気だしてる〜 マニア向けBlogで、ごめんなさい.... さぁー、寝るぞ!! 明日もツライぞっ

マリー・アントワネットはこんな顔だった!?

83f4a7dc.JPG宝塚でもまたマリー・アントワネット生誕250周年記念とかで「ベルばら」公演などやってますねぇ。 あのフェルゼン伯が、歴史的事実の中でも、インディー・ジョーンズばりの「スゴイやつ」だったことに関心ある方は「西洋史おもしろ話集Approchez messieurs-dames!!」なんてぇのを参考にして下さい。 ところで、マリー・アントワネットは大革命前は「王妃」、その後は「大罪人」なわけで、王妃時代に描かれた肖像画となると、かなり美化されてしまっている可能性がありますよね。男性王族ならともかく、やはり女性となると、その傾向はかなり...。 また、大革命後は、逆に簡素なスケッチ的なものが多く、実像に近い作品が期待できるんですが、屈辱と心労にやつれ果てた姿がいかにリアルに描かれていても、私たちの知りたいヴェルサイユの「王妃」の実像とは、別人みたいな代物でしょう。 となれば、本物の彼女の顔、なにに頼ればいいのやら.... 寝室係女官のカンパン夫人始め、色々な人が「あの絵が似てる」と証言を残していますが、他人の主観などアテにしても、なんとも半信半疑、残りますよね。 そこで、この画像です。 これは、もう10年以上も前に、会社の研修でロンドンに行ったときに、あの有名なベーカー街の「マダム・タッソー蝋人形館」で撮った「マリー・アントワネット人形」です。 東京タワーの蝋人形館も、このタッソーの本場技術による作品を直輸入して展示しているそうで、いわば「蝋人形」技術の元祖。 では、なぜ、ここの「マリー・アントワネット」が実物そっくりだと言い切れるのか、なんですが、このマダム・タッソーという婦人、タッソー氏と結婚する前はマリー・グロショルツといって、1761年アルザスで生まれ、当地で蝋人形技術を習得した後、パリでの展示会の成功からヴェルサイユ宮殿に招かれたりした「王妃」と同時代の人なんです。しかも仕事がら、じっくり身近に王妃を観察した人物。 彼女は大革命(1789)の後、革命政府からギロチン処刑者らのデスマスクなど作製する仕事を命じられたりし、かつて親しく交わったルイ16世やマリー・アントワネット王妃の切断された生首を墓地から拾い出し、デスマスクを作ったとかの逸話すらあります。 ともかく、かつて宮廷に関わった者たちはそれだけで「危険分子」とみなされた時代、彼女も特殊技能を活かしていたとは言え、かなり危険な目に合い、ついにはイギリスに亡命するんです。 そして、イギリスでまた蝋人形技術を活かして有名になり、このベーカー街の世界的に有名な蝋人形館の設立に至ったわけです。 当時は、フランス革命など今のイラクでの戦争みたいにちょっと前の出来事。また、イギリスには、本物のルイ16世やマリー・アントワネット王妃を身近に見知っていたフランス貴族らがゴロゴロ亡命していた時期。そこで、「いやー、こりゃ、そっくりじゃないか!」と人々を驚嘆させて成り立つのが「蝋人形館」の商売です。 つまり、マダム・タッソーの蝋人形館に展示されているマリー・アントワネットは、複製を重ねているかも知れませんが、もっとも信頼に足りる「リアリティ」があるはずなんですよね。 しかも創設者であるタッソー夫人は、ヴェルサイユに君臨するマリー・アントワネット王妃を間近に見ている「目撃者」なんですから。 ちなみに、同蝋人形館には、かなり衝撃的なギロチンでの犠牲者らの生首が、生々しく展示されてます。その画像アップは避けました。グロいです。マリー・アントワネットの生首は、特に、タッソー夫人がじっくり観察したという逸話があるくらいですから、かなりシュール。人によっては直視できないでしょう。(歴史の事実は無情なんですョ) ともかくこの画像こそ、本物のマリー・アントワネット映像なんです。当時の人々が「おぉっ、まるで蝋人形みてぇだなぁ〜」と言ったであろうものなんですよ。蝋人形ですから、あったりまえですが..............

タイタニックの救命ボートにいそうなヤツ

638188b5.jpg今朝の通勤バスの中、運転手が各バス停で、通過しないで気前よく客を乗せるのに腹を立てたある男が「おい、運転手、定員ってぇのがあるんだろっ、早く出ろ!!」と騒ぎ始めた。 運転手は無視で、なんとか各停留所で乗せられるだけ拾ってから、バスを出す。 男は「お〜い、この野郎、ふざけんなっ!!」と騒ぎ続ける。 バスが終点に着くと、男は運転手にわざわざ文句を言いに行く。 「てめぇ、ふざけやがって!!」 まったく、こういうヤツ、本当にどこにでも生息してますねぇ。どんな生い立ちでこうなったのか、人生を垣間見たい気もしますが、ともかく、世の迷惑。 こういうヤツが、タイタニックの救命ボートの上から「これ以上乗せるとボートがひっくり返るぞ、えい、この野郎、つかまるんじゃねぇ〜」って言うタイプなんでしょうね。 うー、イヤだ

夜  中

48b59ffa.jpgしかし、こんな夜中に犬がク〜ンク〜ンと泣き出しやがり、近くの公園まで行くハメに..... ここは、東京・練馬の住宅街。さすがに三時半ともなると、道行く人もいないし、車も走ってない。 しかし、私は私用があって月曜有休とっているから、こんな時間までPCいじくって起きているが、世間様も、なんでか知らないがまだ灯りが燈っている家があって意外。 一体、ナニやってんだろうなぁ〜? 向かいのアパートは10部屋中2部屋が起きていた。2軒並びの家も出窓のカーテン越しに蛍光灯の灯りがもれている。途中の家ではリビングに煌々と灯りが...、その隣りも2階がまだ起きてるようだ。 人のことは言えないが、皆様、明日は月曜だと言うのに、午前三時半に一体ナニしてるんでしょうねぇ? トリノオリンピックの中継でも見てるのかなぁ ちなみに、アップした画像は「夜中のパリ」。練馬じゃありません〜

「ある日どこかで」....不思議な映画

7df701a3.gif不思議な映画があるんです。

「ある日どこかで」という映画、知ってます? 原題は"Somewhere in Time"。(ファンの間では“SIT")1980年アメリカ映画です。

この作品、米国でもパッとせず、81年に日本でも上映されましたが2週間で打ち切り。人知れず葬り去られた「無名の映画」なんです。

一応、監督は「ジョーズ2」(78)で有名なヤノット・シュワルツ。主演はすでに「スーパーマン」で大スターになっていたクリストファー・リーヴと「007/死ぬのは奴らだ」でボンドガールをやったジェーン・シーモア。しかし、ともかく不発。人目にあまり触れることもなくお蔵入りとなった作品なんですよ。


ところが、この「ある日どこかで」、その数年後、口コミで「素敵な映画」として全米に広まって行き、今じゃ、本国アメリカではもちろん日本でも本格的なファンサイトが立ち上がり、撮影に使われたミシガン州マキナック島のグランドホテルでは、毎年ファンの集いが開かれているほどに。

26年も経っているのに、こんな熱狂的な現象、そこいらの「名画大作」ですらあり得ないことですよ、まったく.....

ストーリーは、タイムトラベルものの恋愛物語。

ある日、「帰ってきて...」と見知らぬ老婆にささやかれた若き脚本家リチャードは、八年後に気晴らしに宿泊したグランドホテルの資料館で見た舞台女優「エリーズ」の古めかしい写真に魅了される。夢中になってその女優の資料を調べていたら、晩年の彼女の写真が八年前の「見知らぬ老婆」であることを知る。その不思議な事実と老婆の謎を解くために、大学時代の教授の助けを借りて1912年へのタイムトラベルを敢行...。


このジェーン・シーモア演ずるエリーズの美しさといったらリチャードならずとも魅了されること必至。監督自らが言っているように、「この部屋に彼女(シーモア)がいても、『若い娘』としか感じないだろう。彼女の魅力は僕が引き出したんだ」の通り、なんとも不思議な魅力が感性をズバっと射るんですよ。

ホテルの資料室でリチャードを夢中にさせたエリーズの古い写真、これはこの作品中でも最も美しい場面なんですが、アメリカのファンサイトでは、額入りでネット販売されてます。(それがアップした画像)他にも、出会いのホテル「グランドホテル」の模型やら、懐中時計やらTシャツやら色々が販売されています。

ところで、リチャードを演じたクリストファー・リーヴ氏。この撮影の時は、「スーパーマン」と「スーパーマン2」の間で、すでにイメージ的にスーパーマン男優として全米で知れ渡っていた頃です。メローなラブストーリーの主演としてはキャラ的になかなか難しい立場だったんですねぇ。

全米を78〜87年にかけて夢中にさせた全4部作の「スーパーマン」のヒーローだったリーヴ氏。80年のこのささやかな作品が、これほどまでに根強いカルト的存在になるとは夢にも思わなかったでしょう。

リーヴ氏は、95年5月27日、好きだった馬術競技の最中に、何を思ったか急停止した愛馬から振り落とされて首の骨を骨折。一命は取り留めたが、人工呼吸器を取り付けての車椅子生活の障害者となります。

しかし、ここからが、彼が本当の「スーパーマン」を演じることになりました。自らを実験に供して脊椎再生医療推進と麻痺者のための福祉活動に邁進。基金を設立して、資金援助すると共に、脊椎再生の可能性を示して学会にセンセーションを起こし、また、全世界の障害者に資金と勇気と希望を与えたのです。

2004年10月10日、彼は52歳で亡くなりました。


まぁ、一度、この映画を見て下さい。音楽担当のジョン・バリーの美しい旋律と夢心地の映像。

私は覚めているタイプなので、それほどファナティックにはならないんです。ところが、この「ある日どこかで」に関しては、サントラのCDは買うは、原作の文庫とDVDをAmazonで注文するはで、公式サイトの掲示板の常連になってもおかしくないほどの「支持者」。

なんとも、不思議な映画です、まったく.....

トリノ冬季オリンピック ......トリノってどんなトコ?

173680d5.jpgいやはや、開会式のこの時間帯....思いやられますねぇ〜 トリノと日本の時差は8時間。ほとんどの競技が、日本時間の深夜1時から早朝4時、なんて具合らしいですよ。 現にこのコムナーレ競技場で始まった開会式が、早朝4時から、なんですから ところで、この「トリノ」というところ。昔はイタリアの首都だったんですね。 13世紀に、ここは神聖ローマ帝国領からサヴォワ(普通は「サヴォイア」と。私はこのフランス語読みが慣れてるんで...)という公国の領土に。 サヴォワは、アルプスのフランス側斜面の小さな一地域の名です。ここの辺境伯がちょっと頑張って領土を広げたわけですねぇ。 この公国、スペイン継承戦争(1701〜14)で、戦争をふっかけたルイ14世のフランスを見切って、敵側に鞍替えしたおかげでサルディーニャ島を手に入れました。そして「サルディーニャ王国」として飛躍。ちなみに、この戦争でフランス軍を散々な目に会わせて勇名を馳せたのがイギリスのマルボロ公爵。今じゃ、タバコで有名ですよね〜。チャーチル首相の先祖です。私はマルボロ・メンソール、吸ってます ちなみにちなみに、このマルボロ公爵、横領罪等で失脚しちまいます〜 ともかく、王国となったサヴォワ公国、1861年にはイタリア統一により、あのナポレオンの血縁でもあるヴィットーリオ・エマヌエレ2世が即位して、なんと、このトリノが首都に。 まぁ、1863年にフィレンツェに遷都。1870年にローマに遷都となってイタリアは共和国になるんですが.....。 まぁ、昔はイタリアの首都だったってこと、です。 しかし、NHKの入場セレモニー中継で「ルネサンス期の王宮の人々ですねー」とかやってましたが、あのコスチュームは、18世紀です。2世紀半の誤差は、江戸時代と平成の現代とを混同するみたいなものですから、ね ともかく、ガンバレ・ニッポン(イタリア語で日本人のことをジャポネーゼgiapponeseといいます) 私は、トリノ名物の飲み物で、コーヒーベースにチョコレートと生クリームを加えた「ビチェリン」が飲みたくて飲みたくてしょーがないです

我が愛車・シトロエン

b2ee43e9.jpg 私はシトロエンZXというフランスの車に乗っています。外車といっても中古なので安いものでした。

 フランス好きの私にはピッタリですが、本当はネットで調べたフォルクスワーゲンを買いに行き、それが契約済みと知らされたのが、展示場のこの車のボンネットの上で、目線がこれの走行距離と価格に注がれ「あれ、ところでコレは?」となって、即決でした。

 シトロエンファンを魅了していたハイドロサスペンション(油圧式)と縁を切り、乗り心地よりも故障の低減を選んだこの「欧州のカローラ」は、旧来のファンからは顰蹙ものだったみたいです。まぁフランス車ですから、そりゃ故障は多い。しかし細かい部分ばかりなので、「仕様がないよ」で済みます。

 家族旅行で旅先で国産のレンタカーなんかを数日乗っていると、帰ってから乗るこのシトロエン、クセがあるしハンドルは重いし、なんとも操縦性が悪い。しかし、すぐにまた馴染んでしまう不思議。おフランス製の白と赤のシートは車大好きの愛犬の毛だらけ、後部座席は子供のお菓子のカスや空き袋が転がっている始末。しかし、これを買って初めてウチの犬を実家に連れて行き、父の亡くなる数日前に犬好きの父の喜ぶ姿を見れたし、法事や葬儀や、地味〜な家族行事には大活躍し、家内の実家の岩手・遠野までの600キロの東北道もひとっ走り。パリの路地を小粋に走るのとは大違いですが、文字通りのファミリーカーとしてタフな活躍ぶりを見せてくれます。

 シトロエンはBMW、アウディ、プジョーなんかに比べて少数派なので、たまにファミレスの駐車場なんかでダブル・シェブロンのシトロ印を見つけると、わざわざ隣りに停めたりするのですね。少数派としての互いの同胞意識はかなりなものみたいです。

 ドイツ車や日本車みたいなグレード差が明確でなく、それぞれがそれぞれの個性と用途により種別されているラテン系の車文化は、やはり生活密着の伝統のなせるものでしょう。「贅沢品」としての車文化特有の気張りがない。ある部分が損傷してシトロエンに修理に出したら「国産車なら一〜二千円ですが、これは一万数千円はかかります」と言う。やはり維持費が『外車』。ところがその整備士が続けて言う。「だから両面テープでとめときましょう。それで充分です。500円です」と。これですねぇ、思想が。やっぱりシャレてます、フランス車!



http://geocities.yahoo.co.jp/gl/pape1917/view?.date=200505 より転載。

映画 迷・場面

aeb0f729.jpgたとえば、あのオードリ・ヘップバーンとグレゴリー・ペックの名画「ローマの休日」(1953・米)。

ジェラードのアイスクリームが今でも「シャレたアイスクリーム」と認定されているゆえんは、この映画のワンシーンで、ヘップバーンがジェラードを食べながらスペイン広場の階段で話す場面によります。

ほんの2分ほどのシーンなんです。ところが、よく見て下さい。背後にあるトリニタ・ディ・モンティ教会の大時計。カットごとにグルグルと時間が変わってます。おいおい〜 

なんでも、このワンシーンだけで6日もかけたらしい....。時刻を気にしてるどこじゃない! ワケ。

また、あのデカプリオの「タイタニック」(1997・米)。

ジャックが晩餐会に招待されてホールへ入らんとするシーン。開かれたガラス扉に、撮影カメラを肩にかついだスタッフが映っちまっているんですねー

そういえば、一連の「三銃士」ものの映画で、銃士らが城に侵入するシーンで、背景である山の道に、白い車がブーンって走っているのもあったっけ〜

今じゃ、気付けば修正で削除できるのに...ともかく、ありゃ馬車じゃないですよ...

最後に、もう、寝なければならないので、コワイやつを。

「スリーメン・&・ベイビーズ」(1988・米)ってコメディ映画。赤ん坊と男性の二人だけの室内シーン。サッーとカメラがパンするときに、窓のカーテンのところに、謎の少年がクッキリと映ってます。

これは、この話を知っていながらも忘れて、TV放映されたのを見たときも、「なんだ、今の少年は??」と思い、「あっ、そうか、これがあのシーンか...」と思い出したほどに鮮明。


まだまだ、色々あるようですが、そんな「迷」場面、意識しながら見る名画もまた面白いですよねぇ〜

買収された側から見た「人事異動」

fe42ebf5.jpg定例の人事異動でした.....

まぁ、私の立場を説明すりゃ、私の会社(「A社」としましょう)は今の会社(B社)に買収され吸収されたんです。まぁ、営業課長という肩書こそスライドで同じなんですが、A社出身者は、ことあるごとに、降格されて、すでに三階級も落とされた人もいます。


今、私が配属されている営業所は、かなり隅っこのマイナー店です。従って、買収側の社員も、どちらかと言うと「左遷」系が多い。もしくは、昇格して、「まずは小さい営業所から」って主旨の配属で来た者ですね。


かなりの温度差。左遷された一クセ・二クセある「ならず者」と、意気揚々とご栄転の「エリート」。

私ら「A社」出身者は、関が原で西軍側だった大名みたいなもので、いわゆる「外様」。もはや熾烈な出世競争とも離脱した静観者の立場。なかなか面白い。

今までの所長は、生粋の「B社」出身ですが、今回、降格しての異動でした。私を副所長にしてやる!と豪語してくれた頼もしい所長でした。残念です。この会社、明るく豪放磊落な人は、片っ端から左遷・降格されているんです。

細かく厳しく権威づくのタイプは、かなり昇格スピードが速いです。

そんなわけで、今回、その所長の後任で配属されたのが副所長からの昇格者。細かく、厳しくの評判高い人物....。

やれやれですね。

しかも人員削減で、様々な業務を営業課長としては被らねばならない状況に。ん〜、かなりのダメージ。

「オレが変えてみせる!」と意気込んでるヤツ、疲れますよねー。

A社時代、私は本社の部長代理でした。営業所から本社へ栄転した時は、他の課長職の先輩たちを抜き去っての抜擢。そんな人事に対する感謝を業績で示そうと、私は営業成績不振の本社営業部の立て直しで、かなり無茶な指導をしました。朝のミーティングでは成績不振者の発表にキレてポールペンを投げ付けたり、ファイルを頭上にたたきつけたり、そんなことは茶飯事でした。


そんな、ヤツだった私が、今じゃ、B社のバリバリどもに「イヤな気分」でいるという因果応報。ザマー見ろ、とか自分に言ったりすることもあります。自虐的〜

ともかくB社とて、派手に降格人事があり、悲喜こもごも。

ちょっと作戦に失敗すると連隊長が一兵卒へ降格する共産ソ連の軍隊なみの懲罰主義。ミスしたくないがために何もしなくなる者、功績を求めて無茶を部下に強いる者、あとはすでにヤル気を喪失した者たち。

こんな会社の総合力って

まぁ、私は、粛々と職責を全うするだけです。あまりとやかく考えず、悲観・楽観すべて排除し、日々をしっかりこなすのみですね。

かつての、あの強烈エナジーの躍動はもはや味わうこともありませんが、大したことじゃない、あんな感覚。早死にしますよ、テンション上がりっぱなしで。

さてさて、皆さん、個々に様々な悩みありますよねぇ〜。ブログで公開できるような素敵な生きザマ、これを心掛けて、明日も

ロシア兵だったミュージシャン♪

dd07f2df.jpg日露戦争で最大の激戦地・旅順の二〇三高地の戦いを描いた映画「二百三高地」(1980・東映)は、当時はかなり評判の映画でした。

そんな当時、あるラジオを聴いていたら、出演のミュージシャンの一人が、なんと「ボク、『二〇三高地』に出てるんですよ〜」とか爆弾発言

ロードショーされて評判の映画だったので、かなりのインパクト

「ええっ、なんの役だったんですか?」

と司会者があわててきく。

「いや、ただのエキストラです、バイトですよ、アハハ」

とそのミュージシャン。

「でも、評判の映画ですし...。なんの役をやったんですか」

と執拗に司会者。

「アハハ、役だなんてもんじゃありませんよ」

とミュージシャンは自分でフッたわりには謙遜。

「だから、ナニをやったんですか?」

とまた司会者。

そしてミュージシャンは言った。

.......「ロシア兵の死体です」

そうかぁ、うつぶせに死んでりゃ、わざわざ外人エキストラ雇う必要ないし
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pape2005

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大昔、暴れん坊の悪ガキ。少し昔、おごりたかぶる勝ち組ビジネスマン。そして今、「見ろよ、青い空〜白い雲〜」の歌の境地。
皆さんの日々に、活用できる情報の発信媒体が、このBlogの主旨です。日記じゃないので、過去記事もめくって下さい!
papeは、我が家の雑種犬の名前です。(フランス語で「法王」ですが...許し給え、アーメン)
FP2級技能士だったり、メンタルケア心理士だったり、フランス歴史オタクだったりですが、スピリチュアル系記事多いです。
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最新コメントの管理は徹底していますので、過去記事にも、遠慮なく一言どうぞ〜!


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