青い空に白い雲

このブログ、新しい記事ばかりでなく、カテゴリ別に適当に拾って読んで下されば幸いです。日記じゃないので....

2007年11月

本日のちょっといい話 52 おもしろきこともなき世

おもしろき

  こともなき世に

         おもしろく

 

高杉晋作この高杉晋作の辞世の句、なんとも、素敵な言葉ですねー。

「こともなき世」と「こともなき世」、どっちが正しいかとか、これが辞世の句ではなく、そう言われ始めたのが司馬遼太郎の小説による、とか・・・そういう色々は関係なく、わたしには、ともかく、素敵な言葉だと思えます。

 

お釈迦様の言葉にあるように人生の基本大前提は「生老病死」です。つまり、生まれて老いて、病んでくたばる...これです。まぁ、生物体としての絶対真理ってやつですね。避けられない。

お釈迦さま生老病死に加えて、愛別離苦(愛する者と別れる苦しみ)とか、怨憎会苦(イヤな相手と会う苦しみ)とか、求不得苦(欲しい物が得られぬ苦しみ)とかまで加わって、なんともわれ等の人生ってやつは、すべてが「苦」。

これをオールインワンして「一切皆苦」。

 

 

いやいや、今週末は旅行だし私は今、幸せ!  とか、これから大勝軒のラーメンを食うからオレは幸せ!  来春は愛する彼氏と挙式、今、アタシは幸せそのもの!  なんて、人生には「幸福」もあります。でも、その幸せも苦しみに至るプロセスに過ぎないと説くのが仏教の世界・・・。

 

週末の旅行も終わればまた仕事の日々。大勝軒のラーメンも満腹になりゃもう終わり。愛する彼氏と結婚しても、いずれは死に別れるのみ...と。

 

仏教だから、一切皆苦! だってば

 

そこで、この高杉晋作の言葉が「人間パワー」として素敵なんです。

 

おもしろき

  こともなき世に

      おもしろく

所詮は、人生はそんなもの。そんなこたぁ解ってる。だから、おもしろさを感じる生き方こそが肝心なんだぜー。って熱いメッセージが伝わってきます。

 

あらゆる苦を超絶した至高の悦び、という深遠な次元すら感じます。所詮は「苦しみに至る一時的な空しい悦楽」を求めている内は、負けは確実。けれども、決して、空しさは感じない喜びって次元が、人類共通の価値観の中にあるのも事実。

 

クールな仏教の世界がこの事実をどう説いているか不学につき知りません。

 

「おもしろく」生きる素敵さ。パワフルな美しさ。なんか、そこに、命の意味とか、人生の価値とか、そんなものが見え隠れしているような気がします。高杉晋作

本日のちょっとムカつく話

昨日、ADSLからフレッツ光へ換えたんです。

 

フレッツ光!!あの高所作業車と接続業者のワゴンが交通整理のガードマン同乗でやってきて、なんか大掛かりな工事って感じになります。が、通行人が「お、光やってる」なんて言ってたところみると、よく見る光景なんでしょう。

 

私も営業地区で、この作業をよく見かけます。

 

ともかく、業者の方は、若い男女で、キビキビしてて、また丁寧だし、かなり高感度ありました。今月は一日も休みなしらしく、大変そうです。ともかく、光電話やらウイルス・クリアの設定もあったので、昼休み返上で頑張ってくれました。

 

作業車そして、プロバイダーも変えたので基本設定からやり直しで、セットアップ。

 

ところが、速度確認で80Mbps前後を出しているのに、ネットの起動が、あのワンクリックで画面がパッ!っていう光の感動がないんです。

 

PCに不要な負荷がかかっているかも、ということで、NTTのオペレーターのエスコートのもと、色々とアンインストールしたりしたんですが、改善ならず。

 

まぁ、工事費無料期間だし、プロバイダーの月額も特典つきだし、固定電話の基本料低減もあるし、そんなに被害はないのですが、少しガッカリです。

 

NTT東日本のサービスのオペレーターや技術のオペレーターは皆、親切でこれはかなり水準高いです。私の兄など光にしたら劇的に変わったと感動していたし、客先でワンクリックで画像パッ!の素晴らしさも見ていますから、フレッツ光への移行を否定するわけじゃありません。

 

私のPC環境での話なので、まぁ情報提供ってよりか「日記」ってカテゴリーで。

 

長嶋茂雄です〜ところで、まったく関係ない話ですが、Wikipediaの長嶋茂雄で「長嶋語」と「エピソード」の項目は読んでて笑えます。

 

さて、三連休もお仕舞い。寝るか!!

本日のちょっといい話 51 努力したからって....

努力!!心理学者の河合 隼雄氏が、「心の処方箋」というエッセーの中で、こんな話をしていました。

 

努力するしかないので、努力をさせていただいているだけ....だと。

 

これは、何を言っているのかというと、世の中には、「これだけ努力しているのに!」と怒っている人が多いことについてのコメントなんです。

 

努力したのに!ある事柄に対して、人は、努力をして、その対価を求める。対価が思うようなものでないと、まるで「努力は報われて当然」だと言わんばかりに、悲しみ悔しがり、そして怒り出すものです。

 

でも、世の中、そうは行かないものですよね。「徒労に終わった...」なんてことも結構あるものです。

 

河合氏がエッセーの中で引用しているインドの宗教哲学者クリシュナムルティの言葉に「努力で物事は解決しない」というのがあります。まさにそうです。努力すれば万事うまく行くなんてことはないんです。

 

がんばれーただ、何か、解決しなければならない問題に直面したとき、「あるがまま」でボサッとしていられるかと言えば、そうもいきませんよね。いろいろと対策を練ったり、調査したり、意見を仰いだり、勉強したりして、有利な解決の可能性を少しでも高めようと「努力」します。

 

しかし、それは、そうすることが、「今の不安」を軽くしてくれるからです。「成功の可能性を高める」努力という行為が、不安感を和らげてくれるからです。

 

私の職場に、日めくりの標語があります。もう2月くらいからそのまんまで、誰も気にすることもない哀れな日めくりです。そこにはこんな言葉が書かれています。「努力は人間がするもので、結果は恵まれるものである」と。

正直、私も、ピンとこない言葉でした。「人事をつくして天命を待つ」ってヤツかなぁ・・・くらいに思ってそれっきり放置状態でした。

 

ところが、最近、この言葉が心に響くような出来事がありました。

 

お勉強〜

 

私は9月にある国家資格を受けたのです。合格しよう!って心に決めてからは、ともかく毎日、テキストや過去問をやっていました。膨大な範囲なので、何ヶ月か決まった量をこなさないと一通り「勉強」したことにもなりません。

 

飲んで帰った日も、夏休みに帰省した時にも、一定量の勉強だけは心を鬼にしてこなしました。しかし、試験日が10日後になった頃、ようやく一通りの勉強を終えて、復習の段階になってみたら、ロングスパンでやり過ぎたせいか、頭脳の記憶保存の機能不全か、あらゆる語句・計算式・定義が、カスミの向こうでボヤ〜っとしているんですね。

 

つまり、「確かに覚えた記憶はある」って感じで、とても使い物にはならない状態。これじゃ、到底、合格なんて夢の夢。一体全体、この数ヶ月の「努力」はなんだったんだっ!!  と怒り狂いましたよ、ホント。

 

でも、まぁ、ここで、冒頭の河合氏の言葉じゃありませんが、「努力することくらいしか」・・・の心境になったんです。乗りかかった舟、直前まで粛々と、哀れではあるが続けるしかない....って。

だから、膨大な範囲ですから、捨てるものは捨て、ツマミ食い的に再度の学習をしたりして最後の10日間を過ごしました。焼け石に水・・・こんな言葉が脳裏をかすめながらも、「努力することしかできない」の境地。

 

試験会場試験会場に向かう電車の中、教室での待ち時間もテキストを見るという、ワタシ的にはあり得ない謙虚な姿勢を堅持しました。プライベートタイムに資格試験の勉強なんて、この趣味人間pape様には無理!  休日に試験会場に行くなんて、真っ平ご免!!  で、常に逃げ回っていたキャラからすれば、これは異常な光景でした....

 

 

ところが、いきなり、テキストにもなかった最新法令からの出題で先制パンチを食らい大ダメージ。そして、「確かやったよなー」って計算問題でまごつき、「これが出たかよ、畜生めー!」って筆が止まる大苦戦に・・・。

 

努力すれば、解らなかった問題も「簡単簡単」って解けるようになり、以前のアホだった自分がスキルUPして、楽勝で合格ライン・・・なんて思って「努力する」という神話を信じて始めた勉強だったんです。

 

それが、この大苦戦。ジリジリと冷や汗、いや脂汗が出てきましたよ。ともかく冷静になって、「どっちの計数が分母だっけなぁ」とか「正解ならば端数は出ないはずだよなぁ」とか、かなり低レベルな葛藤をしながら、試行錯誤、というより悪アガキしました。

 

まぁ、この試験体験記が主題のBlogじゃないので結果を言えば、合格してたんですが、人は「努力したからさ」と言ってくれます。しかし、私は、こんな過程を知っているので、それがそうでないことは、密かに分かっています。

膨大な範囲から、なんとなしに電車や直前の休憩時間にやった箇所が出題されたり、適当に回答した選択問題が全問正解だったり、苦し紛れの計算式が合ってたりの細かな偶然やら幸運やらが「合格」という結果を私に与えてくれたという真実は、私にしか分かりません。

 

そこで、改めて、あの2月から壁に表示されている哀れな日めくり標語。

「努力は人がするもので、結果は恵まれるものである」

 

これが、私の目にまるで私がそれに気づくのを待っていたかのように、改めて飛び込んできたんです。

 

努力した当然の対価として結果があるんじゃない。それは、恵まれたものであり、その「恵み」に意味がある....と知りました。

 

残念でした!対価として期待したものが恵まれなかった場合、意味は、努力そのものに潜んでいるのでしょう。少なくとも、不安を和らげるには、結果を信じての努力という行為が必要だし、方法論が大抵の場合はこれしかないのだから、ひたすらヤルしかないのです。

 

私の場合、この資格と、今、また日々やっているある資格については、意味があると感じてのものなんです。企業戦士(かなり古い表現ですな)としてのスキルアップなんて眼中にありません。

 

この、「意味」において、上述したあの様々な偶然が働き、結果が「恵まれた」と思っています。

今までで、恵まれなかった結果については、今にして思うと、「意味」がなかったからであると結論できます。当時は、不運・悪運と散々と悪態ついた出来事だったんですが・・・。

努力にはそれ自体の意味があり、結果とは別の存在。そして、結果には、また別の意味が良し悪しに関係なく潜んでいる・・・・。

 

ともかくは、努力という意志の方向性の確定を抜きにしては、なにも始まらないってことだけは、確かな真実ですけどねー。恵まれるもの.....

本日のちょっといい話 50 心の葛藤をなくす瞑想法....

本日は、計算高くて邪魔ばかりするエゴを取り払い、進むべき道へと人生の方向転換をする勇気を皆さんに与えるための、簡単な瞑想法をアップしておきます。

 

キャロル・アドリエンヌ著「人生の転機」When Life Changes or You Wish it Would より・・・・

瞑想・・・

 

 

 

....瞑想のやり方をしっかり覚えるために、次の1〜8の瞑想法を二度繰り返して読んで下さい。それから、準備を整えて、人の邪魔の入らないときに、静かな音楽をかけて瞑想を始めて下さい。

 

1.  目を閉じて、ゆっくりした気分になり、心の安らぎを感じて下さい。

 

2. 自分の体の中で緊張している部分に気づいて下さい。

 

3. できるだけ全身がリラックスするようになるまで、体の緊張している部分がほ           ぐれていく状況を想像して下さい。

 

4. あなたの葛藤を物、音、感情の状態といった象徴にして想像してみて下さい。

 

5. この葛藤の象徴が徐々に溶けていくのを想像して下さい。

 

6. それらが溶けて、ゆっくりと流れる小川に流れ込んでいくところを思い描いて下さい。

 

7. その象徴がすっかり消えてなくなったら、ゆっくりと息をして、静かな状態で、リラックスできるようにして下さい。

 

8. 顔の緊張がほぐれていくのを感じながら、このような自由で平穏な状態でいられることを心の中で楽しんで下さい。

 

....このプロセスを完了した後は必ず、目を開いて、できるだけ長くこの安らかな気分に浸って下さい。次の食事はゆっくり味わいながら食べます。食べ物に感謝しながら充分に味わって食べて下さい。心に葛藤を抱いていたのはもはや過ぎ去った過去の出来事であり、あらゆることが自分のために気を配ってくれているかのように振舞って下さい。眠るときには、今日、自分が感謝すべき全てのこと、そして自分の成功に向けてすでに準備されている支援に礼を述べて下さい。

(アンダーライン部=宇宙のあらゆるパワーは、求めている真の道を歩き出すあなたを「幸運」とかでフォローしてくれる、の意)

この簡単な瞑想をすることで、奇跡がじきに起こります。

 

 

・・・・・・ということです。

イメージ・花

 

キャロル・アドリエンヌは、この著作の冒頭で、九つの問い掛けをしています。「次のどの言葉があなたの心を穏やかにし、解放し、励ましてくれますか?」と。

        

 九つの言葉.....

  余計なことはしなくていい。自分がやるべきことを知り、それに専念せよ。

  人からどう思われようと、あなたには関係がない。

  すべてのことには意味がある。

  あなたのために働いている神聖な知性があると想定せよ。

  どうにもならないことは気にしない。

  自分の気持ちに従え。

  もっとプラスになると思われる方向に向かえ。

  地下鉄の車内でイヤホンで瞑想音楽を聴くといったことでもいいから、自分の使うことのできるあらゆる手段で一瞬一瞬を楽しめ。

 

自然に上記の言葉に心は何らかの反応をしたと思います。「ピンときた」言葉によっては、今、あなたは心に何らかの葛藤を潜ませているかも知れません。いわゆる、それは人生の「転機」に対する、願望・信念・夢 vs 不安・怖れ・計算といった葛藤でしょう。

そこで、「葛藤を除去する瞑想」からスタートです。

キャロル・アドリエンヌ「人生の転機」

 

あとは、この著書を読んで、励まされ、確信をもって、勇気を出して、GOです。ただ、ロシア文学なみに少し分厚い本ですが....。しかし、人生の転機で過去の思考パターンによって軌道を見失わないパワーを新たに注入するには、多くのデータと事例とパラダイム変換が必要ですから、仕方ないですよ。

 

では・・・・

心理カウンセリングと日本社会

日曜の早朝です・・・・

 

この時間帯は、いつもの通り、土曜のミッドナイトからの私の自由時間。

 

ネット散歩したり、Blogパトロールしたり、HP巡回したり.....

 

スピリチュアルって、かなり流行ってるキーワード。WHO(世界保健機関)もが健康の定義に加えた分野・・・

 

しかし、スピリチュアル・カウンセラーなんて人たちが一時間2万円超の料金とるのはスゴイ。臨床心理士のカウンセリングですら、時間1万円前後なのに。

 

カウンセリングそもそも、この臨床心理士らのカウンセリング料金の設定からして、日本の実情をある意味で反映し、ある意味で増長させている・・・・

 

認定カウンセラーの時間料金が5000円位の相場。グレードがお高い臨床心理士となればもっと高いのだと一万円超って設定・・・・

 

こんなんじゃ、保険のきく心療内科に行きますよね。

 

つまり、いよいよ社会生活に支障をきたしたSOSの人たちが、感極まって心療内科・・・・

 

じゃ、ちょっとこのところヤバイなぁ....なんて人たちはどこへ?

居酒屋で仲間と愚痴る・・・程度が関の山の「日本」

 

しかし職場の同僚や学生時代の友人や親戚なんていう「知り合い」に、どこまで悩みを語れます?

 

イメージかったるい仮面(ペルソナ)を脱ぎ捨てて、思いの底を全開で語りつくせる相手って、やはり、守秘義務のある前提の相手で、しかもプロとしてのアドバイザーですよね。

 

そこで、カウンセラー。ですが、この資格、国家資格はないし、誰でも名乗れます。○○カウンセラーって。スピリチュアルカウンセラーも同然。

 

しかし日本は国家資格化すると、資格マニアや「食っていくため」の資格取得者がムラがってしまい、本質的なレベルが急降下します。

 

イメージかなりSOSのクライアントが駆け込む心療内科もいいでしょう。しかし、予防カウンセリングというものは成り立たないのが日本の実情でしょうね。だから30歳代のサラリーマンの50%近くが「うつ症」なんて言われる異常事態が現出してるんです。

 

年間3万人超が1998年以来、自殺しているという異常な日本。先進国でも珍しい状況。まるで、日本国が戦争しているみたいな数字を更新中です・・・

 

でも、体や精神に明らかに変異をきたし、日々がどうにも普通には生きられなくなったに至る人たちしか、精神治療に足を運ばない、しかも、保険のきく心療内科にしか・・・・

 

これが哀れな日本の実態です。時間5千円・・・?  高いですよね。ましてや、20歳代や30歳代の若造の臨床心理士(失礼!)に、長年世間の荒波に打ち勝ってきた「戦士」としての弱音を吐露するのが1万円じゃ・・・経済的に余裕のある人か、かなり切迫した人しか、心理カウンセリングなんて行きません。

 

イメージバブルの頃、企業は海外の流行にのって自社のカウンセリング・ルームを設置しましたが、ちょっと不景気になるや、真っ先に閉鎖。そんな対象でしかないのでしょうし、また、稼働率が低かったのでしょうね。

 

そりゃ、そうでしょう。総務部あたりが運営しているカウンセリング・ルームに、誰が行きます? この意識は最近の調査でも変わりません。日本企業の組織最優先の体質を思えば、社員らも二の足踏みますよ。

 

映画「私はうつ依存症の女」よりカウンセリングシーンちょっと歯がうづく...から歯医者にいく。こんなノリで、ちょっと最近、精神的なダメージ続いてるからカウンセラーのとこに行ってくるよ...って人に言えるのが、先進国の現状です。海外ドラマなんて見てるとそんなシーンありますよね。「よかったら、私のカウンセラー紹介しますよ」なんて台詞ありますよね。

 

今は幸いにも、既成の概念や慣習を気にしない人が増えてますから、精神治療への偏見は急速に消えつつあります。アメリカあたりじゃ、かかり付けのカウンセラーがいることが「知的労働者」のステータスになっていて、日本じゃ、逆も逆、不名誉なことで、まさにスティグマ(烙印)なんです。これほどの認識度の差異は、グローバル社会の現代でも珍しいことです。若い人たちの「型破り」に期待しましょう。

 

映画「普通の人々」よりカウンセリングシーンでも、ちょっとカウンセリング行こうかなぁ・・・なんて足運んで、時間5,000円〜10,000円とられちゃ、たまりませんよね。だから、ここでまた、深刻化するまで放置せざるを得ない環境が生まれてくるんです。(自治体の無料カウンセリングはあります)

 

こうして、予防カウンセリングは日本社会では不成立となり、抑うつ症状など深刻化するまで放置され、自殺願望や希死念慮から、自殺大国の現出という図式が続くのでしょう。

 

安倍元首相が「うつ病」という懸念があり、日本は「うつ病になるような可弱いヤツは政治家の器じゃない!」なんて、相変わらずの精神論を標榜しているクニです。

 

国家・文化を語る前に、ともかく、身近なところで、予防カウンセリングをしましょう。生活している環境の中で、精神的にダメージを受けている人がいたら、傍観するのではなく、声を掛けてやりましょう。ごく初期の段階に、難しい技法は不要です。ドラマの中にいるあの多くの脇役みたいに、傍観して、無関心な空気をつくる「その他大勢」にはならないで、肩をポンとたたいて微笑を浮かべてくれる「ちょっといいヤツ」の役になりましょう。

 

もしも勝ち負け、競争理論で、ダメージを受けた者に冷ややかな目線を向けてしまうような貴方(貴女)だったら、そりゃ、ドラマの中で「カス」を演じているってことですから....

 

 

 

 

 

 

 

livedoor プロフィール

pape2005

Profile
大昔、暴れん坊の悪ガキ。少し昔、おごりたかぶる勝ち組ビジネスマン。そして今、「見ろよ、青い空〜白い雲〜」の歌の境地。
皆さんの日々に、活用できる情報の発信媒体が、このBlogの主旨です。日記じゃないので、過去記事もめくって下さい!
papeは、我が家の雑種犬の名前です。(フランス語で「法王」ですが...許し給え、アーメン)
FP2級技能士だったり、メンタルケア心理士だったり、フランス歴史オタクだったりですが、スピリチュアル系記事多いです。
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★★★★★★★
最新コメントの管理は徹底していますので、過去記事にも、遠慮なく一言どうぞ〜!


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