ちょっと気合を入れた記事を書こうと思っていましたが、読んでいるスピリチュアル系の本が長引いており、なかなか筆を起こせないでいる内に、またちょっと面白いシンクロニシティがあったので、誰も関心がないとは思いますが、こんな内容のものをひとつ書きます。・・・


私はともかく洋画を観るのが大好きで、今はAmazonプライムの洋画や海外ドラマを見まくっています。


今日は、以前にウォッチリストに登録しておいた作品から、1948年MGM製作の「イースター・パレード」と1937年ユニバーサル・スタジオ製作の「オーケストラの少女」なんて古い米映画を観ていました。


洋画は新旧あまり気にせずに幅広く観ていますが、なんであれAmazonプライムで配信になった作品ということであり、必然的にチョイスはランダムになります。

以前のようにDVDをレンタルして観るということも大変に少なくなりましたので、配信され無料鑑賞が可能になった作品に限定されていますし、とりあえずウォッチリストに登録しておいて、見れるときに見る、という方法ですから、選んだ作品には関連性はありません。Amazonプライムに配信された作品、見ようと思いウォッチリストに登録しておいた作品、そして観ようと思って適当に選んだ作品、という条件での選択なのです。
イースターパレードimages

「イースター・パレード」は、フレッド・アステアとジュディ・ガーランドのミュージカル物。
「オーケストラの少女」は、名指揮者レオポルド・ストコフスキー自らが出演、ディアナ・ダービン主演の映画。

共に往年の名作ですが、「オーケストラの少女」は「イースター・パレード」よりも11年古い映画で、白黒。内容的には色々と面白い逸話がそれぞれにあって語りたくもなるのですが、まぁ、それは置いておきましょう。

今回、私が書き留めておきたいのは、また例によってのシンクロニシティ系の話だからです。

上記したように、色々な条件からこの2作品をたまたま同日に観たことは分かって頂けたと思いますが、私は、映画を観るときには必ず、出演している俳優たちをWikipediaで調べたりして、「この女優さん、長生きしたなぁ」とか「この男優は、私生活はかなり乱れてたんだなぁ」とか補足情報をインプットしながら楽しむのです。

で、このたまたま観た2作品も同じようにして調べており、「イースター・パレード」のアステアが実は怪我をして降板したジーン・ケリーの代役だったことや、「オーケストラの少女」の名指揮者ストコフスキーは94歳で他界したが、CBSコロンビアとの契約は100歳迄あったとか、色々と面白い情報を仕入れていました。

ところが、ここでまた、不思議なシンクロが発生します。・・・

「オーケストラの少女」の主演女優ディアナ・ダービンを調べているときでした。

        ダービン   ガーランド


ディアナ・ダービンは1921年生まれなので、この映画の時はまだ16歳の少女です。「オーケストラの少女」の製作はユニバーサル・スタジオですが、実は彼女はMGMで1935年に14歳でデビューしているんです。短編映画「アメリカーナの少女(Every Sunday)」(なんかひどい邦題ですが)という作品です。

Every Sunday


この短編映画で共演し共にデビューしたのが、「イースター・パレード」に出演しているジュディ・ガーランドなんですよ。1922年生まれなので、13歳デビュー。歌の上手い少女役が二人同時デビューしたわけです。

ところが、当時のMGMの重役が「二人も要らん。太った方を切れ」と命じました。そこで、プロデューサーはディアナ・ダービンとの契約を解除したんです。ディアナにしてみれば、これは悲運としか言いようがない。なぜなら、明らかに「太った方」とは、ジュディ・ガーランドの方だったからです。

というのも、ジュディ・ガーランドは明らかに少女時代肥満気味で、MGMとの契約時にも「体系をスリムに保ち、ダイエットを続けること」という条項まで含まれていたし、彼女は当時のダイエット薬だったアンフェタミンの使用を始めていたくらいだからです。

この契約解除の件には諸説あるのですが、ここでは省きます。

ともかく、MGMとの契約が解除になったディアナ・ダービンはすぐにユニバーサル・スタジオと契約を結び、長編映画「天使の花園」(1936)に主演、当時破綻寸前だったユニバーサル・スタジオを再建させるほどの大ヒットをとばし、翌年にはこの「オーケストラの少女」がメガ・ヒットとなり、あっと言う間に世界的な女優に飛翔するんです。「アンネの日記」の著者アンネ・フランクがその隠れ家に、ディアナ・ダービンの写真を飾っており、今でもその写真はアンネ・フランク・ハウスに保存されているそうです。
3752312960_bd2f17420dアンネ・フランクの部屋のスター写真

MGMに残ったジュディ・ガーランドも負けてはおりません。少し後の1939年「オズの魔法使い」で主役に抜擢され、こちらも大ブレイク、アカデミー子役賞に輝きます。

いわく因縁のある二人でしたが、少女時代に共にスターの座を獲得して、その後はそれぞれに「女優」としてキャリアを積んでいきます。まぁ、ディアナ・ダービンは30歳にも満たない1950年には早々に引退してしまい、ジュディ・ガーランドは「スタア誕生」(1954)や「ニュールンベルク裁判」(1961)などアカデミー賞ノミネート(主演・助演)など脚光を浴びつつ女優業を続けます。

しかし50年に引退してしまうディアナは、その後は渡仏してパリ近郊の村でプライベートな生活を堅持、フランス人プロデューサーの妻として、また母としての半世紀以上の人生を選択、2013年に91歳で亡くなります。ジュディは現役中から薬物依存が顕著であり、精神的にも不安定で、女優稼業も1940年代から乱れ通しでトラブル続き、69年にバスルームで睡眠薬の過剰摂取が原因で47歳で死去(一説には自殺)。

とまぁ、その後は対照的な人生を送りました。

なんであれ、このような少女期のデビューで深く関わりのあったディアナ・ダービンとジュディ・ガーランドが、それぞれに主演している作品を、そうとも知らずに同日に続けて鑑賞してしまうというのは、ただの偶然なのでしょうか?

過去記事のシンクロニシティ関係http://blog.livedoor.jp/pape2005/tag/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%B7%E3%83%86%E3%82%A3 で読めます。前回の映画シンクロはhttp://blog.livedoor.jp/pape2005/archives/51953685.html
カテゴリの「ミステリー」でも見れるか。「シンクロ」ってカテゴリ作れば良かった・・・