青い空に白い雲

このブログ、新しい記事ばかりでなく、カテゴリ別に適当に拾って読んで下されば幸いです。日記じゃないので....

日々・・・

近況・・・独立戦争

前回の記事をアップした時点ではすでに、私の会社は運営を開始していましたが、なんと、色々様々が最終決着に至ったのが、12月12日だったので、本日、改めて近況を書きます。

すでに1年前くらいから、私が任されていた介護事業部の2施設に対して、運営会社の社長は「自分で運営しないと本気にはなれない!」と事あるごとに私に説いていました。利益目標が未達だったりすると、どうしてもPL会議の冒頭で「申し訳ありません、今月は・・・」と私は切り出します。長年のサラリーマンとしての習慣ですね。すると社長は「自分で経営したら、謝る相手はいないんだよ。申し訳ありませんと言えるのは、まだまだ甘い証拠」みたいな話をしていました。

そもそもご本人が、とあるチェーン店の店長から大きな借金をして独立、事業を拡大していった経験があるので、本気度のバロメータには厳しい目を向けるんです。

そこで、単に、どんな業績であっても、会議の席では「申し訳ありません」を禁句として使用しないことにしました。
・・・、そういう表面的なことではないんですが、ともかく社長の癇に障る発言を避けるという付け焼刃の対策ですね。それも、サラリーマン根性丸出しではあります。

ただ、そんなことより、この社長、本社の大きなフロアーで何故かトレーニングと称して、ストレッチを開催し始めたんです。丁度、去年の10月頃からです。それがまたかなりヘビーなストレッチで、スクワット50回とか腕立て・腹筋50回とか、2時間みっちりとヘロヘロになるまで専門のトレーナーのもとやらされるんです。

私も毎週1回の開催日には必ず参加を要求され、多忙の中、本社に赴き、立ち上がれなくなるほど過酷なトレーニングをするハメになりました。そもそもがメタボだし、運動嫌いの文科系だし、参加者中の最高齢だし、私にはとんでもない地獄絵図でした。

ある日、またトレーニング日で、フーフー言いながら腕立て伏せをしていて、力尽きてグダ〜と突っ伏しながら、私は心の底から「あーもう嫌だ、独立してオサラバしてやる!!」と堅く誓いました。

そしてある日、今年1月の会議の席で、例によって社長が「だからマジで独立して自分で運営してみなさいよ」と言った時、「独立します、やって見ます!」とついつい買い言葉で宣言したんです。

なんという、独立宣言。しかもストレッチが生んだ決心。少々、情けない。

なんであれ、徐々に独立に向けて話は具体化して行きました。

社長も、こちらに資金的な用意が何もないことを悟り、本社から資金提供するという前提で話を進めますが、基本的にはこちら主導なので、「で、いつ独立するの?」とか聞いて来ます。そこで、私も行き当たりばったり的に10月くらいに、とか答えますと、それに沿って話が具体化して行くと言う、なんとも無計画な進展。

それでも、方向が決まれば話は前進していくわけで、関係各方面への準備作業が複数同時進行していき、途中で監査が入ったので1ヶ月延期にはなりましたが、11月スタートに向けて法人設立から始まりました。

行政書士事務所にお盆前に法人設立を依頼しないと、指定申請が間に合わないという状況になって初めて、法人名を決めていないこと、法人名を決めたら実印を大急ぎで作らないと登記が出来ないことなどに気づき、あわてて役員になる二人の管理者から法人名の発案を募る、というようなバタバタでした(笑)

社長も、本社から融資という最も安直な資金計画よりも、正規に自力で銀行融資を受けるべしと言い出し、新規指定申請の大作業に、銀行融資を受けるための諸資料の作成という作業まで加わってしまい大騒ぎでした。しかしお蔭で、かなり精神的には苦しくストレスフルな状況が展開しましたが、事業買取資金を公庫から、そして当初の運転資金を銀行より借入することが出来て、資金繰りも安定することが出来ました。

創業支援資金なので、公庫の審査期間も長いし、また公庫では対応出来なかった運転資金を改めて保証協会の創業資金でまた審査するので、これまた可否が出るまでとんでもなくかかります。その間に行政への指定申請はそれに伴う立入検査も含めて進んで行き、新設法人としての税務署、労働局、社会保険庁の諸手続きもかぶってきます。にもかかわらず、肝心要な資金繰りである融資結果が一番後回しになったわけですから、生きた心地もしませんでした。

すでに運営開始後1ヶ月半たった12月12日に運転資金の融資実行となって、ようやく全てのプロジェクトが終了したわけで、まさしく、この半年は試練の時でした。途中、なんども精神的にメゲそうになり、安直な逃げ道を模索したり、まったく、自分のダメさ加減もしっかりと再確認できました。社長が与えてくれた様々なストレスも、今となっては全て実り多い結果として結実したことも事実です。ストレッチ地獄も・・・。アメリカ独立戦争のボストン茶事件みたいな・・・

ともかくこうして、介護事業を運営する会社社長になり、本気度も確かに桁違いに上がりましたが、とりあえず私は明日も夜勤です・・・。







最近は・・・

また、非スピリチュアルな記事で申し訳ないです。このところ全くリアル世界にドップリと漬かり込んで生きているもので・・・

いつもいつも幸運を呼び寄せて天下をとったような気分になっていると、ある日途端にこの隆盛も衰えて、階段を転げるように転落するのではないかと不安に苛まれます。

それはほとんど自動思考的に反応で、ほとほと自分でも厭になります。「もうそんなネガティブシンキングはやめよう。早々に同じような展開はしないよ。今度はうまく進むよ」と状況分析をして自分を慰めるのです。

しかし、なんとも、いつも同じ展開をしてしまう。想定していたリスクではなく、想定外の出来事によって、結果は同じ「階段を転げる」結末になってしまうんです。そもそも、停滞期に悪戦苦痛していた時も、想定外のラッキーが次々と訪れて、幸運児さながらに大成功するんです。それで、人様から高評価を得て来ました。

但し、次はその真逆の現象によって、プラスマイナスゼロになってしまうのが私の傾向です。運命に弄ばれてしまうだけ。というか、神が私に「こんなビジネスゲームに夢中になっているのは空しいことで、いい加減に目覚めろ」とメッセージをくれているのかも知れない。

今もそうです。800近くのフランチャイズ店で80位程度の店舗を私は最高で3位。このところでもベスト5に入る成績にまで押し上げました。今月の成績だとトップ賞かも知れません。しかし、その業績を支えていたあるラインが、急に崩れました。来月から解約という流れです。またこちらの不始末の事故で、後遺症の気になるケースもあり、気分は沈んでいます。また勉強しないで臨んだある国家資格、結果は気にもしなかったのですが、点数が送付されてきたら、1点差で落ちていて、要らぬ悔しさも味わわされています・・・

人間は複数の問題を抱えると、悲運を嘆き、しばらくは押し流されてしまうものです。

今の私は、複数の問題ですっかりと萎えいでしまっています。

どうして、こう定期的に問題が生じるんだろうか? 安定と言う期間がないんだろうか? 他の人は、あまりナーバスにならないで、普通に乗り越えているんだろうか? 

引き寄せの法則がはたらいているのかも知れないが、気分が高揚している時にストンと落とされることが多いから、なんとも想念の問題ではないような気もする。

もう一度、笑おう。それしかない。蒼白な顔で眉間に皺寄せていても、事態は好転しない。人生はいつか終わる。苦悩していた時間と笑っていた時間のバランスを考えると、私なんて「不幸」な人生になってしまう。振り返れば大過なく生きてこられた事実がある。流れに任せて最善を尽くし、そして人生を遊んでみよう。

決めた、決めた。そうしよう。裏付け知識は豊富にあるんだし、実践するだけのことだ。

近況です

あまりにも更新なしの放置が続いているので、とりあえず近況を書きます。

相変わらず介護業界でバタバタしているわけですが、このところで、介護事業部門のトップが解職となりました。まぁ、社長との軋轢がそのような結果に繋がったわけですが、こともあろうに、私が、介護部門統括として昇格してしまったわけです。

こうなると、自分の事業所のみならず他店の稼働率にも責任を負うわけで、気も休まりません。

生活パターンはあまり変わりはありませんが、夜勤明けや休日、夜間などで統括としての仕事をやらないとならなくなり、前任者が、完全にフリーだったのに比べて、こちらはシフトには入っているし、夜勤も送迎も調理もと通常のスタッフと変わらない仕事をしつつ、自店の施設長任務をこなし、且つ又、統括としての業務も背負うわけですから、大変な状況ではあります・・・

スタートの1月度の数字がいきなり低迷してしまい、社長の呈示するクリーンな労働環境からくる残業代の膨張で営業利益はガタガタです(;´Д`)

これじゃ、いきなり怒られるハメになるので、対策を練り直していますが、どうにも陳腐なものしか出てきません。
ヤバイです・・・

そんなこんなで、まだまだこの忙しさは続きそうです。次はいつ更新できることやら、です。゜゜(´□`。)°゜。

・・・・顔文字ってのもなんか新鮮ですな。。。

近況など・・・

あまりにも更新なしだと寂しいので、ここで近況などを。

特に変化があったってわけではありません。相変わらず、俗物として仕事ワールドに埋没して毎日を過ごしています。前回から、春が来て、梅雨に入り、季節は変わりましたが、私はそのままです。

気づきの日々ではあります。私の内部での感情の推移を見ていると、ともかくうんざりするほどにエゴです。エゴの声がともかく強い。せめて声だけにして、行動はギリギリで抑制していますが、それだけで手一杯です。

人に対する優しさ・・・これは、心の中で自然発生する人としての美質ですが、それを行動化するには、様々なエゴの抵抗をかわさなければなりません。エゴは、身の保身のことしか計算しませんし、それ以外の目的には見向きもしない存在ですから、与えるだけの行為なんて想定外なんです。だから、肉体の司令塔として、与えるだけの真の愛を行動化しようとすることに対して、戸惑いにも似た反応をします。「信じられない!」って感じで、全力で抵抗してくるわけです。

そんなエゴとの相克に一進一退しているだけの日々、それがスピリチュアル的には現状のところの私ですね。

知識だけで、実践がまだまだ・・・。修行中。まさしくまだまだ修行中です。

近況をちょっとだけ

またまた長期間、更新のないまま過ごしてしまいました(汗)

どうしても週末のんびりとPCに向うという生活サイクルが崩壊している昨今、やらねばならぬことをたまの休日に集中させていると、Blogが後回しになってしまいます。もっとも「休日」という表現は当てはまらず、「帰宅日」という方が正解なんです。丸一日、家にいるということは滅多にないのが現況です。夜を家で過ごせるのが、今の私のいわゆる「休日」みたいなもので・・・

バイクで片道30分程度ですが、ついつい面倒臭くなって、施設に泊まってしまうということも多く、それほど過密に仕事が溜まっているわけではないのですがね。

今も日々は学びの連続です。

どうしても施設長という役柄、業績の推移には神経が尖るし、スタッフの管理にもエネルギーを注がねばなりません。自らやらねばならぬ業務もあるし、それが気乗りしないことだって多いものです。

人間って、やはり、かなり厄介な生き物であるということがつくづく思い知らされます。

頭の中は常にドロドロしたもので充満していますし、そのドロドロした欲や不安や感情から頭脳はいつもフル回転して計算をしています。安らぎ、癒しなんてものとは縁遠い精神状態であります。

なぜもっと純粋に人を愛おしみ、人を救い、人のために生きられないのか? と悩み葛藤するわけで、ただただ頭の思考の赴くままに生きているのも苦悶するばかりですが、そのこと自体にさらに悩んでしまうという二重奏で、ほとほと参ります。

と、言ってる内に施設から電話が入り、またほどなく出向くことになりました。やれやれです・・・。

ある教会

もう12月ということで、クリスマスも終わり、様々色々と忙しなくなってきました。
クリスマスはいかがでしたか?
私は介護施設でサンタの衣装を身に着けてイベントを盛り上げていましたが、腹が出ているのでそれなりに似合っていました。そんな我が姿を全身鏡に映して見て、しみじみと、3年前まではダークスーツを身に纏った金ブチメガネの金融マンが、随分と異質な世界に入り込んだものだなぁ、なんて感慨深くなっていました。

そんなある日、原付バイクで出社する新青梅街道沿いで、いつものように100円缶コーヒーの自販機前にバイクを停めて一服していると、遠くに素敵な教会の鐘楼が見えるんですね。「あんな鐘楼が窓の外に見えているなんて、この界隈の人は恵まれているなぁ」なんて思いました。建築規模的には、まぁ、フランスの田舎にありそうな教会なんですが、日本じゃ珍しい本格的な構造になっているんです。

そこで、ある日、出勤途上、いきなり左折してその教会方面に向かって見ました。

カトリック下井草教会、とありました。

下井草カトリック教会1下井草カトリック教会2

上は私がいまだに愛用しているガラパゴス携帯の写メで撮ったものです。

肝心な鐘楼が木枝で隠れているあたりが、下手くそですね・・・

以下は借り物画像です。

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・・・・こんな感じのところでした。
礼拝堂内部とかは入ってないので、画像検索して見て下さい。結婚式も挙げられる素敵なところのようです。
ただ、それだけの記事で恐縮ですが、以上であります。

教会のある町並み、なんか良いですねぇ・・・


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B級・近況報告記事

まったく・・・今度は1ヶ月半もとんでしまったかぁ。

ということで、先週の休みに半分、昨日から今日にかけての夜に残り半分を書いて近況報告をしようと試みたんですね。そして、明け方に画像を選んでピクチャーに保存していたら、うつらうつらして来て、なんかキー操作を間違えたかしたんでしょうね、気がつくと画面が変わっていて、文章が消滅している・・・

たまの更新でこんな目に合うんですから、縁がなかったんでしょうね。記事は没にしました。

ものすごく簡略化したその記事の内容を、その時保存した画像だけ使って説明しましょう!

びーがた


まず、私がB型で昔っから、趣味人間であって、仕事以外(小説家デビュー)のことにいつも夢中になっていた点。
それでもサラリーマンとしての出世本能はあり、30余年も二足のわらじ
わらじを履き続けた。





娘が卒業して就職したのを機に、長年勤続していた金融機関を退職、介護施設の生活相談員に・・・

銀行マン     
老人介護









そして、あれよあれよと言う間に、その介護施設の会社の多店展開の事業計画に乗っかって、役付になり、今で
は施設長候補となり、毎日が残業と休出の労働色一色の世界へと・・・

ところが、すでにあるNPO法人を設立して無料カウンセリング機関を運営している私は、ここでもまた、VS仕事という状況にあり、困り果てている。

びー





やっぱり  なんだなぁ・・・


ところで、どうして、このハーレーの食玩、ブラックコーヒー缶にしかついてないんだ? 無糖ブラックは嫌いなんだが・・・(と、そのハーレーバイクのミニチュア画像をアップしようと、机の上にレイアウトし写メを撮っている自分は、どう考えてもB人間なんだなぁ、自嘲・・・)

ハーレー模型















以上のような記事を長々と書いたわけです。どっちみち啓発されるような大した内容ではないので、概略のみで失礼します(笑)

本日のちょっといい話 278 「白雲の城」の謎

まったくBlog更新がままならず、ついに8月など一度も更新せず、という状況になりましたね。

毎日午前様で帰宅し、たまの休みは私が代表を勤めているNPO法人の活動で一日中メールの返信に追われるだけです。半月前に購入したDVDもまだ見ることすら出来ないほど、時間枠を確保できない毎日です。

また、本日はたまの休日を利用して、全国のNPO法人が登記内容の変更をしなければならない事態になっている、あの「代表権のない理事の代表権喪失登記」というやつをしに登記所に行って参りました。ネットで雛形をダウンロードして持って行ったのに、押印や追記、あるいはコピー提出ですが原本の提示も必要だったり、ともかくすんなり終わることのないのが常の登記所手続です。やはり、あれこれ時間がかかりました。

役員の再任が初年度は1年なので、東京都には事業報告書提出時に一緒に再任の議事録など送っていたのですが、これも登記が必要であるとのこと。本日の登記内容変更手続に併せて行なって来ました。これは幸いでした。全然、知りませんでしたから。知識不足の理事長は困りますねぇ。

本日は雑談になりますが、「白雲の城」という歌をご存知でしょうか?

夢まぼろしの〜、人の世は〜 という歌です。

imageCA8Q1B1K氷川きよしの歌だと分かる人は多いと思うんですが、確かにWikipediaでも、2003年発売の氷川きよしの6枚目のシングルと明記してあります。それ以外のデータはありません。

 

 しかし、私の勤務している介護施設の利用者さんで、もうかなり認知の進行している80代後半のおばあさんが、気分が良い時などにこの「白雲の城」のメロディーをハミングしているんです。その方は60代半ばから認知が進んimagesCAODUQSIでいたそうで、今ではもう自分の名前も分からなくなることも多いし、幻覚・幻視も見ているし、当然に記憶もほぼ失いかけています。もともとは国家公務員で大学も出ているらしく、キャリアウーマンの走りみたいな女性だったのでしょうが、今ではそれらの昭和時代中頃の輝ける過去も脳の記憶と共に消え去りつつあります。

 

その方が「素敵な曲ねぇ〜」といつもハミングするのがこの「白雲の城」なんですね。

この老婆のハミングを聞いて、ある介護職の女性が「あ、この曲って、私の祖母も大好きでした。生きてれば100歳を超えてる祖母だから、昔、結構、流行った曲なんでしょうねぇ」と言いました。

そんなこともあり、きっともっと昔、戦後まもない頃のヒット曲のリメイクを氷川きよしが歌ったのだと思ったのですが、そんなデータがないのです。

  あくまで、2003年の曲。

imagesCAK08YWGつまりその人生の大半の記憶が消失しつつある老婆が、すでにかなり認知が進行していたであろう80歳前後の頃に、この歌を聞いて、今でもメロディーを覚えていてハミングしている、ということになります。ちょっと信じられない。

で、歌い手の氷川きよしではなく、作曲家の水森英夫氏をウィキで調べたら、なんと1949年生まれでご存命、まだ60歳と少々の作曲家ではありませんか。

となると、この「白雲の城」は確かに2003年に世に出た曲となります・・・・

不可思議ですね。なぜ、どうして、あの要介護度4で、認知歴20数年、すべての記憶が消えつつある老婆が刷り込みよろしく毎日ニコニコ顔でハミングしている曲が、2003年リリースの氷川きよしのナンバーなのか?

でも、下のこの「白雲の城」の歌詞をご覧下さい。なんか、大学を出て戦後の日本の中央官庁でバリバリに働いていたその老婆の人生を歌っているような気がしませんか?imagesCA07STVW

夢まぼろしの 人の世は
流れる雲か 城の跡
苔むすままの 石垣に
栄華の昔 偲べども
風蕭条(しょうじょう)と 哭くばかり


 

月影浮かべ 満々と
湛(たた)えし堀も 水涸れて
名もなき花に 宿る露
幾星霜の 病葉(わくらば)が
積もりて朽ちし 大手門

心の褥(しとね) 草まくら
誰(た)が吹く笛か 琴の音か
月下に起(た)てる 若武者の
凛々しき姿 今いずこ
あゝ荒城の 秋が逝く

本日のちょっといい話 273 それにしても、認知とは....

激烈、介護現場での仕事の中、毎日、完全燃焼している充実感はありますが、たまの休日は私が代表をしているNPO法人の活動でPCメールに終始、こちらのBlogの更新がままならなくなり申し訳ありません。

imagesCA1H31P2それにしても、日々、思うのですが、認知の老人たちの姿を見るにつけ、この人たちの人生の過去はどこへ消え去ってしまったのか? という思いが強烈です。

もちろん、そんなことは抜きにして、利用者の方たちの介護を行うのが当然の現場なのではありますが、私の感覚はどうしても、その人たちの過去へと向かいます。

戦時中の断片的な単語は記憶していても、強烈な体験だったはずの当時の様々は「もう忘れたよ」という。航空整備兵として修理していた戦闘機の型式は覚えていて、あるいは自分が所属していた部隊の略名は言えても、当時の画像をPCで見せても無反応。

官庁で戦後間もない頃、バリバリのキャリアウーマンだった女性秘書だった人も、自分か内務省ではなく外務省に勤務していたことはちゃんと区別するのに、それ以外のことは一切忘れている。ただニコニコと笑っていて、海外なんて行ったことないとか、英語なんて知らないとか、上司は「偉い人」としか表現できない。

消防庁の偉い人も、消防士やってたの? と言っても首を振る。以前にどんな仕事をしていたのかという問い掛けには「忘れた」と小声で返すだけ。

一生懸命に勤めた仕事、そして愛した家族たち....そんな過去がもう消えていて、あるのは目の前の現実と、それに対するそれぞれの感情だけ。

私たちはそれらの人たちに機能訓練として生活上の基本動作をさせたり、歌を歌わせたり、塗り絵をさせたり、散歩に連れ出したり、ゲームをさせたり、ともかく、これ以上の衰えをさせないための様々なカリキュラムで対応するのですが、初めて見る人たちには不思議な世界でしょう。まるで幼稚園のそれのような毎日の流れ。

imagesCACS1PUK病気や事故で不慮の死という災難には見舞われなかった人たちです。

人間の生物学的な成り行きとして受け入れなければならない現実なのでしょうか?

男はつらいよ、雪国も確かにつらいけど....

1988年、毎冬の豪雪への「活力ある」対策を条例化した新潟県中魚沼郡中里村の「雪国はつらつ条例」。

2002年にこの「雪国はつらつ条例」を中学校教科書に掲載した時、同条例は「雪国はつらいよ条例」になっていた。

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誤植である。

 

 

「はつらつ」と「つらいよ〜」では大違いである。当然、この事件は当時、問題となった。

しかし、この誤植をやってしまった出版担当者は、頭に「寅さん」を思い浮かべつつ、「へぇー、粋なネーミングじゃないかい!」と感心していたと思う。

粋なのは、あんただけ。

ちなみにこの条例は中里村の合併により失効している。

西武新宿線の恐怖

今日(26日)、西武新宿線の井荻駅で人と待ち合わせた。

無題北口に出たら、喫煙所があり、そこでタバコを出しつつ近寄ると、そこは喫煙所ではなく、ただ誰とはなしに灰皿代わりに使った空き缶を並べてくった自然発生の喫煙コーナーだった。

ご丁寧に、誰かがアルミ製の灰皿まで置いたので、余計に喫煙所っぽくなってしまい、もはや否定できない。

それにしても、西武新宿線、21日と25日に、あの何のとりえもない東伏見駅で人身事故が連続し、本日も野方〜都立家政・間で人身事故....。10/24の西武柳沢〜田無・間の人身と、

10/21の新井薬師〜沼袋・間の人身を含めると、1ヶ月で毎週1件の発生率。

ちょっと怖い路線になりつつある。

柴又散歩

去年の暮れあたりから、なぜか「男はつらいよ」がマイブームとなりまして、シリーズ全48作のDVDをそろえ、そろった順からすべて鑑賞。

もともと寅さん好きな私ではありますが、こうも全作、裏切ることなく涙と笑いをもちらせてくれる「確実な映画」というものも、他に例がないと思います。レンタルショップで迷ったら、ともかく「寅さん」を借りておけば間違いない! という手堅さですね。

帝釈天参道

まぁ、ともかくそれが高じて、本日は休暇を利用して、葛飾・柴又へ行って参りました。

 

京成金町線


 

数年前は車で行ったのですが、今回は電車。同じ東京とはいえ一時間少々かかります。京成金町線は不便ですね〜。でも、鉄道マニアではないのでよく分かりませんが、この車両って、なんとなく古めかしい感じです。映画との違和感が少ないような....。(少し調べたら、この車両、復刻カラー3200系とかいうもので、1980年頃まで活躍していた「赤電」をリバイバルさせたものらしい...)

 

帝釈天

ともかく、帝釈天と寅さん記念館と草団子3大スポット(亀家・とらや・高木屋)は必須の立ち寄り場所です。それに矢切の渡しと江戸川堤ですかね。



 

やっぱ映画の定番・ラーメンとビールでしょ!

そこで、昼時に着いたので、まずは亀家さんで昼食。ここの旧店舗は「男はつらいよ」がスタジオ撮影になったときに、「とらや」のモデルとなった店です。丁度、バンクーバーの浅田真央の出番となって、店内のテレビで盛り上がってました。

矢切の渡し

記念館のセット

 

 

 

 

それから、帝釈天に詣で、そのまま「寅さん記念館」〜江戸川堤〜矢切の渡しへと。帝釈天ではコニタンこと小西博之さんをお見掛けました。末期がん克服後、お元気そうで何よりです。矢切の渡しは、土日と祝日のみの運行なので、本日は渡し舟はなし。

とらやで一服

 

また参道へ戻って、「とらや」で草団子。(とお酒)
ここは、当初は「柴又屋」といって、「男はつらいよ」第一作から四作までのロケに使われました。映画の人気にあやかって、屋号を映画と同じ「とらや」に変更。そのため映画の方はあわてて「くるまや」(40作以降)に変えた...という挿話つき。

睫擴囲景泙痢崛陲世鵑粥彭攣最後に一番、駅に近い「高木屋老舗」で草団子の土産を買う。ここは、山田洋次監督や寅さんの渥美清はじめスタッフらが撮影中に控えていた店で、映画中の「とらや」の団子もここがモデル。第17作で、さくらが大画伯・池ノ内青観の家に手土産で持って行ったのも、この包装紙の草団子でしたねぇ...。

そして帰途、のつもりが・・・

妙な様子の「上海軒」


第37作で大繁盛する「上海軒」のシーン

 

 

 

途中、踏み切りの向こうに、第37作でロケがあった「上海軒」を発見。マドンナ役の志穂美悦子がここで働き、大繁盛して店のおやじ(桜井センリ)も大喜びするシーン。

しかし、シャッターが下りている....定休日かぁ。
いや、しかし、よく見ると何か妙だ。ショーウインドウが空っぽ。
そして、なんと店先の路上に、上海軒の名入りのラーメンの器や皿、コップなどが並べてあり、店の扉に「ご自由にどうぞ」と貼紙。
つまり、このところで廃業したようなのです。
食器類は「どうぞ、ご自由に」と....

持ち帰った「上海軒」のラーメン器


 

 

 

 

記念品として、ラーメンの器をひとつ持ち帰りました。
柴又駅の改札

第1作での改札シーン。博を追うさくらですが...
 

 

 

そして、また京成金町線に乗り、帰路に。妹のさくらがよく寅さんを追いかけてきた柴又駅の改札も今では自動改札。当然ですか。

まぁ、「男はつらいよ」の素敵さについては「本日のちょっといい話 170」を読んで下さいね。

柴又写真集は「続き」で・・・

柴又散歩

 

 

 

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想い出空間

今日、営業の途中、私の出た小学校の近くを通りました。

五年前来た時の懐かしの旧校舎

 

世田谷は成城という高級住宅街にある小学校。私はもういいかげんいい歳なのですが、一年前に新校舎が建てられるまでは、私の想い出のまんまの校舎と校庭と体育館が残っていました。

その「成城」という高級感は、社会経験三十年近くの歳月に培われた色眼鏡の世界。想い出の空間の中に立ち返った私には、無邪気にたわむれさわぐ小学生の視界が広がっていました。

出身の中学も高校も同じ系列なので隣接しています。学ラン着た私と仲間ら数人がたもろしていたバス停もまだ同じ場所にあり、そこにあった美容室がそのまま残っていたのには感動。

その桜並木の綺麗な道筋の団地も、そろそろ老朽化していますが、まだ健在。つまり、当時の景観が変わらずに広がっていて、この2010年の中に1960〜70年代の空間が堂々と残っているのには、なんともいえない意外な戸惑いすら感じました。

今も残る美容室Googleストリートビューより

      通りの団地もそのまま(Googleストリートビューより)



 

 

 

私はさっそく小学校の敷地に営業車を乗り付けます。

当時は守衛さんとスクールバスの運転手さんが受付の建物に詰めていたものですが、校舎新築後は、なんとも物々しいガードマンのいる建物が校門の横に付属していました。

お高くとまった成城地区、しかも小学校の敷地へ遠慮もなく突入してきて停車する不審車に、ガードマンはさっそく半腰の姿勢。

五年前来た時の懐かしの体育館私にしてみれば、懐かしい我が母校。見るも悲しい新築校舎のよそよそしさではありますが、この空間こそは、校内放送で給食時間にかかっていたグリーグのペールギュント組曲やサンサーンスの白鳥のBGMと共によみがえる想い出の世界。

車を降りるとしばしたたずみ、あたりをぼんやりと見回していました。

まだ私の時代の校舎が残っていた頃にここを訪れた記事は2005年11月の中の「
小学校時代やった悪事数々」をご参照あれ....

まぁ、この地区で学童らの安全を守るという使命を帯びたガードマンらの、なにげない一日の昼下がり、ちょっとした緊迫感を与えてしまった私としては、そのまま立ち去るのも忍びない思いがしますね。(そこは、一般車両が立ち入らぬ学校ばかりのエリアなのです)

現在の建物そこで、私はそのガードマンらの詰める建物へ行くと、親しげにカウンターに片肘なんてついて、こう言ってやりました。

「いや、私、ここの卒業生なんですよ」と。

白髪混じりの初老のガードマンも、構えた表情をにわかに解くと、いかめしい金星のついた制帽のつばの中に笑顔を見せます。

「ほほぅ、そうですか」


「ええ、もっともこの歳じゃ、恩師も、もうみんないませんがね(笑)。それでも1年前まであった校舎は、私がいた当時のものだったんですよ」


「ああ、あの旧校舎ね。懐かしいものですよね」


「東宝撮影所が近いですから、よく撮影に使われたんですよ。まったく同じ建物の模型が怪獣に破壊され、逃げ惑う小学生のシーンを三階から撮影したりね。ひとり校庭で転んでケガしたヤツがいたりしてね...」


「そんなことがあったんですかぁ。東宝の怪獣映画にねぇ」


「快獣ブースカの撮影も校庭でやったしね、となりの科学技術学園じゃ、あのハレンチ学園の撮影もしてたんですよ」


「ええっ、あの児島美ゆきのちょっとエッチなドラマのですか?」


「そう、そう、さすがよくご存知で(笑)。 興奮したくちでしょ! (爆)」

・・・・・・・・・・・なんて会話がはずむと想定したものです。

でも、現実はですね。こうです。

「いや、私、ここの卒業生なんですよ」
「はぁ」とガードマン。まったく無表情。
「去年まではまだ私のいた校舎だったんですがね」
「はぁ」とガードマン。なおも無表情。
「あの校舎だったら、懐かしいんですがね」
「・・・・」無表情に加えて無反応のガードマン。
「じゃ、まっ、御苦労さん」
と私は、この先を続けても、あまり面白くなさそうなので、立ち去りました。


児童の安全のみを使命とする職務熱心な初老のガードマンさんなのでしょう。
そんなところで、都会という世界は成り立っている、とでも申しましょうか。

よ〜! ご苦労さん「よぅ〜、おっちゃん、お仕事、御苦労様ですね。ところでさぁ...」
なんて、フーテンの寅さんみたいな、親しげな他人様との交流ってものも、身構えるのが当然みたいな都会では、なかなか難しいものですね。

でも、それでも、私だって、どっぷりと生まれてこのかた、都会で育って、世間を渡ってきた者のひとり。

それぞれに様々ってことですか。

まっ、そんなことで、想い出空間を走り去る窓越しに、当時のままの喫茶店をまたひとつ発見。赤レンガ造りのおしゃれな建物もそのまんま。

どこかに車をとめて、コーヒーブレイクがてら立ち寄ってみるか!  なんて一瞬思いましたが、その扉には「テナント募集中」の札が下がっていました.....想い出空間 廃業ですか.....







定例の「購入した雑貨小物」紹介

このところで購入した雑貨小物を紹介。
これも定例的になって来ました...

いきなり、雑貨小物のジャンルではないのですが、去年の5月に愛車シトロエン ZXを手放したあと、もっぱら私の移動手段は交通機関とチャリだったわけですが、ものぐさでメタボの私は、ついに原付に手を出しました。
YAMAHA JOG Aprio


まぁ、中古なので安いものです。リアボックスだけ装填しました。でも、このYAMAHA アプリオはダッシュが早いので、車と一緒に走っていても安心です。買ったのが取引先のバイク屋だったので、目黒から保谷まで買った早々に自分で陸送。環七〜五日市街道〜青梅街道〜新青梅街道と爆走するハメに。しかも雪が降り始めて....おかげで、一気に慣れました。

次はカメラ。
これは悪名高い私の趣味のひとつです。
デカイ本格的な一眼レフを得意げに持ち歩いては、「もっとコンパクトなヤツの方が手軽で良いよなぁ」と考え直し、コンパクトカメラに買い換える。そしてしばらくすると、「やっぱり一眼レフじゃないと物足りないなぁ」と考え直し、また買い替え....。

京セラ300AF



 

  UNIDEN UDC-5M

 

  前回のパターン

 

OLYMPUS E−510 

 

OLYMPUS FE-46

 

 

今回のパターン

 

 

以前に家内に購入したオリンパスの一眼レフE−510を見せたら「どうせ、また、小さいの買うくせに」と言下に皮肉られましたが、このところで、やはり図星の結果。FE−46というコンデジ購入。(くやしいのでまだ非公開。)

TOSHIBA TY−CDL5


 

そして、これは、壁掛け式のCDプレーヤー。
うすっぺらで軽量なので、机の横の壁に設置。なにげなく手を伸ばせばFMやCDが流れるので便利。しかも、いまどきCDプレーヤーなんて買う人も希少なのか、居酒屋の割り勘よりも安価で購入です。

CITIZEN 8RE634


そして、これは、多機能目覚まし時計。多機能といっても、ブザーが鳴ったり、ライトが点いたりの防災機能というやつで、瓦礫の下で役立つのかどうかは不安の一品。ただ、休日前に早朝まで起きているのが常の私のライフスタイルにおいて、「ちょっと仮眠」でゴロリと寝ころんだら、朝になっていた...なんてリスクを避けるため簡単なアナログでアラームをセットできる時計が欲しかった、だけのことです。

姫黄梅

 

 

 ワイヤープランツ テーブルヤシ ルビーネックレス

 

 

 

 

で、最後は、この一連の植物たち。
姫黄梅の鉢は、幅11センチくらいの小さなものですが、ミニチュア玩具を置いて箱庭演出してあります。三つの観葉植物は、奥から、ワイヤープランツ、テーブルヤシ、ルビーネックレス。すべて100円均一物。どうせすぐ枯れます。空気清浄機の前に置いてあるし、エアコンの温風が絶え間なく吹き注ぐ場所です。けっして植物にとって理想的な環境ではないわけです。私に買われたのが運のつき、ってことでしょうか。

今回は以上です。その他、クリスマスプレゼント代とか諸々合わせて7万超のクレジットがまわってきましたし、しかもバイクは現金支払だったしで、しばらくは消費生活も自粛です....

都会・女子高生と轢かれた猫

stray cat?

 

 

土曜日のこと。

少し早いクリスマスということで、我が家には、世田谷の実家から母と兄一家が車でやってきて、恒例のクリスマス・パーティーを開いていました。パーティーと言っても、兄が生まれた頃からなぜか続けていた「肉とケーキを食べる日」みたいなもので、クリスチャンでもない我が一族の恒例行事。

夕方、就活中の大3の甥っ子がどこかの説明会からの帰りで新宿からこちらへ向かったとのメールが入り、そろそろ駅まで迎えに出るかな、という頃、遊び帰りの高3の娘から電話が入りました。

「おい、もうみんな集まってるぞ、今どこ?」と私。

「もう(電車)降りたんだけどさぁ」と娘の声は暗い。「・・・マジ、うぜぇ!」

いわゆるJK(女子高生)の娘は、カップルでファッション雑誌の撮影を受けるような、私らの70年代風の言い方をすればナウい、80年代風なら翔んでる、そんな娘です。それが、ブツクサ言っているのですね。

「なんだ?」
「猫がさぁ、車に轢かれて死んでるの。ロータリーからファミマの横に抜けた道の真ん中でぇ」
「で?」
「誰も何もしなくてさぁ....」
と、少し声が詰まる。
「あの道は公道だから、近所の人が通報するしかないんだよ。だから早く帰ってきな」
「だって....このまんまじゃ可哀相じゃん!」

娘の声が感情的に力みました。

「だぁれもさぁ、通り過ぎるばかりでさぁ、まるで私がチャリで轢いたのかみたいな目で見るだけでさぁ、どっかのオバさんなんて、チャリでその猫の足踏んで、キャ〜って気持ち悪たがったりさぁ、ムカつくんだけど」

その時、私の大人的常識論や都会人的対処法が、たちどころに消えましたね。危うく、私自身も、その我関せずで通り過ぎていく通行人同然になりそうでありました。

「そうか、分かった。今、すぐ行くから」

と私はネットで保健所の電話番号だけ調べるとチャリで現地へ向かいました。

stray cat?4m道路ですが、公道ですね。あまり車の通りは激しくはないのですが、駐車場もあり、バス通りから駅前ロータリーへ抜ける道でもあり、そこそこの交通量です。

哀れな猫はその道の真ん中に倒れていました。すでに事尽きています。

まぁ、都会ではよく見る光景でもあります。

娘は猫のすぐ横に立っていました。

さぞかし心細かったことでしょう。道行く人々は車に轢き殺された猫を汚物のように避けてゆくばかりです。生きている猫ならば「まぁ、かわいい!」なんてしゃがんで撫で撫でするくせに、死んでいると、まるで汚物のように目を背ける.....この矛盾、この冷たさ。娘は何を感じたのでしょう。

「このままじゃ、また轢かれちゃうよ」

と娘が言うや、車が三台ばかり通りに入って来ました。

私は車をとりあえず止めます。

「なんかビニールか何かないかな」と私。

娘はチャリのサドルを包んであるビニールカバーを取って手渡します。

イメージ?私は、それで猫を包んで持ち上げ、道の隅へ遺骸を退けます。(すみません、かなり損傷がひどくて...)

すると、近くの家から若い男性が出て来ました。
「電話したんですが、月曜日になるみたいなんです」と彼。

私は、少なくとも、この通りの真ん中で哀れな生涯を終えた猫に、ともかくも関心を示していたその第三者に救われる思いでした。やっと、この猫に対して、少しでも、何であれ、関わりを持とうとしてくれた人物が登場したからです。

私も携帯で保健所へ電話しました。やはりあの単調な音声ガイダンスで営業時間を伝えるばかりでした。

「しようがない。コンビニでダンボールもらって、我が家の駐車場へ運ぶか」

と私が言うと、その若者は「ダンボールなら私の家から持ってきます」と言ってくれて、新聞紙を数枚入れたダンボール箱を提供してくれました。

「にいさん、悪いな、あとは任せな」とまるで寅さんのような台詞を口にすると、私は彼の肩を軽く叩いた。
「いいんですか、すみません」と彼。

そして、コンビニで線香と猫のペットフードを買うと、遺骸をダンボールに入れてから、甥っ子を改札まで迎えに行く。

「なにその箱?」と甥っ子。
「猫の死骸」と私。

ともかく、それから日曜日をはさんで、猫は我が家の駐車場に安置されておりました。猫缶を供えて、線香をたいて。

イメージ?で、月曜日。公的機関へ連絡。その担当部署が「ごみ減量推進課」.....

しかも、引き取りにきた担当者が家内に一言。「多磨霊園とかあるんですがねぇ」

おいおい、ちゃんと事情は説明済みなのに、まるで飼い猫が死んだのに、それを誤魔化して「ごみ減量推進課」に無料で処理してもらおうとしているかのごとき物言いじゃないか!

多磨霊園で動物の供養をしているとは聞いたことないが、我が家は多磨霊園のすぐ近くの慈恵院で動物供養してもらってはいる。だが、それはペットであるし、生前の愛情への感謝の意味。

ともかく、その係員がそんな皮肉を口にするのも、世の中にそういう手合いが多いからだろう。・・・・やれやれ、だ。

まぁ、ともかく、JK娘に、この世の心の在り方、というものを教えられた小さな事件でした。心ある行い、それを実行力や交渉力のある大人がこの社会の中で実践してみれば、きっと、もっともっと素敵な社会になって行くはずだ、と感じ入りました。

ともかく名も無き猫ちゃんに、合掌。
stray cat?

ビートルズ“IF I FELL”とジャンヌ・ダルク

サイドバーにリンクさせている私の歴史オタクHP「西洋史おもしろ話集」に「救国の聖少女ジャンヌ・ダルクは王女様だった!?」という新しいページを増設する作業をしてたのですが、ジャンヌ・ダルクの時代、つまり15世紀という時代を思うと、どうしても、私の中に浮かんでくるメロディがあるんですね。

それが、どうしたわけかビートルズの「恋におちたら」“IF I FELL”

こっちで!



私はビートルズ・エイジではないのですが、兄がファンで、兄がもっていたビートルズのシングルのジャケットが、これだったんですね。

A面が「アンド・アイ・ラヴ・ハー」、B面がこの「IF I FELL」(恋におちたら)。1964年日本リリースですが、なぜかこのコスチューム。兄はちゃきちゃきの音源派で、ジャケットをウンヌンするタイプではないので、なぜこのコスチュームなのか不明とのこと。

1964年の時点では、まだ私は生まれていません。(うそです。生まれてました)

多分、もっと後に中古で買ったかしたのでしょうが、私がすでに「歴史オタク」になっていた小学生の頃に、このジャケットを見たとき、15世紀のコスチュームに目がひかれたのですね。「なぜ?」と。

なぜ、ビートルズが15世紀の衣装を着ているのだろう?


そして、まだ小学生ですから、きっと歴史物の映画のテーマソングでもビートルズが歌っているのだろう、と思い込みました。

明らかに、このコスチュームは15世紀。特にリンゴ・スターの服飾で解ります。他のメンバーの衣装に描かれているのは、当時のイングランド王家の紋章です。

厳密に指摘すれば、3人の衣装の青の部分に描かれている「百合の紋章」は、フランス王家のもの(フルール・ド・リス)ですが、エドワード3世がフランス王位の継承権を主張したために、1340年、従来のイングランド王家のライオンの紋章(赤の部分)と併せてデザインしたんですね。

でも、それでは14世紀です。

RoyalArms02

より厳密に考証すれば、このジャケットのデザインは、エドワード3世の後、ヘンリー4世の時代、1405年以降のものです。フランス王シャルル5世がフランス王家の紋章を百合を散りばめたデザイン(フランス・エッシェン)から、1376年、下の図柄にあるように、すっきりと「百合3つ」(フランス・モダーン)に改めたことを受けて、ヘンリー4世も、「フランス王家」を意味する青の部分の百合の数を同じにデザインし直したのが、1405年だからです。

RoyalArms03

 

つまり、その時のイングランド王室正式採用の紋章が、ポールとジョージとジョンがまとっている衣装のデザインなのです。リンゴはなぜか一人で当時の衣装そのものを着てますが、リンゴがいなくても時代が特定できるわけです。


 

このように、イングランドが代々フランス王位の継承権を主張していたので、百年戦争が起きて、ジャンヌ・ダルクが登場するってわけです。(結局、ビートルズの故国イングランドは彼女に追っ払われてしまうのですが....)

長々オタク丸出しの記述でしたが、そんなわけで興味を示した私がこのシングルを聴いて気に入ったのが、B面の“IF I FELL”(恋におちたら)なんですね。(ビートルズはA面もB面もないし、アルバム編入曲ですら、世界中で今でも親しまれているから、「B面」というニュアンスは不適切ですよね)

歌詞の意味も解ろうとせずに、ジョンとポールのこの名曲に、ただ15世紀の夢想にしたっていた昔があったのです。


ただ、今になって思うに、“IF I FELL”の歌詞は主語が女性ですよね。Shyな男の切ない思いを可愛く歌い上げた曲目が多いとは言え、こればかりは女性の歌でしょ。

2007年米映画の「アクロス・ザ・ユニバース」で吹き替えなしでエヴァン・レイチェル・ウッドが彼氏に目線を向けながら歌うIF I FELL。絶品ですよ。

 エヴァン・レイチェル・ウッドのIF I FELL

では、皆様も、ビートルズのIF I FELL(恋におちたら)を聴きつつ、580年前のジャンヌ・ダルクの時代、15世紀のヨーロッパに思いを馳せて下さい! ..... ムリか

ビートルズのIF I FELL
  
「救国の聖少女ジャンヌ・ダルクは王女様だった!?」(おまけ)






西洋史 おもしろ話 集  やっと公開 !


img003
やっと、私のHP「西洋史おもしろ話集」が、復活、公開されました。

西洋史おもしろ話集 ← ここCLで。実はこの2009年5/28の記事の時のURLはもう使えないので、再々公開した2019年6月のURLで貼り換えました。10年かぁ・・・

ほとんどの方が、まったく関心を示さぬ「西洋史」カテゴリ。

でも、再作成している段階で、色々と調べている内に、人からすればどうだっていい発見があったりすると、細胞が震えて感動したりしている自分を感じ、久々に楽しめました。


昔、お世話になった大学の西洋史の教授の自宅が営業地区にあって、仕事中に会社のノベルティを山と持って遊びに行っていたものです。何を隠そう、私は、文学部史学科西洋史専攻だったのです。
その教授は文学博士で、お兄様は医学博士でよくテレビにも出ておられた御仁。教授の娘さんは、今では毎日のようにテレビ出演している某有名漫画家に嫁いでいます。

その教授はロシア史専攻なのですが、書斎で私の歴史小説話を半日も聞いて下さり、「研究室の生徒らは世間知らずが多い。キミのような人が歴史の面白味を世に伝えて欲しいなぁ」とおっしゃって下さりました。

当時の私は本気で「歴史小説家」になろうと、原稿を懸賞小説新人賞に送っていた若者でしたから、高名な教授のその言葉にはかなり励まされたものです。

夕方になって会社に帰り、「いやぁ、今日は苦戦でして、成果はありませんね」などと営業報告をしているいい加減な社員でしたが、そのままその業界で今に至っているわけで、教授には申し訳ない思いです。

そんな過去を振り返ると、「今」というものが、なんとも脈絡のない散文じみていて、複雑な感慨になりますが、はてさて、「私の人生における西洋史学の意義」などという卒論のひとつも出来上がりそうなこの課題、どうした帰結になるのやら、です。

ともかく、全然無関係な趣味のHPリンクを貼りましたので、ヒマで仕様がない方だけ、お立ち寄り下さい....

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西洋史・おもしろ話集再構築中につき・・・・

portrait_of_marie_antoinetteたとえば、このマリー・アントワネット王妃、この人がいよいよ革命政府に幽閉され、ギロチン刑の執行が迫っていた時、どれだけ多くの者たちが、どれだけ大胆不敵な、そして、奇想天外な救出作戦を展開したか・・・・?











そういう話って面白くありませんか?


また、今じゃ教科書に載っているような歴史的有名人が、若い頃、いかにまったく違う分野で、名をあげようと躍起になっていたか?


歴史の中に本当にあったシンデレラ・ストーリーの数々が、どんな物語であったのか?


そんな色々な面白そうな西洋史話を集めた私の、西洋史オタクHPをこのところでムキになって再構築しているのです。


サイドバーにリンクしてある「西洋史おもしろ話集」を、CLすると分かりますが、

== 404 Not Found! ==

<ファイルが見つかりません>
お探しのファイルは、削除されたか移動されたため現在利用できません。


....なんです。


バックアップもとらずに、PCを買い換えて、しかもプロバイダーを変えたら、当然こうなります。

悔しかったのですが、容量が多いし、画像を集め直したり、膨大な文書を打ち直すのも大変だしで、放置。

でも、ここのところで、かつてリンクを貼って頂いたかなりマニアックな某サイト様が、相変わらずよりディープに趣味の世界を展開し続けているのを確認したら、途端にその気になりまして、目下、ペーパーベースの原稿をタカタカと打ち、海外サイトから画像をひっぱってきながら、再構築を始めました。

なんせ、私のマニアック分野なので、どうしても深入りしてしまい、一枚の画像を探すだけで1、2時間かかったり、文章を再構成したりで、大変なのです。

その上、昨日、今日と出張まで入り、ヘトヘトであります。

サイドバーに「西洋史おもしろ話集」が復活したら、作業終了ってわけです。

でも、生きるベースであるスピリチュアル系記事は、当然、UPして行きますので、よろしく願います。
近況報告まで・・・・

vlbmdubarry













またまた雑貨・紹介

また、そろそろ、インテリア小物を紹介します。

飾り棚まず、部屋のインテリアとして欠かせない、小さな飾り棚。これは、あまり重い物は乗せられませんが、ちょっとしたスペースに、小物を陳列できるので便利です。100円均一もの。

 

 

 

 

定番・ミニカーミニカー。これはすでに我が部屋に氾濫しております。この前の引越しのときに、思い切って、数台、〇−ト引越センターの箱に封印したままクロゼットへしまい込みました。それでも、こうした、生活用品のわきなどに、ちょこっと置いておくと、なんともいい雰囲気です。後ろの「作曲家ハイドン」の胸像も、いかめしいですが、100円均一ものです。

 

 

 

小物入れこういうリモコン入れみたいなのもよく見かけますが、なかなか便利なんですね。朝、出勤のときなどに、身につけて行くものなどを一括しておくのです。そうすると、うっかり財布忘れた、とか携帯忘れた、なんてドジが防げます。また、ペーパークリップは、忘れてはいけない事項をメモして下げておく。ネットの路線検索で調べた「6:51の通快に乗ること」なんてね。また、グリーンの透明なのは、メガネ入れ。プッシュでパカッと開いて、メガネだけ取り出せます。100円均一ものばかり。

 

 

 

ベッドのわきの品々ベッドの脇の小物。このライトは、夜中に何かを取るときに使います。はっきり言って、あまり使用しません。横の電燈のリモコンの方が操作が楽だからです。これも100円均一。

 

 

 

 

マグネット・プレートこういうアンティックなプレートもお手軽に飾れます。裏がマグネットなので、飾りっけのないペン立てなどにつけています。

 

 

 

 

斧

 

楯

 

 

 

 

 

なんとも重厚な斧と楯。これらも100円均一物です。どこのコーナーに売ってるかですか?  おもちゃコーナーですよ、低年齢・子供用の。他に、騎士の剣とトルコの半月刀も買いましたが、引越しのときに、例の箱に封印しました。あまり飾ると、しつこいです。

 

観葉植物!!そして、定番の植物。ちゃんと、容器に水まで入れて置いてあります。しかし、悲しいかな、この植物、札に「観葉植物」とあります。それだけです。まったく、おおざっぱな分類です。

 

 

 

鉄アレーにジェルチューブそして、これはネット購入した鉄アレーとジェルチューブ。年始の記事に書いたように、対メタボ対策始動。それを象徴するアイテムです。ジェルチューブは、昔のエキスパンダーですね。硬さがソフトなピンク色ではなく、ミディアムタイプの青を購入したあたりが男らしさです。鉄アレーは、ベッドの中で寝る前に自分で決めたパターンで毎夜やってます。まだ効果は出ていません。筋肉痛のみです。

 

 

 

マックス・サヴィーの絵そして、この絵画。MAX SAVYとサイン入りの本物。昔、取引先のインテリアショップで3000円くらいで買いました。ネットで調べたら、こんなサイトが。かなり類似するSAVYの絵。$65だと、今の為替相場でも5000円前後。私のは、絵の具の凸凹までくっきりしているので、本物だと素人鑑定してますが、果たして、このMAX SAVY画伯、誰ですか?

 

 

サイトでネット販売していた同じ絵

Max Savy
Peach Sky Fishing Village
Oil 8x10
Shipping weight 5 lb.
$65                          
とかあります。・・・・

微妙に違うんですよね...

 

以上です。まぁ、ワンコインやポケットマネーで買えるような品々で、生活が豊かになるのは素晴らしいこと。昨日、転勤の内示を受けて、通勤経路が変わります。今度の乗降駅は、まったくショッピングの楽しみのない東京でも珍しいヘンピな駅。なんとも残念。100円ショップで無駄買いするあの感動ともお別れです。

まっすぐ帰ります。同じくネット販売されていたSAVYの絵

 

日々...。新年おめでとうございます〜

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新年、明けまして、おめでとうございます。

 

旧年中は、当Blogの閲覧・コメント、ありがとうございました。

 

hspace=5本年も、皆様の精神・心・魂・にとって、有意義な情報を発信するよう、努めさせていただきますので、宜しく、お願い申し上げます。

 

 

我が家では、年越しそばは、毎年、月見ですね。それを食いながら新年です。

意外と、保守的に「紅白」なんか見ています。

近くの神社へ夜中に初参り、なんて寒いことはしません。

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年が明けての夜中タイムは、いつもの「休日前自分ワールド」やってますね。

 

 

今年の抱負は、健診でひっかかったメタボ体質を、努力することなくクリアすることです。

 

では、また、一年、楽しくやりましょう!hspace=5

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日々...。視力低下・・・ダブル・ヴィジョンの恐怖

まったく、ひどい目にあいました.....いや、ひどい目になりました

 

イメージこの夏頃から、なんとなく、夜間に運転するときだけにつけていたメガネ(乱視用)が合わないなぁ、と感じたのですが、あれよあれよ四ヶ月もたたない内に悪化。すっかり、世界が二重になって見える始末。

 

運転中のみならず、普段の生活にも支障をきたすようになり、メガネを十月に作り直しましたが、それも十一月下旬には作り直すハメに。眼科にも行きましたが、40代から始まる老化の一種と・・・。

 

それでも、まだ、悪化の一途で、母親は脳腫瘍を懸念するし、私もネットなどで色々と調べると、どうやら、 開散麻痺 Divergence palsy(近くではピントが合うが、遠方は像が横に二重になる)であろうとなり、その原因は様々だが、脳の中枢神経の異常から、脳内の精密検査が必要・・・、とあるのです。

 

ここで、少し、生死にかかわる不安があらわれ、それを否定して欲しくて、営業地区でもっとも設備の充実した眼科を顧客から紹介してもらい、さっそく行きました。

 

イメージあれやこれや検査をして、内斜視であることも分かり、案の定、「開散麻痺」だと。ちなみに、乱視だと素人判断していたものは、「複視」であると。乱視は、ボヤッと画像がにじむのに対して、複視は、二重になる。人なら分身したみたいになるのです。すべてがバルタン星人....古いですか?    「業界用語」で「ダブルヴィジョン」・・・・とか。(なんとも壮大な語感ですがね)

 

で、その眼科の先生いわく、「まぁ、念のため、脳外科でMRIをとって下さい。紹介状書きますから」・・・・と。私の思惑とは裏腹に、恐怖の精密検査おくりに

 

私は検査が大嫌いです。臆病者です。結果を待つ精神状態に耐えられないのです。だから、「精密検査」なんて言われると、それだけで「奈落」です。

 

ともかく、しばらく状況を見よう、なんて逃げに転じる心理も働きましたが、逃げていても心配はつきまとうし、ここは度胸で脳神経外科に行くしかないか、と悲壮な決意。

 

そうなれば早いに越したことはない。すぐに電話してMRIの予約で最速なものを入れました。当日の最終の5:30。

 

MRIそこで、昨日、会社を定刻退社して、寒い小雨がほりそぼる中、透明なビニール傘をさしながら、ビル街の冷たい夜風に吹かれつつ「脳外科」に行って来ましたよ。

 

そして、ウワンウワン、タッタッタッタタ・・・ってあの不気味なMRIを受けて来ました。あれだけ、長い時間、細々と撮影されると、なんか、少し「不安なもの」の何らかが写し出されてしまうのではないかと怖くなりますよね。

 

そして、昨晩は、ひどい不安心理とネガティブな妄想にさいなまれつつ過ごし、また、最速の、朝一番の予約を入れて、本日9:30に「脳外科」に行って参りました。

 

天然パーマの長めの髪を七三分けして、神経質そうな骨ばった体を、なんとも言えぬ黄色いシャツに包んだ「脳外科医」が登場。この色シャツ、なんとも私の心理状態からすれば、「ふざけんなカラー」に見えました。袖口が白いレモンイエローのシャツですぜ・・・

 

ともかく、呼ばれて診療室に入ると、昨日撮った私の脳の輪切り写真がズラリと。そして「んー、脳外科的には、まったく何も見つからないんだよねー」と、レモンイエロー先生。

 

「よ、よかった」と私がつぶやくと、「でも、原因が見つかれば治療方法もみつかるんだから」とかレモンイエローは言う。脳外科での治療方法なんて見つからなく結構ですぜ!

 

あとは、眼科の先生の治療に従って下さい、と。末梢神経に有効な薬剤や栄養剤をとりつつ、気長に治せば、きっと良くなりますよ・・・と。

 

そこで、私は、レモン先生に深々と頭を下げて礼を述べて、診察室をあとにしました。

 

イメージすでに、末梢神経保護のメチコバール錠と筋肉・組織の代謝を補助するアデホスコーワ顆粒という薬を眼科に処方されていますが、真剣に服用しましょう。

 

プリズム効果を利用して、複視を補正するメガネも、メガネ屋で作り直せばまた10日くらいかかりますが、今じゃ、眼科で、それと同じ効果をもつ「シール」を眼鏡にはってくれるんですね。

 

メガネのレンズを分析して、それに適合させるシールなので、その場で、視力を回復させることが可能です。数千円で済みます。程度の進行でそのシールを張り替えるから、一々メガネ屋は要りません。眼科ですべて完了します。

 

皆様も、こういう最新の医療設備のある眼科を選びましょう。

 

って、治療はこれからなのですが・・・・

 

日々....。しばらくお待ち下さい・・・

隅田の向こう・・・引越しも終わり、昨日フレッツ光の工事も完了。新しいプロバイダでのセットアップも終わり、無事に接続も出来ています。

 

 

がしかし、まだ家の中がごった返していて、携帯の充電器は行方知れずだは、LANケーブルは短いのしか出てこないは、資料は本棚や収納ラックのあっちこっちに分散状態だはで、とてもとても落ち着ける環境ではないのです。

 

ですので、今、しばらく、更新のご猶予を願います〜現状・・・

日々…。雑感

d5be46a7.JPG急激に涼しくなり、半袖では寒いくらいの東京。

身の回りのことと言えば、近々始まる会社の大キャンペーンの下準備で、やたらとお祭騒ぎにしたがる本社の役員の無茶なパフォーマンスのあおりを食らって多忙になってきました。

それと、この前、ちょっと語った自宅買い替えの件が佳境。引越し日も決まり、銀行ローンも決まり、あれこれの設備の搬入日も決まり、バタバタのピーク。いよいよ無茶苦茶計画のstartなわけです。しかし引越屋さんも、競争が激しいみたいですね。数社を相見積かけたら、35万円が25万円になり、最後は20万円になりました。大手のM引越センターが大阪地裁で民事再生法なんてニュースも最近のこと。各業界大変ですね。申し訳なかったです。

では…。

日々…。休みも終って

ec811753.JPG休みも先週で終わり、また猛暑の中、仕事Days。自堕落な休みの生活がたたり、途中で治療から逃げた歯がまた少し痛く、いやな予感。ともかくこうも暑いと、ヤル気なんざわいてこないってわけで、早くシャワー浴びて涼しい部屋にひっくり返りたい願望のみ。

日々…。隅田川の歌♪

暑ち〜(隅田川の上の空)

 

春のうららの隅田川〜♪ って歌、知ってますよね。

もう100年以上も前の歌ですが、誰でも知っている有名な曲です。

ところでこの歌の曲名って知ってます?

 「花」だそうです。

よくわからないネーミングですよね。

 ま、「春のうららの」どころか、また猛暑日。東京はうだってます。

日々…。暑いです、ともかく

中央の白い物体が水上バス・下方の黒い物体は我が靴

 

こうして川なんて眺めながら資料整理してるのもいいですが、暑い!こんな普通の日に水上バス乗ってる人って、どんな人なんだろうか…。向こうからしても、こんな月末に河岸の暑そうなベンチに座ってるサラリーマンは不可解だろうが…。まぁお互い余計なお世話ってことか。さて、仕事。水分摂りつつ・・・

日々...。築地場外 ラーメンを食べる

この暑い熱い中、本日は、ちょっと営業地区の近隣、築地の場内外を散策。

まぁ、再び築地市場ってことで、ごかんべん。

またリアルタイムUPでなくてすみません。

築地場外 井上ラーメン築地の場外で、最も有名なラーメン屋・井上へ行きまして、モーニングがわりにラーメンでした。

海外からの観光客も多勢の築地に、仕事中ちょいと寄れるって幸せなことですね。

アニー伊藤は、本日は店頭に立ってました....

井上のラーメン、この画像は借り物ですが、さすがに美味い!!!

ドンブリの縁まで表面張力でたっぷりの汁にどっさりのチャーシュー。レンゲがないのが残念。でも、チャーシューにメンマを巻いてバクバクと食べた後に、スープの水面がほど良く下がると、ズルズルと飲みましたねぇ。あぁ....幸せって感じる味。

 

余談ですが、築地市場にお立ち寄りの方は、あの我が物顔に突っ走る三輪運搬車、ターレット・トラックとかいうのに撥ねられないように気をつけましょう。あくまで、観光地ではなく、「市場」。物資の運搬に忙しいんですから〜

 

日々…。築地市場

魚河岸水神社週一の更新じゃ間延びすると感じ、仕事中、ひまを見て、簡単な雑記を携帯からUPすることにしました。

難しい話はおいといて、よくあるBlog風で。

今日は、築地の場内外をブラリ。毎週日曜のサンジャポで有名なテリー伊藤の兄アニー伊藤がやってる玉子焼き屋に行き、本人を見つけたら、店の奥で大あくびしてました。

と、店の前では、サンジャポの撮影中。うなぎをアナウンサーがつかんで何やらやってる。しかしうっかりTVなんかに映っちまったら大変だから、カメラを避けて場内へ。

写真は活況を呈する場内の中で、まるで別世界の静けさを見せる魚河岸水神社。こういうコントラスト好きですね〜。

livedoor プロフィール

pape2005

Profile
大昔、暴れん坊の悪ガキ。少し昔、おごりたかぶる勝ち組ビジネスマン。そして今、「見ろよ、青い空〜白い雲〜」の歌の境地。
皆さんの日々に、活用できる情報の発信媒体が、このBlogの主旨です。日記じゃないので、過去記事もめくって下さい!
papeは、我が家の雑種犬の名前です。(フランス語で「法王」ですが...許し給え、アーメン)
FP2級技能士だったり、メンタルケア心理士だったり、フランス歴史オタクだったりですが、スピリチュアル系記事多いです。
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★★★★★★★
最新コメントの管理は徹底していますので、過去記事にも、遠慮なく一言どうぞ〜!


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