2007年10月18日
パンズ・ラビリンス
無垢で孤独な魂は、地獄に天国を見出そうとして、闇の悪魔を光の天使へと反転する。
哀しい瞳をした少女の前に現れたのはパン(牧神)。
いたずら好きの彼は戸惑う少女にこう囁いた。
「あなたは、長い間捜し続けていた魔法の王国のプリンセスに違いない。
それを確かめるためには、3つの試練を克服しなければ」。少女はパンの言葉に夢と希望を託した。なぜなら、彼女を取り巻く現実はあまりに過酷で、その魔法の国が素晴らしいように思えたから。
3つの試練でさえもたやすいだろうと思えたからだった……。
1944年のスペイン。内戦終結後もゲリラたちはフランコ将軍の圧政に反発。
この山奥でも血なまぐさい戦いが繰り広げられていた-。
おとぎ話が大好きな少女オフェリアは、臨月を迎えた母親カルメンとともに、その山奥に向かっていた。
仕立屋だった父亡き後、山奥の駐屯地に就くフランコ軍のビダル将軍と母が再婚したからだ。
だが、母は妊娠して以来、身体の調子を大きく崩し、この旅でも何度も車を止めるほど。オフェリアも気が気ではない。
そんななか少女は山道で彫刻を施された石を見つける。それは朽ち果てた石塚の破片。オフェリアが元の場所に戻すと不思議なことが起きた。
その石塚の中から大きな昆虫が飛び出してきたのだ。その昆虫に微笑みかけるオフェリア。
その夜更け、気分の優れない母親と同じベッドで休んでいたオフェリアのもとに、昼間の昆虫が現れた。
「あなたは妖精さん?」そう語りかけるオフェリア。突如妖精に姿を変えたその昆虫は、家の庭の奥にある迷宮へとオフェリアを誘った。
そこは大昔からあったという。オフェリアを待っていたのは、ヤギの頭と身体をしたパン<牧神>で、彼女に驚くべきことを告げる。
オフェリアは地底の魔法の王国のプリンセス、モアナの生まれ変わりに違いないというのだ。
左肩にある印がその証拠で、あとは満月の夜が来るまでに3つの試練に耐えられれば、両親の待つ魔法の国に帰ることが出来るという。
果たして、オフェリアの左肩には三日月のような紅いアザがあるではないか。オフェリアは、パンの言葉を信じた。
そして、彼にもらった“道を標す本”を開き、3つの試練に立ち向かう決心をした。(作品資料より)
<感想>あらすじを聞くといかにもなファミリー・ファンタジーを連想しがちですが、本作は全く違います。
これぞデル・トロ・ワールドと言った感じで、とにかく暗くて、残酷で、グロテスクで、非常に哀しい物語。
それは、オフェリアの幻想世界での試練の物語と、現実のスペイン内戦の悲劇とを並行して描いている事です。
この構成の巧みなところは、ダーク・ファンタジーのダーク(暗黒、残酷)な部分を現実の戦争の場面に集中して描く事によって、少女のイニシェーションの物語をお伽噺的な純粋さの中で保つ事が出来るということです。
そして、地獄の魔王のように残虐な役割を現実世界のオフェリアの養父、ヴィダル大尉に割りふることで、その恐怖のリアリティは、単なる幻想の世界よりもいっそう強く迫ってくるドラマの構成の上手さですね。
ファンタジーの世界を彷徨っていた少女オフェリアが、いよいよ現実でも活躍をし始めるときに、大人たちの世界でもレジスタンスとファシズムの戦いが始るのです。
この映画では、ヒロインの少女オフェリアがパン(牧神)と出会い、三つの試練を課されます。
この試練を乗り越えることができれば、彼女は魔法の国に行って本当の両親と会うことができるこれは、試練を乗り越える事で子供という未熟の段階を脱し、大人と言う真のステージに立つことが可能になるということを意味しています。つまり、この作品は魔術的な冒険物語の衣をまとってはいますが、人間の成長という普遍的なテーマを扱っているわけなのです。
この作品の最高の見所は、オフェリアが乗り越える三つの試練の場面ですが、閉ざされた暗黒の世界、その出来栄えが本当に素晴らしいものになっています。
実際、2007年のアカデミー賞において撮影、美術、メイクアップの3部門で受賞を果たしているので、美術監督の洞窟のようなダークな人工世界を完璧に造り上げ、特殊メイク班がそこで活躍する妖精(ナナフシ)や、モンスター(パン牧神、ペイルマン、子供を食べるお化け)をリアルに造形し、キャメラマンが恐ろしい暗闇の質感を、手触りが感じられるほど生々しく映し出すことに成功したからでしょう。
監督・脚本・プロデューサーはギレルモ・デル・トロ。日本とハリウッドでは『ミミック』(97)で映画デビューし、『ブレイド2』(02)『ヘルボーイ』(04)と人気コミックの映画化で多くのファンを獲得
また撮影は、本年度のアカデミー最優秀撮影賞に耀いたギレルモ・ナバロ。デル・トロの劇場第1作『クロノス』(92)で一緒にデビューし『ヘルボーイ』(04)等を手掛け、クエンティン・タランティーノの『ジャッキー・ブラウン』(97)等でも知られる。
同じくアカデミーを受賞した美術は、セバスチャン・コルデロ監督の『タブロイド』(04)等のエウヘニオ・カバレロ。
そしてSFXスーパーバイザーには、『デビルズ・バックボーン』(01)『ヘルボーイ』(04)とデル・トロ作品ではお馴染のダビド・マルティ。
パンや迷宮の番人等の特殊メイクで今回、アカデミー特殊メイクアップ賞に耀いた。第59 回(2006年)カンヌ国際映画祭で20分に及ぶスタンディングオベーション。ギレルモ・デル・トロ監督の『パンズ・ラビリンス』の栄光はそこから始まったのです。
何と言っても、ヒロインのオフェリアを繊細に演じたのは、11歳にしてジャウマ・バラゲロ監督の『機械じかけの小児病棟』(05)等を始め、すでに4本の映画に出演しているスペインの名子役イバナ・バケロ。
彼女を影で支える大尉の小間使いメルセデスには、アルフォンソ・キュアロンの『天国の口、終りの楽園。』(01)の演技が強烈だったマリベル・ベルドゥ。
オフェリアを恐怖で縛りつける義父、ヴィダル大尉には「ニノの空」(97)「堕天使のパスポート」(02)等、フランスとスペインで活躍する演技派セルジ・ロペス。
罪なき農民を殺してしまう冷酷無比なファシストだが、髭剃りをするときにジャズを聴いたりしているロマンチストな一面もある。
また大尉は、懐中時計を片時も離さない。その時計は英雄である父親が戦争で亡くなった時、自らの時計を打ち抜き、自分の死んだ時刻を息子に伝えたというものだ。
大尉自身もまた、生まれてくる子供を息子だと決め付け、自分の息子に対し強い執着を示し、夫人の命と引きかえにしても息子を得たいと望んでいる。
捕虜を拷問する場面では、自ら金づち、ペンチ、などを使って頭、顔、手を殴りつけ、冷酷無比な軍人というより、残虐なことをして楽しんでいる子供を想起させる。
しかし、メルセデスがゲリラ軍の仲間である事がばれて捕まり、エプロンの中に隠し持っていた包丁で、ヴィダル大尉の背中、胸、唇を切り裂くところは痛快そのものでしたが、しかしこの大尉自分で唇を針で縫うのですね。
そして、オフエリアを迷宮へと誘うパン(牧神)と、手のひらに目を持つ怪物ペイルマンの二役を演じたのは、「ファンタスティック・フォー:銀河の危機」でシルバーサーファーに扮したダグ・ジョーンズ、趣味はパントマイムというから納得?、・・・次回作では、デル・トロ監督の「ヘルボーイ2」にも出演。
お伽噺を楽しむ心があれば、どんなに遠くの国にでも一瞬で辿り着けるし、どんなに傷ついても、最後は笑って夢を見られる。
空想の世界で遊ぶ事ができるのは、想像力が豊かで好奇心が旺盛で、無垢な魂を持っていて、心のコンパスで、自分のビジョンに近づくことができるから。
きっと、ラビリンスのパンと真剣に遊ぶ少女オフェリアを、お母さんは「人生はお伽噺じゃないのよ」と叱りますが、時代も場所も戦争の真ん中にいる少女は、嘘や苦痛のない魔法の国の王女さまになるために、命をかけた試練に挑んだのでしょう。
少女は悲劇を迎えることで、永遠に彼女の希望の地、魔法の王国に留まることが出来るのだから。
いいかえれば、大人になることを拒否した子供の物語であり、恐怖に苛まれ、生きる道を閉ざされるゆえに、心の中の迷宮へと旅立った薄幸の少女が辿り着く最後に、彼女がというより、我々観客が迷宮の終わりに見つけるのは、たった一つの、純白の小さな花。
世界で一番美しい花が咲く。これはオフェリアの化身であり、・・・未来を照らす、光が見える物語です。
圧倒的な映像の美しさと、エモーショナルな残忍性に完全に魅了されました。
幻想世界の色彩とクリーチャーたちの造形が素晴らしく、スペイン現代史を凝縮したこの作品は、過酷な現実とファンタジーを融合させた近来まれに見る傑作です。
この記事へのトラックバック
この記事へのコメント
ケントさんも気にいりましたか、ダークなファンタジーものでしたが、女の子が大人になる不安定な心理状態。
それは、願望でもあり幻想でもあるわけで、頼りにしていた母親が、男の子を産んで亡くなり、再婚相手の父親が異常ときている。
それで、オフェリアは絵本の世界に閉じこもり、現実と向きあうのが怖くなったのでしょう。
ファンタジーというには、重く悲しいお話でしたよね。大人のファンタジーかもしれません。
観る人によってかなり意見が異なるような作品だと思いますが、僕には素晴らしい映画に映りました。
ラストの締めかたは実に見事ですが、「ステイ」と似ていましたね。
ファンタジー部分はオフェリアの願望と妄想だと思いましたが、パピママさんはどう感じましたか?
スペインの史実と少女が大人になる過程を、ダークファンタジーで、昔のお伽噺「オズの魔法使い」や「不思議な国のアリス」を模倣しているような脚本。
幻想的な色彩とクリーチャーたちの造形が素晴らしく魅力的でした。
私も、予告で見て試写会当たらないかなぁ〜なんて思ってましたが、ダメでした。
「ヘルボーイ」のDVDは見ていますよ♪
額にコブを二つ付けた猿みたいな赤い顔のモンスターみたいな人間?・・・が主役。
アメリカン・コミックの映画化で、SFアクションです。
「ブレイド2」も監督しているんだよね。
現在「ヘルボーイ2」を撮影中だそうです。
こういった作品は、好き嫌いがありますよね。
私は好きですね
少女でなくても、日常で嫌な事があると現実逃避して自分の世界に逃避行します(^^♪
でも、怪物なんかは出てきませんがね(笑)
とても明瞭なレヴューですね。
監督も、スペイン語圏のスタッフ&キャストを得て、深く作品世界の造形に入り込めたようでした。
コメントありがとうございます
ウワサを聞いてたので、公開前から楽しみだった作品だけど、なかなか「ファンタジー」とはひとことでいえない現実の怖さもあわせて描いた映画になっていましたね〜
この監督の過去の『デビルズバックボーン』観てないと思ってたら当時DVDで観てましたxxx
でもぜんぜん印象になかったなー。
『ヘルボーイ』は今度観てみたいです☆
ラテンファンタジーは、斬新な物語でしたね。
ダークさは半端じゃなかったです。
空想でも現実世界でも過酷な試練に健気に立ち向かう少女の姿は涙ものでした。
映像もすばらしく、質の高い映画でした!