2010年05月05日
マイレージ、マイライフ
数限りない出張をこなし、“仕事も人生もバックパックに入らないものは背負わない”をモットーに生きてきた男の人生の転機を、軽妙なタッチで描くジェースン・ライトマン監督作。
『サンキュー・スモーキング』で長編映画監督デビュー。
2作目の『JUNO/ジュノ』ではアカデミー賞4部門にノミネートされ、自身も監督賞にノミネートされていた。
物語:年間322日も出張し、リストラ宣告を行っているライアン。「バックパックに入らない物は背負わない」がモットーだ。面倒な人間関係を嫌い、出張先で出会った女性とその場限りの情事を楽しむ毎日だ。貯まったマイレージは1000万目前。
しかし、その目標を阻む者が現れた。新人ナタリーが、ネット上で解雇通告を行うという合理化案を提出したのだ!
出演は、『フィクサー』のジョージ・クルーニー、「トワイライト」シリーズのアナ・ケンドリック。(作品資料より)
<感想>この作品もだいぶ前に鑑賞したものです。まさに今この不況の中でこそ語られるべき物語。
リストラ宣告人という題材が時を得て上手いと思う。
あいかわらずジェイソン・ライトマン監督の演出は、押し付けまがしくもなく、何と言って乾きすぎでもなく、程よくユーモアが絶妙だし、妙に人間くさい登場人物たちの描写も秀悦である。
今や殆んどの会社の経営者は人員整理をしたいと思っているだろうし、もし自分の代わりにこの憎まれ役をしてくれる者がいたらどんなに助かるだろうなんて考えている社長さんたちが多いと思う。
リストラが当たり前になった世の中では、皮肉にもこんな新しい職業が、“キャリア・カウンセラー”なるもの。
突然、解雇通知をうけて打ちひしがれている従業員に対して、「ここを辞めれば、新しい仕事が始められるし、キャリアを伸ばす絶交のチャンスだ」などと現実離れした提案をするとんでもない職業である。
ライアンは、このとんでもない仕事を請け負う会社の上司にも、優秀な首切り宣告人として認められている。彼は、「去年は一年間のうち、322日出張の旅を満喫し、残りの43日は自宅でくだらない日々を過ごしたよ」なんて1年の大半を出張で過ごす男。
もちろん独身で、一応アパートはあるがほとんど何も置いていないし、生活の匂いはしない。誰ともつながりを求めず、彼にとっては飛行機が一番くつろげる場所なのだ。
彼のモットーは「バックパックに入らないものは背負わない」こと!・・・しがらみという人生の煩わしい荷物は捨てて、会社の金で全米を旅行しながら、1万マイルのマイレージ獲得を夢見ている。
そしてそれらを快適とすら思ってきた彼が、ある二人の女性の出現で確立したライフスタイルを見つめなおすことになる。
その二人の女性とは、一人は彼と同じように出張で飛び回っているキャリアウーマンのアレックス。
もう一人は、彼が会社で教育係りを仰せつかった現代っ子の新入社員ナタリー。
彼女はインターネットのテレビ電話を使って解雇通知を行えば出張費が節減できるという究極の合理化案を提出した。彼女の提案は、ライアンにとってはマイレージの目標達成を危くする厄介な存在なのだ。
しかしである、いくら進んだ社会でもインターネットの前に座らされ解雇通知を受けるという、こんな屈辱的なことはない。だから、物語の中でもナタリーに解雇通知を言われた女性が橋から身投げするという惨事が起きる。そんな現実も起こりうるということだ。だが、会社にとっては、クビにした社員が自殺をしてもどうってことないのだろう。
そんな時、出張中にアレックスとの“あとくされのない関係”をナタリーになじられたライアンは、「空っぽのバックパックに何か入れたい」と思うようになるのです。
そして彼は、ずっと疎遠だった妹の結婚式にアレックスと一緒に出席することに。ところが結婚式直前になって突然尻込み始めた新郎を、ライアンが人と恕リがることの素晴らしさを説得するのですね。
これは以外でしたね、そして笑顔に包まれた二人の結婚式を見つめながら、これまでの“重荷を背負わない”人生を振り返り新しい人生を歩もうと決めるのですが、・・・アレックスとの恋愛を成就させるべく彼女の元へと駆けつけるライアン。その後の話は劇場でね(笑)
冒頭から機能的なスーツをビシッと決めて、スマートで自信たっぷりな物腰と無駄のない動きのライアンを演じているジョジー・クルーニー。
並んでいる乗客を見極めて空港のゲートをいかに早く通り抜け、ホテルの会員優先カウンターでいかに早くチェックインするかが彼の最大の関心事。
脚本に書かれたライアンという人物像の憎めない個性に加えて、ジョジー・クルーニー自身が持つチャーミングでコミカルな魅力、ときに漂わせるメランコリックな雰囲気が、観客はライアンがしていることを嫌っていても、映画を酷評することはないと思う。
そして物語は二人の女性との出会い、セクシーなヴェラ・ファーミガと堅苦しい雰囲気のアナ・ケンドリック、どちらも好演。
一筋縄ではいかないアレックスとのロマンスや、風変わりなライアンの家族との確執など、観客を喜ばせるエピソードを適度に入れてストーリーにメリハリを効かせているのも上手い。
確かに主人公の心情はずっと深い。歳を重ね、人生経験も豊富である。結末には哀感がにじみ重厚ささえ感じさせる。
マイレージとは、“地に足が着いていない”と貯まっていく数字。それがライアンが自分の人生から逃避している距離を表わす数字でもあるわけなのですよね。
原題は「Up in the Air」つまり“宙ぶらりん”ということ。
リストラ、転職、ネット社会、ポイント生活、希薄な人間関係、非婚、カジュアル・セックスなど・・・。この映画には今を象徴するキ−ワードがたくさん詰まっている。
ライアンのその職業と生き方が、抱えている倫理的な矛盾をシニカルに捉えることで、時代を切り取る鋭い視点がこの監督の持ち味で、今回もアメリカの厳しい経済状況を背景に描いています。
しかし本来は深刻なはずの物語を、軽やかにユーモアたっぷりで語るセンスはずば抜けていて、絶妙な技をみせているのにも感心させられた。
彼の信条でもある“パッケージ論”に苦笑しつつ、やっぱり無駄(お荷物)のない人生なんて味気ないんじゃないかしら、なんて思った。