瞳の奥の秘密闇に葬られた事件を小説にすることで、失われた過去と向き合う男の物語。本年度アカデミー賞で最優秀外国語映画賞を受賞し、アルゼンチンのアカデミー賞でも13部門を制覇。

物語:刑事裁判所を定年退職したベンハミンは、25年前の殺人事件を題材に小説を書こうと決意する。久しぶりに当時の職場を訪ねた彼を出迎えたのは、元上司の検事イレーネ。ベンハミンにとって忘れえぬ女性だった。

その殺人事件は1974年のブエノスアイレスで起きた。銀行員の夫リカルドと幸福な新婚生活を送っていた女性教師が、自宅で暴行され殺害された。

事件を担当することになったベンハミンは、夫の深い悲しみと愛情に突き動かされ捜査に没頭。やがて被害者の幼馴染だった犯人を割り出し、部下のパブロらの協力でついに逮捕に至る。

だが事件はそこで終わらなかった。終身刑を宣告されたはずの犯人が、なぜか政府の恩赦を得て釈放されたのだ。不穏な状況に身の危険を感じたベンハミンは、イレーネと離れて遠方に身を隠すことになる。

それから25年、ベンハミンは失われた歳月を取り戻すため、封印していた愛と事件の真実に対峙する。監督はファン・ホセ・カンパネラ。

出演は本国の国民的俳優リカルド・ダリン、イレーネにソレダ・ビジャミル、被害者の夫にパブロ・ラゴなど。
   (作品資料より)
注意:ネタバレです!

<感想>今年のアカデミー賞外国語映画賞を受賞したアルゼンチン映画。といえばいかにもアメリカ人好みの、分りやすいハッピーエンドの映画となっているのが私には解せない。

ですが、ここではアルゼンチンの不幸な歴史にも触れており、一言でいえば犯罪ミステリー劇にして、苦い恋の物語ともいえるが中々どうして奥の深い物語が展開する。

瞳の奥の秘密、2冒頭の場面で、一人の男が列車に乗るところへ、それを見送る女の見つめる瞳が切なく、何か言いたいような心残りがあるような悲しい瞳が印象的でした。そのことは最後に分るのですが、映画は男が担当した事件の時代と退官した現在を追いながら進行して行きます。

つまり退官した裁判所の書記官が、自分の担当した25年前の若妻暴行殺人事件をもとに小説を書こうと思い立ち、かつての上司で今は検事となった元女性判事補を訪ねます。

そうです、冒頭で目に涙を溜め見送った女性、ハーバード大を出て今ではエリート検事の彼女。イレーネは突然の訪問者の男に懐かしさのあまり驚き、でも、嬉しさを隠せない今でも愛しているのでしょうね、そんな素振りがミエミエでした。

痛々しく無残な若妻殺害事件を画面で何度も見せており、新婚生活の初々しい若妻の場面も映されそれは見るに絶えない残虐な犯行でした。その犯人は同じアパートの上の階に来ていた職人2人の犯行と断定して取り押さえ拷問して犯人に仕立て判事は、一件落着と決めつけたのでした。

それに不審に思ったベンハミンが、友達の書記官パブロと捜査をするわけですが、一介の書記官ごときが真犯人を突き止め逮捕させたのですよ。上司の判事が余計なことをするなと、その真犯人を釈放させてしまうのです。

瞳の奥の秘密、3ベンハミンが真犯人を突き止めたのが、一枚の昔の同級生と撮った写真。被害者の若妻と幼馴染みだった男が、異様な目で若妻を見つめる目線の写真だったのです。その目線にピンときた彼は、その男を執拗に追い求め逮捕し、取り調べ室での当時判事補だったイレーネの機転の言葉(このシーンは意外でした)で犯人と断定するわけなんですね。

事件が起きた1974年の、軍事政権発足前夜の政情不安な時代の陰鬱な空気と、真犯人を釈放し彼を都合のいいように利用しようとする不気味な黒幕の存在。その黒幕の殺し屋によって、ベンハミンと間違われて彼の自宅で襲撃され殺されたパブロ。

加害者の行方を追いながら、被害者の夫を訪ねるうちに迷宮入りした事件の本質が見えてくる。事件から25年後、被害者の夫は銀行員で、地方に身を隠して暮らしており、その家を訪問するベンハミン。何かを感じて夜になるのを待ち、彼が納屋らしき離れへと食事を運ぶのを目撃。その小屋には鉄格子がある牢屋のようなものが。そこにいる男が、・・・驚愕の真実を目のあたりにする。

瞳の奥の秘密、1この国の警察は何をしているのか?・・・警察の犯人逮捕劇など一度も出てこないし、殺人犯に対しての極刑は死刑制度はなく終身刑であり、その憎き犯人を釈放する政治に怒りを覚えるとともに、夫の怒りの行き場のない心情も良く分ります。

では、監督の狙いは何処に、アルゼンチンならではの恐ろしい政治映画のあり様を描いているようではあるのですが、そういう状況下における書記官と元判事補の彼女との密やかな恋も描いていることには間違いないようですね。

地方へ事件を調査しにいくベンハミンと、それを行かないでと押しとどめる素振りを見せつつ、送り出す駅での別れのシーン。イレーネの切ないような目に何かを訴えているような目。

本当のことを口に出せない抑圧された時代の雰囲気にのまれ、二人の無言の別れには、抑えれば抑えるほど燃え上がる恋の炎を垣間見るような名場面でした。

この原題「彼らの瞳の秘密」とは、犯人の若妻への恋する目と、殺された夫の犯人への終わりなき復讐の鋭い目付き(駅で犯人の写真を握り締め帰りを待ち伏せる目)。それに、今は検事となったイレーネのベンハミンを恋する目と、その見つめる瞳は何かを語りかけるように雄弁ですものね。